ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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すみません。インターミッションではありませんが、いつもより短いです。


第16話「マリオネット」

1944年現在。ネウロイの占領下にある帝政カールスラント。その沿岸付近の北海洋上を、扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦2番艦“天城”と、4番艦“ドクトル・エッケナー”が航行していた。

ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐をはじめとする第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』――もちろん、竹井醇子大尉の姿も確認できる――は、天城の甲板に並べられた愛機を両足に纏い、出撃の命令を待っている。

扶桑皇国よりカールスラントへ売却されたドクトル・エッケナー及び3番艦の“グラーフ・ツェッペリン”――扶桑ではそれぞれ愛鷹、愛宕と命名されていた――を除いた赤城型航空母艦の2隻――赤城と天城は、かつて第一航空戦隊を構成し、機動空母部隊の一角を担っていた。

大戦初期。赤城、天城、蒼龍、飛龍の大型空母4隻を基幹とする扶桑海軍機動空母部隊。及び地上基地航空部隊たる第十二航空艦隊は、欧州へ派遣されるや否や遣欧艦隊司令部の指揮下に置かれた。

後者は所謂“リバウ航空隊”であり、優人や坂本、竹井等の原隊――第24航空戦隊第288航空隊も、かつては第十二航空艦隊隷下の部隊であった。

第一航空艦隊はバルト海。第十二航空艦隊はリバウ基地を中心として広範囲に作戦行動を展開し、数々の激戦を潜り抜けてきたことは記憶に新しい。

扶桑皇国海軍の誇る精鋭部隊に配属され、ウィッチを含む多くの将兵等と共に戦った大型空母天城だが、今では欧州への補給物資輸送を主任務とするやや古めかしい艦という扱いであった。

しかし、12名の航空ウィッチとストライカーユニットを乗せ、ネウロイ勢力圏へって突き進む黒鉄の船体は、まさに威風堂々。二線級扱いの空母であることを一切感じさせない。

 

「ふぅ……」

 

扶桑海軍ウィザード――宮藤優人大尉は、発進ユニットに固定された紫電改の魔導エンジンを唸らせつつ、軽く息を吐く。

チラッと右隣に目を向ければ、未だに自分と顔を合わせようとしない隊長殿の横顔。普段なら、スケベ心から彼女の美人顔に見惚れ、邪な考えを抱いていたかもしれない。

しかし、悠貴に絡まれた一部始終を目撃されて以降。優人にそんな余裕は無くなっていた。

自分とミーナの間に流れている何とも言えない微妙な空気。喧嘩中の夫婦――もちろん、2人はそのような関係ではないが――というのは、こんな感じだろうか。

やがて居心地の悪さに耐えかねた優人は、意を決して彼女に声を掛ける。

 

「ミーナ。さっきは悪か――」

 

「宮藤大尉、今は作戦行動中です。私語は慎んでもらえるかしら?」

 

取り付く島もないとはこのこと。抑揚のない声音で容易く一蹴されてしまい、突き放されたような虚しさで胸が埋まった。

 

「優人」

 

ふと反対側の左隣から声を掛けられる。優人がつられて目を向けると、口元に苦笑を湛えた竹井が彼を見ていた。

彼女は己の唇を指差しながら、呆れ気味の口調で優人を窘める。

 

「謝るなら、まず唇に付いた口紅をどうにかしたら?」

 

「……は?」

 

優人は彼女が言ったことの意味をすぐには理解出来なかった。

戦友の反応に肩を竦める竹井は、制服のポケットから手鏡を取り出し、それで優人の顔を映してやる。

 

「あ!」

 

鏡を見た優人は気付く。自分の唇の端に口紅らしきものが、ほんの僅かにだが付いていた。

親衛隊大佐から強引なキスを賜った際に付いたのだろう。

一度拭ったつもりが、不十分だったらしい。優人はやや慌てた素振りで再度唇を拭う。

 

「あなたって、ホント節操無しね。今度は何処の誰を泣かせたのかしら?」

 

わざわざ嫌味な言い方とする同期の桜に対し、「言い掛かりだ!」と返してやりたかった。しかし、残念ながらそれは叶わなかった。

不意に複数の視線と圧力を肌で感じ取ったため、優人は喉まで出かかった言葉を声にすることなく飲み下したのだ。

ゾクリと背中を走る悪寒に耐えつつ、優人は視線の正体を確認する。

視線の主は3人。バルクホルン、シャーリー、そしてペリーヌだ。竹井の身体越しに優人を横目で睨みつけている。

 

「…………あ、あはは」

 

何故彼女達に睨まれているのか。優人はわかっていなかったが、取り敢えず場を取り繕うかのように愛想笑いを返す。

それが余計だったらしい。ムカッ腹立を刺激されたウィッチ等は、フンと鼻を鳴らして正面へと向き直る。

ちなみだが、最愛の妹――芳佳は、ネウロックの存在が気掛かりなためか。口紅に気が付いていないようだった。

ブリーフィング中及び直後に会話したリーネ、サーニャ、エイラの3人は気付いていたようだが、口角炎か何かだと考え、口紅だとは思わなかったらしい。

 

「な、何なんだ一体?」

 

当惑する優人を尻目にして、竹井が溜め息混じりに告げる。

 

「あなた、いつか背中から撃たれるかもしれないわよ?」

 

「………………」

 

洒落にならない冗談に返す言葉が見つからない。聞こえないフリで誤魔化しながら、優人は自分に口紅を付けた相手の顔を思い浮かべる。

 

――最高よ……お兄ちゃん……。

 

悠貴に囁かれた一言が、優人の脳裏に反芻する。まるで、呪詛のように……。

それから間も無く。12名の航空ウィッチは天城から順次発艦した。内8名はカールスラント沿岸を目指し、北海洋上を飛行していった。

残りの4名――シャーリー、ルッキーニ、サーニャ、エイラ――は、天城及びドクトル・エッケナーの直掩に回る。

 

『宮藤大尉……』

 

突如、ミーナの声が突如扶桑海軍ウィザードのインカムに入ってきた。

妙に抑揚の無い声に軽い戦慄名指しされた優人は「何だ?」と隊長殿への視線を走らせる。

 

『乱戦になった際にはくれぐれも気をつけて。敵機と誤認の上、誤射を受けるかもしれないから……』

 

中佐殿の有難い御忠告と共に、背後で銃に初弾を装填する音がする。

振り返った優人の瞳に映ったのは、目元が黒い影で覆われ、明け方の三日月にも似た不気味な笑みを浮かべているバルクホルンとペリーヌだった。

優人は絞り出すような声で「は、はい……」となんとか応じる。竹井の言っていたことが早くも現実味を帯び始めていた。

カタカタと震える手でS-18対物ライフルを握り締め、扶桑海軍ウィザードは心中で家族宛ての遺書を呟く。

 

(父さん、母さん、お婆ちゃん。俺は今日死ぬかもしれません……)

 

この時。ウィッチーズと親しい間柄にある己に対し、激しい嫉妬心を募らせた天城の機関砲手数名から、40口径12.7cm連装対空砲の照準を向けられていたことを、優人は知らなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

親衛隊の支援に向かって間も無く、ミーナが直率する8名の航空歩兵はカールスラント沿岸に到達する。そこでウィッチーズを出迎えたのは、ネウロイによって破壊の限りを尽くされ、廃墟と化したカールスラントの街だった。

 

「くっ!……街が!……」

 

変わり果てた祖国の街並みを目の当たりにしたバルクホルンは、怒りと屈辱が腹の底から沸き立つのを感じ取った。

地面が剥き出しになっている路面。倒壊し、瓦礫と化した石造りの家屋。無残に砕け散った窓ガラス。放棄された車や船は錆びと埃に塗れている。戦いに敗れ、荒廃した街。かつては大勢の人々で賑わっていたであろう沿岸都市はもう見る影もない。

街のあちこちに、ブラウシュテルマー――生物にとって有毒な瘴気を撒き散らす莢状のネウロイの子機――が、打ち込まれている。まるで占領旗のようだ。

 

「これが、カールスラントの街ないの?酷いよ……」

 

ネウロイの残した傷痕。街の惨たらしい有り様を見て、芳佳は今にも泣き出しそうなくらい表情を曇らせた。

あまりの光景にリーネも言葉を失っている。もし501部隊――自分達がブリタニアを守り切れていなかったら、ロンドン等の街がこうなっていたかもしれない。そう思うと、恐ろしくなる。

欧州より遥か東方に祖国を持つ宮藤兄妹や坂本、竹井とて他人事ではない。扶桑海事変時、自分達が大陸側より扶桑本国へ侵攻してきたマザーネウロイを倒せていなかったら……。

 

「2人、今は感傷に浸っている時じゃないわ。切り替えなさい!」

 

「「了解」」

 

竹井の叱責され、芳佳とリーネは気合いを入れ直す。優人もまた、S-18対物ライフルに初弾を装填し、会敵に備える。

 

「バルクホルン大尉、今は作戦行動中よ。集中しなさい!」

 

「ああ、済まんミーナ……」

 

隊長直々の御言葉によって、バルクホルンも落ち着きを取り戻す。

しかし、ミーナとてカールスラント人。一見冷静なようで、故郷の惨状を前に動揺を禁じ得ない。

思い起こされるのは、大戦初期に実施されたカールスラント撤退戦。時間を稼ぎ、多くの国民を南リベリオンへ避難されることに成功したとはいえ、国を守れず一度はネウロイに敗北した。国土を防衛に失敗し、祖国を明け渡してしまった。

もう一度とやり直せれば、と考えなかった日はない。だが、いくら過去を振り返ったところで時間は戻らない。

ガリアの解放は成された今、連合軍はカールスラントの奪還を最終目標とした大規模反攻作戦を計画している。

以前とは違い、人類はより多くの人員と兵器。ネウロイに関する情報を有している。

必ずや祖国を奪還してみせる。少なくとも、自分が20歳を迎える前には……。

 

「――っ!?」

 

故郷奪還の悲願に燃えるミーナの瞳に、虚空を走る赤色の光軸が映った。

前方より迫った一筋の光が、編隊を組んで飛行する航空歩兵等の傍らを掠め、高速で通過していく。ネウロイのビームだ。

攻撃を受けて間も無く敵影を視認する。中型と小型飛行ネウロイから成る混成編隊。数は多いが、ブリタニアの戦いを潜り抜けたストライクウィッチーズの敵ではない。

 

『私と竹井大尉、宮藤隊が前衛を引き受けます!バルクホルン隊とペリーヌ隊は、中衛と後衛を!』

 

ミーナがすぐさまインカムで指示を飛ばした。隊員達からは、殆んど間を空けず『了解』と応じる声が返ってくる。

ちなみに宮藤隊とは、宮藤兄妹の2人で組んだロッテを指している。バルクホルン隊は、バルクホルンとハルトマン。ペリーヌ隊は、ペリーヌとリーネという編成。501部隊において、お馴染みとなっている。

いつもなら、前衛はWエースのバルクホルンとハルトマンが務めるのだが、今回はミーナと竹井、宮藤兄妹が担当することとなった。

これはおそらくネウロックとの戦闘経験値の他。“リバウ三羽烏”の一角として名を馳せた竹井と、ロッテならWエースに引けを取らぬ働きをすることだろう。

 

『それでは、攻撃開始!』

 

ミーナの号令の下。優人達はすぐさまネウロイと交戦状態に入った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

空母直掩組4名の中にも、節操の無い扶桑海軍ウィザードに立腹している者がいた。シャーリーことシャーロット・エルウィン・イェーガー大尉だ。

シャーリーは彼女らしからぬ仏頂面を作り、内心で優人を毒突いていた。

 

(まったく……優人のヤツ……)

 

優人の唇には、赤い口紅が付いていた。基本的に口紅は女性が使うもの。扶桑の軍艦に乗艦する女性は、軍医や炊事番等の例外を除くと――扶桑は、陸海軍共に女性兵士はいないので――基本的にはウィッチのみとなる。

現在の天城でウィッチといえば、シャーリー等501部隊と扶桑海軍の竹井醇子大尉。

悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐率いるインペリアルウィッチーズの面々。

そして、これらのウィッチの中で口紅をしようしているのは悠貴だけである。

つまり、優人に口紅を付けたのは悠貴であり、それ即ち彼女と扶桑海軍ウィザードがキスをしたということだ。

 

(あっちこっちで女に手ぇ出して……ホント見境無い男だな……)

 

優人からすれば「見境無く女に手を出す」など言い掛かりも甚だしい。

だが、501部隊戦闘隊長――坂本美緒扶桑海軍少佐譲りの天然ジゴロぶりと、一種の才能とも形容出来る異常なまでのラッキースケベ気質が災いし、「紳士的に見えて実は女にだらしがない性格をしているのではないか」と、疑念を抱く者も少なくない。

扶桑皇国海軍第十二航空隊こと北郷部隊。リバウ航空隊の一角を担っていた遣欧艦隊第24航空戦隊第288航空隊。連盟空軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』。ガリア解放後、一時出向していたワイト島分遣隊。

過去に所属したほぼ全ての部隊で、持って生まれたの才能を惜しみ無く発揮し、ウィッチを中心とした女性達と凄まじい頻度でトラブルを起こしていた。憲兵隊や軍上層部妊婦伝われば、まず間違いなく厳重な処罰が下されるだろう。

それほどのトラブルメーカーにも関わらず、異性から本気で嫌われたり、憎まれたり、評判が悪くなったりしないのは、本人の人徳とジゴロっぷりのおかげである。

シャーリーとて。優人が女にだらしがない最低の男だとは、微塵も思っていない。

歳相応にスケベな面を覗かせるものの、彼は紳士的な男だ。容姿も悪くなく、本気で惚れている者も多い。

例の如くラッキースケベぶりを見せたとしても、それはいつものこと。ミーナやバルクホルンあたりに制裁を加えられる姿を見て、シャーリーは悪戯っぽく笑ったことだろう。しかし、今回は事情が違う。

優人がキスをした相手は悠貴。インペリアルウィッチーズの司令にしてわ親衛隊士官――グレーテル・ホフマン直属の上官である。それが問題だった。

ストライクウィッチーズとインペリアルウィッチーズは、甲板での一件以降確執が生じている。

ホフマンは部隊の可愛い妹分であるルッキーニに手を上げ、さらには前大戦のエースを母親に持つリーネを散々侮辱したのだ。

 

(向こうの隊長と、もうそんな関係になっているなんて。見損なったよ……)

 

501の絆は単なる部隊の同僚に留まらない。仲間として、家族として一枚岩に纏まっている。家族に暴行と非礼を働いた親衛隊士官を許せるはずもない。

ホフマンに限らず、インペリアルウィッチーズを含めた皇室親衛隊やそれら全ての実質的な指揮官の悠貴――階級上は親衛隊准将であるゾンバルトがトップだが、何処か悠貴の顔色を窺っている節がある――に対する501部隊の心象は最悪だ。

それ故に自分達の預かり知らぬところで、しかも短時間で悠貴と優人が、互いの唇を重ねるほど親密な関係になっているいたことが気に入らない。

実際は乱心気味の親衛隊大佐に迫られ、強引に口付けをされていだが、如何せんシャーリーは事の仔細を知らない。

付き合いが1年にも満たないシャーリーではあるが、優人の人柄はよく理解している。普段の彼女ならば、何か誤解があるのだと気付きそうなものだ。

甲板での一件や少し前に自覚し始めた優人への秘めたる想いが悪い方向へ作用してしまい、持ち前の広い視野を狭めてしまっていた。

 

「シャーリー……」

 

シャーリーと共に天城の直掩へ回されていたルッキーニが、声を掛けてきた。

その口調は遠慮がちというよりは弱々しいもので、天真爛漫な悪戯っ子である彼女らしくもない。

 

「うわっ!?何だ、ルッキーニ?」

 

と、シャーリーは驚きの声を上げる。優人のことで頭がいっぱいになっていた彼女は、自分に話掛けようと近付いてきたルッキーニの気配に直前まで気が付かなかったようだ。

空母直掩組は、シャーリーとルッキーニ。サーニャとエイラでロッテを組み。天城、ドクトル・エッケナーをそれぞれで護衛していた。そして、こちらの指揮はミーナよりシャーリーに一任されている。

 

「シャーリーこそ。何か恐い顔をしてるよ?」

 

「………………」

 

ルッキーニの指摘にシャーリーは無言で応じるが、内心では(何やってんだよ、シャーリー)と自省していた。

今、自分達は作戦行動中。自分とルッキーニを含めた4人は、ミーナ中佐から空母2隻の直掩任務を仰せつかっている。

余計なことに気を回している場合ではない。況してや自分は指揮を任されている身だ。責任のある立場だ。

己の注意散漫は、仲間達の士気低下や任務の失敗にも繋がりかねない。すぐに頭を切り替えなくては……。

 

「あっはははは!そう見えたか?」

 

シャーリーは豪快な笑い声を飛ばした。自分の強張った表情に怯えているルッキーニを安心させる為だ。

 

「昨日あんまし寝てなかったから眠くてさぁ!欠伸を出さないように顔に力を入れてたんだよ!」

 

「うじゅ?そなの?」

 

リベリオンウィッチの言葉を受け、ルッキーニの声色にいつもの調子が戻った。

 

「ああ。やっぱり軍艦のベッドは基地のと勝手が違うなぁ……」

 

と、シャーリーは大きく開いた口を手で隠し、欠伸の真似をしてみせる。

睡眠不足というほどではない。だが、ベッドが変わったことで、いつもより寝つきが悪かったのは事実だった。

 

「じゃあ、アタシの毛布貸したげる!」

 

「毛布って、ルッキーニが昼寝に使ってるヤツか?」

 

「そう!アレさえあれば安眠間違い無し!アタシも毎日気持ち良いお昼寝が出来てるし!」

 

グッと右の親指を立て、ルッキーニは自身満々に宣言する。

甲板での一件が尾を引いていないか心配だったが、弾けるような笑顔を見せ、それを振り撒くだけの元気が彼女にはあった。どうやら大丈夫そうだ。

 

(ルッキーニはスゴいな……)

 

時に誰かの心を救うこともあるルッキーニの笑顔。快活な表情のロマーニャウィッチと向き合うと、心が洗われるようだった。

 

(優人、何か事情があるかもしれない。戻って来たら、ちゃんと話してみるかな?)

 

取り敢えず心の整理がついたシャーリーは、仲間達の帰還を待ちながら、改めて空母2隻の護衛に専念する。

 

「…………あれ?」

 

一方、ドクトル・エッケナーの直上にて警戒に当たっていたサーニャが、ふと驚いたような声を漏らす。

 

「サーニャ、どうしたンダ?」

 

と、エイラが訊ねる。優れたナイトウィッチであるサーニャは、固有魔法の『全方位広域探査』と魔導針を併用した索敵能力を駆使し、ミーナ等が向かったカールスラント沿岸の状況を観測していたのだ。

 

「なんだか、ネウロイの動きがおかしいわ……」

 

「オカシイ?オカシイって、何ダ?」

 

サーニャの抽象的な説明を受け、エイラが怪訝そうに眉を寄せる。

 

「ネウロイが、みんなの方に集中してる。親衛隊の人達には向かってすらいない……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』。その第2飛行隊に属するマイヤ・アッカネン少尉。光景を目に据え、彼女は言葉を失っていた。

話は、ほんの十数秒前まで遡る。インペリアルウィッチーズ司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐が編隊から突出。指揮官ともあろう者が、僚機も護衛も付けずに単機先行し、ネウロイの群れの中へ飛び込んでいったのだ。

ネウロイ群は悠貴を取り囲むように彼女の四方八方へ展開。無謀にも単身で突っ込んできた愚かな獲物を逃がすまいと、包囲網を構築する。

ビーム砲も、その全てが悠貴に向けられ、赤く煌めき始める。数十機のネウロイによる集中砲火を受けては、エース級のウィッチと言えどただでは済まない。

だが、圧倒的に不利な状況にも関わらず、インペリアルウィッチーズの司令は不敵な笑みを浮かべていた。

他の親衛隊ウィッチも、悠貴を援護するどころか。上官の窮地に慌てるような素振りも一切見せない。寧ろ落ち着いていて、目の前の光景を悠然と見据えている。

上官と同僚等の異常とも言える様を見て、マイヤは飛行隊長のアリョーナに進言しようかとも考えたが、(隊長達には何か策があるはずだ)と思い留まる。

よく見ると、形の良い唇を動いているのが分かった。悠貴は何か呟いている。

マイヤの位置からでは距離があるため、悠貴が何を言っているのか聞き取ることは出来ない。インカムにも声が入ってこない。

 

(大佐は、一体何をしているの?)

 

インペリアルウィッチーズ及び皇室親衛隊の中では新参の部類に入るマイヤには、悠貴の行動目的が理解出来なかった。

他の親衛隊員も、誰1人として説明しようとしない。何故なら、口で伝えるより実際に見た方が早いからだ。

 

「…………えっ?」

 

マイヤは己の目を疑った。先程まで攻撃態勢にあったネウロイの群れが警戒と包囲を解いたのだ。

いや、そればかりか。群れは緩慢な動きで左右に広がっていった。

迎えるべき支配者を目の前にしたかのように退き、通過を待っているのだ。

 

「これって……?」

 

「ああ、あなたは始めてね?」

 

いつの間にか隣にいた飛行隊長――アリョーナ・クリューコフ親衛隊大尉に声を掛けられる。

マイヤの返事を待たず、アリョーナは眼前の現象について簡単に説明する。

 

「あれが大佐の力。ネウロイを支配下に置く……まぁ、固有魔法みたいなもんよ。私は『マリオネット』って呼んでいるわ」

 

「……マリオネット」

 

その意味を噛み締めるように、マイヤは言葉を繰り返す。

再び前方へ目を向けると、悠貴が全員についてくるよう手で合図しているのが分かった。飛行隊長等をはじめ、親衛隊は皆上官の指示に従う。

その後も、ネウロイの集団が彼女達を襲うことはなかった。

マリオネットを発動した悠貴・フォン・アインツベルンは、ネウロイ達の支配者だった。

異形の怪物が人類に対して抱く敵愾心も、彼女の前ではまったくの無意味。退けと言えば退く。

その気になれば、細かな指示を与えることはもちろん、支配下に置いたネウロイを強化することすら可能であった。

しかし、悠貴はこの力に満足していない。マリオネットは不完全で、彼女が望む水準値には達していないのだ。

銀色の装甲と実弾兵器を主兵装としていた大戦初期以前のネウロイならば、ほぼ全ての個体を意のままに操ることが出来た。

しかし、長引く戦争の中でネウロイはより強力になり、大型の個体まで現れるに至った。最早、悠貴のマリオネットでは操れず、ハッキリ言って性能不足であった。

故に親衛隊大佐は欲する。ブリタニア空軍の一部派閥によって開発された対ネウロイ用遠隔操作式半自立型攻撃兵器――ウォーロック。

それに極めて酷似した外見と能力を備えた新型のネウロイ――ネウロックが有しているであろう人類側の革新的技術――コアコントロールシステムを……。




遣欧艦隊機動空母部隊が第一航空艦隊というのは、筆者の独自解釈(推察?)です。公式設定ではありません。

ミリタリー知識に詳しい読者様へ。よろしければ、御意見をお聞かせ下さい。


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