短時間で仕上げたので、クオリティは低いです。ではでは……
ブリタニア連邦グレートブリテン島南東部――
兄の優人が、マッドサイエンティスト――もとい、ストライカーユニットの開発者である父親の実験に付き合い、散々な目に遭っている頃。妹の芳佳は、リーネと一緒に近くの街までショッピングに来ていた。
501基地から程近い場所にある街は、首都ロンドンへ鉄道が通じている比較的小規模な湾岸都市だった。家並みには中世の面影が残り、落ち着いた雰囲気が街全体に漂っている。
今日はバザーやっているらしい。そのせいか、街はいつもより賑やかだ。
「あれ?リーネちゃん?」
バザーに集まった民衆でごった返す街中で、芳佳がキョロキョロと辺りを見回していた。
彼女と一緒に遊びに来ているはずのリーネが見当たらない。バザーに招かれた大道芸人のパフォーマンスに芳佳が見とれているうちに、いつの間にかリーネとはぐれてしまっていた。
「リーネちゃ~ん!どこぉ?」
人混みの中から親友を懸命に呼び掛けるが、相手からの返事はない。
遠くを確認しようと背伸びするも、如何せん周りは15歳の扶桑人女性よりずっと背の高いブリタニア人ばかり。小柄な芳佳では歯が……いや、背が立たない。
「う~ん……どうしよう……」
芳佳が眉間に皺を寄せて、困ったように呟いた。その時だった。
――ドンッ!
「わわっ!?」
突如、何者かに突き飛ばされ、芳佳は短い悲鳴を上げながら石畳に倒れる。転んだ拍子に強打した頭部に激痛が走った。
「いたた……あれ?鞄は?」
貴重品や買い物の戦利品を収めた鞄が奪い去られていた。持ち物の紛失に気付いた芳佳は、すぐさま顔を上げて辺りを見渡す。
「あっ!待って!」
自分の鞄を手に持った人影を遠目で捉えた。ひったくりの犯人は、芳佳よりも幼い風貌の――年齢は12、3歳くらいだろう――少年だった。彼は鞄の持ち主に背を向けたまま、一目散に走り去っていく。
立ち上がって追い掛けようとする芳佳だが、思ったより頭を強く打っていたらしく視界が定まらない。一方の犯人は人混みを走り向け、細かい路地へと入っていった。
このままでは見失ってしまう。芳佳はズキズキと痛む頭を押さえながら、必死にひったくり犯を追い掛けた。
――バキッ!
ふと何かを殴打したような鈍い音が芳佳の耳に届く。それは、ひったくり犯の子どもが逃げ込んだ路地の向こうから聞こえてきた。
狭い路地を進んで反対側の通りへ出てみると、2人の少年が向き合っていた。うち1人は、芳佳が追っていたひったくりの少年だった。左頬を赤く腫らし、石畳に叩きつけられている。
ひったくりの少年がヒリヒリと痛む頬を押さえながら顔を上げると、自身を睥睨するように見下ろしているもう1人の少年と目が合った。
「ヘ、ヘンリー!」
「おい、ジョン!こういうバカな真似するんじゃねぇ、って前にも言ったよな?」
2人目の少年が、ひったくりを働いた少年に叱声を浴びせる。芳佳の兄――優人と同じか、少し歳上に見える。短く切り揃えた金髪に蒼い瞳、がっちりとした逞しい身体つきが印象的だ。
「それに女の子を狙うなんて、男として最低だぞ!恥をしれ!」
ヘンリーと呼ばれた2人目の少年は、さらに憤然と怒鳴りつけた。
その剣幕に圧されたひったくりの少年――ジョン――は「ひぃっ?」と情けない悲鳴を上げると、芳佳からひったくった鞄をその場に捨てて、脱兎の如く逃げ去っていった。
逃げるジョンの後ろ姿を見て、ヘンリーはフンッと鼻を鳴らした。
「ほら、これあんたのだろ?」
ヘンリーは芳佳の鞄を拾い上げて埃を払うと、持ち主に返した。
「あ、ありがとうございます!」
無事戻ってきた鞄を大事そうに抱き締めながら、芳佳は満面の笑みで礼を述べる。
純粋な謝意の言葉と、向日葵のように眩しい笑顔を向けられて照れ臭くなったヘンリーは、頬に紅を灯してそっぽ向く。と思いきや何かに気付いたらしく、再び芳佳に視線を走らせた。
「おい、怪我してるじゃねぇか!」
「あっ……」
ヘンリーに指摘され、芳佳は鞄が戻った安堵で忘れ掛けていた頭の怪我を思い出す。
「大丈夫です。これくらいへっちゃ――」
心配かけまいとする芳佳だが、「へっちゃらです」と言いかけたところで軽い目眩を覚えてふらついた。
「無茶すんな。手当てしてやるから家に来なよ」
そう言って、ヘンリーは右手を差し出してきた。芳佳は自然な動作で彼の手を取った。
ヘンリーはケンカ慣れしたタコの多い拳をしている。ぶっきらぼうながらも、熱い想いを感じる手だった。
「ヘンリー・ベイカーだ」
「宮藤芳佳です」
2人は簡単な自己紹介を済ませ、ヘンリーの家へ向かった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃――。
「芳佳ちゃん?芳佳ちゃん、どこぉ?」
ブリタニア空軍軍曹リネット・ビショップ。現在、バザーの会場にて異国の戦友――宮藤芳佳を鋭意捜索中。
◇ ◇ ◇
数十分後――
「……えっ?」
信じられない光景が視界に飛び込んできて、芳佳が言葉を失った。彼女がヘンリーに案内されたのは、建物と建物の間に存在する路地裏だった。
廃棄資材や布を利用して造られたお粗末な風貌のあばら屋が、寄り添うように並び建っている。ヘンリー達はこれらを住処として生活いるらしい。
芳佳は自分の目を疑った。彼女からすれば、とても家と呼べるようなものではない。しかし、ボロボロの衣服を着用したみすぼらしい人々の姿があり、そこかしこから煮炊きの煙が上がっている。人間としての生活空間が確かに構築されていた。
この路地裏が、ネウロイの侵攻でヨーロッパ大陸を追われた身寄りのない避難民の溜まり場だと、芳佳は後に知ることとなる。
「ここだ」
ヘンリーは建ち並ぶあばら屋の一つに入ると、芳佳に着いてくるように促した。
ボロ切れでできた玄関口の暖簾を潜り、ヘンリーの家に上がり込む。小さなスペースを区切っただけの屋内だが、小さなタンスやテーブルに数人分の椅子等が置かれており、それらが芳佳に人の暮らしを感じさせた。
「そこに座りなよ。茶があるけど、飲むか?」
「あ……頂きます」
部屋の景観を観察することに夢中となっていたせいで、ヘンリーが訊ねてから芳佳が応じるまで数瞬ほど間があった。
彼女の心中を察したのか、ヘンリーは肩を竦めながら言葉を付け加えた。
「こんなところでも歴とした家だよ。少なくとも、俺達にとっては……ね」
そう言われ、芳佳は後悔と羞恥心で顔を紅潮させた。自分がヘンリーの暮らしぶりを好奇な目で見てしまったことに負い目を感じているのだ。
一方のヘンリーはと言うと、そういった視線に慣れているのか。或いは、芳佳の慚愧の念を感じ取ったのか。安心させようと彼女に微笑みかけた。
「ごめんなさい……」
蚊の鳴くような小さい声で謝罪した芳佳は、気詰まりな想いを抱えつつ椅子に腰を下ろした。端切れを縫い合わせ、綿を詰め込んだクッションが尻に当たり、椅子の冷たさを緩和してくれた。
(私、最低だな……)
自己嫌悪に陥っている芳佳を余所に、奥のスペースを仕切っている小綺麗なカーテンが開かれ、病院着のような寝間着姿の小柄な少女が顔を出した。
「お兄ちゃん、お客さん?」
彼女はヘンリーの妹らしい。兄と同じ金髪蒼眼の美少女だが、身体も髪も顔も声も、そして生命も細い。存在そのものが、か細く弱く、透き通ってしまいそうな。そんな印象を受ける少女だった。
「ウェンディ!寝てなきゃダメじゃないか!」
少女――ウェンディというらしい――が姿を見せるなり、ヘンリーは血相変えて妹へ駆け寄った。
奥の部屋を覗き見てみると、清潔さが保たれている真っ白やシーツと布団の用意された簡易ベッドが確認出来る。
衛生面に関する一定の配慮が成された寝室と、ウェンディに対するヘンリーの言動を鑑みるに、彼女は病人のようだ。
「ごめんなさい。でも、今日はちょっとだけ具合が良いから……」
兄と言葉を交わした後、ウェンディは芳佳に視線を移して訊ねる。
「芳佳だ。宮藤芳佳」
芳佳が名乗るよりも早くヘンリーが説明する。
「芳佳って言うの?私はウェンディ。ウェンディ・ベイカー、よろしくね」
「うん。よろしく、ウェンディちゃん」
屈託のない笑顔で挨拶するウェンディに、芳佳もまたニッコリと笑みを湛えた表情で応じる。
弱々しいが明るく、優しそうな顔立ちのウェンディ。この子とは良いお友達になれそう、と芳佳はそう思った。
「大通りでジョンのヤツに絡まれて怪我したんだ。包帯と消毒液、まだ残ってたよな?」
「うん、そこの棚にあったと思うよ。芳佳、今お茶淹れるね」
ウェンディは兄の傍らを足早にすり抜け、代わりにお茶ね用意を始めた。ヘンリーが何か言おうとしていたが、無駄だと思ったらしく、出かかった言葉を飲み込んで包帯と消毒液を探した。
「はい、どうぞ」
お茶の注がれたカップと共に差し出されたウェンディの右腕は、信じられないほど色素が薄く、青白い。北欧育ちのエイラやサーニャが持つ美しい白磁の肌とはまた違う。不健康を通り越した生気の感じられない、そんな白さだ。
「……ありがとう」
少しばかり間を置いて、芳佳は礼を述べる。出されたお茶を飲んだ彼女は、あまりの不味さに顔を歪めた。
扶桑茶のような深みもなければ旨味もない。ただ渋いだけの、野草をそのまま煮込んだのでないかという不味い茶。
それでもベイカー兄妹の振る舞いからして、彼らにとっては上等なものらしい。ならば、飲んでみせるのが礼儀というものだ。芳佳は苦悶の感情を押し殺して飲み干した。
「芳佳って、もしかして扶桑のウィッチ?」
ふとウェンディが、芳佳のセーラー服と水練着を物珍しそうな目で見ながら訊ねる。
水練着の上にセーラー服を重ね着しているからといって必ずしもウィッチというわけではないが、欧州ではセーラー服を着る扶桑人少女=扶桑海軍ウィッチ、というイメージが定着しているのかもしれない。
「うん。扶桑から来て、今はストライクウィッチーズにいるの」
芳佳は空になったカップをテーブルに置いて応える。すると、何かを思い出したウェンディが重ねて訊いてきた。
「ストライクウィッチーズ?もしかして宮藤芳佳って、あの扶桑海軍の宮藤芳佳軍曹!?」
「えっ?あの、って……どの?」
質問の意味が良く分からず、芳佳は首を傾げる。
「決まってるじゃない!大ベテランのお兄さんと2人でネウロイのマスターコアをやっつけて、ガリアの巣を破壊した英雄!宮藤兄妹の妹の方でしょ?」
「えっ……あ、うん。そだよ」
爛々と瞳を輝かせるウェンディと、病人とは思えない彼女の熱弁ぶりに困惑する芳佳だったが、あまりに眩し過ぎて思わず肯定してしまう。
芳佳にとって預かり知らぬことだが、ウォーロックの件とブリタニア空軍の実質的最高指導者であったトレヴァー・マロニー大将の不祥事を表沙汰にしたくないブリタニア軍司令部及び連合軍上層部の判断で、ガリアの解放は扶桑海軍遣欧艦隊司令長官――赤坂伊知郎中将の立案した作戦と501部隊の活躍によって成されたことになっている。
さらにはストライカーユニットの父――宮藤一郎博士の息子であり、扶桑海事変で初陣を飾って以降、リバウ、ブリタニアと最前線で戦い続けてきた大ベテランウィザードの宮藤優人大尉。
同じく博士の息女にして、基礎訓練も無しに統合戦闘航空団へ異例の入隊を果たした扶桑海軍期待の新人ウィッチ――宮藤芳佳軍曹。
連合軍は2人の活躍と家族関係をプロパガンダにも利用し、大々的に宣伝していた。宮藤兄妹は一躍時の人となった。
「わぁ!ガリアを救った英雄に会えるなんて、夢みたい!」
世界的英雄として名を馳せた宮藤芳佳と直に合うことができた。ウェンディは今、喜びと感動で胸が一杯だ。
一方の芳佳は大したことを成し遂げた自覚も、自分が英雄だという認識もないため、有名俳優や著名なミュージシャンでも会ったかのようなウェンディの反応に当惑を禁じ得なかった。
「ゆっくりしていけよ、英雄さん。飯くらい食わせてやるからさ」
消毒液と包帯の入った救急箱をテーブルに置くと、芳佳の顔を見て告げた。
「えっ……いいんですか?」
芳佳は目を丸くした。どう見ても、扶桑人である芳佳の尺度からしても……いや、おそらくはブリタニアの基準でも、ベイカー兄妹が裕福な生活をしているようには思えない。
「構わないさ。食事は大勢の方が楽しい」
「それに袖振り合うのも多生の縁、って……扶桑の諺でしょ?」
ヘンリーの言葉をウェンディが継いだ。芳佳は2人の申し出を喜んで受けることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
間も無く昼食となったが、ベイカー兄妹に振る舞われた食事は不味かった。とにかく、不味かった。他に表現のしょうがない。
パンはパサつき、甘味の欠片も無い。主食の豆のスープは、やはり野草のような青臭さとたんぱく質の粘りつく感触がある。粘土を水に溶いて、具代わりに雑草を煮込めばこうなるだろうか。何をどう味わえばいいのか、芳佳には分からない。
しかし、貧しい生活を強いられているベイカー兄妹が精一杯もてなしてくれているのだから、少なくとも坂本の肝油よりは喜びを持ちつつ、芳佳は料理の咀嚼に専念した。
そして、横須賀の実家や501基地での暮らしがどれほど快適で、尚且つ自分がいかに恵まれた生活を送っていたか。そのことを芳佳は身を以て実感することとなった。
(世界には、食べ物にも困る人がいるんだよね……)
授業や新聞だけで貧困と飢餓の実態を知った気になっていた。己の不明を深く恥じる芳佳にとって、ウェンディが久しぶりの客である自分との会話を喜んでくれることが唯一の救いだった。
ウェンディは重い病気を患い、もう2年近く家を出ていないという。それ故、芳佳が話に夢中になって楽しんでいた。
扶桑の横須賀で診療所を営んでいる実家の話や、横須賀第四女子中学校、501基地での思い出や個性的なウィッチ達について等々。ウェンディにはどれも興味深いものだった。
食事が終わると、芳佳はヘンリーに紙と筆記用具を借りて、ルールを簡略化した将棋のようなボードゲームを作った。この簡略将棋は子どもの頃に優人が発案したものだ。
芳佳は兄ほど器用ではないので不恰好な作品となってしまったが、それでもウェンディは大いに喜び、ヘンリーもそれなりに笑ってくれた。
やがて、ウェンディが眠りに就くとヘンリーはバザーの会場まで芳佳を送ってくれた。
「宮藤、ありがとう。あんなに楽しそうな顔をしたウェンディは久しぶりだよ」
笑顔で礼を述べるヘンリーは本当に嬉しそうだったが、表情はすぐに険しいものへと変わっていった。
「けど、もう顔を出さないでくれ……」
「……えっ?」
芳佳は一瞬聞き間違えか、もしくは冗談なと思った。しかし、笑みが消え失せたヘンリーの表情が、どちらでもないのだということを物語っていた。
「でも、ウェンディちゃんとまた会うって約そ――」
「いいから!もう来ないでくれ!」
ヘンリーは語気を強めた声で芳佳の言い分を遮り、事情を説明し始めた。彼の口から語られたのはウェンディのような少女にとって、あまりに過酷な現実だった。
ヘンリーとウェンディは、大陸から避難してきたブリタニア系ガリア人の兄妹だった。ネウロイ侵攻前は、両親と共にパ・ド・カレーで暮らしていた。
ダイナモ作戦時、ガリアのパ・ド・カレーから多くの民衆がドーバーを渡ってブリタニアに避難していた。だが、全員が全員ネウロイの支配地域から逃げ果せたわけではない。取り残された人々も少なからず存在した。ベイカー兄妹もそうだ。
ヘンリーとウェンディは、自分達と同じくガリアに置いてきぼりを食らった人々の集団に身を置き、巣やブラウシュテルマー――生物にとって有毒な瘴気を撒き散らす莢状のネウロイの子機――を避け、僅かに残されたセーフゾーンにてネウロイから身を隠し、泥水を啜り、木の葉を噛り、何とか生き延びていたのだ。
そして、ダイナモ作戦から半年ほど経ったある日。打ち捨てられた古い漁船を修理して、どうにかブリタニアへ脱出したのだと言う。
しかし、この時既にウェンディの身体は瘴気に蝕まれていた。一度だけ、ブラウシュテルマーに近付き過ぎてしまったことがあったそうだ。
土地や金属を腐らせ、人体にも悪影響を及ぼすネウロイの瘴気。コアを有した中型以上のネウロイが撒き散らす程度ならば比較的濃度が薄く、人体へ直ちに影響が出るほど強い毒性はない。だが、ネウロイの巣を覆っている黒雲の渦やブラウシュテルマーが発している瘴気は濃度がかなり高く、毒性も非常に強い。
ウィッチやウィザードのように魔法力で守られていれば別だが、それ以外の人間が瘴気の充満した地域へ迂闊に近付こうものなら、一瞬で死に至る。
それでも苦しみが長引かないだけまだマシだ。ウェンディの場合、僅かながらに魔法力を――瘴気に対する抵抗力を有していたことが災いし、瘴気病――人類側の仮称――という形で彼女の身体を蝕んでいた。
緩慢な呼吸器及び循環器の障害をはじめとする複数の病状。それに伴う身体的苦痛と、死への恐怖からくる精神的苦痛。
ネウロイによってもたらされた死病によって、ウェンディの死期は徐々に、しかし確実に近付いていた。
「お前もウィッチなら分かるだろう!瘴気に当てられたウェンディはもう末期なんだ!あと3ヵ月、もしかしたらひと月も保たないかもしれない!」
「ネウロイの瘴気で、そんな病気に……」
「瘴気病を知らないような顔をするな!」
声を張り上げながら、ヘンリーは涙を流した。怒りながら泣いているのだ。
「お前と出会って、友達になって、ウェンディが生きたいと願ったらどうするんだ!最近になって、ウェンディは漸く死を受け入れられるようなったんだ!お前とすごして思い出ができたら、希望を持ったら死ぬのが恐くなる!あいつが……ウェンディが死に怯える姿なんて、俺は見たくないんだ!だから、もう来ないでくれ!」
ヘンリーは慟哭した。ポロポロと大粒の涙を流し、嗚咽混じりの声音で芳佳に言い募る。彼の悲痛な叫び声が芳佳の胸に突き刺さる。
(ウェンディちゃんが、死ぬ。そんな……あんなに良い子なのに……せっかく、友達になれたのに……)
ウェンディの命が、あと1ヵ月もしないうちに失われる。その事実が、無形のハンマーとなって芳佳の頭をしたたかに叩きつけた。
ショックのあまり身体が硬直し、全身の感覚が一時的に麻痺している。信じたくなかった。嘘であって欲しかった。
「何とかならないんですか!?ロンドンの病院で診てもらうとか――」
「病院にかかるような金があるように見えるか!?」
ヘンリーは叫び返す。そもそもウェンディの病気は症例が少ないこともあって、殆んど研究が進んでいない。当然、有効な治療法などは確立されていない。
薬もあるにはあるが、病気の進行を遅らせる程度の効果しかない。しかも製造に漕ぎ着けているのが、扶桑本国とノイエ・カールスラントの2ヶ国のみで、試作段階故に生産数も非常に少ない。
「だったら、私が治療します。私は治癒魔法が使えるんです!」
嘯く芳佳だったが、彼女はまだ治癒魔法をコントロール仕切れていない。ましてや経験したのは外傷ばかりで、死病患者の治療などやったこともなかった。
「無駄だ!体内の瘴気をすべて取り除かない限り、治癒魔法を掛けても効果は現れない」
「でも、ウェンディちゃんは生きたいと思っているはずです!私にはそう見えます!だったら――」
「いい加減にしてくれ!そういうのはありがた迷惑なんだよ!」
最後にそう怒鳴って、ヘンリーは芳佳に背を向けた。もう話すことは何もない、と背中で語っているようだった。
「…………」
芳佳は唇を噛んで押し黙ると、頑なな態度を示すヘンリーを振り払うようにして走り出した。
納得は出来なかったが、それでも芳佳は何も言い返さなかった。最愛の妹の身を案じるヘンリーの姿に、大好きな兄の姿が重なったからだ。
ネウロイの瘴気に関する公式の詳しい説明がないので、本作オリジナルの独自設定を盛り込むことにします。
ブラウシュテルマーについては公式設定のはずですが、アニメにおいて描写がまったく無いせいか、死に設定と成りつつあるようです。
感想、誤字脱字報告をお願い致します。