いんふぃにっと・亀仙流   作:無題13.jpg

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駆け足ぎみになりますが、せっかくなので完結させます。


第13話 狼さんと兎さん

「助かりましたわ。千冬先生から突然、寮部屋の片付けなんて頼まれてしまって」

 

 そう言ってセシリアマスクがシャルロットを連れてやって来たのは、学生寮の空き部屋だった。

 なんでも週明けに急遽転入生が来るらしく、清掃業者に頼む暇が無くて寮監督の千冬が掃除することになったそうだ。

 

 だが、キビキビしているようでズボラ、天然ボケ、大雑把で気が利かない千冬は典型的な「片付けられない人」であった。掃除をすればするほど逆に散らかしてしまうらしい。

 なので山田教諭の提案で暇そうな学生に手伝いを頼もうということになったのだった。

 

「それにしても、千冬先生? せめてカーテンの付け替えとベッドメイクぐらいは出来ませんの?」

 

 取り替えたばかりのカーペットに掃除機を掛けながら、セシリアマスクは作業の邪魔になるからと廊下に放り出しておいた千冬に対して、これ見よがしにため息を吐いた。

 

 千冬も最初こそ手伝っていたのだが、壁紙に穴を開ける、窓枠のサッシを外そうとして破壊する、ペンキ塗りが雑でダマになる、水拭きした側から踏んで汚す、等が重なり、とうとうセシリアマスクに退場させられてしまったのだった。

 

「し、仕方ないだろう! 昔から家の事は一夏に任せきりだったんだ……」

「そんなことでどうしますの。織斑さんが結婚して家を出てしまったら、ゴミ屋敷にでも住むおつもりですの? ハウスキーパーだって安くはありませんのよ?」

「うぐっ……いや、分かってはいるのだが、そんな暇が……」

「暇だから家事をする人などいませんわ。言い訳は結構です」

 

 ピシャリと言い切られてしまい、千冬はぐうの音も出せずに口をつぐむ。

 

(うっわ、先輩が素で凹んでいますよ! 珍しい)

 

 シャワー室の排水溝を丹念に擦り洗いしながら、山田教諭が声を潜めつつも感嘆する。

 シャルルもユニットバスの便器を磨きながら、山田教諭に答えた。

 

(セシリアマスクもきっついなあ。さっき髪にペンキを付けられたの、相当怒ってるみたいですね)

(結構身だしなみとかファッションを気にする方みたいですよ。日頃から爪とかすごい綺麗にお手入れしていますから)

(化粧とは無縁そうなのにね)

(鉄仮面だけに?)

 

 二人で声を押し殺し笑っていると、不意に背中に視線を感じた。振り向けば、表情の窺えないセシリアマスクがじーっとこちらを見ていた。

 軽口が聞こえていたのかと焦ったものの、どうやら違うらしい。

 

「シャルロットさん、それ」

 

 軽口を咎めてくると思えば、セシリアマスクはシャルルの背中を指差していた。

 

「あっ、デュノアさん、制服が……」

「えっ……ああ!」

 

 いつの間にやら、背中にはベッタリオレンジのペンキが塗りたくられ、稲妻のような模様を描いていた。

 

「気付かなかった……千冬先生ぇ?」

「私のせいか!? 私のせいか、そうか……」

 

シャルルがジト目でにらむと、千冬は案外素直に謝った。

 

「すぐに洗いませんと、再起不能ですわよ。水性ペンキですから、急げば落とせますわ! ハリーハリー、ですわ!」

 

言いながらセシリアマスクはシャルルに飛び付くと、強引に制服を脱がそうとホックに手を掛けてきた。

 

「うわっ! ダメだってセシリアマスクさん、こんなところで!」

「何を仰いますの? ここはバスルーム、本来服を着て入る方が不自然ですわ」

「だからってこんなの、まずいってば!」

 

 強引なセシリアマスクの魔の手は恐ろしく正確、かつ執拗にシャルルが逃げる方へ先回りしてくる。だがシャルルも人前で脱ぐわけにはいかない。波紋の肉体操作で女性的なラインに擬態しているとはいえ、シャルル・ツェペリはオトコノコなのだ。

 

「よいではありませんか、減るものでもなしに」

 

 仮面の下で鼻息を荒くするセシリアマスク。

 

「減っちゃうのー!」

 

 その魔の手を涙ながらに捌くシャルル。

 

「いい加減にしろ!」

 

 だが意外な伏兵--千冬によってシャルルの衣服はあっさり剥ぎ取られてしまった。

 

「はわっ!?」

 

 背後から一瞬、テーブルクロス引きの隠し芸さながらの早業だ。ブリュンヒルデはやはり格が違った。

 ランジェリーが透けるような肌着だけにされたシャルルは、慌てて空っぽのバスタブに飛び込んで体を隠した。

 

「何もそこまで嫌がらなくてもいいだろう。ここには女しかいないんだ」

「はいはい、お決まりのセリフ吐いてないで、それを渡してくださいまし。あと、山田先生とどっかから中性洗剤と使ってない歯ブラシか何か探してきてください」

「くっ、私だって少しは役に立ったじゃないか……」

「ま、まあまあ……」

 

 有無を言わせぬ雰囲気のセシリアマスクに押し切られた教師二人は、逃げるように寮部屋から出ていった。

 

「さて……安心してくださいな。千冬先生も山田先生も、背中しか見ておりませんわ、シャルロット・デュノア()?」

 

 普段通りの声色であることが、シャルルを一層不安にさせる。

 

「な、何のことかなぁ、セシリアマスクさん?」

「この期に及んでとぼけるのなら、出るところに出ても構いませんが」

「……いつから気付いてたの?」

 

 観念して、シャルルはバスタブから立ち上がった。

 腰のラインこそ変形させているが、根本的な筋肉の付き方はどうしようもない。下着姿を正面から見られては、もはや言い訳など不可能だった。

 

「確証が有ったわけではありませんの。ただ」

 

 一旦言葉を切ったセシリアマスクは、鉄仮面越しにシャルルの瞳をじっと見つめる。ふいに鉄仮面の奥で笑ったような気配がした。

 

「更衣室とかで、箒さんとか仏さんとかをいつもジーッと見ていらしたでしょう? なんでかなーっと思いまして」

「ぐはっ」

 

 思春期の柔らかいところを攻められ、シャルルはもう一度バスタブで蹲るのだった。

 

 

 

「あ、織斑せんせー! ちょうどよかった」

 

 台所用洗剤を探して奔走していた千冬は、同僚の教師に呼び止められて渋々立ち止まった。

 

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。来週、1組に入る転入生の書類が届いたんです。はいこれ」

「今更か。何をやっていたのだ、先方は。入寮はもう週明けだろう」

 

 文句を垂れつつ、手渡された茶封筒 を開いた。

 一枚目に件の転入生……眼帯をした銀髪の少女の写真が出てくる。

 

「ドイツ軍が日本政府に多額の金を握らせて、強引にねじ込んできたんですよね。それがどんなエリートかと思いきや、鼻摘みものの特殊部隊出身だそうですよ。何でも……織斑先生?」

 

 女生徒の写真を強張った顔で見つめる千冬に、同僚の教師も眉を潜める。

 

「もしかして、千冬先生の知っている顔でしたか?」

「ああ。ラウラ・ボーデヴィッヒ……以前にドイツ軍の演習に参加したときに……」

 

 千冬は言葉を区切ると共に瞼を閉じた。

 

(そう。あの演習で私は、このラウラ・ボーデヴィッヒに殺されるところだった(・・・・・・・・・・)。この狂犬のような女に)

 

 黙りこくった千冬に、同僚の教師も写真を不安げに見つめるしかなかった。




 何かもう、セシリアマスクのキャラが分からなくなってきた。これもうオリキャラと変わらんね。

 また千冬は第二回モンド・グロッソを普通に優勝している為、ドイツ軍で教官をしていません。

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水性ペンキの落とし方
乾く前であれば、暖かいお湯につけて台所用の中性洗剤で叩けば落とせます。
ペンキが乾いてしまったら諦めてクリーニングに出しましょう。
なお、劇中のセシリアマスクのように熱湯にしてしまうと布地が傷みますので、ぬるま湯程度で留めましょう。

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