幻想郷は、斯くも残酷で   作:伊賀者

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4話 新たな生活

 

 所変わって人里の入り口、辰巳たち一行はその門をくぐることができずにいた。彼らの目の前には、門番と思しき男が一人立っている。

 

「えーと、そこの人形使いの嬢ちゃんはいいとして、隣のお前、見たことが無いやつだな」

 

 門番の男は、アリスの隣に立つ辰巳へと訝しげに声を掛ける。

 

 それもそのはず、辰巳は今、とんでもなく無骨なガスマスクを着けており、その顔の一切を隠している。人里を守る仕事に就いている以上、こんなあからさまに怪しい人物を通すわけにはいかない。

 

「彼は外から来た人間よ。彼の今後について慧音と話がしたいから、ここを通してくれないかしら?」

 

 アリスの言葉に、門番は一応の納得はしたような素振りを見せるも、未だ半信半疑な様子。

 それを受け、アリスは辰巳にガスマスクを外すよう促す。

 

 辰巳がガスマスクを外すと、そこには暑さにやられて汗だくの顔が現れる。どうやらアリスに促されるまで、外すことをすっかり忘れていたようである。

 

「えっと、お仕事お疲れ様です。自分、怪しい者じゃないんで、中に入れてもらえません?」

「そうだなぁ。いやいや、しかしこっちも仕事なんでね、そう簡単に通してやるわけにはいかないんだよ」

 

 面倒くさそうに門番が言う。彼自身、人里の通行に関してそこまで神経質になる必要は無いと考えていた。しかし、ここは幻想郷である。目の前の人間が人の皮をかぶった、恐ろしい妖怪である可能性はぬぐい切れない。

 

「そうしたら、慧音だけでも呼んできてくれないかしら。忙しそうならまた日を改めるわ」

「ああ、わかった。今、慧音先生を呼んでくるから、そこで大人しくしていてくれよ?」

 

 門番は一人人里の中へと入っていく。しかし、見知らぬ人間を見張らずに放置とは、少し人里の警備面が不安になってくる。アリスが信頼されているのか、はたまた辰巳の鈍臭さに楽観視したのか。

 どちらにしろ、待てと言われたからには何もすることはない。辰巳達は少しの間、その場で待機する事になった。

 

 

 そうこうしていると、目の前の門が開いた。そして先程の門番の男と、その後ろから一人の女性が出てくる。

 少し青みがかった銀髪に、何やら小さな帽子のような物を乗せている彼女が、おそらくアリスの言っていた慧音という人物なのであろう。

 

「彼が例の?」

「はい。なんでも、外から来た人間だそうで」

 

 彼らは小さく言葉を交わしながらこちらへと向かってくる。そして、辰巳達の前に立つと、咳払いと共に話し始めた。

 

「初めまして、私は上白沢慧音だ。普段はこの人里で教師のようなことをやっている。それとアリスも、ここに来るのは久しぶりだな」

「あ、どうも初めまして、俺は米岡辰巳。外では普通の大学生をしています」

 

 銀髪の女性、慧音の自己紹介に辰巳が返す。しかしその返答、彼にしては珍しく敬語である。慧音の教師という紹介を受けてだろうか、特に理由もなく言葉遣いが丁寧になっていた。

 

 と、そこで、辰巳は慧音の教師という言葉に疑問を感じた。確かアリスの話では、里のお偉いさんと掛け合うとのことだったはずだが……。

 

 そんな辰巳の内心を悟ったのか、慧音は苦笑しながら付け加える。

 

「私は長いことここで暮らしていてな。過分にも、人々からは人里の守護者なんて呼ばれているんだ」

「なるほど」

 

 見たところ慧音の姿は若い女性のものだが、どうやら彼女は見た目通りの年齢では無さそうだ。おそらくはアリスと同じく人間ではない、人妖と呼ばれる類なのであろう。

 

 辰巳の言葉に続いて、アリスも会話に加わる。

 

「久しぶりね慧音。前に会ったのは博麗の巫女の件の時だったかしら。それで、彼についてなんだけれど、外の世界に帰るまで人里に住まわせてあげることは出来ないかしら?」

「ああ、そういうことか。今まではアリスが?」

「ええ、体を壊していたから、良くなるまでは面倒を見ていたわ」

「ふむ、成る程」

 

 外来人が人里に住むという事例は少ないものの、前例が無いわけではない。アリスとしても、断られることはないだろうと特に気負いもなく答えていた。

 

 

 しかし、その予想は裏切られることとなる。

 

「あー、辰巳といったな。すまないが、人里で君を受け入れることは少し厳しいかもしれない」

「えっ!? そりゃ一体、どうして……」

 

 まさかの入居拒否に、辰巳は唖然とする。アリスの方もまた、まさか断られるとは思っておらず、辰巳ほどではないにしても驚いた顔をしている。

 

「私も理由が聞きたいわ。確か、人里にはまだ空き家があったはずよね?」

「私としては当然、彼を住まわせてやりたいと思っている。人里の出入りに関しては、何とか出来るはずだ」

 

 ただ、と慧音は続ける。

 

「里の人々は今、これ以上無いくらいに気が立ってるんだ。彼女の――博麗の巫女のことが未だに尾を引いていてね。アリスの紹介とはいえ、彼らに他所の人間と生活を共にできるほどの余裕は、おそらく無いだろう」

「それは……、いえ、確かにそうね」

 

 アリスの知る慧音という女性は、幻想郷では稀に見る真面目な性格の持ち主である。そんな彼女が言うのだ、人里の状況はよっぽど悪いとみていいだろう。

 

 しかし、辰巳としてはそれでは困る。

 

「おいおい待ってくれよ。そしたら俺は、これからどうすりゃいいんだ」

 

 会話を遮るようで悪いと思いながらも、辰巳はそう言わずにはいられなかった。何せ、これからの生活のあてが無くなったのだ。なりふり構っていられない。

 

「アリス、すまないが――」

「……ああ、はいはい。わかったわよ」

 

 慧音の目配せを、アリスは即座に把握する。おおかた、辰巳の面倒をもう少し見てほしいといったところか。

 

「辰巳にはしばらくの間、人里に通って皆の信用を集めてほしい。危険な人間じゃないと分かれば、彼らもすぐに受け入れてくれるはずだ。それまでは――」

「私の家にいてくれて結構よ。乗りかかった船だもの、最後まで付き合うわ」

 

 慧音の視線に答えるようにアリスが言う。アリスと慧音の付き合いはそう長いものではないが、案外、気が合うようである。

 

「そいつは願ったり叶ったりなんだけど、アリスはそれでいいのか?」

「構わないわ。それに、一人きりの生活にも少し飽きてきたところだったの」

 

 冗談めかしたようなアリスに、辰巳は心をうたれる。彼には今まさに、アリスが地上に降りた女神のように映っていた。こんなよくわからない男を、一度ならず二度までも養ってくれるとは。これも彼女の往来の優しさのなせるわざだろう。

 

「もちろん、今日からはしっかりと働いてもらうわよ。幸い、人里に入ること自体は大丈夫みたいだし。何か彼にできそうな仕事はあるかしら?」

「うむ、そうしたら辰巳。君には何か得意なことはあるか? ああ、それと敬語は結構だよ。君は私の教え子というわけでもないからな」

 

 慧音自身、誤解されることが多いが、あまり堅苦しい会話は好みではない。それに、幻想郷でそのような言葉遣いをする者自体少ない。なめられたら終わり、ここは弱肉強食の世界である。

 

「得意なことかぁ。計算とかなら多少はできるな」

「算術となると、教師か商店の仕事といったところか。しかし、寺子屋の教員の数は足りているし、店に関してもいきなり雇い入れてくれるようなところもないだろうな」

「うぐ、確かにその通りだな」

 

 やはり、文系学生に就けるような仕事はここにはなさそうである。ついでに言うと辰巳、実のところ計算についても中学生レベルが関の山である。何故それを特技として挙げたのか。

 

「この際、四の五の言っている場合ではないわ。力仕事でもなんでもいいからやらせてあげて」

「となると、働き口はいくつか見つかるだろうが……。いや、ちょっと待て。そうだ、ちょうどいい仕事があるじゃないか」

 

 慧音は少し考える素振りをした後、何かを思いついたかのように辰巳を見つめる。よほどの妙案だったのか、心なしか瞳が輝いている気がする。

 

 

 しかしなぜだろう、辰巳の勘は途方もなく嫌なことが起きる予感を感じ取っていた。

 

「辰巳。妖怪退治をやってみないか?」

「妖怪退治かぁ。えっ、妖怪退治!?」

 

 妖怪退治というのは、あのバカみたいに恐ろしい妖怪を相手に、切った張ったを繰り広げるような仕事のことか? いや、いくら何でもそれはちょっと無理があるだろう。

 

「ちょっと慧音、正気?」

 

 アリスも無理だと思っているのだろう。なにせ、辰巳と妖怪の初対面の瞬間を目撃していたのだ。あの醜態を考えれば、辰巳に妖怪を相手にすることは難しいだろうと、容易に想像できた。

 

「いや、なにも危険の大きい仕事を任せようというわけじゃないんだ。簡単なものから始めてもらうよ。それに、人里での信用を集めるというのなら、これ以上ないうってつけの仕事のはずだ」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 慧音の言い分に、アリスは黙り込んでしまう。確かに、慧音の言うことは的を射ている。里の人々が妖怪を普段以上に恐れている現状、その恐怖の対象を相手にすることは、何よりも彼らの信用を集める手段となるだろう。

 

「ついでに、しばらくは訓練の時間が続くはずだ。今日すぐに仕事ってわけでもないから、試しにでもやってみてほしいんだ」

 

 畳みかけるようにして、慧音は言う。よっぽど辰巳に妖怪退治をしてほしいようだ。人手不足なのだろうか。

 アリスは辰巳へ視線を向ける。どう、出来そう? という期待を込めた問いかけの瞳が、辰巳の体に突き刺さる。

 

 当然、辰巳は妖怪と戦う仕事などやりたくはない。彼の脳裏には、あの時の餓鬼に対する恐怖がありありと焼き付いている。アリスは大したことの無い妖怪だと言っていたが、やっぱり怖いものは怖いのだ。

 

 返事のできない辰巳を見たアリスは、だめそうね、といったふうに慧音のほうを向く。

 

 そして、アリスがその口を開こうとした瞬間——、

 

「いや。やるよ、妖怪退治」

「おお、本当か!」

 

 命の恩人である美少女に期待されているのだ。ここで逃げてしまうようでは男が廃るというものである。それに、元の世界に帰れるのがいつになるのかわからない以上、身を守るためにある程度の力はつけておきたい。

 

「それなら話が早い。早速、退治屋で一番大きいグループに案内するよ。さあ、ついて来てくれ」

「よし、わかった」

「ちょっと! 本当に大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、問題ねぇって。きっと初日から戦いに行くってわけじゃないんだ。あと、人里まで迎えには来てくれ。まだ帰り道がわからん」

 

 強がってはいるものの、実のところ辰巳の内心は不安でいっぱいである。正直、この話は断って、土木工事でもしていればよかったのではないかとすら考えている。しかし、それを上回るほどに辰巳の決意は固かった。

 

 そんな辰巳の気持ちの読み取ったのか、アリスはそれ以上彼を止めることはしなかった。ただ一言、気を付けて、とだけ言って彼女は森へと去っていった。

 

 

「大丈夫かな俺。明日までちゃんと生きていられるかな……」

「なに、そんなに心配するな。君と一緒に働く退治屋たちもその道のプロなんだ、君にもしっかり指導してくれるだろうよ」

 

 保護者がいなくなった途端に、辰巳の口から弱音が出てくる。いや、この場合は気になる女子の前では、いい恰好を見せようとする男子といったところか。どちらにしても、やはり最後まで締まらない男であった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ほう、お前さんが新しくここで働きたいっていう坊主か」

 

 ガツン、ガツン――と、武器と武器がぶつかり合う音がそこかしこから聞こえてくる。それとともに、飛び交う怒号やうめき声が絶え間なく響いている。

 

 まだまだ日光の厳しいお昼時、あたりに漂う妙な熱気は、季節と相まってそれはもう酷いことになっている。

 

 見渡せば、そこにあるのは筋肉、筋肉、筋肉。飛び散る汗が太陽の光にあてられて、虹色のアーチを描いている。ある意味で、ここはこの世の地獄であった。

 

「あ、ああ。慧音にここに行けば、後は親方って人が何とかしてくれるって言われたんだけど、あんたがその……親方さん?」

 

 ここにきて、辰巳のやる気メーターはもう既にゼロを突破しそうな勢いである。慧音には道中、仕事はそう難しくないから安心するようにと言われてきた。しかし、周りにいるのは、ボディービルダー顔負けの上裸の男たち。これのどこをどう安心しろというのか。

 

「おう、ここいらで親方といったら、この俺様のことだな」

 

 目の前の巨漢の男は、案の定、辰巳の捜していた親方という人物であった。なぜわかったかって? それは、このおっさんがここにいる中で一番デカくて強そうだったからである。

 

「それでお前さん、名前は?」

「辰巳だよ。米岡辰巳」

 

 親方がジロリとにらみつけてくる。まさに、人を殺せそうなほどの眼光。視線だけにもかかわらず、物凄いプレッシャーである。すでに辰巳の顔色は最悪に近い。

 

 見れば、周りで武器を振っていた男たちも、辰巳と親方の会話に耳を傾けている。誰かが発した唾を飲み込む音が、やけに大きく響いていた。

 

 やがて辰巳には永遠とも感じられた時間の後、ようやく親方が口を開く。

 

「辰巳、お前には妖怪を何が何でも殺す覚悟があるか? 奴らは強く、賢い。そこんところは、ちゃんと理解しているんだろうな?」

「ああ、そんなことはわかってるさ。けど、俺はここで戦うって決めたんだ」

 

 辰巳にとっては忘れもしない、餓鬼に殺されかけた恐怖の記憶。しかし、この瞬間の辰巳にあったのは、アリスの期待に応えようという強い思いであった。

 

「ふん、ガキがいっちょ前言いやがる。——よしっ、大歓迎だ! 見たところ、お前さんはよそ者みたいだが、関係ねぇ! ここで働くってんならお前は俺の息子も同然、俺達はもう家族だ。……そうだなお前ら!!」

 

「「「「おうっ!!」」」」

 

 親方のクマのような体から出た大声に、周りの男たちはノータイムで返事をする。どうやら、いつの間にか辰巳には大勢の家族ができたようである。嬉しいか嬉しくないかと問われれば、あんまり嬉しくない。

 

 ヤバい。やっぱり、ちょっと帰りたくなってきた。ここまででビビりっぱなしの辰巳だが、ここまで来てそんなことが許されるはずもない。

 

 

「さて、辰巳。お前武器は何が使える? 得意なものが無いってんなら俺が見繕うが」

「俺はこれを使ってるぜ」

 

 辰巳は、親方に腰に下げてある得物を見せる。

 

「脇差か。ちィとばかり長さが足りん気もするが、ふむ、お前のもやしみたいな体には合ってるな。それで行くか」

 

 そう言うと、親方はずんずんと奥のほうへと歩いて行ってしまう。あわてて辰巳はそれを追おうとするも、近くにいた男に止められてしまう。

 

「よお、新入り。俺は新しい家族を歓迎するぜ」

「あー、その、俺も光栄に思ってるよ」

 

 男は嬉しそうに辰巳の肩を、ガッチリとホールドしてくる。男の汗が、辰巳の服へとじわじわと染み込んでいく。

 

「それにしても新入り、お前はタイミングがいい。実に運がいいやつだよお前は」

「ん? 何のことだ?」

「なあに、すぐわかるさ。ほら、あれあれ」

 

 男が顎で示している場所は、さっき親方が進んでいった先である。そこに何があるのだろうか? 辰巳が目を凝らしていると、そこから巨大な影が現れる。

 

 それは、やはり先程の親方であった。しかし、その手には何やら巨大な棒状のものが握られている。先端は丸くなっており、何やら棘のようなものが付いている。

 

 辰巳は知る由もないが、それはモーニングスターという武器であった。それも、一般的なものよりもはるかに巨大な代物である。

 

「野郎ども、当然準備は出来てるんだろうな?」

「もちろんでさあ!それで、今日は何を?」

「ああ、最近悪さをしてるっていうデカいカエルだ」

 

 何かよくない話をしている。辰巳の危険察知センサーが反応している。

 

「さあ、辰巳。喜べ、さっそく妖怪退治の依頼が入っているぞ」

「え、それって今から? 訓練とかは?」

「何甘ったれたこと言ってんだ? 初陣なんてもんはさっさと経験しとくに限るんだ。ほら、さっさと準備しやがれ。10分後には出るぞ」

 

 今日は予想外の出来事でいっぱいである。それもこれも、きっと空が晴れてるせいだ。辰巳は親方に引きずられながら、現実逃避を始める。

 

 それにしても、慧音という人、きっちりしていそうに見えて実はそうでもないのか? 訓練どころか、初日からすっかり実戦に行く感じになっている。

 

 辰巳、慧音にちょっとだけ苦手意識を持った瞬間であった。

 

 

 

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