では、どうぞ!
「優人、帰ってたのか?」
一生分の勇気を使い、振り返った優人の視界に現れたのは、幸いにも包丁を持った虚ろ目の妹ではなく、頼れる戦友――カールスラント空軍ウィッチのゲルトルート・バルクホルン大尉だった。
「なんだ、バルクホルンか……」
背後に立っていたのがバルクホルンだと分かり、優人はホッと安堵するのと同時に拍子抜けする。
「なんだとは、ご挨拶だな」
優人の物言いに、バルクホルンは不愉快そうに眉を顰めた。
さらに彼女の肩越しにシャーリー、ハルトマン、ルッキーニの3人が元気な顔を見せる。
「あたしらもいるぞぉ!」
「優人ぉ~、おひさぁ~!」
「お帰りぃ♪」
「ああ、ただいま」
優人は軽く右手を上げて、彼女等に挨拶する。これで総司令部出向いているミーナ、坂本以外の全員が基地に戻ってきたことになる。
「なんだよ?元気ないな?」
優人の右隣に移動してきたシャーリーが、怪訝そうに扶桑ウィザードの横顔をしげしげと観察する。
「それに、何であたしの部屋から出てきたんだ?」
「ああ、それはだな」
「シャーリー、野暮なことに聞いちゃいけないよ♪」
と、今度はハルトマンがニヤつきながら言う。何かタチの悪いイタズラを思い付いた時にハルトマンが見せる表情だ。主な被害者である優人は、それを嫌と言うほど理解している。
「男が女の部屋にこっそり入ってすることなんて限られてるよ?ベッドに寝っ転がったり、匂いを嗅いだり、下着類を物色し――」
「違う!」
礼によって、有らぬ冤罪をかけられそうになり、優人はハルトマンが言い切る前に怒号を上げて否定する。
「いや~ん♪優人のエッチィ~♪」
ハルトマンに似た笑みを浮かべたシャーリーが、自分の身体を守るように抱き締める。彼女の斜め後ろにいるルッキーニも「えっち♪えっちぃ♪」と尻馬に乗っていた。
シャーリーとて、不慮の事故以外で優人がそんなことをするとは微塵も思っていない。ハルトマンの悪ふざけ乗っかっているだけなのだ。
「優人ぉおおおおおおおお~っ!!」
「うわっ!?」
怒声と共に、バルクホルンが第二種軍装の襟元を掴み上げた。
フー、フーと呼吸を激しくし、顔は怒りと羞恥心で真っ赤なり、カッと大きく開かれた双眸で優人を捉えている。
「基地に戻って早々、お前というヤツはっ!?」
「ご、誤解だ!」
「なにぃ!?5回もやっているのか~っ!?」
「ちょっ……話を!」
弁明しようとするも、激情に駆られている今のバルクホルンは聞く耳を持たない。両手で襟元をガッシリ掴んだまま、優人の身体を持ち上げる。魔法力を使っていないというのに、とんでもない怪力少女だ。
「皆さん、どうしたんですか?」
ふと廊下の奥よりサーニャがやってきた。バルクホルンに締め上げられている優人を、不思議そうに見上げている。
「あ、サーにゃん」
「ん?サーニャ」
「ゴホゴホッ!助かった……」
まずハルトマンがサーニャの方へ顔を向ける。次に姉がバカ気質で“妹キャラ”に弱いバルクホルンが振り返り、同時に優人も解放された。
ちなみにサーニャは一人っ子であり、バルクホルンが妹だと思い込んでいるだけだが――。
「あれ?今日は夜間哨戒だろ?起きてて大丈夫なのか?」
と、訝しがるシャーリー。いつもなら夜間哨戒担当のサーニャは眠っている時間帯なので、当然と言えば当然である。
「実は……大変なことに……」
「悪夢だよ……」
と、サーニャと優人。現在の基地の状況が、二人の口からウィッチ達に説明される。
◇ ◇ ◇
「よ、芳佳が……包丁で優人を……」
シャーリーは信じられない、と言った風に両目を瞬かせる。それは他の4人も同じだった。
「そんなバカな……どうして、そんなっ!?」
一番動揺が激しかったのは、芳佳の治癒魔法によって命を救われたことのあるバルクホルンだった。
自己の身も顧みず自分を救ってくれた芳佳が、一時の嫉妬心や独占欲に駆られて兄を刺そうとするなどあろうはずがない。
元々芳佳は、兄が自分以外の女と親しくすることに複雑な感情を抱いていた。だが、それでとち狂って大好きな兄を殺そうとするとは思えなかった。
「リーネ達は大丈夫なの?」
と、ルッキーニは心配そうな表情で問う。奔放な性格故に
「やっぱり、エイラの作ったお昼に変なものが入ってたんじゃない?」
「それが、それらしきものは見つからなくて……」
ハルトマンの推測を、サーニャが首を左右に振って否定する。彼女は食堂でエイラお手製のツナサンドを調べたが、特に変わった食材が使われている、というわけではなかった。
「と、とにかく……まずは芳佳を探さないと、な?」
「確かに、今の芳佳を放置するのは危険だな」
引き攣り気味な笑顔でシャーリーが提案し、バルクホルンが顎に手を当てながら同意する。
二人の言う通り。正常な判断力を失い、切れ味の良い包丁を携えた扶桑ウィッチをいつまでも放置しておけない。
万が一、隊の仲間や他の基地要員に危害を加えるようなことがあれば、軍法会議沙汰になりかねない。なにより自らの手で人を傷つけたとなれば、正気に戻った芳佳はショックを受け、自分を強く責めるだろう。
「よし!手分けしよう!」
優人の言葉に一同は頷き、方々へ散らばった。
◇ ◇ ◇
基地本部中庭――
5人のウィッチと1人のウィザードは、2人組みに分かれて芳佳の捜索を開始した。それぞれ優人とサーニャ、シャーリーとルッキーニ、バルクホルンとハルトマンのペアである。
通常の兵士なら魔法力を行使すれば容易く取り押さえられるだろうが、相手はウィッチ。複数のウィッチ・ウィザードで対処する必要があるだろう。
「見つかりません……」
優人と並んで歩いていたサーニャが、俯き加減に呟いた。
基地敷地内という限られた範囲であるにも関わらず、芳佳が見つからない。自分を探している相手、こちらから探すとなると見つからない。しかし、優人の悩みは別のところにあった。
「一番の問題は見つけた後だな。あの芳佳をどうやって正気に戻すか……」
「童話だと、王子様のキスで目を覚ましたりしますよね?」
「サーニャ……」
優人は思わず目を点にする。サーニャは音楽を学んでいただけあって感受性が高いのはもちろん、とても聡明な少女である。
501ウィッチの中でも常識的かつ良識的な思考を持つ彼女だが、やはり個性的なメンバーの一員だけあって、このように天然な一面も持ち合わせている。
自らの失言に気が付いたのか。サーニャは頬を染めて、再び俯いてしまう。雪のように白い肌に、淡い紅が灯されている。
(キスか……)
己の唇に右手を当て、優人は思い出していた。誕生日の翌日に、ウィスキーボンボンで酔っ払った妹に口付けされたことを――。
(柔らかかったなぁ……って、いやいや!)
妹のキスの感触を想起し、それに酔いしれて顔がだらしなくなるのを感じた優人は、頭を振って邪な思考を追い払った。
「うわっ!?」
その時だった。突然地面の感触が喪失し、目線が低くなる。そして、下腹部から下がやたら窮屈になり、両手が不自由になる。
「優人さん!」
「な、なんだ?地面が沈んで……」
「落とし穴、ですよね……」
「落とし穴!?何で、こんなところに?」
身体の下半分が地面に埋まってしまった優人を見て、サーニャが分析する。航空団に所属するベテラン航空歩兵は、飛行中であれば引っ掛かるはずのない落とし穴に嵌まってしまったのだ。
何故基地の中庭に落とし穴が設置されているのかはわからないが、とりあえず優人は魔法力を発動させて、穴からの脱出を試みる。
「ふぅん!ぬぅうううううう~っ!」
身体強化魔法を行使するも、頭に出現した柴犬の耳がピクピクと揺れるばかりで穴から這い出ることは敵わない。
「ダメだぁ~っ!」
「誰か呼んで来ます」
そう言って踵を返したサーニャは、基地本部の入り口へ向かってトトトッと駆けて行った。
彼女が身を翻した拍子に黒色のベルトがヒラリと捲り上がり、ストッキングタイプの重ね履きズボンが優人の視界に現れる。
サーニャの後ろ姿が見えなくなるまで、優人は僅かに浮かび上がる清楚な白ズボンと形の良い小ぶりなお尻に釘付けとなった。
「いかんいかん……」
優人は小さく頭を振る。ファラウェイランド空軍ウィッチの肢体を見せつけられたり、ワイド島で水着美女達に囲まれていたせいか。今日は煩悩がやたらと沸き上がってくる。
深呼吸による精神統一で心をクリーンにし、優人は再度穴からの脱出を試みた。
「やっぱり、抜けない。こんな時に芳佳に見つかったら……」
――ガサガサッ!
「――っ!?」
突如、草木を掻き分けるような音が聞こえてきた。ハッとなった優人が顔を上げると、目の前の茂みから芳佳が姿を現していた。
「みぃ~つけたぁ~♪」
兄の姿を双眸で捉えた芳佳は、口を三日月型に歪ませて獲物の追い詰めた野性動物のように優人へにじり寄ってくる。
「お兄ちゃん、探したんだよぉ♪会えて良かったぁ♪」
芳佳の口調はやや間延びしている可愛いらしいものだった。いつもならば嬉しさのあまり優人は悶えていただろうが、今は冷たいものが背筋を走るだけだった。
「芳佳!?待ってくれ!話を――」
「大丈夫だよ。出来るだけ苦しまないようにするから……」
そう言うと、芳佳は身体と並行にしていた右腕を上げた。
その小さな手に握られているのは、先程優人に刃を向けていた包丁ではなく、“No.2 Mk1”の名称でブリタニア軍の制式拳銃として採用されているダブルアクションの中折れ式リボルバー拳銃――『エンフィールドNo.2』だった。
銃が嫌いで、501着任時に護身用として渡されたカールスラントのPPKすらも、すぐさまミーナに突き返していた妹が、ネウロイから人々を守るという目的でもなければ銃を手に取ったりしない芳佳が、自力でブリタニア制の拳銃を調達していたのだ。その事実に、優人は己の目を疑う。
「ごめん、お兄ちゃん。私バカだから気が付かなかったよ。刃物だと痛いよね?大丈夫、拳銃なら頭を撃てば痛くないから。恐くないから……」
優人の正面まで来た芳佳は、エンフィールドNo.2の銃口を兄の眉間へ向ける。
同じく優人へ向けられている彼女の瞳は、以前虚ろなままである。優人の額より嫌な冷や汗が流れ、顔の中心を伝う。
「私も後を追うから、思い出がいっぱい詰まった基地の中庭を二人のお墓にしよう」
そう言って芳佳は右手の人差し指に力を込め、引き金を絞ろうとする。
優人は死を覚悟し、来るであろう一瞬の苦痛と衝撃に備えてギュッと目を瞑った。
――ズガァン!
中庭内に響き渡る銃声。しかし、優人に死も激痛も訪れなかった。
「…………あれ?」
間の抜けた声と共に優人は目を開ける。芳佳は未だ優人にて銃口を向けていたが、表情はいつもの柔らかく愛らしいものに戻っている。
優人と芳佳の間には小さな紙吹雪のようなものが多数降り注いでおり、さらに銃口からは細長い垂れ幕らしきものが飛び出ている。
「ドッキリ……大成、功……?」
扶桑語で書かれた垂れ幕の文字を呆然と読み上げると、左右の茂みからガサガサ音がして、同時に何かが飛び出してきた。
『や~い!引っ掛かったぁ~っ!』
“ドッキリ大成功”と書かれたパネルを持って現れたのは、司令と副司令兼戦闘隊長を除いた501部隊のウィッチーズだった。
◇ ◇ ◇
十数分後、食堂――
「まったく、お前らは……」
左腕で頬杖着いた優人がうんざりしたようにぼやく。落とし穴から無事救助され、着替えも済ませた彼は他のウィッチーズとお茶をしていた。
ルッキーニのみが、テーブルに突っ伏す姿勢で眠りこけていた。起きている時の騒々しさとは一転し、彼女はスヤスヤと静かな寝息を立ている。
「何で、あんなことをしたんだよ」
ムスッとした不機嫌そうな表情で首をめぐらせ、仲間達を見据える。
ワイト島基地に届いたサーニャの緊急連絡から中庭に至るまでの一連の騒動は、ここにいるウィッチ達が協力して優人に仕掛けたドッキリだったのだ。
つまりエイラ、リーネ、ペリーヌの人格豹変や芳佳のヤンデレ化はすべて演技だったということだ。
女王様化したリーネのあまりのドSっぷりについては、ドッキリのターゲットである優人はもちろん、ペリーヌからも苦情が上がっている。
気弱な性分故に、少し前まで気の強いペリーヌとは性格の相性が悪かったリーネ。もしかしたら無意識のうちに積年の怨みが出てしまったのかもしれない。
「強いて言うなら、優人へのお仕置きかなぁ?」
ニヤニヤと悪意たっぷりの笑みを浮かべたハルトマンが、優人の質問に応じた。
「はぁ?」
優人はわけが分からない、と言った顔をして苛立たしげな声で訊き返すと、ハルトマンの代わりにペリーヌが応えた。
「お兄さ……宮藤大尉は女性に対してだらしないところがありますでしょう?」
「ウィッチに関しては特に、ナ♪」
タロットカード占いをやっているエイラがペリーヌの言葉を継いだ。
「言い掛かりだ!」
と、床を蹴って椅子から立ち上がった優人は、テーブルに乗り出しながら3人に反論する。
「言い掛かりでウィッチの裸を何度も見たり、おっぱいを揉んだりするのカヨ?」
「うっ!?」
エイラに痛いところを突かれてしまい、優人はぐうの音も出せなくなる。エイラの隣に座っているサーニャは、誕生日の風呂場での一件を思い出し、頬を朱に染めていた。
優人が経験してきたウィッチ関係のトラブル――要するにラッキースケベ――は、ほぼすべてが不可抗力で正真正銘不慮の事故である。しかし、傍目から見てみると、あまりに偶然が重なり過ぎていて本当に事故なのかは疑わしい。
「あっはははは!優人のアレは最早才能だよなぁ!」
腕を頭の後ろに組んだシャーリーが、豪快な笑いを飛ばす。
つまるところ、扶桑海軍ウィザードのラッキースケベぶりが目に余るという理由から優人にお灸を添えてやろう、という冗談めいた口実を思いついたので、面白半分にドッキリを仕掛けたらしい。
501のウィッチ達らしいと言えばらしいが、そのために角丸美佐をはじめワイト島分遣隊のウィッチ達に迷惑を掛けてしまった。ミーナが知れば確実に怒るだろう。
「人の不幸を笑うな……」
そう言うと、優人はバルクホルンとサーニャへ順に視線を移した。
「まさか、お前達まで……」
「す、すまん。ハルトマンとリベリアンに丸め込まれてしまって……」
「ごめんなさい」
二人は申し訳なさそうに謝罪する。そんな態度を取られては怒るに怒れない。優人はそれ以上は何も言わず、椅子の背凭れに身体を傾ける。天井を仰ぎ、一日の疲労を吐き出すかのよう大きく溜め息を漏らした。
ワイト島ではあらぬ誤解からフランに、ゾウさん丸出しのアクシデントにより角丸から、それぞれ強力な右ストレートで吹っ飛ばされ、501基地ではドッキリとはいえ豹変した後輩達に振り回され、ヤンデレ化した妹に追い掛け回される。
これでは疲れない方がおかしい。出来れば今日はもう動きたくない、と優人は思う。
チラリと隣へ目をやると、ヤンデレ演技をやり遂げた妹がズズッとお茶を啜っていた。人が善過ぎて嘘を吐くことが得意ではない、それが優人の知る芳佳だった。そんな彼女が、たかだかドッキリでハリウッド女優並みの演技力を発揮するとは――。
ウィッチとしてだけではなくこちらの方でも天才なのかも知れない。或いは、多少なりとも本気の殺意が込もっていたか――。
「……お兄ちゃん?」
兄の視線に気付いた芳佳が、優人を上目遣いに見上げて不思議そうに首を傾げる。
「芳佳、まさかと思うけど。本気で俺を殺すつもりだった?」
「ふぇっ!?何言ってるの!?」
「いや、だって……演技の時に感じた殺意が本物っぽかったから……」
「もう!あれは演技だよ!私がお兄ちゃんを殺そうとするはずないじゃない!」
プンプンに怒った芳佳は、プイッとそっぽ向いてしまう。
「…………そうだよな。ごめん」
バカなことを言ってしまった、と優人は心の中で自嘲気味に呟く。可愛い妹が自分を殺そうとするはずなどない。
両腕を組みながら自分に背を向け続ける妹に後ろから両手を伸ばし、優人はその小さな身体をギュッと抱き締めた。
「許してくれよ、芳佳」
「謝っても許してあげないんだから!」
芳佳はフンと鼻を鳴らし、優人の懇願を一蹴する。どうやら扶桑海軍大尉は、またしても妹の機嫌を損ねてしまったらしい。芳佳の頑固な性分を鑑みて、そう簡単に許してくれはしないだろう。
「だからごめんってば。どうすれば許してくれる?」
優人が問うと、僅かな沈黙の後に芳佳は条件を口にした。
「じゃあ、約束して……」
「ん?」
「何があっても、今日から毎晩一緒に寝ること」
「えっ?」
優人は目を瞬かせる。妹より提示された条件は、兄にとって予想外のもの。むしろご褒美に等しいものだった。
「お兄ちゃんのお部屋が元に戻っても、どんなに忙しくて、疲れていてもだよ」
「喧嘩しても、か?」
「…………うん」
「分かったよ」
本音を言えば、ただ甘えたいだけなのだろう。しかし、妹の条件を呑むことは兄にとっても吝かではない。
優人はすんなり承諾し、その証として芳佳の髪を優しく梳いた。
一方の芳佳は、子どもっぽく拗ねてしまったことや甘えん坊とも取れる条件を提示したことに羞恥心を感じたらしい。耳がほんのりとピンク色に染まっている。優人の位置からは見えないが、おそらく顔全体が真っ赤になっていることだろう。
自分達がいることなど完全に忘れて二人の世界に浸っている扶桑の兄妹を、ウィッチーズは微笑ましそうに。または呆れたような目で見つめていた。
「あら?優人、帰ってたの?」
声楽家を連想させる澄んだ声が、入り口の方から聞こえて優人の耳朶に響いた。
目をやると、総司令部から戻ってきたミーナと坂本が食堂の入り口に並んで立っていた。
優人を見た後、ミーナはテーブルに集まっているウィッチーズに視線を走らせた。
「皆さん、少し外して貰えるかしら?」
ニッコリといつも通りの柔和な笑みを浮かべ、穏やかな口調で隊員達に指示を出す。
「宮藤大尉は残って、あなたとお話があります」
「俺と?」
優人は首を傾げる。戻って早々に何の話があると言うのか。ワイト島基地を飛び出してきた件ならば、彼だけを残す意味が分からない。
芳佳を含めたウィッチーズはミーナの指示に従い、ぞろぞろと食堂を後にした。坂本も後に続き、食堂内には優人とミーナ。そして、居眠り中のルッキーニだけが残った。
「話って何だ?」
優人は、テーブルを挟んで向かい側の椅子に腰を下ろしたミーナに訊ねる。
中佐殿は相変わらず柔らかい笑みを浮かべている。しかし、扶桑海軍大尉は上官の笑顔から何か危険なものを本能的に感じ取り、声を上擦らせていた。
「話というのは、これのことよ」
そう言って、ミーナは三冊の雑誌をテーブルの上に並べて見せた。
「あっ?」
優人は目を見張った。三冊の雑誌は、優人不在時に遣欧艦隊とは別の補給ルートで501基地に届けられ、家族である芳佳が本人の代わりに受け取ったものだ。
それぞれ『週刊吉原・乳特集』『豊乳倶楽部』『皇国魔女・水練着写真館』。優人が本国の友人に頼み込み、苦労して手に入れた“お宝”である。
「これって、胸の大きな女達の写真が載っている扶桑の雑誌よね?あら?引退された海軍ウィッチのグラビアまで。ずいぶんと際どいアングルですこと……」
「…………」
『皇国魔女・水練着写真館』を開きながらいたぶるように言うミーナ。優人は座位を姿勢を正し、冷や汗をダラダラと流しながら無言を貫く。
「あなただって年頃だもの、異性に興味を持つのは自然なことよ。けど、これの表記をよく見なさい」
ミーナは他の二冊の片方――『週刊吉原・乳特集』の表紙に人差し指を添える。指先は“成人向け”の表記を差していた。もう一冊の『豊乳倶楽部』にも同じ表記が書かれている。ミーナは扶桑語が分からないので、坂本に表記の意味を訊ね、理解していた。
つまり、三冊のうち最初の一冊は扶桑人女性の水練着姿を収めたグラビア雑誌だが、残りの二冊はヌードありの完全な成人向けということである。
「優人、あなたはまだ19歳よね?こんな女性の裸ばかりの写真集を所有していたら問題じゃないかしら?ましてや、あなたは扶桑海軍と連合軍の士官で第501統合戦闘航空団の一員なのよ?ちゃんと自覚はあるのかしら?」
「あ、いえ……その……ですね……」
目を泳がせ、優人はしどろもどろとなる。僅かな時間で冷や汗の量がかなり増していた。
「まぁ、この件は明日の午前中にでもじっくり話し合います。いいですね?宮藤優人大尉」
「ほ、ホント?話し合うだけ?」
震えた声で訊く優人を冷ややかな視線で一瞥すると、ミーナは何も応えずに食堂から出ていった。
「ふわあぁ~……よく寝たぁ~……」
直後にルッキーニが目を覚ます。優人がいることに気付いた彼女は眠たい目蓋を擦りつつ、彼に声を掛ける。
「んにゃ?優人、何でそんなに震えてるの?」
「あ、ああ。ちょっと肌寒くて……風邪引いたのかな?あ、あはは……」
◇ ◇ ◇
同時刻、ワイト島分遣隊基地――
「はぁ~……」
宿舎食堂では、アメリーとウィルマの二人が夕食の準備をしていた。
お玉を使って鍋のスープをかき混ぜていたアメリーが、ふと深い溜め息を漏らす。いつも楽しげな表情で鼻唄混じりに料理をする彼女らしからぬ姿だ。
「どうしたの?溜め息なんてしちゃって」
隣で野菜を切っていたウィルマが、雑談気分でアメリーに問い掛ける。
「優人さん、帰っちゃいましたね」
と、アメリーは俯き加減に言う。ほんの数日だけの短い付き合いだったが、アメリーは優人を兄のように思っていた。一緒にいるだけで安心出来る理想的な兄だと――。
それほどまでに慕っていた人物との突然の別れ。ショボくれるのも頷ける。
「まぁあまぁあ。今生の別れ、ってわけでもないんだし。また会えるわよ」
「そう……ですよね……」
ウィルマの言葉を聞きつつ、アメリーは優人と過ごした日々を振り返っていた。
はじめ異性に裸を見れ、見たこと。このキッチンで一緒に料理をしたこと。扶桑の料理をいくつか教えてもらったこと。淹れた紅茶を褒めてもらったこと。初めて食べた扶桑の卵焼きの味。
思い出すだけで不思議とアメリーの心し温まり、寂しさが和らいでいく。
(優人さん……えへへ……)
優人との思い出に頬を緩ませるアメリー。その横顔を、ウィルマはニヤニヤしながら見ていた。
「ふ~ん?」
「ウィルマさん?」
「アメリーって、優人が好きなの?」
「へ?…………ええええええええええええぇ~っ!?」
言葉の意味をすぐには理解出来ず、アメリーは数瞬硬直していたが、ウィルマが何を言ったかはっきり認識すると、基地中に響き渡らんばかりの大声を張り上げた。
「ち、違います!違いますよ!」
「あらそう?恋する乙女の顔をしてたから、てっきりそうかと思ったのに」
「勘違い!ウィルマさんの勘違いです!」
と、アメリーはムキになって否定する。
「そう言うウィルマさんこそ!優人さんと仲が良かったじゃないですかぁ!!」
「ふふ♪確かに優人は中々に男前だけど……」
ファラウェイランド空軍所属のベテランウィッチは、少しだけ間を置いてから言葉を続ける。
「私、歳上のおじ様が好みなのよねぇ♪」
そう言うとウィルマは右目を瞑ってウインクし、同時にチロッと舌を出した。
成人を迎えた大人の魅力に小悪魔的な印象が加わり、彼女の魅力を一層引き立てていた。
◇ ◇ ◇
「まったく、何であたしがこんな……」
優人が宿泊していた部屋では、1人の小柄なウィッチが悪態をついていた。フランである。
優人が飛び出していった後、彼女は角丸より彼の荷物を整理するよう命じられていた。501基地へ届けに行くのは角丸の役目だが、これは501司令であるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐への挨拶も兼ねているらしい。
こんな雑用紛いの仕事など、ウィッチのすることでない。フラン自身はそう思ったものの、隊長に文句言うことも命令に背くことも彼女には出来ないため、彼女は大人しく指示に従っていた。
「大体、あいつは勝手なのよ!いきなりやってきて!好き放題やって!急に出て行って!ホント最悪!」
どうやら相当ご立腹のようだ。優人が置いていった鞄に衣類を詰め込みながら、フランはブツブツと呟く。
「射撃……もっと教えて欲しかったのに……」
フランの身体がフルフルと震え出した。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
作業を中断し、動きを止めた手には洗濯仕立ての優人のシャツが握られている。フランはそれを鞄には仕舞わず、己の胸へギュッと抱き寄せた。
「バカ……優人のバカ!痴漢!変態!こんなイイ女が近くにいたんだからデートに誘うくらいしなさいよ!見る目無いんだから!」
フランはシャツを強く抱き締める。まるで、シャツが優人の身代わりであるかのように――。
「フラン、何してるの?」
背後から突然聞こえてきた声にフランはハッとなる。反射的に振り返ると、いつの間にかラウラがすぐ後ろに立っていた。
「ラ、ラウラ!?あんた何で!?」
恥ずかしいところを見られてしまい、フランは顔を真っ赤にして狼狽えた。
「私の部屋に宮藤大尉の服が間違って来てたから持ってきた」
そう言うとラウラは、綺麗に畳まれたシャツをフランに見せた。
「えっ?」
フランはラウラが持っているシャツと、自分が抱き締めていたシャツを交互に2、3度見てから恐る恐る訊ねた。
「じゃ、じゃあ……このシャツって……」
「私のだよ」
「………………」
サブタイトルの○○○○に入る四文字はドッキリです。書き上げた後に、もうちょっと捻れば良かったと後悔しました。
優人との別れを惜しむフランの描写を大袈裟に書いてしまったような気が……←
感想、誤字脱字報告をお願い致します。