第1話「解散命令」
1944年9月某夜、欧州・北海――
帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』。その第3飛行隊長――アリョーナ・クリューコフ親衛隊大尉は、バルトランドでの粛清任務を終えて休む間も無く、新たな任務に着いていた。
「なんて速度だよ!ったく!」
新鋭ストライカーユニット『Bf109K-4型』を両脚に装備したアリョーナは、魔導エンジンの回転数を上げながら舌打ちした。
彼女は数名の親衛隊ウィッチを引き連れ、北海の比較的カールスラント領土に程近い洋上を飛行していた。
この海域では、かつて扶桑皇国がカールスラントに売却した赤城型航空母艦三番艦“グラーフ・ツェッペリン”――扶桑名“愛宕”――が、ブリタニア方面へ撤退中にネウロイに捕捉され、襲撃を受けている。
後に出現したネウロイの巣にエルベ川河口付近を押えられてしまい、北海からカールスラント北西地域やネーデルラントへの上陸が、長い間不可能となっている。
そんな危険極まりない海域を、アリョーナと彼女の部下達がわざわざ飛行しているのには、もちろん理由があった。
(ヤツはっ!?)
アリョーナは現在、『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐の命令で、“ある標的”を追撃していた。
一寸先が闇に覆われている北海洋上を、『Bf109T-1型』を駆る部下達と共に高速で飛行し、ターゲットに追い縋っていた。
視界が利かない夜闇の中、ナイトウィッチである部下の魔導針のみを頼りに彼女等はひたすら突き進む。
やがてアリョーナは、前方の虚空に赤い輝きを放ちながら高速で移動する飛行体を視認した。ハニカム模様の刻まれた漆黒の装甲に身を包む“それ”は、人類の敵対する異形の怪物“ネウロイ”であった。
「よし!追い付いた!」
ストライカーユニットの最高速度を維持して追跡するアリョーナ達を嘲笑うかのように、ネウロイはさらに加速する。たちまち第3飛行隊のウィッチ達と、ネウロイの距離は開いていった。
(舐めた真似してくれるじゃないの!)
心中でネウロイを罵倒しつつ、アリョーナは自動小銃“MP43”を射撃位置まで持ち上げ、トリガーを引いた。
数発に一発の割合で装填された魔法弾が、夜空に光軸を刻む。
無数の銃弾がネウロイ目掛けて殺到し、うち一発が敵機の装甲を掠める。アリョーナが手応えを感じたのも束の間、ネウロイは反転と同時に己が身を変形させ、親衛隊ウィッチーズと向き合った。
航空機を連想させる形態から、人型のロボットのようなフォルムへと変形したネウロイは、頭部のバイザーらしき部位を赤く輝かせてみせた。ギラリと光るそれは、まるでアリョーナ達を睨み付けているようだ。
「――っ!?」
ネウロイと正面から向き合ったアリョーナの背筋に悪寒が走った。
アリョーナは豊富な実戦経験と高い実力を併せ持つ優秀なウィッチだが、眼前の敵は彼女が今まで遭遇したネウロイと何処か違っていた。
今までのネウロイは、人間的な感情も動物的な本能も感じられない無機質な存在なのに対し、目の前の敵からは喜悦と凶暴性の入り混じった明確な意思が感じ取れた。
頭を振って恐怖心を払うと、アリョーナはインカムを使って部下のウィッチ達に指示を飛ばした。
「アシュリー!タリサ!ヤツを狙撃よ!当てていきなさい!」
アリョーナの呼び掛けに応えて、後衛を担当する親衛隊ウィッチ――アシュリーとタリサのロッテが、S-18対物ライフルによる狙撃を敢行する。
しかし、ネウロイは身を翻して、難なく回避してみせた。
『なっ!?あの図体でなんて身軽なの!』
インカム越しにアシュリーが驚愕の声を発した。飛行を再開したネウロイに、アリョーナはアシュリー、タリサ、自身の僚機であるマイヤと共に発砲、四方から火線を浴びせる。が、掠りもしない。
「ゾーイ!ステラ!」
上空に待機させていた残りの部下に呼び掛ける。ロケット兵器らしき装備を、肩に担いだ2人のウィッチが直上より姿を現す。
飛行隊長の指示に応じて曇の中から飛び出したゾーイ、ステラ。他の隊員と同様にT-1型を履き、ネウロイに迫っていった。
彼女等が携えているのは、ロケット弾を撃ち出す大型火器のようだが、航空歩兵用ロケット兵器の代名詞――フリーガーハマーとは形状が異なっている。
どちらかと言えば、リベリオンのM1バズーカやカールスラントのパンツァーシュレックに近い外見だ。
「ステラ!見えてるわよね?」
「もちろん!」
インカム越しにゾーイが呼び掛けると、すぐさまステラが応じる。2人の頭上では、各々リヒテンシュタイン式の魔導針が輝いている。彼女達はナイトウィッチらしい。
ロケット砲らしき武器を射撃位置に構えたナイトウィッチ2名は、魔導針で敵機を捕捉しつつ、呼吸を合わせて互いの距離を広げていく。左右からネウロイを挟み込むと、敵機に照準を合わせて順に発砲した。
砲口から飛び出たのはロケット弾ではなく、巨大な捕獲用のネットだった。魔導糸を組み込んだこのネットは、見た目よりもずっと強度がある。
闇の中に忽然と広がる魔法を帯びた網の目が、変型能力を有したネウロイの行く手を遮る。しかし、ネウロイは機体に急制動を掛けると、宙返りをしてネットが締まり切るよりも前に離脱していった。
「打つ手打つ手を、余裕で躱してくれちゃって!」
屈辱に駆られたアリョーナは、MP43のグリップを握り締める。
『隊長!このままヤツを追えば、巣の攻撃範囲に突っ込んでしまいます!』
ふとインカムからマイヤの叫び声が響く。ハッとなったアリョーナが視線を走らせると、確かにネウロイは自らの巣が存在するエルベ川河口へと引き返していた。
「なら、その前にヤツを捕獲して――」
『無理です!速すぎて!』
アリョーナの言葉を遮り、マイヤが弱気な返答を寄越す。しかし、彼女の言う通りだと、飛行隊長も理解していた。
「……各機、追撃を中止!我々第3飛行隊は、本捕獲作戦を終了する!」
インカムで命令を下しながら、アリョーナは遠ざかるネウロイの機影を見据えて歯噛みした。
航空団司令から与えられた任務を果たせなかったばかりか、ネウロイに終始翻弄されていた。
怒りと屈辱の感情を必死に抑え、親衛隊大尉は部下を連れて母艦へと帰投していった。
◇ ◇ ◇
翌日、グレートブリテン島南東部・第501統合戦闘航空団基地――
501の航空団司令を務めるカールスラント空軍ウィッチ――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐の召集を受け、ストライクウィッチーズの面々はブリーフィングに集合していた。
各々雑談を交わしながら、ミーナと副司令兼戦闘隊長の坂本美緒扶桑海軍少佐。そして、2人に次いで隊内における実質的ナンバー3の立ち位置にいる宮藤優人扶桑海軍大尉――正確には、バルクホルン大尉の方が専任――が到着するのを待っている。
「リーネちゃん。ミーナ隊長から皆に話があるって聞いたけど、何かなぁ?」
優人の妹で、扶桑皇国海軍軍曹の宮藤芳佳が、隣の席に座っているブリタニア空軍軍曹――“リーネ”ことリネット・ビショップに訊ねる。
今年の4月末。協同で高速中型飛行ネウロイを撃破したのをきっかけに、2人は唯一無二の親友となっている。
「うん、私も詳しいことは分からないけど。きっと大切なことだと思うよ」
「そっかぁ……一体何だろう?」
芳佳は不思議そうに首を傾げる。対してリーネは察しがついているのか、少しばかり表情が曇っている。
「ねぇ、トゥルーデはミーナか少佐から何か聞いてないの?」
「いや、私も呼び出しを受けただけで詳しいことは……」
少し離れた別の席では、カールスラント空軍のエーリカ・ハルトマン中尉とゲルトルート・バルクホルン大尉が、芳佳達と似たような会話をしている。
501のWエースと称され、隊内では比較的ミーナや坂本と近い立場にある彼女達も、召集された理由までは知らされていないようだ。
「ま、いいか。それで全員集められたんだろうし……」
ハルトマンはぐるりと首を回らせ、集合した仲間達の様子を窺った。
自由ガリア空軍のペリーヌ・クロステルマン中尉は、貴族令嬢らしく優雅な所作で自分の席に着き、スオムス空軍少尉のエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉は、机にタロットカードを並べて、趣味のタロット占いに勤しんでいる。
エイラの隣の席には、オラーシャ帝国陸軍のアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉――通称“サーニャ”が座っている。
夜間哨戒飛行を担当するナイトウィッチのサーニャは、他のメンバーとは睡眠のサイクルが異なり、昼間は夜間哨戒に備えて眠っていることが多い。
メンバー全員に集合が掛かるブリーフィングにしても、お気に入りの枕――オラーシャの国籍マークである尾を引く赤い星が描かれた黒色の枕――に顔を埋めて寝入っている姿がお馴染みだが、今日は眠たそうに目蓋を擦るつつも目は開いている。
「よーしかっ!」
「えっ?き、きゃあっ!?」
ふと誰かの元気の良い声と、芳佳の悲鳴がブリーフィングルーム内に響いた。2人分の声につられ、ハルトマンとバルクホルンは芳佳のいる方へ視線を走らせる。
「にひひ~♪芳佳は相変わらずだよなぁ~♪」
快活な声の主は、ロマーニャ空軍少尉のフランチェスカ・ルッキーニ少尉だ。
彼女は背後から両手を伸ばし、立派に育ったリーネの胸に比べて大分控え目な芳佳のそれを鷲掴みにしていた。
「ルッキーニちゃん!どこ触って……ひゃんっ!?」
「芳佳ってば、ホント可愛いんだから♪ほらほらぁ♪」
抗議の声を上げる芳佳を尻目に、ルッキーニは慎ましやかな胸をもみくちゃにする。
「もう!イタズラはやめてよぉ!」
「おい、ルッキーニ」
おっぱいマニア……もといルッキーニの餌食となった芳佳の姿を見かね、“シャーリー”ことリベリオン陸軍のシャーロット・エルウィン・イェーガー大尉が助け船を出す。
“グラマラス・シャーリー”の愛称で知られる彼女は、リーネを上回る抜群のプロポーションを誇る。歩く度にユサユサ揺れる胸はまるで西瓜のようだ。
「そろそろ止めないと、すぐにミーナ中佐がやってくるぞ?」
「うにゃっ!?」
シャーリーの口から出てきたミーナの名前に、恐怖心からルッキーニはたじろいだ。しかし、それは一過性のもので、イタズラ仔猫はすぐ元の調子に戻った。
「もう少しだけ……にゃはははっ!?」
「まったく、いつもいつも……」
尚も芳佳の慎ましやかな胸を揉み拉き続けるルッキーニ。そこへ呆れた様子のペリーヌがやって来る。
「あなた達がいるだけで、騒がしい状況には事欠きませんわね」
ガリア貴族の令嬢は、理解出来ないと言わんばかりに溜め息を吐いた。
「む~~~……」
ふとルッキーニは手の動きをピタリと止める。両の眉を顰め、芳佳の肩越しにペリーヌの胸元を注視し始めた。
「な、何ですの?私の胸に何か付いてまして?」
「…………ペタンこ……」
「――っ!?……あ、あなたって人は!」
ぼそりと呟かれたルッキーニの一言は、小さいながらもしっかりと相手の耳に届いたらしい。己の胸を侮辱されたペリーヌはムッと気色ばんだ。
「突然なんてことを言いますの!?失礼ですわね!」
「わーい♪ペリーヌのペタンこ胸~♪」
憤然と声を張り上げるペリーヌを風と流し、調子付いたルッキーニは続けざまに煽った。
「なっ!?わ、私だって……芳佳さんよりは……ありますわよ!」
「どんぐりの胸比べだ~♪にゃはは♪」
「あ、あなた!自分のことを棚に上げて!自分の胸に手を当てて、よく考えてみてはどうですの?ルッキーニさん!」
ペリーヌはヒステリックに喚き散らす。スルースキルが皆無な彼女は、いとも容易く歳下の挑発に乗ってしまっていた。
「ふっふ~ん♪アタシも大人になったら、シャーリーやリーネみたいにおっきくなるんだもん♪」
そう言うとルッキーニは両手を使い、殆んど真っ平な胸を強調するように持ち上げた。
「優人のことだって、メロメロにしちゃうんだから♪」
「わ、私だって!立派な淑女になればきっと……もっと大きくなりますわよ!」
ペリーヌもまた、己のお世辞にも大きいとは言えない胸を持ち上げて――やや自信無さげに――力説する。
これから胸の成長を高らかに宣言するなどと、“高貴なる義務”を掲げる貴族令嬢にあるまじき行いだが、煽られてムキなっている今の彼女は自身の失態に気付けずにいた。
「いやいや……ペリーヌは、もう無理なんじゃない?にひひ♪」
「い、言わせておけば!」
煽りに煽りを重ねるルッキーニに対し、ペリーヌは怒りと悔しさの感情を声に滲ませる。
そんなウィッチ2人のやり取りを、バルクホルンは冷ややかな目で見ていた。
「何をやっとるんだ。あいつらは……」
「まぁ、いいんじゃない?」
と、ハルトマンが気楽に応じる。バルクホルンはすかさず「言い訳あるか!」と能天気な相棒を諌めた。
「お前もあいつらにとっては上官なんだぞ!少しは模範になるよう心掛けんか!」
バルクホルンが、これまで何百何千と繰り返してきたお決まりの説教だが、ずぼらなハルトマンがだらけた態度を改めることは遂になかった。
或いは、世話焼きお姉さんタイプのバルクホルンの為にわざとそうしているのか。
「あ、あの……バルクホルンさん、ハルトマンさん……」
ふとサーニャが遠慮がちに声を掛けてきた。音楽の道を志していただけあって、彼女はプロの声楽家顔負けに美しく澄んだ声を持っている。
「ん、どうしたの?サーにゃん」
「サーニャから話掛けてくるなんて珍しいじゃないか?」
ハルトマンやバルクホルンも、少し意外そうな顔で応じる。
シフトの都合やサーニャ本人が大人しく、人見知りな性格をしていることもあって、彼女が自分から誰かに話し掛けることも、Wエースが彼女と会話する機会もあまりなかった。
「あの……ガリアのネウロイの巣は消滅したということですけど……」
「うん、それが?」
控え目に話すサーニャ。ハルトマンが合いの手を入れる。
「それでも、ガリアからオラーシャまで戻ることは……やっぱり難しいですよね……」
「だろうな」
サーニャの問いに、バルクホルンが静かに頷く。ガリアが解放されたとはいえ、途中のカールスラントや肝心のオラーシャ西部は、未だネウロイの支配下にある。
いくらサーニャが優秀なウィッチとはいえ、オラーシャへの帰還は困難を極める。
「そう、ですよね……」
消え入りそうな声でサーニャは応じる。サーニャがオラーシャに戻りたがっているのは、単に母国だからという理由ではない。ウラル山脈の向こう側――シベリア地域へと疎開したと思われる両親を探すためだ。
大戦初期の戦況悪化に伴い、所属していたウィッチ部隊ごと欧州に取り残されたサーニャは、本国の疎開に間に合わず大好きな両親と生き別れてしまった。
サーニャは、常に両親のことが気掛かりだった。ガリアの解放によって漸く長い休暇が取れそうだが、オラーシャへの帰国が不可能なら、せっかくできた時間を両親の捜索に使うことなど叶わない。
表情に影が射したナイトウィッチを励ます言葉も思い浮かばず、バルクホルンは胸がチクリと痛むのを感じた。
「いっそのこと。宮藤兄妹や少佐と一緒に扶桑へ行っちゃえば?あっちから回れば、なんとかなるかもよ?」
と、ハルトマンが提案する。彼女の言う通り、扶桑まで逝けばシベリア地域はもう目と鼻の先。扶桑海事変終結以降、大陸側の皇国領土にネウロイがすることもなく、安全且つ確実にシベリアへ向かえる。ハルトマンの提案は理にかなっていた。
「芳佳ちゃんや優人さんと、一緒……」
サーニャの表情がパァッと明るくなる。尤も、オラーシャへ行けることよりも宮藤兄妹と一緒にいられることの方が嬉しいようだが……。
「ダメだ!ダメだ!ダメだぁああああ!」
今まで静かにしていたエイラが、突然叫び声を上げて会話に割り込んできた。
「エイラ?……どうしたの?」
何やら慌てた様子のエイラに、サーニャは目を丸くする。
「そ、その……扶桑はスッゴく蒸し暑いって聞くゾ!ソンナトコ行ったら、身体壊すゾ!」
エイラは取って付けたように扶桑行き反対の理由を語り始める。
確かに扶桑本国特有の高温多湿な環境下では、様々な病気――特に熱中症になる危険性がある。
慣れているはずの扶桑人でさえこの気候に参ってしまうのだから、北欧出身のサーニャは一溜まりもないだろう。
「ソレにきっと、扶桑の飲み物は肝油しかナイゾ!」
と、今度は偏見極まりない発言するエイラ。彼女はどうあっても、サーニャを扶桑へは行かせたくないらしい。
「肝油は苦手……」
約1ヶ月前に飲んだ肝油の味を思い出したのか。サーニャの表情が僅かに引き攣る。
「ダロ!?ダロ!?」
「い、いや。いくらなんでも、そんなことはないだろう?」
扶桑の飲料文化に対する偏見が酷いエイラに対し、バルクホルンは呆れ目で突っ込みを入れる。
「あ……芳佳ちゃんから貰った扶桑のお茶、美味しかった……」
と、サーニャが思い出したように言う。西洋の紅茶とは違った趣がある扶桑の緑茶。ひと口含むと、気品ある豊かな甘みや心地好い渋み。そして爽やかな新緑の香りが、溢れるように口内で広がる。
「き、今日という今日は!あなたに淑女の礼儀というものをしっかりと教えて差し上げますわ!」
再びルッキーニに言い募るペリーヌの怒鳴り声が聞こえ、バルクホルン等4人の視線はそちらに集中する。
「え~、そんな堅苦しいのやだよ~♪にゃははははっ♪」
と、ルッキーニは相変わらずペリーヌをあしらい、おちょくり続ける。当分、決着はつきそうもない。
「ペリーヌさんとルッキーニちゃんって、ほんと仲が良いよねぇ。あはは!」
「そ、そうなのかなぁ……あは、ははは……」
芳佳は屈託のない笑顔で、リーネは苦笑気味に2人の様子を見守っている。
もしかすると、芳佳の言う通りペリーヌとルッキーニは“喧嘩するほど”な間柄なのかもしれない。多分……。
「あらあら、ずいぶんと楽しそうね?私にも、その淑女の礼儀とやらを教えてもらえるかしら?」
「あら!よろしいですわ!ガリア貴族としての礼儀作法を一から丁寧に……」
背後から聞こえた何者かの声。反射的に応じたペリーヌだが、相手が誰かなのかを理解すると途中で言葉を止める。
ゆっくりと首を回らせて振り返ったペリーヌは、部屋の入り口に並んで立つミーナと優人の姿を視線の先で捉えた。
「み、ミーナ中佐と……おにい……宮藤大尉!?」
「あわわ……やっば~い……」
ミーナ隊長の御到着で、ペリーヌは当然として、さしものルッキーニも一瞬で顔面蒼白となった。
騒がしかったブリーフィングルームに、お通夜並の静けさが訪れる。
「ペリーヌさん。こんな時は大人の淑女として、どういう風に立ち居振舞えば宜しいのかしら?」
「あ……い、いえ。それは……」
いつも通りの柔和な笑顔で、ミーナは意地の悪い質問をする。
さっきまでの威勢は何処へ行ったのか、ペリーヌはすっかりしおらしくなってしまっている。
「ふふっ♪2人共、早く席に着きなさい。ほら、他のみんなも」
「申し訳ありません……」
「うじゅ……ごめんなさ~い……」
ペリーヌとルッキーニの両名は、まるで担任の先生に叱られた小学生のように、トボトボと力の無い歩みで席へと戻っていった。
ミーナは彼女等が着席するのを見届けてからブリーフィングを始めるため壇上へ上がる。
優人もミーナの後に続き、彼女の斜め後ろの位置に控える。シスコン兄貴である彼は、壇上へ上がる直前に最愛の妹へ微笑み掛けるのも忘れない。芳佳もまた、大好きな兄に向かって無邪気な笑みを返した。
どういう理由か。2人と一緒に来ると思われた坂本の姿がない。ウィッチ達は不思議に思ったが、優人達の様子からして戦闘隊長に何かあったわけではなさそうなので、誰もその疑問を口に出さなかった。
「さて、みんな揃っているわね?」
ミーナは壇上から視線を走らせ、ウィッチーズ全員の集合を目で確認する。
隊長直々のお叱りを受けたペリーヌやルッキーニはもちろん、他のメンバーも自分の席に戻り、ミーナからの連絡を待っている。
「今日みんなに集まってもらったのは他でもありません。まずは、先日襲来してきたネウロイについて判明したことから……」
先日の襲撃してきたネウロイ。それは優人、バルクホルン、シャーリー、ルッキーニの4名が応戦した小型ネウロイの一団のことだ。
爆発的な速力と強力なビーム砲を備えた槍状の超小型ネウロイを突撃させるという特異な能力を有し、迎撃に出た4人を大いに手こずらせた。
「あのネウロイは、ガリアに残っていた敵残存勢力が最後の抵抗に出たものです。バルクホルン大尉以下4名の手で撃退されたことにより、総司令部はガリアがネウロイから完全解放されたものと判断しました」
「え?それって……つまり、どういうことでしょうか?」
「言葉通りの意味だよ。もうガリアにはネウロイが一匹も残ってないってこと」
芳佳が疑問符を浮かべながら訊くと、ミーナに代わって優人が応えた。
「私の……私のかけがえのない故郷。ガリアからネウロイが消え去ったのですわね」
ペリーヌが震えた声で念を押すように訊ねると、慈愛に満ちた笑みを浮かべるミーナが静かに頷く。
「ええ、そうよ。良かったわね、ペリーヌさん」
「本当にガリアを取り戻せましたのね。あぁ……嬉しいですわ」
数年前のガリア陥落の折。ペリーヌは生まれ育った故郷と、すべての親族を同時に亡くしていた。単身ブリタニアに渡り、故郷奪還を夢見て自由ガリア空軍に志願。
しばれくして、当時大尉だった坂本から直々にスカウトされ、501の一員として最前線で戦うことになった。
しかし、倒しても倒してもネウロイは次々に現れ、西部の戦況も部隊創設から数年経っても好転せず、心の何処かではガリア奪還を諦めかけていた。
それでも腐ることなく戦い続けた結果、ペリーヌ・クロステルマンは仲間達共にガリアの解放を成し遂げた。数年越しの悲願を見事達成したのだ。
ミーナに告げられ、改めて実感したペリーヌは感極まったらしい。決して他人に弱味を見せない彼女が、人目も憚らず感涙していた。
「うん、おめでとうペリーヌ!」
「良かったね、ペリーヌさん!」
宮藤兄妹から始まり、501の仲間達からもガリア解放を祝う言葉がペリーヌへ贈られる。
元々の意地っ張りな性格と、故郷を奪われた責任感や焦燥感が災いして、素っ気ない態度や高圧的な態度を取ってしまいがちなペリーヌだが、今日ばかりは素直に礼を述べている。
ガリア解放という悲願の達成を自分のことのように喜んでくれる仲間達の存在が兎に角嬉しくて、ありがたかったのだ。
「みんな、まだ話は終わっていないわ」
再び騒がしくなったブリーフィングルーム。ミーナはコホンと軽く咳払いをしてから話を戻した。
「ガリアを拠点としていたネウロイの巣は、私達の手によって消滅しました。つまり、ブリタニアに脅威を及ぼしていたネウロイもいなくなったということになります」
ここまで言ってミーナは一呼吸置き、微かに表情を曇らせながら言葉を続けた。
「それに伴って、私達第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の解散命令が、総司令部から正式に通達されました」
「……えっ?」
真っ先に反応したのは部隊のみんなの妹分であるルッキーニだった。
悲しげに声を漏らすロマーニャウィッチに続く形で、他のメンバーも各々反応を示す。
「解散。そんな……」
ルッキーニと同様に強いショックを受けたらしく、芳佳は憂いに満ちた声音で呟く。
「……そうなりますわね」
「いよいよか……」
「ま、しょうがないよね?」
「まぁ、ね。そりゃそうだよな」
ペリーヌ、バルクホルン、ハルトマン、シャーリーが順に独り言ちる。
元々、連合軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』は、ブリタニアの防衛及びガリア奪還を目的として設立された多国籍部隊。
巣の消滅によりガリアが解放され、ブリタニアへの圧力も大幅に低下、目的は達成されたと言える。それはつまり、彼女達が501として活動する理由が無くなったことを意味している。来るべき時が来た、ということだろう。
「ガリアやブリタニアにネウロイがいないんじゃ、解散もしょうがないナ」
「うん、そうだね」
「……寂しくなりますね」
エイラ、サーニャ、リーネの3人も表情を曇らせる。このブリタニアで出会い、共に戦った戦友達といよいよ別れなくてはならない。そう思うと、急に物悲しくなった。
ペリーヌの故郷――ガリア共和国が解放されたのだから喜ぶべきなのだろうが、ウィッチーズの心中にはなんとも言えぬ寂しさが渦巻いていた。それは部隊唯一のウィザードである優人も同じだ。
(もう終わり……なんだよな……)
優人にとって、501部隊は宮藤家とは別の――もう一つの家族と言えた。
一家の長男役として、父親役の坂本や母親役のミーナを助けたり、個性豊かな姉妹に囲まれながら過ごした日々。苦労も多いが、楽しいことや嬉しいこともたくさんあった。
そんな生活も、もうすぐ終わる。少し前までは、早く扶桑本国へ、故郷の横須賀へ帰りたいと思うことすらあったというのに、いざ解散となると不安や寂しさが一気に押し寄せてきた。
自分にこんな女々しい一面があったとは、と優人は密かに自嘲する。
「それと、もう一つ連絡があります」
それだけ言うと、ミーナは優人に目配せした。もう一つの連絡は、彼の口からウィッチーズに知らされるようだ。
「今日の午後、扶桑海軍遣欧艦隊所属の空母“天城”が基地の港に入港する」
「天城?扶桑の空母が何しに来るんだ?」
と、シャーリーから質問が上がる。
「うちの部隊で使用している機材を回収して、ロマーニャの第504統合戦闘航空団へ移送するのが、天城の任務だ」
優人が簡潔に応えると、シャーリーは「そういうことか……」と納得する。
第504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』は、欧州反攻作戦の一環として、連合軍最高司令部から命令が下り、設立された4番目の統合戦闘航空団。
501が西部方面総司令部所属なのに対し、504はロマーニャ、ヴェネツィア、ヒスパニア、アフリカ戦線を管轄する地中海方面総司令部の所属である。
まだ設立途中ではあるが、いずれは501にも劣らぬ人材と装備を有した精鋭部隊として機能することだろう。
「ブリーフィングは以上で終了となります」
優人の説明が終わったタイミングで、再びミーナが口を開く。
「解散後、各自は原隊に復帰。正式な辞令が来るまで、まだしばらく時間があるでしょうから、それまでは各自戦いの疲れをしっかりと癒してください。では解散」
斯くして、501解散の旨を伝えるために開かれたブリーフィングは終了となった。ウィッチーズ各員は、それぞれ基地を引き払う準備を始める。
(そう言えば、坂本さんは?)
ブリーフィングルームを出た直後、ふと芳佳はブリーフィングに顔を出さなかった上官兼師のことを思い浮かべた。
ウィッチの魔導弾って、曳光弾も兼ねてるのかな?
感想、誤字脱字報告をお願い致します。