ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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もしかしたら知らない人がいるかもなので、

現実のスカート→ストパン世界ではベルト

……です。


第18話「シスコンは死んでも治らない」

1944年9月上旬、グレートブリテン島南東部第501統合戦闘航空団基地――

 

宮藤優人扶桑海軍大尉が、父の宮藤博士を焼き殺しかけた翌日の午後。ウィッチーズ宿舎のミーティングルールで、簡素な表彰式が開かれていた。

第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』司令――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。ミーナの傍らに控える副司令兼戦闘隊長の坂本美緒少佐。連合各国空軍より同部隊へ派遣されている12名の航空ウィッチのうち7名が、2人と向かい合う形で並んでいる。

リベリオン陸軍大尉シャーロット・エルウィン・イェーガー、自由ガリア空軍中尉ペリーヌ・クロステルマン、オラーシャ陸軍中尉サーニャ・V・リトヴャク、スオムス空軍少尉エイラ・イルマタル・ユーティランネン、ロマーニャ空軍少尉フランチェスカ・ルッキーニ、ブリタニア空軍軍曹リネット・ビショップ。そして、扶桑皇国海軍の宮藤芳佳軍曹。横一列に並んだ受賞者の少女達は階級順に名を呼ばれ、1人ずつ中佐の元へ歩み寄る。

ミーナは西部戦線――ブリタニアの戦いにおいて、勇敢さを示したウィッチ達ひとりひとりにニッコリと微笑むと、労いの言葉を贈ると共にノイエ・カールスラントから届いた勲章――騎士鉄十字章を彼女らの首に掛けた。

この騎士鉄十字章は、ネウロイの巣の破壊とガリア解放という501の大戦果を聞きつけた帝政カールスラント皇帝――フリードリヒ4世が、既に授与しているカールスラント組と坂本、優人以外のメンバーに贈ったものである。

フリードリヒ4世は、元々ウィッチ・ウィザードに対して直接勲章を授与したがっていた。しかし、戦況のせいで皇帝の希望は中々叶わず、501についても全員をノイエ・カールスラント呼んで授与式を行いたいと側近に申し出ていたが、やはり希望は通らなかった。それ故501基地のあるブリタニアに騎士鉄十字章を送ることにしたのだった。

ミーナと坂本が揃って外出し、受け取りに向かった配送物は、これら7つの騎士鉄十字章。さらに宮藤兄妹宛てに別の物が届けられていた。

 

「えっ?パーティーですか?」

 

騎士鉄十字章を首から下げた芳佳が、ミーナの言葉に目を丸くして訊ね返した。彼女はカールスラントの勲章とは別に渡された封書を手に持っている。

帰国すると、今度は功六級金鵄勲章の表彰が待っているらしいが、元々軍関係知識に疎い芳佳のこと。騎士鉄十字章の価値や重要性を理解していないのかもしれない。

隣に立っている優人も、ミーナから同じ物を受け取っており、封を切って中身を確認していた。

宮藤兄妹宛てに届いた封筒は、なんとブリタニア首相直筆の招待状であった。

 

「ええ」

 

芳佳の問いに、ミーナはいつもの柔和な笑みで応じると仔細を話始めた。

表彰式を終え、殆んどのウィッチが退室済みのミーティングルーム。閑散とした室内にはミーナ、坂本、宮藤兄妹の4人だけが残っていた。

 

「あなた方2人には、501を代表して私と一緒にパーティーにすることになったのよ」

 

早い話が、ロンドンのサヴォイ・ホテルにてブリタニア政府主催の政財界のパーティーが開催されので、ガリア解放の英雄達を代表してミーナ、優人、芳佳の3人に出席して欲しい……とのことだ。

ブリタニア首相――チャーチル卿をはじめと各国の政治家、財界人、それらの人種と関わりが深い軍高官等やその妻子が出席する上流階級向けのパーティー。

世俗の人間には想像もつかないほど巨額の費用で賄われる豪華絢爛な行事に何故自分と妹が招待されたのか、と優人は内心疑問に思っていた。

政治に長け、立場上軍上層部の高官や政治家達と顔を合わせる機会の多く、また容姿の美しさは元より十代らしからぬ大人びた色香と、プロの声楽家ですら舌を巻く歌声の持ち主であるミーナならいざ知らず、一介の将兵に過ぎない自分達兄妹が出席するのは少々場違いな気もする。

ミーナ曰く、数年前ミーナやダウディング元ブリタニア空軍大将と共に501部隊創設に尽力したカールスラント空軍ウィッチ隊総監――アドルフィーネ・ガランド少将が、扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令長官の赤坂伊知郎中将の許可を得た上で、優人達兄妹の招待を主催者側に提案したとのことだが――。

なるほど。連合軍上層部に席を置く2人の将官は、501司令の美声とストライカーユニットの父――宮藤一郎博士の子息息女である宮藤兄妹を政治活動に利用するつもりらしい。

さらに言うと、優人と芳佳は――表向き巣のマスターコアを破壊したことになっているため――ガリア解放の一番手柄の名誉を賜っていた。

 

「他のやつらは出席しないのか?」

 

優人が招待状から目の前の上官達に視線を移して訊ねる。

501のWエースとして活躍する世界屈指の撃墜王であるゲルトルート・バルクホルンとエーリカ・ハルトマン。扶桑皇国航空歩兵の中で、最も有名なウィッチである坂本美緒。国を追われたガリア国民にとって心支えとなっている青の一番(ブルー・プルミエ)――ペリーヌ・クロステルマン。先の大戦英雄――ミニー・ビショップの娘である“リーネ”――リネット・ビショップ。

いずれもVIPばかりだ。それ以外のメンバーの出席を望む声があってもおかしくない。

 

「坂本、お前は?」

 

「ミーナが一晩留守にするんだ。私がここを離れるわけにはいかんだろ?」

 

と、軽く拳を握った両手を腰に当てながら戦闘隊長が応える。

尤もなことだ。巣は消滅したものの、ガリアにはまだ少数の残党ネウロイが潜んでいる。パ・ド・カレーより上陸した上陸した連合軍が残敵掃討を行いつつ、内陸へ進行中であるが、まだガリアが完全に解放されたと判断されたわけではない。

つまるところ、しばらくは自分達501もドーバー海峡の向こうに目を光らせておく必要があるということだ。上流階級のお遊びに何人も割くわけにはいかない。

それでなくとも統合戦闘航空団に招聘されたウィッチ・ウィザード達は、良く言えば強い個性の持ち主。悪く言えば問題児の集団である。当然、隊長不在時にはしっかり監督出来る人気を残しておく必要がある。

 

「それに……」

 

坂本に続いてミーナがおもむろに口を開いた。

 

「リーネさんやペリーヌさんはともかく、他の子達は……」

 

そこまで言うと、何故かミーナは苦笑気味に言葉を切る。その様子を見て、優人は501司令の言わんとしていることをすぐさま察して「ああ、なるほど」と短く納得する。

ガリアの貴族――性格に言えば侯爵家の令嬢であるペリーヌや実家がロンドンにてデパートを始めとする多数の店舗を営む裕福な商事であるリーネならば、そういった社交の場における礼儀作法を心得ているだろうし、両親に連れられて実際に顔を出したこともあるかもしれない。しかし、他のメンバーはどうだ。

バルクホルンは軍務に関することにおいては完璧と言えるが、それ以外は万事疎い。自然な笑顔を作ったり、愛想や社交辞令を言ったりするのは難しそうだ。

サーニャは礼儀作法は身に付けているようだが、人付き合いが苦手で、少し前のリーネを上回るほどの引っ込み思案な性格の持ち主だ。政財界のパーティーなど、出席するだけで精神的な苦痛になりかねない。

シャーリーとエイラの2人は、要領がいいので一晩くらいなら社交の場にも馴染めそうだが、不安がないわけではない。

ハルトマンとルッキーニに関しては、わざわざ説明するまでないだろう。

 

「とにかく、これは総司令部からの命令でもあります。あなた達兄妹には、明後日の晩に開催されるパーティーに出席して頂かなくてはなりません」

 

「まぁ、命令なら従うけど……」

 

神妙な表情をするミーナに対し、優人は右手で後頭部を掻きながら決まり悪そうに応じる。

優人自身、士官教育の一環として礼儀作法の指導は受けている。かつては父に付き添って――正しくは、だらしがなく生活力のない父親のお目付け役として――社交の場に顔を出したこともある。

祖国や501の恥とならない自信はあるが、内心では面倒な仕事が回ってきた、と煩わしく思っていた。それでも高級料理やワインを味わえるだけヨシとしようと自分を納得させ、辟易した心を慰めている。

仮にも士官という責任ある立場だ。命令に対して気に入る、入らないなどと言っていられない。

 

「パーティーかぁ……あっ!」

 

軽く鬱屈とした気分に浸っている兄とは違い、世間知らずな妹はその曇りなき眼を爛々と輝かさせ、パーティーに招待されたという事実に心を躍らせていた。しかし、彼女は重大な問題に気が付き、慌て出す。

 

「ミーナ中佐!大変です!私、ドレス持ってません!パーティーに行けません!」

 

軍人という立場上、制服姿で出席しても然程問題はない。坂本やバルクホルンあたりは実用性を重視し、士官用の制服を着て出席するに違いない。

しかし、芳佳としてはメイクやドレスアップ等でおしゃれをして、出来るだけ綺麗な姿でパーティーに出たいのだ。大好きな兄と出席するのであれば尚更――。

 

「あらあら、フフ♪」

 

狼狽える芳佳の姿を見て可愛らしく思ったのか。ミーナは小さく笑声を立てると、「大丈夫よ」と右目を瞑ってウインクしてみせた。

初対面の男だったら一瞬で恋に落ちかねない。それほどまでに彼女の仕草は魅力的だった。

 

「ちゃ~んと、芳佳さんのドレスも用意してあるから♪」

 

「ホントですか!?」

 

ミーナの一言で、芳佳の表情がパァ~っと明るくなった。

扶桑海軍軍曹はズイッと身を乗り出し、聞き間違いでないのを確認するかのように訊ねる。その胸元では、首から下げられた騎士鉄十字章がユラユラと揺れていた。

扶桑皇国でドレスと言えば、一般的に西洋のお姫様が着るような華やかなデザインのワンピース服を指す。

東洋生まれたる扶桑撫子の中には、自国の着物とはまったく異なる衣服の優美さ・気品さに強い憧れを抱く者も多い。

 

「ええ、ガランド少将から贈り物よ。あなたさえ良ければ、すぐにでも試着出来るのだけれど?」

 

「あっ、お願いします!」

 

感激した芳佳は勢い良く頭を下げる。彼女らしい素直で可愛いらしい態度にミーナはもう一度だけクスクスと笑声を立てると、芳佳を連れてミーティングルームを後にした。広い室内に優人と坂本、同じ制服――扶桑海軍第二種軍装――を身に纏った2人が残される。

 

(ドレス姿の芳佳かぁ……)

 

心の中で優人は噛み締めるように呟く。妹の私服姿や寝間着姿、シャーリーのコーディネートを受けて冒険した水着姿に某伯爵によってベビードール姿も、果ては不可抗力で全裸姿まで目にしている優人であったが、ドレス姿は初めてだった。

ガランド少将から贈られてきたドレスがどんなものかはわからないが、最愛の妹をより美しく魅せてくれるのは間違いないだろう。

年相応の可愛いらしさを強調するものか。年齢よりも大人っぽく見せるものか。意外と小悪魔チックな魅力を演出するものか。もしかすると、ミーナが亡き想い人――クルト・フラッハフェルトから贈られた深紅のドレスのように大胆なデザインのものか。

いずれにせよ、ドレスアップした妹とパーティーに出席出来ることは確かだ。面倒に感じていた行事が急に待ち遠しくなる。着飾って天使のように美しくなった芳佳を想像し、優人の口元は自然と緩んだ。

 

「お前は、何をニヤついているんだ?」

 

呆れと窘めの孕んだ声が耳朶を刺激し、優人はハッと現実に還る。真横に視線を走らせると、最も付き合いの長い戦友が怪訝そうな瞳で彼を見ていた。

 

「いや、別に……」

 

ドレスで着飾った妹の姿を想像して鼻の下を伸ばしていたなどとは言えない。優人は適当に誤魔化し、坂本から視線を外した。

そのまま早足でミーティングルームを出ていこうと考えていたが、すぐに「待て」と呼び止められたため、再び戦闘隊長殿に向き直った。

 

「例の件はどうだ?何か分かったのか?」

 

例の件と言われて、優人は内心で(ああ、そのことか)と呟きつつ、肩を竦めて応じる。

 

「残念ながら、進展無しだ」

 

「そうか……」

 

坂本は抑揚のない声音で短く返すと、眼帯で隠れていない左眼を静かに伏せた。

石威紫郎。元扶桑皇国の技術者で、かつては新式ストライカーユニットやネウロイのコアを利用した新兵器『イリス』の開発を進めていた宮藤一郎博士の助手でもあった男だ。

5年前、彼はストライカーユニット共同研究所を爆破し、サンプルとして保管されていたコアや『イリス』の開発データを持ってリベリオンへ逃亡した。

原隊における2人の上官である赤坂と彼の側近が行った調査で、石威がマロニー一派と接触してウォーロックを開発するまでの動向は大体判明している。

だが、優人や坂本が知りたいのは、石威の大まかな経歴ではない。彼がネウロイのコアを手に入れた経緯だ。

この件に関しては全く調査が進んでいなかった。石威紫郎という人間は相当用心深かったようだ。本当に大切な、他人知られたくない情報は自分の頭で管理し、書類に記述がないのはもちろん、メモ一つ取っていなかった。石威の下で働いていたウォーロック開発スタッフも担当以外のことは何も知らされていなかったらしい。

石威が開発したウォーロックと功を焦ったマロニー一派の強引な介入行動により、皮肉にも501は目標であるガリア解放を成し遂げ、ネウロイの技術を己の野心の為に独占・利用しようとした石威紫郎やマロニー元大将もそれぞれ報いを受けた。

とはいえ、全ての謎が解明されないままでは、“終わり良ければ全て良し”と達観するなど、坂本には出来なかった。

 

「お前の方こそどうなんだ?調べものは進んでいるのか?」

 

優人の口から予想外の言葉が続き、坂本は虚を衝かれたといった風に彼を見返した。

 

「この頃、毎晩寝ないで古びた書物を読み耽っているみたいじゃないか。あれは古流剣術の指南書か?それとも大昔の魔導書か?」

 

「見られてたか……」

 

坂本は苦笑交じりに応じる。8月に20歳を迎え、彼女の魔法はシールドがまともに機能しなくなるほど弱体化した。

それでも刀を置く気になれない扶桑の女武士は、基地の資料室にて本国より取り寄せた古い書物を熟読・研究し、衰えた魔法力で戦う方法を模索していた。優人は、その一部始終を偶然見かけていた。

 

「何をしていたか詳しく訊く気も、止める気もない。けど、お前の代わりはいないんだ。身体を休めることも忘れるなよ」

 

「お前は私の母親か何かか?」

 

「口うるさく言われるのが嫌なら、言われずとも体調管理はキチンしとけよ。いいな?」

 

長年連れ添った戦友はそう念を押すと、今度こそミーティングルームを後にした。

優人の背中を見送ると、坂本は軽く息を吐いてから何気無しに魔法力を発動してみる。使い魔であるドーベルマンの耳と尻尾が出現し、身体強化魔法が掛かるのを感じ取った。

大半のウィッチは、20歳より前に魔法力のピークを迎え、後は減退の一途を辿る。彼女も例外ではなく、既にシールドが殆んど役に立たなくなっている。もはや戦士として飛ぶのは、そろそろ限界かもしれない。それは坂本自身が一番よく理解している。

だとしても、彼女は――坂本美緒はウィッチとしての生き方を諦めたりはしない。空を飛べる限りは戦い続ける。それが彼女のウィッチとしての本懐だ。

 

「それに私はまだ、お前と肩を並べて飛びたいんだよ」

 

1人残された坂本は、身体を壁に預けて独り言ちた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

所変わって、ミーナの部屋――

 

「すごく綺麗よ!ほら、鏡の見て御覧なさい!」

 

ミーティングルームを離れた芳佳は、さっそくミーナの部屋にてドレスの試着をしていた。

カールスラント空軍ウィッチ隊総監から贈られたドレスを身に纏った芳佳は、ミーナに促されるままドレッサーの前に腰を下ろし、正面にある大きな鏡に視線を向ける。

 

「これって、私なん……ですか?」

 

鏡の中には、普段と全く異なる煌びやかな自分の姿に扶桑海軍ウィッチは、信じられないといった様子で両目を大きく見開く。

パーティーに参加する芳佳の為にガランド少将が用意してくれた淡い水色のドレスは、ミーナのインブニングドレスと違って胸元も背中も出ていないが、肩から紐で吊り下げるワンピースタイプ故に両肩が露となり、丈の短いベルトからはスラリとした白い素足が伸びている。

リボンとフリルが控えめにあしらわれたドレスは、着ている者の印象も相まって、淑やかというよりは可愛いらしい印象を受ける。

着ているのはドレスだけではない。一緒に贈られてきた同色同素材の夜会靴を履き、パーティー仕様の白い長手袋は少女の華奢な両腕を肘まですっぽりと覆っている。

芳佳は試着だけでのつもりだったが、可愛い部下にとって初めてのドレス・パーティーという理由から、やたらと張り切ったミーナの手により化粧も施されていた。

横跳ねが目立つ特徴的な髪型は櫛が入れられたことで落ち着き、薄く塗られた口紅は形の良い唇を引き立たせ、睫毛もいつより綺麗に整えられている。

他にも随所に細かな工夫が施されたおかげで、15歳の幼い少女はアダルトな雰囲気を醸し出す大人の女性に生まれ変わっていた。

 

「芳佳さん、とっても素敵よ♪」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

自分に化粧を施してくれたメイクアップアーティスト――もとい、カールスラント空軍中佐よりお褒めの言葉を賜り、両の頬を軽く染めた芳佳は照れくさそうに応じる。

 

「私、普段はこういうことしないから助かりました」

 

「気にしないで。私も綺麗な芳佳さんが見れて嬉しいわ♪」

 

素直に謝意を述べる扶桑海軍ウィッチに、ミーナは微笑をもって応える。

ニコニコと慈愛に満ちた笑みを湛える彼女は、まるで我が子を大切に想い、成長を見守る母親のようだ。

 

「でも、ミーナさんはホントにお化粧が上手なんですね?」

 

「ウフフ♪乙女たる者。日頃から自分を美しく魅せる努力を怠らず、惜しまずよ?」

 

笑顔を崩さずに語るミーナであったが、彼女の瞳の最奥にはギラギラとした鋭い光が宿っていた。目が笑っていないとは、おそらくこういうことを指すのだろう。

芳佳はその天然さ故に気付かなかったが、他の501メンバーが――鋭いようで鈍感なところがある坂本は除く――今のミーナと顔を合わせれば本能的に危険を察知し、深くは追求しないでおこうと思ったことだろう。

 

「さて、ドレスアップも終えたことですし。おなたのお兄さんをここへ呼んでびっくりさせてあげましょうか?」

 

「お兄ちゃんに見せるんですか?」

 

「あら?せっかく綺麗にお御粧までしたのに、優人に見てもらわなくていいの?」

 

「あ…………」

 

大好きな兄の名前がミーナの口から出た途端、芳佳は顔がカァ~っと熱くなるのを感じ、俯き加減に視線を逸らす。

どのみちパーティー当日には今の姿で兄と顔を合わせなければならない。だが、いざ見られるとなると急に気恥ずかしくなり、扶桑海軍ウィッチの顔は熟れたトマトのように紅潮していった。

粧し込んだ自分を見て兄がどんな反応をするのかも気になる。自分は隊の――ハルトマン以外の――年長組のようにスタイルは良くない。果たして、このドレスに釣り合う女だろうか。兄はミーナのように「綺麗だ」と褒めてくれるだろうか。御披露目を前にして少し心配になった。

 

「お兄ちゃん、どう思うかな?」

 

鏡の中の自分と見つめ合い、期待半分不安半分といった心境を吐露する。

芳佳は独り言のつもりだったが、ミーナは自分への質問と受け取ったらしい。小さな肩に自らの手をそっと置くと、玲瓏な声で応える。

 

「きっと褒めてくれるわよ。こんなに可愛い女の子を前にして、心動かない男の人なんていないもの」

 

さらにミーナは芳佳の真横に移動し、顔を覗き込むように屈んだ。

 

「あなたは自分が思っているよりずっと素敵な女性なんだから、もっと自分に自信を持って♪」

 

「ミーナ隊長、はい!」

 

自分に優しく微笑み掛けてくれる部隊長を、芳佳は見返した。女優やモデルと言っても充分通用するほど目麗しい美貌。気品と優美の溢れた物腰。大人びた言動・雰囲気、色気。

芳佳にとって、ミーナは理想の大人の女性像だった。そんな彼女から御墨付きを頂き、少しではあるが自信が芽生えた。

 

「フフ、よろしい♪それじゃあ、優人を呼んでくるからここで待っていて……」

 

ミーナは膝を伸ばして立ち上がると、踵を返してドアへと向かった。

 

「は、はい!」

 

やや上擦った声音で芳佳が返事をするのと、ミーナが部屋を出たのはほぼ同じタイミングだった。

持ち主の個性――女性らしさがよく出ている部屋に1人残された芳佳は、もう一度鏡に向き直る。おどけなさの残る顔にはまだ熱が僅かに残っており、先月15歳になったばかりである少女の初々しさを図らずも演出している。

 

「うぅ……なんか緊張するよぉ……」

 

ドレスにシワは出来ていないだろうか。髪は乱れていないだろうか。一度気になるとキリが無い。顔を鏡に近づけたり、後姿を見てみたり、芳佳は忙しなく確認を続ける。

脳裏には緊張の原因と言っても差し支えない兄――優人の姿が浮かび上がっていたが、それはすぐに別の存在に変わり、芳佳はふと動きを止めた。

 

(ウェンディちゃん……)

 

ウェンディ・ベイカー。昨日知り合ったブリタニア系ガリア人少女の名を、芳佳は無意識のうち呟いていた

ガリア脱出の直前にブラウシュテルマーから発生した障気に身体を蝕まれ、死の淵に立たされている幸薄き少女。

ネウロイの侵攻で兄を除く家族・親族を亡くし、一度は母国を失い、財産の殆んどを捨て去るを得えない苦しい状況でなんかブリタニアに渡ったものの、彼女は兄のヘンリー共々貧しい暮らしを余儀なくされている。

芳佳はもちろん、他のメンバーもウィッチ故に厚待遇を受けていた。最前線に配属されながらも裕福で快適な日々を過ごしていた。

同じく横須賀の実家にいた頃も代々診療所を経営している母や祖母、奉公に出ていた兄と父が稼いでくれたおかげで生活に困るようなことは一切無かった。

美味しい御飯を三食お腹いっぱい食べて、熱いお湯の張れた浴槽で綺麗にし、清潔で暖かい布団に入って身体を休める。

それが当たり前だと芳佳は思っていた。いや、当たりのことには違いない。少なくとも、芳佳やはとこで親友の山川美千子、同じ横須賀第四女子中学校の生徒にとっては揺るぎようのない常識であった。

だが、その常識もベイカー兄妹との邂逅によって、あっさりと打ち砕かれてしまった。

2人の――ブリタニアに避難してきた難民達の貧しい惨状を目にして以降、芳佳は自分が如何に恵まれた生活を送っていたか、嫌と言うほど理解した。また、それと同時に今まで通りの生活を続けることに強い罪悪感を覚えた。

そのせいで食欲はあるのに食べる気にはなれず、朝食や夕食は半分も喉を通らなかった。兄は当然として、ウィッチーズ面々からも大いに心配された。

初めこそは無邪気に喜んだパーティーの招待についても、ウェンディに対する負い目から辞退とも考えた。

しかし、この度はブリタニア首相から直々に招待を受けている。如何に芳佳が世間知らずといえど、パーティーへの参加を私情で断ってしまえば、あちこちに迷惑が掛かることくらいはなんとなく理解している。

独断専行が元で兄が負傷させ、さらに基地を脱走した結果、一度はストライクウィッチーズを解散させてしまった身としては、これ以上誰かに迷惑を掛けたくない。そう思った彼女は、煩悶としつつも招待を受けることにしたのだった。

傍目にはいつも通り能天気でお気楽そうに見える宮藤芳佳だが、内心では彼女なりに葛藤しているのだ。

 

「芳佳!お兄ちゃんだけど、入ってもいいか?」

 

「――っ!?」

 

突然のノックの音と共に兄の声が、ドア越しに聞こえて耳朶を叩く。

芳佳はハッとなって現実に還り、反射的にクルッと身体を回してドアへと向き直る。

 

「は、はいっ!どうぞっ!」

 

芳佳は両手を後ろに引っ込め、ドアの向こう側に立っているであろう兄に応じる。焦りと緊張のせいか、声が裏返ってしまっていた。

ガチャリと音を立ててドアが開かれ、見慣れた扶桑海軍第二種軍装姿の優人が入室した。

 

「お兄さん。ど、どうかな?」

 

兄と目が合うなり、芳佳は恥ずかしそうな声音で感想を求める。

一体どんな反応されるのか。心臓がドキドキと早鐘を打つのを感じつつ、妹は返答を待った。

 

「………………」

 

しかし、肝心の優人は口を開かないばかりか。ドレス姿の芳佳を凝視したまま微動だにしなかった。表情も固まったまま全く変化しない。

頭上でクエスチョンマークを踊らせた芳佳が、銅像の如く動かない兄を見つめ返していると、不意に優人が妹に向かって歩き始めた。

 

「ふぇっ?」

 

何も言わずに自分の方へと歩いてくる優人に対し、芳佳は思わず気の抜けた声を漏らす。

表情を変えずにこちらに向かってくるので、何か兄の気に触ることでもしてしまったのかと思い、芳佳は焦る。

間も無く、優人は芳佳の目の前に辿り着いた。自分より20センチ程身長の高い兄に見下ろされ、妹はゴクリと息を呑む。

 

「お、お兄ちゃん。どうし……きゃっ!?」

 

意を決して問い掛けようとする芳佳の声が短い悲鳴に変わる。優人が妹を思い切り抱き締めたのだ。

あまりのことにすぐには理解が追いつかなかったが、抱き締められている事実に気付くと、芳佳は三度顔が熱く火照っていくのを感じた。

 

「…………お兄ちゃん?」

 

何故急に抱き締められたのか。訳が分からないまま1分近い時間が経ち、芳佳はやっとの思いで兄に声を掛ける。

 

「どうしたの?」

 

(……やっちまった。俺はこれからどうすればいいんだ!?)

 

優人本人はというと、彼は彼で焦っていた。妹を抱き締める兄の額から玉のような冷や汗が流れ落ちる。

自他共に認めるシスコン兄貴にとって、化粧を施されたドレス姿の妹は天使――いや、女神と呼んでも差し支えない美しさと神々しさを兼ね備えて見えた。

そんな芳佳を双眸で捉えた瞬間、彼女に対する愛おしさが普段とは比べものにならないほど強くなり、心が命ずるままに抱き締めてしまっていた。

戸惑い気味に訊ねる芳佳の声は聞こえていたものの、馬鹿正直に本当のことなど言えない。

 

「お兄ちゃん?」

 

ふと芳佳が顔を上げた。互いの視線が交わり、兄妹は身体を密着させた状態で見つめ合う。

 

「――っ!?」

 

化粧の施された妹の顔を超至近距離で見た優人は、息が止まるほどの衝撃を受けた。

上目遣いで自分を見つめる最愛の妹。口紅で染められたコケティッシュな深紅の唇。綺麗に梳かれた母親譲りの茶髪。香水や他の化粧のものとブレンドされた女性特有の甘い香りが優人の鼻腔を刺激し、頭をクラクラさせる。

 

(あぁ~……もう、ダメ……)

 

――バタンッ!

 

「お兄ちゃん!?」

 

妹の美しさにやられ、世界的エースの1人である扶桑海軍大尉は失神した。

彼と同じく世界的エースに名を連ねるカールスラント空軍中佐が、ドアに背を預けて立っていた。満足に妹を褒めることすら出来なかった戦友を見据えた彼女は、呆れ果てたと言わんばかりに深い溜め息を漏らしていた。

扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊を原隊とする航空ウィザード――宮藤優人。ミーナは彼にお幅な信頼を寄せているが、妹が絡んだ時に限っては不安を禁じ得ない。

とは言ってもシスコンに効く薬は存在しないので、パーティー当日に優人が馬脚を露さないのを切実に願うばかりだった。

 

(優人といい、トゥルーデといい。シスコンは死んでも治らないみたいね……)

 

内心で少々ウンザリしたように呟き、ミーナはもう一度だけ溜め息を漏らした。




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