ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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RtBまで、約1ヶ月(*´ω`*)


第3話「手紙、制服、ワイシャツ、嫉妬」

1944年8月下旬、ロンドン・とあるホテル――

 

それは宮藤優人が、妹の機嫌を取るために彼女とロンドンへ出掛けた日のこと。

うっかり門限を過ぎてしまった宮藤兄妹は、街で偶然会った502のエディータ・ロスマン曹長並びにヴァルトルート・クルピンスキー中尉が宿泊するホテルに部屋を取っていた。

 

『断る』

 

受話器の向こうの人物はにべもなかった。ホテルのフロントに電話を借りた優人は、まず基地のミーナに連絡を入れ、次に個人的な用事で扶桑皇国大陸領土に存在する港湾都市――『浦塩』。そこの軍港に勤務するはとこと通話中である。

はとこの名前は山川美千流。芳佳の親友――“みっちゃん”こと山川美千子の兄で、扶桑皇国海軍大陸方面艦隊にて戦闘機の整備を担当している一等兵曹だ。

2人は親戚であると同時に幼馴染みで兼悪友とでも言える関係で、優人のお宝――扶桑及び各国のグラビア雑誌――は、美千流が彼の為に調達してブリタニアの501基地へ送ったものだ。

 

『シベリア地域がどれだけ広いと思ってんだ!そんな場所で特定の夫婦を探し当てるなんて、無理に決まってるだろ!』

 

と、美千流な憤然と怒鳴り散らす。優人は今回、美千流に彼のコネクションを使い、人探してもらいたかったのだ。

世界中に散らばるウィッチ達の現状を誰よりも早く知るためだけに築いた美千流のコネクション。それを駆使した情報収集能力は、国家の諜報機関にも劣らない。

同期入隊の下士官や地元の友人からは、皮肉と尊敬の念を込めて“地獄耳の山川”と呼ばれている。

 

「そこを何とか頼むよ」

 

優人は声に悲哀を滲ませながらも、簡単には引き下がらず。しかし、頭は下げて頼み込んだ。

士官が兵曹相手に頭を下げて懇願している光景――通話なので、互いの姿を確認出来ないが――は、軍隊的には異常としか言いようがない。幼馴染同士のプライベートな会話でもなければ、まずあり得ないことだ。

 

『ダメだ!だいたい遣欧艦隊所属のお前に命令される筋合いなんてない!人探しがしたけりゃ、自分やれ!』

 

「それが出来ないから恥を承知で頼んでるんだろ?」

 

『何が恥を忍んでだ!』

 

一段と語気を強めた美千流は、そのまま早口で捲し立てた。

 

『可愛い妹と世界中から集まった美女達に囲まれて、ハーレム生活を満喫しているくせして!それを思う度にどれだけ惨めな気分になったことか!』

 

はとこ同士だと言うのに、美千流は優人に対してずいぶんと当たりがキツい。その理由を一言で述べるならば……まぁ、嫉妬である。

山川美千流一等兵曹は、扶桑海軍連合艦隊に比肩する大艦隊――大陸方面艦隊隷下のとある基地航空隊に整備兵として配属されている。しかし、整備部門に志願したの動機は、「ストライカーユニットの整備を通じて、ウィッチ達とお近づきになりたい」というオーソドックスながら不純なもの。

念願叶って海軍所属の整備兵になれたものの、彼がいる航空基地にはウィッチがいない。すべてウラル方面の防衛任務に派遣されている。

ウィッチがいなくなった基地の格納庫で、穢苦しいパイロット達を乗せる戦闘機の整備に明け暮れる美千流に対し、航空ウィザードとなった優人は入隊時から陸海軍双方のウィッチ――麗しき扶桑撫子達に囲まれ、統合戦闘航空団に派遣されている現在は、世界各国の美少女達と一つ屋根の下で暮らしている。

いくらはとことはいえ、これだけ差をつけられれば美千流としては悪態の1つ――1つどころでは済まないが――も吐きたくなる。

つまるところ八つ当たりであるが、これは何も美千流に限ったことではない。小学校の同級生を中心とした地元の幼馴染み等もそうだ。

数ヵ月前、一時的に扶桑へ帰国した際のこと。美千流と似たような理由で海軍に志願した彼等は、優人がかの有名な坂本美緒や西洋美女達に囲まれて暮らしていると聞くなり、短機関銃や小銃で武装した姿で彼の目の前に現れた。

さらに「無性に腹が立つ」「理不尽を感じる」「端的に言って死ねよ」「思い残すことは何もないだろう?」等と、不条理極まりない発言を浴びせ、嫉妬に駆られるまま優人に襲いかかってきたのだ。

丸1日を費やした命掛けの追いかけっこの果てに。女の嫉妬はもちろんだが、男の嫉妬も恐ろしいものなのだと想い知らされた。

優人には受話器を握り締めながら、血の涙を流す美千流の姿が見えるようだった。

 

「オラーシャ生まれのウィッチが困ってるんだ。彼女を助けるためだと思って……」

 

と、優人な尚も食い下がる。すると、受話器の向こうにいるはとこに変化がみられた。

 

『…………オラーシャのウィッチって、501のリトビャク中尉か?』

 

ウィッチを話題に出した途端、美千流の声音が柔らかくなった。優人は(しめた!)と思い、言葉を続ける。

 

「そうだ!サーニャ、オラーシャ陸軍のアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉だ」

 

「…………」

 

暫しの沈黙を挟んだ後、熟慮を終えた美千流が吐息混じりに応じた。

 

『わかった。やるだけやってみるけど、約束は出来ないぞ!』

 

「ありがとう、助かるよ!」

 

『今度会ったら、飯くらい奢れよ?』

 

「あぁ、もちろんだ!」

 

そこで通話を終えた優人は、受話器を置いて客室へ戻っていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同年9月、第501統合戦闘航空団基地――

 

基地のミーティングルームから、ピアノの美しい調べが漏れ聞こえていた。その旋律は軽快で華やか。聞く者の鼓膜を優しく振動させるもの。

室内には、軍事基地におよそ似つかわしくない立派なグランドピアノが置かれている。部屋が客間として使われていた頃から存在する調度品の1つだ。

ウィッチを含め約1000人規模の人員が身を寄せる501基地において、ピアノの鍵盤に触れる者や音楽に関心を持つ者は限られていた。

航空団司令兼ウィッチ部隊隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐と、もう1人――。

 

――パチパチ!

 

「――っ!?」

 

演奏終了と同時に控えめに手を打つ音がして、伴奏者――サーニャの耳朶に優しく触れる。

振り返ると、小脇に何かを抱えた優人が入り口の手前で拍手をしていた。

 

「素晴らしい演奏だね」

 

と、優人は賞賛の言葉を贈った。椅子から立ち上がったサーニャは、上官に軽く会釈する。

褒められたことが嬉しくも照れくさいのか。雪のように白いサーニャの頬に朱が差している。

 

「……もしかして、邪魔したかな?」

 

優人は少々不安そうに訊ねた。自覚しているかは分からないが、妹を含め年下の女と2人きりで話す時の優人は、口調が普段よりも柔らかく穏やかになる。

 

「いいえ」

 

サーニャは頭を振ると、優人に向けていた視線をピアノに戻した。

扶桑海軍兵等の為に、ミーナが細やかなコンサートを催したあの日。司令殿と同じく音楽の道を志していたサーニャは、このグランドピアノの鍵盤に色白の繊細な指を走らせていた。

フリーガーハマーを担いでネウロイと果敢に戦うサーニャは、“リーリヤ”――オラーシャ語で百合の花を意味する言葉――の異名に違わぬ、凛々しさと可憐さを宿している。

一方で、音楽を奏でている時の彼女はどこか神秘的。まるで穢れを知らぬ天使のようだ。

 

「名残惜しい?」

 

「…………はい、ちょっとだけ」

 

鍵盤の1つに右の人差し指を置き、サーニャは俯き加減で答える。

 

「基地を出る前に、もう一度サーニャの演奏を聞けて良かった」

 

そう言うと、優人は小包をテーブルに置く。代わりに1通の封筒を手に取り、サーニャに差し出した。

 

「はい、サーニャ宛だよ」

 

「…………手紙……ですか?」

 

自分宛だと言われて、受け取った封筒をサーニャは矯めつ眇めつ眺める。宛名がオラーシャ語で書かれていることから、差出人は母国の誰からしい。

人付き合いが苦手で交友関係の狭い自分に、誰が手紙を送ってきたのだろうか。サーニャは不思議そうに首を傾げつつ、裏面にある差出人の名前を確認した。

 

「…………えっ!?」

 

サーニャはハッと目を見張った。裏面には書かれていたのは、ウラル山脈越えてシベリア地域へ疎開した彼女の両親の名前だったのだ。

すぐさま封を開き、中身を確認する。水色と便箋淡い桃色の便箋が1枚ずつ入っていた。そして、それぞれに大好きな父と母の名と、愛娘に向けた2人の想いが綴られていた。

 

「優人さん、これ……」

 

「うん、サーニャの御両親からだよ」

 

「……優人さんが、探してくださったんですか?」

 

と、サーニャは上目遣いで見つめてくる。エメラルドを連想させる翡翠色の瞳には、微かだが涙が浮かんでいる。もちろん、嬉し涙だ。

 

「ああ、いや。太平洋方面総司令部の扶桑海軍艦隊に親戚がいて、そいつがね……」

 

優人は気恥ずかしいような。はたまた、ばつが悪いような心持ちになり、取り繕うかのように後頭部を掻く。

広大なシベリア地域でサーニャの両親を見つけたのは、宮藤兄妹のはとこ――扶桑海軍大陸方面艦隊の山川美千流一等兵曹だ。

扶桑方面司令部とウラル方面司令部――2つの方面司令部を隷下に置く人類連合軍太平洋方面総司令部。その担当戦域にて、美千流は独自のコネクションを築いていた。

美千流はこれを、主に欧州で戦うウィッチに関する情報の収集や嗜好品――甘味類、煙草、酒等――や成人向け雑誌等の調達に利用している。

一方的で、情報収集や人探しにも応用が利く。僅かな……本当に僅かな手掛かりで、サーニャの両親が探し当てるほどだ。

シベリア地域で特定の夫婦を探し出すなど、砂漠に落ちた1粒の胡麻を見つけるにも等しい難作業のはずだが、美千流はそれをやってのけた。

優人は美千流経由で手紙を送り、サーニャの御両親に彼女の近状を簡潔に伝えた上で娘に手紙を書いてくれるよう頼んだ。

サーニャが話していないことを、勝手にベラベラとしゃべるわけにはいかない。詳しいことはサーニャが自分で伝えたいだろう等と思い、仔細は書かなかった。

 

「……って、サーニャ!どうしたんだ!?」

 

サーニャが肩を小刻みに振るわせ、嗚咽を漏らしていた。自分が何か粗相をしてしまったと思い、優人は狼狽える。

 

「ごめんなさい、お父様と……お母様から……手紙が来て。字を見て……2人の字だと分かったら、嬉しくて……」

 

慌てた様子の上官に泣く理由を説明しながら、サーニャは瞳から流れ出る雫を拭う。

優秀なナイトウィッチとはいっても、彼女は14歳のか弱い少女だ。まだまだ親に甘えたい年頃だ。話したいこと、伝えたいことが沢山募っているのだろう。

会うことはまだまだ叶わないかもしれない。しかし、今は疎開時の混乱も多少落ち着き、両親の連絡先も分かった。

軍の厳しい検閲が入るだろうが、文通という方法で両親と連絡を取り、リトビャク親子は互いの安否と近状を確かめ合うことが出来るようになったのだ。

 

「ありがとうございます、優人さん」

 

サーニャは2枚の便箋を胸元へ寄せ、愛しそうに抱き締める。

幸せそうなナイトウィッチの姿を見て、優人は胸がポカポカと温かくなるのを感じた。ずっと死んだと思っていた父と再会を果たし、芳佳が一郎の胸の中で泣いていた時もこんな気持ちだった。

 

「オイッ!」

 

「ん?」

 

「……えっ?」

 

ふと入り口の方から短い怒号が飛んで来る。振り返ってみると、全身から憤怒のオーラを放つエイラが、優人のことを睨みつけていた。

 

「あ、兄藤ィイイイイッ!オマエ!サーニャを泣かせたナァアアアア!」

 

「え?」

 

どうやらエイラは涙を流すサーニャを見て、優人が彼女を泣かせていると思っているらしい。

 

「よくも!よくも!」

 

エイラはギリィと歯噛みし、右拳を強く握り締める。ズカズカと足音を立て、優人目掛けて歩いてくる。

 

「待て!俺は何もしてないっ!」

 

顔面蒼白となった優人が、身を守るように両手を前に出した。

 

「ウルサイッ!ソンナコト信用できるカ!」

 

「エイラ!ダメ!」

 

サーニャが止めようとするも時既に遅し。エイラは硬く握った拳を振り上げていた。

 

「サーニャに手を出すナァアアアアアッ!!」

 

高速で繰り出されたスオムスウィッチの剛拳は、鋭い風切り音を立てながら優人の顔面目掛けて接近する。

あまりのスピードに避けることも出来ず、優人はエイラの拳を顔面で受けた。凄まじい衝撃が顔全体に叩きつけられ、視界が大きく回転する。

プロのボクサーにも劣らぬ重たい拳だが、エイラは魔法力を一切使っていなかった。スオムスウィッチの華奢な身体の何処に、これほどの膂力が秘められているのだろうか。

やがて頬に伝わる冷たい感触から、優人は自分が床に転倒したのだと理解する。暗くなっていく視界の端に、自分を心配そうに見つめながらエイラに手を引かれて行くサーニャの姿が確認できた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

サーニャとエイラが立ち去った数十分後のミーティングルーム――

 

「…………ん……」

 

後頭部に柔らかな感触を覚えつつ、優人は重たい目蓋を開いた。

 

「あれ?俺、何で?いっ!?」

 

目覚めたばかりの定まらない思考で記憶を辿るが、途端に激痛が顔を走った。身体を起こそうとするも、痛みのあまり動くのが億劫になる。

 

「おっ?起きたか?」

 

ふと聞き慣れた声音が優人の耳朶に触れる。2つの大山がぼやけた視界に映り、さらにその山越しにリベリオンウィッチのサバけた笑顔が見えた。

 

「……シャーリー?」

 

「大丈夫か?」

 

シャーリーは双子山――もとい、自慢の爆乳越しに扶桑海軍大尉の顔を覗き込む。

優人は、そこで漸く自分がソファーに寝転がっていること。ワイシャツ姿のシャーリーに膝枕されていること。自分の眼前に“グラマラス・シャーリー”の乳袋がぶら下がっていることに気が付いた。

 

「――っ!?」

 

リベリオン陸軍の制服押し上げるような巨大な乳房が、アップになって視界の大半を覆い隠す様に、優人は目を見開く。

少しでも頭を上げれば、ぶつかってしまうほどの超至近距離に“グラス・シャーリー”の爆乳があるのだ。

 

「あ、うん」

 

「床に倒れてたから、びっくりしたよ」

 

シャーリーは小さく笑声を立てる。オレンジが掛かったブラウンの髪が艶っぽく濡れている。風呂上がりらしい。

いつもより色っぽいリベリオンウィッチの様相に、優人はつい見とれた。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「あ、いや……」

 

シャーリーに問われ、優人はハッとなる。顔全体が熱を帯びるのを感じ、咄嗟に身体の向きを変える。すると、テーブルに置いた小包を掲げ、可愛らしく小首を傾げるルッキーニの姿が見えた。

 

「優人、これってナニ?」

 

と、訊ねるルッキーニは髪を結んでおらず、長い黒髪を下ろしている。シャーリーと風呂に入っていたのだろう。濡れ髪には光沢感があり、頬はピンク色に上気していた。

 

「こらこら、優人の物だぞ?勝手に触っちゃ――」

 

「ああ、いいんだよ」

 

ルッキーニを窘めるシャーリーの言葉を遮り、優人は続ける。

 

「それはルッキーニへのプレゼントだよ」

 

「ホントッ!?」

 

目の前の包みが自分宛のプレゼントと聞き、ロマーニャウィッチはサーニャとよく似た翡翠の瞳を爛々と輝かせる。

 

「うん、本当だよ」

 

優人はニッコリと微笑み返す。もちろん、シャーリーに膝枕されたまま……。

 

「ナニナニッ!?扶桑の美味しいお菓子!?」

 

小包をギュッと抱き締め、ルッキーニは興奮気味に訊ねる。もし魔法力を発動していたら、使い魔の黒豹の尻尾をパタパタと振ることだろう。

 

「開けてみて」

 

優人がそう言うなり、ルッキーニはすかさず小包みを開き始める。

逸る気持ちを抑えられないのか。包み紙をビリビリと乱雑に破り、室内に紙片を撒き散らしていた。

シャーリーが苦笑混じりにやんわりと注意するも、プレゼントの正体を早く確かめたいルッキーニの耳には届かない。

 

「うにゃ!?」

 

包みの中身が姿を現し、ルッキーニは驚愕の声を上げる。

プレゼントは彼女が期待していた扶桑のお菓子ではなかったが、それでもルッキーニにとっては最高の贈り物だった。

 

「これ!優人や少佐が、いつも着てる服だよね!?」

 

扶桑海軍大尉より贈られたのは、彼と坂本が普段から着用している扶桑皇国海軍第二種軍装。ルッキーニが「カッチョイイ」と言って羨ましがり、欲しがっていた純白の海軍服だ。

 

「そうだよ」

 

「貰っていいの!?」

 

「もちろん!俺の御下がりで申し訳ないんけど……」

 

ルッキーニの為に用意した第二種軍装は、海軍士官になってから、一番最初に支給されたもの――ストライカーユニット共同研究所滞在時で着ていたもの――で、当たり前だが今優人が着ている制服よりも明らかにサイズが小さい。

少尉に任官したあたりからリバウを離れるまでの間、小柄だった優人の身長は急激に伸び始めた。支給された制服もすぐにサイズが合わなくなってしまい、また戦闘が原因で傷んだりすることもあったため、度々新調が必要になった。

上述にある最初の第二種軍装は記念品として残しておいたが、リバウ基地からブリタニアの501基地へ異動する際に持ち出すのをうっかり忘れてしまった。

遣欧艦隊のリバウ撤退時に置き去りにされたとばかり思っていたが、竹井が持つ出し預かってくれていたのだ。

 

「喜んでくれる?」

 

「うん!優人、ありがとう」

 

自分の御下がりを押し付けるようで申し訳なさそうにする優人だが、ルッキーニは気にすることなく、満面の笑みを浮かべて礼を述べる。

 

「良かったな、ルッキーニ」

 

シャーリーが笑い掛けると、ルッキーニは「うん!」と頷き、さっそく贈られた第二種軍装の袖に腕を通した。

優人が13歳の時に着ていた制服なのでサイズは小さめだ。しかし、彼が小柄だったこともあって、12歳の女の子であるルッキーニにはぴったりのサイズだ。

 

「うわぁ~♪カッチョイイ♪」

 

いつもの服装の上に第二種軍装を着込んだルッキーニは、クルンと一回転して見せる。制服の裾が、白いドレスのように翻る。

 

「ねぇねぇ!アタシ、扶桑のウィッチみたい?」

 

「ああ」

 

「もちろんだよ」

 

なんとも幸せなそうな表情な問い掛けるルッキーニに対し、優人とシャーリーは順に首肯する。

はしゃぐルッキーニを温かい目で見守る2人は、妹を可愛がる兄と姉の顔をになっている。

 

「やったぁあああ!皆に自慢してくる~!」

 

そう告げて、ルッキーニはミーティングルームから走り去って行った。

遠ざかる妹分の背中を見送りながら、シャーリーは豪快に笑う。

 

「あっはははは!ルッキーニのやつ、優人からのプレゼントがよっぽど嬉しかったんだなぁ」

 

「喜んでもらえたようで何よりだよ。よっと……」

 

優人は満足げに呟き、身体を起こそうとする。が、何故かシャーリーに押さえつけられ、再び頭を膝へ戻された。

 

「わっ!?シャーリー?」

 

「まぁまぁ、そう慌てない」

 

と、シャーリーは悪戯っぽく笑う。無論、横を向いている優人に彼女の表情は窺いしれない。

 

「せっかくウィッチに膝枕してもらってるんだからさ。どうせなら、もっとのんびりしていきなよ?」

 

「いや、もう十分なんだけど……」

 

「遠慮すんなって。せっかく2人きりなんだし……」

 

「えっ?」

 

途中から小声で呟かれたため聞き取れず、優人は反射的に訊き返した。

 

「いやいや!こっちの話だから!」

 

そう言って誤魔化すシャーリーだが、その声は何処か上擦っている。優人があまりに耳にしたことのない声音だ。

 

「そんなことより!優人はこれからどうするんだ?」

 

「これからって?」

 

「ほら!501が解散した後だよ!」

 

「あ、ああ……そのことか」

 

話題を強引に変えられたことを訝しがりながらも、優人はシャーリーの問いに少し考えてから応えた。

 

「取り敢えずは扶桑に帰国して。しばらくは休みが貰えるらしいから、次の命令を待ちながら実家でのんびり過ごすよ」

 

扶桑海事変で初陣を飾ってからというもの。休暇はあったが、実家の診療所に帰ったことは殆んどなかった。宮藤の家より海軍での生活の方がよっぽど長い。

当分は航空歩兵を引退する気はないが、しばらくは実家で母や祖母の手伝いをしながら過ごしたい。

診療所の仕事はもちろん、学業が不得手な芳佳の勉強を見てやらなくてはならないし、頭のイカれた父親が悪さをしないように見張りもしなければならない。

 

「そう言うシャーリーはどうするんだ?」

 

「あたし?」

 

「やっぱり、リベリオンに帰国するのか?」

 

前ブリタニア空軍戦闘機軍団司令官――トレヴァー・マロニー元大将の策略によって、501は一度解散に追い込まれている。

その際、シャーリーは連絡機という名目で入手・私物化している三座複葉雷撃機――シルフィー・ソードフィッシュでルッキーニをロマーニャまで送り、その後大西洋を横断して帰国するつもりでいた。

 

「そうだなぁ。取り敢えずは、ルッキーニとロマーニャまで行って……それからどうしようかなぁ?」

 

「どうしよう、って……リベリオンから帰還命令が来ているんじゃないのか?」

 

と、優人は重ねて訊ねる。マロニーの独断による突然の解散だった前回とは異なり、今回は総司令部経由で各自に原隊からの指示が伝達されている。

優人ならば扶桑海軍遣欧艦隊から。シャーリーならばリベリオン陸軍第8航空軍から。それぞれ命令が来ているはずだ。

 

「ん~……あたしのとこはまだ何も来てなかったような。どうだったっけ?」

 

シャーリーの回答に優人は思わず絶句した。こんないい加減な命令伝達を行う軍隊が、この世に存在するとは……。

規律にうるさい人間が多いカールスラント軍……特にバルクホルンあたりが聞いたら卒倒するかもしれない。

 

「そんなことでリベリオンは大丈夫なのか?」

 

と、優人。驚愕のあまりストレート過ぎる訊き方をしてしまったが、シャーリーは「あはは」と気まずそうに笑い声を返した。

 

「まぁ、なるようになるさ。それまでは、ロマーニャでゆっくりしてるよ」

 

そこで言葉を結び、シャーリーは背凭れに寄り掛かった。ギィッとソファーが鈍く小さな音を立てる。

優人は側臥位の姿勢から身体を起こし、シャーリーの隣に座った。

チラッと壁に掛かった時計に視線を走らせる。時刻はエイラに殴られてから2時間ほど過ぎていた。

 

「そう言えば、優人もロマーニャに行くんだろ?天城に乗ってさ」

 

シャーリーが思い出したように訊ねる。天城はロマーニャへの移送任務を終えた後、アフリカの喜望峰を経由する航路を通り、扶桑本国への帰還することになっている。優人達宮藤兄妹は天城に乗艦し、その足で扶桑へ戻る予定だ。

 

「あぁ、そうだけど」

 

「あたしも一緒に行っていいか?」

 

「……はっ?」

 

リベリオンウィッチの口から出た予想外の言葉に、優人は目を点にする。

 

「実は前から扶桑に興味があってさぁ♪一度旅行してみたかったんだよね♪優人のツテで、天城に乗せてくれない?」

 

「いやいや、旅行って!いくらなんでも欧州を離れるのは!脱走扱いになるんじゃ!」

 

既に扶桑行く気満々なシャーリーの発言に、優人は慌てふためく。

ロマーニャならいざ知らず、最前線から遠く離れた東アジアの扶桑へまで行くのはさすがにまずい。

“ガリア解放の英雄”と呼ばれるようになったばかりのシャーリーが、脱走兵の不名誉を背負うことになってしまう。

 

「ダメかな?…………」

 

突然、真剣な表情へと変わったシャーリーが優人に寄り掛かってきた。

リベリオンウィッチから漂う甘い香りが優人の鼻腔を擽り、女体の柔らかな感触が制服越し伝わる。

 

「っ!?シャーリー?」

 

「……やっぱ迷惑か?」

 

シャーリーが切なげに囁く。声と共に熱い吐息が耳朶に掛かり、優人の身体をゾクリと震わせる。

 

「あたしを、扶桑に連れて行ってよ……」

 

そう言って、シャーリーは優人の首に両腕を回し、グイッと引き寄せて互いの身体を密着させた。

眼前に迫る“グラマラス・シャーリー”の美貌。お互いの鼻先が触れ合い、吐息が掛かるほどの超至近距離に……。

もちろん、扶桑の西瓜の如く巨大で、それでいてマシュマロのように柔らかい爆乳もこれでもかと言うくらい押し当てられている。

 

「――っ!?」

 

シャーリーの大胆な且つ刺激的なスキンシップ攻撃には、然しものベテランウィザードも形無しだ。

サファイアのように蒼く澄んだ2つの瞳が、ジッと優人を見据える。甘く香しい美少女のアロマが彼の心を惑わし、思考を痺れさせる。

ドギマギしながらも、懸命に理性を保とうとするが徒労に終わる。優人は目を見開いた状態で身体を硬直させ、しばらくの間は口だけが金魚のようにパクパクと動いていた。

 

「お願いだから……」

 

使い物にならなくなっている扶桑海軍大尉を尻目に、シャーリーは形の良い唇を動かした。

 

「あたしは、もっと優人と一緒にいたいんだ。離れたくないんだよ」

 

「そんなこと言われたって……」

 

思考は僅かに回復していたが、哀しみを湛えたシャーリーの真摯な瞳に見つめられると、口下手になってしまって言葉が紡げない。

 

「ぷっ!……あっはははは!」

 

優人が煮え切らない自分を情けなく思っていると、不意に豪快な笑い声が彼の耳朶を打った。声の主はもちろん、シャーリーだ。

 

「冗談だよ!冗談!取り乱しちゃって、カッコ悪いなぁ!」

 

どうやら、すべて芝居だったらしい。扶桑海軍大尉の狼狽える様が相当面白かったのか。優人から離れると、シャーリーは腹を抱えてさらに笑い続ける。

 

「お前なぁ、悪戯にもほどがあるぞ!」

 

散々遊ばれた優人は怒り心頭……というほどでもないが、不愉快さから表情を険しくする。

 

「怒るなよ♪何?もしかし、『連れて行って』とか『一緒にいたい』とか『離れたくない』とか言われて期待しちゃった?」

 

「そ、そんなわけ……」

 

口角を吊り上げてニヤリと笑うシャーリー。彼女の指摘をハッキリ否定することが出来ず、優人は口を噤んだ。

 

「まぁ扶桑に興味があったり、行ってみたいのは本当だけどね♪……優人と一緒にいたいのも」

 

「えっ?」

 

「いやいや!何でもないよ!」

 

と、シャーリーは両手を顔の前で振る。優人は気付かなかったが、彼女の頬に微かな紅が灯っていた。

 

「あっ、そうだ!これ、記念に貰ってもいいか?」

 

自分が着ている白いワイシャツを指差し、シャーリーは訊ねる。よく見ると、サイズが合ってないのかシャツは少しだけブカブカだった。

それもそのはず。彼女が着ているのは、優人が以前貸し与えた扶桑海軍支給のワイシャツなのだから。シャーリーに言われて、優人はそのことを漸く理解した。

 

「別にいいけど。そんなブカブカなシャツ、どうするんだ?」

 

「記念だよ!記念!思い出の品ってことでさ♪」

 

「思い出の品ねぇ……まぁ、いいよ」

 

イマイチ納得がいかない優人だったが、ルッキーニに制服をプレゼントしておきながらシャーリーの頼みを断るわけにもいかず、了承することにした。

 

「おおっ!ありがとな、大切にするよ」

 

嬉しそうに声を弾ませると、シャーリーはソファーから立ち上がった。

 

「それじゃ♪」

 

「ああ」

 

軽く手を挙げて挨拶すると、シャーリーは軽快な足取りでミーティングルームを去っていった。鼻唄まで歌って、リベリオンウィッチはかなり上機嫌だ。

 

「~♪」

 

「そんなに男物のシャツが嬉しいのかな?」

 

スキップを踏み出したシャーリーの後ろ姿を見送りつつ、優人は小首を傾げる。この扶桑海軍大尉、凄まじく鈍感である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

シャーリーが機嫌良くする一方で、心穏やかでない者も存在した。501Wエースの片割れにして、カールスラント空軍所属の航空ウィッチ――ゲルトルート・バルクホルン大尉、その人だ。

 

「………………」

 

室内が吹き抜けとなっているミーティングルームは、2階のテラスから1階を見下ろすことが出来る。優人とシャーリーのやり取りを、バルクホルンはテラスから見ていた。

 

(一体、この気持ちは何なんだ……?)

 

未だ嘗て抱いたことのない黒い感情が、バルクホルンの胸中で渦巻いていた。

この感情が具体的にどういうものなのか。彼女には知らないし、検討も付かなかった。しかし、この感情が自分を苦しめているのだということは理解していた。

バルクホルンは胸元に右手を添え、制服はギュウッと握り締める。まるで、酸素濃度の低い空間に放り出されたかのような息苦しさ。身体の何処にも異常はないはずなのに、何故こんなにも苦しいのか。 胸に居座る未知の感情が起因しているのはまず間違いない。しかし、その正体がさっぱり分からず、ただただ煩悶としていた。

 

(……どうしたというんだ?)

 

絶えられなくなったバルクホルンは、床にヘタリ込んだ。ざわつく心をどうにか落ち着かせようと、目蓋を閉じてゆっくり深呼吸する。

すると、目蓋の裏に2つの人影が浮かび上がった。それは優人とシャーリーだった。2人は、なにやら楽しげに会話をしている。

 

「くっ!」

 

突然胸を蝕む苦痛が増大し、バルクホルンはハッと目を開ける。

 

「…………なん、で……何でなんだ?」

 

苦しみながらも、バルクホルンは黒い感情の正体を見極めようと必死に思考を働かせる。

それが所謂“嫉妬”という感情であることを、バルクホルンは最後まで気付けなかった。




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