ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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予定ではワイト島編はあと2、3で終了します。そして、ガリア解放後の501の後日談や番外編を書いていくつもりです。


第5話「ワイト島で湯治療養 その4」

夜11時頃、ワイト島分遣隊基地――

 

ドルニエ・コメットは基地の滑走路上に無事着陸し、老人達も機から降りてきている。幸いなことに機内にいた三人はもちろん、機体を支えた角丸やラウラにも怪我はない。

 

「ネウロイを倒そうと?あの機体で?」

 

老人達に簡単な事情聴取を行っていた角丸は不思議そうに目を瞬かせた。

第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の活躍に感化されたこの老兵達は、ガリアの巣が消滅した直後から昼夜問わず飛行を繰り返していたらしい。目的はガリアやその周辺に潜んでいる残党ネウロイの討伐である。しかし、その為に老人達が用意した機体は非武装の民間機であるドルニエ・コメットと、ネウロイを相手にするにしてはあまりに心許ない。

老人達自ら行った整備も不十分だったようで、角丸とラウラに発見されていなければ、ネウロイと戦う前に三人は海の藻屑と消えていたことだろう。

 

「いやぁ~、申し訳ないのう」

 

白髭の老人が三人を代表して謝罪する。

 

「げ、元気なおじいちゃん達ですね」

 

離れた場所から角丸と老人達のやり取りを見ていたアメリーが、すぐ隣に立つフランに話し掛けた。

 

「ふんっ!バカなだけでしょ?」

 

と、フランは鼻を鳴らす。さらに隣に立つラウラは無言を貫いているが、内心ではフラン同様老人達に呆れていることだろう。

 

「ま、まぁ……あまり無理はされないでください」

 

角丸は顔をひきつらせながらも、なるべく傷つけないように言葉を掛ける。

 

「ウム、原因はおそらくエンジンの不調じゃ。今度は整備を怠らんようにしなくてはな」

 

白髭の老人が顎を撫でながら自分達の失態を分析する。

 

「そもそも戦闘機を使わなかったのが悪いのじゃ~!」

 

と、小太りの老人が腕組みする。すると、白髭の老人が何かを思い出した。

 

「そう言えば、格納庫にォッカーDr.Iが一機残っていたな!」

 

「おお!ならば次はそいつで飛ぶぞい!」

 

「カ、カ、カ、カールスラントの戦闘機は世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

白髭の老人の提案に小太りの老人とボケの入った老人は歓喜する。しかし残念ながら、この三人はまったく反省をしていない。

 

(この人達は……)

 

角丸は軽い頭痛を覚えた。老人達の年齢からして、第一次ネウロイ大戦時は現役のパイロットとして航空ウィッチ・ウィザードと肩を並べて戦ったことだろう。

しかし、今となっては本人達に悪気がなくとも結果的に現役航空歩兵にストレスを与える老害と成り果ててしまっている。

 

「あの一つお聞きしたいのですが?」

 

いつの間にか角丸の隣にいたラウラ。彼女が老人達に声を掛けると、白髭の老人が応じた。

 

「む、なんじゃろ?」

 

「あの空域を飛んでいる時に扶桑皇国海軍のウィザードと、ファラウェイランド空軍のウィッチを見かけませんでしたか?」

 

未だに行方がわからない優人とウィルマ。自分や角丸よりも早く、長くあの空域を飛んでいた老人達ならば何か知っているかもしれない。ラウラは三人の目撃情報を当てにしていた。

 

「はて?見とらんなぁ?」

 

「……そうですか?」

 

と、ラウラは視線を伏せる。彼女だけではない、他のメンバーの表情にも影が差していた。

相変わらず二人から連絡はない、手掛かりも無し。ワイト島分遣隊の面々は、いよいよ最悪の状況を覚悟しなくてはならなくなった。

 

「何かあったのか?」

 

表情を曇らせたウィッチ達を心配し、白髭の老人が理由を訊ねる。

 

「ええ、実は……」

 

角丸は事の次第を簡潔に説明する。年老いても聴覚が十分に維持されている老人達は、時折ウンウンと相槌を打ちながら角丸の話に耳を傾ける。

 

「それは心配じゃろう。良ければ、わしらも捜索の手伝いをして――」

 

「いいえ、お気持ちだけで十分ですので」

 

白髭の老人の言葉を遮りつつ、角丸は苦笑気味に遠慮する。

 

「それにあと30分でロンドンから迎えの輸送機が来ますから……」

 

「む、そうか。ならば!」

 

白髭の老人の表情が突然真剣なものへと変化する。

 

「な、何でしょうか?」

 

急に態度を変えた老人を見て、角丸の顔が強張る。

 

「帰る前に、お嬢ちゃんの胸を触らせてくれぇ~!」

 

かような発言と共に老人達の六つの手が、一斉に角丸とラウラの豊かなバストへ手を伸びる。

 

バキッ!ドゴッ!ベキッ!

 

雨が弱まったワイト島方面の夜空に、鈍く打撃音が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、501基地宿舎――

 

「こ、これはっ!?」

 

入浴を終え、自室に戻った芳佳はミーナから渡された荷物の中身を確めると同時に目を見開いた。扶桑から遣欧艦隊とは別ルートの補給で届いた荷物は優人に宛てられたものである。

親しき仲にも礼儀あり。いくら相手が仲の良い兄とは言え、芳佳は他人に宛ての荷物の中身を勝手に見るという非礼を行ったりはしない。

だがしかし、この荷物からは無性に中身を確認したい欲求に駆られる謎の魅力を感じ、芳佳は堪らず包装を破いてしまう。

 

「す、すごい……」

 

包装の中より姿を現した品々をじっと見据え、芳佳は静かに息を呑んだ。優人に届けられた荷物。それは扶桑国内で出版されている3冊の成人向け雑誌だった。

『週刊吉原・乳特集』『豊乳倶楽部』『皇国魔女・水練着写真館』と、いかにも優人が好みそうな豊かな胸を持つ女性の写真を多数納めたものである。

 

「わ、この人も大きい……リーネちゃんみたい。あっ、この人はシャーリーさんくらいある。扶桑人でもこんなに大きい人達がいるんだ……」

 

ペラペラとページを捲り、写真に映るモデル達の感想を呟く芳佳。流石は兄妹というべきか、趣味趣向が兄と似通っている。

 

「どうやったらこんなに育つんだろう?やっぱり牛乳かな?」

 

自身の胸を触りながら、芳佳は声に出して分析する。と、その時。彼女の背後でコンコンとドアをノックする音がした。

 

「――ッ!?」

 

誰かが部屋に入って来ようとしている。ハッとなった芳佳は反射的に雑誌類をベッドの下へ滑り込ませる。

 

「ど、どうぞ!」

 

やや上擦り気味の声でドアの向こう側にいるであろう人物のノックに応じる。すぐにドアが開かれ、見知った顔が半開きのドアから覗く。

 

「お邪魔しま~す♪」

 

「リーネちゃん?」

 

部屋に入って来たのはリーネだった。雑誌に夢中になって着替えを忘れていた芳佳と違い、彼女は見慣れた制服から薄いピンク色のネグリジェに着替えていた。

 

「ごめんね、こんな遅くに。寝るところだった?」

 

「ううん、大丈夫だけど……どうしたの?」

 

芳佳が訊くと、リーネはニッコリ笑って手招きをした。

 

「ちょっとついてきてもらってもいい?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、ワイト島方面上空――

 

三名の老害、もとい老人達を基地要員に預けたワイト島分遣隊は優人とウィルマの捜索を再開していた。天候が大幅に回復したため、今度はアメリーとフランも加わっている。

角丸とラウラの二人が行った最初の捜索は暴風雨によって視界が狭まり、また老人達の操縦するドルニエ・コメットと遭遇したことで中断されてしまい、不十分に終わっていたのだ。

捜索を再開して間も無く、四人は小さな無人島の上空に差し掛かった。ワイト島分遣隊のウィッチ達は低空を飛行し、目を凝らして二人の姿を懸命に探す。が、島内は鬱蒼とした森林ばかりで、優人やウィルマは疎かひとっこひとり見当たらない。

 

「まったく、初日から問題ばかり起こして!あの“変態”、見つけたら絶対何か奢らせてやるわ!」

 

フランは憤然と拳を握り締める。“変態”というのはもちろん優人のことである。

風呂の一件と今回の行方不明の件で、彼女の中の優人の印象がさらに悪くなってしまっている。

 

「ウィルマさん、宮藤大尉。御二人共、大丈夫でしょうか?」

 

アメリーは不安そうに俯き、目尻を涙を浮かべる。優人とウィルマが哨戒に出ようとした際、彼女もまた格納庫にいて二人を見送っていたのだ。

自分が格納庫で二人を止めていれば、せめて哨戒に同行していれば、こんなことにはならなかったのではないか。アメリーは胸を締め付けられる想いだった。

 

「大丈夫よ」

 

そんなアメリーを気遣い、角丸は慰めるように彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ウィルマさんのスゴさはあなたも知っているでしょう?宮藤大尉も一緒だし、きっと大丈夫よ」

 

「ま、変態はともかく……ウィルマはしぶといし、大丈夫でしょ?だから泣かないの」

 

フランが角丸の言葉を継ぐ。ややぶっきらぼうな物言いだが、それでもアメリーに対する彼女の気遣いが窺える。

 

「……そうですね。大丈夫ですよね」

 

二人から励ましを受けたアメリーは涙を拭った。直後、何かを見つけたラウラが声を上げた。

 

「みんな!」

 

「ラウラ、どうしたの?」

 

声に反応して、角丸がハッと顔を上げる。

 

「あそこ!」

 

ラウラは11時の方向を指差す。彼女が人差し指で示した先に一軒の建物が見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

同時刻、無人島の飛行場格納庫内――

 

「ん?……」

 

馴染みのある機械音に耳朶を叩かれ、仮眠を取っていた優人は目を覚ます。

半覚醒状態ながらも聞こえてきた音が魔導エンジン音だと理解した彼は、目を擦りながらシャッターで塞がれた入口へと視線を向ける。

天候が回復したのか、外から雨音は聞こえない。代わりにストライカーユニット4機分のエンジン音がシャッター越しに響いてくる。

 

「ここって、飛行場?」

 

「二人はこの中でしょうか?」

 

エンジンに紛れ、聞き覚えのある声も聞こえてくる。

 

「お迎えが来たか……」

 

優人は安堵したように小さく息を漏らす。悪天候下において無人島に降り立った彼とウィルマは遭難といっても差し支えない状況にあった。

今二人がいる島とワイト島は然程離れていない。通常ならば問題もなく飛行出来る距離なのだが、ウィルマのストライカーユニット『スピットファイアMk.II』はネウロイとの戦闘で大破し、ウィルマ自身も軽症とはいえ怪我をしていた。

優人と彼の愛機である零式は無事だったが、暴風雨が吹き荒れていては飛ぶこともままならない。それに二人が遭遇した個体とは別にガリアネウロイの残党がまだ周辺に潜んでいるかもしれない。

これだけ悪条件が揃ってしまっては、基地まで助けを呼びにいくことも、ウィルマを抱えて飛ぶことも危険過ぎて出来ない。基地と連絡を取ろうにも、インカムはウィルマが墜落した際に、二人に揃って紛失してしまっていた。

八方塞がりの二人に出来ることと言えば、大雨で気温が大幅に低下した状況下で身体を冷やさぬよう気を配りつつ、ワイト島基地からの助けを待つことだけだった。

 

「ウィルマ、迎えが来たぞ」

 

優人は囁くように優しく声を掛け、ウィルマの身体を軽く揺らす。

 

「…………う~ん……」

 

艶のある声がウィルマの唇から漏れる。僅かに反応はあったが、彼女の意識はまだに夢の中である。

年頃の異性の目の前で、しかも下着姿という悩ましい格好にも関わらずグッスリと寝入ってしまうとは、優人が言った通りあまりに無防備だ。或いは、それだけ優人のことを信用しているのか。

どっちにしても、優人は成人間近の健全な男子。そんな彼にとって巨乳美女の下着姿は眼福であるのと同時に目の毒である。

 

「ほら、いつもでも寝てないで」

 

優人は本格的にウィルマを起こしにかかる。角丸達と顔を合わせる前にやらなくてならないことがある。それは乾かしていた服を着ることだ。

ワイト島の面々が迎えに来てくれたことは非常にありがたいことだ。しかし、年頃の男女である優人とウィルマが全裸に等しい格好で一緒いるところを見られたりするば、疚しいことが何も無くとも在らぬ誤解を生んでしまうだろう。

女性関係の冤罪を数えきれぬほど経験してきた優人は、なんとしてもそれだけは避けようとウィルマの意識を夢の世界から呼び起こそうとする。

 

「ウィルマ!」

 

「…………」

 

「おい、ウィルマ!」

 

「ん~……ゆ~とぉ?」

 

優人が声を掛けながらウィルマの両肩を揺すると、寝惚けた返事が返ってきた。優人は彼女が目を覚ましてくれたと思った。しかし、ウィルマは優人の右腕を自身の右手で掴んだ後に、再び寝息を立て始める。

 

「寝るなよ!角丸達が来たんだぞ!早く着替えな……うわっ!?」

 

不意にウィルマの右手に力が込められ、優人を自分の方へ引っ張り出した。突然のことにバランスを崩した優人は前のめりに倒れる。

 

ぼふっ!

 

「――ッ!?」

 

前方へ傾いた優人をクッションの如く受け止めたのは、なんとウィルマの胸の谷間だった。

予想外の事態に驚愕を通り越して思考を停止させた優人は目を見開いたまま身体を硬直させる。

 

「ん~♡」

 

「もがっ!?」

 

どこか甘ったるさを湛えた声を口元から漏らしたウィルマは両腕を優人の後頭部へ回し、ギュッと力を込めて抱き締めた。

ただ大きいだけでなく、柔らかく、張りのある胸の感触を下着越しながらに優人は顔全体で味わっている。

“巨乳美女の胸に顔を埋める”という世の男達が生まれてから一度は考えたであろう夢を、優人は図らずも叶えていた。

 

(まずい、これはまずい)

 

「う~ん♡」

 

(い、息が……窒息する……)

 

夢の中で抱き枕でも抱いているつもりなのだろうか。ニヘラッと顔を綻ばせて腕の力も強める。

顔面を圧迫された優人は、口と鼻を塞がれて窒息しかけていた。それでも酸素を求めて必死に呼吸が行う彼の吐息がくすぐったいのか、ウィルマは微かに身を捩らせる。

 

「くすぐったぁ~い♡」

 

「ん……ぷはっ!」

 

なんとか顔を胸から引き離した優人はゼェゼェと息を乱している。いつの間にか、優人がウィルマを押し倒すような体勢になっていた。

 

「ウィルマ!いい加減に――」

 

ガラガラガラガラッ!

 

呼吸が整えるなり優人はすぐさま怒号を飛ばそうとする。が、その声は格納庫入口に設置されたシャッターの開閉音によって掻き消された。

 

「ウィルマ!いるの!?」

 

「ウィルマさん!宮藤大尉!」

 

シャッターが半分ほど開かれ、二人の少女が格納庫内へ駆け込んでくる。アメリーとフランだ。

 

「あっ!……」

 

「スー……スー……」

 

「「…………」」

 

アメリーとフランは数時間ぶりに優人、ウィルマと対面した。しかし、二人は優人達を見るなり時が止まったかのように硬直し、顔を赤ランプのように真っ赤に染める。

整理しよう。優人とウィルマの服が雨水に晒されて濡れてしまい、乾くまでの間やむ無く下着姿で過ごしていた。そして、優人とウィルマの身体が密着しているのは寝惚けたウィルマが優人に抱き着いたため。これが真実である。

だが、何も知らない人間が見れば二人が今まさに行為に及ぼうとしているようにしか見えない。

 

「ごめんなさい、お取り込み中」

 

「ごゆっくり」

 

遅れて格納庫に入ってきた角丸とラウラ。この二人は完全に誤解しているらしい。優人に一言だけ告げると、フリーズして動かなくなったアメリーとフランを抱えて屋外へと引き返していく。

 

「ちょっと待って!誤解!誤解なんだぁああああああっ!!」

 

「えへへ……新しい抱き枕、最高ぉ~♡」

 

またしても誤解された優人の悲痛な叫びと、ウィルマの呑気な寝言が格納庫内に響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

一時間後、ワイト島基地――

 

哨戒飛行中、残党ネウロイとの遭遇という予期せぬ事態に見舞われた優人とウィルマは、深夜になってようやく基地に帰還することが出来た。

アメリーの手を借り、眠ったままのウィルマをベッドへ寝かせると、優人は報告のために角丸の執務室へ向かった。

無許可でドルニエ・コメットの飛行を行っていた老人達は、二人と入れ違う形で基地を発っていた。角丸とラウラにお灸を添えられたものの、おそらく反省はしていないのだろう。

後でわかったことだが、優人とウィルマが屋根を借りた飛行場は持ち主。そしてアメリーの話にあった旧式の航空機で奇声を上げながらウィッチを追いかけ回している幽霊の正体は件の老人達だった。

ストライカーユニットを履いて空を飛ぶうら若き乙女に対し、老人は「冥土の土産に胸を揉ませろ!」「尻を撫でさせろ!」と恥ずかしげもなく迫る彼らの破廉恥な行いには、ナイトウィッチを中心に相当数のウィッチが被害を受けたそうな。

 

「あぁ~……」

 

ぐったりとくたびれた様子の優人は、低い呻き声を零しながら廊下を進んでいく。

 

「大丈夫ですか?」

 

並んで歩いていたアメリーが、心配して優人の顔を覗き込んできた。

 

「ああ、今日はいろいろあったからさ」

 

優人は曖昧に答える。飛行場でアメリー達に発見された後。彼は誤解を解いたり、抱き着くウィルマを引き離したりとで苦労していた。なんでも、ウィルマは寝ている時に誰かに抱き着く癖があるとのこと。

予期せねネウロイとの戦闘の疲れもあり、優人はすぐにでもベッドに入りたい気分だった。

 

「そう……ですね……」

 

アメリーが蚊の鳴くような声で呟いた。頬が紅潮しているあたり、裸同然の格好で密着していた優人達の姿を思い浮かべてしまったらしい。

ウブなアメリーにとって、ウィルマのダイナマイトバディと日常生活においてまず見ることのない異性の裸体は刺激が強すぎたのだ。

 

「その、見苦しいところ見せちゃったよな。ごめん……」

 

アメリーに視線を移し、優人は軽く頭を下げる。

 

「いえ、お気になさらずに……」

 

言葉と共に俯き気味になるアメリー。風呂場の一件で優人のことを変態認定した上で敵視しているフランとは異なり、アメリーはややぎこちないながらも優人に対して好意的である。

やがて、二人は角丸が待つ部隊長執務室に到着する。優人が二回ほどドアのノックすると、すぐに「どうぞ」と入室を促す声が返ってきた。

 

「入るぞ」

 

「失礼します」

 

ノブを回して執務室へ入る二人。中では部隊長用デスクの向こう側の椅子に腰を降ろした角丸が、電話を手にしていた。

 

(話し中か……)

 

邪魔をしてはいけない、と優人は一声掛けて出直そうとするが、それよりも先に角丸が口を開いた。

 

「宮藤大尉、ちょうど良かった」

 

そう言うと、角丸は優人に受話器を差し出してきた。

 

「御電話です」

 

「……俺に?」

 

優人が確認するように訊くと、角丸は静かに頷いた。部隊指揮官でもない自分に、それもこんな夜おそらくに電話とは、相手一体何者だろう。角丸から受話器を受け取りながら、優人は思考を巡らせる。

 

(父さん?赤坂長官?……まさか、ミーナ!?)

 

優人の額を嫌な汗が伝う。ワイト島基地においても相変わらずのラッキースケベぶりを発揮してしまった彼の現状が、既にミーナの耳に届いているのか。優人は恐ろしさから小刻みに身体を震わせる。

しかし、受話器から聞こえてきた声は、予想した三人の誰とも違っていた。

 

「も、もしもし……?」

 

『あっ、お兄ちゃん?』

 

「えっ……芳佳っ!?」

 

電話の相手は最愛の妹である芳佳だった。優人は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。

 

『えへへ……お兄ちゃんの声だぁ♪』

 

受話器から可愛いらしい声が聞こえる。優人と二人きりの時に芳佳出す時の声、兄に目一杯甘える時に発する声である。

大好きな兄の声が聞けたことが、余程嬉しいかったらしい。

 

「なんでお前が?もしかして、基地の電話を使っているのか?」

 

『うん、そうだよ』

 

「そうだよ、って……」

 

平然と答える芳佳に、優人の顔が引きつる。501基地において、電話を使用した外部との連絡が許されているのは原則として基地及び部隊司令のミーナと副司令兼戦闘隊長の坂本の二人だけだ。

おそらくはミーナから許可をもらったのだろう。しかし、深夜に基地の設備を利用しての私用電話は誉められたものではない。

 

「まぁ、いいや。それで何かあったのか?」

 

妹の私用電話に呆れつつも、優人は電話の用件を訊ねる。彼に気を遣ったのか、角丸とアメリーは執務室を後にしていた。

 

『え~っと、お兄ちゃんの声が聞きたくなっちゃって……』

 

「俺の?」

 

『うん、お兄ちゃんと離れるの久しぶりだから寂しくなっちゃって。そしたらリーネちゃんが電話してみたら?って……』

 

「離れる、って……数日だけだぞ?」

 

『そうだけど……』

 

芳佳は口篭った。彼女は元々かなりのお兄ちゃん子であり、物心付いた頃には既に優人の後ろを追い掛けて回っていた。優人もまた芳佳のことを邪険に扱ったりせずに可愛がり、よく面倒を見ていた。

血の繋がりこそないが、仲の良い二人は本当の兄妹のようだと故郷でも評判だった。しかし、それ故に妹は兄離れが難しく、兄もどこか過保護気味なところがある。長い間離れて暮らしていたことがそれに拍車をかけていた。

故に優人がいないのは僅か数日の間だけだとわかっていても、心の内ではまた兄がどこかに行ってしまうのではないか。また離れ離れになってしまうのではと、考えてしまうのだ。

 

「……大丈夫だよ」

 

『えっ?……』

 

「どこにもいかない。お前をおいてはな」

 

妹の不安を察してか、優人は優しく口調で語り掛ける。

 

「怪我が治ったらすぐそっちに戻るから。勝手に遠くへ行ったりしないから。不安がらずに待っててくれないか?」

 

『本当?』

 

「本当だとも、俺が嘘ついたことなんてあるか?」

 

『いっぱいあるよ』

 

「…………」

 

バカ正直な返しに優人の表情が固まる。

 

「ま、まぁそうかもしれないな。でも今回は本当だよ」

 

『……わかった、待ってるね』

 

「今日はもう遅いから寝なさい。寝坊したら坂本に叱られるぞ?」

 

『そうだね、お休みなさい』

 

「ああ、お休み」

 

寝る前の挨拶を交わし、優人は受話器を置く。すると、背後からクスクスという笑い声が聞こえてきた。

振り返ると、自室で眠っているはずのウィルマがいつの間にか後ろに立っていた。着替えを済ませ、寝間着のタンクトップ姿となっている。

 

「ウィルマ!?」

 

「うふふ♪兄妹というよりは初々しいカップルみたいね」

 

どうやら会話を盗み聞きしていたらしい。悪戯な笑みを浮かべ、優人を茶化してくる。

 

「お前なぁ……盗み聞きなんて趣味がわ――」

 

趣味が悪い、と優人がそう言おうとしたその時。ウィルマの顔が眼前まで迫り、それと同時に彼の頬に何か柔らかくて温かいものが触れた。

 

「……えっ?」

 

一瞬何が起きたのか分からず優人はキョトンとしていたが、すぐにウィルマから頬にキスされたのだと理解し、みるみる顔が赤くなっていった。

 

「な、な、なっ!?いったぁあああ!!」

 

キスされた右頬を手で押さえながら、優人は勢い良く後退る。部隊用デスクに思いっきりぶつかってしまい、強烈な痛みから目に涙を浮かべる。

 

「な、何して……」

 

「何って、キスよ?扶桑で言うところの接吻」

 

「な、何でって……手当てしてくれたお礼のつもりだけど?」

 

そう言ってウィルマは右腕の包帯を指差した。

 

「お、お礼?」

 

「頬っぺに軽くチューしただけでそこまで動揺するなんて、扶桑人はウブな人が多いのかしら?」

 

優人の反応を面白がるウィルマ。キスの動揺が静まっていないこともあり、優人は自分をからかう彼女にまともに反論することが出来ず、目を逸らすのが精一杯だった。

こうして、宮藤優人大尉のワイト島における長い初日は終わったのだった。




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