執筆途中のものをチェックしていたら、長らく存在を忘れていた文章を見つけました。短いですが、なんとなく勿体無いので投稿させて頂きます。
はっはっはっ!扶桑皇国海軍の坂本美緒少佐だ!突然だが、今日は私と優人のちょっとした昔話をしよう!
やつとは、海軍航空歩兵に志願する以前からの付き合いだ。かれこれ10年になるか……。
思えば、初陣を飾った扶桑海事変以来ずっと行動を共にしてきた。一緒に過ごした年月は家族より長いかもしれないな。
初めて会ったのは私が11歳で、あいつが10歳の時だ。私は他の海軍付属小学校の生徒達と共に、北郷せ……北郷章香少佐が師範代を務めておられた舞鶴近郊の講導館道場に通っていたんだ。
8年前、海軍ウィザードを目指していた優人も仲間に加わった。出会ったばかりの頃の優人は同世代の扶桑男児と比べて小柄で華奢な体つきをしていてな。運動能力も並みか、もしくはそれ以下。
本人の前じゃ言えないが、当時は頼りないやら男が料理するなんて変わっているやら思ったものだ。扶桑では“男性は台所に立たない”というのが一般的だからな。北郷少佐は「彼はとんでもない逸材だよ」とおっしゃっていたが、すぐには信じられなかったよ。
だが、妹の芳佳に比べればやや劣るものの。あいつは強大な魔法力、戦闘の才が確かにあった。特に射撃に関しては、後に加東圭子少佐……当時少尉から指導を受けたこともあって、新兵時代から百発百中の腕前を見せつけられた。魂消たものだ。今も昔も射撃であいつに勝てる気がしないよ。北郷少佐の見込みは正しかった。
初陣を飾った扶桑事変からここブリタニアに至るまで、優人とは数々の戦場を共にしてきた。一緒にいた時間は家族や講導館道場の仲間よりもずっと長い。お互いの長所も短所も知った親友で、信頼して背中を預け合える戦友だ。
しかし、あいつも男だ。相手が欲しかったらしく、かつて遣欧艦隊の拠点であった港町――リバウにいた頃から私が毎晩優人の相手をしていた。
“そっち方面”の知識に疎かった私は、初めはよく分からなかったが、優人がわかりやすく手解きしてくれてな。付き合いの長いあいつが相手ということで、特に緊張したりはせずに毎晩相手をしていた。
優人は航空歩兵としてはもちろん、“こっちの方”も物凄い腕前でな。いろいろな角度から私を攻めてきたもんだ。
恥ずかしい話だが、慣れないうちは翻弄されっぱなしで。私が「ダメだ!ちょっと待ってくれ優人!」と言えば「待ったは無しだ。ここまできて、やめる男なんていないさ」と返すやり取りがお約束となった。
二人で揃って夢中になり、時間を忘れて朝まで続けてしまったことも10や20ではない。その日の軍務は、さすがにキツかった。
そのうち、リバウに駐留していた他のウィッチ達も混ざるようになった。“こっち方面”の経験者である竹井醇子中尉(現大尉)や雁淵孝美少尉(現中尉)はともかく、それ以外のウィッチ達は優人に翻弄され、毎夜のようにヒィヒィ言わされていたものだ。
そんな私達も、今では第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の一員として揃ってブリタニアに滞在している。扶桑皇国海軍大尉から人類連合軍少佐となった私は基地の副司令であり、ウィッチ部隊の戦闘隊長。優人もやや遅れて扶桑海軍少尉から人類連合軍中尉を経て、大尉となった。
余談だが。遣欧艦隊司令長官――赤坂伊知郎中将の話では、ガリア解放の功績が扶桑本国でも認められ、扶桑海軍での実階級も501在籍時と同じものになるらしい。
寝食を共にしたリバウの仲間達と別れてやってきたブリタニア基地も、もう間も無く退去することになるだろう。
現在優人は私だけでなくミーナやバルクホルン、シャーリー等の年長組。ペリーヌ、リーネ、サーニャ等の年少組の面々にも相手をしてもらっているらしい。
最近では優人の妹の芳佳も始めたようだが、まだまだ下手で兄の相手は務まらないようだ。
私は自分でやるのはもちろんだが、戦友と愛弟子の兄妹が二人でしているのを見るのも好きなんだ。だから、二人がする日は毎晩同席させて貰っているんだ。
あっ……ちなみに将棋の話だ。
優人「王手!」
芳佳「はっ!?あ~……また負けたぁ~……」
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そして、今年もよろしくお願い致します。