記憶の無い僕と黒い刃の彼女   作:丸いの

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13. 白昼の武装蜂起

 目の前に迫った切っ先が、そのまま喉元を抉る寸前。咄嗟に机の上から掴み上げた青銅の文鎮が、耳障りな軋みを響かせ剣の腹を抉り、喉を裂きうる軌道を僅かに反らした。

 

 首の僅か指一本分の場所を通過する剣、それが切り裂いた空気が頬と肩を震わす。剣の柄を握り締める傭兵の顔がそこに来て驚愕に染まる瞬間を垣間見る。

 

「き――貴様(きさん)ッ!!」

 

 傭兵の怒声と共に窓口の机を蹂躙する、命を容易く奪い去りうる刃。積み上げた紙と羽ペンが空を舞い、引き倒された黒インクが剣の軌跡を黒く染め上げた。

 

 この襲撃者との間に隔たる机が、辛うじて凶刃から僕の身を護っていた。二本の文鎮を両手に構えてその男を見据え――もう一つの窓口での顛末に歯軋りをする。

 

 机と壁を赤く染め上げる血の飛沫。奇襲に録な抵抗も出来ずに胸を切り裂かれた窓口担当の同僚を足蹴にし、もう一人の傭兵が受け付け内部に乗り込んでくる瞬間を目にした。

 

 

 何が、いったい何が起こっている。なんで傭兵たちが、彼らに仕事を提供するこの場を襲う? なぜ要求も何も言わずに、その剣で容赦なく殺しにかかる?

 

 だけど、その疑問を悠長に考えている暇はない。僕の相手は、とうとうこちらに乗り込もうと机に足をかけた目の前の襲撃者だけじゃなく、血まみれの机の上から受け付け内に侵入したもう一人の傭兵もいる。幾度も振るわれる剣先をなんとか文鎮で牽制し、しかし額に冷や汗が浮かぶ。

 

 目の前の男は、嗤っている。録に抵抗も出来ていない、文鎮を振り回すだけの子供とその後ろに控えたままの少女。そんな標的に二人がかりであたる。普通に考えたら、僕らはこのまま追い詰められ殺されてしかるべき。

 

 

 だがそんなこと、僕は認めない。受け入れられない。ふとした瞬間に踏まれて潰されるだけの矮小な存在に過ぎなかった日々は、もう終わらせなければならない。

 

「――ナイン、任せた!!」

 

 こんなところで、こんなわけの分からない連中に、理由も何もわからずに殺されてやる道理なんてない。彼女の返事が聞こえるよりも先に、一気に真横へと駆け出した。

 

 僕が狙うのは、真正面で受け付け台に足をかけた隙だらけの傭兵などではなく、すでにそれを乗り越えてこちらに近付きつつある方だ。

 

「はっ!! 女を差し出すとは気前が――」

 

 傭兵の下卑た言葉が、強制的に寸断される。彼女は僕とは違い、絶対に容赦などしない。駆け出す間際に見えたナインは、その両手に護身用のナイフを構えていた。獲物を前に慢心して、絶対の弱点である顔と首元をさらして嗤う大きな的を、彼女は絶対に外しなどしない。

 

 

 後ろからナイフが肉に突き刺さるくぐもった音が響く。その直後に、血の滴る剣を悠長に構えていたもう一人の傭兵の表情が硬直した。彼は、自身の仲間の首にナイフが突き刺さる瞬間を目の当たりにしたことだろう。不自然な形で固まったその顔にめがけ、襲撃によって倒された黒インクの瓶を思いきりの力を込めて投げつけた。

 

 向こうは鉄の剣、こっちはただの青銅の文鎮。まともにやりあって勝てるはずがない。だからこそ、この受付という地の利を生かすことが、僕にとっての唯一の勝ち目に他ならない。

 

「厄介なガキが、しゃらくさい(くせらしい)真似を――!?」

 

 即座に振るわれた男の剣が、投げつけたインクの瓶を弾き落とす。そのまま距離を詰めようとした僕の体までを両断する勢いで剣先が迫り――受付所のロビーと窓口内を仕切る長机に足を掛けて、剣の軌跡のはるか上へと体を滑らせた。

 

 つま先のその下を通過する剣先、そして飛び上がったこちらを捉え切れてすらもいない驚愕に染まった傭兵の顔。中途半端に跳んで躱すのではなく、その更に上の完全なる死角から急襲をする。碌に剣と打ち合うことも出来ない文鎮でこの傭兵を完全に黙らすには、これしかない。僅かに上を向こうとしたその額に目掛け、全体重をかけて二振りの文鎮を振り下ろした。

 

 

 喉の潰れたようなうめき声と共に、白目を向き体を痙攣させて倒れ伏す男。その手に握り締められたままの剣を奪い、受付所のロビーを見据える。この場に入ってきた襲撃者の数は、返り討ちにした奴らを含めて三人。残った最後の一人は、先行した二人が持っていたものよりもより大きな剣を構えて僕たちを警戒していた。

 

「な――なによこの状況!? あ、アンタたちっ」

 

 そして受付の奥から、困惑さを隠そうともしない声が聞こえた。わき目で流し見ると、喉を切り裂かれて倒れ伏す従業員の前で絶句した表情を浮かべている雇い主の姿がある。ロビーの騒ぎを聞いて事務作業を中断してきたであろう彼は完全な丸腰姿、そんな人間までずっと気にしながら戦うなんて困難極まりない。

 

「……賊の襲撃です。僕たちが抑えていますから、逃げて!!」

「ツカサちゃん、アンタ……ちょっとの間だけ持ちこたえていなさい」

 

 その言葉を残して、彼は再び受付の奥へと走り去っていった。裏口から出ていったのだろう。一拍置くこともせずに僕らを残して逃げることを選んだ彼は、まごうことなき英断だ。これで、僕たちは背後を気にせずに奴の相手をすることができる。

 

「あなたは何者だ? 何故商工所の受付を襲った。答えろっ!!」

「……やぜらしい(やかましい)!! まとめてたたっきる(叩き切る)!!」

 

 聞き慣れない訛りを伴った大きな声が、続く戦いの幕開けとなった。長椅子や机といった障害物を時に蹴飛ばして押し退けて、両手剣を振り上げた襲撃者が一気に動き出す。

 

「ツカサっ、使って!!」

 

 今この瞬間に、ナイン自身を剣として顕現させる暇はない。しかし彼女から投げて寄越されたのは、ナインが相手を打ち倒した男が持ったいた剣。空中を舞うそれの柄を掴みとり、これでまたやり慣れたスタイルへとなった。ずしりと手にかかる重さの二振りの剣は、文鎮の二刀流よりもよほどまともな装備に違いない。

 

 うなりをあげて迫りくる襲撃者の両手剣。机や椅子が乱雑に散らばり中途半端に複雑な足場と化したこの空間では、奴らの剣をただ避け続けるだけでは絶対に限界が訪れる。だから、アレに立ち向かうしか――

 

「――チィッ」

 

 両手に持った二本の剣を襲撃者の刃目掛けて振り下ろそうとした間際、強い違和感に舌打ちをした。振った勢いが、僅かに自分の体の動きを阻害する。ナインの黒剣と比べてたった少しの重心や重さの違いが生む違和感の大きさが、今は途轍もなく気持ちが悪い。

 

 碌に十分な力も加えられずに打ち付けた剣は、襲撃者が振るう両手剣によっていとも簡単に振り払われた。構えた剣が丸ごと弾き飛ばされなかったのは、せめてもの柄は絶対に離さないと握りしめたが故のこと。寸でのところで姿勢を立ちなおした直後に目にしたのは、更なる一撃だった。

 

「死ィさらせェ!!」

 

 上段から降り下ろされた両手剣を受け止めた瞬間、想像を遥かに上回る衝撃の強さに己の誤算を悟った。この男の剣戟は、ジャンヌさんのそれと比べればこの自分から見ても鋭さや正確さが遥かに劣るのは明確。しかし打ち合わせたその衝撃だけは、彼女を上回る。

 

 剣を押し止める腕どころか、体全体を支える足までもがこの男の蛮力に押し負けんと悲鳴をあげる。力比べでは、どうやったって勝てるわけがない。そして机や椅子が乱雑に倒されているがために、唯一の勝機である奇襲をかけるという手段が潰された。舌打ちをしたくなるほどに、自分が置かれた状況を呪う。

 

「ツカサを、放せ!!」

 

 ナインの声と共に飛来した血まみれのナイフ。しかしそれは目の前の襲撃者が纏う分厚い鎧に阻まれ、彼の注意を奪うどころか膠着状態に僅かなヒビを入れることすらもかなわない。ギリギリと押される二振りの剣、そして額の僅かに拳一個分にまで迫った両手剣の鈍い刀身。一切自由に動かすことも出来ず、ただひたすらに押されていくばかり。

 

「さあ、まずは貴様(きさん)から――」

 

 両手剣を押し込み、そして僕を両断するビジョンを見据えた襲撃者の声。それがかき消されたのは、唐突にだった。

 

 ドン、という大きな音と共に急激に重さを失う両手剣。それと共に襲撃者の瞳が見開かれ、同時にその手が両手剣の柄から離されてた。地面へと落とされる剣から襲撃者へと目を移し――その姿に息を呑んだ。

 

「まったく、随分派手にやってくれたじゃないの」

 

 腹部を覆っていた鎧を貫通して突き刺さる、一本の槍。巨大な先端部が後ろで倒された長机に突き立てられ、その柄によってくし刺しにされた襲撃者は口からゴボリと血を吐いた。両手で柄を握り締めようとしても、流れ出た血液によって指が滑り落ちる。焦点の合わないその眼は、僕ではなくその背後へと向けられていた。

 

「アタシの仕事場でよくもまあこんなことを。ねぇ、アンタ――」

 

 手足に力が抜けた状態でも、腹部から貫通した長い槍によって無理やりに立たされた姿勢で縫い付けられた男。その異様で凄惨な光景を絶句して見つめるしかできない僕の肩が大きな手で掴まれてた。大柄で色黒の、不思議な言葉遣いの男性が、なんとか顔を上げた男の首に手を伸ばす。

 

「――話せ。貴様(きさん)らの正体と目的を、残さず(のこさんと)吐け!!」

 

 急激な口調の変化と共に、雇い主は男の首を掴み上げていた。無理やりに持ち上げられる鎧姿の襲撃者。腹部の傷穴が広がったのか、槍を伝うようにして多量の血液が流れ出る。足元にできた血の沼が踏みつぶされて、飛沫が辺りへと散った。

 

「おま、え……北部人、か……」

貴様(きさん)ら同郷の者だろうと、容赦はせん。さぁ、吐け!!」

 

 雇い主と同郷の人間、つまりはこの襲撃者たちは北部の出だというのか。

 

 要求も何もない、ただこちらを殺すことだけを目的としたような行動。これまでに何度か耳に挟んだ、ヴァローナにおける唐突な北部人の増加。そして、にわかに聞こえてくる受付の外の喧騒。その全てを繋げる細く小さな線を幻視し、しかしまさかと思い留まる。

 

「……おまえは、憎く(にっか)ないのか。我らを……隔て分断したこの壁と街がっ。だから……俺たちは立ち上がっ――」

 

 血を吐いてせき込みながらも、襲撃者の男は大声で叫ぶ。痛みか憎しみか、その顔を大きくゆがめ、長槍の柄を血が伝い濡らす。そして最後に目を見開いた男は、歪み切った表情のまま一言も喋らなくなった。力なく垂れ下がる手足と首。しかしその瞳だけは、強い意志を宿したまま虚空へ向けて怨念を放つかのように開け放たれている。

 

 

 唐突に訪れた静寂の中、外で響く喧騒が再び耳についた。中途半端に開かれたままの扉の向こう。その遠くの方から、何人もの大きな声が聞こえている。それはカタリナ様の演説に湧く熱狂的な市民の声なんかじゃなく、もっと阿鼻叫喚とした混沌の中で逃げ惑う、何人もの悲鳴と叫び声。

 

「……ツカサちゃんとナインちゃん。まさかアンタ達がそんな傭兵紛いのことも出来るだなんて、アタシは知らなかったわ」

「マスターも、そんな扱いの難しそうな槍を使いこなす人だなんて、思いもしなかったですよ」

 

 襲撃者の死体から槍を引き抜いた彼は、少しばかり強張った笑顔を浮かべていた。彼だって気が付いているはずだ。今ここを襲撃してきた人間が、場当たり的にこの受付所を襲ったわけがない。この男が言い残した、"俺たち"という言葉。それは、きっとこの場で倒れ伏したたったの三人のわけがない。

 

 床に突き刺さったナイフを引き抜いたナインが僕の隣へと並んだ。僕は両手に剣を、雇い主は長槍を、ナインは小ぶりなナイフを握り締め、一様に受付所の出口を見据える。その外に広がっているであろう更なる修羅の現場、そこへ今から飛び込む。

 

「マスターじゃなくて、ヨードル・リグリス。これから生死を共にするんだから、ヨードルと呼びなさい。どう見ても今外で起きていることは普通じゃないわ。さっきみたいな殺しあいが、中央広場の至る所で起きているのかもしれない」

 

 それはもはや、殺しあいの域を超えた完全なる反乱だ。ヴァローナに紛れ込んだ北部人の多くが引き起こした、この街そのものに対抗するための白昼堂々の武装蜂起。幾多もの人間が一堂に集うその場で発生したそれによって、一体どれほどの血が流れているのかなど想像もつかない。

 

 しかし一つだけ言えるのは、このままここに留まっていたらまた次なる襲撃が起こるであろうということ。逃げる場所が限られたこの閉鎖空間で、閉じこもったまま嵐が過ぎるのを去るのを待ち続けるだなんて、遠回しな自殺行為に他ならない。

 

「……これから安全な場所を探して逃げるわよ。アンタたち、覚悟は良いわね」

 

 悲鳴と怒声が響き渡る広場に続く道、そこに面した扉に手をかけたヨードルが、最終確認とばかりに振り向いた。覚悟もなにも、生き残るためにはここから出るしかないのだ。そんな分かり切ったこと、もはや聞かれるまでもない。

 

「ええ、絶対に逃げきってみます」

「……私はツカサを護るためになら、地獄にだって突撃する。もう、準備は出来ている」

 

 双剣とナイフを構えて頷いた僕たちの姿を、ヨードルは満足げに眺めて頷いた。

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