ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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またスランプ気味になっております(-""-;)


第13話「ソーセージと薬と御機嫌斜めな妹」

1944年9月某夜、ガリア共和国パ・ド・カレー沿岸――

 

扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦“天城”。停泊中の本艦において、501と同様インペリアルウィッチーズをはじめとする帝政カールスラント皇室親衛隊の面々も、天城から幾つかの船室を借り受けている。

その一室では、遅めの入浴を終えたインペリアルウィッチーズ司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐が、バスローブ姿で寛いでいた。

親衛隊に命じて天城へ運び込ませた高級チェアに悠然と身を沈ませている。

 

「大佐」

 

傍らには、第1飛行隊隊長のグレーテル・ホフマン親衛隊大尉が控えている。昼間と同じく親衛隊の勤務服に身を包む彼女は、敬愛してやまない上官の為にワインを準備していた。

 

「本当によろしいのですか?」

 

深紅の液体がワイングラスを手渡しながら、ホフマンが訊ねる。

艶やかで形の良い唇へワイングラスを引き寄せつつ、悠貴は忠実な僕をチラリと一瞥する。ホフマンの言っていることは悠貴も理解していた。

なるだけ穏便且つ秘密裏に進めたい作戦に、いくら――悪い言い方をすれば――外様の部隊である統合戦闘航空団とはいえ、各国国防軍のウィッチ隊。さらに天城は中々の狸と噂されるかの扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令長――赤坂伊知郎扶桑海軍大将麾下の艦艇を参加させる。

悠貴とゾンバルトは、これらを自分達親衛隊の監視下に置くことで、501部隊や天城の行動を制限するのが目的らしい。

だが、どうせカールスラント行政指導部の権限を行使するなら、501部隊と劣等民族共は原隊へ戻すなり、本来の任務に就かせるなりして追い払ってしまえばいい。

それを何故わざわざ危険を冒してまで側に置いておくのか。ホフマンは理解に苦しんでいた。

現在、武装した親衛隊員等が艦橋をはじめ、艦内の主要な部署の殆んどを押さえている。艦長である青山忠大佐を含む天城乗員に何か動きがあれば、忽ち悠貴やグレーテルの知るところとなる。

艦内にはあのミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐が……前ブリタニア空軍戦闘機軍団司令官――トレヴァー・マロニー元ブリタニア空軍大将をほぼ独力で失脚へと追い込んだ501の司令がいる。

加えて、ミーナと関わりが深いカールスラント空軍ウィッチ隊総監――アドルフィーネ・ガランド少将。そして、宮藤兄妹の父親と親しい間柄の赤坂は、人類連合軍最高司令部に名を連ねる501の後ろ盾的な立場を取っている。

高い政治的手腕を持つ両者の存在は、親衛隊といえど無視はできない。この2人がその気になれば、最高司令部の命令を撤回させることも不可能ではない。

 

「もし奴らが我々の目的に気付き、連合軍上層へ報告でもされたら……宰相派が介入しくることだって……」

 

「無論、手は打っておくわ」

 

血のように赤いワインで喉を潤した悠貴は、ホフマンの上申を遮るように艶やかな声で応じる。

 

「リスクあれど、“もしもの事態”が起きた場合に、501の戦力は大いに役立つはず……」

 

ワインを飲み干したワイングラスを掲げ、悠貴は意味深げに笑みを浮かべる。

 

「“もしもの事態”……」

 

上官の言葉を繰り返しつつ、ホフマンは考え込んだ。悠貴やゾンバルトには何やら思惑があるようだが、果たして吉と出るか……。

 

(いや、やめよう。私はアインツベルン親衛隊大佐の忠臣。ただ、主君の命令に従うことだけを考えていればいい……)

 

ホフマンは心の中で頭を振った。上官の判断に対する不信を消し去ると、空になったグラスに追加のワインを注いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

翌朝、ミーナの船室――

 

「う……う~ん……」

 

目をゴシゴシと擦りながら、ミーナは気の抜けた声を漏らしつつ、目を覚ます。

重たい目蓋を半分開き、ミーナは舷窓の方へ目を向ける。朝日がうっすらと射し込んでのが見えた。どうやら早朝らしい。

 

「……今、何時かしら?」

 

ボンヤリとした思考回路で、デスクワークをしていた机に腕時計を置いていたことを思い出す。

時計を確認するためには、まずベッドから降りなくてはならない。ミーナは寝返りを打ち、身体を舷窓のある壁側から反対の机側へ向ける。

 

「…………あら?」

 

向きを変えたミーナはあることに気付いた。自分が寝ているベッド上に――つまりすぐ目の前に影が存在し、自分の視界を遮っているのだ。

彼女は目覚めたばかりで、しかも明かりの点いていない船室は薄暗い。頭が覚醒しきれてないこともあり、影の正体をハッキリ視認・理解するまで数年秒かかってしまう。

 

「…………へっ!?……」

 

ミーナが素っ頓狂な声を上げたのは、目や頭が正常に機能したのとほぼ同時だった。

驚愕に見開いた緋色の瞳に映ったのは、どういうわけか同じベッドで、ミーナに添い寝するような形で眠っている戦友――宮藤優人だったのだ。

 

「な、な、な………なななななななな!?」

 

状況がさっぱり理解出来ない。いや、そんな余裕を持つことすら許されず、ミーナは激しく動揺する。

何故優人が自分と同じベッドに入り、同じブランケットを被り、共寝をしているのか。

 

(何で優人と一緒に!?……まさか、私達は何か過ちを……?いいえ、そんなことは断じてないわ!)

 

「う~ん……」

 

どうにか心を落ち着けように試みるミーナを他所に、優人が目を覚ました。

といっても、目蓋は半開きで目の焦点も合っておらず、動きも緩慢なので半覚醒状態と言える。

 

「ゆ、優人……な、何で……」

 

「……芳佳?」

 

「へ?」

 

「なんだよ?やっぱり同じベッドじゃないと寂しいのかぁ?」

 

そう言って優人はミーナの背中へ両腕を回し、自分の方へ引き寄せた。

 

「きゃっ!」

 

突然のことに驚き、ミーナは短く悲鳴を上げる。どうやら寝惚けてミーナを芳佳と勘違いしているらしい。

さらに扶桑海軍ウィザードは、最愛の妹と誤認している501部隊司令を抱き締め、髪を梳くような手つきで彼女の頭を撫で始める。

 

「あっ!ちょ、ちょっと!」

 

ミーナは今、優人の腕に包まれている。彼の体温、肌の感触、異性の匂い。それらを一度に知覚し、心臓の動悸が異常に激しく速くなる。

一方の優人は、完全に目を覚ますことなく二度寝を始めていた。もちろん、ミーナを抱き留めたままだ。

 

「芳佳ぁ……」

 

「ひゃっ!?」

 

優人が寝言で芳佳の名を呼ぶ。それと同時にミーナの身体が大きく震えた。なんと、優人の両手がミーナの身体を這い回っているのだ。

背中に添えられていた左手はキャミソールの中で肌に直接触れ、頭を撫でていた右手は臀部へ添えられる。

不幸中と言うべきか。右手はローライズのズボンには侵入せず、布越しに触れていた。しかし、寝間着用のズボンは布地が薄く、破廉恥な手から尻を守るには心許ない。

さらに優人はミーナの耳元に唇を寄せ、フゥ~っと吐息を吹き掛けていた。

 

「芳佳はホント可愛いなぁ……」

 

「ひっ!?」

 

ミーナを妹と間違えたまま再び寝入った優人は、デレデレとした締まりのない表情で寝言を囁く。また吐息が耳に掛かり、ミーナの身体にゾクリと震える。

 

「ん!……んぅ、はぁ……ん!……」

 

「ふふ、芳佳ぁ……」

 

「優人、いい加減に……私は芳佳さんじゃ……あぁん!」

 

ふとミーナの身体がビクンと跳ね上がり、一際甲高い声が薄桜色の唇から漏れ出る。

臀部に添えられていた優人の右手がズボンの中へ侵入し、指先が直接尻に触れたのだ。

 

(やだ……私ったら、なんて声を……)

 

誰かに聞かれたわけでもない。上述の通り優人は眠っている。しかし、自分の口から零れ出た艶色の滲んだ声にミーナは顔から火が出そうだった。

羞恥に駆られている間にも、優人の両手が尻や背中で暴れ回っていた。左手の指先がツーッと背筋を這い、ズボンの下へ潜り込んだ右手は柔らかな尻肉をギュッと揉み拉く。

 

「芳佳かぁ~……お兄ちゃんは、お前の為なら幾らでも頑張れるんだよ~……」

 

「んっ!んんっ!……優人、やめっ……んぁあ!」

 

ミーナは、これ以上恥ずかしい声を漏らさぬよう務めるも、すぐに噛み締めた唇からくぐもった声が漏れてしまった。

一方の優人は、寝相とは思えない見事な手さばきでミーナを責め続ける。

 

「あぁ……優人ぉ……だ、ダメよ!……ダメェ!んはぁ!」

 

「芳佳ぁ……お前は本当に可愛いなぁ♪……」

 

妹が自分に甘えてくる夢でも見ているらしく、優人はやたら幸せそうな寝言を零す。

対するミーナは身を捩らせて悶え続けている。何度も彼の腕から脱出を試みるも、扶桑海軍ウィザードの両腕は逃がさないと言わんばかりに彼女を押さえつける。

結局この拷問(?)は、優人が起きるまでの1時間ほど続いた。

 

「だっ……はぁ、ん!……ダメッ!……だめっ!らめぇええええええええええ~っ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

朝食時、天城ガンルーム――

 

「何だ、これは?」

 

唸るような低い声で呟きながら、バルクホルンは朝食に出されたウインナーを睨みつける。

食堂が天城の乗員でいっぱいなので、501のメンバー及び竹井醇子扶桑海軍大尉はここガンルームで食事をしていた。主計科より提供された朝食の献立は、白米に味噌汁。主菜に卵焼きとウインナーソーセージ等々。

ウインナーソーセージはミーナ達カールスラント組に対する主計長なりの気遣いだったのだが、バルクホルンは何故か不満げである。

 

「何って、ソーセージでしょ?」

 

と、右隣に座るハルトマンが事も無げに応じる。憮然としているバルクホルンとは異なり、ウルスラエースはウインナーソーセージを頬張っていた。

ソーセージが口へ運ばれる度、皮がパリッと弾けて小気味好い音を室内に響かせる。

 

「ソーセージ……だと……」

 

バルクホルンは両拳を力いっぱい握り締め、ワナワナと震え始める。

やがて、バンッとテーブルに拳を叩きつけて立ち上がり、艦全体へ行き渡らんばかりの怒号を飛ばした。

 

「こんな……こんな甘味が強いものがソーセージなわけあるかぁあああああ!」

 

目の前にあるウインナーは、バルクホルン等が知っているカールスラントのウインナーソーセージ――カールスラントでは“ウインナーヴルスト”と呼称される――とは大きく異なっていた。

バルクホルンがウインナーソーセージと認知するカールスラント製のものはサイズが大きく、スパイスを効かせているため辛味が強い。

一方、朝食に出されたウインナーソーセージは、カールスラントから扶桑へ伝わったものに手を加え、同国の食文化に合わせたものだった。

大きさはカールスラントのそれよりも小さく、扶桑の主食である白米に合わせ、肉の甘味を強くしている。もちろん、だからと言って菓子みたいに甘ったるいわけではないが……。

 

「え~何で?……美味しいよ?扶桑のソーセージ」

 

「違う!こんなもの、断じてソーセージではない!食感は素晴らしいが甘味が気にいらん!これをソーセージと認めるわけにはいかん!」

 

ブンブンと激しく頭を振り、バルクホルンは重ねて否定する。

 

「バルクホルン大尉、落ち着いてください」

 

「食事時に騒々しいですわよ……って、いつものことね……」

 

憤然と主張するバルクホルンをまずリーネが宥め、次にペリーヌが窘める。彼女達もまた、扶桑製のウインナーソーセージに舌鼓を打っていた。

だが、其れ式で祖国のソーセージ文化を愛する堅物大尉殿を止めることなど出来ない。

 

「何を言うか!これはつまり、我がカールスラントのソーセージ文化が間違った形で扶桑に伝わっているということに他ならない!なんと由々しき事態だ!嘆かわしい!」

 

「ひっ!?」

 

バルクホルンが凄まじい剣幕で熱弁を展開したため、気圧されたリーネは条件反射で両の肩をビクンと跳ね上げる。

 

「あたしはいいと思うけどなぁ~……扶桑のソーセージ♪」

 

と、意見するのは幸せそうな表情でウインナーソーセージに舌鼓を打っているシャーリーだった。

 

「リベリアン!貴様にソーセージの……ヴルストの何が分かると言うんだ!」

 

「なんだよ、個人的な感想を言っただけだろ?」

 

矛先を向けてきたバルクホルンに対し、シャーリーが呆れたような口調で応じる。

それにしても、バルクホルンのソーセージに対するこの熱意はなんなのだろう。

寿司職人や板前をはじめとする扶桑人には、海外の寿司を寿司と認めない者も少なくない。自国の食文化に対するプライド故にだ。或いは、それと同じなのか。

 

「カールスラントのソーセージは大きめで口に入れるのが大変だけど、扶桑のは一口サイズで食べ易いし……」

 

そう言うと、シャーリーは何本目かのウインナーソーセージにパクつく。

ちなみにルッキーニだが、彼女は凄まじい食欲によって早々に朝食を食べ終えている。そして、シャーリーの隣席で満腹になった身体を丸めると、かなり早めなお昼寝タイムへ移行していた。

 

「用意して貰った食事にケチつけるなんて失礼だろ?誰も文句言わずに食べてるだろ?」

 

「なんと言われようと!これをヴルストと認めることはできん!そうだろう!ミーナ?」

 

「………………」

 

「ミーナ?」

 

左隣で朝食を摂っているミーナから返事がない。何事かと目をやると、心ここに有らずといった表情の501司令が、フォークの先端でソーセージを突いていた。食事は全く進んでいない。

 

「ミーナ?」

 

「えっ?あ、トゥルーデ。何かしら?」

 

堅物大尉が重ねて声を掛け、漸くどこかへ行ってしまっていたミーナの意識が戻ってきた。

501司令はソーセージへ向けていた顔を上げ、漫然とした表情でバルクホルンを見返す。

 

「どしたの?ぼ~っとしちゃって?」

 

続けてハルトマンが話し掛ける。不思議そうに小首を傾げながら、バルクホルン越しにミーナに見据える。

 

「昨日の疲れでも残っているのか?」

 

「え、ええ……そんなところよ」

 

バルクホルンの質問に対し、曖昧な返事で応えると、ミーナは朝食を再開した。

とは言うものの。今朝のこともあって、中々食べる気にはならない。嫌な疲労感から溜め息ばかりが漏れ出る。

もう一度顔を上げ、何気無しに視線を流してみると、別の席で食事中の優人と偶々目が合う。

 

「――っ!?」

 

途端にミーナの心臓が胸の中で飛び跳ね、同時に顔も熟れたトマトのように紅潮する。

 

「ちょ、ちょっと!トイレに行ってきます!」

 

やたら大きな声で宣言すると、ミーナは足早にガンルームを出ていく。彼女が潜っていた扉に、ほぼ全員の視線が集中する。

 

「ミーナ中佐。コレで、もう今朝5回目のトイレダゾ」

 

「何かあったのかしら?」

 

エイラとサーニャが順に言う。北欧組の2人もまた、小さな口をパクパクと動かし、扶桑製のウインナーソーセージを頬張っている。

 

「何だ?」

 

と、優人は首を傾げる。寝惚けた自分が何をやらかしたのかを全く知らない。いい気なものだ。

 

(まったく、ホント相変わらずね……)

 

隣で食事中の竹井が呆れ混じりに嘆息を漏らす。詳しい事情を知らずとも優人が己の稀有な才能を活用し、“また”何かやらかした程度のことは察しがついてるようだった。

 

――ガタッ!

 

ふと大きな物音がする。ミーナのトイレ宣言に負けないそれは、朝食を終えた芳佳が椅子から乱暴に立ち上がる音だった。

大切な501仲間と一緒に食事をする楽しいひと時だというのに、扶桑海軍軍曹は誰とも言葉を交わさなかった。

大好きな兄とも、ストライクウィッチーズで一番の親友であるリーネとも口を聞かず、ただ黙々と食事を摂っていた。食事を楽しむ素振りすら見られなかった。

らしくない芳佳の様には、他のメンバーも気付いていたし、心配もしていた。だが、彼女があからさまな不機嫌オーラが出ていたため、誰も声を掛けられずにいた。

 

「……ごちそうさま」

 

抑揚のない声でそう言うと、芳佳は空になったトレイを持って立ち上がり、ミーナに続く形で退室していった。

その際、優人の方へチラリと恨めしそうな視線を寄越したが、何も告げなかった。

 

「……な、何ですの?」

 

絶対零度。とても明るく活発な普段の姿からは想像出来ない芳佳の無感心・無感情っぷりは、氷点下を遥かに越えていた。

たった一晩で著しく豹変した芳佳の様相に、ペリーヌは当惑する。無論、他のメンバーも……。

例外は2人。ぼ~っとして注意力の落ちていたミーナと、無邪気さ故に芳佳の変化に気付かなかったルッキーニのみ。

 

(芳佳、まだ怒ってんのか……)

 

御機嫌斜めな妹を見て、優人は肩を竦める。鈍過ぎるほど鈍い扶桑海軍ウィザードも、自分が原因だということは理解しているようだった。

そんな彼の心中を察した竹井が、優人の脇腹を肘で軽く突く。一体何だ、と顔を向けてきた同期の桜を、“リバウの貴婦人”はジト目で見返した。

 

「ちゃんと謝って機嫌を取っておきなさい。今のままだと、作戦にも差し支えるわよ?」

 

「…………わかってるよ」

 

優人は深く溜め息をしながら応じると、冷めてしまった味噌汁で口内を湿らせた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

食事を終えて宛がわれた船室へ戻った優人を出迎えたのは、室内を満たさんばかりに充満する冷たく重苦しい空気だった。

2つあるベッドの片方には、最愛の妹が枕を抱えて寝転がっている。相変わらず不機嫌そうだ。

いつもなら部屋に戻ってきた兄を見てパァーッと表情を輝かせて迎えてくれるのだが、当然それもない。

優人は溜め息を吐きそうになるのを必死に堪えつつ、自身のベッドの縁へ腰掛ける。

 

「…………芳佳」

 

勇気を振り絞り、声を掛けてみる。案の定、返事はない。自分という存在を無視し、妹は憮然とした表情で天井を見つめる。

いつもの芳佳ならば、怒ったとしてもプイッとそっぽ向く。或いは、頬を膨らませる等。可愛らしい仕草を見せてくれる妹が、威圧するようにドス黒い不機嫌オーラを発しながら無視に徹底している。

優人はどうしたものかと頭を抱えた。いや、もしかすると恐怖すら感じているのかもしれない。

 

(さぁて、どうするか……)

 

優人は思案しつつ、荷物の中から新品の本を一冊手に取る。パラパラと捲りながら、横目でチラリと芳佳の様子を窺う。

努めて平静を装い、なんとか話し掛けようとするも出来ないまま、ただ時間ばかりが過ぎていった。

 

「はぁ~っ……ストライカーの整備でもしにいくか」

 

居たたまれなくなった優人は、わざとらしく溜め息を吐き、部屋を出ようとする。

 

――ばふっ!

 

「うわっ!」

 

扉の前まで進んだ優人の後頭部へ何か柔らかな物が飛んできた。それが芳佳が抱えていた枕だと、扶桑海軍ウィザードはすぐに理解する。

 

「な、何だ?」

 

驚いて振り返った優人の背後に、いつの間にか芳佳が立っていた。

無言のまま兄をじ~っと見据えた後、妹は床から拾い上げた枕で殴り始めた。

 

――ばふっ!ばふっ!ばふっ!

 

「お、おい……芳佳!?」

 

いつになく攻撃的な妹と、理由が分からぬまま両腕を盾代わりに身を守る兄。

次々と繰り出される枕の応酬は特に痛み感じるわけではないが、勢いがとにかく凄まじい。まさに怒涛の攻めだ。

 

「な、何だよ芳佳!」

 

暫しの間。優人は当惑しつつ、防御に徹していた。しかし、段々と枕攻撃が鬱陶しくなり、芳佳の両腕をガシッと掴む。

 

「あ…………」

 

来年には成人を迎える兄と、まだ中学生ほどの年齢である妹。力の差は歴然。

腕を押さえられた状態では何も出来ず、芳佳はピタリと動きを止める。

 

「さっきから何怒ってるんだ!?」

 

「…………の……」

 

苛立ち紛れに暴力行為の理由を問い質すと、芳佳は小言で独り言ちるように応じる。

そして、形の良い薄桃色の唇がボソリと言葉を紡ぐのを、優人は見逃さなかった。

 

「ん?」

 

「何で、昨日は部屋に帰って来なかったの!?」

 

訊き返す優人に対し、芳佳は再度言葉を吐き出す。今度は大声でハッキリと……。

 

「え?いや、それは……」

 

さすがに「お前の機嫌が悪かったから帰れなかった」などとは言えず、優人は口篭った。

一方、芳佳はズイッと身を乗り出し、興奮気味な口調で捲し立てる。

 

「寝る前にお茶しよう、って……約束したのに!」

 

「は?」

 

妹の口から飛び出た予想の斜め上を行く発言。優人は思わず間の抜けた声を漏らす。

 

「寝る前の……お茶?いや、そんな約そ――」

 

「したよ!」

 

「はぁ!?そんなバカな!してないぞ!」

 

「したもん!」

 

互いに声を張り上げ、「した!」「してない!」の水掛け論を繰り広げる扶桑の兄妹。どうやら兄と妹の間で認識の相違でもあるようだ。

しかし、芳佳の言う通りお茶の約束があったとして。何よりも妹を愛する扶桑海軍ウィザードが、それを忘れることなど有り得るのだろうか。

自他共に認めるシスコンで知られている彼が、そんな愚を犯すとは誰も思わないだろう。

 

「大切な約束を忘れるなんて、お兄ちゃん嫌い!」

 

「き、嫌っ!?……」

 

ハッキリ嫌いと言われた優人は、ショックのあまり一瞬で顔面蒼白となり、彫刻のように身体を硬直させる。

 

「ご、ごめんなさい」

 

妹の一言で、扶桑海軍ウィザードは早々に降参。芳佳に対して扶桑式謝罪法――つまりは土下座――で謝意を述べる。

どっちみち、コレ以上口論を続けても堂々巡りにしかならない。

 

「ふんっ!」 

 

だが、それでも芳佳はぷくっと頬を膨らませ、プイッと顔を背けてしまう。

 

(けど、俺は本当にお茶の約束なんてしてな……あっ!)

 

土下座の体勢を維持したまま、思考を働かせていた優人は、ある結論に辿り着く。

何故芳佳が、今までに無いほど不機嫌なのか。何故優人の見に覚えのない約束を口にしたのか。

優人はニヤリと口角を吊り上げると、悪戯っぽい口調で妹に問い掛ける。

 

「芳佳。もしかして、寂しかったのかぁ?」

 

「へ?」

 

兄の口から出た意地の悪い質問。芳佳はハッと見開いた双眸で優人を捉える。この反応は、どうやら図星らしい。

 

「かまって欲しいんだろ?それであからさまに不機嫌な顔をして、無視をして、嘘の約束まででっち上げて?」

 

「ち、違っ!違うよ!」

 

「ムキになっちゃって♪ホント芳佳は可愛いなぁ♪」 

 

理由さえ分かれば恐くない。優人はそう言わんばかりに調子に乗り出した。ニヤついた顔を妹へ寄せ、鼻の頭を突っつきながら囃し立てた。

兄から思わぬ反撃を受け、芳佳の顔は茹でダコの如く真っ赤になっていた。

図星を突かれた悔しさと羞恥心を誤魔化すかのように、枕を振り回して優人の顔を攻撃する。 

 

――ばふばふばふっ!

 

「もうっ!お兄ちゃんはどうしてそんなに意地悪なの!」

 

「痛い!痛いって芳佳ぁ~」

 

「お兄ちゃんのバカ!エッチ!変態!おっぱい好き!浮気者!」

 

「ご、ごめん!ごめんってばぁ~!」

 

可愛らしい暴走状態に陥っている妹を、優人はギュッと枕ごと抱き締める。

芳佳は「あ……」と短く声を上げると、先程までの暴れぶりが嘘のように大人しくなった。妹を落ち着かせるのには、これに限る。宮藤優人の経験則である。

 

「よしよし、俺が悪かったよ。お兄ちゃん、お前の気が済むまで反省するから、許してくれないか?」

 

「ダメ!」

 

「……手厳しいな」

 

優人は苦笑気味に呟くと、すっかり汐らしくなった妹の頭を優しく撫でてやる。

特徴的な跳ねのある茶髪を慣れた手付き梳き、ついでに直し損ねた寝癖を整える。

 

「わかった。じゃあ、扶桑に帰ったらデートしよう!」

 

「………………」

 

「何処に行きたい?芳佳の機嫌が直るなら、何処にだって連れていくよ?」

 

「………………」

 

「ダメか?」

 

芳佳は何も応えない。その代わり小さく頷き、肯定の意を示した。

 

「そっかそっか……」

 

優人は困り果てていた。芳佳が頑固なのは重々承知だが、今日は一際意固地になっている。はてさて、どうしたものか。

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん~?」

 

「聞いてもいい?鞄の中にあるお薬のこと……」

 

顔を上げながら、芳佳は恐る恐る問う。優人は内心で(しまった……)と呟いた。

薬というのは薬瓶にギッシリと詰められている錠剤。ペリーヌも以前――ウォーロック暴走の直前――に見かけていたが、彼女は芳佳と違って詮索はしなかった。それは扶桑海軍ウィザードにとって、実にありがたいことだった。

しかし、芳佳の場合はそうもいかない。兄が自分に内緒で隠し持っていた薬瓶。その中身は一体何なのか。気になって仕方ないことだろう。

 

「勝手に鞄の中を見たのか?」

 

優人が咎めるように訊くと、芳佳は慌てた様子で言い訳を考えた。

 

「あっ!ええと、ええと…………ごめんなさい!」

 

眩しいほど純真無垢な心の持ち主であるが故、芳佳は上手い嘘がつけない。早々に言い訳を諦め、勝手に持ち物の中身を見てたことについて謝罪する。

怒られるとでも思っているのか。一度は上げた顔を再び兄の胸へ埋めて、目を合わせないようにしていた。

親の説教を受けている幼子を連想させる妹の萎縮っぷりに、優人はクスクスと小さく笑声を立てた。

 

「なんだよ、俺がコレくらいのことで怒るわけないだろ?」

 

不安にさせぬよう明るい声音を意識して告げると、芳佳はゆっくりと顔を上げ、大好きな兄をじ~っと見つめる。

 

「ホント?」

 

「ホントだよ。ていうか俺はそんなに恐くて怒りっぽいかな?」

 

「そ、そういうわけじゃ……」

 

「可愛い妹に怯えられて。お兄ちゃん、ちょっと傷付いちゃうんだけどなぁ~?」

 

「うっ……」

 

先程の仕返しだと言わんばかりに、優人は不機嫌そうに振る舞う。もちろん、芝居だ。

ばつが悪そうに顔を顰める芳佳に対し、悪戯が成功した扶桑海軍ウィザードは満足げにほくそ笑む。

 

「冗談だよ。あの薬は……まぁ、睡眠薬みたいなもんだ」

 

「睡眠薬?」

 

「ああ、寝つきが悪い時に飲むんだよ。最近はよく眠れてるから、まったく飲んでないけどな……」

 

と、説明する優人だが、彼は嘘を吐いている。薬瓶の中身は睡眠薬などではなく、一種の精神安定剤だ。

著名な扶桑海軍ウィッチにして優人や坂本、竹井の恩師――北郷章香中佐。彼女が、新人時代“ある症状”に悩まされていた優人の為、ウィッチ兼薬剤師の知り合いから融通してもらった薬である。

欧州へ派遣されてからも、扶桑本国から補給物資の一部として定期的に送られてくる。

 

(心配かけたくない。伝える必要もないさ)

 

優人はそう自分に言い聞かせると、いつの間にか機嫌が直っていた妹の顔を覗き込む。

 

「んで?もう怒ってないのか?」

 

兄の指摘で、芳佳はハッとなった。微かに頬を膨らませると、腕を胸の前で組んでプイッと背を向けてしまう。

また機嫌が悪くなってしまったらしい。そんな芳佳の姿に肩を竦めつつ、優人は可愛い妹を宥め始めた。




ウィッチがソーセージを食べている場面で変なこと想像した人。怒らないから手を挙げなさい!←


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