記憶の無い僕と黒い刃の彼女   作:丸いの

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第四話「地を統べる都サンクト・ストルツ 開戦」
31. 古から続く巨大都市


「陛下、城門から報告です。ヴァローナよりカタリナ殿下がお戻りになりました」

 

 曇天の下に広がる庭園で、一人の士官が膝をついていた。

 

 数百年以上もの間アストランテ王国という巨大な国の中枢であり続けた王都サンクト・ストルツ。古の時代から続くと言われるその広大な都は、灰色の雲の下にあろうと旧来から姿を変えない数多くの建造物により厳かな雰囲気を放っていた。

 

 海岸線から内陸に向かうなだらかな丘陵地帯までをその身に納めた王都は、ヴァローナのように全周を堅牢な城壁で街の内外を完全に仕切っていた。古来から続くこの強固な守りこそが、建国以来この王都が決して外敵に攻め込まれることが無かった所以の一つでもある。海路、そして陸路。この都に続く道はいくつかあれど、そのすべては一度城壁に点在する門を通してのみ内部へと入ることができる。

 

 

 そのいくつかある城門の中で王国北東部へと続く街道に立ちふさがる方角を眺め、壮年の男が目を細めた。目の前で膝をつく士官から伝えられた報告、それは彼が待ち望んでいた存在がようやく帰ってきたということだ。

 

「カタリナは壮健か」

「報告では、カタリナ殿下並びに副官二名は異常無しと伺っております」

 

 淀みなく帰ってきた返答を耳に入れた男は、喉を震わせて笑う。まるで慈しむように、そして愉しげに。街を見下ろす庭園の中に、彼のくつくつとした笑い声だけがしばらくの間響いていた。

 

 分厚く空をふさぐ雲は一層暗さを増していき、一滴の雨が額を濡らすと同時に男は士官へと振り返った。ぽつぽつと降り始めた雨が顔や銀色の髪を濡らしはじめようと、決してそれを乱雑に振り払うこともしない。水滴が滴り落ちるしわが刻み込まれた貌、しかしそこには老いというよりも底を見せない深い意志が感じられた。

 

「実に良い日だ。そう思わないか、クーベルト」

「……ええ。カタリナ殿下の到着で、ようやく状況が動きましょう」

 

 雨が降り始めた中で男は口角を吊り上げた。その足はすでに庭園の入り口へと向かい、それに連れだって士官もまた歩き出す。小雨が段々と石造りの地面を激しくたたくようなものへと変化を遂げようと、足取りは乱れることも無く笑顔は決して消えはしない。ようやく待ち望んでいた存在が王都に揃い、思い浮かべているシナリオが始められるのだから。

 

「余の元へ集うよう、各員に通達せよ」

「仰せのままに」

 

 

 庭園と城を繋ぐ回廊で、士官は敬礼をしたまま男を見送った。武人たる硬い表情を崩さずに姿が見えなくなるまで直立をし続けた彼は、ようやくその影が見えなくなったところで疲れたようにため息を吐いた。少しだけばつの悪そうに険しい顔をした彼の元に、回廊の脇に控えていた兵士が歩み寄る。

 

「佐官殿、私どもが手配いたしましょうか」

「……そうだな。カタリナ様以外については諸君らに伝言を任そう」

 

 額を揉みながら、彼は対象となる人物の名前を兵士へと伝えた。今回の話し合いに向けてこの国の各地や軍部から呼び寄せられた重鎮たち、その中にはこの国の王族の名前も当然のように含まれている。それらの名を列挙するうちに、兵士の額に汗がにじんだ。

 

「……承知しました。早急に対応します」

「頼む。それでカタリナ様は……城門を抜けた後、馬車を検問に託してそのまま何処かへ行った。そうだったな?」

 

 彼――ギュンター・クーベルトの表情が優れないのは、決してこの国の重鎮たちを集めるという行為の重責に悩んでいるからなどではない。それはひとえに、召喚しなければならない面々の中の一人、カタリナ・フォン・アストランテの行方が不明である故だ。

 

 普通であれば、王都からの召喚に応じたならばたどり着いたその足でまずはこの宮殿にまで訪れて然るべきだ。しかしそんな常識に必ずしも合致をしないのが、カタリナという存在である。クーベルトは、それを痛いほど理解をしていた。

 

「検問の報告では、伝書に記されていた副官と思わしき二名の若い男女を連れて市街地に向かったとあります。とりつく島も無かったそうで……」

「普通ならばその検問の兵を叱咤すべきなのだろうが、カタリナ様相手ならば大目に見よう」

 

 人員の再配置に伴い防御が手薄になったヴァローナへ特務将官として派遣されたカタリナを急きょ王都へと呼び戻す。それも一日でも速く到着させるために、危険な陸路を指定する。かなりの異例な対応ではあるが、言い換えればそれだけの状況であるということ。だからこそ、速やかに陛下の御前へと連れてこなければならない。

 

 日が沈む前までに、殿下を何とかして見つけ出してこの宮殿へと引きずっても連れてこよう。それが出来るのは現状己しかいない。それが、長年カタリナという人物と関わってきたクーベルトが出した結論だった。

 

「カタリナ様は、私がどうにかしよう。殿下の行きそうなところは、いくつか心当たりがあるからな」

 

 軍衣を翻して回廊を足早に歩き出した彼の表情は、やや苦々しいものだった。

 

 

* * *

 

 

 王都サンクト・ストルツ。アストランテ王国において最大と言われる巨大な都市を一目見た印象は、ともかく大きいしすごく栄えているなといったものだった。街を囲む城壁の堅牢さは城塞都市ヴァローナにも匹敵し、そもそもの広さについては東部の中核であったクアルスが丸ごと入ってもなおもお釣りがあるくらいだ。

 

 街に入る前、それこそ街道から遠目にその姿を捉えた時点で巨大都市の姿は異様に目に映った。縮尺を間違えたかのようなスケール感、それは街中に入ってからもずっと続いていた。

 

 言いたくはないけど、こうして実物を見るとクアルスとは大違いだ。田舎と都、大袈裟かもしれないけどそう言いたくなるほどの差がある。

 

 例えば、僕たちが歩いてきた道の両脇に立ちふさがる建物郡だってそう。ただの雑貨店や宿屋が立ち並ぶこういった繁華街地区は、当然交易が盛んなクアルスにだってあった。でもその屋根の高さや奥行きといった規模が明らかに巨大なのだ。

 

 馬車を検問所に預けてから今まで、ずっと僕の視線は物珍しさに踊らされてあちらこちらへとふらふらしていたことだろう。まるで小さな農村から生まれて初めて街へとやって来た民のようだ。

 

「……ところで殿下、ここで時間を潰してよろしいのですか?」

「ツカサ、今のボクは殿下じゃない。ちょっと良いとこ出の町娘カタリナだ」

 

 ヴァローナを出発し、深層の森林リオパーダで襲撃を受けつつも何とか抜けて、ようやく目的地である王都にたどり着いた僕たちがいるのは、何故か一件の酒場だった。

 

 外観よりも広目の内部に加えて、客の数もかなりのものだ。まだ日も落ちていないというのに酒場のなかはグラスをうちならす音や喧騒で溢れかえっている。ならば客層はどんなものかと注目すれば、荒々しそうな雰囲気をまとわせる屈強な男の人が多数派だ。

 

 そんな如何にもといった大衆酒場において、僕たちは完全に少数派の客だ。そもそもの面子からいって、フードを被ったままの若い女性と大人しそうな少女、そしてそこらの客よりもがたいの細い僕といった荒事とは無縁そうな面々。一番正体が知れたら問題そうな殿下自身が、今は街娘という設定で振舞っているほど。それに机の上の物だってせいぜいが簡素な軽食とパンくらいなもの。酒盛りをしている連中に比べれば随分とおとなしい。

 

「……カタリナさん。僕たちの最終目的地は、宮殿ですよね」

「そうさ。あのデカブツ、城門からでもよく見えやがる」

 

 街全体が小高い丘のようになっているため、その頂に広がるこの国の施政の地である宮殿の姿は街に入った瞬間からかなり目についてはいた。だからこそ、そこにたどり着かず酒場に迷い込んだなんてわけはないのだ。そもそも殿下自身が第三王女という肩書きなのだから、迷うはずも無いのだけど。

 

 カタリナ殿下は酒場の内部を興味深そうに観察しており、ナインも時折周囲を見回したりふと僕の方をじっと眺めて二三雑談を交わしたり。つまり、この状況に違和感と居心地の悪さを感じているのは僕だけということになる。

 

 

 現状の僕たちは旅や商売でここまでやって来たのではなく、急な用により王都に召喚された状態だ。それにその途中で王国の息がかかった暗殺者により襲撃を受けるという事態にまで見舞われた。だから、こんなところで時間を潰すほどの余裕は本来無いはずである。

 

 しかし上官であるカタリナ殿下がそうなのだから、現状彼女の副官でしかない僕はその意向に従うまでだ。ただ、少なくとも意見の具申くらいはする。

 

「ならば、宮殿まで急いだ方が――」

「伝令には明日までに到着しろと書かれてた。つまりその伝令に従うならば、今日中に行かなきゃならないわけじゃない」

 

 しかし返ってきたのは、にべもない怪しげな理論のような何かだ。きっとこういうものを屁理屈って言うんだ。

 

 

 一応、理由も何もなくこんなところにいるわけではない。わざわざ酒場に入ってこうして周囲を観察しているのは、殿下曰く市井に流れる情報の収集のためである。

 

 周辺の席で酒を飲む屈強な男たちは、どうやらその大半が傭兵を生業としている人々であるらしい。そんな客が集うこの場所も、そんじょそこらの普通の酒場というわけではない。ここは、仕事の斡旋場も兼ねた傭兵ギルドの受付本部であるとか。

 

「ここはヴァローナとは違って傭兵専門のギルドが存在する。正規兵と傭兵の区分けがしっかりとされている証拠さ」

 

 たったの数日間だけとはいえ、僕はヴァローナの街で傭兵と接する場所で働いていたから分かる。ヴァローナでは商工会が傭兵のあっせん事業までを担っていたが、王都では独立したまとめ役というものが存在するらしい。

 

 確かに年がら年中傭兵部隊という物が組織されて正規兵と傭兵が事実上殆ど同じ立ち位置にいたあの街と比べたら、王都のように独自の軍が精鋭部隊として組織されているような環境では傭兵に関する価値観も大分違うのだろう。

 

「眺めているだけでも得られる情報は多いよ。ここには随分と腕前の良いであろう連中が集まっている」

「……そんなことも分かるんですか?」

 

 果たして、そんなこと僕にとってはさっぱりだ。確かに屈強でガタイの強そうな人々がそろっていることに間違いはない。でもそれはヴァローナの街だって同じことだ。何なら、彼女と会ったその日にカタリナ殿下が罵詈雑言を吐き捨てた傭兵の人々とパッと見でそう変わるようなものには感じられない。

 

「さてどうかな。ナインは分かるかい?」

「品行。私たちのような非戦闘員のような見た目の一団がいても、遠巻きに見ることはあっても絡んではこない。この時点で、ここにいる集団は最低限の統率は取れていることが分かる」

 

 一方のナインは即答だった。確かに彼女の言う通り僕たちがこの机についてから今まで絡まれてはこなかったが、それが彼らの品行の良さというものにまで頭は行き着かなかった。確かに言われてみればその通りであるが、やはりどうにもそっちの方向に関しては彼女たちほどには頭が回らない。

 

 しかし傍から見れば僕たちは非戦闘員の集団なのか。その実態は、この王国の第三王女にして戦姫とまで言われる苛烈な戦士、儚げな見た目とは裏腹に敵兵を容赦なくナイフで屠る少女。そんでもって自分で言うのもなんだけど、完全な自力ではなくとも始祖族を二名葬った始祖殺し。もし僕が完全な第三者で尚且つその実態を把握していれば、何も言わずに遠ざかるような顔ぶれである。

 

「正解だ。実戦での力はどうであれ、兵としての統率は問題無いだろう。そして言い換えるなら、それだけの人員をここに集めるだけの事態をギルドが想定しているってことさ」

 

 傭兵が必要になる事態、つまり正規兵だけでは対処ができないほどの戦乱。どこか含み笑いを浮かべてこちらを見つめる殿下が考えていることは、王都にたどり着くまでの道すがらで話し合ったことから考えて何となく察することはできる。

 

 

 リオパーダを抜けた日の夜、僕は自分とナインのことをカタリナ殿下へと包み隠さず伝えた。ナインと僕が出会った切っ掛けのスターランテ号海難事故、その仕掛け人であるアリアスや衛兵たちとの闘い、そしてナインがいくつかの勢力に追われているということも、全てを話したのだ。

 

 その全てを聞いて殿下は一つの考えを口にした。ナインをつけ狙う勢力は二つに大別される。一つは、リオパーダで襲撃してきた始祖族の男やクアルスの衛兵団が関与している、アストランテ王国に関係する勢力。そしてもうひとつ目はアリアスが属していたであろう、おそらくフラントニア帝国に関与する組織。

 

 クアルスで平穏な日々を過ごしてきた僕には知る由も無かったが、ここ最近アストランテ王国の各地で不審な事件が多発しているという。そしてその大半が、フラントニア帝国の工作員が関与している疑いがあるらしい。今までは事件そのものが小規模だったが次第に激化し、クアルスの事件やヴァローナでの武装蜂起はその極致だという。思い返せば、ヴァローナで対峙した始祖族の戦士は、自身のことをフラントニア帝国の軍人だと名乗りを上げていた。

 

「最近になって激化する帝国の工作活動、急すぎる王都への呼び出し、そして極めつけは傭兵の増強。繋ぎ合わせて見ると、王国が何を考えているのか何となく予想はつくだろう」

 

 そこまで言われたら、殿下の言わんとしていることは誰だって分かるはずだ。対フラントニアに向けた急激な軍備。傭兵を動員するだけではなく、将官級のカタリナ殿下までもが呼び出されると来れば、もしかしたらただの予備的な対抗措置には済まないかもしれない。

 

 頭の中に、戦争という二文字が過る。今までたったの半年程度とはいえ戦乱とは無縁の環境で平和に暮らしていた身からすれば、戦争というものは対岸の火事よりも身近ではないものだった。だからこそ、今は真逆にその戦の可能性が燻る中心に向かいつつある現状が、実感として認識するのが難しい。経緯はどうであれ、カタリナ殿下の副官となったからには覚悟を決めなくてはならないのは分かっている。それでも、僕の頭の中にある一市民としての価値観はそう簡単に消えるものじゃあない。

 

 

 

「しっかし、ここの酒場に君らの痕跡が無いとはねぇ。ナインの髪の色なんて、相当目立つような代物なのに受付全員が知らんと来たか」

 

 来る嵐の予感に額に皺を寄せていると、殿下がシミジミとした口調でそんなことを言った。その内容は、僕たちが追うもう一つの謎であり僕にとってみれば現状における最終目標である、ツカサという人間の正体についてだ。

 

 情報収集と言った通り、カタリナ殿下は傭兵を眺めるだけじゃなく食事を注文する前にいくらか受付の人間と言葉を交わしていた。その最中で彼女はギルドの受付に僕やナインの姿に見覚えが無いかをそれとなく聞いていたのだ。

 

 僕はともかく、ナインの薄桃色の髪の毛はそうそう他にいやしない特徴だ。過去の自分が彼女と行動を共にしていたのならば、ナインの足取りを追えば僕にも繋がるであろうという戦略は、受付担当の知らぬ存ぜぬという一言で即座に潰えてしまった。

 

「ナインはツカサの過去を知っているんだろ? こう答えを知っている人間がすぐ近くにいるのにそ謎解きを続けるのは不思議な感覚だ。ああ、答えは言わなくていい。困難な問いの答えを探すのは暇つぶしには十分過ぎるからね」

「……これは、ツカサ自身が答えを見つけるのが重要。私は、答えは言えなくともそれを探すことへの協力は惜しまない」

 

 ナインがヴァローナで僕に縁があったという遺跡に案内してくれた時に、カタリナ殿下は一つの可能性を口にした。それは、僕やナインが傭兵稼業として各地を渡り歩いていたということ。ならばヴァローナに次いで傭兵が活発に活動しているであろう王都ならば、更なる手がかりがあるに違いない。その狙いは初日にして頓挫をした形だ。

 

 ナインの言う通り己の過去を知るという行為は、自分の手で探すからこそ価値があるといって過言ではない。それこそが今の自分を突き動かす意志の原点なのだから、そこばっかりは曲げるつもりもない。でもいくら何でも手がかりが無さ過ぎるとなれば、やはりナインにまたヒントを与えて貰わなければ前に進む切っ掛けすらも怪しいのが現状である。

 

 

「んじゃ食事も終わらせたことだしそろそろ行こうか。この酒場以外にも、ツカサに関する痕跡がありそうな場所はきっと――」

 

 立ち上がって次は何処に行こうかと言いだそうとした殿下の動きが、不自然に止まった。こちらもつられて、空になった食器をまとめる手を止めてしまう。楽しげだった表情はいつの間にかやや険しいものへと変化し、剣呑な目つきは酒場の一点を見据えている。

 

 ナインと顔を見合わせ、どちらもが首を傾げあう。周辺の傭兵や客たちに何か不審な動きがあったわけでは無いし、ナイン自身も心当たりがないといった様子だ。ならば殿下の視線の方向に何か怪しいものがあるかというと――そこには酒場に出入りする客に混じって、背の高い一人の男が立ち止まりこちらに顔を向けていた。

 

「……チッ。面倒な奴に見つかったな」

 

 その面倒な人というのは、きっと彼に違いないだろう。というか、それ以外に考えられない。なんたってこちらにまっすぐと視線を向けたまま大股で歩み寄り、その上カタリナ殿下に勝るとも劣らない非常に険しい表情を浮かべているのだから。

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