ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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ユナフロのイベント熱中し過ぎて、執筆が進まない(^_^;)


第12話「ストライクウィッチーズとインペリアルウィッチーズ その3」

1944年9月、ガリア共和国パ・ド・カレー――

 

パ・ド・カレー近海に停泊中の空母“天城”。そのガンルーム内では、既に入浴や夕食を終えたウィッチーズがデブリーフィングを行うため集合している。

親衛隊と501司令、天城乗員等の面談が予定より大幅に長引いてしまい、ストライクウィッチーズが昼間の戦闘に関するデブリーフィングに漕ぎ着けたのは、日付けが変わる直前であった。

時間が時間だけに、メンバーの殆んどが眠気に誘われ、欠伸を噛み殺していた。が、例外もいる。

北欧組――サーニャのエイラの2人はどちらかと言えば夜型なのが幸いし、バッチリ目が覚めていた。

作戦会議の場等で寝入っていることが多々あるルッキーニも、デブリーフィングの直前まで眠っていたおかげで元気一杯。眠気とは無縁の眩しい笑顔を振り撒いている。

 

「………………」

 

リーネが淹れてくれた紅茶で口内を湿らせつつ、優人はご機嫌斜めな妹へと目をやる。

舷窓外の景色を眺めていた芳佳は兄の視線に気付き、肩越しにチラリと振り返った。しかし、すぐさまプイッと顔を背けてしまう。やはりまだ立腹らしい。扶桑海軍ウィザードは深い嘆息を漏らす。

次にシャーリーに視線を走らせてみる。リベリオンウィッチは優人と目が合うなり頬を軽く染め上げ、決まり悪そうに視線を逸らしてしまう。

 

(少しからかい過ぎたかな?)

 

普段シャーリーのオモチャにされていることの多い優人は、ちょっとした仕返しのつもりで彼女をからかったのだが、少々悪ふざけが過ぎたようだ。そう思い、優人は密かに自省する。

 

「ふぁ~……」

 

ふと可愛いらしい欠伸声が耳朶に優人の触れる。声の主はペリーヌだ。

大きく開いた口元を右手で隠して欠伸をする仕草と悠然と椅子に座る様は、やはり貴族令嬢に相応しい優美なものだった。

隣では、ペリーヌとは対照的に口を全開の上で大欠伸を掻くハルトマンの姿もあった。

ネウロイの襲撃がなければ、彼女は1日の殆んどを睡眠か飲食に費やす。そんなハルトマンにとって、深夜の会議や打ち合わせは宛ら拷問といったところだろう。

バルクホルンは憮然とした様子で、背を壁に預けて立っている。帝政カールスラント皇室親衛隊の介入に起因する不機嫌さを隠そうともしない。障らぬ神に祟り無し。優人はバルクホルンに声を掛けずにいた。

 

「みんな、お疲れ様」

 

やや遅れてミーナがガンルームに姿を見せる。傍らには竹井の姿もあった。

2人が入浴と軽い食事を済ませてからガンルームに足を運んだため、デブリーフィング開始がさらに遅くなってしまった。しかし、そのことで不満を抱いたり、不平を言ったりする者はいなかった。

ミーナと竹井は、皇室親衛隊という反ウィッチ派の連合軍将官より遥かなに厄介な難敵と、何時間も顔を突き合わせていたのだ。心身の疲弊は凄まじいはず。

軽食で腹を満たしたり、熱い湯に浸かって少しでも疲れを癒さんとする彼女達を責めるほど、ウィッチーズの面々は狭量ではない。

 

「昼間の作戦は厳しい戦いになったけれど。特に大きな怪我はしていないようね……」

 

ミーナはぐるりと首を巡らせ、ウィッチーズひとりひとりと視線を交わす。仲間達の無事を改めて確認すると、彼女はさらに言葉を続けた。

 

「ここで、みんなに報告しなければならないことがあるの……竹井大尉」

 

「はい」

 

501の司令に促され、竹井は制服のポケットから写真を取り出す。ウィッチーズの視線がテーブルに置かれた1枚の写真へ集中する。

 

「こ、これは!?」

 

バルクホルンはハッと息を呑む。写真には、ガリア・カールスラント国境方面にて作戦行動を実施していた宮藤隊――宮藤兄妹、竹井、シャーリーの4名――が遭遇したウォーロック擬きの機影が映し出されていたのだ。

 

「どうみても、“アイツ”にそっくりだよね?」

 

「ウォーロック!?………」

 

ルッキーニもまた、両目をパチくりさせながら驚愕を口にする。

予めウォーロック擬きと戦闘を経験していた芳佳も、改めて認めた敵の存在に動揺を禁じ得ない。

 

「そう……これはウォーロック。でも、以前戦ったものではないわ」

 

3人の見解を肯定しつつ、ミーナはウォーロック擬きについての解説を付け加えた。

 

「ガリアの巣で得たウォーロックの情報を元に作り出された新しいネウロイ。つまり、“ネウロック”ね」

 

「ホント似てるねぇ~……そっくりだよ」

 

と、動揺を通り越して感嘆とさえ受け取れる発言をするハルトマンへ苦笑を向けると、ミーナは解説を続けた。

 

「このネウロックは、カールスラント方面から天城に向けて急速接近してきました。ですが、早くに察知したサーニャさんとエイラさんの活躍で、天城及び雪風への深刻な被害は回避されました」

 

「すごいすごい!サーニャちゃん、エイラさん!」

 

ウォーロック擬き――ネウロックを撃退し、扶桑海軍の艦艇2隻を守りきった北欧組の2人に、芳佳が尊敬の眼差しと惜しみない賞賛の言葉を送る。

 

「そ、そんなことないよ……」

 

「当然ダ。サーニャにはワタシがついてるんだからナ。あんなのに負けるわけがないダロ!」

 

サーニャは照れくさいのか。雪の想わせる真っ白な頬を赤らめて、俯き加減に応える。

一方エイラは誇らしげに胸を張り、自分とサーニャの活躍を自賛していた。

彼女達の活躍はもちろんだが、天城と雪風も対空火砲で可能な限り2人を支援していた。エイラはともかく、サーニャは扶桑海軍艦艇の援護あっての戦果だと考えている。

 

「天城を追われたネウロックは、次に宮藤隊を追撃。戦闘を行っています。詳しい状況を教えてもらえるかしら?」

 

と、ミーナは宮藤の4人へ視線を走らせ、周りもそれに倣って優人等に目を向ける。

 

「そうですね……」

 

隊長の優人を差し置いて、まず竹井が口火を切る。顎に親指と人差し指を添え、扶桑海軍のベテランウィッチはおもむろに言葉を発した。

 

「私は肝心のウォーロックを見ていないから、どの程度似ているのかは分からないのだけれど。他のネウロイを圧倒するほどの力を持つネウロイであったことは間違いありません」

 

竹井は途中で言葉を切り、チラッと優人の方へ視線を流す。

どうやら自分の代わりに説明してくれとのことらしいが、察するにウォーロックについては入浴中ミーナから簡単な説明がなされていると見て間違いない。

トレヴァー・マロニー元ブリタニア空軍大将と彼の派閥の不祥事やウォーロックに関する情報を一切口外してはならぬと、連合軍とブリタニア空軍双方の上層部は501に対して箝口令が敷いていた。

しかし、竹井をデブリーフィングに参加させたということは、ミーナが彼女にも説明する必要を感じてる証左ということだ。どのみち親衛隊を通して天城の乗員達にも知らされてしまっている。

優人は上層部の厳命にも構わず、ネウロックの報告を始めた。

 

「あのウォーロック擬き……ネウロックとは、作戦目標の自走砲型ネウロイと交戦中にマジノ線地下通路で接触した。具体的な性能についてだが、戦闘機型から人型への変形機構はもちろん、攻撃力、防御力、機動力。どれもオリジナルのウォーロックを上回っていた。さらにヤツは、俺達が無力化した自走砲型ネウロイと融合し、自身をネウロイに強化。マジノ線の外へ離脱していったんだ」

 

「融合、ってナンダ?」

 

優人の言ったことがいまいちピンと来ず、エイラは小首を傾げる。そんなスオムスウィッチに、シャーリーがさらに分かりやすく説明する。

 

「ウォーロックが赤城と合体しただろ?あんな感じかな?」

 

「うじゅ、そんなとこまで真似っこしてる……」

 

「まったく、悪趣味ですこと……」

 

優人とシャーリーの報告を聞いて、ルッキーニは開いた口が塞がらず、ペリーヌは不愉快そうにぼやいていた。

 

「しかも、今度はネウロイ同士でか」

 

「うわぁ……やだやだ。勘弁してほしいよね」

 

「……やっぱりね」

 

冷静な口調で分析するバルクホルンと、露骨に嫌そうな顔で不満を吐露するハルトマンに続き、ミーナが小声で呟く。

扶桑海軍ウィザードとリベリオンウィッチの説明に対する相槌とも、単なる独り言とも受け取れた。

 

「その後なんだが、インペリアルウィッチーズの介入もあって自走砲型ネウロイのコアを破壊に成功。ネウロックは分離し、カールスラント方面へと逃走していった」

 

「逃走したネウロックは、私の方でも追跡していました」

 

優人の言葉を継ぐようにして、サーニャが魔導針で捕捉したネウロックの動向を報告する。

 

「どうやら、カールスラント北西部にあるネウロイの巣へ撤退したと見て間違いありません……」

 

人類側が存在を確認している中でカールスラント北西部に存在するネウロイ巣といえば、エルベ川河口付近の小規模な巣のことだろう。

小規模という表現から分かるように、ガリアや他の地域に存在するネウロイの巣と比べて小さめだが、それでも見る者を威圧するほど巨大なものだ。

 

「このネウロックが出現した目的が分からないのが気になるわね……」

 

「そもそも、ネウロイが何を考えているかどうかも分からないからなぁ?」

 

難しい顔をするミーナの言葉を継いだシャーリーが、やれやれと肩を竦める。

 

「私達は、これからどうすればいいんですか?」

 

自分に指示を仰ぐ芳佳に対して、疲労の色を滲ませた鮮やかな緋色の瞳を向け、ミーナは応える。

 

「親衛隊の要請で、私達はあちらが実施しているネウロックの捜索を正式に協力するなったわ。インペリアルウィッチーズを中心とした親衛隊、501、天城で臨時の独立戦隊を編成して、作戦指揮もゲオルグ・ゾンバルト親衛隊准将閣下が執られるそうよ」

 

「ちょっと待て!私達は、あんな政治被れ共の指揮下に入るのか!?」

 

真っ先に反応したのはバルクホルンだった。良くも悪くも生粋の軍人肌と言える彼女には、政治色の強いカールスラント宰相の直属組織に都合良く使われることが気に入らないらしい。

堅物大尉の表情には、現状に対する不満がありありと現れている。

 

「あくまでこの件が片付くまでよ」

 

と、ミーナは嘆息混じりに応じる。バルクホルンの反応を予想していなかったわけではない。

だが、彼女はついさっきまで悠貴やゾンバルトと互いの腹を探り合い、疲れてきっている。今のミーナには、憤慨するバルクホルンを宥めるだけでも一苦労だ。

 

「一時的だとか、そういう問題ではない!何故我々が奴らに指揮権を譲らなくては――」

 

「落ち着けよ!バルクホルン!」

 

ヒートアップしかかっているバルクホルンを優人が一喝する。

 

「ここで連中と争うのは得策ではない、ミーナはそう判断したんだよ」

 

「しかしだな――」

 

「お前は大いに不満かもしれないが、俺はミーナの判断を支持する。常に大局的な見地から501を守ろうとするミーナの考えが間違いだった試しがあるか?」

 

「くっ……!」

 

扶桑海軍ウィザードに諭され、バルクホルンを口を噤んだ。確かにミーナは、自分達前線の将兵とは幾分異なった目線で状況を見ている。優人の言う大局的な見地からだ。

そういった見方が出来るミーナだからこそ、当初は夢物語と揶揄されていた統合戦闘航空団の創設を実現させ、ガリア解放を成し遂げるまでの数年間501部隊を存続させたのだ。

それでいて現場の心を忘れず、普段から仲間達を気遣っていた。能力・人格の両面から見て、軍隊においる理想の現場指揮と言える。

バルクホルンとて、ミーナに非があるなどとは全く思っていない。501の指揮権を親衛隊へ譲渡しなくてはならない無茶苦茶な状況に不満があるだけだ。

しかし、内心激情家な彼女は、結果的にミーナを責め立てるような言動を取ってしまうのだ。

ただ、優人としても501・親衛隊・扶桑海軍からなる混成部隊の運用については不安を禁じ得なかった。

正規軍所属する者同士である501と天城であっても、前線部隊の在り方や任務に対する認識が必ずしも同じではない。さらに大国の政治責任者直属組織である親衛隊と国防軍では、戦争に関して著しい見解の相違が見られる。

全てが順調に運べばいいが、何か問題が発生した際に各方面の考えが一致するとは限らない。各々が己の本分を果たそうとするほど、互いの意見が衝突することも十分予想される。

加えて最高司令部の命令ともなると、ミーナと優人がそれぞれ頼りにしているカールスラント空軍ウィッチ隊総監――アドルフィーネ・ガランド少将や、扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令長官――赤坂伊知郎大将の助力もどれほど得られるか。

 

「とにかく、ミーナ中佐が仰ったようにネウロックの件が片付くまでは親衛隊の麾下で行動ことになるでしょう」

 

一時的にガンルームを支配していた沈黙を竹井が破った。

 

「予定では、もうガリアに上陸しているはずだったのに……申し訳ありません、皆さん」

 

親衛隊の横暴を許してしまったことに責任を感じているらしい。竹井は申し訳なさそうな表情で謝罪する。

その弱々しい姿が、優人には泣き虫だった新兵時代の彼女と重なって見えた。

 

「気にしないで竹井さん、あなたのせいではないわ。とにかく、今は一刻も早くネウロックを倒すことだけを考えましょう」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

ミーナに温かい言葉に励まされ、竹井の表情から陰りが消え去る。

例え親衛隊の介入がなくとも、どのみち西部方面総司令部あたりから似たような命令が下されたことだろう。

ネウロックがまた出現した時、ウィッチ部隊でなければ対抗出来ない。それもウォーロックとの戦闘経験があるストライクウィッチーズが望ましい。

敵の機動力を鑑みるに、解放されたガリアはもちろん、ブリタニアもヤツの攻撃範囲内に位置している。

つまりネウロックは、ガリアの解放とブリタニアの防衛を主任務としていた第501統合戦闘航空団にとって、決して野放しに出来ない存在なのだ。

 

「さて、今日はもう新たな動きは無いだろうし。解散としようか?」

 

優人が訊ねると、ミーナは小さく頷いて同意を示す。司令の了承を得た副司令代理兼戦闘隊長代行は、最後にウィッチーズと向き直る。

 

「デブリーフィングはこれにて終了・解散とする。各自いつでも発進出来るよう準備は怠るなよ!」

 

『了解!』

 

威勢の良い返答を聞いて、優人は満足げに頷く。だが、最愛の妹にのみツーンとそっぽ向かれてしまったことが、優人にはどうしようもなく哀しかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ミーナ……今、大丈夫か?」

 

デブリーフィング終了から約1時間後。借り受けている船室にて、寝間着に着替えていたミーナの元に来客が訪れた。

小気味良いノック音と聞き慣れた声がミーナの耳朶に優しく触れ、客人の来訪を告げる。客の正体は優人だ。

 

「え、ええ……どうぞ」

 

戦友とはいえ、まさか深夜に異性が訪ねてくると思わなかった。一瞬逡巡したが、すぐさまドア越しに声を返して入室を促す。

部屋に入ってきた優人もまた寝間着――半袖のTシャツと黒の半ズボン――に着替えていた。

 

「あ、悪い……寝るところだったか?」

 

ミーナの寝間着姿を見るなり、優人は気恥ずかしそうに目を逸らした。

彼女の寝間着は、優人も目にしたことのある薄いピンク色のキャミソール。制服着用時に履くエンジ色のズボンはアダルトな雰囲気を醸し出しているのに対し、こちらは清楚な女性らしさを演出している。

 

「いいえ、大丈夫よ?それより何か用かしら?」

 

夜遅くに優人がミーナを訪ねたのは、これが初めてではない。以前、深夜に部屋を訪れた時も彼女のキャミソール姿を目にしている。

あの時のミーナは異性に対して、必要以上に肌を晒さぬようカーディガンを羽織っていた。しかし、今回はキャミソールの上に何も着ていない。

当然、普段着用しているオリーブドラブの制服と比較して腕や肩等が露出しており、女性特有の甘い香りがする白磁の肌を惜し気もなく晒している。

天城の艦内は陸の航空基地に比べて少々暑苦しく感じるのか。扶桑海軍ウィザードを以前よりも信頼するようになったのか。

もしくは敢えて肌を晒し、優人の反応を見て楽しもうとする悪戯心故なのか。いや、それは寧ろハルトマンやシャーリーの領分か。

 

「ああ……これ、良かったら」

 

そう言って優人は木製の丸型お盆を差し出す。お盆には熱い扶桑茶が入れられた湯呑みと、沢庵ふた切れに2個のお握りを載せた皿が置かれていた。

 

「……これは?」

 

「主計の人からお前があんまり夕食を食べなかった、って聞いてさ。夜食でもと思って、作ったんだよ」

 

「その為にわざわざ?」

 

てっきり親衛隊との面談について訊きにきたとばかり思っていた。意外過ぎる用件にミーナは少々面食らう。

 

「疲れてるのかもしれない。けど、食事はちゃんと摂らないと身が持たないぞ?ウィッチも隊長も身体が資本だろ?」

 

と、優人。やや説教染みた言い方をする彼が、何処と無く坂本も連想させ、ミーナはクスリと小さく笑う。

 

「ふふ♪そうね。せっかくだし、頂くわ」

 

ミーナは「ありがとう」と一言礼を述べ、優人からお盆を受け取る。

炊きたての白米の甘い香りと、扶桑茶に使われている若葉の爽やかな香りが鼻腔を擽り、気付かずにいた己の空腹感を自覚させる。

 

「何だ、書類仕事か?」

 

机の上に置かれた書類が優人の目に留まる。どうやら昼間の作戦やネウロックに関する報告書らしい。

尤も、501基地にて毎日のように書いていた総司令部に提出する物ではなかった。

親衛隊のゾンバルト准将から要請され、急遽纏めなくてはならなくなった書類だ。既に数枚ほど書き終えてある。

 

「ええ……今回の報告書を急いで上げないといけなくて……」

 

「代わろうか?」

 

「えっ?」

 

「疲れてるだろ?残りは俺に任せて、お前はお夜食休憩してろよ」

 

そう言うなり、優人は机に着いて羽根ペンを手に取った。書き終えた書類に軽く目を通すと、慣れた筆運びで残りの書類を片付け始める。

 

「そんな悪いわ!後少しだけだから、私が自分で――」

 

書類仕事を代わってもらうことを申し訳なく思ったミーナだが、彼女はすぐに言葉を止める。

不意に立ち上がった優人が、彼女のことをジッと注視したからだ。

さらに下から掬い上げられた彼の手が、ミーナの顎にそっと触れ、そのままを彼女の顔を引き寄せる。ミーナは優人の眼前に顔を突き出す格好となった。

 

「ゆ……優人?」

 

至近距離で見つめてくる扶桑海軍ウィザード。突然のことに理解が追い付かず、ミーナはウブな生娘のように頬を紅潮させる。

心臓の動悸も激しくなり、バクバクとやかましいくらい大きな鼓動音を響かせていた。

 

「やっぱり、普段よりも顔が悪い。隈ができてる……目も充血してる」

 

「…………えっ?」

 

「501基地での疲労が一気に出たんだろうな」

 

優人はミーナの顎から手を離すと、机に戻り書類仕事を再開した。

 

「無理しないで休んでろ。501の隊長である以上はミーナ1人の身体じゃないんだから……」

 

「……そうね」

 

なんとか短く応じると、ミーナはお盆を置いたベッドの方へ移動していく。

ベッドの端に腰掛けると、未だ暴れ続ける心臓を落ち着かせるためお茶を飲もうとする。

 

(キス、されるのかと思ったわ……)

 

心中で呟きつつ、ミーナは湯呑みに口を付けた。既に扶桑茶は温くなってしまっていたが、顔に熱が残っているミーナには丁度良かった。

しばらくすると気持ちが落ち着き、差し入れられたお握りを一口食べてみる。白米の甘味が口内を満たし、嚥下すればミーナの空腹感を癒してくれる。

腹が満たされれば自然と余裕も出てくる。落ち着いたミーナは、書類仕事に没頭する優人の後ろ姿を目に据える。

 

――身体を休ませるのも、指揮官の仕事だぞ。

 

――無理しないで、僕に任せて。

 

(……美緒……クルト……)

 

ふと男性と女性の優しいげな声が、ミーナの脳裏に響く。

それぞれ声の主は、一足早く501から離れた戦友――坂本美緒扶桑海軍少佐と、ダイナモ作戦時に死別した想い人――クルト・フラッハフェルト。2人も今の優人のように司令職務に忙殺されるミーナを心配したものだ。

 

(クルトも美緒も……優人も。変なところで似てるんだから……)

 

外見も性格も異なる3人。だが、何かと無理しがちなミーナを気遣つ優しさと、我知らず彼女をドギマギさせる2点は共通していた。

 

(…………クルト……)

 

同じ男性だからだろうか。優人の後ろ姿を注視し続けるうちに、彼の背中がクルトと重なって見えた。想い人の記憶がいつもより鮮明に甦り、堪えきれなくなったミーナの頬を一筋の涙が伝う。

 

(優人に言われた通り……少し疲れてるのかしら?)

 

疲労故に感傷的になっているのか。ミーナは涙を拭うと、夜食のお握りを再び口に運んだ。

 

「ふぅ、終わった」

 

報告書を書き終え、優人は座ったまま大きく背伸びする。

日頃からミーナのデスクワークを手伝ってるだけあって、手早く済ませることが出来た。もしかすると、優人は作戦指揮より管理業務の方が向いているのかもしれない。

 

「……ミーナ?」

 

後ろのベッドで夜食を摂っているはずの上官から返事が来ない。もしやと思って振り返ると、案の定ミーナはベッドに横たわり、スヤスヤと寝息を立てていた。

 

「寝たか……」

 

無理もないな、と扶桑海軍ウィザードは既に深い眠りに就いているミーナの身体に布団を掛けてやる。

そのままにしては彼女が風邪を引いてしまうのはもちろんだが、何かでミーナの身体を覆わなければ目のやり場に困るというのが一番の理由だった。

チラッとお盆に目を向けてみる。ミーナは夜食を綺麗に食べ終えていた。疲労が蓄積していても、食欲さえあれば取り敢えずは大丈夫だろう。

優人は安堵するとともに、ミーナが用意した夜食を残さず食べてくれたことを嬉しく思う。

 

(まったく、いくらなんでも無防備過ぎだよ……)

 

男である自分と2人きりの個室で、無防備にも寝姿を晒しているミーナに優人は苦笑を零す。

上述の通り、寝間着姿のミーナは制服着用時と比べて肌色の面積が多い。その上、彼女の身体が形作る優美な曲線は、とてもキャミソールの薄布1枚で隠しきれるものではない。

うら若き乙女のものとは思えぬ艶姿は、まるで裸婦像――ミーナは裸ではないが――のようで、それだけで世の男共を魅了してやまない。

501随一のナイスバディを誇るシャーリーや、天城乗員等の前で終始艶然としていた悠貴とは、また違った色香を感じさせる。

世界的エースウィッチにして、帝政カールスラントが誇る名指揮官――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。

“女侯爵”または“スペードのエース”と渾名され、軍内外に大勢のファンがいるであろうウィッチの最も私的な姿を、扶桑海軍ウィザードは図らずも独占していた。

ふと優人は何気無しにミーナの頭へ右手を伸ばす。緋色の髪を優しく梳いてみる。艶やかな髪よりフワッと甘い香りが立ち込め、扶桑海軍ウィザードの鼻腔を優しく擽った。

そのまま手の平を這わせながら下方へ流し、白く柔らかな頬に触れる。すると、ミーナの身体がピクッと震え、「んっ……」と艶色を滲ませた声を唇から漏らした。

形の良い唇は薄い桜色をしており、理想的な艶と潤いを保っている。

優人は頬から右手を離し、その魅力的な唇に人差し指と薬指を添えようとした。

 

「…………って、何やってんだ俺は……」

 

2本の指先が唇に触れる直前に優人は我に還る。すぐさまイカンイカン、と頭を振り返って邪な想いを追い出す。

用は済んだのだから、さっさとお暇しよう。ミーナを起こさぬよう物音に注意しつつ、優人は彼女が寝ているベッドから離れようとする。

 

「――っ!?」

 

眠っていたはずのミーナが右手を伸ばし、優人の腕を掴んだ。突然のことに驚いた優人は身体を硬直させる。

 

「……ミーナ?」

 

「す~……す~……」

 

「寝てる?」

 

ミーナは眠っている。しっかりと握っているようで、力はあまり込められていない。しかし、寝相にしては動作が速い気もする。

勝手に髪や頬を触ったことを怒られるのかと内心焦っていた優人は、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「……美緒……クルト」

 

「えっ?」

 

「美緒ぉ……クルトぉ……どこ?どこにいるの?……」

 

友情に留まらぬ感情を抱いている扶桑ウィッチと、今次大戦で失った想い人の名を呟きながら、ミーナは優人の手を掴む力を一層強くする。

 

「おいて行かないで……私、1人じゃ……」

 

「………………まったく……」

 

優人は溜め息を漏らしつつも、ミーナの手を握り返して穏やかな口調で語り掛けた。

 

「何処にも行かない。ミーナの側にいるよ」

 

坂本やクルトならばこう答えただろうか。優人が成り行きで2人の役を演じてみる。

すると、ミーナの表情が穏やかなものに変化した。ただし、優人の手は強く握られたままであった。

 

「やれやれ……」

 

どうやら一晩中ここにいることになりそうだが、優人に憂いはなかった。ミーナ隊長の可愛い寝顔を独り占め出来ると思えば、徹夜で手を握り続けるなどは些細な問題だ。

それに、あからさまな不機嫌オーラを放っている妹が居る船室には帰り難い、という事情もある。

先程までアダルトな雰囲気の大人の女性といった印象だったが、今のミーナは内に抱いた人恋しさを無意識に吐露する繊細な少女としての一面を見せている。

周囲の期待と信頼に応えるため才色兼備の女傑を演じているが、その実は懸命に強くあり続けようとするか弱い乙女。もしかすると、本心では人に頼られるより頼りたいと考えているのかもしれない。

上層部との折衝等からくる精神的疲労・苦痛は――マロニーが501の上官になってからは特に――図り知れず、そのことを理解しながらも彼女に何処か甘えてしまっていた。

優人は、自分がいかに情けない存在か想い知らされている気分だった。

 

「坂本やクルトさんじゃなくてごめんな。代わりと言ったらなんだけど、今夜は朝まで付き合うよ」

 

罪悪感にチクリと心を痛めながらも、優人は一晩中ミーナに付き添った。張り詰めた寝顔が少しずつ緩んでいくのを見守り、いつしか優人の意識も眠りの淵へと沈んでいった。




RtBの7話が面白過ぎるww

優人があの場にいたらどうなるか。考えただけでww

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