ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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久々に可愛いトゥルーデお姉ちゃんを♪


第4話「解散前に……」

1944年9月、グレートブリテン島南東部・第501統合戦闘航空団基地――

 

扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属の航空ウィッチ――竹井醇子大尉は、宛がわれた客室を目指して基地宿舎内の廊下をゆったりとした所作で歩いていた。

基地に到着した竹井は、すぐに501部隊司令のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐の執務室に赴き、到着の挨拶を済ませていた。

本大戦初期。竹井は補給のため立ち寄ったカールスラント軍基地にてミーナと知り合っている。だが、竹井は坂本とは違って、それほどミーナと深い付き合いがあるわけではない。会話をしたのも数えるほど。

それでも竹井は、物腰優雅で柔和な雰囲気のミーナに好感を抱いていた。航空歩兵としてはもちろん、指揮官としても優秀で、何より仲間想いな彼女のことを同じウィッチとして、そしてひとりの女性として尊敬している。

ミーナもまた、“リバウ三羽烏”の一角を担い、坂本と肩を並べて活躍した“リバウの貴婦人”に対し、尊敬の念を抱いている。

第504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』にウィッチ部隊戦闘隊長として招聘された彼女は、空母“天城”に乗艦して数年ぶりに欧州を訪れることとなった。

当初は真っ直ぐロマーニャへ向かう予定だったが、その途上で第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』解散の報を受け、急遽予定を変更。一旦ブリタニアの501基地に立ち寄り、機材と人員を引き継いだ後にガリア経由でロマーニャの504基地まで移送することとなった。

出港は明後日。遣欧艦隊司令部の命により、“天城”には宮藤兄妹も乗艦することになっている。艦がロマーニャへの移送任務を終えた後、優人と芳佳はその足で扶桑へ帰る予定だ。

宮藤兄妹は、今や仲間達と共にガリア解放の英雄と称されている。世間はブリタニアの戦いで一躍時の人となった優人と芳佳をほっといてはくれまい。2人の本国帰還とは、否応なしに凱旋帰国となるだろう。

ミーナ曰く、501ウィッチの中には帰国や異動等の都合でガリア、ロマーニャまでの乗艦を希望する者もいるそうだが、結局は全員が乗艦することになりそうだ。

それは竹井も、艦長をはじめとする“天城”の乗員達も吝かではない。

 

「………………」

 

ふと何者かの視線を感じ、竹井は背後を振り返る。が、誰もいない。

 

(…………やっぱり、誰かに見られてる?)

 

竹井は怪訝そうに片眉を上げる。部隊長執務室を辞去した時から……いや、基地に着いた頃から何者かの視線を感じていた。ここ501基地に入り込んだ自分という存在を、吟味するかのような視線を……。

初めは気のせいだと思った。長い船旅の疲れか、もしくは統合戦闘航空団の戦闘隊長拝命や、数年ぶりに最前線へ赴く緊張感から神経過敏になっているのだと考えていたが、どうやら違ったらしい。

リバウの戦いで名を上げて以降、自分を慕う後輩ウィッチや扶桑海軍の男性兵士等から付け回されるようになった。

だが、世界的エースウィッチである前に、竹井は年相応のか弱い少女でもある。人から好かれるのは嬉しい限りだか、正体不明の相手に付き纏われる気味の悪さは、何度経験しても慣れない。

 

(困ったわねぇ……)

 

内心で呟きながら、深く溜め息を零す。当然、それくらいでストーカー被害の憂いが晴れることはない。

視線の主が何者で、何が目的かは分からない。もうしばらく様子を見るしかなさそうだ。

 

(あの人って……?)

 

正面に視線を戻した竹井は、廊下の奥より歩いてくるひとりのウィッチに気が付いた。リベリオン陸軍第8航空軍から派遣されている“シャーリー”こと、シャーロット・エルウィン・イェーガー大尉だ。

 

「~♪」

 

鼻唄を口ずさみ、スキップ踏んで廊下を闊歩する“グラマラス・シャーリー”。彼女が床を蹴る度に、たわわな果実がブルンと揺れる。

彼女は優人から譲られた扶桑海軍支給のシャツを着ているのだが、サイズが少しだけ大きい。

 

(シャツ、貰えちゃったなぁ♪)

 

シャツの袖口で僅かに隠れてしまっている両手を頬に当て、シャーリーは満足げな笑みを浮かべる。

頬を仄かなピンク色に染めた初々しい表情は、とても可愛いらしい。普段見せているサバサバとした笑顔とは、また違った魅力がある。

ほんの数分前、シャーリーはミーティングルームにて異性と――仲の良い男友達である優人と2人きりで過ごしていた。

その気さくで大らかな性格故、ウィッチになる以前からボーイフレンドの多かったシャーリーだが、優人は他の友人達とは何処か異なっていた。

東洋系だとか、扶桑人だとか。そんなことではない。彼と一緒にいると気が楽になるというか、なんとも言えぬ安心感を覚える。

その反面、優人が他の女性と楽しげに話していると何故か落ち着かない。それは焦燥感に似ていて、時に独占欲のような感情にも変化することもあった。

それが一体何なのか。シャーリーが本格的に理解したのは、優人にシャツを貸し出されたあの時からだった。

501の解散が正式に通達され、優人と離れなくてはならなくなった現状において、それらの感情は一段と強くなっていた。

だからだろうか。ミーティングルームで優人と2人だけになったシャーリーは、心の奥底にあった想いを漫然と口に出していた。「離れたくない」「一緒にいたい」と……。

冗談だと言って誤魔化したものの、うっかり漏らしてしまった心の本音を聞かれてしまった。この気恥ずかしさは当分忘れられそうもない。

 

(さっきは、顔を近付け過ぎたかな?)

 

ここ501にて優人と知り合ってからというもの。シャーリーは毎日のようにスキップを仕掛けては、彼をからかっていた。

腕に抱き着いて、胸をギュッと押し付けたり。顔を耳元に寄せて、思わせぶりな言葉を囁いたり。水着姿や下着姿で優人の前に現れたり等して、彼のウブな反応を楽しんでいたのだ。

それで優人が狼狽えることは今まで何度もあったが、からかう側のシャーリーが動揺や羞恥心を覚えたりなどしなかった。

例え、抱き着くように全身を密着させ、互いの鼻先が触れ合うほどの至近距離まで顔を近付けたとしても……。

 

(優人って、やっぱイイ男だよな)

 

シャーリーの脳裏には、間近で見た優人の端正な顔立ちが浮かんでいた。すると、頬がさらに濃く染まり、爆乳の奥にある心臓が早鐘を打ち始める。

 

(ああもうっ!沈まれ!沈まってくれよ!)

 

両手を胸元に添えるように重ね、なんとか鼓動を抑えようとする。だが、心臓は彼女の意思に反して暴れ続け、静まることはなかった。騒々しい心臓は、今にも胸を突き破って飛び出してしまいそうだ。

胸中の爆音に耐えながら、シャーリーは俯き加減の姿勢で廊下を足早に進む。今はとにかく、一刻も早く自室に戻りたかった。プライベート空間である自分の部屋に戻れば、多少は落ち着くだろう。

 

「あら、こんにちは」

 

挨拶をしようと思った竹井は、軽く右手を上げながら声を掛ける。

しかし、いつになく余裕の無いシャーリーは、竹井の存在に気付くことすら出来ない。彼女の脇を猛スピードで通り過ぎていった。

 

「……どうしたのかしら?」

 

なにやら様子がおかしいリベリオンウィッチの後ろ姿を見据え、竹井は小首を傾げる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数時間後、基地宿舎ミーティングルーム――

 

再びミーティングルームに戻ってきた扶桑皇国海軍大尉――宮藤優人は、げんなりとした様子でソファーに凭れかかっていた。

彼はいつもの如く部隊長執務室にて、上官であり戦友でもあるカールスラント空軍中佐――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐とデスクワークに務めていた。夕食後からずっと、ろくに休憩もしないで……。

時期に501は解散するというのに、総司令部からの書類は過去最大の枚数だった。残務整理にしてはあまりに多すぎる。

しかも優人に割り当てられた書類の数は、ミーナのそれより明らかに多い。初めのうちは上官と半々であったデスクワークにおける負担。しかし、いつしかミーナと優人の労働量はいつのにか3:7となり、最近では1:9と変化していった。

優人は何度かそのことを指摘したが、当のミーナは形の良い艶やかな唇で曲線を描いて、「ウフフ♪」と愛想笑いで誤魔化すだけだった。柔和さの中に凛とした威厳を湛えているミーナの笑顔に、優人は女性特有の腹黒さを見た気がした。だが、そういった一面も持ち合わせていなければ、連合軍上層部の政治的判断に振り回されがちな統合戦闘航空団の司令は務まらないのだろう。

実際、自分達は彼女の政治力によって何度も助けられた。故に、優人はブラック上司の理不尽な振る舞いに目を瞑ることにしていた。

 

「風呂でも入るかな……」

 

独り言ちると、優人はソファーから立ち上がる。宿舎内に設けられた風呂場へと歩を進めた。501基地の風呂は、扶桑皇国海軍設営隊によって建造された当基地自慢の大浴場だ。

風呂の時間には早すぎるが、書類仕事に忙殺された身体を癒すには風呂に限る。扶桑皇国出身の航空ウィザードは熱い湯に肩まで浸かってリラックスして、空いた時間を訓練上がりの妹と過ごそうかと思っていた。

ところが、大浴場付近の廊下を進んでいると、何者かが緊張を孕んだ声音で優人を呼び止め、彼の腕を掴んだ。

 

「お、おいっ!」

 

「ん?」

 

優人が振り返ると、ウィッチーズの中でも特に親しい友人のひとりであるカールスラント空軍ウィッチ――ゲルトルート・バルクホルン大尉が物影に身を隠すように立っていた。

 

「バルクホルン?どうしたんだ?そんなところに隠れ――」

 

「しっ!声が大きいっ!」

 

と、バルクホルンは唇の前に人差し指を立てる。明らかに彼女の声の方が大きかったが、優人は敢えて指摘しなかった。

 

「い、今……大丈夫か?」

 

「えっ?」

 

「だから、その……暇か?」

 

バルクホルンは頬を軽く染め、モジモジしながら躊躇いがちに訊いてくる。同時に腕を掴む手にギュッと力が込もり、優人は若干の痛みを覚えた。

 

「今日の分の書類は片付けたし。まぁ、暇だな」

 

「な、なら……えっと、私の部屋に……き、来てもらいたいんだが?」

 

いつもハッキリと物を言うバルクホルンが、今はなんだか歯切れが悪い。怪訝に思いつつも、優人は質問の内容を確認するように聞き返した。

 

「お前の部屋に?何でまた?」

 

「そ、それはだな!何と言うか……ベッドが、そう!ベッドだ!ベッドがおかしいんだ!」

 

「ベッド?」

 

優人が繰り返すと、バルクホルンはコクコクと何度も頷き、視線を泳がせながら言葉を続ける。

 

「やたらと軋んで、寝返りを打つと音が気になってな。ちょっと、お前に見てもらいたいんだ」

 

「ああ、そういうことか……わかったよ」

 

そう応じて、優人はバルクホルンと共に彼女の部屋へと向かった。

ベッドの軋みならば、油をさすかネジを絞め直すかで解決できるだろう。バルクホルンの彼女らしくない挙動に首を傾げながらも、優人はベッドの状態を確認するためバルクホルンの自室に入った。

カールスラントの堅物大尉の私室は壁紙が無く、壁もレンガも剥き出しのままとなっていた。家具も最小限のものしか置かれておらず、カーテンは2つある窓のうち片方のみに設置されている。

優人は以前、ミーナの部屋にも入ったことがある。彼女の部屋も派手ではなかったが、様々な調度品で彩られていた女性らしいものだった。

それに比べてバルクホルンの部屋は、18歳の乙女の私室にしてはあまりに殺風景である。持ち主の個性――バルクホルンの真面目な人柄が出ている彼女らしい室内風景だとは思うが、味も素っ気もない。出身と年齢が共通している2人で、ここまで差異が出るとは……。

それでも、仄かに薫る女性特有の甘い香りが優人の鼻腔を擽り、異性の部屋に入ったことを強く意識させる。乙女のプライベート空間に足を踏み入れたのだとハッキリ理解し、扶桑海軍大尉の心臓は自然と高鳴った。

 

(あんまり、ジロジロ見るもんじゃないな……)

 

“親しき仲にも礼儀あり”。優人とバルクホルンは、戦友兼親友と形容しても差し支えない関係にある。とはいえ、女性の部屋をやたら観察するのは、やはり失礼というものだろう。

 

「じゃ、じゃあ……確認してみるよ?……」

 

視線を送りながら優人が言うと、伏し目がちなバルクホルンが小さく頷いた。彼女も照れ臭いようだ。

下心を抑えるよう努めつつ、優人はベッドに歩み寄った。しかし、このベッドでバルクホルンが寝ていたかと思うと、それだけで心臓がドキドキと早鐘を打った。

上官兼戦友の坂本美緒をはじめ、優人は思春期の頃より大勢のウィッチと寝食を共にしてきた。彼女らを異性として過剰に意識したり、スケベな思考が働いてしまうのは男の性というもの。優人にとっては昔からの癖のようなものでもある。おいそれと治るものではない。

 

(友人の頼みでベッドを直しに来たんだぞ!変な風に考えるな!煩悩を捨てろ!)

 

優人は頭を軽く振って邪な考えを追い出すと、ベッドのマットをシーツ越しに押してみた。だが、特に軋む音はしない。

 

「別に、異常はなさそうだけど?他の場所が悪いのか?それとも、もっと体重を掛けないとダメか?」

 

それはバルクホルンに訊ねたというよりは独り言のようなもので、彼女から返事はなかった。

 

「ん?」

 

優人が体重を掛けようとしてベッドに乗ると、背後からバルクホルンが近付いてきた。気配に気付いた扶桑海軍大尉が振り返るのと、カールスラント空軍大尉が彼の肩を掴んだのはほぼ同時であった。

さらに、バルクホルンがすかさず体重を掛けてきたため、虚を衝かれた優人はあっさりと仰向けの状態でベッドに押し倒されてしまう。

 

「うわっ!バ、バルクホルン!?」

 

戦友の予想外の行動に優人は当惑する。目の前の堅物大尉は、10代の少女らしく華奢な体格をしているが、普段から鍛えているだけあってやたらと力が強く、男の優人であっても彼女の拘束を解くことは容易ではない。

優人の上に乗ったバルクホルンは、彼の顔をジッと見据えながら興奮気味に話を切り出した。

 

「ゆ、優人っ!お、お前を男と見込んで頼みがある!」

 

そう言って、バルクホルンは優人の胸ぐらをグッと掴んだ。フーフーと息を荒し、鬼の形相を向けてくる。馬乗りの体勢といい、どう見ても人にものを頼む人間の態度ではないが、バルクホルンの表情は真剣そのものだった。

 

「た、頼み?」

 

「1日。いや、半日で構わない!」

 

バルクホルンはそこで一旦言葉を切り、スゥ~ッと深呼吸してから続けた。

 

「私の恋人のフリをしてくれっ!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

30分後――

 

「落ち着いた?」

 

ベッドの端に尻を置いた優人は、隣に座っている部屋の主に穏やかな口調で訊ねた。

 

「ああ、すまない。見苦しいところを……」

 

バルクホルンは俯き加減に伏せた顔を両手で覆っている。

隠れた表情を窺い知ることは出来ないが、耳が仄かに紅潮しているのが分かる。醜態を晒してしまったことへの羞恥心から真っ赤になっているのだろう。

 

「えっと、つまり……」

 

暫しの沈黙を挟んだ後。優人は気まずそうに頬を掻きながら話を戻した。

 

「お前の妹さんの前で恋人の演技をすればいいわけだな?」

 

「あ、ああ……」

 

漸く顔から熱が引いたのか。バルクホルンは顔から両手を離し、小さく頷いた。

今日の午前中。バルクホルンはハルトマンと共に軍用車でロンドンへと出掛けていた。遠出の理由は、最愛の妹――クリスティアーネ・バルクホルンの見舞いである。

クリスが意識を取り戻してから2回目の見舞い。バルクホルンは妹との談話を時間が許す限り楽しんでいた。彼女にとって至福な一時だったが、残念ながらそれだけで終わらなかった。

終盤、姉妹同士の会話は恋話に変わり、クリスから交際経験の有無を訊かれ、バルクホルンはつい見栄を張ってつい「ある!」と答えてしまったのだ。

そればかりか、「こう見えて私はモテるんだ!」「周りには秘密にして大勢の男と付き合っていた!」「今でも、一声かければすぐにデートに行けるほどの人数をキープしている!」等々。調子に乗り、誇張しまくった結果、クリスが姉の交際相手に会ってみたいと言い出し、バルクホルンは勢いでそれを快諾してしまった……とのこと。

そこで優人に恋人役を頼もうと、こっそり自室に招き入れた。ベッドの軋みを直して欲しいというのは、優人を部屋へと誘うための方便だった。

物影に隠れて優人を待ち伏せたり、こそこそ部屋に連れ込んだのは、他のウィッチ――特にハルトマンやシャーリー、ルッキーニ――に見つかりたくなかったかららしい。

 

「何で、そんなこと言ったんだよ」

 

優人は半分呆れたような声音で言う。バルクホルンは視線を床に落としたまま、小さな声で「すまない」と返す。

 

「妹は……クリスは、私を完璧な姉だと思っていてな。私は、私はあいつの夢を壊したくないんだ……」

 

結局のところ。妹の前で良い格好したいだけなのだが、優人はバルクホルンの考えを否定しきれなかった。彼にも妹がいる。目に入れても痛くないほど可愛い妹が……。

自分を慕ってくれる妹を失望させたくない、というバルクホルンの心境に、優人は強い共感を覚えていた。心ならずも戦友の頼みを聞くことにする。

 

「わかった、やるよ。演技力は保証できないけどな」

 

明後日には“天城”に乗艦し、基地を発つことになっている。ペリーヌはもちろん、バルクホルン達カールスラント組もガリアで艦を降りる予定だ。そして、優人と芳佳は欧州から遠く離れた扶桑へと帰還する。

次に欧州へ派遣される時期も、今後の戦況もどうなるかわからない。或いは、派遣されないまま現役を退くこととかるか可能性もない。優人はもう19歳だ。

クリスの前で恋人芝居をするなら、もうチャンスは明日しかないだろう。

 

「ホントかっ!?」

 

バルクホルンは伏せていた顔を勢い良く上げ、弾むような声で訊ねる。

 

「ただし、やるなら一度だけだぞ。あとは別れたことにでもしてくれよ?」

 

「も、もちろんだ!」

 

破顔したバルクホルンは、自らの両手で優人の両手を握り、ズイッと彼の眼前まで詰め寄った。シャンプーとブレンドされた甘い香りが髪から薫り、優人の鼻腔を擽る。

 

「ありがとう!ありがとう!本当にありがとう!」

 

「う、うん」

 

感極まっているのだろうか。謝意を述べるバルクホルンの所作が少々オーバーリアクションに優人はたじろいだ。

 

「お二人さん♪な~にやってんのぉ?」

 

不意にドアの方からケラケラと明るく笑う声がする。ハッとなった優人とバルクホルンは、反射的に声のした方へと視線を走らせる。

半開きとなったドアと壁の隙間から、悪意のある笑みを浮かべたハルトマンが顔を覗かせていた。

 

「は、ハルトマンっ!」

 

よりによって、一番見られたくない人間に見られてしまった。バルクホルンの表情が一瞬で凍りつく。

 

「夜遅くにベッド上で仲良く絡んだりして。あっついねぇ♪」

 

「ち、違う!断じて違うぞ!」

 

勢い良く床を蹴って立ち上がったバルクホルンは、ムキになって否定する。

 

「私は、ただ優人に頼み事をだな!」

 

「頼み事ぉ?ベッドに押し倒して?」

 

「そ、それは……優人が逃げないようにと……」

 

「何で優人が逃げるの?」

 

「いや、だから……」

 

なんとか誤魔化そうとするも、バルクホルンは動揺のあまり上手く言葉が紡げない。それでなくたって、彼女に口達者なハルトマンの追及を躱せるはずもなかった。

 

「トゥルーデ、隠さなくてもいいじゃん♪いろいろと溜まってて、優人で発散したかったんでしょ?」

 

「なっ!?」

 

ハルトマンの口から飛び出した戦友の下品な物言いに、生真面目且つウブな性格のカールスラント空軍大尉は絶句する。その表情はネウロイのビームもかくやというほどに赤面していた。

 

「もぉ~♪それなら相談してくれれば良かったのにぃ~♪」

 

バルクホルンの反応が面白かったのか。悪戯好きなカールスラントのウルトラエース――黒い悪魔は、さらに畳み掛けてきた。

 

「私の方からミーナに話を通して、“それ用”の資料を用意し――」

 

「ちっがぁああああああああああああああう!!」

 

ハルトマンの指摘を必死に否定するバルクホルンの声は遠吠えにも似た叫びとなり、部屋のみならず宿舎全体――或いは基地全体――に響き渡った。

隣に座っている優人は、鼓膜を突き破らんばかりの怒鳴り声に堪らず両耳を塞いだ。

 

「にゃはは♪欲求不満のトゥルーデ♪男に夜這いをかけるぅ~♪」

 

「ハルトマン、貴様ぁ~!その口を塞いでくれる!」

 

「やだよ~♪にゃはははは♪」

 

戦友をおちょくりつつ、ハルトマンは軽やかな足取りで逃走を開始した。怒り狂ったバルクホルンは一目散に部屋を飛び出し、全力疾走でハルトマンを追い掛けていった。

 

「…………今日も元気だな」

 

やがて2人の足音が聞こえなくなり、優人は開きっぱなしのドアに目を据えて独り言ちる。その口調は何処か他人事だった。

 

「ん?」

 

部屋を出ようと腰を持ち上げた優人は、ふと視界の端に何かを捉える。それはベッド脇にあるチェストの上に置かれた写真立てだった。

穏やかな笑みを浮かべるバルクホルンと、無邪気な表情で微笑む彼女の妹――“クリス”ことクリスティアーネ・バルクホルンのツーショット写真が収まっている。仲睦まじい姉妹を映した思い出の1枚と言ったところだろう。

 

「バルクホルンの妹……クリスさんか……」

 

優人は写真立てに顔を寄せ、カールスラントの仲良し姉妹のツーショット写真をしげしげと観察する。

バルクホルンの妹――クリスは、姉とよく似ている。姉妹なのだから当然と言えば当然なのだが、生真面目で堅苦しい人柄のゲルトルートに対し、クリスは明るく柔和で親しみ易い印象を受ける。

以前バルクホルンから聞かされた通り、雰囲気は何処となく優人の妹――扶桑皇国海軍軍曹の宮藤芳佳と似ていた。

 

「まっ、芳佳の方がずっと美人だけどな……」

 

シスコン満載の独り言を呟くと、当初の目的地である大浴場へ向かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1時間後、ミーナの部屋――

 

「あら、優人と出掛けるの?」

 

ハルトマンとの基地全域を舞台とした鬼ごっこを繰り広げたバルクホルンは、ミーナの部屋を訪れていた。

部屋の主である彼女は薄ピンク色のキャミソールにカーディガンを羽織った寝間着姿。ゆったりとしながらも、女性の色香を感じさせた。

対して、バルクホルンは襟元をリボンでキツく結んだ制服姿。普段通りの見慣れた出で立ちは味も素っ気もなく、バルクホルンという素材の良さをあまり活かせていない。

 

「あ、ああ……」

 

確かめるように訊くミーナに、バルクホルンは歯切れ悪そうに応じる。

 

「そ、それで……その……少し、オシャレして……行こうかと……」

 

「えっ、オシャレ?」

 

ミーナは少し意外そうな顔をして訊き返した。何年も前からウィッチとして、カールスラント軍人として生きることを決意し、女の子らしい生き方←趣向には見向きもしなかった。

さすがにオシャレへの興味や憧れ、女子力等がまったくないわけではないだろうが、彼女本人はあくまで模範的なカールスラント軍人であることに徹し、殆んど無私で軍隊生活を送ってきた。

そんなバルクホルンが、一体どういう心境の変化でオシャレする気になったのか。ミーナは強い興味を抱く。

 

「何だ、おかしいか!私だって女なんだぞ!」

 

バルクホルンは頬を軽く膨らませ、プイッとそっぽ向いた。

子どもっぽい反応を見せた戦友を見て、ミーナはクスクスと笑声を立てる。

 

「ふふ♪ごめんなさい。それで?」

 

ミーナは話の続きを促す。バルクホルンは何か言いたげな視線を寄越しつつも、話を再開した。

 

「外行き用の私服は持っているのだか、化粧をしたことが無くてな」

 

「手伝えばいいのかしら?」

 

先回りして答えるミーナに、バルクホルンは小さく頷いた。

 

「ふ~ん♪滅多に着ない私服に御化粧まで……」

 

なにやらミーナは意味ありげに呟き、生真面目な戦友に目を据える。さらにニッコリと、わざとらしい笑みまで浮かべて見せる。

 

「か、構わないか?」

 

「もちろんよ♪お友達として、家族として応援させて頂戴♪」

 

うんうんと感慨深げに何度か頷くと、ミーナはさらに言葉を続けた。

 

「前から思ってたけど。あなたと優人、とってもお似合いよ♪」

 

「?」

 

妙に訳知り言動を取るミーナを見て、バルクホルンは頭上に疑問符を浮かべる。“応援”やら“お似合い”やら、一体何を言いたいのか。

数瞬考えた後。堅物大尉はハッとなって戦友兼上官の意図に気付く。

 

「ち、違うっ!断じて違うぞ!お前が想像しているようなことは絶対にないっ!」

 

「心配しないで♪皆に言いふらすような真似はしないから♪」

 

「違うと言っているだろうっ!変な誤解をするなっ!」

 

「わかってる、わかってるから♪」

 

誤解を解こうとするバルクホルン。しかし、ミーナはそれを照れ隠しと思ったらしい。優秀な指揮官であるはずの彼女は「わかっている」と言いながら、まったくわかっていないのだ。

 

「さて、明日は気合い入れてメイクしないとね♪」

 

「違うと言っているだろうっ!」

 

バルクホルン悲痛な訴えは、終ぞミーナの誤解を解くことが出来なかった。




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