何かもうISじゃねーよな、これ。
朝からシャルロットの元気がない、というより世を儚んで自決しかねない様子で自分の机に突っ伏していた。
「ど、どうしたんだ、デュノア? 何だか入学当初の箒みたいになってるぞ?」
一夏がデリカシー皆無に声を掛けたが、シャルロットからは「大丈夫だ、問題ない」と返ってくるばかりで、全然大丈夫そうではない。
むしろ深淵の虚の如く濁りきった瞳を見ていると、一夏の方の精神も不安定になりかねない。
「そ、それならいいんだ。うん……」
それだけ言い残して、その場から離れる一夏だった。
「ヤバいって、今のデュノア。マジヤバい。どれくらいヤバいって、ホントもう超ヤバいって」
「落ち着け、義兄上。今の義兄上の語彙力の方がさらにヤバいから」
最近、すっかり一夏を義兄と呼ぶようになった箒が、冷静にツッコミを入れつつも遠目にシャルロットの様子を窺っている。
「デュッチー、転校してからこっちいつも貼り付いたような笑顔だったから、とうとうストレスが天元突破しちゃったのかな?」
本音もシャルロットを心配しているようだが、まだ対応を決めかねているようだ。
「ともかく、放っておくわけにもいかないだろ。次の休み時間にでも--」
「おはようございますわ」
そこに青の鉄仮面令嬢が現れた瞬間、突っ伏していたシャルロットがビクンッと飛び上がった。
セシリアマスクはゆったり堂々とした足取りで自分の席を通り過ぎ、シャルロットの隣に立った。
「シャルロットさん」
名前を呼ばれたシャルロットの首が、油の切れた機械のようなぎこちなさでセシリアマスクへ向いた。
「な、何かな……」
「おはようございますわ」
「……おはよう」
シャルロットが挨拶を返したので満足したのか、セシリアマスクは自分の席に戻ってファッション雑誌を読み始めた。
残されたシャルロットは、溶けたスライムのように天板に広がっていた。
「……何だ、あれ?」
「……ふ~ん」
何がなんだか分からない一夏と箒とは異なり、本音はどこか興味を引かれたようにシャルロットとセシリアマスクを交互に見比べていた。
一夏達は知る由も無いが、シャルロットことシャルルの変調とセシリアマスクは、直接的に関わっていた。
時間は先週末、寮部屋の片付けが終わった直後まで遡る。
「では、わたくし達は失礼します。千冬先生、中性洗剤と中性子燃料を混同してお持ちいただき、ありがとうございます。山田先生も、歯ブラシ一本探すのに三時間も奔走頂いて、お疲れ様です。いずれもその辺の寮生から借りるという発想は無かったのか、と問い詰めたいところですが、そこはシャルロットさんの新しい制服をご用意するということで手打ちと致しましょう」
恐ろしい切り口の嫌みをずけずけと吐き出すセシリアマスクだが、そもそもシャルルを裸にしようと制服をペンキで汚したのは彼女である。
シャルルもその事には気付いていたが、それを言ったら自分の正体まで露見しかねないので、疲れきった顔で縮こまっている教員二人に心の中で謝っておいた。
それからシャルロットは、セシリアマスクに彼女の部屋まで連行された。道中何も言わないセシリアマスクだったが、逃げたらどうなるか想像できない以上、シャルルは従うしかない。
「本当は相部屋なのですが、オルコット家の者は素顔をおいそれと他人に見せてはいけない習わしでして。さすがに寝るときは仮面を外しますから、一人で使わせて頂いております」
つまり、ここでなら腹を割って話せる、ということなのだろう。シャルルも覚悟を決めた。
二つあるベッドのうち、使われていない方に腰掛けるシャルル。その対面にセシリアマスクが座る。
シャルルはいつでもセシリアマスクへ必殺の先制打を叩き込めるよう身構えていたが、相手の行動は彼の予想の斜め上であった。
「ふう」
突如、セシリアマスクは鉄仮面を外し、今しがた見せてはいけないと言った素顔を晒したのだ。
「あら、どうしましたか、
「そ、そういうんじゃなくって……えっ!?」
自分で言うだけあって、確かにセシリアマスクの素顔は美人だ。金髪碧眼、かつナイスバディ。顔立ちには育ちの良さと知性が滲む。
正直、男としてはいつも素顔でいて欲しいところだが、驚くあまりに攻撃する気勢を削がれてしまった。わざとやっているとしたら、セシリアマスクはやはりどこまでも食えない女だと再認識するシャルルだった。
「素顔を見せた理由は、まあ好奇心で貴方の秘密を暴いてしまった贖罪ですわ。それに顔が見える方が話しやすいでしょう」
「それはそうかもだけど、でも……」
「別に顔を見せたら自決せねばならない掟でもありません。まあ仮にそうだとしても、バレなければ問題なし、ということで。ね、シャルル君?」
そう言って、可愛らしくウインクされたシャルルは、その時点で自分の敗北を悟った。どうやらセシリアマスクという女は、自分より一枚も二枚も上手らしい。こうも容易く自分の心に踏み込まれるとは。
(こんな時だっていうのに、彼女を一瞬でも『綺麗だ』と思ってしまった時点で……逃げようがなくなっちゃった)
そしてシャルルは改めて腹を括り、学園に潜入した経緯を話して聞かせた。
(いや、まあ、その結果セシリアマスクさんが僕の任務に協力してくれることになったんだけど……その代償が……)
先週末の事を一通り思い返したシャルルは、ようやく天板から体を引き起こしたが、今度は休日中の事を回想してしまい、再び頭を抱えた。
(早朝から街に駆り出されるわ、女装をより完璧にするとかで一日中着せ替え人形にされるわ……しかも、逆らったらバラすとか脅してくるならともかく、むしろ一切触れてこないのが不気味だ。でも、そんなことより問題なのが……)
さりげなく、セシリアマスクを盗み見る。雑誌に集中しているかと思いきや、視線に気づいた彼女は小さく手を振り替えしてきた。
それだけで、シャルルの心臓は倍近く高鳴り、ふわふわと落ち着かない気分になってしまった。
(これ、もう完全にあれだ……イカれてる……)
初めての感覚だが、間違いないと確信できる。
シャルルはすっかり、セシリアマスクにのぼせ上がっていたのだった。
「少し早いが、ホームルームを始める」
いきなり教室に入ってきた千冬に、談笑していた生徒達は一斉に席へ戻っていった。
「実は、デュノアに続いてもう一人、このクラスに転入生が来た。……ボーデヴィッヒ、入れ」
「は~い、せんせ」
緩い返事とともに入ってきたのは長い銀髪に、赤い右目と眼帯で覆った左目、という時点でも目を引くが、何よりも上半身裸に蛇革のジャケットという年頃の少女としては異様すぎる風体の美少女だった。
「ぼ、ボーデヴィッヒ!? お前、今の今まで普通の制服だっただろ!!」
「いや、やっぱ転校生としちゃ最初の挨拶が重要やろ? せやから一張羅に着替えたんや。どうせ女子しかおらへんのやし、構わんやろ?」
わざとらしいほどコテコテの大阪訛りで、ラウラと呼ばれた少女は得意気に言い放った。
教師に、というより織斑千冬に対してあまりにも不遜すぎる口の聞き方に、クラス一同開いた口が塞がらない。
ラウラはそんなクラスの空気など素知らぬ顔で、ホワイトボードに大きく『らうら』と書いた。
「ご紹介に預かりました、ドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒ・真島や。みんな仲良くしたってや。……ん?」
教室をグルリと見渡したラウラは、クラス唯一の男子生徒の存在に気付いたようだ。
「って、男子おるやないか。どういうこっちゃ、千冬ちゃん」
「学校では織斑先生だ! その男が現在唯一の男性IS操縦者、織斑一夏だ。ニュースになっただろ」
「そーいや、クラリッサの奴がそんなようなこと言っとったな。……って、ちょい待ち、千冬ちゃん。今織斑言うたか?」
「だから織斑先生だと--おい!」
訂正させようとする千冬を無視し、ラウラは大股で教室を横切って一夏の元までやってきた。
一夏はジャケットの隙間からチラチラ見えるピンク色の突起を意識しないように注意しつつ、ラウラを見上げる。
「お前が千冬ちゃんの弟か。なんや、聞いてたよりずっと男前やないか」
「そりゃどうも。千冬姉……じゃなくて、先生の知り合いなのか?」
「ま、ちょっとした縁や。ラウラでええで、ウチも一夏ちゃんて呼ぶから」
「そ……そうか。よろしく」
一夏はひとまず握手でもしようと手を差し出したが、ラウラはその手を取ることなく背中側に腕を回し、ジャケットの襟に隠されていた何かを取り出す。
それが金属バッドだと分かった時には、すでにラウラはバッドを一夏の脳天に振り下ろしていた。
金属質の重低音が教室中に響く。教室は水を打ったように静まり返った。
「何しやがる」
静寂を引き裂いたのは、ドスを効かせた一夏の声だった。
金属バッドを右腕で受け止め、ギロリと強い怒りを込めてラウラを睨む。
戦闘訓練を受けるISパイロット候補達ですら竦み上がるような一夏の気迫を真っ正面から受けて、ラウラは口許を思い切り歪めた。
「やるやん、一夏ちゃん」
「お前……今本気で殴ってきたな」
「そりゃ本気でやらな相手の強さ分からんからな。合格や、一夏ちゃん」
「ふざけるな!」
立ち上がった一夏は怒りに任せて殴り付けたが、今度はラウラが一夏の拳を掌で受け止めた。
「ええパンチや」
「お前、今のは俺じゃなければ怪我じゃ済まなかったぞ!」
「お互い様や。こんなゴッツイパンチ、そこらのおなごが食ろうたら一発で嫁に行けん顔になるで?」
「安心しろ、殴る相手ぐらい選んでる!」
「ウチも同じや。千冬ちゃんの弟やからこんぐらい軽いと思うたが」
ラウラは掴んでいた一夏の拳を押し返す。二人の間に一歩分の距離が出来た。身長はラウラの方が20センチ近く低いが、金属バットも含めれば間合いはラウラが広い。
「一夏ちゃん、ひょっとして千冬ちゃんより強ないか?」
「当たり前だろ。あの人はIS乗りだ、生身で喧嘩すれば俺のが強い」
「ちょっと待て! それは聞き捨てならないぞ!」
直前までラウラを止めに来ていたというのに、一夏の一言で標的を変える千冬だった。
「セイテンタイセイのテストでお前と何度か試合したが、私の勝ち越しだったじゃないか!!」
「そりゃ……千冬姉ぇだって嫁入り前なんだし、傷物にするわけにはいかないだろ」
「んなっ!? 加減していたのか、お前!!」
よほどショックだったのか、眩暈すら覚えて千冬は倒れそうなところをかろうじて踏み留まっていた。
「ちょいちょい。その言い種やと、ウチは傷物にしてもええっちゅうんか?」
「言っただろ、殴る相手は選ぶってな。お前に遠慮はいらないだろ」
「くぅ~! ますますええやん、一夏ちゃん! ほんなら今から一緒に体育館裏行かへん? 二人でしっぽりしようやないか!」
「いいぜ。殴り倒して桜の木の下にでも埋めてやる」
そして、二人は本当に窓から外へ飛び出していったのだった。
「……はっ! 待たんか、馬鹿共!! セシリアマスク、あいつらを止めるから着いてこい! あと誰か、2組から凰を呼んでこい! それから篠ノ之は姉に『旦那が寝取られそうだ』とでも伝えておけ、そうすりゃ飛んでくるだろ!」
一息に指示を飛ばし終えた千冬も、二人を追いかけて窓から外へ出ていった。
「千冬先生、なんという冷静で的確な判断力なんでしょう!」
「感心したフリしてないで追いかけてあげたら?」
「面倒ですわ。シャルロットさ~ん、代わりに頼みましたわ~」
「私ぃ!?」
その後、シャルロットと鈴、そして般若のような形相の束が乱入したことで、一夏とラウラのファーストコンタクトは体育館一棟の倒壊という犠牲を出しつつも収束したのだった。
タグにあるガールズラブは箒と鈴のことなので、変なのに惚れちゃったシャルルは無関係です。
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ラウラ・ボーデヴィッヒ・真島
SEGAの大人気ゲームシリーズ『龍が如く』より、真島吾朗ナイズドされたラウラ。好きなキャラと好きなキャラを融合させたらクリーチャーになったよ!
元は「ジャングルの王者ターちゃん」だったのが、岸谷五朗氏繋がりで真島の兄さんになっていた。眼帯とか共通点あるし。
大丈夫だ、問題ない。
イグニッション・エンターテイメントより発売のPS3用ゲーム「エルシャダイ」のプロモーション映像で、主人公イーノックが自信満々に言い放ったセリフ。
この直後、イーノックは敵集団からリンチされて死ぬ。
冷静で的確な判断力
キン肉マンより。強盗を刺激しないように牧師に化けたキン肉マンソルジャーへ向けられた賛辞。
実は該当シーンはゆで先生曰く普通にギャグシーンだったらしい。なお、諸説あり。