ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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第9話「俺の妹がこんなに病んでるわけがない」

サーニャがワイト島分遣隊基地に連絡して間も無く、第501統合戦闘航空団基地滑走路にストライカーユニット『零式艦上戦闘脚二二型甲』を装備する優人が降り立った。

ほんの数日留守にしただけだというのに、随分と長い間帰らなかったかのような懐かしさを、優人は感じていた。

 

「サーニャか……」

 

愛機を滑走させて格納庫に入った優人を、サーニャが出迎える。キャットウォークに立つ彼女は、帰投した上官に対し、優美な所作でペコリと一礼した。

発進ユニットにストライカーを固定し、魔導エンジンを停止させた優人は、ストライカーを脱いだ足でサーニャに歩み寄る。

 

「優人さん、おかえりなさい」

 

「ただいま、サーニャ。それと出迎えありがとう」

 

出迎えの挨拶をするサーニャに、優人はニッコリと笑顔で応じる。

 

「ワイト島の角丸美佐中尉から聞いたよ。何があったんだ?」

 

単刀直入に訊く優人は、ワイト島基地を飛び出した時と比べて、いくらか冷静だった。ワイト島から501基地へ戻るまで、短いながらも落ち着いて考える時間があったからだ。

角丸経由で連絡を受け取った直後は、「ネウロイとの戦闘で怪我をしたのでは?」というアメリーの推測を鵜呑みにしてしまい、完全に取り乱してストライカーで基地を飛び出すなどと、士官にあるまじき醜態をワイト島分遣隊の面々に晒してしまった。荷物も向こうに置きっぱなしにしてある。世話になったというのに最後の最後で迷惑をかけてしまった。

よくよく考えてみれば、最近ブリタニアがネウロイの襲撃を受けたのは二日前で、仮にその戦闘で芳佳が負傷したのならその日のうちに優人へ連絡が来たはずだ。

しかし、サーニャはナイトウィッチであり主な仕事は基地周辺空域の夜間哨戒。昼下がりな今の時間帯は、まだ夜に備えて眠っているはずだ。そのサーニャがわざわざ夜間シフトの起床時刻よりも早く起き、他の基地に出向(という名目の湯治療養)中の優人に連絡を入れてきたからには、相応の事態となっているのだろう。

しかも角丸によると、サーニャは「芳佳ちゃん“達”が大変」と言っていたらしい。芳佳他複数の隊員の身に何が起きていると言うのか。

 

「なんて言ったらいいか……とにかく、来て下さい」

 

「お?」

 

サーニャは優人の手を引いて駆け出した。僅かに当惑しつつも、優人はされるがまま彼女と共に格納庫を出る。

右手を軽めに握っているサーニャの手は白く、柔らかく、男性のそれよりも遥かに小さい。ピアニストを志す女性らしく繊細なものだ。

こんなに小さな手の持ち主が、魔法力による身体強化があるとはいえフリーガーハマーのような重火器を軽々と担ぎ、両手の指では足りない数のネウロイを夜間戦闘で撃破してきたのだから驚きである。

 

「あれを……」

 

手の感触をじっくり味わう暇も無く、ふとサーニャが足を止めた。

場所は宿舎の廊下。サーニャは空いている右手をゆっくり持ち上げ、人差し指で窓辺を指し示した。

 

「エイラ?」

 

優人が窓辺に目をやると、そこにはエイラが佇んでいた、なにやら黄昏た様子で窓外の風景を見つめている。

 

「エイラ、何か変なんです」

 

「いや、変って……」

 

不安を湛えた瞳で見上げながら、サーニャが優人に訴える。

だが変と言われても、オカルト系の怪しい知識に明るく不思議ちゃんの気が強いエイラは、優人からすれば元々変わった相手である。

優秀な代わりに一癖もある二癖もあるウィッチ達が集められた統合戦闘航空団ではそんなことはないが、民間の学校であればほぼ確実に変人呼ばわりされるだろう。

尤も、それはエイラに限らず他の501メンバーにも言えることだが……。

 

「…………」

 

二人の視線に気付いたらしい。エイラが優人達の方を振り返って、じっと見据え返してきた。

 

「よ、よぉ。エイラ」

 

サーニャが言ったことの意味を理解出来ていない優人だが、取り敢えず軽く手を上げてエイラに挨拶する。

 

「ク……」

 

「く?」

 

「フフ」

 

「?」

 

「フフフ」

 

「エイラ?」

 

「フハハハ!フハハハハハハハハハハハッ!」

 

「「っ!?」」

 

天井を仰いだかと思えば、今度は狂ったように不気味な高笑いを始める。

あまり唐突かつ不可解なエイラの行動に喫驚した優人とサーニャはビクッと肩を跳ね上げた。

 

「ソウダ!ワタシがエイラ!スオムス空軍少尉、エイラ・イルマタル・ユーティライネンだ!」

 

「いや、知ってるけど?」

 

何故か改まって自己紹介をするエイラ。それに応じる優人は、彼女の異様なテンションの高さに当惑していた。

サーニャに至っては反射的に優人の背中に隠れて、小動物のように震えていた。

 

「ならば、どうする?ここで殺すカ?」

 

「殺っ!?なんだ、話が読めないぞ?」

 

と、優人は怪訝そうな表情で問い返す。しかし、エイラはそれを無視し、質問の答えとは別の言葉を紡いだ。

 

「いいカ?ワタシはエイラ。そして……」

 

「そして?」

 

「新世界の神ダ!」

 

「…………………………はい?」

 

エイラの意味不明な一言で、優人は世界が一瞬ひっくり返ったかのような感覚に陥った。そんな彼を他所に、エイラは言葉を続ける。

 

「今の世界では、ウィッチが法でありウィッチが秩序を守っている。これは事実ダ。もはやウィッチは正義、世界の人間の希望。殺すカ?本当にソレでいいのカ?」

 

「お前さ、さっきから何言ってんだよ……」

 

「エイラ……気持ち悪い……」

 

ますます意味不明なことを言うエイラ。優人は軽い頭痛を覚え、サーニャは軽く怯えていた。

 

「この魔法力で……」

 

と、エイラは自分の両手の平を数秒見つめた後に、さらに続けた。

 

「他の者にできたカ?ここまでやれたカ?この先できるカ?」

 

「サーニャ、エイラはどうしちゃったんだよ?」

 

気持ちよさそうに語るエイラを無視し、優人は小声でサーニャに訊ねる。

 

「私にも分かりません。ただお昼頃に目を覚まして、お水を飲もうと食堂に行ったらエイラも他のみんなもこんな風になってて……」

 

優人の背中にしがみつきながら、サーニャは伏し目がちに説明する。

 

「昼飯に変なものでも食ったか?」

 

フゥと溜め息を吐き、優人はなんとも言えぬ表情で頭を押さえた。

 

「ミーナ中佐に報告は?」

 

「ミーナ中佐も坂本少佐も今朝から総司令に呼び出されています」

 

「えっ?二人共いないのか?」

 

優人が確認するように訊き返すと、サーニャはコクンと頷いた。

 

「バルクホルン大尉とハルトマン中尉、シャーリーさんとルッキーニちゃんもロンドンに出掛けてて……」

 

サーニャの話を訊きながら、優人は心中で「なるほど」

と呟いた。

基地に残った自分以外の面々がエイラと同じ有り様で、しかも頼れる年長組が留守となれば、わざわざワイト島にいる優人に連絡を寄越したのも頷ける。

この状況でただ一人正気を保つなど、サーニャでなくとも対処に困る。

 

(しかし、サーニャの話だと今基地にいるメンバー……芳佳やリーネ、ペリーヌもおかしくなっているということに……)

 

取り敢えず、新世界の神とやらを自称するエイラは一旦放置し、優人とサーニャは原因究明のために食堂へ向かった。

しかし、そこで彼はさらなる異常事態と遭遇することとなる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「リ、リーネさん。お掃除が終わりましたわ」

 

食堂の方から怯えを孕んだ声が聞こえる。優人とサーニャは、入り口から半分ほど顔を出して中の様子を窺った。

室内にペリーヌとリーネの姿を確認出来た。窓際に立つペリーヌは、やたらオドオドしていること以外はいつもと変わらないように思える。

一方、腕と脚を組んで椅子に座っているリーネは、身嗜みからしていつもと違っていた。彼女は、制服のブレザーとセーターを脱ぎシャツのみの格好となっている。その上、何故かシャツは第二ボタンまで外され、胸元からピンク色の縁をした純白の下着と柔らかな谷間を覗かせていた。

なんとも悩ましい姿だが、目付きの方は普段より明らかに鋭くなっており、ペリーヌに不機嫌さ満点のしかめっ面を向けている。

 

「ふ~ん……」

 

リーネはおもむろに立ち上がると、ペリーヌが掃除したらしい窓枠を指先でなぞった。

 

「…………ペリーヌさん」

 

「はっ、はい!」

 

リーネが声を掛けると、ペリーヌはビクッと全身を震わせた。その瞳には怯えの色が浮かんでいる。

 

「あなたの国では、これで掃除したことになるの?」

 

僅かに、本当に僅かに埃の付いた指先に目をやりながら、リーネは身震いするほど冷たい口調で訊く。その姿は、まるで息子の嫁をいびる姑のようだ。

 

「ひっ!?も、申し訳ございません!」

 

すっかり怯えきったペリーヌは、直立不動の姿勢でリーネに謝罪する。リーネは、そんなペリーヌに蔑むような視線を投げかけると、大仰に溜め息を吐いた。

 

「半端な仕事をした罰よ。椅子になりなさい」

 

リーネが命じると、ペリーヌは一瞬だけ硬直した後に「は、はい」と弱々しい口調で命令を了承する。

パ・ド・カレーを領地に持つガリア貴族の令嬢は、両手と両膝を床に着いて、犬のように四つん這いの姿勢を取った。

 

「ど、どうぞ」

 

声を震わせるペリーヌの背中に、リーネは躊躇うことなく己の尻を乗せた。

 

「うっ……」

 

リーネにおもいっきり体重を掛けて座られたペリーヌは、苦悶の声を漏らした。

 

「ほら、腰が下がってるわよ!」

 

ペリーヌは身体をプルプルと震わせながらも必死に姿勢を維持しようとする。が、リーネは無慈悲にもスナップを利かせて彼女の尻を引っぱ叩いた。

 

「ひっ!?」

 

「ペリーヌさん、今あなたは椅子なのよ?椅子が勝手に高さを変えたりしたらダメでしょ?」

 

「で、でも……ひんっ!?」

 

ペリーヌの言い分を遮るように、リーネはもう一発彼女の尻に容赦ない平手を打ちをお見舞いする。

 

「家具は口答えなんてしないわ。さぁ、椅子は椅子らしく持ち主の役に立ちなさい!私が満足する座り心地を提供しなさい!」

 

「あひぃん!?」

 

リーネは平手を打ちを繰り返す。掃除が不十分だったと言うだけで理不尽な目にあっているペリーヌは両手足に力を込め、健気にも体勢を必死に維持していた。

 

「嘘だろ……」

 

普段のおっとりとした優しい性格のリーネは何処へ行ってしまったのか。今の彼女はガリア貴族の令嬢であり、上官であり、航空歩兵の先輩でもあるペリーヌを物か奴隷のように扱っている。

ペリーヌもペリーヌでいつもの気の強さや貴族としてのプライドを何処かに落としてきてしまったのか。リーネに対してビクビクと怯え、気弱ないじめられっ子のように命じられるがままである。

自分の目を疑った優人は何度も瞼を擦り、頬を引っ張ったりして夢でないことを確認する。

 

「ちょっと、何覗いてるのよ?」

 

ふと声を掛けられ、優人はハッと我に還る。リーネが優人の存在に気付いたのだ。

優人は咄嗟にサーニャをリーネの死角へ避難させ、庇うかのように室内へ一歩踏み出した。

 

「よ、よぉリーネ」

 

「…………こっちに来なさい」

 

苦笑気味な優人の挨拶を無視し、椅子にしたペリーヌに尻を乗せたまま、リーネは彼を手招きする。

この命令口調。優人の知っている彼女と同一人物とは思えないほど声が低く、凄みも効いている。

 

「早くっ!」

 

入り口でもたついている優人に業を煮やしたらしい。リーネが、声を荒げて急かしてきた。

優人は「は、はい」と情けない声で応じると、早歩きで彼女の正面に移動する。

 

「もう帰ってきたの?」

 

まるで帰ってきてはいけないような物言い。リーネの言葉は毒塗りの矢となって優人の心に突き刺さった。

 

「あ、あぁ。ただいま」

 

「ちょっとやめてよ!そんな厭らしい目で、私の胸を見ないでくれる!」

 

ジト目で優人を見上げていたリーネは、自身の胸を庇うように両腕を組む。

どうやら優人は、リーネと視線を合わせていたつもりが、無意識のうちに彼女の谷間に目線を泳がせていたらしい。

 

「あ、失礼」

 

「何が失礼よ!まったく、初めて会った時は爽やかな感じのイケメンだと思ったのに。人の胸見て鼻の下伸ばすなんて……変態!」

 

「なっ!?」

 

辛辣な口調で言いたい放題のリーネ。彼女の気迫に圧されていた優人も、これには流石にカチンときていた。

見られたくないなら、ちゃんとシャツのボタンを留めればいい。ファッションだかなんだか知らないが、故意に露出してるリーネの方が変態じゃないか。

そう言ってやりたかったが、今のリーネはあまりにおっかない。それこそ、本気でキレた時のミーナを遥かに上回るほどだ。

 

「なに?何か文句でもあるわけ?」

 

優人の反応に、リーネは不愉快そうに顔を歪める。気分を害した彼女は、目の前の床をクイッと顎で指して命じる。

 

「そこ座りなさい!」

 

「は?」

 

「い・い・か・ら!座りなさいっての!グズは嫌いなの

!早くっ!」

 

「わ、わかったよ」

 

不承不承ながらも、優人は言われた通り正座で床に座る。すると、リーネは右脚のニーソックスを脱ぎ捨て、片方のみ生足を晒した。

リーネの脚は程好い肉が付きながらも、足首が絞まっていて細く、長い。白く、瑞々しい柔肌には染み一つない。

モデル顔負けの理想的な美脚。その指先が、優人の鼻先に突き付けられた。

 

「舐めなさい」

 

「…………はい?」

 

優人は、一瞬自分が何を言われているのか理解出来なかった。聞き間違えかと思い、すぐさまリーネに確認する。

 

「リーネさん、今なんとおっしゃいました?」

 

「あんたバカァ!?私の足を舐めなさいって言っているのよ!」

 

リーネが苛立たしげに怒鳴り返す。やはり聞き間違えではなかったようだ。

 

「な、何で!?」

 

「決まってるでしょ?私の胸を見て、私に反抗的な態度取った。あんたは、その罰を受けなきゃいけないの!」

 

自分に逆らったから、その罰として足を舐めろということらしい。

まるでSMものの官能小説に登場する女王様のような台詞。優人は先程のエイラの時よりも、一際強い頭痛を覚えた。

 

「ほら、わかったらとっとと舐めなさい!丁寧に隅々まで、綺麗にするのよ!」

 

と、業を煮やしたリーネは自らの足裏で優人の顔面を踏みつける。

 

「ぶっ!?」

 

間の抜けた声が、優人の口から漏れる。すぐに足を退かし、リーネに言い募った。

 

「お前なぁ、いい加減に――」

 

「あら?もしかして踏んで欲しかったの?だったら、ほらぁ!」

 

「いっ!?」

 

優人の頭上に、リーネが蹴りを見舞った。しかし、一度や二度ではなく、何度も繰り返しげしげしと上官の頭を踏みつける。

航空歩兵の大先輩で、上官で、親友の兄である優人に平然と暴力を加え続けた。

 

「キャハハハハ!どう?嬉しい?ありがとうございますって言ってみなさいよ、この変態!ほらほらほらぁ!」

 

蹴りや踏みつけの強さと速度が次第に上がり、優人は苦悶して始める。

リーネのような年不相応に発育が良いグラマラス美少女から罵声罵倒ともに暴行を加えられる。一部の“特殊な性癖”の持ち主にとっては、これ以上ないご褒美だろう。しかし、健全な青少年である優人にとっては、ただただ痛いだけである。

 

「リーネ、もうや――」

 

もう止めろ、と言い掛けて優人は言葉を止めた。リーネの踏みつけが突然収止んだからだ。

 

「あれ?」

 

――ドサッ!

 

「えっ?」

 

蹴りが止まるのとほぼ同時に、前方から物音が聞こえてきた。

何だ、と思って優人が顔を上げてみると、先程までサド行為に心踊らせていたリーネが眠るように倒れていた。

リーネの豹変ぶりに気を取られていて忘れていたが、同じく気弱な性格に豹変していたペリーヌもリーネの下敷きになる形でうつ伏せに倒れている。

 

「リーネ!ペリーヌ!」

 

透かさず二人に駆け寄り、優人は脈と呼吸を確かめる。

 

「よかった、生きてる」

 

ホッと胸を撫で下ろした優人は、チラッとペリーヌの顔を見てみる。

リーネに椅子にされた挙げ句、のし掛かられて重たいはずなのに。彼女は何処か恍惚な表現を浮かべ、「はあぁ……」と艶かしい声を漏らしていた。

 

「まさか……ペリーヌ……」

 

「優人さん」

 

「サーニャ……とエイラもか!」

 

背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとサーニャが食堂の入り口に立っていた。彼女はリーネやペリーヌと同じように気を失っているエイラに肩を貸していた。

優人とサーニャは、取り敢えず三人を医務室へ運び、ベッドに寝かせた。

 

「一体どうしたって言うんだ?」

 

リーネ、ペリーヌ、エイラ。別人のように豹変していた三名ウィッチの顔を順に眺め、優人は溜め息混じりに呟いた。

同時に、これと酷似した体験を以前にも経験したような既視感――デジャブを感じていた。

 

「やっぱり、お昼ご飯に何か……」

 

一方、サーニャは優人が冗談半分に言ったことを真剣に考えていた。

 

「まさか。いくらなんでも、それは……」

 

ない、とは言い切れなかった。優人自身、父親の手料理で似たような経験をしたからだ。

優人と芳佳の父――宮藤一郎は魔導エンジンや空陸のストライカーユニット等、複数の分野において比類なき才能を発揮してきた超一流の技術者である。その反面、生活力は無いに等しく、料理をはじめとする家事に関しては壊滅的である。

6年前。新型ストライカーユニット開発のため扶桑本国から派遣された優人と坂本が、ブリタニアの協同研究所に到着したあの日。一郎に振る舞われた手料理を食べて、あまりの不味さに二人揃って臨死体験をしてしまったのは記憶に新しい。

 

「でも、芳佳とリーネがそんなヤバい料理を作るとは――」

 

「今日のお昼は、エイラが作ったみたいで……」

 

「……なるほどね」

 

エイラが作ったと聞いて簡単に納得してしまう優人。失礼と言えば失礼だが、ペリーヌも決して料理下手ではない。

料理が原因となれば、作り手である可能性が最も高いのは4人の中で一番料理が不得手で尚且つ味覚が少し、ほんの少し特殊なエイラだ。

 

「私、食堂を見てきます。料理を調べれば何か分かるかもしれないですから」

 

そう言うと、サーニャは医務室を出て食堂へ引き返して行った。

 

「ああ、待って。俺も行くよ」

 

と、サーニャの後を追おうとする優人。しかし、彼は廊下へと続くドアを潜った瞬間に、彼は大事なことを思い出した。

 

「……芳佳は?」

 

リーネら三人とは帰投してすぐに対面したものの、最愛の妹とはまだ顔を合わせていない。

 

「芳佳もリーネ達みたいになってるのか?」

 

と、小声で呟く優人の心境は複雑だった。妹のことが心配で早く見つけたいと思う反面、芳佳が普段の面影がない程度に豹変していたらどうしようとも思い、捜索に踏み切れずにいた。

 

「どうしたもんか……うわっ!?」

 

何か柔らかいものに両目を塞がれ、視界が真っ暗になる。

突然のことに驚いて悲鳴を上げる優人の耳朶に、快活な声が届いた。

 

「だぁ~れだ♪」

 

「……芳佳?」

 

「えへへ♪せいか~い♪」

 

嬉しそうな声と共に、芳佳は兄の目を塞いでいた己の手を退ける。

双眸に廊下の風景が戻ってきた優人は、背後に振り返る。目に入れても痛くないほど可愛い妹が、爛々と輝かせた瞳で自分見上げていた。

 

「お兄ちゃん、おかえりなさい♪」

 

ニッコリと純真無垢な笑顔を浮かべて、芳佳は大好きな兄を出迎える。数日ぶりの妹の笑顔は破壊力抜群で、優人は嬉しさのあまり卒倒しそうになった。

出向初日の深夜、芳佳は兄恋しさのあまり基地の電話を使ってワイト島に連絡をしてきた。しかし、どうやら離れて寂しい想いをしていたのは、優人も同じだったらしい。

 

「うん、ただいま♪」

 

優人がそう応じると、芳佳は弾んだように彼の胸へ飛び込んだ。兄は甘えん坊の妹もしっかりと抱き留めてやる。

 

「えへへ♪お兄ちゃん、本当にお兄ちゃんだぁ♪」

 

芳佳は兄の胸板にスリスリと顔を擦り寄せ、まるで飼い主に甘える仔犬か仔猫のようだ。

 

「何だよ、今日は随分甘えん坊じゃないか?」

 

「むぅ……別にいいでしょう?私は妹なんだから」

 

と、芳佳は唇を尖らせて上目遣いに抗議する。

 

「はいはい」

 

優人が頭を撫でてやると、芳佳に笑顔が戻った。再び優人の胸に顔を埋める妹を見て、優人の心も幸福で満たされていく。

だが、優人は肝心なことを失念していた。彼は、芳佳にもリーネ達と同じ症状が出ていると、サーニャから伝えられていたはずだったのだ。

 

(あれ?なんだか酒の匂いが……)

 

「…………お兄ちゃん」

 

「ん?どうした?」

 

「………………」

 

「芳佳?」

 

10秒ほど間を置いてから、芳佳はゆっくりと顔を上げる。その瞳からは光沢が消え失せ、焦点が合わず虚ろになっている。

 

「なんで……なんでお兄ちゃんから、私の知らない女の子の匂いがするの?それも、4、5人分も」

 

そう問い掛ける芳佳の声は、この世の人間が発したものとは思えないほど冷たい――抑揚のない声だった。

 

「えっ?」

 

優人の額に嫌な冷や汗が滲み出る。相手は最愛の妹……のはずだ。しかし、リーネの時以上に別人だと錯覚してしまうほどに雰囲気が変わってしまっていた。それもほんの一瞬で……。

 

「ねぇ……なんで?」

 

「あ、あぁ……向こうで、ワイト島分遣隊のウィッチ達と過ごしてたからな。一緒にご飯食べたり、訓練したり、海水浴したり」

 

「は?」

 

優人の話を聞いた芳佳の唇から、身震いするほど恐ろしげな声が漏れる。本能的に身の危険を感じた優人は、芳佳と距離を取った。

 

「わたしと……わたしというものがありながら。私のいないところで、他の女の子と遊んでたんだ?私よりも、他のウィッチを優先するんだ?私と過ごす時間よりも、他の女との時間を取るんだ?」

 

「は?いやいや、何言ってるんだ芳佳!?少し落ち着――」

 

「許せない……」

 

短いながらも憎悪を滲ませた声を上げた芳佳の手には、いつの間にか刃物が握られていた。

 

「ちょっ!?どっからそんなものを!?」

 

芳佳が利き手に持っているのは、扶桑皇国産の料理包丁。優人が料理好きの妹のために、本国から取り寄せたものだ。

扶桑刀と同じく伝統的な鋼素材を使用しており、早い話が世界中でよく切れると評判の一品である。

 

「お兄ちゃん、今からお兄ちゃんを私だけのものにするね」

 

そう言って、芳佳は緩慢な動きで包丁を振り上げた。本格的にヤバいと思い出した優人は、自分の身を守るように両手を前方へ突き出す。

 

「芳佳、どうか落ち着いて!一生のお願いだから落ち着いてっ!」

 

「一生のお願い、って……一体何回あるのっ!?」

 

聞く耳持たない芳佳は、優人目掛けて包丁を振り下ろした。

 

「初めて初めて!お兄ちゃんは初めて使っ……うわっ!?あぶねっ!」

 

間一髪で斬撃を回避すると、優人は魔法力を発動させ、芳佳とは逆方向に全力疾走する。

 

「逃がさないよ」

 

芳佳も使い魔の耳と尻尾を出現させ、優人の後を追った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

30分後、ウィッチ宿舎のある一室――

 

「ゼェ……ゼェ……どうにか撒いたか?」

 

愛する妹との命懸けの鬼ごっこの末、優人は宿舎のある部屋に身を潜めていた。

足音が遠ざかるの確認した優人は、床の上にそっと尻を降ろした。全力で走り回ったせいで体温が上がっている。天井の仰ぎながら熱を下げるようにフゥ~と息を吐いた。

まさか人が傷付くことや自分の手で誰かを傷付けることを嫌う妹が、負傷して生死の境を彷徨った自分を治癒魔法で必死に助けようとしてくれた妹が、あんなヤンデレ染みた動機で自分を殺そうとするとは思いもしなかった。しかも凶器は「501のみんなに美味しい料理を食べてもらいたい」と大切に使っていた調理道具の一つである包丁ときている。

何より恐ろしいのは、正気の光が消えた濁った瞳で自分を見てきたことだ。優人にはイリスやウォーロック等よりも、今の芳佳の方が遥かに恐ろしい。

 

「そう言えば、ここは?」

 

現在位置を把握しようと、優人は室内を見回した。無我夢中で逃げ込んだため、入った部屋がウィッチの誰かの私室であることに以外は認識していなかった。しかし、部屋の主が誰かは、すぐに見当がついた。

 

「シャーリーの部屋か……」

 

ここは部隊一のナイスバディとスピードを誇るリベリオンウィッチ――グラマラス・シャーリーことシャーロット・エルウィン・イェーガー大尉の部屋だった。

航空機らしき物の設計図が貼られた壁には壁紙が無く、石組みが剥き出しになっていて、機械いじりの邪魔にならないようにか、床板も取り外されている。そのため、他の部屋よりも窓や天井が高い。

チューニング中の魔導エンジンやロケットエンジン。工具類が散乱し、他にもわけのわからないメカが部屋のあちこちで無造作に置かれている。

持ち主の通り名に反して、なんとも女っ気ない。坂本やバルクホルンの部屋も同様だが、こちらは整理整頓がなされていない分二人の部屋よりも際立っている。無論、散らかり具合に関してはハルトマンの部屋よりはマシであるが……。

ふと窓の方へ目をやると、普段シャーリーが寝間着として着用している深紅のジャージ。そして、インナーウェアに使っているピンク色のブラとズボンが干されているのが見えた。

いつもの優人なら気まずそうに目を逸らしたり、または男の性に逆らえず下着類を凝視したりしただろう。だが、妹からの逃走劇で疲労困憊となっている今の優人には爆乳ウィッチの生下着でさえ、ボロ切れ程度の価値しかない。

 

「しかし、芳佳達は一体どうしたんだ」

 

呼吸を整えた優人は、酸素が戻ってきた頭で思考を働かせた。何故あの4人は、別人のように豹変してしまったのだろうか。

 

(そう言えば、芳佳から酒の匂いが……また酒飲んで悪酔いか?でも、それにしては変わり過ぎな気も……大体、あいつらは昼酒するようなタイプじゃ……やっぱり食堂で昼飯を調べるしかないか……)

 

時間が経つにつれ、疲労と恐怖心が薄れてきた。優人はドアに耳を当て、外に誰もいないことを確認してから廊下へ出た。

芳佳に感付かれぬよう、音を立てず静かとドアを閉め、忍び足で食堂に向かおうとする。その時だった。

 

――ポンッ!

 

「――っ!?」

 

何者かが、背後から左肩に手を乗せてきた。優人はビクッと身を震わせた後に、そのまま硬直してしまう。

まさか、芳佳が待ち伏せしていたというのか。優人は恐怖心に駆られながらも、ゆっくりと振り返った。




個人的に『501部隊発進しますっ!』でサーニャが言っていた「エイラ、気持ち悪い」がなんか印象的です。


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