記憶の無い僕と黒い刃の彼女   作:丸いの

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15. 強行突破

 黄色い光をまとわせて不安定に揺れる巨大な十字剣。その刀身から稲妻が瞬き、石造りの地面を容易く焦がしヒビを入れた。秘めたエネルギーの大きさを予感させる、今この瞬間も生成し続ける小さな稲妻と雷鳴。その異様な光景に唾をのむ。これが、この始祖族が保有する霊剣なのか。

 

 思えば、最初から警戒をしておくべきだったのだ。雷にうたれて紫色の火傷が顔に刻まれた死体から漂う、人の肉が焦げるすえた臭い。受付所を出たときに中央広場から感じた焦げ臭さは、この女がもたらしたものなのだ。剣や槍で切り裂くよりも、よほど効率的に敵を殺しそして制圧させるだけの能力。人が密集する空間において、雷の一撃は容易く何人もの命を瞬時に奪うことだろう。

 

 今更になって気が付いた、周辺の異様な光景がその証拠だ。黒く焦げたいくつかの遺体。全てが剣をその体の脇に転がした、元は逃げる市民を守るために武装蜂起に立ち上がった兵士や傭兵たちなのだろう。そんな武装を施した屈強な存在たちでさえ、始祖族という規格外の暴力の前では枯れた藁のように無力な存在へと成り下がる。

「――アンタたち、援護しなさい!!」

 

 こんな化け物と戦うだなんて、冗談じゃない。避けることなど不可能な雷を操る始祖族など、到底敵う相手ではないことくらい理解できる。長槍で牽制し、そして一気に退却する。僕らに出来るの最善は、ひたすらに逃げるということ。

 

 もはや敵に囲まれつつある状況下、逃げる先は始祖族とは正反対の方向。数多くの人々が殺到するヴァローナの城門を先に見据えた。ヨードルと共に多少の反乱兵の壁を突破することは、少なくともこの始祖族を相手取ることよりもよほど現実的な選択肢だろう。

 

「さぁ、せたこれたく(刺し殺されたく)なきゃ――」

 

「――やかましい。そのまま逃がすわけがないでしょう」

 

 ヨードルが槍を振り上げた瞬間、それに呼応するかのごとく鳴り響く爆音。視界の中に伸びた黄金の光筋が細かく裁断されたかのように枝分かれし、そのうちの幾つかが両手に構えていた二振りの剣へと直撃する。途端に全身を駆け抜ける、手を焼くかの如き痛撃。剣を取り落とすには、十分すぎる代物。

 

「よ……ヨードル、さん――しっかり、してっ!!」

 

 未だに感覚の残らない足を、気合で持ちこたえる。僕は良い、たかだか雷光の余波を受けただけなのだから。だが僕に向けて走った電光の本体が、構えていた長槍に直撃したヨードルは、絶対に僕よりも酷い状況にあるに違いない。彼の大柄な体が、まるで糸の切れた人形のように膝をつく。頑丈で野太い長槍を形作る木製の柄は、雷光の直撃によって見るも無残に黒ずみ縦に裂け、その先端は焼け落ちて地面に突き立てられいた。

 

 まるで痙攣するかのように肩を細かく動かすヨードルの元に、足を引きずって何とか近寄る。彼を起こさなきゃ、ヨードルはまだ生きている!!

 

「早く逃げて、ツカサっ!!」

「ここまで来てっ、この人を置いては――行けるわけが無いだろう!!」

 

 しかし同じくナイフを取り落としたナインが僕の袖を掴んだ。懇願するかのような彼女の視線。ナインだって、雷光の余波を見に受けて満足に動けないはずだ。それでも何とか僕を連れていこうと、その袖口を引いて城門へ向かおうとする。

 

 にじり寄る反乱兵たち。もはやその剣先は警戒して構えられることもせずに、ただ手負いの獣に止めを刺すがごとく淡々とした雰囲気すらも感じさせる。でも、後ろ楯のなかった僕らに働き場所をくれて、高々知り合って数日の僕たちを見捨てずにここまで一緒に来た彼を、このまま殺させるわけにはいかない。

 

「……あん、た……馬鹿、よ。アタシ、なんて……放って、おきなさいよ」

 

 引き攣った口を辛うじて動かして、ヨードルが怒ったように、そして呆れたように馬鹿だと続けた。彼の手の皮は黒く炭化し、肉の焦げる臭いに彼自身が顔を顰める。その肩の下へ腕を差し込み、なんとか持ち上げようと踏ん張ると、ほとんど彼の体全身が麻痺しているのか想像以上の負荷が全身を襲った。置いて行けだなんて、そんなことは出来ない。その一心で、ようやく感覚がまともになってきた両の足へ力を込め、再び前を見据える。

 

「皆、剣を下げなさい。身の丈に合わない蛮勇を扱う哀れな存在。ですがその意志に免じて、直接私が手を下してあげましょう」

 

 霊剣の切っ先が、こちらに向けられた。雷光と雷鳴、黄金色にほとばしるそれがところ狭しと巨大な刃の表面を駆け巡り、この身を焼くのをまるで今か今かと待ちあぐねているかのよう。

 

「フラントニア帝国軍中佐、閃雷のマオ・リーフェン。私の剣をもって、あなた方を裁断します」

 

 それは旧北部諸国のどの国の名前でもなく、このアストランテと双璧を成す大国の名前。ヨードルが話していた北部人蜂起のきっかけに関する違和感が、今になってほどけつつある。

 

 ああ、そういうことだったのか。積年のわだかまりを抱えた北部人たちを立ち上がらせて、今日という瞬間に膨れ上がったその恨みを投じるように差し向けた存在。その彼らの扇動者は、北部人ではなくフラントニア帝国の命を受けた者。このアストランテ王国と長年対立を続けてきたというフラントニア帝国にとって、要衝の地ヴァローナを陥落させることはそれがたとえどんな形であろうと間違いなく戦略的な意味合いは高い。

 

 霊剣に集結する雷の密度が上がった。満足に動けない僕たちをまとめて消し去るには十分すぎるだけのそれに、あの始祖族に率いられていた反乱者たちすらも距離を置き始める。それは大気を震わし、離れたここまでもその小さな衝撃が届く。

 

「さあ。覚悟なさい――」

 

 処刑を待つ罪人かのような有様。もはや僕たちに対抗するような意思や方法がないことを分かり切った、下界を見下ろすかのごとき視線が向けられる。ああ、確かにここまで追い込まれてしまったのならば、今までの自分ならば生きることを諦めていただろうさ。しかし、今はせめて足掻くだけの最後の力は残っている。

 

「――ナイン!!」

 

 叫ぶよりも早く、彼女は僕の手を握りしめていた。ナインが顕現した黒剣は、僕自身でもよく分からないほどに戦うための能力を最大限引き出し、そして始祖族の霊剣に打ち合えるほどの堅牢さをもつ。この女を倒すまではいかなくても、この状況を打ち破るだけで良い。ヨードルを連れて、この包囲網から抜け出すその一瞬さえ得られれば。そのために僕はまた剣をとる。

 

 きつく握りしめた彼女の手が熱くなる。無力な人間たちを前に自分の優位を確信して疑わない始祖族、その慢心を利用させていただこうじゃないか。クアルスの路地で見た白い光が再び眼前で瞬き始め――その頭上からナインの剣とすらも比較にならない熱量を感じ取った。

 

 

 その爆炎はまるで、空に浮くもう一つの太陽。いや、太陽は決して大地に降り注ぎはしないし、ましてや黒と紅が入り乱れたような色合いなどではない。その火炎は寸分の狂いなくこの広場を目指して降り注ごうと紅蓮の尾を引き――

 

「あれだけやってまだ動けるだなんて、活きのいいことですね」

 

 頭上から迫る赤黒い炎と地上から放たれる金色の雷撃。その二つがぶつかり合うと同時に、まるで顔を焼くかのような熱波が飛散した。ナインの剣を顕現させるという行為を中断するほどの、命の危機すらも感させる強烈な衝撃。

 

 黒剣を顕現をさせる寸前だったナインが、自身の体と共に僕を突き飛ばした。あの始祖族に直撃するかと思われた炎は、彼女の放った雷の直撃を受け流して僕らの目の前にと着弾した。地面に倒れ伏したその頭上を通過する、爆風と熱気。その奔流が通り過ぎた後に爆心地へ目を向けると、大地へと降り立った炎塊が割れ、その中から声が響き渡った。

 

「――やっと見つけた。殺してやる」

「処分しそこなったと思ったらそちらから来ていただくとは、手間が省けますね。感謝します」

 

 始祖族の注意は完全に僕たちから逸れ、雷を纏わせる十字剣の切っ先はこの場に表れた黒い炎へと向けられていた。まるで蛇のようにうねる火炎を割り、纏わせる炎よりも更に深い黒紅色の鉾槍が姿を現す。長大なその武器を手に反乱兵の始祖族と向き合うその人に、僕は心当たりがある。

 

「剣姫カタリナ・フォン・アストランテ。今度は外しはしません」

「間諜風情が、偉そうにすんなよ」

 

 赤黒い髪を熱波の中に揺らし、その手には自身の髪色を写したかのように深い紅色へ染まるハルバードを構える、剣姫カタリナ・フォン・アストランテ。背中を覆う黒いマントはところどころが焼け、そして鎧にも黒ずんだ傷が幾多も走る。しかしそれでも、身にまとう闘志は欠片もくすんではいない。

 

 昨日の夜に見た彼女の本質は、あのマオと名乗った始祖族と対峙する姿に現れている。あれは、死に瀕しそうな僕たちを助けるために表れたようなくちではない。むしろ市民の存在など頭の片隅からも外し、ただ敵を打ち倒そうとする凶暴な力の具現とすらも言えてしまう。

 

 果たして彼女が何故この広場に駆け付けたのか、そんなことは分からない。しかし、そのおかげで僕たちへの注目は確実に無くなった。だからこそ、この場からは早急に逃げ出さなければならない。手負いのヨードルを連れ出せるタイミングは今だけで、それに下手にここへ留まっていたら二人の始祖族の殺しあいに巻き込まれて命を落としかねない。

 

「皆、離れなさい。私の戦いを邪魔することは許しません」

 

 戦いの火蓋が切って落とされる間際、反乱兵たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように距離を取る。それが、僕たちにとっても千載一遇の好機となる。

 

「ヨードルさん!! 痛いかもしれませんが我慢を――」

「舌を噛みたくなければ黙ってなさい!!」

 

 ヨードルの肩を支えようとした次の瞬間、逆に胴が抱きかかえられていた。両脇に僕とナインの二人ともを抱えた彼は、そのまま雷にうたれた後とは思えないほどに全速力で走り出した。下手に喋れば、彼の言う通りに舌を噛みかねないほどの揺れ。彼の巨体が全力で走り出したというのに、向かい合う二人の始祖族は視線すらも寄越さない。

 

 向かうは元来た道。反乱兵が集結しつつある城門は、武器すらも失った手負いの獣同然の状態ではまず突破は敵わない。ならば、せめて敵のいないところへと向かうのは必然だ。路地裏の入り口を目指してひた走る僕たちを更に追おうとするものなど一人たりとも存在せず、僕たちは抱き抱えられたままその一画へと飛び込んだ。

 

 揺れる視界の中で最後に見たのは、ぶつかり合う金色の十字剣と赤黒色の鉾槍、そしてカタリナ様の体を蝕まんと包み込む幾多もの雷撃の姿だった。

 

 

* * *

 

 

「彼は寝ているだけだよ。命に別状は無い」

 

 石の床に横たわる大きな体のヨードルは、ほとんど動かずにいた。しかしその胸部はわずかに上下しており、ナインの言う通り最悪の事態にはなってはいないようだ。容体が急減することも無さそうな様子に安堵のため息を漏らすと共に、酷い火傷を負った彼の両手を見て歯噛みする。せめてものの処置として包帯を巻いたものの、きちんとした診療所で診なければならない状況なのは明白だ。

 

 満身創痍の中で僕とナインを担いだままあの場から逃げおおせた彼は、路地の中頃でとうとう力尽きて気を失い倒れてしまった。人けのない中をなんとかナインと共に彼を運び、ここヴァローナの最北端に位置する砦まで連れて来れたのは、ひとえに反乱者たちが南部の城門近くに陣取っていたからである。

 

 物々しい砦の城門前、そこから出てきた武装済みの正規軍たちがヨードルと僕たちを城門内に招き入れた。ヨードルは流石は商工会の重役だけあって顔が広く、彼ら軍部の人間からもそれなりに認知をされていたのが幸いしたようだ。そのまま同じく逃げてきた市民と共に砦の一画へと連れてこられ、こうして彼の状態を診ている。

 

 周囲の市民たちは、あの襲撃から逃れてきたにしては明らかに数が少ない。きっと、街の出口までが遠かったから最後の策としてこの砦の方にまで来たのだろう。幸い酷いけがを負っている人は少ないようだけど、それはつまり手負いとなった人々はそのほとんどが中央広場にて殺されてしまったということなのかもしれない。

 

「……ここまで追い込まれてしまった。あなたはどうしたい?」

「ナイン。僕はこのまま手招いているのは嫌だ。このままここにいたとしても、いつかはあのフラントニアの始祖族がやってくる」

 

 反骨精神だけはある。でもその具体性は致命的なほどに欠けている。

 

 このままヨードルを見捨てて僕たちだけでヴァローナを脱出するか。しかし街の出口は反乱兵たちが押さえており、それに彼を見捨てたならば僕たちが砦まで逃げてきた努力の全てが無駄になる。ならばあの反乱兵たちを打ち倒すか。仮に筆頭の始祖族をどうにかすれば、あとは数の問題で抑え込めるかもしれない。でも、そもそもあの雷を自在に操る始祖族をどうにか出来る道筋は存在するのだろうか。

 

 おそらく、選ぶべきは後者の選択肢。もしかしたらカタリナ様があの始祖族を撃破しているかもしれないし、それにこのヴァローナという街における自分自身の足跡を探ってすらいない段階で、街そのものを帝国に奪われるわけにはいかない。選択肢は決めた、あとはその方策だけだ。

 

 

「……彼も随分手ひどくやられたな。将官殿が君たちの話を伺いたいそうだ。ついてきてくれ」

 

 大部屋の入り口から入ってきた兵士の一人が、ヨードルの状態を見て顔を顰めた。元々僕たちがこの砦に招き入れて貰えたのは、多分気を失っていたヨードルを連れてきたこと以上に、一体街で何が起きているのかを少しでも把握をしたいという思惑があるのだろう。恐らく伝令すらもまともに機能をしていないこの状況下、あの始祖族のことをこの目で見た僕たちの話は、少しでも状況突破に役立つかもしれない。

 

 

 

 砦は街の中でもっとも高い建物だ。その最上階層まで来れば街のほとんどを見渡せるほど。この離れた位置から見ても、中央広場に転がる遺体の姿までもが目に入る。現状では反乱兵の一団は未だに城門近くに陣を置いているのか、まだ砦の直面までは侵攻してきてはいないようだ。

 

 その街を見渡せる砦の回廊にて、僕とナインは一人の始祖族と向かい合っていた。城門エリアから逃げる直前に見たカタリナ様の格好よりもよほど落ち着いた、一般の兵士よりも少しばかり目立つ装飾が施された鎧に身を包む、片腕を失った若い見た目の男。現在進行形で戦乱の最中にある街の景色から視線を外し、彼の切れ長の瞳がこちらの姿をとらえた。

 

「……私の知古の者が世話になったね。私がこの砦の守護を任されている、イーリス・ディ・ヴィンターだ」

 

 彼が、ヴァローナの軍を統率する将官であるという。まるで普通の人間のような穏やかそうな雰囲気であるが、その尖った耳や手に持った小さいながらも淡く光る剣の存在から、やはり彼は将官という立場に違わず始祖族の一人であるのだろう。

 

「単刀直入に聞こうか。街は、そして敵将はどうなっている? そしてあの王女殿下は――いや、そちらは聞くまでもないな」

 

 途中まで開いていた口を、イーリスはため息と共に閉じてしまった。やはり、カタリナ様のことは正式な将官である彼は把握をしているのだろう。

 

 演説の最中に起きた一斉蜂起に際しマオと名乗った始祖族の奇襲を受けて戦線離脱を余儀なくされたのは、急な襲撃を予想をしていなかったで済む話だ。だけどまさか、その後兵によって砦の中まで運ばれたところで、意識を取り戻して護衛の一人もつけず街へ飛び出していったなんて。よく言えば勇猛、その実は制御の効かない苛烈さ。

 

「僕たちが見てきた範囲でお話しします。北部人を中心とする反乱兵たちは、中央広場で蜂起した後城門付近にて虐殺行為を継続。警備の兵士も数で上回られ、城門は恐らく彼らの支配下に置かれました」

 

 街の状況は完全に彼らの思うがままであるといって過言では無いだろう。この砦が十分なほどに兵力が集中している分、街自体はその真逆ということになる。砦の守護に注力し過ぎた結果が、あの虐殺騒動なのだ。

 

「……そして敵の指導者は、フラントニア帝国の軍属と名乗った、雷を自在に扱う始祖族です。ヨードルは、その始祖族にやられました」

「彼は今でこそ現役を退いているが、昔は名の知れた勇士だった。その彼があそこまで追い込まれたということは……やはり、厳しいな」

 

 イーリスの顔が露骨に険しく歪む。敵に始祖族がいるということと、それに対抗しうるはずの戦力をもった始祖族の将官がこの場にとどまっているということの双方が、事態の深刻化につながっているのだろうか。頭を振った彼は、切っ先を下に下ろしたままその霊剣を僕に見えるように差し出した。

 

「私の能力は、自身の霊剣の欠片を介して遠方の人間が聞いた音を知覚するというものだ。砦を外部の脅威から防衛することにかけては私に勝るものはいないと自負しているが、こうも懐に暴力の権化が侵入されてはな……せめてカタリナ様がこの場にいたら良かったんだがね」

 

 まるで他人事のようにそう続けるイーリスの言葉。それを責任感の欠如と断ずるか、それとも本当に手詰まりになってしまったと考えるべきか。ただ、事実あのマオに対抗しうるだけの戦力は砦にはいないのだろう。堅牢な砦そのものについては彼ら反乱兵に始祖族の戦士を一人加えたところで攻め落とされることだけは無いだろうが、だが街の状況は悪化の一途に違いない。そしてこのままこまねいていれば、下手をすれば更に敵の兵が増強される恐れすらもある。膠着状態は、間違いなくこの砦にとっては悪手である。

 

 

 このヴァローナを陥落させることも無く、そしてあの始祖族をどうにかできるための唯一の鍵。それは、今はこの場にいないカタリナ様の存在だろう。ヨードルが最後の力を振り絞って僕たちを広場から連れ出したその間際、彼女はマオに戦いを挑んだ。思えばカタリナ様があの始祖族の注意を引き付けてくれたおかげで僕らはここにいるのだから、命の恩人と言えるかもしれない。

 

 果たしてその起死回生の一手はどうなっているのか。それを考えるよりも早く、表情を一気に険しい顔に変化させたイーリスが重々しく口を開いた。

 

「……中央広場に放った兵士の耳から今聞いたよ。カタリナ様が、広場にて磔とされているらしい」

 

 僕たちは、その最後の一手でさえも失ったというのか。彼の視線は、僅かに聞こえる不気味なほどの歓声に沸いた中央広場へと向けられていた。

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