迷う……
1944年9月某夜、グレート・ブリテン島――
煌々と輝く無数の星で埋めつくされた夜空の下。ブリタニア軍が所有する装甲車輌2輌が、1台の護送車の前後から挟む形で車列を組み、閑散とした田舎道を走行していた。
さらに陸戦ストライカーユニット『マチルダII』を装備した陸戦ウィッチが2名。車列の左右を押さえつつ護送車と並走している他。
航空ストライカーユニット『スピットファイアMk.II』を纏った2名の航空ウィッチがロッテを組んで車列の直上を飛行し、空から周囲の警戒に当たっている。
護送車の警護ならば、装甲車輌と乗車している武装兵で十分事足りる。にも関わらず、わざわざ数の少ないウィッチを4名も警護に回しているのは、護送中の要人が良くも悪くも重要な人物だからだ。
「移送の警護に空陸のウィッチが4人か……」
ブリタニア空軍の制服を着た体格の良い壮年の男性――トレヴァー・マロニーは、警護部隊の仰々しい様を車窓越しに見て、呆れたように呟いた。
かつてのブリタニア空軍戦闘機軍団司令官兼ウィッチ隊総監――つまりは、空軍の実質的な最高指導者としてブリタニア防空全般を統括していた彼は、この2週間足らずで随分と白髪が増えた。
「私の身柄にここまでするほどの価値はないと、分かりそうなものだが……」
車内に視線を戻したマロニーは、向かいの席に座る警護責任者の将校をギロリと睨み付けた。
護送車には彼らの他に武装した兵士が2名。運転席と助手席に座っている2人を合わせて4名ほど乗車している。
「そう謙遜することもないでしょう」
マロニーの鋭い視線を何処吹く風と受け流し、薄く笑みを浮かべた将校は自身の意見を述べる。
「501によってガリアが解放されたあの日、何が起きていたのか。あなた以上に詳しく証言できる人はいない」
反ウィッチ派の急先鋒であり、連合軍全体の戦況よりもブリタニアの国益を優先する男として知られていたマロニーは、秘密裏に入手したネウロイの技術を独占・利用し、並のウィッチを遥かに上回る新兵器『ウォーロック』の開発に成功していた。
従来兵器を上回る戦力であるウォーロックを切り札に、連合軍内で反攻作戦のイニシアチブを握ること。戦後の軍事バランスでブリタニアが優位に立つこと。欧州の盟主として君臨するであろう祖国の中心に自らが立つという壮大な野望を抱いていた。
が、戦闘機軍団司令官就任時より対立関係にあった第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』司令――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐や同じく政敵であった扶桑皇国海軍遣欧州艦隊司令長官――赤坂伊知郎中将によって、501の活動妨害をはじめとする数々の不祥事が白日の下に晒された。
さらに虎の子のウォーロックは、マロニー自ら指揮を執ったガリア攻略作戦時に暴走状態に陥り、制御不能になったところを501によって撃破され、当初の計画も頓挫してしまう。
結果、連合軍総司令部内の派閥争いに敗北したマロニーは、一連の騒動の責任を取らされる形で更迭され、階級も大将から中将に降格。連合軍及びブリタニア軍の上層部から追放された。
皮肉なことに。マロニーの行動をきっかけとして、ストライクウィッチーズは目標であったガリアの解放を成し遂げている。
「目的地に着き次第、あなたには非公式の取り調べを受けて頂きます。私の上官は、あなたが石威紫郎氏を抱き込んでまで開発したウォーロックに興味があるので……」
将校に告げられ、マロニーに忌々しいといった風にフンと鼻を鳴らす。
ブリタニア空軍において、国の首相に対して物申せる立場なのあった彼も、今では情報源や政治の道具として他者に利用される身となっている。
マロニーが屈辱に奥歯を噛み締めるのと、護送車の前方を走る装甲車が火柱を上げて吹き飛んだのはほぼ同じタイミングだった。
「っ!?なんだ!?」
護送車の運転手が急ブレーキを掛け、反射的に立ち上がった将校が進行方向へ目を向ける。その直後、一発のロケット弾が護送車の右手側の地面に着弾、爆発した。
爆風に煽られた護送車は力から跳ね上がり、車体を横転させる。車内ではマロニーや将校、兵士達が座席から放り出され、壁や天井に身体を強く打った。
「何事だ!?」
苦悶に表情を歪めながらも将校は無線を手に取り、護衛のウィッチに状況報告を求める。すぐに陸戦ウィッチの叫び声が発砲音を伴って返ってきた。
『襲撃です!敵は――』
陸戦ウィッチからの通信はそこで途切れた。続いて後方でも爆発が起き、装甲車に乗車していた兵士の悲鳴が将校の鼓膜に突き刺さる。
車列を襲撃したのは正体不明の武装集団――カールスラントの主力ストライカーユニット『Bf109』のG-2型とG-6型を装備した航空ウィッチの一団だった。
人数は6名。所持している火器もすべてカールスラント製だ。MG42にMG151/15及び151/20、フリーガーハマーを装備している者もいる。
まずMG42を装備した2人組が、奇襲戦法で車列の上を守る航空ウィッチ2名を銃撃。真上からの機銃掃射を背中に喰らったウィッチ達は瞬く間に血塗れの蜂の巣となり、ストライカーを履いたまま頭から地表へ向かって落下していった。
すかさずフリーガーハマーを装備したウィッチが魔法力の充填されたロケット弾を数発撃ち込み、装甲車の破壊と護衛車の足止めを行った。
空からの援護を失った装甲歩兵及び装甲車乗員の兵士達は機関銃と機関砲による掃射を受け、血飛沫と肉片を撒き散らして瞬く間に絶命した。
護衛車も将校やマロニーが中から這い出してきた直後にロケット弾を叩き込まれ、爆発炎上する。襲撃者たる6名のウィッチは、着弾の衝撃と熱風によって吹き飛ばされた2人を囲むように降りてきた。
「くっ!貴様ら!」
将校はホルスターから拳銃を抜き、なんとか抵抗を試みる。しかし、トリガーを引く前に鉛弾が彼の眉間に撃ち込まれた。
あらゆる生命活動を停止して力無く倒れた将校を余所に、彼を射殺した敵のリーダー格らしい――おそらくは戦闘隊長――ウィッチが、ストライカーを脱いでマロニーの元へ歩み寄った。
彼女はウィッチの例に漏れず、目麗しい容姿の少女だった。軍の勤務服らしき黒色の制服と白色のシャツに身を包み、帝政カールスラントの国章が描かれた腕章を付けている。
出で立ちから、カールスラント軍人ないし軍に属するウィッチであろうと推測出来るが、制服、軍用ブーツ等のデザインは陸海空軍のいずれのものとも異なっていた。
「元ブリタニア空軍戦闘機軍団司令官、トレヴァー・マロニーは貴様か?」
金メッキと彫刻の施されたPPKを突き付けながら、リーダー格のウィッチが睥睨するようにマロニーを見下ろす。
「な、何だ貴様らは!?カールスラント軍のウィッチか!?」
地面に尻餅を着いたまま、マロニーはウィッチを睨み返す。
「いいや」
頭を振ると、リーダー格のウィッチはマロニーの眉間に銃口を押し付けた。
冷たく硬い金属の感触を受け、マロニーは嫌な冷や汗を流す。
「何の真似だ!?私を誰だと思――」
「分不相応な野望を抱いて、結果失脚した無能だろう?」
リーダー格のウィッチが侮蔑の滲んだ声音で答えると、他のウィッチ達がせせら笑いを漏らした。
自分をあからさまに見下し、蔑む正体不明のウィッチ達。銃を押し付けられながらも、マロニーの胸中には不安や恐怖ではなく、小娘に扱き下ろされた屈辱と怒りが渦巻いていた。
「私をどうするつもりだ?」
彼女らが自分をどうする気でいるかなど、わざわざ訊くまでもない。
だが、マロニーは仮にも空軍の戦闘機軍団司令官にまで登り詰めた男だ。腐っても根性無しではない。命乞いをするつもりはなかった。
「私の上官が、貴様に大層ご立腹なんだ」
「上官?」
「貴様がどさくさに紛れて殺そうとした扶桑海軍の士官は、上官殿に取って大事なお人なんだよ。貴様がネウロイの力を使って何をしようが勝手だが、あの人に手を出すのはダメだ」
ウィッチの話に耳を傾けながらも、マロニーは混乱していた。何故限られた人間しか知らないような自身の所業を、この少女は知っているのか。
そもそもブリタニア空軍が厳重防空体制を敷いているグレート・ブリテン島で、このような大胆な襲撃を行うなど、狂気の沙汰としか思えない。
本当に何者なのか。彼女らが着用している軍服に見覚えがあったマロニーは、己の記憶を辿って必死に思い出そうとする。
「貴様らは……なん、だ?……」
「そうだな、冥土の土産に教えておこうか」
絞り出すような声で問い質すマロニーに対し、今まで無表情だったウィッチは、不敵な笑みを浮かべながら応える。
「私はグレーテル・ホフマン大尉、上官の名は悠貴・フォン・アインツベルン大佐だ」
「――っ!?貴様!カールスラント皇室親衛た――」
――ズガァン!
断末魔とも言えるマロニーの叫び声は、銃声によって掻き消された。
始末を終えたグレーテル・ホフマン大尉はホルスターに黄金のPPKを収めると、部下達に撤収を命じる。
「用は済んだ、帰投する!」
『はっ!』
グレーテルの指揮下にあるウィッチ達は、すぐさま挙手敬礼の姿勢で応じる。黒衣を身に纏った魔女達は一足早く上昇した戦闘隊長に続いて一斉に空へと上がり、そのまま夜空の暗中へ消えていった。
帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』。連合軍総司令部直属部隊である統合戦闘航空団と同様に航空ウィッチ部隊を中核とする完全独立型の航空団。
部隊名とは裏腹に、カールスラント皇帝――フリードリヒ4世に対する忠誠心は持ち合わせていない。
また、統合戦闘航空団に属するウィッチ・ウィザードが民衆の期待と使命感を背負ってネウロイと戦っているのに対して、インペリアルウィッチーズは胸に抱いている憎悪を原動力としていた。
そして、その言い知れぬ怒りの矛先は、今や人類共通の敵であるネウロイだけではなく、全人類及び世界そのものに向けられている。
◇ ◇ ◇
翌日早朝、第501統合戦闘航空団基地――
ウィッチーズ宿舎の食堂に隣接する厨房から、トントンと小気味良い音が響き渡っていた。扶桑で造られた包丁が木製のまな板を叩く音だ。
扶桑皇国の一般家庭では馴染み深い音色が遠く離れたブリタニアの軍事基地においても聞くことが出来るのは、当基地に家庭的なウィザードとウィッチの兄妹が滞在しているからだ。
軍務で欧州に駐留。もしくは長い時間をかけて扶桑本国と欧州を何度も往復している扶桑皇国海軍遣欧艦隊の将兵達が耳にすれば、懐かしさと故郷恋しさで感極まることだろう。軍隊生活はそれほどまでに厳しく、過酷なのだ。
501部隊本日の朝食当番は扶桑皇国海軍大尉――宮藤優人。当番故いつもより早めに起床し、厨房へ来ていた優人は、自分を含めた501メンバー12名と客人扱いで基地に滞在している父親、計13人分の朝食を作っている。
海軍士官の立場にある男が台所に立って炊事をするなど、“男性は台所に入らない”とされている扶桑皇国では考えられないことだ。
航空歩兵に志願して日が浅かった新兵時代。空いた時間利用して炊事番の手伝いをする優人を、同期入隊の若本徹子が「扶桑男児のクセに」「軟弱野郎」と、よく小馬鹿していたものだ。
心身共に未熟であった新人――今も大人にはなりきれていない――お互いが相手に抱いた印象は決して良くはなかったが、肩を並べてネウロイと戦ううちに確かな信頼を築いていった。
(さて、どうしたものか……)
味噌汁に入れる長ネギを慣れた手つきで切りながら、若き扶桑海軍大尉は物思いに耽っていた。
切れ味が素晴らしい包丁を扱いながらの考え事など危険極まりないのだが、怪我する気配をまったく感じないのは動作が身体に染み付いているからだろう。
今、彼の頭を占領しているのは最愛の妹から聞いた話に出てきた女の子――ブリタニア系ガリア人のウェンディ・ベイカーの存在だった。
ネウロイの障気に侵されて発症する死病――『障気病』を患ったその少女は、彼女の兄によればあと一月ほどの命だという。
なんとかしてウェンディを助けたい。彼女と親しくなった心優しい妹からの切実な願いだ。出来ることなら叶えてやりたい。しかし、優人は凄腕医者でもなければ優秀な医学系の研究者でも、ましてや全知全能の神でもなかった。
統合戦闘航空団に名を連ねる世界的なエースも、治療法の確立されていない病が相手ではどうすることも出来ない。
ブリタニアの人々をネウロイから守り抜き、ガリアを奪還した英雄と呼ばれながら、たった1人の女の子を救えない。自分の無力さと世の不条理さをこれほど恨んだことはなかった。
父親の友人である扶桑皇国海軍中将――赤坂伊知郎に交渉して、『障気病』の薬を融通して貰うことも考えたが、すぐに「無理だ」と頭を振った。
あちこちにコネを持つ赤坂なら薬を手に入れることなど容易だろう。しかし、彼は優人等宮藤一家のようなお人好しではなかった。
一難民に過ぎないウェンディ・ベイカーを助けたとて、自分はもちろん祖国や所属組織である扶桑海軍は何の見返りも得られない。上層部の人間らしく腹に一物抱えた扶桑海軍中将。彼が慈善行為に賛同・協力するなど、とても考えられなかった。
そもそもこれは善行なのか。投薬等の治療では、せいぜい症状を緩和させるのが精一杯。悪戯に寿命を伸ばしたところで無為に苦痛を長引かせるだけだ。その場合限りの施しと、誰かを救うことは違う。
『その力を、多くの人を守るために』。父親の――宮藤一郎の教えであり、彼ら兄妹の座右の銘でもある。それを胸に抱いてる扶桑の兄妹に、自己満足の偽善行為は決して許されない。
「はぁ~……」
盛大な溜め息が優人の口から漏れる。難題に頭を抱えつつも、彼は時間までに朝食を作り終えた。
今朝の献立は白飯、ネギと豆腐の味噌汁、鮭の焼き魚、ほうれん草のお浸し、卵焼きと、扶桑におけるオーソドックスな朝食メニューと言えるだろう。
そろそろウィッチ達が集まる時刻だ。優人は人数分のトレイに分け、カウンターに並べ始める。
「随分と……大きな溜め息ですわね」
ふと食堂の入口の方から高く澄んだ声が響き、黙々と準備を進める優人の耳朶にそっと触れる。
声の主が誰なのかは、すぐに理解できた。ストライクウィッチーズのメンバーで、優人のことを“お兄様”と呼ぶのは1人だけだからだ。
声のした方へ目をやると、絹のような美しい金髪と同色の瞳、自己調達の青い制服がトレードマークの自由ガリア空軍ウィッチ――ペリーヌ・クロステルマン中尉が、凛と背筋を伸ばしてカウンターの向こう側に立っているのが見えた。
「ペリーヌか、おはよう。今朝は早いな」
「おはようございます、お兄様」
両手を身体の前で組んだペリーヌは、僅かに目を伏せて恭しく会釈する。
侯爵家の令嬢である彼女には、所作一つ一つから育ちの良さが窺える。高貴な血を受け継ぐ者だけに与えられた気高さと気品が、彼女には備わっている。
「今朝は扶桑料理ですのね?」
カウンターに用意された美味しそうな料理を見据えながらペリーヌが訊ねる。
芳佳が501に入隊して以来、基地の食卓に並ぶことの多くなった扶桑料理。宮藤兄妹の料理の腕前もあってウィッチーズからは好評だった。ペリーヌから腐った豆と扱き下ろされた納豆以外は……だが。
炊きたての御飯、味噌汁、焼き魚の芳ばしい匂いを味わい、満足気に頷いたペリーヌは自分のトレイを持って席へと移動する。
「そう言えば、ペリーヌはパ・ド・カレーの生まれだったな?」
テーブルへ向かうガリアウィッチの後ろ姿見据え、優人は思い出したように質問を投げた。
ペリーヌの家――クロステルマン家の前当主。つまり、彼女の父親は国からパ・ド・カレーの地を預かる領主の立場にあった。そしてペリーヌは、パ・ド・カレーで生まれ育った領主殿の子女である。
ネウロイのガリア侵攻で両親が亡くなっている以上。故郷に戻ると同時にペリーヌは家督と領主の地位を継ぐことになる。
「ええ、そうですわ!突然、何ですの?」
トレイをテーブルに置いたペリーヌは、怪訝そうな表情で訊き返した。
「いや、ベイカーって名前の兄妹を知らないかなって……」
「ベイカー……」
「ああ、ヘンリー・ベイカーとウェンディ・ベイカー。ダイナモ作戦よりも後にブリタニアに避難してきたらしくて、お前と同じパ・ド・カレーの出身なんだよ」
同じパ・ド・カレーの出身だからと言って、ペリーヌとベイカー兄妹が知り合いとは限らない。だが、訊いておいて無駄はない。
近いうちに来る501解散の日。高貴なる義務――“ノブレス・オブリージュ”を重んじるペリーヌの人柄からして、ガリアに戻り次第直ちにクロステルマン家を継ぎ、家の当主として領地のパ・ド・カレーや国そのものの復興に尽力するはず。貧困と死病に苦しんでいるベイカー兄妹を任せられるかもしれない。
難題を押し付けるような後ろめたさを感じつつも、自分にはない人脈や教養のある彼女ならば、2人を救う最善の方法を見つけ出せるかもしれない。と、優人は考えていた。
「……え、ええ。存じていますわ」
ヘンリーとウェンディのことを知っているというペリーヌ。
ならば話が早いと、優人は心中でガッツポーズする。しかし、上官の質問に答えたペリーヌの口調は何処か歯切れ悪く、表情にも影が射していた。
「お兄様。2人のことをどこで?」
「芳佳から聞いたんだよ」
「芳佳さんから?」
「ほら、あいつ一昨日街に出掛けただろ?その時に知り合ったらしいんだ」
「えっ!?」
ベイカー兄妹の存在を知った経緯を聞かされたペリーヌは、何故か目を大きく見開いて短く声を上げる。彼女の瞳と声音には驚愕の色が滲んでいた。
「どうした?」
「一昨日……そんなはずありませんわ……」
「?……どういうことだ?」
重ねて問われたペリーヌはすぐには答えず、気まずそうに優人から目を逸らした。四方八方へチラチラと視線を動かす彼女は話すことを躊躇っているようにも見える。
優人もまた急かすようなことはせず、ペリーヌの心の準備が終わるのを無言で待った。
暫しの沈黙の後、意を決したペリーヌがおもむろに口を開いた。
「ヘンリー・ベイカーさん、そして妹のウェンディ・ベイカーさんは――」
◇ ◇ ◇
同時刻、同基地医務室――
501のウィッチ・ウィザードのみならず他の基地要員の健康診断や負傷した際等に医療行為が行われる基地の医務室。同じく基地内に設けられた手術室と同様に最新の医療設備が導入されている。
治癒魔法を有した扶桑海軍ウィッチの501入隊以来、使われる機会が以前よりも減ったこの部屋で、3人の人影が確認出来た。
1人は、今や世界的エース達と並び称される扶桑皇国海軍期待の新星――宮藤芳佳軍曹。
丸い椅子に尻を乗せた彼女と向かい合うようにして別の椅子に座っているのは、イアン・ロフティングという白衣姿の男性。
彼は501基地の近隣に住む医師で、当基地と契約して定期的な健康診断と医療行為を行っている。ダラム大学で博士号を取り、常に最新の医療技術の導入を求めており、医師としての腕は確か。
そして、彼の傍らに控えているもう1人は、ウィステリア・ピース。ロフティング医師の元で働く看護士の女性だ。
オレンジの掛かった金髪に同色の瞳。シミの一つ無い色白の肌。スタイルもモデル並に良く、ウィステリアはウィッチーズにも劣らぬ美女。仕事着である清楚な薄いピンク色のナース服に看護帽と、同じく清純さを演出する白色のニーソックスは美女ナースを魅力を際立たせている。
ロフティングの診療所を訪れる患者や501の基地要員には、ウィステリア目当て診察を受けようとする男共も少なくない。
「今日は朝早くから来て頂いて、そしてお兄ちゃんを助けて頂いて、本当にありがとうございます!」
謝意を述べながら、芳佳は2人に向かって深々とお辞儀をする。
芳佳にとってロフティングとウィステリアは、重症を負った兄を救ってくれた大恩人。彼女の治癒魔法が如何に強力といえど、優秀な医療従事者である2人の治療がなければ優人は助からなかっただろう。
「いえ、そんな……医療従事者として当然のことをしただけです。それにお兄さん、宮藤大尉はあなたとあなたの治癒魔法のおかげで助かったんですから」
ロフティングはあくまで芳佳のおかげだと謙遜し、整った顔立ちに若々しい笑みを浮かべる。ウィステリアもまた、目を細めて同意の微笑を浮かべていた。
「そ、そうですか?」
芳佳は後部を掻きながら、2人につられて照れくさそうに笑う。
(そう……彼女の治癒魔法が働いたから、大尉は助かったんだ……)
扶桑海軍ウィッチと、彼女が持つ治癒魔法の力を認め、称賛する一方、ロフティングには一つ腑に落ちないことがあった。
最初にそれを知覚したのは手術時のことだった。弾倉の誘爆によって優人の胸に突き刺さった無数の破片。その摘出手術と輸血を行った際に、ロフティングは奇妙なものを目にした。
破片の摘出中に優人の身体が、微かにだが“自力で再生している”ように見えたのだ。
(かなり重症患者を相手にしていたからな。きっと緊張や疲れで変な見間違いをしただけだ……)
ロフティングは自分の中でそう結論付けると、芳佳に用件を訊ねた。
「それで、私に何か御用ですか?」
芳佳はロフティングとウィステリアに相談したいことがあった。
普段は診療所の仕事で忙しい2人だが、朝早くならとわざわざ時間を作って会いに来てくれていた。
「あ、はい。先生に助けて診て頂きたい女の子がいて……」
「501にいるウィッチの方ですか?」
「いえ。ガリアから避難してきた女の子で、先生の診療所の近くに住んでます。ネウロイの障気が身体から抜けない病気みたいなんです」
「なるほど、障気病の罹患者ですか……」
ロフティングは納得したように頷く。つまり、芳佳は死病を患った難民の少女――ウェンディ・ベイカーの診察・治療を依頼しているのだ。
治療法のない死病を患い、末期状態で余命幾ばくもないブリタニア系ガリア人の少女。芳佳はなんとしてもウェンディを助けたかった。
障気病は治療が確立されておらず、治癒魔法も効かない。それでも芳佳は諦めたくなかった。もしかしたら、ウェンディの治療によってロフティングが治療法を見つけてくれるかもしれない。
少なくとも、ロフティングの診療所なら最新の医療技術の導入された治療が受けられるはずだ。
「女の子の名前は?」
「ウェンディちゃんです。ウェンディ・ベイカー、お兄さんのヘンリーさんはブリタニア系のガリア人だって言ってました」
「…………えっ?」
芳佳の口からウェンディやヘンリーの名前を訊いた途端、ロフティングの顔が彫像のように固まる。
隣に立っているウィステリアも似たような表情をして、時間が止まったかのように微動たにしない。
2人から予想外の反応をされた芳佳は、不思議そうに小首を傾げる。
「ヘンリー君と……ウェンディちゃん……ですか?」
「先生、2人のことを知ってるんですか?」
芳佳が重ねて問い掛けるも、ロフティングとウィステリアは信じられないと言った顔を見合わせるだけだった。
しばらくして、ロフティングは白衣のポケットから一枚の写真を取り出すと、それを芳佳に差し出した。
写真には一昨日知り合ったばかりのベイカー兄妹が映っていた。緊張しているのか、表情の強張ったヘンリーと、兄に抱き着いて無邪気に笑うウェンディ。
「あなたの言うベイカー兄妹は、その2人で間違いありませんか?」
「えっ?……あっ、はい!」
「……そうですか…………」
自分の知っている2人に間違いない。確認を済ませたロフティングは伏し目がちになり、己の両手で顔全体を覆う。その様相からは哀しみが見て取れた。
僅かな時間で随分老け込んだように見えるロフティングに、両目を丸くした芳佳の視線が注がれる。
「宮藤さん……」
芳佳と上司のやり取りを黙って見ていたウィステリアが、不意に口を開いた。一時的に心の沈んだロフティングに代わって話を続けるつもりのようだ。
「はい?」
「その写真は2人の遺品です。ウェンディ・ベイカーさんと兄のヘンリー・ベイカーさんは、半年程前に亡くなっているんです」
「………………えっ?……」
芳佳が、ウィステリアから告げられたことを正しく理解するまで著しく時間を要した。
インペリアルウィッチーズ。我ながらひどいネーミングセンスだ……
感想、誤字脱字報告をお願い致します。