ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐。

彼女はストパン世界ではいないタイプの女性。早い話が危ない人です←


第15話「お兄ちゃん」

天城艦内・トイレ前通路――

 

「あぁもう!なんてタイミングだ!」

 

そうぼやきながら、通路を全力で駆けていく人影があった。扶桑皇国海軍の航空ウィザード――宮藤優人大尉である。

彼は坂本美緒扶桑海軍少佐不在の第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』において、戦闘隊長代理の任を拝命している。なので、非常時ないし出撃の際は誰よりも先にブリーフィングルーム等に向かい、501隊員達の集合を待たなくてはならない。

しかし、海軍兵から召集の伝令を受け取ったのが、よりにもよってトイレの個室で用を足している最中だった。

急ぎ用――と手洗い――を済ませた彼は、ガンルームへ向かって疾走していた。

 

「あっ!?」

 

それは途中の角を曲がった時だった。ガンルームへと急ぐ優人の視界が、通路前方を移動する漆黒の衣服――帝政カールスラント皇室親衛隊の制服を捉える。

艶のある美しい長い黒髪を靡かせ、優雅な所作で歩を進める後ろ姿には見覚えがあった。

皇室親衛隊第1独立航空団『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐だ。

 

「うわぁ!危ない!」

 

「えっ?きゃっ!?」

 

全力で走っていた優人は、勢いのまま悠貴に突っ込んでいく。

咄嗟の叫び声に反応した親衛隊大佐が背後に振り返ったのと、扶桑海軍ウィザードが衝突したのはほぼ同時だった。

揃って通路の床に転倒する両者。優人が被さる形で倒れたため、悠貴を下敷きにしてしまう。

 

「イテテ……」

 

――むにゅん!

 

「…………え?」

 

身体を起こした優人の右手が、大きく柔らかい質量感のある何かを掴む。

宮藤優人は知っている。経験則で知っている。過去、異性と接触した際、頻繁に知覚してきた感触。

得も言われぬ幸福感を与えてくれるこの感触の正体が一体何なのか。彼は嫌と言うほど知っている。

 

(あぁ……また、やっちまったぁ……)

 

お約束の展開。お馴染みのパターン。優人は勘弁してくれよ、と言わんばかりに渋面を作ると、心中で己の不幸を嘆く。間違いであってくれと儚い願いを抱きつつ、優人は視線を下げる。

目に付いたのは、ぶつかった相手の豊かな胸を鷲掴みにしている自分の右手。制服という名の布越しに存在を自己主張する双丘の片割れを、扶桑海軍ウィザードの利き腕がバッチリ捉えていた。

自らの“やらかし”をハッキリと理解した途端、扶桑海軍ウィザードの顔面は、一瞬で蒼白となった。心臓はドキドキと早鐘を打ち出し、額からは嫌な冷や汗が伝い始める。

 

(今回は、流石にヤバいか?…………)

 

扶桑海軍と皇室親衛隊。所属する組織が違うとはいえ、今の優人は連合軍――もしくは遣欧艦隊――にとして行動している身。悠貴は数段格上の上官に当たる。

出会い頭に衝突するだけでも大問題。その上、床に押し倒して胸を触る。そのような痴漢行為が、意図的ではなかったとしても許されるはずがない。

しかも悠貴は、現カールスラント宰相の息女。今までは同じ部隊のウィッチ等だったから最悪でも鉄拳制裁で済んでいたが、今回ばかりは相手が相手なため、最悪の場合首切りや腹切りを命じられる可能性も……。

 

「あらあら♪」

 

一方で、扶桑海軍ウィザードの天才的な“ラッキースケベ”の被害に遭った悠貴は、至って平常心であった。

薄紅色の唇に笑みを浮かべ、ルビーのような赤い瞳で何処か嬉しそうに優人を見据えている。

 

「も、申し訳ありません!」

 

優人はすぐさま女性の身体から退くと、ピッタリ45度の角度で頭を下げ、姿勢で言葉の両方で謝意を伝える。

この美しい謝罪も――ラッキースケベとしての――経験が成せる技であろう。

 

「あの、お怪我は?」

 

頭は下げたまま、優人はチラチラと被害者――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐の様子を窺う。

悠貴は衝突の拍子に床へ落とした軍帽を拾い上げ、服に付いた埃を払いながら立ち上る。

制服や帽子等。殆んどは親衛隊で支給されるもののようだが、靴とズボンは私物らしい。

靴は一見軍用ブーツにも見えるが、よく見ると踵部分にヒールの付いた女性らしいデザインのもの。

ズボンは両端を紐で縛るタイプのローライズ。扶桑陸軍にも、この型のズボンを履くウィッチはいるが、色は清楚なイメージの白色が殆んど。

悠貴の履いているズボンは、可憐さと妖艶を演出するラベンダー色。考え方の古い扶桑人やバルクホルンみたいな堅物軍人が、こんな派手な色彩のズボンを見たら卒倒することだろう。

 

「いえ、宮藤大尉。大丈夫よ」

 

悠貴は短く応じると、自分を案じる扶桑海軍ウィザードに向かって艶然と微笑み掛けた。

落ち着いた大人の対応。意外にも、ぶつかったことや胸を揉まれたことを怒ってはいないようだった。

その一方で、気恥ずかしさもあるのか。頬が微かに紅潮している。なにやら呼吸も激しくなっているようだ。

 

「た、大変失礼致しました。急いでたもので……」

 

優人は顔を上げ、親衛隊と目線を合わせる。至近距離では初めて見る親衛隊大佐の美貌が、予想を遥かに上回っていたため、優人は思わずたじろぐ。

ファーストネームと顔立ちから察するに、悠貴の人種はおそらく扶桑系。そうでないにしろ東洋人の血を継いでいるのは間違いない。だが、その容姿は明らかに東洋人離れしていた。

制服の裾から伸びる長い足。衣服を下から盛り上げんとする豊かなバスト。履いているズボンが張り裂けんばかりにムッチリとしたヒップ。それでいて腰はキュッと締まっていて、男好きしそうなダイナマイトバディは、シャーリーと同等の水準か。或いはそれ以上か。

身長については、優人と同じくらい――170cm程度――だろうか。目鼻立ちもハッキリしており、長い髪が黒でなかったら欧米人と見間違えるかもしれない。

 

(この人……本当に俺と同い歳か?……)

 

新兵時代からウィッチを中心に美しい女性を何人も目にしてきた優人だが、悠貴みたいなタイプは初めて見る。

全身から醸し出している艶やかな雰囲気。ムンムンな色香は、とても10代のそれとは思えない。

恩師である扶桑海軍ウィッチ――北郷章香中佐も、19歳の時点で中々にセクシーな大人の女性にはなっていたが、悠貴ほどお色気過剰ではなかった。

発育が良過ぎる目の前の親衛隊ウィッチが、将来どんな風に変わるのか。健全な男子である優人は興味が尽きない。

 

「…………」

 

悠貴はというと。細めた両の目を扶桑海軍ウィザードへ据え、値踏みするかのように見つめている。

親衛隊ウィッチに見惚れていた優人は、自分を凝視している悠貴の視線に気付くまで時間を要した。

ガンルームへ急いでいたことなど、疾うに忘れてしまっているようだ。

 

「あ、あの……大佐?」

 

戸惑い気味に声を掛ける優人に構うことなく、親衛隊大佐は穴が空くほど彼を凝視する。

いつの間にか頬を染める紅が深くなり、呼吸もさらに荒くなっている。風邪だろうか。

 

「あの、大丈夫ですか?具合が悪いのでは?」

 

「い、いいえ。何でもないわ……よ……」

 

悠貴は大丈夫だと言うが、数秒のうちに呼吸の乱れは一層激しくなった。

立ち姿もフラフラと危なげで、軽く小突けば倒れてしまいそうだ。

 

「本当に大丈夫なんですか!?艦の軍医に診てもらった方が――」

 

「そんなことより!あなたに訊きたいことがあるのっ!」

 

悠貴の身を案ずる優人だが、当の本人は有無を言わさぬ強い口調で遮ってしまう。

感情が昂っているが故に声を張り上げたようだが、その声音からは怒りや憎しみ等は感じない。しつこく心配してくる優人に苛立っているわけではないらしい。

 

「は、はぁ……」

 

曖昧な返事をする優人。インペリアルウィッチーズ司令は焦点の合っていない瞳で彼を見据え、熱い吐息と共に言葉を紡ぎ出した。

 

「以前、何処かで会わなかったかしら?」

 

「えっ?」

 

「初対面の気がしないのよ。会ったことなかった?」

 

「…………」

 

優人はすぐには答えない。一度沈黙して思考に耽り始める。言われてみれば、そんな気がする。

なんとなくだが、彼は悠貴のことを前から知っているように思えた。

昨日、彼女が飛行甲板へ着陸する姿を遠目で見た際、優人はまるで幼い日に別れた大切な人と再会したような懐かしさと懐かしいさを知覚した。

やはり以前何処かで顔を会わせたことがあるのか。しかし、これらはあくまで“そんな気がする”程度で、当然明確な根拠や確信があるわけではない。

そもそも“悠貴・フォン・アインツベルン”という名を……ましてや、彼女ほどの美貌の持ち主を忘れるだろうか。

 

「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったの……」

 

と、悠貴は申し訳なさそうな口調でに謝罪する。「いえ」と優人は頭を振り返る。

 

「覚えて、ない……かぁ……」

 

悠貴は残念そうに両の目蓋を閉じる。目を閉じたことで、長めの睫毛がハッキリ確認出来た。

2人の間にしばらくの間沈黙が流れる。急に汐らしくなったので、親衛隊ウィッチ。優人から期待通りの返事を得られず意気消沈しているようにも見える。

 

「ちょっと来て!」

 

突如、悠貴は優人の右腕を掴んだ。逃がさぬようにしっかりと捕らえられ、グイッと自分の方へ

 

「え?ちょ、ちょっと!」

 

理由を問い質す暇もなく、優人ら近場の船室へ連れ込まれてしまう。

悠貴は強引に連れ込んだ扶桑海軍ウィザードに自らの身体を押し付け、ねっとりとした視線を注ぐ。

 

「いいわ……すごくいい……顔も、身体も、声も……何もかも……」

 

熱を帯びた息を吐きながら、悠貴はブツブツと独り言ちる。

まっすぐ優人を見つめているようで、その視線は虚空へと向いている。“心ここに有らず”と言った様子だ。

形容し難い彼女の威圧感に気圧され、優人は条件反射で口を噤む。

 

「最高よ……―――――」

 

「えっ?」

 

悠貴が発した言葉の中に耳を疑うような単語が混じっていた。聞き間違いではない。扶桑海軍ウィザードは驚愕し、目を見張る。

一体どういうことか。優人は詳しく問い質そうとするも、それは叶わなかった。

何故なら、悠貴の顔が優人の顔との距離詰めだし、言葉を紡ごうとしていた彼の唇に触れたからだ。

 

「…………」

 

自分が何をされたのか。悠貴が何をしたのか。すぐには理解出来なかった。

親衛隊ウィッチの取った突飛な行動に、一時的に思考が停止してしまっている。

悠貴も悠貴で、優人に唇を押し付けたまま微動だにしない。

 

「――っ!?」

 

沈黙を破ったのは優人だった。彼は悠貴を乱暴に突き飛ばすと、一言「失礼します!」とだけ言い、逃げるように部屋を後にした。

 

「………………」

 

1人残された悠貴は冷たく硬い床に身を投げ、暫しの間ボンヤリと天井を眺めていた。

 

「……うぅん…………」

 

甘ったるい声を漏らした悠貴は、己の身体を弄り始めた。胸元、腹、腕、腿、脚。そして、股。あちこちに触れては身を捩らせる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

内から沸き上がってくる熱に浮かされ、恍惚とした表情を浮かべている。

動作を一頻り繰り返した悠貴は、利き手である右手を持ち上げて右頬にそっと添える。人差し指と中指の2本だけが、やけに湿っていた。

 

「………………格納庫に行かないと……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「優人」

 

部屋から飛び出した途端、背後から声を掛けられた。声楽家を想わせる澄んだ声音。振り返らずとも声の主は分かる。これは敬愛する隊長殿ものだ。

しかし、普段よりも刺々しい口調で怒気を孕んでいることが気にかかる。

 

「ミーナ……」

 

優人は振り返る。険しい表情をしたミーナが背後に立ち、彼を睨んでいた。

 

「来るのが遅いと思ったら、お楽しみだったのかしら?」

 

ミーナは、まだ悠貴が残っている船室のドアを鋭い視線で一瞥すると、再び優人に目を向ける。

 

「あ……いや……」

 

どう言い訳したものか、と優人は煩悶とする。そんな彼を尻目に、ミーナは踵を返す。

 

「間も無くブリーフィングが始まります。早くガンルームへ……」

 

用件を簡潔に伝えると、ミーナはやや早足で通路を進んでいった。

機嫌を損ねてしまった隊長殿の背中を見つめつつ、優人は心中で呟く。

 

(今さらだけど。俺って女難?……)

 

不意討ちでキスをされた唇を拭い、優人はミーナの後を追った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』。そして、第504統合戦闘航空団へ戦闘隊長として赴任予定の扶桑皇国海軍ウィッチ――竹井醇子大尉は、ガンルームに集合していた。

トイレに行っていた優人はやや遅れての到着であったが、幸いにもそれについて咎める者はいなかった。その代わり、ミーナの機嫌を損ねてしまったが……。

竹井からこっそり聞いた話によると、ミーナは総司令部へ定期報告をするために電信室へ赴いた。だが、無愛想な親衛隊員に追い返されてしまい、それで気が立っているらしい。

 

「先程、親衛隊側から連絡と要請がありました!」

 

ウィッチーズを集合させた司令殿が、すぐさまブリーフィングを開始する。飛行甲板で見せた赤面と動揺は既に消え失せ、強さと凛々しさを兼ね備えた威厳のあるウィッチ隊隊長に戻っていた。

飛行甲板でひと悶着あった501のウィッチ等は、親衛隊という単語を聞くなり表情を硬くする。

殊に体罰を受けたルッキーニと、大好きな母親を侮辱されたリーネの顔には影が射していた。

何処か様子がおかしい仲間達に訝しげな視線を据える優人だったが、一先ずはブリーフィングに集中する。

 

「ネウロックらしき機影がカールスラント沿岸を高速で移動中!インペリアルウィッチーズを中心とする親衛隊の航空戦力が、ネウロイ撃墜のため現場へ急行します!」

 

「あの、私達は何をすれば?」

 

小さく手を上げたサーニャの遠慮がちな質問を受け、ミーナが応じる。

 

「私達は天城及びドクトル・エッケナーの直掩。及び、親衛隊の支援を担当します」

 

天城は現在、親衛隊所属の航空母艦――ドクトル・エッケナーと臨時編成の戦隊を組み、作戦行動中である。

駆逐艦の雪風は、最高階級者たるゾンバルト親衛隊准将の意向でパ・ド・カレーに残留することとなり、本作戦には参加していない。

親衛隊准将率いる戦隊は、二線級の大型空母2隻。航空歩兵20名以上に艦載航空機が30機以上と、艦齢の長い空母に対して航空戦力が異常なほど充実していた。

2隻の空母に20名以上の航空歩兵を乗艦させるなど、ウィッチの数が多い扶桑の海軍でも実現不可能だろう。

 

「政治被れ共のサポートに回るのか?」

 

あからさまに不満げな態度を見せつつ、バルクホルンが念を押すように訊く。

 

「ええ、そういうことよ」

 

露骨に不機嫌そうな顔をする戦友の問いに、ミーナが嘆息混じりに応じる。

ミーナの判断や命令に間違いなどない。それは付き合いの長いバルクホルンが一番良く知っている。しかし、親衛隊の小間使いとして扱われるのは我慢ならない。

特に確執が生まれたばかりであるインペリアルウィッチーズの第1飛行隊長――グレーテル・ホフマン大尉に手を貸さなくてはならなくなるか。と、内心業腹だった。

 

「まったく、あの人達ときたら……」

 

ペリーヌがなにやらブツブツと呟いている。その他にも、仏頂面のエイラ。叩かれた頬に手を添えながら、身を震わせるルッキーニ。いつもより目付きが険しくなっているシャーリー。複雑そうかな表情のサーニャと……。

シャーリーやルッキーニ以上にお気楽な性分のハルトマンでさえ、いつもの軽口がない。ウィッチーズの表情が、飛行甲板での一件が尾を引いていることを物語っていた。

その一方で、事情を知らないミーナ、優人、竹井の3名は、魔女達のピリピリとした雰囲気に「何事か?」と小首を傾げている。

バルクホルンの他に質問者がいなかったので、ミーナから今次作戦における編成の指示がなされた。天城とドクトル・エッケナー両空母の直援には、サーニャ、エイラ、シャーリー、ルッキーニ。

親衛隊の支援には、自分を含めたカールスラント組の他。優人等扶桑組とペリーヌ、リーネの8名が割り当てられた。

 

「……あのネウロックと、また戦うことになるんだね」

 

「不安か?」

 

ウォーロックを上回るネウロックとの初戦を思い出したのか。そう独り言ちる芳佳の声には不安が滲んでいた。

それを聞き逃さなかった優人は、妹の顔を心配そうに覗き込む。

 

「…………うん、ちょっとだけ」

 

逡巡する素振りを見せつつも、芳佳は伏し目がちに答える。

 

「大丈夫、お前1人で戦うわけじゃない。俺はもちろん、リーネも側にいる」

 

「うん、心配しないで。私、ちゃんと芳佳ちゃんを守るから」

 

リーネは優人に同調すると、普段通りの優しい口調で芳佳を励ます。しかし、親友を気遣うリーネの表情は先述の通り曇っている。

 

「ありがとう!一緒に頑張ろうね。リーネちゃん、お兄ちゃん!」

 

と、芳佳は応じる。彼女からいつも元気が感じられないのも、ネウロックと戦う緊張や恐怖だけではないように思えた。

 

「親衛隊の発艦を待ってから私達も出撃します!出撃準備をしつつ、格納庫で待機していてください!」

 

『了解!』

 

ミーナの号令、隊員達の力強い返事。いつも通りの光景だが、幾つかの声音に不満の色が混じっている。

もちろん、ミーナに対する不満ではない。親衛隊の援護という任務に対する不満だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「サーニャ!」

 

格納庫へ続いている艦内通路にて、優人は移動中のサーニャを呼び止めた。

上官に振り返るナイトウィッチの傍らには、例によってスオムス空軍の不思議ちゃん――もとい、トップエースであるエイラの姿もあった。

 

「エイラも一緒だったか……」

 

「ナンダヨ?ワタシがサーニャと一緒にいちゃワルいってのカ?」

 

「ダメよ、エイラ!そんな言い方しちゃ……」

 

優人の何気ない一言に、エイラは食って掛かった。上官に向かって慳貪な態度を取る彼女を、すかさずサーニャが注意する。

なんとなくだが、エイラが優人に対して当たりがキツいのは、親衛隊との一件で機嫌が悪いだけではない気がする。

 

「悪い悪い。ちょっと話せるかな?」

 

ムスッとしているエイラを尻目にして、優人はサーニャニに訊ねる。

 

「はい、何でしょう?」

 

「俺やミーナ達がいなくなった後の甲板で何かあったのか?」

 

「………………」

 

サーニャは問いに答える代わりに、目を伏せて短く息を吐いた。当事者である彼女――エイラもだが――は理由は知っている。別に話せないということもない。

しかし、ネウロイの侵攻以前、音楽の道を志していただけあって、彼女はあまりに感受性豊か。あまりに繊細。

それ故に何かと影響を受けやすく、他者に強く感情移入をしてしまう。

頬を叩かれたルッキーニや、悪意ある発言で心を傷付けられたリーネを思うと、胸が苦しくなる。言葉が上手く出せない。

 

「サーニャ?」

 

沈黙するサーニャに優人が声を掛ける。逡巡するように視線を左右へ泳がせたナイトウィッチは、一泊置いてからおもむろに口を開き、飛行甲板での一件を語り始めた。

 

「なるほど。そういうこと……」

 

と、優人は溜め息混じりに応じる。親衛隊……というよりはホフマン大尉との諍い。

事情を知り、仲間達がピリピリしている理由も分かったが、新たに頭の痛い問題も出てしまう。

取り敢えず、サーニャ達には「自分の方から親衛隊側へ厳重抗議する」と伝え、格納庫へ向かわせる。

サーニャは優美な所作でペコリとお辞儀し、エイラは「イ~ッ!」とバカにするように白い歯を見せ、2人は去っていった。

優人は1人残された通路で深く溜め息を吐いた。トラブルに次ぐトラブル。親衛隊が天城に来てからろくなことがない。

優人も内心辟易し、同時に動揺もしていた。連れ込まれた部屋でキスをされた。それはまぁいい。犬に噛まれたものだと思って忘れることにする。

問題は、悠貴が優人に向かって発したあの一言。それが彼の心中で反芻し、内面を掻き乱していた。

 

――最高よ……お兄ちゃん……。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』は、艦上戦闘機“Bf109T”――インペリアルウィッチーズが装備している艦上ストライカーユニットの戦闘機版――で編成された航空隊と共に空へ上がった。

司令のアインツベルン大佐以下第1、2飛行隊のウィッチが一斉に出撃し、戦闘機隊と編隊を組んで飛行する様は実に壮観であった。

 

『前方より、ネウロイの大編隊!』

 

索敵を担当するナイトウィッチの声が、各親衛隊員の通信機に入る。

前へ目を向けてみれば、報告通りネウロイの大群。中型と小型の混成編隊だ。

 

「………………」

 

インペリアルウィッチーズ第1飛行隊長――グレーテル・ホフマン大尉が無言のまま顔を顰める。

編隊を組んだネウロイは遠目で見ると、羽虫の群れか何か見えてしまい、気持ちいいものではない。

 

「皆、下がっていなさい」

 

そう指示すると、悠貴はストライカーユニットの速度を上げ、単身ネウロイの群れへ向かって進んでいく。

飛んで火に入る夏の虫。数で勝るネウロイは、すぐさま彼女を包囲した。

 

「か弱い女性相手に大勢で。まっすく情けないわね」

 

囲まれているというのに、悠貴は不適な笑みを浮かべている。余裕だ。

他の親衛隊員も、司令の窮地だと言うのに顔色一つ変えない。悠貴の忠臣であるホフマンでさえもそうだ。

彼女達は理解している。自分達の司令がこれからどうするのか。ネウロイがどうなるのか。状況がどう変化するのかを……。

 

「それとも、臆病なのかしら?」

 

挑発めいた発言の後、悠貴は一度目を閉じる。再び目蓋を開いた時、彼女の瞳は赤く妖しく輝いていた。

 

「さぁ、ネウロイども!私に従いなさい!今すぐ道を開けなさい!」




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