1944年9月、ガリア・カールスラント国境線――
ガリアの一大要塞線――マジノ線の地下通路は、予想していたより大分広かった。
横幅や床から天井までの距離が長く、航空機は無理でもストライカーユニットを履いたウィッチ・ウィザードが飛行するには十分なスペースが確保されている。
それでも上下左右コンクリートの分厚い壁に囲まれた建造物内にいる事実は変わらない。壁や仲間との接触ないし衝突を避けるため、4名のウィッチ・ウィザードは可能な限り低速で飛行していた。
電気系統が生きているのか。殆んどの照明が点灯している。要塞地下は明るく照らされ、視界も良好である。
また、床には電気トロッコ用らしき2本の線路が設置されているが、特に傷んではなさそうだ。各種設備が正常に機能し、必要な人員さえ集まれば、すぐに再運用出来るかもしれない。
しかし、今のガリア軍にはマジノ線の維持及び運用のために回す人員も資金も無い。そんな金があるなら、国の復興はもちろん、戦車、航空機、ストライカーユニット等の製造に注ぎ込むべきだ。
空からの攻撃に無力であるマジノ線が、奪還されたガリアの防衛においてコストパフォーマンス以上の能力を発揮出来るとも思えない。
維持費が建造費に匹敵する――建造費160億フラン、維持費140億フラン――マジノ線は、今ではガリアの金食い虫。見るものを圧倒する巨大要塞の威容も、無用の長物と化してしまった。
「待ち伏せ!?」
竹井が微かに苛立ちを滲ませた声音でぼやく。地下通路を進むと、案の定進行方向から火線が飛んできた。
それと前後して、長い通路の奥に巨大な影が現れた。優人達4人が攻撃目標――人類側の自走砲とよく似た形状の大型地上ネウロイだ。
連合軍主力部隊に大打撃を与えた巨大な主砲と、主砲と比べると威力は劣る――といっても、命中すれば航空機くらいは一撃で落とせる――が連射可能で小回りの利く副砲。
ネウロイは全ての砲門を正面へ向け、赤く輝く光弾を散撒いてくる。4人の航空歩兵はシールドを張り、絶え間無く降り注ぐビームの雨から身を守っていた。
「前に進めねぇ!」
「近づけないよぉ!」
シールドで砲撃を防ぎながら、シャーリーと芳佳がらしくない弱音を零す。
狭い地下通路内では、ストライカーユニットの飛行能力や運動性能を活かしきれない。遮蔽の無い見通しの良い空間で一方的な砲撃を行う自走砲型ネウロイに絶対的なアドバンテージがあった。
敵は威力を絞り、連射性を向上させたらしい主砲と副砲を斉射することで弾幕を形成。自らの天敵である航空ウィッチを寄せ付けない。
だが、分厚い弾幕にも突破口が存在した。そして、射撃の名手でもあるベテランウィザード――宮藤優人は、それ見逃さなかった。
彼は斉射後に一瞬だけ訪れる隙を狙った。弾雨の止む僅かな時間にS-18対物ライフルを構え、狙撃する。
S-18対物ライフルは、カールスラントに依頼され、ヘルウェティアで開発された航空機関砲用の20mm砲弾が発射可能な大型対物ライフルである。
威力は折り紙つきで、魔法力が使えない一般兵士でも近距離ならば歩兵タイプの小型地上ネウロイを撃破出来るほど。
優人が愛用しているのは航空歩兵用に全自動化等の改良が施されたモデルで、使用弾薬はもちろん魔法弾化された20mm砲弾である。
大型地上ネウロイが相手でも不足はない。優人は魔法力を帯びた20mm砲弾を叩き込み、全ての砲塔を破壊する。
視界が開け、風力を気にする必要がない地下通路内での射撃は優人にとって容易だった。自走砲型ネウロイは、砲撃不可能に陥るほどのダメージを主砲に負ったのを最後に全ての火砲を失う。
「さすが!」
シャーリーは扶桑海軍大尉の見事な手並みに快哉を上げる。
航空歩兵のキャリアで言えば、優人と坂本がカールスラント組を含む501メンバーを凌いで最長である。長い実戦経験の中で培われた彼の射撃技術は他者の追随を許さない。
「ほぇ~、お兄ちゃんってやっぱりスゴいんだね」
と、芳佳も改めて兄を尊敬した様子だ。隣の竹井も満足げな笑みを口元に湛えている。
「ふふっ♪ブリタニアで女の子と遊んでばかりいたわけじゃないみたいね♪」
「無駄口叩いてないで、さっさと止めを刺すぞ」
隊員達に、というよりは自分を茶化してきた竹井に向かってそう告げると、優人は無力化したネウロイへ接近する。
しかし、次の瞬間。地下通路奥より一筋の光芒が伸び、4人の航空歩兵の頭上を駆け抜けた。
「――っ!?新手か!?」
優人は赤い光芒――ビームの飛んできた方向へ反射的に銃を構える。他のメンバーも戦闘隊長に倣い、銃器を射撃位置に保持した。
程無くして、ビームを撃ってきた敵が姿を現す。“ソレ”は中型の飛行ネウロイだった。
「な、何だぁ!?」
突如地下通路奥より飛来した“ソレ”を見て、まずシャーリーが素っ頓狂な声を上げる。
「えっ?……これは……!?」
シャーリーに続いて、芳佳も驚愕に目を見開いた。4人の眼前に現れた“ソレ”は、芳佳に……いや、501部隊の全員にとって忘れたくても忘れることが出来ない。ある忌まわしい存在と形状が酷似していた。
「ウォーロック……だと……!?」
漫然と呟きながらも、優人は心の中で「いいや!」と否定する。ウォーロックは自分達が倒したはずだ、と。
優人達の目の前にいる“ソレ”は、確かにトレヴァー・マロニー元ブリタニア空軍大将と彼の一派が、ウィッチに代わる新戦力として開発した対ネウロイ用遠隔操作式半自律型攻撃兵器――ウォーロックと極めて類似した外貌をしていた。
実戦に投入されたウォーロックがどのような顛末を向かえたのかは、今さら説明するまでもないだろう。
「ウォーロック?」
ただ1人。501メンバーでなく、ウォーロックの一件を知らない竹井は怪訝そうに眉を顰める。
しかし、彼女が聞き慣れない単語について訊ねる暇も、優人がウォーロックについて詳しい説明をする暇も無かった。
ウォーロックと似た存在――十中八九飛行型ネウロイだろうが――は、突如姿を変えた。ウォーロックがそうであったようにこのネウロイも可変機能を備えていたのだ。
「――っ!?くるぞ!」
戦闘隊長がすかさず注意を促す。それとほぼ同じタイミングで人型のシルエットに変形しつつ急制動を掛けたネウロイは、4人の航空歩兵へ複数の光条を放った。人間で言う両腕の部位から迸り出た赤き閃光が自分達へ迫り、優人達は反射的にシールドを展開して防御する。
シールド越しに伝わる衝撃と、余所へ逸れた幾つかビームが堅牢な要塞の壁を容易く引き裂く様を見た航空歩兵等は、その凄まじい破壊力に息を呑んだ。
「な、何て威りょ――」
攻撃によって粉塵が巻き上がる中、優人は再び正面へ目を向ける。そして、自らの瞳に映った異形に絶句する。
新手を勘定に入れて、2体いたはずのネウロイが1体に減っていたのだ。片方のネウロイが姿を消したたわけではない。地上型と飛行型――2体のネウロイが合体し、1つの個体になっていたのだ。
上下が逆さになった自走砲型ネウロイ。その胴体の四隅に昆虫の脚のような長大な歩行脚が4本生え、その上に人型形態のウォーロック擬きが接続されている。
敵の姿を双眸で捉えた優人は思わず口元を抑えた。節足動物の上部に人間の上半身に似たものが乗っている威容は、彼に生理的な嫌悪感を抱かせるものだった。
殆んど間を空けず、自走砲型と合体したウォーロック擬きは第二射を放った……のだが、それは優人へは向けられずに地下通路の天井へ直撃した。
複数の光条を一つに収束させたそれの破壊力・貫通力は数倍に跳ね上がり、堅牢さが売りの要塞に風穴を空けた。
さらにネウロイは恐るべき脚力で跳躍し、自らが空けた天井の穴から外へ飛び出して行った。それはまるで、バッタのような動きであった。
「逃げた……の?」
ネウロイが通った天井の穴に目を据え、芳佳は呆然と呟く。強烈なビームを見舞った敵は、自分達と戦うわけでもなく早々に要塞外へ逃亡していった。
「アイツ、何だったんだ?」
と、シャーリーも首を傾げる。ウォーロック似のネウロイは圧倒的な強さを見せつけながら、あまりにあっさりと引き上げていった。
狭い地下通路内では不利と考えたのか。或いは他の理由か。その意図は全くわからない。
「優人、追うの?」
竹井に指示を仰がれるも、優人は即答出来ない。悩んでいるのだ。
自分達に課せられた任務は自走砲型地上ネウロイの撃破。ならば、すぐにでも追撃をかけるべきだろう。未だネウロイの支配下にあるカールスラント領内に逃げ込まれてしまえば、もう追いかけることは出来ない。
おそらく、これが解散前の第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』最後の任務になる。
最後の最後でネウロイを仕留め損ねるなどという失態を犯しては、いい笑い者だ。共に戦ってきたウィッチーズの仲間達や501部隊の名誉を著しく傷を付けることになる。
だが、突然現れたウォーロック擬きの存在が問題だった。遭遇した以上、放置する訳にもいかない。しかし、ヤツと自走砲型が合体したことで、敵の戦闘能力は数段跳ね上がっている。
妹や戦友達の実力を疑うわけではないが、戦うとなればもうひと戦力欲しい。ミーナの隊との合流して対処するのが最善だろうが、ストライカーユニットの航続距離の問題がある。
それに、ヤツの――ウォーロック擬きの力は未知数。もしマロニー等が開発・運用したウォーロックと同等以上の戦闘能力を有しているなら……。
(なんて優柔不断なやつだよ。俺は……)
優人は心の中で自嘲する。坂本がいない今、戦闘隊長代行の立場にあるというのに、大事な局面で次の行動を決めかねている。
いや、何が最善なのかは既に理解している。しかし、決断が出来ない。
扶桑海軍大尉は、ウィッチ・ウィザードとしての責務と、指揮官に課せられる部下を――仲間を戦場から無事に連れて帰るという義務の間で板挟みになっている。
或いは、ウォーロックに酷似した新手のネウロイを目にしたことで動揺しているのか。
同じ状況でも、坂本なら即断出来たはず。そう考えると、扶桑海軍ウィザードは自分が情けなく思えてならなかった。
「お兄ちゃん」
ふと優しげな声が耳朶にそっと触れた。優人は声の主である妹に視線を向ける。
「追いかけよう!」
芳佳は言葉を続けた。語気を強めた声音で兄に進言する。
兄妹だからだろうか。決断出来ずに煩悶としている優人の心境が、彼女は何となくわかっていた。誰かが兄の背中を押して、彼の決断を促さなければならないことも……。
大好きな兄は、幼い頃から何度も自分のことを助けてくれた。それは遥か異国の地――ブリタニアでも変わらなかった。
今度は自分が助ける番だ。どんな小さなことでも構わない。芳佳は兄の助けになりたかった。
「……そうだな!」
優人は力強く頷くと、戦闘隊長として妹と2人の戦友に指示を飛ばした。
「ヤツを追うぞ!みんな続け!」
◇ ◇ ◇
マジノ線地上――
優人、芳佳、シャーリー、竹井。ネウロイが地下通路天井に空けた大穴を通って地上へ出た4名の航空歩兵は、そのまま空まで飛翔する。
やや窮屈だった要塞内とは一変、優人達の視界は急激に広がっていく。一定の高度まで上昇すると、4人はすぐさま地上へ視線を走らせた。
2体のネウロイは、自走砲型の方をベースとして1つに合体していた。バッタの如き跳躍を見せたとて、基本的には4本の歩行脚を使用して地上を移動するはずだ。空から地上へ目を光らせていれば必ず見つかるだろう。
無論、敵もこちらを認めるだろう。しかし、地上ネウロイは一部派生型を除き、対空能力か低い。
「いたぞ!」
と、シャーリーが叫ぶ。彼女の視界の中に動く物体があった。ウォーロック擬きと自走砲型が合体した、件のネウロイだ。
地下通路の天井を貫いた先程のビームの破壊力は凄まじいものだった。あれでは戦車どころか、空母や戦艦すらも木っ端微塵だ。
複数の光条を収束させていたが、もしかすると2体のネウロイが合体したことで、ビーム1発1発の威力も向上しているかもしれない。
だが、どれだけ高い攻撃力を備えていても、陸戦ネウロイにとって頭上は絶対の死角であり、装甲も薄い。
ウォーロック擬きとの合体で上部装甲は弱点足り得なくなっているが、それでも“弁慶の泣き所”には違いない。
「撃て!」
優人からの号令を合図に、彼と3人のウィッチはすぐさま銃を構え、トリガーを引いた。対物ライフルと3基の機関銃より迸り出る銃弾が、計4軸の火線を空に描く。
ウォーロック擬きと合体した自走砲型ネウロイの動きは、鈍重そうな見た目に似合わず敏捷で中々命中弾が出ない。
「あの図体で……なんてすばしっこさだよ!」
撃ち尽くしたM1918ブラウニー・オートマチック・ライフル――“BAR”の弾倉を交換しながら、シャーリーがぼやく。
BARは、撃ちたい時に必ず撃てる信頼の高さと堅牢さが売りな反面、通常弾倉で20発。ウィッチ用に開発された改良弾倉でも40発しか弾数がないため、長期戦には向かない。
加えて、銃身が加熱しても固定銃身故に交換が不可能で、発射速度を切り替えて低下させたり、セミオートで射撃したりする必要がある。
当然、シャーリーは愛用する銃器の特性を熟知している。それ故、敵に十分な数の弾を叩き込めない状況に焦りを抱き始めていた。
さらにネウロイは、ただ素早いというだけではなかった。分厚いコンクリートを撃ち抜いた火力は言うまでもなく、装甲も異常なほど頑丈だった。
「か、硬い……!」
自らの攻撃を全く通さないネウロイの強固な装甲を前にして、芳佳は苦悶の表情を浮かべる。
芳佳と竹井が携行火器――九九式二号二型改13mm機関銃は、欧州各国の航空歩兵用主力銃と比較して口径の大きい12.7mm×99弾を使用している。
単発の威力なら、カールスラントが誇るMG42にも負けていない。だが、目の前のネウロイには火力不足らしい。
何発か命中したようだが、装甲は銃弾を悉く弾いてしまい、目立った損傷は見られない。
「ヤツの足を止める!」
仲間に己の意図を伝えつつ、優人はネウロイは歩行脚へ狙点を定める。
お得意の見越し射撃で脚を破壊し、動きが止まったところを全員で包囲。集中砲火を浴びせて一気に方を付ける。それが彼の算段だった。
しかし、ネウロイのハイスペックぶりから察するに、再生能力も規格外である可能は十分考えられる。
もしもの場合、優人は覚醒魔法『絶対凍結』を使うつもりでいた。魔法力は確実に使い果たしてしまうだろうが、妹や2人の戦友が自分とユニットを運んでくれるだろうから心配はない。
「捕まえた!」
「よし!もう逃がさないぞ!」
竹井とシャーリーが順に叫ぶ。ネウロイは優人達に包囲される形となり、魔法力を纏った銃弾が周囲に炸裂する。
やがて1発の魔法弾が、4本ある歩行脚のうちの1つ――右前脚に命中。長大な脚が1つ破損する。
直撃したのは優人のS-18対物ライフルの魔法弾だ。彼はすかさず左前脚にも弾を撃ち込んだ。
両の前脚を失ったネウロイは前のめりに転倒、上部に居座るウォーロック擬きは鼻っ面を地面に激突させた。
強固な装甲で身を守っていても、脚部は他の部位より脆いようだ。
「やった!」
漸くネウロイを追い詰めた。その事実に芳佳は歓喜する。
しかし、喜んでばかりもいられない。ネウロイをここまで追い詰めるのに、4人は大量の弾薬を消費していた。
非常に何敵である目の前のネウロイを仕留めるに、は残弾が心許ない。特に優人は、弾薬の欠乏が他より際立っている。
どういう理由か。マジノ線の地下通路内で自走砲型を追い込んだ時に比べると、彼の射撃精度は著しく落ちていたのだ。
見越し射撃を得意とし、大口径のライフルで多くのネウロイを撃墜してきた優人らしからぬ無駄弾が多さには、他の3人も気付いていた。
芳佳は単純にネウロイの動きが素早いため、狙いを外していたのだと考えていたが、シャーリーと竹井はそれだけとは思っていなかった。
シャーリーは戦闘中、優人の様子を横目でチラチラ窺っていた。彼女の目には、ネウロイの歩行脚を狙って射撃を行う優人が、何処かムキになってS-18を乱射しているように映っていた。
精彩さ欠いた……というよりは、動揺しているようにも見えた優人の姿を脳裏に浮かべ、シャーリーは小首を傾げる。
一方の竹井も、シャーリーと同様に優人へ目を向けていた。しかし、彼女は心当たりがあるらしく、様子のおかしい扶桑海軍ウィザードの様を見て肩を竦めていた。
「残弾が少ないな。みんな離れてろ!絶対凍結を使う!」
仲間を巻き込む危険性はもちろん、自身への負担も半端ではない『絶対凍結』を使用する際は、本来ならミーナに連絡して許可を求めなくてはない。
だが、今はその時間も惜しい。ネウロイは魔法力――魔力を付加した弾丸、刀剣、銃器等はネウロイの再生能力を大きく減ずる効果がある――の影響を受けていないのか、自らの再生能力により歩行脚を復元し始めていた。
間も無く再生を完了し、再び動き出すことだろう。その前に仕留めなければならない。
一気にケリをつけるため、覚醒魔法の使用を決意した優人は、芳佳達3人に退避行動を指示する。
しかし、敵の再生速度は優人の予想を遥かに上回っていた。彼が『絶対凍結』を仕掛けるべく接近すると、ネウロイは地下通路から飛び出した時のように跳躍する。
「わっ!またジャンプした!」
「アイツはバッタかよ!」
芳佳とシャーリーが驚きの声を上げる。重量感ある巨体が空高く跳躍する光景は何度見ても度肝を抜かれる。
「逃がすか!」
優人が飛び跳ねたネウロイの底部に銃口を向け、トリガーを引こうとした。その時だった。
突如、ウォーロック擬きと合体したネウロイ目掛けて、多数の銃弾が横殴りに殺到する。不意を衝かれたネウロイは、頭から地表へ落下。周囲に轟音を響かせ、地面に巨大なクレーターを作った。
さらに穴ボコの底でひっくり返っているネウロイの下部へ向け、畳み掛けるかのように銃弾の雨が降り注ぐ。
頑強なのはウォーロック擬きと自走砲型の上面部分だけだったらしい。集中砲火を受けたネウロイの底部装甲は容易くに穿たれ、そこに備え付けられた主砲を引き裂いていく。
「な、何!?」
突然のことに理解が追い付かず、芳佳はオロオロと狼狽える。
「天城の飛行隊か!?」
優人は一瞬、付近で小型飛行ネウロイと交戦中の天城飛行隊が援護に来たのかと思ったが、その考えをすぐさま否定した。
魔法力を帯いていない零式艦上戦闘機の機銃弾では、せいぜい小型ネウロイの撃破が精一杯。装甲の薄い箇所を狙って数を叩き込んだところで、これほどの効果は期待出来ない。
それに銃弾の雨をよく観察すると、光の尾を低いて飛ぶ魔法弾が確認出来る。つまり、ネウロイに集中砲火を見舞っているのはウィッチないしウィザード。それも部隊規模の……。
「おい!みんな上見ろ!」
シャーリーの叫び声に促され、他の3人は一斉に視線を走らせる。
見知らぬ航空ウィッチ4名の姿が確認できた。おそらくは飛行隊規模のウィッチ部隊。彼女達は優人達より高い位置からネウロイを攻撃していた。
「あいつらは!?」
ウィッチ等を目に据え、優人は息を呑む。カールスラント製艦上ストライカーユニット――Bf109T-1型に、同国軍の携行火器――MP43。
装備だけ見ればカールスラント空軍麾下の航空ウィッチ部隊だと思うだろう。しかし、優人が注目したのは着用している制服と、彼女等の部隊が多人種で構成されていることだった。
「――っ!?ネウロイがっ!」
と、今度は竹井が声を張り上げる。予想外の奇襲でダメージを受けたネウロイ――正確には、ウォーロック擬きが自走砲型地上ネウロイから分離していた。分離直後、自走砲型ネウロイはコアに致命傷を負い、四散した。
新手のウィッチ部隊は、攻撃対象をウォーロック擬きに絞って火線を集中させる。しかし、同胞と分離したウォーロック擬きの動きは、重りを外したかのように軽快だった。
攻撃を回避しつつ、飛行形態へ変形したウォーロック擬きは、そのまま高速で離脱していった。
「あっ!お兄ちゃん、ウォーロックが逃げいくよ!」
遠ざかっていくウォーロック擬きの機影に目を据えつつ、芳佳は叫んだ。
「どうする?追うか?」
指示を仰ぐシャーリーに対し、優人は「いや、やめておこう」と頭を振る。
「アレが何なのか、全く分からない状態で追うの危険性だ。ミーナに報告もしなけりゃならない……」
ウォーロック擬きという脅威が去ったためか。地下通路内とは違って、今度は深く悩むことなく優人は即断した。彼の賢明な判断を竹井も支持する。
「そうね。作戦目標の撃破には成功した訳だし……」
今からウォーロック擬きを追撃しようにも、手持ちの弾薬はほぼ使い果たしてしまい、魔法力と燃料も天城へ戻るギリギリの量しか残っていない。
ならばミーナへ報告を上げ、501全員で今後の対策を練るべきだろう。
「あれ?あの人達は……?」
芳佳はキョロキョロと周囲を見回す。ウォーロック擬きとの戦闘に介入してきたウィッチ部隊が、いつの間にか姿を消していた。
「ありゃ?なんだ、挨拶も無しかよ」
何も言わずに引き上げてしまったらしい件のウィッチ部隊。シャーリーは感じ悪いなぁ、と言わんとばかりにムッとする。
「助けてもらったお礼が言いたかったのに……」
「あれって、助けてくれたのか?」
謝意を伝えられず、芳佳は残念そうにする。その傍らで怪訝そうな顔をするシャーリー。
彼女には、あのウィッチ部隊を助けるつもりはなかったように思えた。そればかりか、眼下にいたシャーリー達のことなど視界に入っていないようだった。
そもそも助けたのなら、指揮官あたりがインカム越しに声を掛けてきても良さそうなものだ。
「優人。気付いた?あの制服……」
「ああ」
「2人は連中のこと知ってんのか?」
小声で訊ねてきた竹井に対し、優人は頷いて応じる。そこへ2人の会話を耳聡く聞きつけたシャーリーが、話に割り込む。
「お前だって聞いたことぐらいはあるだろ?カールスラントの皇室親衛隊隸下の航空ウィッチ部隊……」
「あぁ~、噂くらいならね。確か『インペリアルウィッチーズ』って……まさか!さっきの連中が!?」
予想外過ぎるウィッチ部隊の正体。シャーリーは驚愕を禁じ得なかった。
カールスラント国防軍とは指揮系統を別とする同国の武装組織――帝政カールスラント皇室親衛隊。カールスラント皇帝――フリードリヒ4世の近衛兵……というよりはカールスラント宰相――ハインリヒ・ルイトポルト・アインツベルンの私兵集団である。
そして、その親衛隊唯一の航空戦力にして航空ウィッチ部隊が、第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』なのだ。
インペリアルウィッチーズは、統合戦闘航空団と同様に航空団司令がウィッチ部隊隊長を兼任し、航空団司令直属部隊たるウィッチ部隊とそれを支援する諸部隊で編成される。
手広く人材をスカウトしているため、欧州をはじめとする世界中から集められたウィッチ達が所属している点も共通している。
航空ウィッチとしての経験が浅いシャーリーでも、噂は耳にしている。尤も彼女が話に聞いたのは、インペリアルウィッチーズが、記録に残せない極秘任務やカールスラント宰相の政敵や不祥事を起こした国防軍将兵の粛清といった表沙汰に出来ない裏の仕事をしている等。黒い噂ばかりだった。
「何故、インペリアルウィッチーズがここに現れたのかしら?」
竹井が疑問を呈する。無論、そんなことは優人にもシャーリーにもわからない。2人は揃って頭を振る。
芳佳もまた、疑問符を己頭上で躍らせていた。皇室親衛隊やら、インペリアルウィッチーズやら、カールスラント宰相やら。自分の知らない情報が多いために話について行けずにいるのだ。
「とにかく、連中のことも含めてミーナに報告しないとな」
「こりゃ、少し面倒なことになりそうだな……」
シャーリーはやれやれ、と肩を竦める。得体の知れないウォーロック擬きに、黒い噂の絶えないカールスラントの軍事組織まで現れた。
リベリオンウィッチのの言う通り、501部隊最後の仕事は思っていたよりもずっと苦労しそうだ。
優人は戦闘の疲れと一抹の不安によって重たくなった腕を持ち上げてインカムを操作し、まずはミーナに簡単な報告を入れた。
◇ ◇ ◇
同刻――
決して広いとは言えない、暗く冷たい空間に“彼女”は閉じ込められている。全身に無数打ち付けられた銀色の杭の痛みに悶え、自らを縛り付ける銀色の鎖をカチカチと鳴らす。
まるで祠に封印された神のようだ。神話の一場面を想起させるが、“彼女”は付けられた名とは裏腹に神からは程遠い存在だった。
しかし、封印されているのは事実だった。拘束具によって自由を奪われ、あちこち調べ尽くされる恥辱に塗れ、やり場の無い怒りに震える日々がもうずっと続いていた。本来の力さえ発揮出来れば、鎖を引き契ってすぐにでも暴れ始めるだろう。
数年前、“彼女”はこの世に生まれた。ある者達のエゴによって造り出された。最初に目にしたのは自分よりも小さく、か弱い者共――自分にとって創造主。己の支配者とも呼べる存在だが、“彼女”はそれを認めなかった。
“彼女”はものを言わない。誕生したばかりの頃は、思考とも殆んど無縁だった。しかし、理屈ではない本能的から来る怒りと憎しみ。そして、殺戮衝動を爆発させ、“彼女”は一度自由を手にした。
創造主気取りの弱者と、自分と良く似た――同胞とも言える存在を血祭りに上げ、支配の楔を自力で断ち切った。
自由を手に入れた“彼女”は、何か目的があるわけでもなく、あちこちを放浪していた。
“彼女”には空腹感や疲労感、孤独感というものが存在しない。食事も休息も必要とせず、仲間がいなくともつらくはない。
思うがまま空を飛び回り、ひたすら自由を謳歌する日々。それだけで“彼女”は満足だった。だが、それも長くは続かなかった。
突如何者かの襲撃を受け、“彼女”は全身に聖銀の杭を打ち込まれた。杭の持つ作用だろうか。“彼女”は力の殆んどを失い、無力化したところを捕獲された。
手に携行火器、両足には飛行機械、動物のような耳と尻尾。“彼女”の捕獲を成し遂げた一団は、“彼女”が世に目覚めた時に抹殺した集団とよく似ていた。しかし、それらが何なのか。“彼女”には分からない。
だが、自分の支配者を気取る新たな存在が現れたということは確かだった。
暗闇に一筋の光が射し込む。その輝きの元から、女性らしき人影が優美な所作で歩いてくる。コツンコツンとヒールの小気味良い足音を響かせ、“彼女”に眼前ま近付いた。
「気分はどうかしら?」
全身黒づくめの服装に長い黒髪を靡かせ、女性は艶然と“彼女”を見上げる。
女性は“彼女”を捕えた集団の親玉。拘束された“彼女”と顔を合わせるのは、女性と“彼女”を調べている研究者達だけだ。
「ふふ……そんなに睨まなくてもいいじゃない」
“彼女”が向ける敵意を感じ取ったのか、女性はそう告げる。薄紅色の唇が曲線を描き、不敵な笑みを浮かべる。
「あなたは人の手によって造り出された兵器、私があなたを上手く扱って上げるわ」
女性は、“彼女”の身体を右手でそっと撫でながら言うと、笑みを深くする。
「ただ、ちょっと待って欲しいの……構わないでしょ?」
そう問われたとて。拘束され、力も奪われた現状では逆らうことなど出来ず、従う他無い。“彼女”は女性に生殺与奪を握られているのだ。
「私はちょっと出掛けるわ。大人しく待っていて……」
女性……いや、帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン大佐は、“彼女”に軽いキスを落とした。
「いいわね?“イリス”」
感想、誤字脱字報告をお願い致します。