1944年9月中旬、欧州・カールスラント北西部――
北海に面したカールスラント沿岸。その上空にて、航空母艦“天城”から飛び立った8名の航空歩兵が、ネウロイの群れが会敵、交戦に入った。
沈みつつある陽の下で、多数の火線が閃く。航空歩兵用の各種火器が魔法弾の光筋を引く一方、複数の中型ネウロイに搭載されたビーム砲が亜高速の光条を撃ち放つ。
中型に随行する子機等も親機に続いて、砲口より紅の光軸を吐き出し、夕空の中で敵味方の火線が入り乱れている。
「ああ、もうっ!」
使い慣れたS-18対物ライフルによる見越し射撃で、何機目かの子機を粉砕した直後。優人は苛立ち混じりの声を上げた。
調子は良い。携行火器も使用機材も、完璧に整備されている。ネウロイも既に多数撃破しており、着実に戦果を上げている。
何を憤慨する必要があるのかと言えば、弾倉を1つ空にしておきながら、目標の中型ネウロイには1発も当てられていなかった。
慣れた所作で狙点を定め、引き金を引く。銃口から迸り出た20mmの魔法弾が、螺旋を描くように回転しながらネウロイ目掛けて飛翔する。
弾道は直撃コース、外れる筈がない。しかし、魔法弾が中型ネウロイの装甲へ到達することはなかった。小型ネウロイが射線へ割り込み、親機の盾になる形で銃弾を受けたからだった。
当然、小型の子機が20mm魔法弾の直撃を食らってただで済む筈がない。薄く脆い装甲は容易く破砕され、白い破片へと四散する。
子機群は、文字通り身体を張って親機たる中型を守っいるのだ。S-18対物ライフル自慢の大口径も、目標に届かなくては意味がない。
何より、対ネウロイ戦における見越し射撃は自分の十八番。そう自負する扶桑海軍ウィザードにとって、目標を仕留められぬまま悪戯に弾を浪費しなければならないのは屈辱だった。
「お兄ちゃん!」
ふと背後から声が掛かった。声の主は優人とロッテを組み、彼と背中合わせで応戦している妹――宮藤芳佳だ。
小さな身体で扶桑皇国海軍の航空歩兵用主力銃――九九式二号二型改13mm機関銃を携え、羽虫のように群がってくる子機から兄の背中を守っている。
「大丈夫だ」
優人はなんとか応じるも、少々の動揺と焦燥を抱いていた。
とは言っても、敵に攻撃が当たらないからそうなっているわけではない。眼前のネウロイ群に対するの危惧がそうさせているのだ。
子機が親機を庇う自己犠牲は元より。子機同士で編隊を組み、ウィッチーズに対して一撃を加えては離れていく波状攻撃を繰り返し、優人等の反撃で落伍した仲間を即座にカバーする等。航空歩兵部隊宛らな連携を見せている。
敵ながら見事な戦術。501Wエースを含む各ロッテは翻弄されていた。
501レベルの部隊なら、ここまで手こずる筈がない。急激に空戦練度を向上させたネウロイ。まるで自分達と同じ航空歩兵部隊と戦っているかのような錯覚。それらが優人等の動揺を誘い、100%の力を発揮させずにいるのだ。
(落ち着いて……落ち着いて……)
ボーイズMk.I対装甲ライフルを射撃位置に保持し、狙撃を試みようとするリーネとて例外ではない。
子機ネウロイ群のビームをシールドで受けつつ、心中で自分に繰り返し言い聞かせていた。
攻撃後。すぐさま離脱していくネウロイの1体に照準を合わせてトリガーを引いたが、撃ち出された魔法弾は敵の脇を掠めただけで、空の彼方へと飛び去ってしまった。
「くっ!」
ロッテの長機であるペリーヌが苦悶の声を漏らした。親機の中型ネウロイと向き合っていた彼女に、紅色のビームが雨の如く降り注ぎ、シールドに着弾していた。
「ペリーヌさん!」
上官であり、戦友でもあり、なにより大切な親友であるペリーヌの危機。リーネは反射的にボーイズライフルの銃口を中型ネウロイへと向ける。
手早いボルト操作で次弾を薬室に押し込むと、間を置かずに引き金を絞った。
普段のリーネなら、同士討ちになりかねない状況でも冷静且つ正確な援護射撃が出来る。そう普段の彼女なら……。
「へっ?きゃっ!?」
ふと空気を切り裂く音がペリーヌの耳朶に触れる。かと思えば、高速で飛来した物体がペリーヌの側頭部を掠めた。接触の拍子に金色の髪が一房、宙に舞い上がる。
短く悲鳴を上げ、振り返ったペリーヌの瞳に、ボーイズライフルを構えるリーネの姿が映る。頭部を掠めた物体の正体は、対装甲ライフル用の魔法弾だったのだ。
「……リーネさん…………」
「あ……ご、ごめんなさい!私、そんなつもりじゃ!」
危うく誤射されかけたペリーヌだが、彼女から怒りは感じられない。寧ろ信じられない、といった表情で呆然と戦友を見据えている。
対するリーネは戦闘中であることも忘れ、深く頭を下げて謝罪の意を訴えていた。そのため、背後から急接近する小型ネウロイの編隊に気が付かなかった。
「リーネさん!後ろ!」
ペリーヌの叫びを受け、リーネはハッとなる。後ろへ振り返った彼女が目にしたのは、己の眼前に迫った数機のネウロイだった。
腹に備えた複数のビーム砲が煌々と輝きながら彼女を狙っている。この間合いでは、最早回避も防御も間に合わない。
やられる、と瞬間的に思ったリーネは、横合いが伸びる多数の火線がネウロイへ殺到するのを認めた。
側面からの攻撃を受けた小型ネウロイは、一機残らず破砕・無惨する。
「リーネ!」
「リーネちゃん!」
と、リーネの窮地を救った宮藤兄妹が彼女の元に駆け寄ってくる。ペリーヌも2人に続く。
合流した4人の航空歩兵は背中合わせとなり、ネウロイの次の攻撃を警戒しつつ声を交わした。
「リーネちゃん、大丈夫だった?」
ネウロイの動きを目で追いつつ、芳佳は親友へ気遣いの言葉を投げ掛ける。
「う、うん。私は平気だけど、ペリーヌさんが……」
「私も、何も問題ありませんわ!」
心配するリーネの言葉を遮り、ペリーヌが微かに苛立ったような口調で応える。
「私のことよりも、リーネさん。あなた、一体どうしてしまいましたの?戦いに集中出来ていないようですけれど?」
と、ペリーヌはチラッと横目でリーネの様子を窺う。ガリア貴族令嬢の怪訝な視線を感じ取ったリーネは、親に叱られた子どものように縮こまり、小声で「ごめんなさい」と独り言ちる。
謝罪が聞こえていたのか。ペリーヌは居心地悪そうに身体を揺する。彼女の物言いには確かにキツいものがあるが、憤慨しているわけでもなければ、リーネを叱責するつもりもない。
自由ガリア空軍へ志願したばかりの頃。ブリタニアではストライカーユニットの不足で出撃の機会が無かった。
また、連合軍内の主導権を握らんとするブリタニア軍上層部の思惑等も重なり、ペリーヌはブリタニア人に対して多少の悪感情を抱いていた。
加えて、ペリーヌとリーネは性格の相違からロッテの相性が極めて悪く。両者の関係はお世辞にも良好とは言えなかった。
しかし、芳佳の配属後リーネは実戦で力を発揮出来るようになり、ペリーヌも501の仲間達との交流を経て本来の優しさが全面へ出てるようになった。
結果、ロッテの相性の悪さ。公私におこる不仲ぶりは鳴りを潜め、2人の関係は信頼し合える友人へと変わっていった。
それはガリア復興を手伝いたい、というリーネの言葉にペリーヌが心から感激していたことからも窺える。
要するに。ペリーヌは嫌味を言っているようで、明らかな不調を見せているリーネのことが心配で仕方がないのだ。
「ふむ……」
顎に手を添え、優人は暫し熟孝する。やがて、何やら思い立ったらしく、芳佳とペリーヌに指示を出した。
「芳佳、ペリーヌ。ちょっとリーネと話がしたいから、ネウロイを頼む」
「あ、うん……」
「承知致しましたわ。お兄様」
芳佳とペリーヌは殆んど迷うことなく承服すると、銃弾を構え直して2人のみで周辺警戒を続行する。
「さて、リーネ。こっち向いて……」
「あ…………」
優人は優しげな声音で告げる。リーネは戸惑い気味に従い、上官兼親友の兄である優人と向き合う。
「あ、あの……ごめんなさい」
叱責されるとでも思ったのだろうか。優人を目を合わせたリーネの第一声は謝罪だった。
自信無さげで、伏し目がちに謝る。彼女の様は、芳佳が501基地へやって来る以前――自信喪失に陥っていた頃へ戻ってしまったかのようだ。
「私、もう少しでペリーヌさんを……」
「………………」
「わかってます。当たらなかったから、ペリーヌさんが大丈夫だって言ってるからって、それで許されることじゃありません……」
「………………」
「味方を誤射するなんて、これじゃ――」
リーネが吐露した彼女の心情は、懺悔とも自嘲とも受け取れた。黙然と耳を傾けていた優人だが、ふとリーネを先回りするかのように言葉を紡いだ。
「またお母さんを悪く言われる、か?」
「………………」
入れ替わりに今度はリーネが黙り込む。どうやら図星のようだ。
優人とて、伊達に501の長男役を自称しているわけではない。自分の内面を見透かしていた扶桑海軍ウィザードに対し、リーネは沈黙を以て応じる。
優人が推察した通り。リーネの不調の原因は、やはり天城の飛行甲板での一件だった。
カールスラント皇室親衛隊大尉――グレーテル・ホフマン。彼女に自身の母親であり、先の大戦の英雄でもあるウィッチ――ミニー・ビショップを侮辱された。
リーネはホフマンの発言を重く。あまりに重く受け止めてしまい、自分が不甲斐ないせいで母を悪く言われたのではないか、という考えに至る。
持ち前の優しさ故、家族を想うが故に繊細なリーネ。煩悶とした結果、集中力を欠き。射撃の精度が著しく低下したのだ。
「リーネ、顔を上げて」
「…………はい」
先程と同じく、優人は優しい口調で言葉を紡ぐ。リーネの視線は逡巡するように揺れていたが、次第に一点を――扶桑海軍ウィザードの瞳を見据えていく。
直後、リーネの身体はストライカーユニットによる飛行とはまた違う。フワリと宙に浮くような感覚に包まれた。
扶桑海軍第二種軍装の布地が頬に当たり、男性のものであろう背中に回された腕の力と温もりを数瞬程感じ続け、リーネは自分が優人に抱き締められていることに気付く。
「ふぇ!?」
自分の置かれた状況を理解した途端、リーネの口から驚きと羞恥の入り雑じった声が飛び出る。白磁の陶器を想わせる頬も、一転して熟れたトマトのように真っ赤となった。
全寮制で職員も全て女性の学校にのみ通っていた。おそらくは、501メンバーの中ではサーニャやバルクホルンと並んで男性に対する免疫が低いことは言うまでもない。
親しい間柄とはいえ、突然異性に抱き締められたとあっては、赤面の上に狼狽えるのも当然と言える。
「ゆ、優人さん!?何を――」
「よしよし、大丈夫だよ」
「えっ?」
あたふたするリーネの言葉を遮り、優人は子どもあやすような言葉遣いで囁く。
一体扶桑海軍ウィザードが何の話をしているのか。理解が追い付かず、リーネはますます当惑した。
「上からな言い方になるけど。お前はよくやってる、よく頑張ってるよ。それこそ、前大戦の英雄であるお母さんに負けないくらい」
「でも……」
リーネを抱き締める腕に力を込め、優人は言葉を続ける。
「まぁ、気持ちは分かるよ。俺も父親が宮藤博士ってことで気を張っていた時期があるから……」
「優人さんも?」
意外そうな口調で訊き返され、優人は頷く。彼の脳裏には新兵時代の記憶が蘇っていた。
新式ストライカーユニット開発の為、渡欧していた宮藤一郎は、既にちょっとした有名人であった。
舞鶴にて。“軍神”と名高い扶桑海軍航空ウィッチ――北郷章香少佐の薫陶を受けていた当時の優人は、養父の名を穢さぬようにと気負い過ぎていた節があった。
固有魔法『魔眼』の制御に苦心していた坂本や軍の名門の出である竹井。同じく北郷の元で修練を積んでいた若き日の2人とは、悩みのある者同士ということで妙に気が合い、よくつるんでいたものだ。
そこには、今や扶桑海軍屈指のエースの1員として知られる若本徹子中尉の姿もあった。気が強く、また気性も荒く。ハッキリと物を言う若本と優人は、よく喧嘩になっていた。
決して険悪な関係ではない。喧嘩友達とでも言える仲であり、本気で嫌い合ったり憎み合ったりはしていなかった。
しかし、皆若かった。それ故に徹子から父親のことをやたらと引き合いに出されもした。訓練でも実戦でも成果を出せない日々が続いたのもあって、当時の優人は一郎に負い目を感じていた。
「けど、私は優人さんとは違います」
「リーネは少し自分を卑下し過ぎだな……」
フゥと軽く息を吐き、優人は一拍置いてからリーネに一つ質問をぶつける。
「501の一員としてブリタニアを守る為に戦い、皆と力を合わせてガリアを取り戻した日々は、誰にも誇れないほど酷いものだったかな?」
優人が何を言わんとしているのか。すぐ理解したリーネはハッと目を見開く。
おもむろに顔を上げたリーネの瞳に柔和な笑みを浮かべ、慈しむような視線を向ける優人が映った。
「謙虚さもリーネの魅力の一つだよ。けど、それも過ぎれば卑下や自虐にしかならない。お前は精鋭部隊の一員として各国のエース達と肩を並べて戦い、カールスラント組のようなベテラン勢にも引けを取らない働きをした。大切な故郷をネウロイの脅威から守り通し、戦友の母国を解放した。慢心は禁物だけれども、自分は仲間と英雄である母親に負けない活躍をしたんだって、胸を張って欲しいな」
優しく言い聞かせる上官の言葉に耳を貸しつつ、リーネは501に配属されてからの日々を追想していた。
養成学校出たてで実戦経験の無い自分を温かく迎え、気に掛けてくれていたミーナ。
戦果を上げられない自分を見放さず、最前線で戦い抜けるようにと鍛えてくれた坂本。
宮藤兄妹の兄は自分を妹同然に可愛がり、励ましてくれた。妹は戦う勇気と力を分け与えてくれた。
ペリーヌには性格が合わなかったせいで苦手意識を抱いていたが、寝食を共にするうちにとても優しい人なのだと認識を改めるに至った。
その他、正反対な性格のWエース。元気いっぱいで悪戯好きなシャーリーとルッキーニ。不思議ちゃんなエイラと繊細で可愛らしいサーニャの北欧コンビ。
自分は大切な仲間と共にブリタニア防衛及びガリア奪回の任を成し遂げた。後に“ブリタニアの戦い”と、呼称される戦役を戦い抜いた。皆と一緒にブリタニアの国民や大陸から避難してきた多くの人々を守り抜いたのだ。
例え自惚れだと揶揄されようと、前大戦の英雄である母親――ミニー・ビショップの娘として恥じない活躍をしたのだと、自信を持って言えなくてどうする。
ホフマンに嘲笑されたことで、自信を失っていた頃の自分に戻ってしまっていたらしい。
リーネは己の心の弱さを恥じ、新たに強い輝きを灯した蒼色の瞳で優人を見返す。
「すみません、優人さん。もう大丈夫です」
その語気の強まった声を聞き、優人は満足そうに頷いた。
「終わったか?」
ふとインカムに声が入ってくる。声の主はバルクホルンだが、その口調はなにやら刺々しかった。
「戦闘中だぞ、後輩を口説くのも大概しておけ。この女ったらしが……」
「にゃはは!巨乳の女の子に胸を張れだなんて、中々のセクハラだよねぇ♪」
「…………言い掛かりだ」
こんな時でも呑気なハルトマンが、バルクホルンの尻馬に乗ってくる。
Wエースの言い掛かりに、優人は憮然とした面持ちで反論するも、何故か声が小さかった。
一方リーネも、優人との会話を他者に聞かれ、またコンプレックスである胸について触れられてしまい、気恥ずかしそうに頬を染めている。
さらに優人とリーネの傍らでネウロイを警戒していた芳佳とペリーヌも、ある意味2人だけの世界に入ってしまっていた優人等に対して複雑な心境を抱いていた。
少々不機嫌そうに軽く頬を膨らませる芳佳は、肩越しに振り返りながら兄を睨み付け、ペリーヌは優人に構われているリーネに羨望の眼差しを向けている。
「相変わらずね」
海軍正式入隊以前からの戦友。その変わらぬ様を目にした竹井が、何処か喜色を滲ませた声音で独り言ちる。
彼女はロッテ組んだミーナと背中合わせの状態で、ネウロイと交戦中だ。
「突然女の子を抱き締めるなんて、エーリカの言う通り立派なセクハラだわ」
と、ミーナはムスッと不機嫌そうだ。10代とは思えない大人びた言動と優雅で柔らかな物腰が印象的な彼女だが、今はまるで拗ねた子どもようである。
「ええ、普通はいけませんよ」
ミーナの発言を受けた竹井は、クスッと小さく笑声を立てる。
「けど、一応下心は無いようですし。リバウ時代、優人はああやって仲間を勇気付けていました。後輩のウィッチは、皆妹同然に思っているのかもしれませんね」
過去を簡潔に語りつつ、竹井は本大戦初期のオラーシャ帝国リバウ基地の情景を追想していた。
扶桑皇国佐世保航空予備学校現校長――北郷章香中佐が飛行隊長を務めた扶桑海軍舞鶴航空隊。そこからウィッチを選抜・編成され、扶桑海事変で活躍した第十二航空隊。地上航空隊たるリバウ航空隊の一角を担った遣欧艦隊第24航空戦隊第288航空隊も、舞鶴航空隊が元になっている。
第24戦隊はもちろん。同じくリバウに駐留していた第23航空戦隊や機動空母部隊の航空歩兵は、扶桑海軍事変を経験した腕利きが多かった。
その一方で、雁淵孝美や下原定子のような事変後に志願・配属された実戦未経験のウィッチも少なくなかった。
北はスオムス。東はオラーシャ。南はオストマルク。西はカールスラントと八面六臂の活躍を見せ、“鬼より恐い”とまで言われた扶桑皇国海軍の精鋭部隊――リバウ航空隊だが、当然ながら戦いは決して楽なものではなかった。
各前線までは距離があり、如何に扶桑海軍が誇る主力ストライカーユニット――零式艦上戦闘脚の航続距離が長いとはいえ、最前線までの長距離飛行は体力・気力・魔法を大いに消耗させ、実戦の緊張がそれらを倍化させる。
目的地へ到着したとしても休んではいられない。すぐ全開戦闘を実施なければならない。
その上、拠点であるリバウは厳しい冬が訪れるオラーシャ帝国の港街。一時はネウロイの夜間空襲により眠れぬ夜が続き、不眠に起因する疲れとストレスに悩まされもした。
そのような過酷極まりない状況において、つい先日まで女学生だった新参組のウィッチに掛かる負担は相当なもの。
蓄積した疲労によって体調を崩して倒れる者。故郷恋しさや厳しい生活・環境に耐えきれず脱走を企てる者。ネウロイとの戦闘で負傷する者等が相次ぎ、負傷した中には何らかの後遺症が残ったり、最悪戦死する者も存在する。
リバウ航空隊は、誰もが称賛する華々しい活躍を見せる反面。上述の事情から“魔女の墓場”という皮肉も頂戴していた。
魔法力を持つこと以外は年相応にか弱い乙女。元々面倒見の良い優人は、こういった後輩達をいじらしく思っていた。
彼は先輩や上官というよりは兄のように接し、彼女等の小さな身体を抱き締めることで勇気付けていた。
結果として部隊の士気向上に一役買っていた優人ではあるが、稀に持ち前の天然ジゴロぶりから“本気”にさせてしまったことも……。
「まぁ、節操無しな男ですから。ウィッチ関連のトラブルにもことかかないようですけど……」
「フフ♪それは分かるわ。501でもそうだったから」
苦笑する竹井の言葉を受け、ミーナの表情にいつもの柔和な笑顔が戻る。
「天城に戻ってたら聞かせて貰えるかしら?あなたと、坂本少佐と宮藤大尉の昔話」
「それはもちろん♪」
それぞれ“女侯爵”、“貴婦人”という似通った異名、温厚で穏やかな人柄のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐と竹井醇子大尉。
性格が近いからか。或いは、何かと罪作りな扶桑のコンビに振り回された者同士だからか。通じ合う者があるようだ。
「さて、それじゃあ!」
「そろそろ反撃、ですね!」
ミーナらMG42を、竹井は九九式二号二型改13mm機関銃を再度構え、周囲に群がる小型ネウロイに向けて応射した。
◇ ◇ ◇
501部隊の戦闘空域よりも、さらにネウロイの勢力圏へ近付いた洋上では、ネウロイの別動隊と第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』を中心とする帝政カールスラント皇室親衛隊航空戦力が交戦していた。
ネウロイ側の戦力は、501が戦っている集団と同等規模の敵編隊。そして、件の作戦目標――ネウロック。
猛々しい戦意を以て戦端を開いたのは、ネウロイ側であった。
赤い輝きを放つ装甲から閃いた光条が茜色の空を切り裂き、その光芒に触れた艦上戦闘機が火球へ変えた。
辺りは一瞬で乱戦模様となる。光条と光華が乱舞して、敵味方の航空兵力が入り乱れる。
親衛隊航空戦力の指揮官――悠貴・フォン・アインツベルン大佐が直率するインペリアルウィッチーズは、激戦の最中において損害ゼロを維持し、親機たる中型ネウロイを手早く撃破していた。
親衛隊隷下のウィッチ部隊は、国防軍のウィッチ隊よりも対ネウロイ戦に特化している。501部隊との模擬戦では散々な結果に終わったが、今は隊の錬度の高さを知らしめている。
突出したインペリアルウィッチーズの後衛を担うように展開しているのは、同じく親衛隊所属の艦上戦闘機部隊。
“Bf109T”のみで構成された2個艦上戦闘飛行隊――各飛行隊16機編成――は、インペリアルウィッチーズが取り零した小型の子機を掃討する任務に従事している。
「大佐。ネウロイ共がネウロックを囲うように陣形を組んでいます!」
ネウロイが集中している正面を見据えながら、ホフマンが上官に一報を入れる。
『ええ、思った通りだわ』
インカム越しに返ってきた悠貴の声音には、喜悦の感情が滲んでいた。
『やっぱりネウロックはコアコントロールシステムを有していて、それを利用してネウロイに自分を守らせている』
己の推測を述べた悠貴は、味方の艦上戦闘機と同名のストライカーユニットを加速させる。
悠貴の固有魔法『マリオネット』を上回る支配・使役の能力。501にも扶桑海軍にも伝えていない。本作戦におけるインペリアルウィッチーズの真の目的だ。
『第1飛行隊及び戦闘機隊はネウロイを排除!第2飛行隊は私と共にネウロックを確保!』
『はっ!』
悠貴が飛ばした指示に親衛隊各員はすぐさま応じる。使い魔の尻尾を揺らめかせ、白木拵えの扶桑刀を抜刀したインペリアルウィッチーズ司令が弾かれたように前進する。
親衛隊仕様のフリーガーハマー。もしくは、筒状のロケット投射器らしき武器を携えたアリョーナ・クリューコフ親衛隊大尉率いる第2飛行隊が、その後に続く。
自分と自分の指揮する第1飛行隊を差し置いて、第2飛行隊が敬愛する親衛隊大佐と行動を共にするのは不愉快だが、作戦とあっては仕方がない。
「貴様等の相手は我々だ!」
ホフマンはMP43を連射しながら、中型ネウロイの一体に肉薄する。
彼女はビームに撃たれることを全く恐れていない。インペリアルウィッチーズの一員たる者、恐れ知らずでなくてはならない。それがホフマンの考え方だ。
中型ネウロイはすかさず応射するも、ビームはホフマンの身体を掠めて虚空に霧散し、接近を許してしまう。
すれ違いざまにホフマンの左手が接触する。ネウロイの装甲を構成する金属類が立ち所に錆び始めた。ホフマンの固有魔法『腐食』である。
錆びに侵された装甲はボロボロに朽ち果て、心臓たるコアを無防備にも晒し出す。さらにホフマンの2番機が銃撃によってコアを破壊する。
「1機残らず鉄屑にしてくれる!」
容易くネウロイを仕留めたホフマンの表情には、愉悦の色が浮かんでいた。
一方、インペリアルウィッチーズ司令及び第2飛行隊の親衛隊ウィッチもまた、ネウロック確保へ動いていた。
6名いる飛行隊メンバーの内、アリョーナを含めた4名がフリーガーハマーを射撃位置に保持する。
攻撃の気配を察知したネウロックは、即座に飛行形態へ変形。ロケット弾の射程外へ逃れようとする。
「強大な力を持つわりに臆病なヤツだ」
嘲笑に口元を歪めるアリョーナのフリーガーハマーから、一発のロケット弾が撃ち出される。部下のウィッチ達も飛行隊長に倣い、魔法力の充填されたロケット弾を撃ち込む。
ネウロックは持ち前の機動力を活かし、接近するロケットの追撃を躱そうとする。しかし、4発のロケット弾はネウロックの間近まで迫ると、それらは独りでに起爆し、ネウロックとその周辺に眩い閃光を押し拡げた。
『やった!やりましたよ、大尉!“新兵器”は機動力のある敵に有効です!』
自らの2番機を務める親衛隊ウィッチ――マイヤ・アッカネン少尉の喝采が、インカムを通してアリョーナの耳に届く。
マイヤの興奮気味に語る“新兵器”とはVT信管のこと。発射後にレーダーが起動し、目標物に命中しなくとも一定の近傍範囲内に弾体が到達すれば、起爆できる信管。所謂“マジックヒューズ”である。
信管の技術は、シャーリーの故郷――リベリオンが軍艦の対空砲弾用に開発したものであり、インペリアルウィッチーズは独自のルートでこれを秘かに入手。小型化等の改良を施した上で、フリーガーハマーへ組み込むことに成功する。
この信管を活用したロケット弾の命中率は、従来の時限信管の20倍にまで向上。早速実戦にて運用されるに至った。
『アリョーナ!』
「はっ!各員、一気に畳み掛けるわよ!」
ふらつきながらも爆煙から抜け出したネウロックの姿を認め、悠貴はアリョーナに次の行動を促す。アリョーナからさらに第2飛行隊の面々へと指示が飛ぶ。
すかさずフリーガーハマーを装備する4名の親衛隊ウィッチが、各自数発のロケット弾をネウロック目掛けて射出。それら全ての弾頭を敵機の逃げ果せた進路上で起爆させる。
連続して咲く巨大な火球。一度に押し寄せる魔法力を伴った熱、衝撃、弾頭の破片。マジックヒューズの威力を前に、然しものネウロックも足が鈍った。
その隙を悠貴は見逃さない。白木の扶桑刀を抜刀すると、再度加速して敵機へ迫る。
「はああぁっ!」
裂帛の気合と共に、ネウロック目掛けて振り下ろされる白刃。禍々しい黒色の装甲は、魔法力を帯びた斬撃によっていとも容易く切り裂かれた。
マジックヒューズの情報は小ぃサーニャより……
感想、誤字脱字報告をお願い致します。