ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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ようやく復活・小説の更新が出来ました。


この度は、読者の皆様に多大な御迷惑と御心配をおかけして大変申し訳ありませんでした。


第6話「ワイト島で湯治療養 その5」

角丸美佐扶桑陸軍中尉率いるワイト島分遣隊は航空ウィッチ5名を主戦力としたかなり小規模部隊だ。

連合軍西部方面総司令部に所属する多国籍部隊ではあるが、同じく各国から人員を招聘した第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』のような総司令部の直属ではなく、あくまで隷下部隊の一つという位置付けである。

二線級として扱われる当部隊が配備されているのは、501が担当するドーバーの主戦場から外れたブリタニア南東部の僻地『ワイト島』。

平原に屹立する基地施設も大部分を占める滑走路以外に特異なものはなく、司令部よりも宿舎として意味合いが強い基地本部とストライカーユニットの格納庫のみ。

整備兵等の基地要員も規模相応に少なく、極端に悪いわけではないが、ブリタニア防衛の要である501部隊と比較すると人材・機材・設備面において質量共に大きく水を空けられている。

しかし、当基地には501基地には無いものが一つだけある。それは島に湧いている天然温泉を利用した風呂だ。

 

「ふぃ~……」

 

早朝のワイト島基地。満足気に吐息を漏らしながら宿舎内の廊下を進む影が一つ。湯治目的で501よりワイト島分遣隊へ出向中の扶桑海軍大尉――宮藤優人だ。

湯帰りの彼は、まだ起床時間でないこともあってか。扶桑皇国海軍の第二種装には着替えておらず、寝間着姿の無地の白い半袖のTシャツに黒の半ズボンというラフ格好で廊下を闊歩する。小脇には、中にバスタオルや石鹸等入浴に必要なものが揃った桶を抱えている。

元々湯治のためワイト島を訪れていた優人。ほんの数分前まで身を湯船に沈め、温まった彼の頬には淡い紅が灯され、身体からはホカホカと湯気が立っている。

ワイト島基地の浴場は501基地ほど広くはないが、天然の温泉を使用しているというあちらには無い強みがある。疲労はもちろん、傷や魔法力回復にもよく効くとされる温泉に加えて、扶桑建築を模した浴場の造りも故郷に戻ったかのような安心感を与え、優人の心身のリラックスに一役買っている。

 

(ん?……)

 

朝風呂のために早く起きてしまい、暇を持て余していた優人は、何気無しにストライカーユニットの格納庫へ足を運んだ。

整備兵は一人いなかったが、その代わりオストマルク空軍の制服を着た少女の後ろ姿を見つけた。

 

「ん……“アンカ”、今日も調子良いみたいだね……」

 

自らの愛機であるカールスラント製のストライカーユニット『Bf109G-6』を整備を行うオストマルク出身の少女――ラウラ・トート少尉は嬉しそうな声で呟いた。

“アンカ”とは、彼女がストライカーユニットに付けた愛称である。

優人と同じく『ストライクウィッチーズ』の初期メンバーの一人であったラウラは、501基地にいた頃から愛機の整備に力を入れていた。機付き整備兵達も、そんな彼女を敬愛し、共に整備する姿がよく見受られた。

 

「……誰?」

 

他者の気配を感じ、ラウラが振り返る。優人は軽く手を上げて挨拶する。

 

「よぉ!」

 

「あっ……宮藤大尉」

 

「愛機の整備か、精が出るな」

 

「ちゃんと自分で世話してあげれば言うこと聞いてくれるし。いざという時、力になってくれる」

 

「確かに、俺もこいつらには何度助けられたことか……」

 

「こいつ……ら?」

 

こいつら、という表現にラウラは首を傾げる。優人は「ああ」と頷き、説明を付け加えた。

 

「ブリタニアで完成したばかりの試作機に、リバウで使っていた二一型、501に転属してからは二二型。そして、こいつは最近使い始めた機体で、零式では4代目の機体なんだ」

 

優人は発進ユニットに固定された自身の『零式』へ歩み寄ると、サッと機体を撫でた。

元は赤城に艦載されていた機体。マロニー一派のウォーロックを警戒した優人が、赤坂に頼み込んで一時的に使用許可を貰っていた。しかし、赤城が沈んでしまったこともあり、返還されることなく優人の機体として501基地に格納されていた。

 

「大尉は朝風呂上がりですか?」

 

ラウラは“アンカ”に目を向けたまま訊ねる。

 

「ああ、ここの温泉は最高だな。気に入ったよ」

 

「扶桑人は本当にお風呂が好きなんですね?」

 

「お前だって嫌いじゃないだろう?501にいた頃は、暇さえあれば入っていたじゃないか?」

 

元501隊員のラウラ。故郷のオストマルクからブリタニアまでの過酷な撤退戦をミーナ達カールスラント空軍第53戦闘航空団と共に潜り抜けできた彼女は、当時の501部隊屈指の実力者だった。

その反面、ハルトマンほどではないしにしろ私生活は割りとずぼらで、出撃の無い日は昼寝をするか基地の風呂に浸かっているかだった。

『入浴中』の札を掛け忘れたラウラと、彼女が湯船でくつろいでいること等知る由もなかった優人が、浴場で鉢合わせしまったのは記憶に新しい。

 

「……あの、大尉」

 

昔話を切り出されて何か思い出したのか。ふとラウラが整備の手を止めて立ち上がる。

 

「ん?なんだ?」

 

「申し訳ありませんでした」

 

ラウラは優人の向かって深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。

 

「急にどうした?」

 

唐突なラウラの謝罪に優人は目を丸くする。その一方で、謝罪の理由には心当たりがあった。

 

「私、501にいた時……大尉やミーナ中佐、他の人達にも迷惑掛けてばかりだったから……」

 

(やっぱり、その話か……)

 

優人は肩を竦める。それは数年前、501部隊が設立して間もない頃の話である。

当時のブリタニア空軍戦闘機軍団司令官であり、同空軍のウィッチ隊総監も兼任していたダウディング大将と、現在カールスラント空軍ウィッチ隊総監を努めているアドルフィーネ・ガランド少将の後押しを受け、ミーナは統合戦闘航空団の設立を成し遂げた。

創設当時のメンバーの中には、現在も501に在籍しているミーナ達カールスラント三人や優人、坂本、ペリー等、連合軍各国より選び抜かれた10名のウィッチが所属していた。ラウラもその一人だった。

しかし、開戦時に黒海から殺到したネウロイの侵攻によって祖国オストマルクを失い、以降の撤退戦で大切な仲間達を失い続けたことで、自暴自棄になっていたラウラは隊員との協調性がほとんど無く、独断専行が目立っていた。

戦果を上げてはいたものの。

他の隊員、特にバルクホルンは自分本位な戦い方を繰り返す彼女を快く思っていなかった。

ミーナのように気に掛けてくる理解者がいなかったわけではないが、それでもラウラは日に日に孤立していった。

やがてラウラは、連合軍上層部の政治的駆け引きの末、配置転換という名目でブリタニア防衛部隊に転属となる。殆んどの501隊員達と壁を作ったまま別れることになってしまった。

 

「過ぎたことだよ。あの時のお前はいろいろ大変だったんだし」

 

「…………はい」

 

短く返すラウラだが、その視線は伏せられたままだった。

ミーナ達カールスラント組やガリア出身のペリーヌ、アメリー。ネウロイに故郷を蹂躙され、家族を、戦友を、大切な人達を失った者は多い。

自分以外だけが不幸なわけではない。しかし、心理的に余裕がなかったラウラは、そのことに気付けなかった。自分が悲劇のヒロインを気取って周りに甘えている、と自覚出来なかったのだ。

 

「でもまぁ、安心したよ」

 

「……えっ?」

 

「お前、501にいた頃よりもよく笑ってて。元気そうだからさ」

 

「そうですかね?」

 

本人に自覚はないようだが、久しぶりにあったラウラは501にいた頃と比べて笑うことが多くなっている。

基本に無口無表情なのは変わらないが、どこか影があった表情が大分柔らかくなり、感情の起伏も見せるようになった。

昨晩行われた優人の歓迎パーティーにおいて、楽しそうに笑っていた彼女を見れば明白である。

 

「そういうのは自分じゃ気が付かないからな。なんにせよ、ミーナに良い報告が出来そうだよ。お前のこと心配してたからさ」

 

「……そうですか」

 

言葉だけ見るとなんとも素っ気ない反応だが、それとは裏腹にラウラの表情は綻び、声色も僅ながらに明るくなる。

誰かが自分のことを気に掛けてくれている。それだけで人は幸福な気持ちに抱くものだ。

 

「それともう一つ、バルクホルン大尉から伝言を言付けかってる」

 

「バルクホルン大尉が?」

 

ラウラの瞳に不安の色が映る。バルクホルンはミーナと違い、チームワークを度外視するラウラにとても厳しかった。そんな彼女からの伝言なのだから無理もない。

責めを覚悟のしながら、ラウラは耳を傾ける。しかし、伝言の内容はラウラの予想を裏切るものだった。

 

「『やたらとつらくあたってしまい、申し訳なかった』……とのことだ」

 

「えっ?」

 

なんと、優人経由で伝えられたバルクホルンの言付けは謝罪だったのだ。

初期から在籍している501隊員の中では、とりわけ折り合いが悪かったはずのバルクホルン。彼女が自分に謝罪するなど思っても見なかったラウラは拍子抜けする。

 

「バルクホルン、言ってたよ」

 

唖然としているラウラを余所に、優人は言葉を続ける。

 

「『同じ境遇にあった自分が誰よりラウラの気持ちを理解してやらなければならなかったはずなのに、心に余裕が無くてキツく接することしか出来なかった』って……」

 

故郷や大切な人間を失った者の気持ちは、同じ経験をした者にしか理解できない。胸中を埋め尽くさんばかりの悲痛な感情。自身の足元が消えて無くなるような喪失感。

宮藤兄妹に救われ、それをきっかけに自分を取り戻したバルクホルンは精神的に余裕を持てるようになった。同時にラウラの心境を遅れながら理解し、同じ痛みを持つ者として寄り添おうとしなかったを自身を、彼女は人知れず恥じていた。

 

(バルクホルン大尉……)

 

目頭が熱くなり、視界が霞む。自分を嫌っていると思っていた相手からの温かい言葉と、実質的に和解、理解し合えた。ラウラは救われたような気持ちになった。

涙がポロポロと溢れてくる。嬉しいはずなのに次から次へと流れ出し、頬を伝う。

涙を拭うのに夢中で、優人に抱きすくめられていることにラウラが気付くまで数秒かかった。

 

「大尉?」

 

ピトッと密着する二人の身体。優人の体温が、匂いが、訓練と実戦で鍛えられた肉体の感触を全身で受け、色白なラウラの頬に紅が灯される。

 

「よしよし……」

 

優人の右手がラウラの髪を梳くように撫で、左手はポンポンとあやすように背中を叩く。子どもの頃、泣きじゃくった芳佳をあやす際にも優人はこうしていた。

やがてラウラの涙は涙は止まり、優人は彼女から身体を離した。

 

「落ち着いた?」

 

「…………大尉」

 

「ん?」

 

「これ、セクハラですよ?」

 

「………………えっ?」

 

ジト目で見上げてくるラウラの言葉に、優人は硬直して冷や汗を流す。彼女の言う通り、例え慰めるためだとしても、断りもなく女性に抱き着くなどは立派なセクハラである。

妹の芳佳や妹同然に思っているペリーヌの頭を撫でたり、シャーリーやルッキーニから挨拶代わりのバグを受けたりして過ごしていたためか、そこまで考えが回らなかった。

 

「あ、いや、その!不快な思いをさせたのなら悪かった!けど、別に疚しいことなんて何も!」

 

あたふたと狼狽えながらも、優人は必死に弁明する。疚しい気持ちがなかったのは事実だし、申し訳ないとも本心から思っている。が、今回はいつもの不可抗力などではなく、優人が自発的に行ったことに問題があった。

この件が大きくなって501基地に伝われば、ミーナから制裁を受けるのはもちろん、芳佳を含めた隊員達から白目視されるのは確実。セクハラ行為が原因で仲間や妹から蔑まれるなど、悪夢だ。単身でネウロイの巣に特攻する方がまだマシである。

 

「ふふ……」

 

ラウラの口から漏れた小さな笑い声が、パニクる優人の耳朶を打った。

 

「取り乱ちゃって……カッコ悪い、ふふ♪」

 

優人の狼狽ぶりが可笑しかったのか、ラウラはクスクスと笑っている。

その年相応に無邪気で可愛らしい笑いは、ラウラのクールなイメージとのギャップによって引き立てられ、彼女を一層魅力的に見せている。

ドキッとした胸を高鳴りと同時に、優人は自分がからかわれていたことに気付き、不満気な声を上げる。

 

「タチ悪いぞ」

 

「ふふ♪……すみません」

 

尚も笑い続けるラウラに溜め息を漏らすと、優人は不貞腐れたような顔をして足早に格納庫を去っていった。

 

「…………ドキドキしてたの、バレてないかな?」

 

頬に熱を感じながら、ラウラは両手を重ねるようにして己の胸に置いた。彼女の胸中では、心臓が早鐘を打っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

今朝の食事当番であるアメリーは、皆の朝食食堂へ向かっていた。食堂とは言っても、台所の機能を同じ部屋に纏めているので、正確に言うならダイニングキッチンである。

 

「あれ?」

 

食堂入り口前までやって来たアメリーは、半開き状態のドア越しに漂ってくる汁物の匂いに首を傾げる。

 

(これって……扶桑の味噌スープ、だよね?)

 

彼女の鼻腔を擽る匂いの正体は扶桑の代表的な料理――味噌汁のものだった。

欧州より遠く離れた扶桑皇国の料理は、こちらではまだまだマイナーであるが、派遣されたウィッチによって大戦初期から徐々に広まりつつあった。

ワイト島分遣隊においても角丸が何度か台所に立ち、扶桑料理を振る舞っていたため、アメリーは味噌汁のことは知っていた。

多彩な調理方、技巧をこらした繊細な作りの物が多く、味もデリケートで美味しい。肉料理社会の海外と比較してヘルシーで健康的なものが多く、欧州出身のウィッチ達の中には扶桑料理を好んで食べる者も少なくない。

 

(今日、私が当番なのに。誰かいるのかな?)

 

不思議に思ったアメリーは、食堂の入口からそっと顔を出し、室内の様子を窺う。台所側に立つ優人の姿が確認できた。

 

「優人さんっ!」

 

「お、アメリーか。おはよう」

 

扶桑海軍第一種軍装の上に柴犬が描かれた水色のエプロンを身に付けた優人は、アメリーに気付くと軽く手を上げて挨拶する。

 

「もうすぐ朝食出来るから、ちょっと待ってな」

 

それだけ言うと優人は料理を再開した。味噌汁の煮られた鍋の隣で、野菜の乗せられた生板がトントン、と小気味良い音を立てる。

慣れた手つきで振るわれる包丁。彼の手際の良さに思わずアメリーは感嘆の声を漏らしつつ、見とれていたがすぐにハッと我に還り、台所へ滑り込んだ。

 

「ちょ、朝食なら私が作りますから!」

 

朝食当番は自分の役目だ。いや、そうでなくとも年長者であり、客人であり、何より上官である優人に料理をさせて、下士官の自分がのんびり寛ぐなどあってはならない。

アメリーは優人を台所を引っ張り出そうと、両手で彼の腕を取る。その力は意外にも強く、優人は危うく包丁落としてしまいそうだった。

 

「優人さんは、お客様なんですから!」

 

「でも世話になってる身だし。昨日は皆に迷惑をかけちゃったから、そのお詫びも兼ねてさ」

 

「なら、お手伝いさせて下さい」

 

困った顔をしてポリポリと後頭部を掻く優人にそう言うと、アメリーはキッチンの隅に掛けてある愛用のエプロンを手に取った。

 

「そう?じゃあ、頼むよ。と、その前に……」

 

優人は一旦包丁を生板に置き、近くの小皿から一口サイズの卵焼きを手に取り、アメリーの口まで運んだ。

 

「むぐっ!?」

 

アメリーは驚きつつも、卵焼きを味わうように噛み締め、嚥下する。

 

「あ、甘い……」

 

手で頬に触れ、味の余韻に浸るかのようにアメリーは呟く。優人に食べさせられた卵料理は、彼女の知っている卵とは味が異なり、扶桑菓子のような上品な甘さがあった。

 

「扶桑の卵焼きだよ」

 

と、説明しつつ、優人は手を伸ばした。アメリーの口元に残っている卵焼きの欠片を人差し指で掬い、自然な所作で口に含んだ。

 

「――っ!?」

 

上官殿の大胆な行動にアメリーの心臓が喉から飛び出さんばかりに羽上がる。

目を見開いたまま、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせる自由ガリア空軍ウィッチに対し、優人は事も無げに卵焼きの感想を訊ねた。

 

「味はどうかな?」

 

「そ、そうですね。ちょっと甘い……と思います」

 

優人の問いでハッと我に還ったアメリーは、俯き気味に視線を落として答える。

 

「あれ?砂糖入れすぎたか?作るの久しぶりだからなぁ……」

 

優人は卵焼きの並べられた小皿に目を向けながら首を傾げた。彼は気付かなかったが、顔を伏せたアメリーの頬に朱が差していた。

彼女の味覚が優人の作った卵焼きを甘い、と感じたのは調理者が味付けに失敗したからなのか。或いは、別の理由か。それはアメリー自身にもわからないのかもしれない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

朝食後――

 

優人とアメリーの二人が腕に縒りを掛けて作った扶桑式の朝食は思いの外、好評であった。

特に出汁の効いた味噌汁は味はもちろん、嚥下して喉を通り過ぎた時の身体の温まり、どこかホッとさせられるような安心感がウィッチ達の心と胃袋をガッチリと捉えていた。

やがて食事の時間は終わりを告げ、優人及びワイト島分遣隊のウィッチ達は食後のティータイムに入っていた。

 

「優人さん、どうぞ」

 

未だエプロン姿のアメリーが、テーブルで食休み中の優人の前に白磁のティーカップを差し出した。カップには紅茶が注がれている。

 

「ありがとう」

 

優人が微笑んで礼を述べると、アメリーも彼に微笑み返す。次いで角丸、ウィルマ、ラウラの順にティーカップを配膳する。

もう一人のワイト島メンバーにして、隊内で唯一優人に心を許していないフランの姿はなかった。優人と同じ空間にいることが耐え難かったのか、朝食を終えると足早に自室へ帰ってしまった。

優人としては、露骨に自分を避けようとするフランに対し苦笑しつつも、彼女が自分とアメリーが作った朝食を「美味しい」と言い、残さず食べてくれたことに安堵していた。

好かれているとは言い難い。と言うか、ハッキリ言って嫌われているが、バルクホルンやペリーヌの時と同様まだ関係改善の見込みはありそうだ。

 

「ん……」

 

ティーカップを手に取った優人は、注がれた紅茶から立ち上る香気を鼻腔にくぐらせてから濃い琥珀色の液体を口に含む。

 

「ど、どうですか?」

 

エプロンを外し、優人の斜め向かいに腰を下ろしたアメリーがやや身を乗り出すようにして訊ねる。

紅茶を振る舞う身として、自分の紅茶を初めて味わう優人の感想が気になるらしい。

 

「うん、とても美味しいよ」

 

「わぁ!ありがとうございます!」

 

と、アメリーは嬉しそうに爛々と瞳を輝かせる。本人は気付いていないようだが、使い魔の耳と尻尾が無意識のうちに出現し、嬉しそうに揺れていた。

喜怒哀楽をストレートに表現するアメリーに、優人は最愛の妹――宮藤芳佳と似たもの感じ取っていた。守ってやりたくなるような愛らしさ。保護欲とでもいうべき感情を抱いた優人の手が自然とアメリーの頭に置かれ、優しく撫で始める。

 

「あっ……」

 

触れられたことに少しだけ驚きながらも、アメリーは何も言わずに優人の行為を受け入れる。上官殿の優しい手つきと体温を感じ、アメリーは頬を軽く染めながらも気持ち良さそうに目を細める。

 

(優人さんの妹さんはいいなぁ……こんなに素敵な人がお兄さんなんて……)

 

ポカポカとしたぬくもりで満たされている己の心中でアメリーは呟いた。

調理の手伝いを申し出たものの。扶桑料理の経験がなく、逡巡するような素振りを見せていた自分に対し、優人は優しく丁寧に教えてくれた。アメリーが元々家庭的だったこともあり、これといった失敗もなく美味しい朝食を作ることができた。

歳上の異性との共同作業ということで緊張もしたが、彼女にとって人生初の扶桑料理作りは、とても有意義で楽しい一時となった。その調理中の会話で、アメリーは芳佳のことを知ったのだ。

小さな村で一人っ子として生まれ育ったアメリーは兄弟姉妹に、特に頼れる兄や姉といった存在に強い憧れを抱いていた。そして、優人は彼女の理想の兄像そのものであったのだ。

アメリーには預かり知らぬことだが、優人と同様に彼女が憧れを抱いている自由ガリア空軍のエースウィッチ――ペリーヌ・クロステルマン中尉もまた、優人のような歳上の兄弟に憧れを抱き、彼の妹である芳佳を羨ましく思っている。

 

「ふ~ん♪」

 

ふと何者かの楽しげな声が耳朶に触れ、優人とアメリーは声のした方へ視線を向ける。にんまりと微笑みを浮かべたウィルマが、二人を見据えていた。

 

「なんだ?」

 

と、優人が怪訝そうに訊ねる。ウィルマはクスクスと小さく笑声を上げながら彼の問いに答えた。

 

「なんか二人共。知り会ってまだ一日も経たないのに、随分と良い雰囲気みたいだから♪」

 

「えっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

ウィルマにそう言われ、優人とアメリーは揃って動揺する。

 

「恋人、とまではいかないけれど。なんだか仲の良い兄妹みたいよ♪」

 

「そ、そうですか?」

 

ますます顔を赤くするアメリー。ウィルマと優人を順に見やると、照れを隠すように両手の人差し指をくっつけ、モジモジと動かし始める。

優人もアメリーほどではないが照れており、右の人差し指で頬を掻きながら気まずそうに視線を泳がせている。

 

「た・い・い・ど・の♪」

 

いつの間にか優人の右隣に来ていたウィルマ。彼女は優人の耳元へ自身の唇を近付け、そして囁く。

 

「ラウラに続いてアメリーとは、手が早いですわねぇ♪」

 

「――なっ!?」

 

ウィルマの一言で、優人の瞳に再び動揺の色が浮かんだ。格納庫でのラウラとのやり取りをウィルマに見られていたのだ。おそらく、優人がラウラを抱き締めたところも……。

疚しいことは何もないのだが、端から見れば上官と部下が早朝の格納庫で逢い引き、もしくはラウラに指摘されたように立場を利用して優人が彼女にセクハラを働いたようにも見える。

 

「み、見てたのか?」

 

優人がやや震えた小声で訊ね返すと、ウィルマは形の良い曲線を描いている桃色の唇に人差し指を当て、「ん~」とご機嫌そうに喉を鳴らす。

 

「二人きりの無人島で濃密な一夜を過ごしたっていうのに、私以外の娘にも目移りするなんて。なんだか妬けちゃうわね」

 

「はぁっ!?な、何言って――」

 

「あ~ら、どうしたの?狼狽えちゃって♪」

 

悪戯っぽい笑みを深めたウィルマは、さらに追い討ちを掛け続けた。

 

「今さら恥ずかしがることないじゃない♪私は互いの身体を見せ合った仲なのよ?」

 

「お、お前なぁ……」

 

「あらあら、まぁまぁ。昨日はあんなに可愛かったのに。今日はずいぶんと恐い顔をするのねぇ♪」

 

反発心の湛えられた鋭い視線を向ける優人だったが、その瞳には些かの迫力も威厳もなく、むしろウィルマの悪戯心を煽るだけであった。

 

(き、昨日……可愛かった、って。やっぱり遭難した時に……な、何かあったんじゃ!?……)

 

二人の会話を間近で聞いていたアメリーの表情がさらに赤くなり、ネウロイのビームさながらの顔色となる。

はわわわわわ、と可愛らしい悲鳴を上げ、小動物のようにプルプル震える彼女の脳内では悩ましい妄想が駆け巡っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その日の午後――

 

リベリオン陸軍第8航空軍より、ワイト島へ派遣されているリベリオンウィッチ――“フラン”ことフランシー・ジェラート少尉は、ムスッと不機嫌さを湛えた表情で宿舎を廊下を闊歩していた。

普段ならば隊のウィッチ達と談笑するなり、不得手な射撃の腕を少しでも上げるたむの自主訓練をするなりしている彼女だが、今日は食事やトイレ以外は殆ど廊下の端から端へ行ったり来たりしている。

 

(まったく、なんなのよ……)

 

腕を胸の前に組み、その上では右手の人差し指がトントンと忙しなく動いている。音楽のリズムを刻むような軽快なものでなく、内面の苛立ちを表したものだった。その原因は言うまでもなく、第501統合戦闘航空団より出向してきた一人の扶桑人――宮藤優人である。

彼女は風呂場で最悪な出会い方をした優人のことを未だに距離を置いていた。出来るだけ優人と顔を合わせたくない。そう思い、フランは本日の活動範囲を自室内に限定していたのだが、アウトドア派の彼女にとって一日を屋外のみで過ごすのは、それだけで多大なストレスとなる。結局は退屈に絶えられず部屋を出で、宿舎内をウロウロしていた次第である。

 

「あ、フランさん」

 

件の扶桑人が泊まっている部屋の前をフランが通りかかるのと同時に扉が開かれ、中からオレンジがかかった金髪の持ち主が出てきた。

 

「アメリー」

 

フランは目を丸くした。今日彼女は食事中を除いてアメリーを顔を合わせていなかった。

いや、それはいい。フランが気になっているのは、何故アメリーが頬を赤らめながら優人の部屋から出てきたのか、ということだ。

 

「そこ、あの扶桑人の部屋よね?」

 

アメリーを見る目を細め、フランが確かめるように訊く。

 

「はい!」

 

アメリーが快活な声で首肯する。そのはにかみは、異性を意識し始めた年頃の乙女のものだった。

 

「優人さんに扶桑のことを色々と教えて頂いていたんです!伝統の料理とかお洋服とか、お祭りとか!」

 

と、語るアメリーは今まで――少なくともフランが知る限りでは、これ以上ないくらいの極上の笑顔を浮かべている。優人との会話が楽しかったのか、遠く離れた異国の文化に感銘を受けたのか。或いは、その両方か。

アメリーと優人は性格的に相性が抜群らしく、知り合って間もないというのにずいぶんと親しくなっていた。そんな二人はウィルマの言うとおり、仲の良い兄妹のように見える。

 

「それに後で射撃の指導してもらう約束を――」

 

「ねぇアメリー」

 

アメリーの言葉を遮り、フランは続ける。

 

「アンタ、あいつに気を許し過ぎじゃない?」

 

「えっ?そうですか?」

 

「そうよ!のこのこ部屋までついて行って、変なことされても知らないわよ?」

 

「変な……こと?……」

 

フランが何を言いたいのか。それをアメリーが理解するのに数瞬かかった。ウブな彼女はたちまち赤面し、茹で蛸並みに真っ赤な表情を作り出した。

 

「ゆ、優人さんはそんなことしませんよ!」

 

怒声を飛ばすアメリーの様相に悪戯心を擽られたフランは、さらなる追い討ちを仕掛けた。

 

「わからないわよ。あいつだって男なんだし、私達ウィッチをそういう目で見てるかも!前科だって――」

 

「ま、まだ根に持ってるんですか?」

 

風呂場での一件を蒸し返すフランに対し、アメリーは困ったように反論する。しかし、優人に全裸姿を見られた時の記憶が脳裏に浮かび上がり、自然と声が尻すぼみになる。

 

「当たり前じゃない」

 

フンッと鼻を鳴らし、フランは不愉快そうに眉を寄せる。

 

「まったく。家族以外の異性に裸を見られるなんて、ジェラート家始まって以来の屈辱よ!」

 

何故そこで家の名前が出てくるのかはわからないが、それほどまでに業腹だということだろう。

しかし、フランにとって一番屈辱なのは、そこまで疎ましく思っている男(とアメリー)が作った朝食と昼食が、頬の緩みを抑えられないほど美味しかったと認めざるを得ないことだった。

 

「でも、優人さんだって悪気あったわけじゃ……」

 

「………………」

 

フランとて、風呂場の一件が事故であることも優人に非がないことも理解している。無論、彼が悪い人間ではないことも……。

しかし、フラン本人の意地っ張りな性格もあり、中々水に流すことが出来ない。仲間達が優人と良好な関係を築く中、彼女だけ未だ打ち解けることが出来ずにいた。

 

(あたしって、何でこうなんだろう……)

 

いつまでもつまらない意地を張り続ける自分自身に対し、フランは軽く自己嫌悪を覚えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1時間後――

 

「で?何であたしがアンタと一緒に哨戒に出なくちゃならないの?」

 

始動したストライカーユニットの魔導エンジン音が響き渡る基地格納庫。愛機を装着したフランがムスッとした表情で訊く。彼女の隣には同じくストライカーユニットを装備した優人が立っている。これから二人は哨戒飛行に出る。

 

「ウィルマには大事を取って休ませる、って角丸が判断したからだろ?」

 

露骨に嫌がるフランに対し、優人が溜め息混じりに応える。

本来フランと一緒に哨戒に出るはずだったウィルマは、昨晩の戦闘でネウロイに撃墜され、戦闘空域付近の無人島へ墜落した。

幸いにも怪我は軽く、救助を行った優人の迅速かつ適切な対応によって大事には至らなかったが、角丸の判断で完治するまで一切の飛行と訓練は禁止となった。そしてウィルマの代わりに優人が飛ぶこととなった。

 

「まぁ、よろしく頼むよ」

 

「…………」

 

チラッと視線を向けてきた優人に、フランはプイッと顔を背ける。

 

(やれやれだな……)

 

優人は、ウィルマが負傷したことに少なからず責任を感じていた。自分の散歩に付き合わせたがために危うく嫁入り前の彼女を傷物にするところだった……と。だからこそ代理を買って出たのだ。

自分のことをやたらと目の敵にするフラン。彼女と組むことに不安要素はあるが、まぁ昨晩のようにネウロイと出くわすことはないだろうし。なんとかなるだろう、と優人は思う。

ご機嫌斜めなフランを宥めつつ、優人は昼下がりの空へと飛翔した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

~おまけ『分かる人には分かる声優ネタ』~

 

フーベルタ「みろ!『続きを投稿したいだけだ』と言いながら。お前はニ○動や○ouTubeにばかり時間を使っている!」

 

作者「違う!違うよ、フーベルタさん!○コ動もYou○ubeもおもしろ過ぎるんだ!だから小説の更新が遅れて――」

 

フーベルタ「意志の弱いヤツの言い訳だと言っている!」

 

作者「この……分からず屋ぁああああああああああああああ~っ!」←逆ギレ

 

優人「…………何これ?」




アメリーとフランを膝に乗せて、頭を撫で回した……いえ、感想・誤字脱字報告をお願い致します。

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