ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

87 / 119
お気に入りが700名を突破!登録して頂いた皆様には感謝してもしきれません!

感想を下さった方々には特に勇気づけて頂いております!

どうか、これからも御愛読と応援をよろしくお願い致しますm(_ _)m


第11話「ストライクウィッチーズとインペリアルウィッチーズ その2」

1944年9月、ガリア共和国パ・ド・カレー――

 

パ・ド・カレー近海にて停泊中の扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦二番艦“天城”の艦内には、艦長室に隣接する応接室が存在する。大型空母の艦内に設けられただけあって、室内のスペースは広めに確保されている。

だが、今は事前連絡も無しに突然押し掛けてきた厄介な“御客人達”と、彼等を面談を行うため艦のあちこちから呼び出された艦長及び数名の幹部乗員を迎え入れており、やや手狭となっている。その上、室内には重苦しい空気が充満して居心地が頗る悪い。

扶桑海軍航空ウィッチ――竹井醇子大尉は、水練着の紺色を纏わせた尻をソファーに沈ませ、部屋中に漂う倦んだ空気に辟易していた。

竹井は新兵時代に同じ空気を経験していた。陸海軍の航空歩兵等と共に出席した大本営会議。陸軍参謀本部と海軍軍令部が睨み合い、罵倒し合っていた扶桑皇国軍最高司令部の体たらくを否応無しに想起させる。

3人掛けソファーの左側に座る竹井の傍らには、訳あって天城に乗艦している第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』司令――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐の姿があり、さらに彼女の右手には憮然とを組む天城艦長――青山忠大佐が座している。

そして、艦長とウィッチ2名ソファーの後ろには砲術長や航海長等。各部署の責任者達が控え、“御客人達”へ険しい視線を投げ掛ける。

高級感溢れる応援テーブルを挟んで反対側には2つの応援チェアがあり、“御客人達”――親衛隊側の代表者であるゲオルグ・ゾンバルト准将と、親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン大佐がそれぞれの椅子に悠然と腰を下ろしている。

2人の背後には、グレーテル・ホフマンとアリョーナ・クリューコフ両親衛隊大尉をはじめとする親衛隊士官等が直立不動の姿勢を維持し、射るような鋭い視線で扶桑海軍士官等を負けじと睨み返していた。

 

「…………なるほど」

 

ゾンバルトはソファーに深く腰掛けたまま応接室に着いた集まったミーナ、竹井、艦長をはじめとする天城の幹部乗員等を値踏みするように見渡す。

一体何が“なるほど”なのか。判然としないが、少なくとも良い意味で発した言葉ではないことは相手の口調から読み取れる。

ミーナと竹井。2名のベテランウィッチには、薄ら笑いを口元に湛える親衛隊准将の瞳に侮蔑の色が滲んでいるように思えてならなかった。

親衛隊を艦へ迎え入れて既に数時間が経過。ミーナも天城の幹部乗員等も、未だ悠貴とゾンバルトの2名率いる親衛隊の目的をハッキリ教えられないままであった

 

「連盟空軍中佐に扶桑皇国海軍大佐か。やはり私が最高階級者で間違いないようですな……では、連合軍最高司令部の命令を伝える!」

 

ゾンバルトが微かに語勢を強めた声音を応接室内に響かせる。

2名のウィッチと軍より空母を預かっている艦長は緊張の色を滲ませた面持ちで、信用の置けない親衛隊准将が言わんとしている命令の内容に耳を傾けていた。

 

「第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』並びに扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦“天城”は、一時的に帝政カールスラント皇室親衛隊海上特務戦隊へ編入される!」

 

「なんですって!?」

 

ゾルバルトの発言に、ミーナは耳を疑った。あまりのことに驚愕を言葉にしてしまう。彼女の両脇に座っている2人も命令に愕然とし、背後に並んでいる航海長以下海軍士官等もざわつき始める。

連合軍西部方面総司令部直属のウィッチ部隊――第501統合戦闘航空団。扶桑皇国海軍遣欧艦隊麾下の艦艇――航空母艦天城。何れも親衛隊は元より、カールスラント国防軍の管轄外。いや、天城に至って他国が所有する艦艇で、管轄云々以前の問題だ。

一時的とはいえ、これらが親衛隊将官の指揮下に置かれるなどは寝耳に水な話である。

もちろん、ミーナも青山も事前に親衛隊側から支援の要請は受けていた。だが、よもや統合戦闘航空団の指揮権を譲渡する事態になるとは……。

各国の指揮系統から独立した部隊である501の司令から指揮をもぎ取り、自らの指揮下に置く。ブリタニア空軍前戦闘機軍団司令官――トレヴァー・マロニー元大将でさえ出来なかったことを、親衛隊は成してしまった。

誰かが……例えばカールスラント宰相のハインリヒ・ルイトポルト・アインツベルン。或いは親衛隊長官――ライナルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ元帥等の高官が、連合軍最高司令部に根回しを行った結果だろう。政治方面に置いても高い能力を発揮しているミーナには容易に想像出来た。

 

「准将!御言葉ですが、我々の任務は――」

 

「先程も申し上げた通り!これは連合最高司令部の命令なのです!最高司令部は各国どの軍司令部よりも大局を見据えている!」

 

突然の決定に航海長が異議を唱えかけるも、ゾンバルトはそれを遮るかのようにピシャリと言い放つ。

 

「しかし――」

 

「大局の為ならば……」

 

尚も抗議を続けようとする航海長の発言は、又しても遮られてしまう。今度の声の主は、悠貴とゾンバルトの背後に控えているホフマンであった。

金髪慧眼の親衛隊大尉は親子程も年齢の離れた航海長に対して、臆することなく言葉を続ける。

 

「遥か東方の国家に属する古びたボロ船を危険を晒すこともありましょう」

 

「ボ、ボロ船だと!?」

 

航海長は怒りで脳血管が切れるのではないかと思うほど激しく憤慨する。

ホフマンの発言は明らかに侮辱であった。乗員に対して、艦を貶めるような言い方をするのは古今東西侮辱以外の何ものでもない。

確かに天城は、今や補給・輸送等が主任務とする二線級扱いの艦艇だが、蒼龍型及び翔鶴型の登場以前は空母機動部隊の一国を担っていた優秀な航空母艦だ。

天城を侮辱するということは、ウィッチを含む皇国海軍将兵。延いては扶桑皇国を侮辱するにも等しい。

そもそも親衛隊麾下の“ドクトル・エッケナー”も、赤城型の4番艦――つまりは同型艦である。目の前の小生意気な小娘は、それを理解した上で言っているのか。それとも、空母などは自分達ウィッチの足代わりとでも認識しているのか。

航海長も他の幹部乗員等も、同盟国に対する敬意を持ち合わせないホフマンへの怒りを隠しきれないようだった。

親の敵でも見るような険しい視線をホフマンへ注ぐ海軍士官等を見て、罰が悪くなったアリョーナが「余計なことを言うな」とホフマンに小声で諌めるも、当の親衛隊大尉は全く意に介さない。

 

「1つの艦に、3つの指揮系統ですか……」

 

口元に薄く微笑みを浮かべた竹井が、確認するように言う。穏やかさを心情とする彼女には珍しく、口調にやや刺があった。

“リバウの貴婦人”に続いて、“女公爵”ことミーナが「ゾンバルト准将」と声を上げる。

 

「大局見地から作戦中の指揮権は親衛隊に一元する、というお話は理解しました……」

 

先程は動揺を隠せずに醜態を晒してしまった。ミーナは自省し、今度は努めて冷静に振る舞おうとする。

 

「その作戦の目的を教えて頂きたいのですが?」

 

「それは私から……」

 

今まで沈黙に徹していたインペリアルウィッチーズ司令が口を挟んだ。

コケティッシュな雰囲気を全身に纏う親衛隊所属の航空ウィッチ。彼女が、実はまだ20歳にも満たない年齢の少女だと伝えても、殆んどの人間は信じないだろう。

実際、この場にいる扶桑海軍の士官達は皆、悠貴のことをカールスラント空軍ウィッチ隊総監のアドルフィーネ・ガランド少将や扶桑皇国海軍が誇る“軍神”――北郷章香中佐と同年代だと思っていた。

そんな彼等の心中を知ってか知らずか。悠貴は男を惑わさんとする魔性の笑みを口元に薄く湛える。少女らしからぬ艶やかさに、何人かの士官等が不覚にも頬を赤く染めてしまう。

 

「こちらを御覧ください」

 

悠貴はホフマンから受け取ったファイルを開き、写真が添付された数枚の資料をテーブルに並べた。

写真は軍用偵察機が撮影したものらしい。不鮮明ながら中型飛行ネウロイらしき機影が写し出されている。

 

「数日前、クリューコフ大尉が率いる我が第1独立戦闘航空団の第3飛行隊が……本日、竹井大尉を含むそちらの航空歩兵4名が接触・交戦した個体です」

 

「っ!?」

 

偵察写真を目を落としたミーナがハッと息を呑む。何故なら、写真に写し出されていたネウロイは彼女達501が倒したはずの強敵。ネウロイのコアを利用した対ネウロイ用遠隔操作式半自律型攻撃兵器――ウォーロックだったからだ。

 

「501の方々はよくご存知でしょう?我々はこのネウロイを“ネウロック”と呼称しています」

 

一拍置いてから、悠貴は作戦についての説明を再開する。

 

「現在、インペリアルウィッチーズと数隻の艦艇で捜索しております。501と扶桑海軍の皆様には、この個体捜索任務に加わって頂きたいのです」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、天城艦内・格納庫――

 

入浴を終えるなり、そそくさと浴場を後にした優人だったが、宛がわれた船室には戻らず艦内のあちこちを彷徨っていた。

今さら扶桑海軍の空母を見学して回ろうというわけではない。新兵時代ならいざ知らず、現在の優人は10年近い年月を戦い続けてきた大ベテラン。そろそろ航空歩兵引退も検討しなければならない年齢だ。

 

(芳佳……まだ機嫌悪いだろうなぁ……)

 

風呂上がりの濡れ髪を掻きながら、優人は深く溜め息を漏らす。彼が部屋に戻らない理由は、ズバリ妹である。

軽はずみな行動が原因で妹の機嫌を損ねてしまい、帰り難くなってしまっている。完全に自業自得ではあるが、優人は心中で頭を抱えていた。

子どもの頃、父親から「母さんが怒ってる時は恐くて家に帰れない」と震える声で聞かされたことがある。当時を父の気持ち、今の優人にはよく分かる。

尤も、優人は芳佳が恐いというよりは、不機嫌な妹と2人きりで過ごすことが、気まず過ぎて耐え難いのだが……。

 

「お~い!優人ぉ!」

 

「ん?」

 

ふと自分を呼ぶ快活な声が格納庫内に響き渡り、優人は振り返る。こちらに向かって手を振っているシャーリーの姿が見えた。

タイミング良く話相手が見つかった。これでしばらく部屋に戻らなくて済む口実が出来上がったわけだ。優人は内心で欣喜雀躍としなからリベリオンウィッチの元へまで小走りで駆けていく。

 

「何だ、あの見慣れない機体は?」

 

途中、いかにも不愉快そうな口調の話し声が優人の脇を流れた。気になって声のした方へ目をやる。艦攻機のパイロットらしき2人組が、全滅した零式の代わって格納庫内に収まっている戦闘機群を忌々しそうに見つめていた。

 

「親衛隊の連中が持ち込んだ艦上機だろ」

 

と、もう1人のパイロットが言う。それらの航空機はカールスラント製のBf109T型。カールスラントのストライカーユニットBf109シリーズ1つ――T型の戦闘機版である。インペリアルウィッチーズの使用機材と共に急遽運び込まれた代物だ。

零式同様に艦上戦闘機で、ベースとなったE型に機体や主脚の強化。着艦フックの追加。主翼の延長と折り畳み機能の搭載等。離着艦用に様々な改良が施されている。

国防軍の機体にはカールスラント国章の鉄十字が両翼に描かれているが、親衛隊が天城へ持ち込んだ機体には同隊の部隊章であるハーケンクロイツが描かれている。

 

「今まで幌なんかで隠して、うちの整備連中も近付けなかったらしい」

 

「カールスラント宰相の権威を傘に着た皇室親衛隊か。胸糞悪い客人だな」

 

聞こよがしの陰口に機体の整備をしていた親衛隊整備兵の何人かと、短機関銃“MP40”で武装した数名の警護要員達がギロリと鋭く一瞥する。

艦攻機のパイロット等は悪びれる様子もなく、舌打ちを返しつつ持ち場へと戻って行く。あまりに子ども染みた所業に優人は嘆息を吐いた。

帝政カールスラント皇室親衛隊の評判は決して芳しいものではない。連中の横暴な態度や徹底した秘密主義には優人だって業腹だが、だからといって非礼に非礼をかえすのはあまりに大人げない。

ふと親衛隊の1人と目が合った。先程の悪態に一瞥くれた整備兵の1人だ。身内の非礼を詫びる意味を込め、優人は愛想笑いを浮かべる。

整備兵はニコリともしない。代わりに親衛隊式の敬礼を返すと、すぐに目を逸らして艦上機の整備作業に戻った。

 

「優人ぉ?」

 

シャーリーから再度呼び出しを受け、優人はハッと我に還る。女の子を待たせたとあっては男が廃る。親衛隊の面々に踵を返すと、今度こそリベリオンの元へ向かった。

 

「まったく、女を待たせるなんて。なってないなぁ……」

 

優人の顔を見るなり、シャーリーは開口一番にそう言った。不満げに唇を尖らせる彼女も、やはり風呂上がりらしい。シャンプーの良い香りが優人の鼻腔を擽る。

シャーリーは寝間着に使っている深紅のジャージに身を包んでいる。やはりというか、顔の真下で巨大な双丘が布越しに自己主張していた。

服の上からでも分かるほど豊満な“グラマラス・シャーリー”自慢の胸だが、今夜は一際大きく見える。

赤やオレンジは膨張色といい、物を実際のサイズよりも大きく見せてしまうらしい。要は色による目の錯覚なのだ。

 

「あぁ、悪かったよ」

 

「本当に悪いと思ってるなら、胸じゃなくて目を見て謝りなよ」

 

「あ……あはははは……」

 

例によって扶桑海軍ウィザードの下品な視線はバレバレだった。ジト目で見返してくるシャーリーに対し、優人は乾いた笑い声を上げて誤魔化そうとする。

 

「……反省してないだろ?」

 

シャーリーは厭らしい扶桑海軍ウィザードに歩み寄り、ズイッと顔を寄せる。

少々不機嫌そうな表情をしているものの、眼前まで迫ったリベリオンウィッチの美貌は変わらず優人の胸を高鳴らせた。甘い香りも一層強く薫り、頭をクラクラさせる。

 

「それより、こんなところで何してたんだ?」

 

優人は強引に話題を変えることで、リベリオンウィッチの追及から逃れようとする。

話を変えてもシャーリーは相変わらずムスッとしていたが、質問に応えてくれた。彼女がここまで不機嫌なのも珍しい。

 

「コイツの整備だよ」

 

シャーリーがクイッと親指で示した先に、親衛隊のBf109T型とはまた別の航空機が鎮座していた。ブリタニア海軍航空隊にて配備・運用されている三座複葉の雷撃機――“シルフィー・ソードフィッシュMk.I”である。

既に何度も説明していることだが、このソードフィッシュは軍用機でありながらシャーリーの自家用機として利用されていた。

元々は第501基地飛行群第501捜索救難飛行隊に配備されていた機体だったが、44年にカールスラント艦載水上機“Ar196”への機種転換が決定。旧式のソードフィッシュは全機が除籍・廃棄処分となった。

しかし、そのうちの破損していた1機は、シャーリーが連絡機の名目で“掌握”し、彼女の私物として扱われることで廃棄を免れていたのだ。

機体側面には、ブリタニア語で“GLAMOROUS SHIRLE”と書かれていて、持ち主が誰なのかが一目瞭然となっている。

 

「整備って、風呂入ったばかりだろ?」

 

風呂で身体を清潔にした直後だと言うのに、雷撃機の整備を行っては汗や埃、オイル等でまた汚れてしまう。

普段の言動や部屋の散らかり具合――さすがにハルトマンほどではない――等から、一見するとガサツな印象を受けるシャーリー。

しかし、実際は華やかなデザインの水着や下着、流行りの服を好む。潔癖症でない程度に綺麗好きで、身体を清潔に保つことが大好きといった女の子らしい一面もちゃんと持ち合わせている。

そんな彼女が機械好きとはいえ、わざわざ風呂上がりにソードフィッシュの整備をしている事実に、優人は小首を傾げた。

 

「ルッキーニが疲れて眠っちゃってさ。暇なんだよ……」

 

自前の工具箱をゴソゴソと漁りながら、シャーリーがやや気怠げに応える。

 

「汚れるぞ?」

 

「また、風呂に入ればいいだろ?」

 

「ここじゃ、501基地ほど自由は利かないぞ?」

 

「あ~、そっかぁ……」

 

しまった、と言った風にシャーリーは後頭部をボリボリと掻く。

一般部隊と統合戦闘航空団では、ウィッチ・ウィザードの待遇や自由度に差が生じる。無論、航空歩兵に限れば他の兵科より遥かに厚待遇であるが……。

天城の風呂場は他の乗員も利用するため、501基地と異なりウィッチーズ専用ではない。入浴の回数も決まっている。

それでなくとも、海上任務遂行中の艦船において真水は貴重なもの。風呂の湯も汲み上げた海水を利用する。真水の湯は、配給された券――券1枚あたり洗面器1杯――と引き換えで支給される。

いくらウィッチでも、これらの条件下で自由に入浴することなど叶わない。

 

「艦内の空気が最悪で気分も悪いから、もう1度風呂に浸かってサッパリしたかったのにな」

 

僅かに肩を落とし、シャーリーはぼやく。優人は心中でなるほど、と思った。

彼女から普段の快活さや大らかさが見られないのは、強引に乗り込んで親衛隊のせいでギスギスしてしまっている艦の現状に辟易していたからか。

おそらくはシャーリーだけではない。現在、親衛隊側のトップと面談をしているミーナや竹井はもちろん、親衛隊を快く思っていないバルクホルンや気の強いペリーヌあたりもウンザリしていることだろう。

優人としては501最後の任務をちゃっちゃと片付け、仲間達と綺麗に別れるつもりだったが、とんだ災難に見舞われたものだ。

 

「そんなことより、優人とこそこんなところにいていいのかよ?」

 

工具の片付けを始めるながら、シャーリーは優人に訊ねる。扶桑海軍ウィザードの話を聞き、本日の整備は中止することに決めたようだ。

 

「は?」

 

「せっかく時間が出来たんだし。彼女と逢い引きでもした方がいいんじゃないか?」

 

シャーリーはからかうような口調で言うと、肩越しに振り返りニヤケ面を優人に向ける。

 

「彼女?」

 

優人にはシャーリーが何を言っているのか理解出来なかった。

目の前のリベリオンウィッチは自分が隠れて誰かと交際していると思っているらしいだが、何故そんな話になるのか。或いは、カマを掛けて優人の女性遍歴でも探ろうとしているのだろうか。

まぁ、シャーリーもウィッチである前に年頃の女の子であるわけだから、別に恋話を振られること自体おかしくはない。

ただ優人には悪戯っぽく笑うシャーリーの表情に、微かだが影が射しているように見えた。

 

「惚けんなよぉ♪この前バルクホルンとロンドンでデートしてただろ?揃って御粧しなんてしてさぁ♪」

 

などと囃し立ててくるシャーリーに、優人は少しばかり違和感を覚える。

傍目には、いつも通りの奔放でお気楽な典型的リベリアン――十中八九偏見だろうが――に見える。しかし、優人には彼女が何処か無理をしているように思えてならなかった。

自分の読みが正解だとして、シャーリーが何故そういった心境になっているのか分からない。取り敢えずは誤解を解くことにした。

 

「シャーリー、実は……」

 

「うん?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「………………恋人のフリを頼まれた?」

 

優人から事情を聞かされたシャーリーは、呆然と目を瞬かせる。

 

「そう」

 

「じゃあ、あの御粧しって……?」

 

「した方が、それっぽく見えるから……」

 

「バルクホルンが優人に抱き着いてたのは?」

 

「生まれて初めてのナンパがチンピラで、バルクホルンが怯えてたんだよ」

 

「つまり、優人とバルクホルンは……」

 

「何でもないよ。他のメンバーと同じく戦友で親友で家族、そういった関係」

 

「……………………」

 

引き攣った笑みを顔に浮かべたまま、シャーリーは彫刻のように硬直する。

優人には預かり知らぬことだが、ロンドンでの彼とバルクホルンのやり取りを目にしたシャーリーは、てっきり2人が男女の関係にあると思っていた。

思い込みから激しく心を傷め、勘違いからショックを受け、涙を流しながら密かにバルクホルンに対抗意識を燃やしていた。

これら全て誰にも伝えていない。シャーリーのみが知る彼女の心情である。だが、自分が勝手な勘違いをしていたと分かると、とてつもなく恥ずかしくなった。

今までにない羞恥心で顔が熱を帯び始めた。赤面を見られたくなかったシャーリーは咄嗟に背を向ける。

 

「シャーリー?」

 

「そっか、そう言うことか。そうだよな……あは、あっはははは……」

 

今度はシャーリーが乾いた声を上げて笑う。訝しがる優人の視線を背中で受け、リベリオンウィッチは顔から熱が引くのを待って、再び優人に向き直る。

 

「優人さ……映画に興味ないか?」

 

「何だ、急に?」

 

「興味ないのかっ!?」

 

「ま、まぁ人並みには……」

 

「なら……それなら!いつかリベリオンのハリウッド映画を。その、一緒に……一緒にさ……」

 

伝えることは決まっているのに言葉が閊えてしまって出てこない。

いつもハキハキと話しているシャーリーがしどろもどろになり、まるで501に来たばかりの頃のリーネのようだった。

シャーリーの彼女らしからぬ様に優人は若干の当惑を覚えた。

 

(あぁ!もうっ!何やってんだよぉシャーロット・エルウィン・イェーガー!しっかりしろ!お前らしくもない!)

 

両手でパンパンと頬を叩き、シャーリーは自らに気合いを入れる。いつもの自分に戻れ、という想いを込めて……。

 

「優人も、いつかはリベリオンに来るだろ?旅行とかで?」

 

「まぁ、いつかはそうしたいと思ってるよ。今は無理だけどな……」

 

シャーリーの質問に応じつつ、優人は肩を竦める。遣欧艦隊配属をきっかけにブリタニア、ロマーニャ、オラーシャ、カールスラント、スオムスと。欧州の国々を行き来して、様々な文化を目にし、大勢の人達と触れ合ってきた。

欧州の知識はあったが、実際に見て、聞いて、感じて、経験して初めて知ったことになるのだと思った。

それ故ネウロイがいなくなった後は、世界中をのんびり旅行してみたいと考えている。

無論リベリオンにも行ってみたいが、長く滞在した欧州とは異なり全く馴染みのない国だ。僅かにだが不安もある。

 

「その時になったら、あたしがリベリオンを案内してやるよ!本場のハンバーガーを奢るし、ロスにだって連れて行ってやるからさ!いい店と映画館知ってるんだ!」

 

いつもの調子に戻ったシャーリーの提案は、まさに渡りに船。優人は、彼女の申し出を素直に嬉しく思う。

 

「ああ。じゃあ、その時は頼んだよ」

 

優人が申し出を受けると、シャーリーは「任せろ!」と誇らしげに胸を張った。扶桑海軍ウィザードの眼前で、グラマラス・シャーリーの爆乳がたゆんと揺れる。

 

「美少女に観光案内して貰えるなんて、俺は果報者だな」

 

「あっはははは!優人、うまいなぁ!その殺し文句で一体何人の女の子を泣かせてきたんだぁ?ん~?」

 

豪快な笑い声の後に、ニヒヒと口角を吊り上げて悪戯な笑みを浮かべるシャーリーは、すっかりいつもの彼女に戻っていた。

しかし、その余裕を維持出来たのは、優人が次の言葉を口にする直前までだった。

 

「うまいも何も、本当のことを言ってるだけだぞ?」

 

「…………えっ?」

 

「実際、シャーリーは美人だし……」

 

「なっ!?お、おい……ちょっ、ちょっと!何言って!?」

 

面と向かって美人だと言われたためか。シャーリーは突然余裕を失い、あたふたと困惑する。その白い頬には微かに朱が灯っていた。

どうやらシャーリーは、意外にも異性から容姿を褒められることに免疫が無いらしい。

日頃の散々からかわれている仕返しとばかりに、優人はさらに畳み掛ける。

 

「楽しみだなぁ♪シャーリーとリベリオン旅行♪なんたって男にとっちゃ、美女との旅行は究極の夢だからなぁ♪」

 

「か、からかうなよ……こんの色ボケウィザード……」

 

熱に浮かされた頭で精一杯の反撃をするシャーリーだったが、以前会話の主導権は優人のものである。

 

「シャーリー、朝鏡見ないのか?」

 

「はっ?そりゃ見るに決まってるだろ?」

 

「そっかぁ♪毎朝誰よりも先に、可愛いシャーリーに会えるわけだな♪」

 

「か、可愛いっ!?……な、何言って……」

 

頬の紅を一層深くするシャーリー。当惑するリベリオンウィッチを、優人は微笑を浮かべて見つめ返した。

 

「ホント……可愛いよシャーリーは♪もし良かったら、天城がロマーニャに入港した時にでも、2人でショッピングに行かないか?映画でもいいかなぁ?いっそのこと俺の妹にならないか?」

 

「あ……え、えっと……その、あの……そうだ!あたし、風呂場に忘れ物してたんだ!それじゃあ!」

 

軽く片手を上げて挨拶すると、シャーリーは脱兎の如き速さで格納庫から走り去っていく。

暫しの間、優人はシャーリーが駆けて行った方向を呆然と見つめていた。

 

「…………やり過ぎたかな?」

 

「お兄ちゃん」

 

ふと優人の背後で、聞いた者を身震いさせるほど冷たい声がした。その聞き覚えのある声にギョッとしつつ、優人は後ろを振り返る。

ギギギッと壊れたブリキ人形のような音を立てながら首を回らせた優人の視界に、冷然と自分を見据える妹の姿があった。

 

「よ、芳佳!何でここに!?」

 

「帰りが遅いから、心配になって探して来たんだけど……へぇ、そうなんだ?」

 

胸の前で腕を組んだ芳佳は、いかにも不機嫌そうな表情に静かな怒りを滲ませた声色で言葉を続ける。

 

「私とケンカしたら、今度は違う人を妹にするんだ?お兄ちゃんって、そんな人だったんだね?」

 

「ち、違う!これには訳が……どうか話を――」

 

「浮気者っ!」

 

――バシンッ!

 

平手打ちの乾いた音が格納庫内に響き、扶桑海軍大尉の左頬に鮮やかな紅葉を残した。

その後。プンプンに怒った芳佳と、妹に対してやたら腰が低くなっている優人の姿が艦内通路にて目撃されなそうな。




感想、誤字脱字報告をお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。