記憶の無い僕と黒い刃の彼女   作:丸いの

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23. 決して英雄などではない

 殿下の元で副官になるという表明をした後は、身元の整理に追われた。元々大してありもしない荷物をまとめるのは苦ではないが、こんな短期間とは言えどもお世話になったヨードルには真っ先に話を伝えに行きたいと殿下に頭を下げた。

 

 にべもなく却下されることも覚悟の上だったが、案外彼女は首を即断で横に振ることもなく赦しをくれた。勿論僕とナインには監視の目として兵士が付くこととなったが、それでも一度脱走を企てた人間に自由が与えられたというのは破格の処遇だろう。

 

 

 ヨードルの身柄は、砦の中から商工会の受付所からほど近い診療所へと移されていた。もう一週間近く前になるあの武装蜂起の場面で、彼は僕以上に痛手を負っている。なんたって両手が黒く焦がされるほどの雷が直撃し、普通ならば絶対安静のはずだというのにマオを打ち倒した直後に中央広場へと殺到した兵士たちの最前部には彼の姿があったほど。気を失う寸前に見た光景のためか、両手を包帯で巻きながらも長槍をかざして走り出すヨードルの姿は今でも目に焼き付いている。

 

「……ツカサちゃんには言ったわよね。彼らはアタシと同じ北部人。同郷の人間がやったことには、けじめをつけなきゃいけない」

 

 しかしその代償は大きかった。応急処置すらも満足ではない状態で更に体を酷使した結果、彼はもう槍を握れなくなってしまった。手の先の感覚が消え失せて、槍どころか小さなペンを持つこともままならない。

 

 診療所に訪れた僕を出迎えるために起き上がろうとした彼の巨体が崩れ落ちた瞬間、その異常に気が付いたのだ。ぎこちなく体を起こそうとする最中、ベッドのすそを掴もうとして力なく空振りする彼の手のひら。その後に、彼はぎこちなく苦笑いをしながら自身の状況を述べたのだ。

 

「こんくらいやすい物よ。だってまだ腕以外は元気で、生きてこうやって街並みを眺めていられるもの」

 

 肘から先の自由が奪われたというのに、彼は穏やかにそう言い切った。敵将の持つ雷撃の強大さが、今になって目の前に突き出された気分だ。ヨードルの命こそ奪われなかったものの、もろに直撃した腕は筋肉を動かすこともままならない傷を残したのだから。

 

 それとは裏腹に、僕は幸運にも目立った後遺症も無くこうやって自分の足で地面を踏みしめている。あの強力な雷撃が腕や足を掠め、戦いの終盤では膝から下が動かなくなるほどにダメージを受けたのにもかかわらずだ。それがただ後ろめたく、少しだけ俯く。

 

「そんな顔を浮かべないでちょうだい。自分のなすべきことをやって、その結果がこれってだけの話。むしろ荒事から身を置いたこの生活に、ようやく本当の意味で向き合えるかもしれない良い機会よ」

 

 意味も無く謝ろうとした僕の言葉を封じるように、彼は窓の外の遠くを見ながら言う。この街の守護を取り仕切る将官のイーリスは、ヨードルのことを古い友であると同時に昔は名の知れた勇士であったとも言っていた。どれほどの修羅場を潜ってきたのかも分からない彼だけど、羽を休ませると言うその姿には確かな説得力があった。

 

「つい数日前に雇ってくださいと頭を下げてきた大人しそうな若い男の子と女の子が、今じゃ立派な始祖殺しなんてね。アンタたちのおかげで、あんなことがあったのにヴァローナはまた活気を取り戻している。感謝こそすれ決して恨みなんてないわ」

「……この街が、好きなんですね」

「当然、大好きよ。傭兵をやめた後もこの街に身を捧げてきた。それは槍を持てなくなったこれからも変わらないわ」

 

 彼はそう即答した。北部人である彼が故郷ではなくヴァローナという街に人生を捧げるだけの理由は知る由もない。でも確かに彼にとってこの街は、たとえ体の自由を奪われようが護るだけの何かが存在するのだろう。

 

 

「……ツカサちゃんはこの街とは関係のない人のはず。だけどアンタは、命を顧みずにただ親子を助けるがために殺戮の中へ飛び込んだ。あの日、アタシはツカサちゃんのことを傭兵のようだと言ったけど、訂正するわ」

 

 診療所の一室の中に流れる静かな空気に乗せるようにして、ヨードルは言葉を紡ぐ。思い出すのは、あの戦いの中で初めて明確に敵の兵に己の意志で刃を向けた瞬間だ。それが戦場の狂気に蝕まれた僕がとった凶行なのか、それとも失ったはずの過去の記憶に引きずられたが故なのかは未だに答えは出ない。

 

「アンタの在り方は、傭兵じゃなくて英雄よ。遥か昔、世を滅ぼそうとしていた悪魔たちから民衆を救うために戦った大英雄プリムス様と同じ……戦姫様がツカサちゃんを欲したのも、分かる気がする」

 

 あんな曖昧な――根拠の分からない強迫染みた衝動に突き動かされたゆえの行動が、そのような言われ方をするのは、正直に言って本意ではない。彼の言う大英雄プリムスの話は、それが創作か事実かはさておき古文書に残る限りの最古に生きた紛れもない偉人の英雄譚だ。

 

 世界を滅ぼさんとしていた強力な魔将やそれらを束ねる魔王との間で繰り広げた幾多もの戦いは、大英雄を崇める宗教によって長きにわたって言い伝えられ、今でもほとんどすべての市民が知っていると言っても過言じゃない。

 

 そんな完全無欠な英雄と、僕のような自分の行動の理由すらも分からない半端者は、決して重なるものじゃない。それに英雄ならば、理不尽な暴力が人に降りかかるのを決して看過しない。だから武装蜂起で幾多もの人間が殺されるのを自分の命のために黙殺し、そしてクアルスの街でフィンがアリアスに殺されたことすらも防げなかった僕は、英雄という肩書に比したら役者不足に過ぎる。だから――

 

「――ツカサは、英雄じゃないよ」

 

 僕は英雄じゃない、そう僕の口が発する前に隣からその言葉が響いた。感情を一切含まないとても平坦な声。そんな冷徹さすらも匂わせる言葉を発したのは、ずっと僕の後ろで話を聞いていたナインだった。

 

「英雄なんかじゃなくていい、ツカサは一人の人間だ。有象無象に英雄でいることを強いらせられる姿は……私がさせない。そんなツカサは見たくない」

 

 彼女が言わんといていることの半分も理解は出来てはいないだろう。それでも、ナインもきっと僕と同じように英雄という呼び名がもつ重さを感じてくれたに違いない。だからこそ、彼女は明確な意思をもって英雄という言葉を否定してくれたのだ。

 

「……英雄であるというのは、きっととても大変なことよ。プリムス様も絶対に苦労をしたはず。でもあなたの成し遂げたことは他者からみてそう呼びたくなるものなの。多勢に無勢、それも敵将は無双の始祖族。そこへ飛び込んで、時間を稼ぐどころか敵将を打ち倒す……」

 

 ゆっくりと口上にあげられた自身のやってきた出来事。僕がもし、砦のなかで敵の襲撃に怯えていた市民の一人だったら、そんな状況をたったの一人でひっくり返した存在がいたらどう思うだろう。

 

 たとえその人物がどう取り繕おうが、きっと僕だって心のなかで感じるはずだ――

 

「……ツカサちゃんの意思とは関係なしに、みんなあなたを英雄だと考えるわ。帝国の脅威が増すこのご時世、人は新しい英雄を求めてる。アタシですらも、あんたたちがもしかしたらこの国をも変えるかもしれないなんて思ってる」

 

 彼のような歴戦の勇士がそんなことを本心から言うはずがない、そうどこかすがるような視線で彼を見つめても、ヨードルはただ首を振るだけ。

 

 昨日にイーリスやカタリナ殿下が言っていたのは、そういうことだったんだ。ヨードルや砦の兵士のように、もしかしたら僕の存在を知る人たちが英雄という虚像を僕へと求めたならば――。

 

 もはや、自分自身だと言うのに自由に動くこともままならない。もしかしたら、この診療所の部屋の外で待機している兵士たちも、そんな熱にあてられたのではないか。そんなことを考えた瞬間に、自分が取り返しのつかない場所に至りつつあることを思い知る。

 

 

「アタシは、いつの日かアンタ達が自分自身のたち位置に向き合えることを、この街で祈ってるわ」

 

 最後にかけられた彼の言葉は、激励であると共に、中途半端なたち位置に居続けることへの警告である。無言で後ろを歩くナインを伴い砦に向かいながら、頭の中でそんなことをずっと堂々巡りのように考えていた。

 

 

* * *

 

 

「うん? ボク達は明日にはここを発って王都へと向かうんだよ。言ってなかったっけ」

 

 副官としての記念すべき最初の指令、これからの雇い主となるカタリナ殿下に言われたのはそんな突拍子もない一言であった。

 

 

 

 再び逃げ出そうなんてそぶりも見せずにただ兵士たちに従うまま砦へと戻ってきた僕たちを、カタリナ殿下はすぐに彼女の自室へと呼び出してきた。将官などという役職なのだからきっと何人もの部下を従えているのだろう、そんな予想は早々に裏切られることとなる。

 

 兵士たちに案内された方向は、イーリスたちと中央広場への突入に向けた作戦会議を行った、砦の中枢からはやや離れたところに向けてだ。同じ砦の中だと言うのに、まるで隔離されたかのような東塔の入り口に差し掛かったところでようやく違和感が芽生えた。

 

 殿下は、本当にこの砦の将官の一人なのだろうかと。イーリスと同じく砦の守護を司る将官という役職なのに、いくらなんでも彼女の私室は兵たちの居住区から離れすぎだ。それに、この東塔そのものも他の兵の気配なんてほとんど感じられない。

 

 

 ナイン共々彼女の部屋へとたどり着くやいなや、兵士たちが出ていったことで僕たち三人だけが取り残された。どこかまた警戒心を露にして目を細めるナインと、真逆に僕たちを興味深そうに眺めて口角をあげるカタリナ殿下。そんな二人に挟まれた僕は、ただひたすらに殿下がなにか喋るのを無心で待ち続けた。

 

 明らかに思っていたのと何かが違う。仮にも僕は、このアストランテ王国の高貴なる血族の一員である第三王女カタリナ・フォン・アストランテの軍部における直属の配下となったのだ。だからもっと格式ばったパフォーマンスでもあるのかと思っていた。例えば、何人もの目の前で肩口を剣で叩くとか、そういうものだ。

 

 しかし気が付けば、こんなどう動いて良いのかも分からない有様だ。僕の短く貧相な記憶の中には、始祖族それも王家の血縁者に対してどのようにふるまえば良いのかなどという情報は欠片も存在しない。下手に口を開くわけにもいかず、カタリナ殿下がようやく椅子に腰を下ろしたことで少しばかり肩の荷が落ちる始末。

 

「さてと、これで君たちはボクの副官だ。早速だけど、最初の任を与えようか――コホン、明日の出発よりも前に、ヴァローナに残されたツカサの痕跡を見て回ろうか」

 

 そんなさも当然のように、ヴァローナを後にすると言ってのけた殿下の宣言に思わず聞き返したことで、あの冒頭の言葉へと続いたのだ。

 

 

「……あの、殿下はヴァローナの将官になられたのでは?」

 

 数秒間考えて、そんな疑問を口にする。カタリナ殿下は、つい数日前にこのヴァローナへと訪れてこの砦の将官へと就任したはずだ。だからそんな来て早々にヴァローナから出るとは何故なのか。

 

 すると彼女は、「正確には違うのさ」と言いながら少しばかりの苦笑いを浮かべた。

 

「確かにボクは将官待遇だけど、この砦の正式な所属じゃないんだ。ちゃんとした肩書きは、特務将官。代替の人員が配置されるまで臨時でいろんな土地で任に就く、まぁ言ってしまえば便利屋さ。加えて通常の将官とは違い直属の部隊も持たない、身軽なもんだよ」

 

 ちらりとナインを見ると、彼女も不思議だと言わんばかりに首をかしげている。まるでフリーランスの傭兵のようなたち位置に、この国の第三王女であるカタリナ殿下がいるのは、どう考えても不自然な話だ。

 王都サンクト・ストルツには、軍部のなかでも誉である近衛隊が存在する。軍人であると同時に王族であるカタリナ殿下は、そんな近衛隊の指揮官であってもおかしくない。いやむしろ、こんな特異な状態に比べればよほど自然とすらも言える。

 

「元々、イーリスの下には別に数名の始祖族の将官補佐が就くはずだった。でも南部の軍備を維持するために彼らはまだ動けないでいる。ボクに宛がわれた役割は、そんな穴を埋めるということになっている」

 

 だからこその、"特務"将官ということなのだろう。必要に応じて各地を渡り歩き、その場所の主戦力として力をふるう。だが結局何故彼女がそんな立場にいるのかは聞くことは出来なかった。聞けば答えてくれたのかもしれないが、そもそも僕にはカタリナ殿下へそんなことを尋ねる勇気など無い。

 

 

「伝書鳥を飛ばして王都に武装蜂起の件を伝えたら、案の定すぐに答えは帰ってきたさ――特務将官カタリナは、即時王都へ参上されたし。海路は海流が不安定ゆえ、陸路により参られよ」

 

 カタリナ殿下は、机に置かれた一枚のごわごわとした紙をつまみ上げながら読み上げた。赴任してからまだ数日の将官を再び呼び寄せるとは、国の中央は相当今回の一件を重く見ているのだろう。もっとも早い伝達手段である伝書鳥を使うだけでなく、帰路についても指定してくるなどただ事ではない。

 

 しかし、陸路を使うという決定に関してだけは幸いであったかもしれない。海路となると港町クアルスを発着する連絡船を使う可能性が高く、そうなれば僕は再びあの街へと行くことになっていたのだ。フィンを見殺しにして、そしてジャンヌさんにも背を向けた、きっと僕という存在がもう居てはいけない場所。住み慣れていた街を、僕は自分の手で禁足地へとしたのだ。

 

 

 一端この話は仕舞だと言わんばかりにカタリナ殿下は手をポンと叩いた。

 

「さて、君たちは過去を探していたんだっけ。色んな場所に散らばった、ツカサ自身すらも知らない過去の断片を」

「……そうです。ですが、明日にヴァローナを出発するとなると――」

 

 少し言葉を切って、ナインを流し見る。僕は、ヴァローナという街に自分の痕跡がどれほど残っているのかを知らない。だから今日一日で過去の断片を探しきれるのか、それどころか最悪今この時に探さなくても支障はない程度のものなのかすらも分からない。だから、唯一過去の僕を知るというナインに判断をゆだねるほかは無い。

 

「……どうしても、この街で一か所だけツカサに見せたい場所がある」

 

 彼女は少しだけ考える素ぶりを見せた後に、小さな声で囁くように言った。その言葉を聞いて、少しだけドクンと心臓が鳴った気がした。彼女がそう言ったということは、きっと本当にヴァローナには僕が関与していたであろう場所があったんだ。

 

 クアルスの海辺で漁師たちに命を救われてから今日にいたるまで、初めてこの半年間以外の痕跡を見つけたのだ。表情だけは努めて平静さを保っていても、内心はざわめきだしたまま。

 

「でも、私たちだけではきっと行けない場所にある。だから……」

 

 口惜しい、そうありありと表情に出してカタリナ殿下へ視線を向けるナインとは対照的に、殿下は笑顔を深くして楽し気に頷いた。

 

「ふぅん、ボクならば行けるところかい。良いよ、連れてってやろうじゃないか。君らの過去探しとやらは、暇つぶしとしちゃあ十分過ぎる娯楽だ。それに言われなくても付いていく気だったさ」

 

 ヴァローナにおいて僕とナインが行けないけど殿下が入れるところとなると、自ずと候補は限られてくる。それは中央広場近辺や薄暗い路地の奥地なんかではなく、立ち入るのに身分が必要な場所。恐らくは僕たちが今居る、この砦の敷地内のどこかということだ。

 

 殿下が僕の過去を探すという行為を、宝探しか何かのように思っているのは、こちらとしては都合が良い。彼女の興味が続く限り、きっと副官としての身分でいる内も合間を縫って過去の痕跡を探し続けることが出来るかもしれない。

 

「じゃあ……ナインだったっけ。君、その場所まで案内してくれよ」

 

 今や、この部屋の中で殿下が最も僕の記憶をたどる行為に乗り気へとなっていた。そんな不可思議な状況に困惑さは勿論あるが、それ以上に今は利用をしようという思いが強い。せめて彼女が乗り気でいる内にある程度の情報が揃えられれば良い。

 

 それまでは、僕は彼女の副官でいつづけよう。彼女が僕の過去を探すという行為どころか、きっと僕という存在そのものに飽きるであろうその日まで。

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