ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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暑い日が続いてるし、寒い文章でも加えてみるか……


第2話「リバウの貴婦人」

1944年9月、ロンドン・人類連合軍西部方面総司令部――

 

早朝ブリーフィングに唯一参加しなかった第501統合戦闘航空団副司令兼ウィッチ部隊戦闘隊長――坂本美緒少佐は、原隊の上官――扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令長官の赤坂伊知郎直々の呼び出しを受けていた。

同じく赤坂に呼び出された宮藤一郎博士と、501基地飛行群支援飛行隊所属の輸送機『Ju-52』に搭乗し、解散命令通達直後にドーバーの基地を経っていた。

程無くして、Ju-52はロンドン上空に差し掛かる。機長から報せを受け、兵員室で瞑想中だった坂本は両の目蓋を開く。

もちろん、兵員室には彼女の他に一郎の姿も確認できる。ストライカーユニット関連の資料を読み耽る彼は、到着の報せを完全に聞き流していた。

総司令部が設置されている建物の敷地へ接近を続けるJu-52に、管制塔がコンタクトを求めてきた。機長は無線越しに聞こえる管制官の声に応じると、着陸準備に入った。

狭苦しい機内からロンドンの地に降り立った坂本と一郎を迎えたのは、赤坂の副官を務める扶桑海軍中佐――西野勤だった。

爽やかな笑顔を向ける西野に対し、坂本は挙手敬礼で応じたが、尚も資料に夢中な一郎は中々挨拶を返さなかった。

 

「よく来てくれた」

 

西野に案内され、2人は到着早々赤坂の執務室に通された。

部屋に入ってすぐに、執務机の向こう側に赤坂伊知郎中将の姿を見つけ、坂本は半分嫌味のつもりで直立不動の姿勢を取った。

自分の地位を守ることや派閥争いで勝利することに汲々とし、前線の将兵等を顧みようとしない軍上層部の将官達を坂本は好ましく思っていない。

良くも悪くも人情家で現場主義な性格の彼女には、彼等が後生大事に抱えているあれこれが、道端に転がる石にしか見えないのだ。

赤坂に関しても、501の後ろ楯となってくれていたこと。そして、マロニーに芳佳の撃墜命令と強引極まりない501解散の命令を撤回させたことには、少からず感謝している。

だが、坂本もミーナも、叔父のように思っていると公言している優人でさえ、穏やかな表情の裏に黒い面を持ち合わせている赤坂を心底信用しているわけではない。

 

「楽にしてくれ」

 

赤坂に言われ、坂本は休めの姿勢に変える。一郎はというと、部屋前に来た途端、突然「トイレに行きたい」と言い出して、西野と共にトイレへ駆けて行った。

同じ天才肌故か。才能の発揮される分野こそ違えど、マイペースなところはハルトマンと似たり寄ったりである。

そんな一郎だが、実は扶桑海軍経由で宮菱重工業への復職が内定している。彼が戻れば、長らく停滞していた零式の後継ユニットの開発も大きく前進することだろう。

 

「長官、昇進おめでとうございます!」

 

執務机を隔てて赤坂と向き合った坂本は、やはり皮肉半分に祝福を述べた。

連合軍最高司令部が計画している全面的な欧州反攻作戦に参加・支援を行うため、扶桑海軍上層部は、遣欧艦隊の再編成を決定した。

より多くの艦艇やウィッチを含む将兵を動員により、遣欧艦隊は複数の艦隊を隷下に置く大規模な外征部隊へと生まれ変わる。

連合艦隊の指揮系統から独立し、浦塩を拠点に活躍する大陸方面艦隊や皇国の重要な策源地であるパシフィス島――扶桑名“南洋島”――の防衛を担当する南洋方面艦隊、船団護衛に従事する海上護衛総隊、連合軍太平洋方面統合軍の指揮下に入っている第一機動艦隊等の大艦隊に比肩する部隊として、欧州に展開する扶桑海軍の主力となる。

それに伴い、赤坂は大将に昇進した上で艦隊司令長官を続投。遣欧艦隊の司令部も、連合軍最高司令部への移設される。

 

「ありがとう。君や宮藤兄妹も、本国に戻り次第昇進だったな」

 

と、赤坂。原隊では、それぞれ大尉・中尉だった坂本と優人は、ガリア解放の功績により501在籍時と同じ階級に昇進することが決定している。

また芳佳や一郎についても、既に曹長――扶桑海軍では上等兵曹と呼称――への昇進、宮菱工業への復職が内定している。

 

「さて、501解散の話は聞いているかね?」

 

「はっ!」

 

一郎が戻るのを待たずして本題に入った赤坂に、坂本はハキハキとした大きな声で応じる。501基地を経つ少し前、総司令部から通達された命令を聞いていた。

一時は501を部隊ごとガリアに異動させ、同国防衛に充てることも検討されたが、ブリタニアとガリア政府が強硬に反対。結局、501は解散となった。

 

「本日。補給任務を赤城から引き継いだ我が艦隊の航空母艦“天城”が、501基地の港へ寄港する」

 

「501の人材・機材をロマーニャの第504統合戦闘航空団基地へ移送するのが目的と聞いています」

 

坂本が先回りして言うと、赤坂は深く頷いて肯定の意を示す。

 

「天城はロマーニャへの移送任務を終えた後、扶桑本国への帰路に就く。501の扶桑組3名と宮藤博士には、天城に乗艦して扶桑に帰る予定だったが、事情が変わってな……」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

ピクッと微かに片眉を上げた坂本は、怪訝そうな面持ちで続きを促す。

 

「君と宮藤博士には、501解散に先んじて帰国してもらうことになった。急がせて申し訳ないが、天城より先にブリタニア到着する予定の“二式大艇”に搭乗して、扶桑本国へ向かってほしい」

 

赤坂の言う“二式大艇”こと『二式飛行艇』は、扶桑皇国が欧州各地への迅速な連絡や補給のために開発・実用化した大型飛行艇である。

欧州との連絡・補給に極めて効果的であった山西航空機の九七式飛行艇よりも速度、航続力、物資の搭載量等々。あらゆる面で優れており、この機体の実用化によって世界各地に展開する扶桑軍への迅速な支援が可能となった。

 

「本日中に……ですか?」

 

艦隊司令長官から言い渡された、あまりに急過ぎる帰国命令。坂本は戸惑いを覚える。

 

「君や宮藤兄妹の活躍が知れ渡り、本国では航空歩兵を志して海軍に入隊する者、海軍兵学校へ入学を希望する者が急増している」

 

と、赤坂は坂本を急ぎ帰国させる理由を詳しく説明し始める。501部隊――殊に宮藤兄妹の活躍は、新聞やラジオ等のメディアを通して本国にも伝わっていた。

かつて扶桑陸軍が、自ら制作した宣伝映画『扶桑海の閃光』を利用して多数のウィッチを獲得したように、今回は扶桑海軍が宮藤兄妹をプロパガンダに起用していた。

ウィッチとウィザードの兄妹であり、“ストライカーユニットの父”と称される高名な技術者――宮藤一郎を父に持つ2人が過酷な最前線で戦う報せは、老若男女問わず皇国の人々を熱狂させ、扶桑海軍は多くの志願者を得るに至った。

 

「対して、養成学校の教官はやや不足している」

 

そこまで言って、赤坂はひと息吐いた。ウィッチ・ウィザードの養成学校は、今や世界中に建設されている。

先天的に魔法力を宿している。或いは遺伝子的な要因から後天的に発現する可能性がある少年少女のみならず、魔法を使えるようになりたいと願う者も――ウィッチやウィザードと過ごすことで魔法力が発現することもあるため――無料で教育を受けられる。

 

「坂本少佐、君はリバウ滞在時に後輩達を一線級の航空歩兵へと育て上げた。501においても他国のウィッチ達を鍛えながら、君自身も指導者として研鑽を積んだと聞いている」

 

「私をウィッチ養成学校の教官に?」

 

「あくまでも臨時教官だよ。遣欧艦隊に籍を残したまま、異動ではなく養成学校に出向という体だ」

 

「しかし、長官。私は……」

 

「先月“あがり”を迎えたと聞いている。ガリアが解放され、501も解散。いいタイミングじゃないか?」

 

「…………」

 

赤坂の口から“あがり”という言葉が出てきたことで、坂本はウィッチとしての自分が、事実上の戦力外通告を受けているのだと理解する。

先月20歳を迎えた彼女の魔法力は、シールドがまともに機能しなくなるほどまでに減退していた。衰えていくスピードは本人の予想よりも早く、魔眼や身体強化、ストライカーユニットを使った飛行が出来なくなるのも時間の問題だろう。

魔法力の減退が顕著に現れ始めたウィッチは、部隊の司令職として指揮に専念するか。教官として後身の育成に回るのが常である。だが、坂本の性格を鑑みるに「はい、そうですか」と素直に現役を退くとは思えない。 しかし、魔力シールドの弱体化により相対的な能力の低下は否めず、彼女がネウロイとの戦闘で一線を張り続けるのは難しい。

それに坂本は自分が思っているよりも、ずっと名の知れたウィッチだ。彼女が無理をして戦場に残り続け、戦死でもしようものならば、兵の士気や皇国のウィッチ派遣に影響が出るのは火を見るよりも明らか。

赤坂としては、どうにか彼女に融通を利かせてもらいたかった。

 

「…………わかりました」

 

坂本は喉まで出かかった不平を飲み下し、上官に向かって改めて敬礼した。

 

「坂本美緒少佐!臨時教官として養成学校への出向、受領致しました!」

 

声高に宣言する501戦闘隊長の雄姿を前にして、赤坂もまた力強く頷いた。

 

「これからの遣欧艦隊……いや、扶桑海軍は今まで以上に多くのウィッチが必要となるだろう。よろしく頼む、坂本美緒少佐」

 

艦隊司令長官の激励に坂本は「はっ!」と応じ、敬礼のために持ち上げていた右手を下げる。

 

「……長官。一つお願いがあります」

 

「なんだね?」

 

「もし再度欧州へ派遣される機会があれば、もう一度ウィッチとして前線で戦うことを許可して頂きたいのです」

 

意識の込もった力強い眼差しで、坂本は赤坂に懇願する。

赤坂はすぐには応えず、彼女の真意を推し量るようにじっと見つめ返した。彼の返答を待たずに、坂本はさらに言葉を続ける。

 

「シールドを失った私が、戦力としては心許ないのは重々承知しております。ですが、新たな防御方法確立の目処は立っています!」

 

自信に満ちた表情と声音で宣言する坂本を暫し見つめた後、赤坂はおもむろに口を開いた。

 

「その新たな防御手段は、具体的にいつものになるんだね?」

 

「1年……いえ、今年度中には必ず!」

 

「分かった、留意しておく」

 

「感謝致します!」

 

坂本は一礼して感謝を述べる。それと同じタイミングで、血相変えた西野の執務室に飛び込んで来た。

 

「長官!宮藤博士が!」

 

「きゅあああああああ!何なの!?おじさん誰よ!?痴漢っ!変態っ!変質者ぁ!」

 

「ご、誤解だ!」

 

慌ただしく入室した扶桑海軍中佐に続いて、女性と一郎の叫び声が聞こえてくる。何やら揉めている。

西野曰く、資料に夢中となっていた一郎が不注意にも女子トイレに入ってしまい、個室で総司令部付のブリタニア空軍ウィッチと鉢合わせてしまった。

さらに悪いことに、ブリタニアウィッチは――トイレにいるのだから当然だが――用を足すためズボンを下げていた。

そこへタイミング悪く一郎が、つまりはそういうことだ。

 

(優人の女難は、博士譲りの才能か……)

 

坂本は右手で眉間を押さえると、稀有な才能を持った宮藤親子の姿を思い浮かべて深い嘆息を漏らした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、グレートブリテン島近郊の海域――

 

「あれね……」

 

北海方面を航行中の母艦から飛び立って約1時間後。目的の艦を視認したアリョーナは、無意識に呟いた。

『Bf109K-4型』を駆る彼女を筆頭に、『Bf109T-1型』と各種携行火器を装備した5名の親衛隊ウィッチが、後に続く形で編隊を組んで飛行している。『インペリアルウィッチーズ』の第3飛行隊だ。

メンバーは国防空軍のエースウィッチにも引けを取らない精鋭だが、昨晩の戦闘の疲れもあって皆表情を曇らせている。

 

『わざわざ合流させるなんて……』

 

『こっちは疲れているのに、ホフマン大尉は何をお考えなのかしら』

 

インカムを通して聞こえる部下達の不平不満に耳を傾けながら加速をかけ、洋上を航行する親衛隊旗下の航空母艦へ接近する。

赤城型航空母艦4番艦“愛鷹”――カールスラント名“ドクトル・エッケナー”。全長260.7m、全幅31.3mに及ぶその威容は、扶桑海軍が完成前の巡洋戦艦を大型空母に改装したものだ。

建造されてから既に相当の年月が過ぎている。艦齢の古い空母ではあるが、洋上に屹立する黒鉄の巨体から鯨の如き力強さと威厳が感じられた。

乗員は約2000人。兵装は50口径20cm単装砲6基、40口径12.7cm連装対空砲6基12門、そして25mm対空機銃が28門。

艦載機は、航空機のみならば91機――常用75、補用16機。または、ウィッチ8名と艦上戦闘機16機、艦上攻撃が機8機。

大戦初期時点では、カールスラントに空母発着艦訓練を受けたウィッチがおらず、艦上機も無かった。だが、艦自体はビフトレス作戦において、避難民の輸送等で活躍している。

現在は所属を国防海軍から皇室親衛隊に移し、『インペリアルウィッチーズ』の航空母艦として運用されていた。それに伴い、艦長をはじめとする幹部クルーは、親衛隊士官と入れ替わる形で全員退去している。

 

『なんでもいいから、早く落ち着きたいわ』

 

先程とは別の親衛隊ウィッチのぼやきが、インカムから伝わる。

アリョーナは内心同意しつつ、“ドクトル・エッケナー”への着艦コースに入った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

十数分後、“ドクトル・エッケナー”艦内――

 

「失態だな。アリョーナ・クリューコフ」

 

艦に降り立ったアリョーナは、愛機を格納庫にあった発進ユニットに固定すると、部下達を置いてガンルームへ向かった。

そこで彼女を待っていたのは、『インペリアルウィッチーズ』内で密かに「アインツベルン大佐の腰巾着」と揶揄されている親衛隊大尉――グレーテル・ホフマンだった。

険しい表情を浮かべたホフマンは、サファイアのような蒼い瞳でアリョーナを睨みつけている。

失態を咎める彼女のキツい物言いが室内を反響し、疲労の苦味を滲ませた第3飛行隊隊長の胸に鋭く突き刺さる。

 

「まんまと目標を取り逃がすなど、貴官らしからぬ失態だ。一体どう埋め合わせる気なのか……」

 

ホフマンは神経質そうに顔を顰め、つべこべと叱責の言葉を並べる。

端正な面差しに美しい金色の長髪を持つホフマンの容姿は、漆黒の親衛隊勤務服に良く映える。軍帽をしっかりと被り、柄に豪奢な装飾をあしらった軍用サーベルを腰に差す姿は、貴族令嬢のようでありながら軍人然としている。

階級は同じ親衛隊大尉、年齢はアリョーナの方が1つ上。しかし、ホフマンの方が先任で、航空ウィッチとしての実力も前線指揮官としての能力も、アリョーナや第2飛行隊隊長のメリッサ・ガンビーノを凌いでいる。

それはアリョーナも認めるところだが、高圧的な言動といい、自分の美意識を周りに押し付ける我の強さといい、航空団司令のアインツベルン大佐に向けられた妄信的な忠誠心といい、とても同調できる相手ではなかった。

 

「リベリオンやブリタニアの陸軍を中心とした連合軍がガリア沿岸地域への展開を始めている。迅速に事を進めなければ――」

 

「あのネウロイは、他のネウロイとは違うのよ……」

 

クドクドとうるさいホフマンの言葉を遮り、アリョーナは溜め息混じりに反論する。何を言っても無駄だろうが、言われっぱなしというのは癪に触るのだ。

 

「火力、装甲、速力。すべてにおいて桁違い。あんたが発案した戦術じゃ、とても対処出来な――」

 

「貴様!自分の不手際を棚に上げてっ!」

 

「グレーテル、アリョーナ。2人共止めなさい、見苦しいわよ」

 

ホフマンが気色ばんだ途端、第三者の涼やかな声が割って入った。

瞬時に顔色を変え、直立不動となったホフマンがさっと脇へ引っ込む。代わりに入り口の方からグラマラスな東洋系の美女が現れ、アリョーナは緩んだ気が再び引き締まるのを感じた。

女性は、アリョーナやホフマンと同様に親衛隊の制服を着用している。頭に乗せた軍帽も親衛隊のものだが、履いているロングミリタリーブーツの踵にヒールが付いた特注品。ズボンも官給品の白色ではなく、軍事組織にはおよそ似つかわしくない黒いレースが付いたラベンダー色のローライズ。服越しでも起伏がハッキリと分かるスタイルの良さも相俟って、妖艶な雰囲気を醸し出している。

ゆったりとした動作で、女性はアリョーナの前に歩み寄る。彼女が一歩踏み出す度、ロングミリタリーブーツのヒールがコツコツと小気味良い音をガンルーム内に響かせた。

艶のある長い黒髪がそよぎ、ホフマンのものとは対照的なルビーの如き赤い瞳が北欧系の親衛隊大尉をジッと見据える。

 

「お疲れ様、アリョーナ・クリューコフ大尉」

 

女性――悠貴・フォン・アインツベルン大佐はアリョーナに艶然と微笑みかけ、戦闘で疲弊した彼女を労う。

『インペリアルウィッチーズ』の司令は、男女問わず人々を眩惑し、堕落させてしまう悪魔的な美しさをその身に宿している。

アリョーナは上官の美しさに息を呑みながらも、「ハッ!」と短く応じた。

 

「あなた達第3飛行隊を退けたのは、やはり?」

 

「ええ、大佐が望まれていた個体に間違いありません」

 

第3飛行隊長の報告を直に受け、悠貴は我が意を得たりとばかりにコケティッシュな唇で曲線を描いた。

 

「最寄りの港で補給受け、万全の状態で捕獲作戦を実施しましょう。第3飛行隊には戦闘報告書を提出した後、数日の休日を命じます」

 

悠貴の指示にアリョーナは「はっ!」と姿勢を正して応じてみせた。

 

「次の作戦にて、汚名を返上させて頂きます」

 

殊勝な心構えの飛行隊長に、悠貴は無言のまま笑みを深めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数時間後、第501統合戦闘航空団基地――

 

ウィッチーズ基地の港にもまた、黒鉄の巨影が確認できた。扶桑海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦二番艦“天城”だ。

伊豆半島中央部に存在する連山に因んで命名されたこの艦は、本来一番艦となるはずだった。しかし、横須賀で発生した地震の影響で建造が遅れ、先に赤城が完成したことから二番艦となり、級名も赤城型と呼称された。

かつて天城は、近代化改装によって天城3段式飛行甲板から全通式の飛行甲板へと変更された。

後に赤城も同様の改装が施されたが、天城ほど徹底されていなかった。故に同型艦でありながら、細部で異なるという結果に至った。

新造空母が登場した後、赤城は天城よりも先に空母機動部隊任務から外され、欧州への補給任務に回された。

 

「わぁ……何だか、いろんなものがいっぱい運ばれてくる。見たことないばかり……」

 

芳佳はリーネを連れて、港まで天城を見に来ていた。天城の内火艇から、様々な物資が運び出されている。見るものすべてが物珍しく、扶桑海軍軍曹は思わず感嘆の声を漏らす。

 

「うん、そうだね。カゴいっぱいのあの果物も初めて見るよ」

 

と、リーネも芳佳に同意する。ちなみに、彼女が初めて見ると言った果物の正体は、扶桑の柿である。

 

「あ、船員さんがこっち向いて手振ってるよ!わーい!こんにちは~!」

 

「ふふっ♪芳佳ちゃんったら♪」

 

内火艇の乗員に向かって、芳佳は元気良く手を振り返す。無邪気に笑う親友の姿に、リーネも自然と笑みを零した。

ふとリーネは、内火艇の接岸した桟橋に見知った人物が立っていることに気が付いた。

 

「ねぇ芳佳ちゃん。あれ、優人さんじゃない?」

 

「えっ?あ、ホントだ。誰かと話してるみたいだけど……」

 

桟橋には、他にもう1人。優人と同い歳くらいの少女が、彼と向かい合うようにして立っていた。

何処かミーナと雰囲気の似ている茶色がかかった黒髪の少女は、優人や坂本と同様に扶桑海軍第二種軍装を着用している。

 

「優人さんや坂本少佐と同じ制服を着ているから、多分扶桑海軍の人だよ」

 

と、リーネが分析する。昼過ぎにロンドンから戻ってきた坂本と宮藤兄妹の父――一郎は、昼食を終えてすぐに飛行艇で扶桑へと発っていた。

詳しい事情は聞かされなかったが、なんでも火急の用ができたとのこと。

 

「そっかぁ……ってことは、お兄ちゃんや坂本さんのお友達なのかなぁ?」

 

「きっと優人さんや坂本少佐に負けないぐらいのすごいウィッチなんじゃないかな?」

 

芳佳とリーネは一旦会話を打ち切り、桟橋に佇む2人の扶桑海軍士官へ目を据えた。

優人と相手の扶桑海軍ウィッチは、とても親しげな様子で会話を続けていた。楽しげに笑い合う2人は、仲の良い恋人のようにも見える。

 

(お兄ちゃん、なんだか楽しそう……)

 

自分の知らない、優人と具体的にどんな関係か判然としない女性。ウィッチの例に漏れず、かなりの美人である。

そんな魅力的な女性と、大好きな兄が楽しそうに会話をしている様を見せつけられ、ブラコン妹の心中は穏やかではなかった。

耳を澄まし、会話の内容を聞き取ろうとするも距離がありすぎた。隣でリーネが「2人の邪魔しちゃ悪いから……」と辞去を促していたが、芳佳は盗み聞きに夢中で気が付かない。

 

「もうっ!全然聞こえないじゃないの!一体何を話しているのかしら?」

 

芳佳とリーネには預かり知らぬことだが、盗み聞きをしているのは彼女達だけではなかった。

少し離れた場所で、ペリーヌが木箱の影に身を潜め、扶桑海軍士官等のやり取りを注視していた。

 

「ん、もう!なんて楽しそうな顔なさるんですの、お兄様……」

 

名も知らぬ扶桑海軍のウィッチに対し、扶桑の実妹のみならず、ガリアの義妹までもが嫉妬の火種を燻らせていた。

突然、501の解散と敬愛する少佐との別れの時が訪れた。青の1番――ブループルミエだけにブルーな気分となっていたペリーヌは、今や兄のような存在である優人に慰め……もとい、解散後の相談をしようと彼を探しに港まで来ていたのだ。

 

「何やってんのぉ~♪」

 

「なんか聞こえたか?」

 

「きゃっ!?」

 

突如、聞き慣れた朗らかな声が耳朶を打ち、ペリーヌはビクッと肩を震わせる。

振り返ると、シャーリーとルッキーニのお騒がせコンビが、いつの間にか背後に立っていた。

 

「し、静かになさい!」

 

右の人差し指を自らの唇に当て、ペリーヌは騒々しいリベリオンとロマーニャのお子様を叱りつける。

 

「何で覗き見してんのさ?堂々と出ていきゃいいだろ?」

 

ペリーヌの心境を知ってか知らずか、シャーリーはニヤケ顔で言う。唇の隙間から白く美しい歯が覗いている。

 

「あ、あなた方だって覗いているじゃない!」

 

すかさずペリーヌは、声を荒げて反論する。シャーリー達を叱責したばかりだというのに、自分の方が声を出してしまっている。

 

「ああっ!そんなに近付いて……もう……」

 

再び優人のいる桟橋へ視線を戻したペリーヌは、切なそうに声を漏らした。それは別の場所から様子を伺っている芳佳も同じだった。

突然現れた見ず知らずの女性に、大切な人を連れて行かれてしまうような強い不安に駆られているのだ。

 

「へぇ、ずいぶんと親しそうだなぁ……」

 

腕を組んだシャーリーが、扶桑海軍士官2名のやり取りを観察する。リベリオン陸軍の制服では隠しきれないほどボリュームのある爆乳が、組んだ両腕の上に乗っかった。

 

「アレって……もしかして優人の彼女?恋人ってやつ?」

 

「なっ!?ば、バカなことおっしゃい!」

 

目尻を険しく吊り上げたペリーヌが、ルッキーニの考えを否定しつつ彼女をキッと睨みつけた。

 

「え~っ?だって、服もお揃いだよ?ペアルックってやつじゃないの?」

 

「扶桑の海軍服だからな。そりゃそうだろ?」

 

と、今度はシャーリーが応える。妹分であるルッキーニと会話をしているというのに、その口調は心なしか堅い。

ルッキーニとペリーヌは気付かなかったが、「優人の彼女」やら「恋人」という言葉が出たあたりから、シャーリーは不機嫌そうに眉を顰めていた。彼女らしからぬ態度だ。

 

「い~なぁ、あの服カッチョイイなぁ♪優人にお願いしたら、一着貰えないかな?」

 

ルッキーニは己の人差し指を軽く咥え、羨ましそうに第二種軍装を見つめる。

 

「駄目に決まっているでしょう!頂けるんでしたら、その……私だって……」

 

ペリーヌの張り上げた声が尻窄みになっていく。彼女とルッキーニのやり取りを聞いて、シャーリーは優人からシャツを借りっぱなしだったことを思い出す。

一時的に着る服が何も無くなったシャーリーに対し、優人が扶桑海軍支給のシャツを貸し与えたのだ。

 

(返さないと、だよな……)

 

心中でそう呟くシャーリーの表情は、何処か残念そうだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

野次馬達の存在を知りもせず、優人と扶桑海軍ウィッチ――竹井醇子大尉は会話を楽しんでいた。

優人、坂本、竹井の3人は扶桑海事変直前に海軍航空歩兵へ志願した。所謂“同期の桜”だ。

正式な海軍入隊前は、北郷章香少佐が剣道師範代を務める講導館に在籍。入隊直後の扶桑海事変では、同じく北郷少佐が指揮官を務める第十二航空隊北郷部隊。大戦初期のリバウでは遣欧艦隊第24航空戦闘288航空隊と、3人は新兵時代からずっと一緒に戦ってきた。

戦友にして親友とも呼べる仲であり、501とはまた違った家族とも言える関係だろう。

遣欧艦隊のリバウ撤退後。坂本と優人が501に招聘され、各国のウィッチ等と共に活躍する一方で、扶桑へ帰国した竹井はウィッチ訓練校の教官後進の指導に当たっていた。

扶桑とブリタニア。何年も離れ離れとなっていた宮藤兄妹を見て分かるように、遠く離れた場所にいる竹井と優人達が会うことは容易ではない。久しぶりの再会で会話が弾むのも無理からぬことだと言える。

 

「やっぱり、あの二式大艇には美緒が乗っていたのね?」

 

優人に確認を取った竹井は、残念そうに瞳を伏せる。天城に乗艦し、その足で501基地を訪れた彼女は、優人とは会えたものの、二式大艇で飛び去っていった坂本とは行き違いになった。

先日、竹井は第504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』の戦闘隊長の任を拝命し、再度欧州への派遣が決定する。

ロマーニャの504基地へ向かう途上でブリタニアに立ち寄る予定になっていたので、優人と坂本に会えると欣喜雀躍としていた。しかし、惜しいことに坂本とは今回縁がなかったらしい。

余談だが、数年前501設立の際には、優人だけでなく竹井もブリタニアへ呼び寄せようとしていたが、海軍上層部により却下されている。

 

「軽く挨拶する時間は取れると思っていたのだけれど……」

 

「坂本の首に紐を着けたがっている人間が、海軍上層部にいるんじゃないのか?」

 

と、優人は冗談混じりに笑い飛ばす。実際、特別便を利用した坂本の急な帰国は赤坂の根回しによるもの。なので、優人の推測は間違ってはいない。

 

「まぁ、今回は会えなかったけど。お互いが健在なら、またすぐ会えるわよ」

 

「前向きだな。ホント昔とは大違いだよ、“醇ちゃん”」

 

「そう言うあなたは、ポカやって死にかけたみたいじゃない?“優くん”」

 

「………………」

 

痛いところを突かれた優人は、ばつが悪そうに目を逸らす。気恥ずかしそうに後頭部を掻く彼の姿を見て、竹井はクスクスと小さな笑声を立てる。

ふと内火艇の乗員が、1枚の手紙らしき封筒を上に乗せた小包を抱えて2人の元へやって来た。

 

「そうそう、あなたに渡すものがあったのよね」

 

思い出したようにそう言った竹井は、内火艇の乗員に礼を述べて荷物を受け取ると、さらにそれを優人に手渡した。

 

「手紙と小包。美千流くんからよ」

 

「やっときたか、ありがとう」

 

「なんなの、それ?」

 

優人の手に渡った荷物を見て、竹井は首を傾げる。小包はともかく手紙の方は妙だった。

美千瑠から送られたものなら、差出人の名前等は扶桑語で書かれているはずだが、封筒に刻まれているのはオラーシャ語だった。

 

「うん?ちょっとな」

 

「さては、妹さんへのプレゼントね?」

 

「まぁ、そんなところだよ」

 

曖昧に応えると、優人は同期の桜に向かって意味有りげに微笑んでみせた。




オリジナルウィッチが増えましたが、悠貴さんと飛行隊長以外の親衛隊ウィッチの名前は別に覚えなくて大丈夫ですので……


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