念のため↓
現実で言うところのスカート→ストパン世界ではベルト
扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦“天城”が、移送任務でブリタニアに到着した翌朝。
ドーバー海峡へ突き出した半島に屹立する第501統合戦闘航空団基地の正門から、1台のリベリオン製ジープが姿を現した。
ブリタニア本土へ向けて、ジープは石畳の道を疾走する。潮が満ちると海中へ水没するこの一本道が、基地とグレートブリテン島を繋ぐ唯一の陸路なのだ。
ジープに搭乗しているのは、2人組の男女――扶桑海軍大尉の宮藤優人と、カールスラント空軍大尉のゲルトルート・バルクホルンだ。
ジープの運転を担当する優人は、紺色の長ズボンを履き、白いTシャツと黒色のジャケットを羽織っている。普段着ている純白の扶桑海軍第二種軍装とは異なり、シックな印象を受ける。この服は芳佳とデートする際にも着ていた服で、優人のお気に入りだ。
当然、助手席に座っているバルクホルンも、見慣れた灰色の制服姿とは異なる出で立ちだった。いや、輝いていると形容するべきか。
腰部がコルセット状になっているハイウエストの青いロングベルトに、真っ白なブラウスという真面目な委員長タイプのバルクホルンらしい清楚で露出の少ない組み合わせである。
清純な雰囲気を醸し出しながらも、腰の括れや胸部の豊かなふくらみを強調し、持ち主の凹凸のハッキリしたボディラインが露になっている。
ブラウスの襟元は、ベルトと同色のリボンが制服時と同じくらいキツめに結ばれていて、ちょっと窮屈そうだ。
外行きの私服に着替えた2人は、傍目にはデートに向かうカップルに見えなくもない。乗っている車が年季の入った色気のないオリーブドラブのジープでなければ完璧なのだが……。
「………………」
運転席でハンドルを握る優人の表情には、緊張の色が浮かんでいた。
傍目には、故郷で右ハンドルに慣れきった扶桑人が、不慣れな左ハンドルの運転に不安を感じているように見えるかも知れない。
しかし、優人は車の運転を本大戦初期のリバウで覚えていた。なので、扶桑人でありながら左ハンドルの方が馴染み深い。彼の心をざわつかせているのは、隣に座っている戦友なのだ。
今回のロンドン行きの目的は、バルクホルンの最愛の妹――クリスティアーネ・バルクホルンの元へ見舞いに訪れ、尚且つ優人が彼女の前でバルクホルンの恋人を演じることだった。
カールスラントの堅物大尉は、妹相手にいい格好したいがために見栄を張りまくり、嘘の上に嘘を重ねた。その結果、バルクホルンは居もしない恋人を妹に紹介するハメになってしまう。
引くに引けない状況へと追い込まれたバルクホルンから懇願される形で、優人は恋人役を引き受けることになったのだ。
(それにしても綺麗だな……)
ジープが本土へ到達したところで、優人は横目でチラッとバルクホルンに目をやった。薄くだが、年頃の女性らしい化粧が施された横顔を視界の端に捉え、優人は胸がトクンと高鳴るのを感じていた。
彼女も落ち着かないらしい。居住まいを正しつつも、時折モジモジと腰を揺らし、膝の上で重ねた両手の指も忙しなく動かしている。
いつも2つ結びにされている茶髪は下ろされ、海から来る潮風に靡いて優雅に舞う。髪から香水混じりの柔らかい香りが立ち込め、扶桑海軍大尉の鼻腔を擽った。
化粧気のない普段の彼女も、ハリウッド女優に負けず劣らず、かなりの美人だ。粧したことで、女性としての魅力が200%増しとなっている。
出発前。粧し込んだバルクホルンを前にして、優人はあまりの美しさと華やかさに見惚れてしまっていた。
さすがに実行に移したり、芳佳がドレスアップした時のような醜態――衝動的に抱き締める、相手の魅力に当てられて気を失う等――を晒したりはしなかったが……。
ふと自分を凝視する気配に気付き、バルクホルンが顔を向けてきた。彼女と目が合った優人は、咄嗟に視線を正面へ走らせた。
「………………」
「………………」
沈黙が車内を支配し、ドライブが気まずくなる。優人は曲がり角でハンドルを切りながら、基地を出てからまったく言葉を交わしていないことに気付く。
お粧しをした女性が目の前にいるのだ。やはり何か気の利いた褒め言葉の一つでも掛けるべきだったろうか。
だが、如何せん。優人はそういったことは不得手である。適切な言葉が中々思いつかない。
癪ではあるが、こういう時だけ502のヴァルトルート・クルピンスキー中尉を羨ましく思う。
「…………やはり、似合わないか?」
煩悶とする扶桑海軍大尉の思考は、助手席から聞こえた汐らしい声によって遮られた。言うまでもなく、声の主はバルクホルンだ。
「えっ?」
優人が反射的に訊き返すと、バルクホルンは数瞬置いてから薄く口紅の塗られた唇を動かした。
「そうだろうな。可愛いらしさも色気もない私なんかが、粧したところで……滑稽なだけ、だな」
膝元に目線を落とし、バルクホルンは震えた声音で言う。優人に、というよりは自問しているようだ。
規律の鬼らしからぬ弱気な発言。その瞳には不安の色が滲んでいる。
軍務以外には万事疎いカールスラント空軍ウィッチ――ゲルトルート・バルクホルン。501結成以前から軍務に没頭し、おしゃれに挑戦したり、羽目を外して遊んだりしたことは殆んどない。
さすがに関心が全く無いわけではないだろう。しかし、真面目過ぎるほど真面目で、人一倍責任感の強い彼女のことだ。カールスラント軍人として規律を重んじ、ウィッチの使命を優先してきた。
そんな彼女が、妹を――言葉は悪いが――欺くこの機会を利用して年頃の少女らしく着飾ってみようと思ったのは想像に難くない。
(やっぱり、私に……女らしい格好など似合わないか……)
バルクホルンは少々ナーバスになっていた。殆んどのウィッチがそうであるように、彼女は超が付くほどの美女だ。
目鼻立ちが整っていて、長い茶髪も絹糸のように美しく、スタイルもモデル並に良い。彼女の容姿を見た人間は皆そう思う。しかし、バルクホルン自身に女としての自信がなかった。
同じウィッチでありながら、ミーナや芳佳、リーネ、ペリーヌ、サーニャは女の子らしさに気を遣い、振る舞いからして軍人気質の自分と違っている。
一見スピードや機械弄りにしか興味がないように見えるシャーリーも、私服や水着等の趣味からは女性らしさが窺え、下着も可愛らしさや色気を感じるもの多く所持している。対して、自分は下着も水着も実用性重視で味も素っ気も無いものばかり。
帝政カールスラントの誇るウルトラエースとして、501Wエースの片割れとして。戦闘では仲間達から大いに信頼されているバルクホルンも、内心では劣等感を抱いているのだ。
「そんなことない!」
ふと力の込もった耳朶を叩かれ、俯いていたバルクホルンはハッと顔を上げる。
いつの間にか道路の端にジープを停車させていた優人が、真剣な眼差しを向けていた。
「バカなこと言うなよ!お前は綺麗だ!制服姿や空を飛んでいる時も素敵だけど、今はその何倍も魅力的になったよ!今すぐ結婚を申し込みたいくらいだ!」
「……えっ?」
自分を卑下する自分を叱咤し、思いつく限りの言葉で励まそうとする。優人が捲し立てる中で、バルクホルンは“ある発言”を聞き逃さなかった。
「け、け、けけけけけ……結婚!?」
発言の意味を理解するなり、バルクホルンは顔全体を赤ランプのように赤くする。
「あ、いやいや!それはあの言葉の綾というか、なんと言うかだな……」
彼女の反応を見て、優人もまた自分が勢いに任せて何を口走ったかを理解し、慌てて訂正に入る。
先程の声高な発言とは打って変わり、歯切れが悪くなっていた。
あくまでも粧したバルクホルンが、結婚を申し込みたくなるほど魅力的だと伝えたかっただけで、プロポーズをしたわけではない。
だが、優人の口から出た「結婚を申し込みたい」言葉をそのまま受け取ってしまい、バルクホルンはすっかり動揺していた。
「ききききき、気持ちは嬉しいが!わわわわ、私には……そ、祖国奪還という使命があって!自分の幸せのことなどは!」
「だから違うんだって!ちょっと落ち着いて!」
優人が取り乱しているバルクホルンを落ち着かせ、再びジープを発進させるまで1時間以上かかった。
◇ ◇ ◇
同時刻、501基地――
(まただわ。やっぱり、誰かが見ている)
優人とバルクホルンがジープでロンドンへ向かっている頃。朝食を終えた竹井は、機材の搬入作業の様子を確認しようと、天城が入港中している基地の港へ向かって基地宿舎の廊下を歩いていた。
途中、自分を監視する例の視線に気付いて歩みを止めた彼女は、肩越しに背後を振り返った。
「わわっ!竹井さんがこっち見てますよ!」
視線の先にいたのは2人の501ウィッチだった。1人は宮藤芳佳軍曹。竹井と同じく扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊を原隊とする航空ウィッチ。
竹井にとって1人の戦友の妹で、もう1人の戦友の弟子でもあり、縁のある相手と言ってもいい存在だ。
「シッ!静かに!気付かれたらどうするんですの!?柱の影に隠れなさい!」
もう1人はペリーヌ・クロステルマン中尉。芳佳と同じく竹井の戦友――坂本美緒少佐の弟子にして、自由ガリア空軍第602飛行隊から501に派遣されているガリア共和国屈指のエースウィッチである。
竹井に見つかって狼狽える芳佳の腕を掴み、柱の影に引っ込むペリーヌ。大きめ声を出した扶桑ウィッチを注意する“青の1番”だが、実は声の方が大きかったりする。
(あの柱の影から見えるのは……優人の妹さんに、クロステルマン中尉よね?視線の正体ってあの2人?)
柱越しにこちらの様子を窺う2人。竹井は訝しげに細めた目を向ける。
芳佳とペリーヌは坂本と入れ違いで基地を訪れてた竹井をずっと監視していたようだ。ストーカーの正体が変質者の類いでなかったことに、取り敢えず竹井は安堵する。
しかし、彼女等が何故知り合ったばかりの自分をつけ回すような真似をするのか。竹井には分からない。だが、思い当たる節はあった。
噂では、501創設に尽力した元ブリタニア大将の後任として、ガリア解放直前まで501の上官を務めたブリタニア空軍戦闘機軍団司令官――トレヴァー・マロニー大将と、ミーナをはじめとするストライクウィッチーズの面々は不仲だったとされている。
事実。独立集団であるはずの501に対して度々作戦指揮権を譲渡し、ブリタニア空軍の指揮下に入るよう要求してたマロニーと。それを拒みつつ、着実戦果を上げ続けた501の面々は終始対立していた。
基地内にマロニーと通じている者が紛れ込んでいたという旨の噂も、真しやかに流れている。
ミーナも優人も、他の501ウィッチも表向きは竹井のことを歓迎してくれていた。しかし、内心ではどうなのか。
ウィッチーズの中に、マロニー一派との対立が原因で余所者に不信感を抱く者がいても不思議ではない。
芳佳とペリーヌは、自分という部外者を信用出来ずに警戒・監視しているのだろうか。そう思うと、“リバウの貴婦人”は少し悲しくなった。
深い溜め息と共に肩を竦めた竹井は、自らを監視する2人を振り切るかのように早歩きを始めた。
「あっ!竹井さんがっ!」
「っ!?逃がしませんわよ!」
芳佳とペリーヌも柱の影から飛び出し、遠ざかる竹井の背中目掛けて走り出した。
やがて、竹井は角を曲がった。彼女の後に迷わず続いた2人だったが、それがまずかった。曲がり角の先では、身を反転させた“リバウンの貴婦人”が彼女等を待ち構えていたのだ。
「「あっ!?」」
追跡していたベテランウィッチが、腕を組んで仁王立ちする様を見て芳佳とペリーヌは揃って動きを止め、上官に対して直立不動の姿勢を取った。
「私に何か用かしら?」
「い、いえ。別に……」
「昨日から、ずっと私をつけてたわよね?」
誤魔化そうとするペリーヌに対し、そうはさせないとばかりにすかさず問い質す。
出来るだけ穏やかな口調で訊いたつもりだったが、数々の修羅場を潜り抜けてきたベテランの威厳は残念ながら隠し切れなかったらしい。
「ええと!ええと!」
「そんなことは、この先に用がありまして……」
分かりやすく狼狽える芳佳と、なんとか誤魔化し切ろうとするペリーヌ。しかし、“リバウの貴婦人”は甘くはなかった。
「……この先、行き止まりのはずよね?」
基地に来て間もない竹井だが、今いる一画の間取りは把握していた。そして、ペリーヌ達がどんな言い訳をするかも先読みし、2人を誘い込んだのだ。
「さぁて、白状してもらいましょうか?」
「「………………」」
扶桑、ガリアの若きウィッチ達は黙り込んでしまう。竹井の態度・口調は決して威圧的ではないが、今の彼女はウィッチーズを叱りつける時のミーナに何処となく似ていた。
「私、何かあなた達の気に障るようなことでもしたかしら?」
「っ!?違いますっ!」
少しだけ悲しみを滲ませた声音で問う竹井に、すぐさま芳佳が反論する。
「なら、どうして?」
竹井は前屈みになり、芳佳の顔を覗き込みながら訊ねる。海軍の後輩を安心させようと、口元に微笑みを湛える彼女は、姿勢も相俟って“小さい子どもに話しかけるお姉さん”のようだ。
「竹井大尉、宮藤さんは悪くありませんわ。非は全て私に……」
「ペリーヌさん……」
上官としての責任。そして、戦友としての情からペリーヌは芳佳を庇う。
芳佳が配属された数ヵ月前。折り合いが悪かった2人が、今では互いを思い合う友人となっていた。
尤も、未だにペリーヌは優人や坂本に関する事柄で、芳佳に嫉妬することが多々あるが……。
「その……竹井大尉が、坂本少佐やお兄さ……宮藤大尉と、どのようなお知り合いなのかが気になりまして……」
「それで、つい後をつけるような真似をしてしまった……というわけね?」
竹井が確かめるように問うと、ばつが悪そうな顔したペリーヌは小さく頷いた。
「はい、その通りです。大変失礼を致しました」
「竹井さん、ごめんなさい」
芳佳とペリーヌが揃って頭を下げる。素直に謝罪する姿勢に、竹井はクスリと笑声を漏らした。
「ふふ♪そういうことなら、ちゃんと説明しなきゃいけないわね♪」
竹井な一拍置き、可愛らしい後輩ウィッチ等に自分と優人と坂本の関係を話始めた。
「簡単に言えば、優人と美緒……宮藤大尉と坂本少佐は私にとって所謂“同期の桜”であると同時に、先生であり、戦友であり、掛け替えのない親友よ♪」
「それでは良く分かりませんわ」
と、ペリーヌが眉を顰める。具体的なようで、やや抽象的な竹井の言い回しに不満があるようだ。
「もっと具体的に……その、どういう……?」
ペリーヌの要望に応え、竹井は噛み砕いて説明する。彼女と優人、坂本。そして、もう1人――扶桑海軍遣欧艦隊機動部隊に配属されている若本徹子中尉の4人が、同時に海軍ウィッチへ志願したこと。
北郷章香少佐――現在は中佐にして、佐世保航空予備学校の校長――の指揮する部隊で切磋琢磨しながら共にネウロイと戦ったこと。
扶桑海事変後。竹井は海軍兵学校へ入学。優人と坂本は遣欧艦隊に、若本は第1航空戦隊にそれぞれ配属されたこと。
リバウで再会した優人と坂本が、零式の開発やロマーニャでの修行で実力を向上させており、竹井にとっては教えを請う先生のような存在だったこと。
大戦初期のリバウでは扶桑海軍事変以来、久々に肩を並べてネウロイと戦ったこと。
思い出を噛み締めるように語る竹井の話を、芳佳とペリーヌは夢中になって聞いていた。
「死を覚悟した窮地でも、2人がいてくれたから生き延びることが出来たわ。だから坂本少佐と宮藤大尉は、同期の桜であり、先生であり、戦友であり、掛け替えのない親友なの。これで納得してくれるかしら?」
「あの、もう一つだけ!」
話を終えようとする竹井に、芳佳が手を挙げて質問する。
「竹井さんはお兄ちゃんの……その、恋人……なんですか?」
頬を軽く染めながら芳佳は訊ねる。その声は尻すぼみになっていった。
芳佳のようなブラコン妹からしてみれば、最も重要な疑問である。しかし、質問の内容意外だったのか、竹井は少々面食らったような顔をする。
「ふふっ♪違うわ」
真剣な面持ちで訊いてくる芳佳を可愛らしく思った竹井は、軽く吹き出しながら応じる。
「あなたのお兄さんはとっても素敵な人だけど。私との関係はあくまでお友達よ♪」
竹井にそう言われて安心したらしい。芳佳は胸に手を置き、ホッと息を吐いていた。
「そうですか……」
「優人のことが大好きなのね?」
「はい!自慢のお兄ちゃんなんです!」
と、芳佳は屈託のない笑顔で答える。その明るい表情に竹井は心洗われる気分だった。
「これで問題は解決かしら?」
「竹井大尉、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「本当にすみませんでした」
迷惑を掛けた上官に対し、ペリーヌと芳佳はもう一度頭を下げて謝罪する。
謝意を述べる彼女等の姿を微笑ましいと思う一方で、竹井は心中で深い溜め息を吐いていた。
(まったく、美緒も優人も相変わらず。リバウの罪作りコンビは未だ健在……ってところかしら?)
◇ ◇ ◇
昼食時、ブリタニア首都ロンドン――
ロンドンに到着した優人とバルクホルンは、少し早めの昼食を摂っていた。
クリスの見舞いを済ませてから食事にするつもりだったが、ロンドンに来るのが予定よりも大分遅れてしまい、先に昼食を摂ることにしたのだ。
背の高いウェイターにテラス席へ案内された2名の連合軍大尉は、店主自慢のパスタやパンケーキに舌鼓を打つ。腹を満たした後はコーヒーを追加注文し、喉を潤していた。
甘党且つ子ども舌で、ブラックコーヒーが飲めない優人は、砂糖とミルクをたっぷり加えていた。その様子を見ていたウェイターから険しい視線を向けられていたが、優人は気にしないことにした。
甘味が増したコーヒーで口内を湿らせる。何の変哲もない一般的なコーヒーだったが、美女と一緒に飲むとより美味しく感じる。
チラッと向かいに座るバルクホルンに目をやる。彼女もまた、コーヒーを口に運んでいた。正面から見て漸く気が付いたが、彼女は意外と睫毛が長い。
「お、おい!何だあの娘!?」
「スッゲェ美人じゃね~か!」
「スタイルいいなぁ!モデルさん?」
「ひょっとして女優!?」
「ちょっと声掛けてみない?」
「彼氏持ちみたいだぞ?」
「あの扶桑人!どこであんないい女を!?」
「羨ましい!」
テラススペースのあちこちのから、そんな声が聞こえてくる。バルクホルンは図らずも客達の視線を集めていた。
彼女に注目している者の殆んどが若い男性なので、男っ気のない堅物大尉にモテ期が到来したと言える。
男共の囁き声は、当然バルクホルンにも聞こえてる。コーヒーを飲み干すと、彼女は羞恥心から俯き加減になる。化粧の施された美人顔は、熟れたトマトの如く赤面していた。
一方の優人は、自らの美しさで大勢の男達を色めき立たせるバルクホルンの――1日限りの演技とはいえ――恋人でいることを誇らしく思い始めていた。
(将来、バルクホルンと結婚する人は幸せだな)
規律に厳しい性格と軍務に没頭していることが多いため忘れられがちだが、バルクホルンは美人なだけではなく、家庭的な少女でもある。
炊事、洗濯、掃除と。いつお嫁に行っても問題無いほど家事スキルが高い。
生真面目さからくるお節介と口うるささはあるものの、それもゲルトルート・バルクホルンの魅力の一つと言える。
本人がその気になれば、優人に頼らずとも本物の恋人をクリスに紹介できただろうに……。
「そろそろ行くか?」
「あ、ああ……」
甘味たっぷりのコーヒーを飲み終えたところで、優人は提案する。
バルクホルンはまだ顔から熱が引かないらしい。声を絞り出すようにして応じる。
会計を済ませた2人は、男性客達の羨望と憧憬が入り雑じった視線を背中に受けつつ、店外へ出る。
「さて。いよいよお前の妹さんと御対面だな」
「あ、ああ……」
優人の言葉を聞いて、バルクホルンは熱が退き始める代わりに緊張が全身を駆け巡るのを感じていた。
自分の身勝手で、大切な友人に無理な頼み事を引き受けてもらっている彼女だが、クリスを前にして恋人の演技をやり通せるかという不安を抱いていた。
果たして上手くやれるだろうか。エイラほどではないにしろ。バルクホルンは嘘を吐くことが苦手だった。
最愛の妹の目の前だと、つい気が緩んでしまい、仕様もないポカをやらかすという欠点もある。
ハッキリ言って自信が無い。大型ネウロイに単身で挑む方がよっぽど楽に思えた。
「行こう」
短く告げて、優人が自らの右手を差し出してきた。バルクホルンは彼の意図が理解できず、「えっ?」と目を丸くした。
「いや、恋人の演技するわけだから。予行練習も兼ねて手を繋ごうかと……」
「なっ!?何を言っているんだ!」
突然、バルクホルンは声を張り上げた。「何事か!?」と通行人達の目が一斉に向けられる。
「て、てててて……手なんぞ繋いで!も、もし子どもが出来てしまったら、どう責任を取るつもりだ!」
「……バルクホルン。頼むから落ち着いて」
不安どころか、完全にテンパってしまっているカールスラントの堅物大尉を前にして優人は思った。早くも前途多難だと……。
バルクホルンが冷静さを取り戻すまで、1時間ほど掛かり、またしても病院が遠ざかってしまった。
◇ ◇ ◇
同時刻、501基地宿舎客室――
第504統合戦闘航空団へ戦闘隊長として招聘されている竹井醇子扶桑海軍大尉は、芳佳やペリーヌと別れて客室に戻っていた。
ロマーニャの基地へ向かう途中、移送任務を帯びて立ち寄った当基地の司令――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐から、ウィッチ宿舎の一室をまるごと貸し与えられていた。
竹井及び天城への乗艦を希望するストライクウィッチーズの面々は、ガリア経由でロマーニャと向かう予定である。
そのため。軍の1人部屋にしては広過ぎる室内には、必要最低限の生活用品のみが置かれている……はずだった。
「ふぅ……」
疲れを吐き出すように一息漏らすと、竹井はベッドに腰を下ろした。
日頃から、ウィッチーズに素晴らしい寝心地を提供しているベッドの上には、1通の封筒が置かれている。竹井は封筒を手に取って開封する。
「人に見張られてると思うと、趣味も憚られるわね」
困ったような笑みを浮かべつつ、竹井は封筒の中から一冊の本を取り出す。何かの雑誌のようだ。
これは竹井醇子の愛読書で、扶桑皇国の知る人ぞ知る出版社で取り扱われている本だが、ジャンルが少し……ほんの少し特殊なものだった。
タイトルは『皇国の腐女 九月号』となっており、端正な顔立ちをした2人の青年が表紙を飾っている。
青年達は、それぞれ扶桑陸軍のカーキ色の制服と、海軍の第二種軍装備を着用している。いずれも士官用の制服だが、注目すべきはそんなことではない。
美青年2人が絡み合うような所作で、純白のシーツに身を投げている姿が表紙に描かれていることだ。
「ふふふ♪今回の表紙も中々ね♪」
表紙の出来栄えをチェックした竹井は、満足そうに喉を鳴らす。舌舐めずりまでする彼女の姿は、獲物を前にした肉食獣を連想させた。
「504戦闘隊長着任前に、英気を養わせてね♪」
表紙に薄紅色の唇を落とすと、竹井はゆったりした所作で雑誌を開いた。
これぞ、扶桑皇国海軍航空歩兵の一部しか知らない竹井醇子大尉の裏の顔――“リバウの貴腐人”である。
えっ?優人とウィッチーズは、一体いつ天城に乗艦するのか、って?
予定では、次の次の話からです♪←
感想、誤字脱字報告をお願い致します。