幻想郷は、斯くも残酷で   作:伊賀者

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3話 魔法の才能

 さて、しばらくのあいだアリスの家に滞在することになった辰巳であったが、彼は今、ものすごく暇を持て余していた。

 

 身体がよくなるまでいてもいい、とアリスは言っていたものの、辰巳はもう立って歩くことができる程度に回復している。

 気になることと言えば、多少手足が痺れる時があるくらいであるが、アリスによればそれほど気にする必要は無いとのこと。

 

 本来ならば、何かアリスの手伝いでもするべきである。しかし彼にはそれができない、というよりかはする必要が全くなかった。

 

 なぜなら、アリスが家事といったおおよそのことは、魔法を使って済ましてしまうからであった。

 

 そう、魔法である。

 

 流石は幻想郷、住んでいる人もなかなかにファンタジーをしている。

 辰巳の想像する魔法といえば、小さな杖から色々出すような、もとの世界で見た某超大作映画をもとにしたイメージである。しかしアリスの使う魔法は、杖などは使わず、基本的に人形を操るものだった。辰巳の考えるような魔法も使えるには使えるが、彼女自身の好みとは合致しないものらしい。

 

 その他にも、魔法で出した炎や水で炊事、洗濯など、多岐にわたる用途の数々。その様子は、何度見ても辰巳を飽きさせることの無い光景であった。

 

 そして、辰巳という男。そんな不思議で素敵なものを見せられて、黙っていられるようなタイプの人間ではなかった。

 

「な、なあアリス。そのいつも使ってる魔法? なんだけどさ。俺にも使えるようになったりとかは……する?」

 

 かなり自信無さげな様子で尋ねる辰巳。しかし、やっぱり魔法は使ってみたい、あわよくばアリス直々に教えて貰えたり——などと考えている彼は、今年で晴れて20代。まだまだ多感な時期である。

 

 ちなみに、辰巳のアリスに対する呼称について、始め辰巳は迷った挙げ句、アリスを「ちゃん」付けで呼んで見たところ全力で嫌がられたため、この形で落ち着くようになっていた。

 

「うーん、魔法ねぇ……」

 

 アリスは人差し指を口元に当てて考え込む。やはり無理なのだろうか。辰巳に早くも諦めの感情がよぎる。

 そして、アリスはやがて決心がついたように、

 

「いいわ、私が教えてあげる」

「ホントかっ!?」

 

 思いの外簡単に許可がおりた。辰巳としては、十中八九断られると思っていた魔法の指導。魔法というものについて、一家相伝、門外不出のようなものだと考えていた辰巳であったが、アリスにとっては違ったらしい。

 

「このご時世、身を守る手段の一つくらいは持っていたほうがいいものね」

 

 そう言ってアリスは、今までやっていた作業を中断し、テキパキとテーブルの上を片付けていく。そして、棚から分厚い本のようなものを取り出し、辰巳の目の前に置いた。

 まさか、この辞書みたいなのを全て覚えなければならないのか。そんな思いで辰巳はアリスを見る。

 

「心配しなくて大丈夫よ。少しずつ教えていくから」

「有り難え、暗記はちょっと苦手なんだわ」

 

 アリスの言葉に、辰巳は安心したように答える。この本を一日で読めとか言われたら、辰巳のやる気は一撃で粉砕していたところだ。

 

「それじゃあ、最初は簡単なものから始めていきましょうか」

 

 そう言って、アリスは指先からマッチほどの大きさの火を点す。風に揺らされながらも消えないその火は、いつ見ても摩訶不思議なものである。辰巳も真似して、自分の人差し指を立ててみる。しかし当然、その指からは何も出てこない。

 

「まず、魔法というのは、大気中に含まれている魔力を集めて発生させるの。こうすればわかるかしら」

 

 アリスは指先の火を消して、今度は辰巳の前に手を広げる。すると、その掌の周りに薄っすらと、白いモヤのようなものが集まっていく様子が見て取れた。

 

「この白いのが魔力か?」

「ええ、今は私が色を付けてるから見えているけれど、本来は無色透明よ」

 

 アリスの言葉とともに、その白いモヤは色を無くして消えていく。目に見えないものを扱っていくとは、どうにも難易度が高そうな話である。

 

「とりあえずこれを集める練習をしてみましょう。ちょっとコツがいるけど、そんなに難しいことじゃないわ」

 

 そう言ってアリスは、例の辞書のような本をパラパラとめくっていく。そして最初の方のページで手を止め、辰巳へと見せる。

 

「ここに魔力の集め方が書いてあるわ。この国の言葉に翻訳してあるから、あなたでも読めるはずよ」

 

 アリスの言うとおり、本の中身は日本語で書かれており、辰巳でも十分読むことができる内容となっていた。

 開かれたページには、魔力を扱うにあたっての心得や注意点、魔力の感じ方やそれにあたっての要点といったことが、図解を用いて事細かに記されていた。アリスもたまにこの本を開くのだろう、ところどころに小さな丸文字で注釈がなされている。

 

 辰巳はこれなら自分でもできそうだ、と気合をいれて文字に目を走らせる。

 と、そこでアリスが席を立つ。怪訝そうにそれを見やる辰巳に、アリスは悪いけど、と続ける。

 

「私は少し用事があるから、昼過ぎまで家を空けるわ。それまでにそこに書かれていることを試してみて」

「了解です、師匠」

 

 そんな調子のいい辰巳の返事に、アリスはフフッと小さく微笑み、身支度を整えていく。

 本当なら、付きっきりで面倒を見るべきなのだろうが、本に書かれた内容は魔法を扱う上では初歩も初歩。大きな危険は無いだろう。それに、これから出掛ける魔法の触媒集めも、アリスにとっては大事な日課である。そう簡単に疎かにするわけにはいかない。

 

 そうしてアリスが出ていった家の中、辰巳は一人うんうんと唸りながら本を読み進めていく。ページをめくり、ああでもないこうでもないと手を突き出したり開いてみたりと、その動きは忙しない。彼は今日も、平常運転であった。

 

 

 

 

 かくして辰巳が魔法の練習を始めて数日、彼は毎日欠かさず特訓を続けていた。しかしそれは辰巳にとって、予想だにしない展開を迎えていた。それも、悪い意味で。

 

「やっぱり、ダメね」

「申し訳ない……」

 

 辰巳は今、両手を広げて何かを感じ取ろうと、体全体に力を入れて踏ん張っていた。多少不格好だが、本に書かれていた内容には沿っているらしい。

 そう、それはアリスが最初に提示した魔力を集める練習であった。

 

 なんと辰巳は、いつまで経っても魔力の存在を感じ取ることすら出来ずにいた。

 

 アリスにしても、このような事例は初めてだったらしく、彼女自ら教えようと努力してみたり、魔道具を用いて魔力の動きを見せてみたりと、あらゆる方法を試してみた。だが結局、辰巳が魔力を知覚することはできなかった。

 挙句の果てには、私の教え方が悪かったのかも、とアリスのほうが謝りだしてしまう始末。

 端的に言って、辰巳は泣きたい気持ちだった。

 

「そろそろ、別の方法を考えてみるべきね」

 

 打ちひしがれた辰巳を横目に、アリスは奥のほうからあるものを取り出す。そして辰巳へと手渡されたそれは——、

 

「何です、これ?」

「脇差ね」

 

 辰巳がそれを鞘から引き抜くと、そこには鈍い光を返す刀身が現れた。刃渡りおよそ40㎝の小刀であったが、生まれてこの方包丁以外の刃物に触れたことの無い辰巳は、若干腰の引けた様子でそれを持ち上げている。

 

「残念だけれど、あなたには魔法の才能が全く無いみたい。多分、これでも振っていたほうがためになるわ」

「さいで」

 

 哀れ、辰巳の才能はアリスが匙を投げるほどに壊滅的であったようだ。

 辰巳が何度も読んで、今や相棒とも呼べるほどになった本を、アリスはさっさと持って行ってしまう。辰巳の心に、何とも言えない寂寥感が襲う。

 

 しかし辰巳、この程度でへこたれるような精神力ではこの先生きてはいけない。ましてや、ここまでしてくれたアリスの行為を無碍にするわけにはいかない、と意気込みを新たにする。

 

 存外辰巳も、この危険な幻想郷で生活することに危機感を抱いてきたらしい。早速アリスに家の庭を借りて、素振りを開始する。

 

「ていっ、やあ! とりゃ!」

 

 力を乗せた大きな声とともに、辰巳は勢いよく脇差を振るう。

 辰巳は高校時代、剣道をやっていたというような過去を持っていない。彼は一端の帰宅部であった。その腕から繰り出される剣の腕は、当然見るに堪えない不格好なものである。

 

 重心はブレブレ、刀の握り方もよくない。しかし、その勢いと気合にだけは、目を見張るものがあった。

 

 そんな辰巳の姿を見て、アリスは彼に対する評価をほんの少し上げる。曰く、根性はあるみたいね、と。

 

 気付かぬところで、アリスからの評価を上げた辰巳は何故か、今までに感じたことの無いような爽快感を味わっていた。躍動感にあふれたその動きは、よくわかんないけど、刀を振るうのめっちゃ楽しい! という彼の内心を物語っていた。

 

 考えられる原因としては、今までずっと読書ばかり続けてい反動だろうか。何時間も、慣れない文字を追い続けていた作業は、思った以上に辰巳にストレスを与えていたようである。

 しかも、結果は散々。そんな嫌な記憶を頭の中から消し去り、辰巳は今、一種のトランス状態に入っていた。

 

「食らえ! 俺のっ、一撃!」

 

 誰に対して言っているのか、出てくる掛け声は完全に小さな子供がごっこ遊びのそれである。だが、それに反して辰巳の動きは、刀を振るうごとに徐々に最適化されていく。

 

 振り下ろす際の姿勢はこっちの方がいいかも、とか、握り方はこうするべきか、などと、普段運動をしない辰巳にしては、すんなりと自分の動きを意識的に操作する事が出来ていた。魔法と比べて、こちらの才能はそれなりのものがあったようである。

 

(やっぱり男なら剣だよ剣。魔法何てそんなの邪道だわ、うん)

 

 自身の魔法の才能の無さを棚上げに、辰巳は自分に都合のいいことを考えていた。全ての魔法使いに謝罪してほしいところだが、気持ちいい汗を流す彼は、お構いなしに素振りを続けている。

 この情熱をもっと早くに発揮していれば、辰巳はきっと大学でも青春を満喫することができていたのではなかろうか。

 

 気付けば辰巳は、やればやるほど上達していく感覚にすっかりハマりきっていた。彼の頭の中では、例の餓鬼と切り結び勝利する光景が浮かんでいた。当然、少し剣術をかじった程度で勝てるほど妖怪退治は楽ではないが、妄想するだけならば自由である。

 

 どれだけ素振りを続けていたのか、周りはすっかり暗くなっていた。

 辰巳はようやく素振りを切り上げ、汗だくの身体をそのままに家の中へと入っていく。

 

「随分と遅かったわね。少しは上達できた?」

 

 ソファで読書をしていたアリスが辰巳に声をかける。大きめのモノクルをかけて本を読む姿は、彼女の人形のような顔と相俟ってよく似合う。

 

「なかなかいい感じだぜ」

「そう、それは良かったわね」 

 

 アリスはそう言うと、視線を下げて本を読む作業に戻る。

 

「ああ、そうそう。お風呂を用意しておいたから、先に入ってらっしゃい。上がる頃には夕飯も作り終わるわ」

「お、サンキューな」

 

 言うが早いか、辰巳はバスルームへと歩き出す。ふと、台所に意識を向けると、トントンという包丁の音が聞こえてくる。おそらくは、アリスの人形達が料理をしているのだろう。いい香りが漂ってくる。

 

 そうして今日も夜が更けていく。幻想郷に迷い込んで数日、辰巳の日課に刀の修行が加わった一日であった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「今日にでも、人里に向かうわ」

「っ——、ようやくか」

 

 明くる日の朝、そう切り出したアリスに、辰巳は朝食のハムエッグを飲み込みながら返す。

 

 だいぶ長いことアリスに世話になってしまった。辰巳としても、今まで何もできないニートみたいな男を、ここまで面倒見てくれたアリスには感謝してもしきれない。

 だが、それも今日でお終い。辰巳の体は既に万全、いつでも出れる状態になっていた。

 

「それで、人里に行くにわたって、これを身に着けておいてほしいの」

 

 そう言って手渡されたのは、質素な作りをした首飾りであった。なにかの魔道具だろうか、少しだけ光を纏っているように見える。

 

「これを着けておけば、森の中でも瘴気を防ぐことができるわ」

「おっ、そいつは助かる」

 

 アリスから事前に説明を受けていたが、辰巳が魔法の森で感じていた胸を締め付けるような痛み、あれは瘴気によるものであった。

 確かに、何もなしにあそこを抜けようとするのは自殺行為だろう。最後までアリスには世話になりっぱなしである。

 

「それと、これね」

「何だこれ? ガスマスクか?」

 

 次にアリスが出したのは、何やらゴツい物体。辰巳の言うとおり、ガスマスクであった。

 

「ごめんなさい。胞子を防ぐための魔道具なのだけれど、今は持ち合わせがなくて用意できなかったの。換えのフィルターもあるから、それも使って」

 

 申し訳なさそうにアリスが言う。しかし、与えられるだけの辰巳が文句など言うわけにはいかない。辰巳は素直にそれを受け取る。

 

 それにしてもゴツい。手にとったそれは、見た目相応に結構な重量を有している。試しに被ってみるも、視界がかなり悪い。性能についてはお察しの通りであった。

 

  ついでに、ガスマスクをかぶった辰巳の姿にアリスは小さく吹き出していた。それを見た辰巳、やっぱりちょっと不安になってくる。こんな格好では、初めて会った人に変な奴だと思われるかも、と。

 

「それじゃあ、お昼前にはここを出るつもりだから、それまでに準備しておいて」

「分かった」

 

 そう言ってアリスは、朝食の片づけにかかっていく。アリスの指が動くに従い、人形たちがテーブルの上の食器類を持っていく。

 

 さて、言われたからにはさっさと行動しなければならない。辰巳はアリスから借りている部屋に戻り、準備を始める。

 しかし、持っていくものと言っても、辰巳はそもそも物をあまり持っていない。あるとすれば、ここに来た時に着ていた服ぐらいである。

 

 辰巳は少ない荷物をカバンへと詰めていき、アリス製の瘴気対策用の首飾りをつける。そして最後に、腰のベルトに脇差を携え準備完了。出発までまだまだ時間は余っている。思いのほか早く終わってしまった。

 

「出発まで何して時間をつぶすか……」

 

 辰巳が呟いていると、そこにふわふわと飛んでくる一体の人形。確かアリスが、上海と呼んでいた人形だったはずだ。

 

「何だ何だ? もしかして俺の暇つぶしに付き合ってくれるのか?」

 

 辰巳の言葉に、上海は首をコクコクと上下に振る。そしておもむろに、庭のほう指さす。

 

「ん? 外に行きたいのか? ってひょっとしてその動き、チャンバラでもしたいのか?」

 

 見れば、上海は手に持った小さな剣を振るそぶりを見せている。いかんせん身体が小さく迫力は無いが、動きは意外とキレがある。アリスには剣術の心得もあるのだろうか。

 

「よーしわかった、お兄さんがちょっち遊んでやろう。これでも結構動けるようにはなって来たんだぜ」

 

 言葉とともに、辰巳は庭のほうへと歩いていく。そしてそれに続いていく上海。

 そんな様子を部屋の陰で伺っていたアリスは、満足そうな顔で自室へと戻っていく。辰巳がおそらく時間を持て余すだろうと、最初から予想していたようだ。

 

 そうして人里に行くまでの間、辰巳と上海はチャンバラをし続けた。有意義な時間を過ごすことができたのだろう、出発前の辰巳の顔は晴れ晴れとしていた。

 

 勝敗については10対0、上海の圧勝であったことは言うまでもない。

 

 

 

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