のほほんさんも一般人だな。
「甘いの~、セシリアちゃん。あまあまや~」
「くっ……」
挑発的なラウラの言葉に、セシリアマスクは鉄仮面の下で声を詰まらせた。
「お言葉ですが、わたくしは『セシリアマスク』までが名前です。お間違えなく」
「いや、長いやん」
「でしたらもう『せっしー』でも『せっちゃん』でも結構です。ですが『セシリア』で切られるのはどうしても我慢なりません。吐き気がします」
「じゃあ、せっちゃん?」
「はい、何でしょうか?」
前置きが長くなったものの、ラウラは若干視線を落としつつ、
「そっちのチョコレートパフェと交換してくれへん? これ、めっちゃ甘いねん」
と、一口だけ食べたフルーツてんこ盛りカスタードパイを、申し訳なさそうに差し出した。
「仕方ないですわねぇ。良いでしょう、今日はラウラさんの歓迎会も兼ねていますから。ねえ、鈴さん?」
「……これ、どういう状況だっけ?」
おもむろに話を振られた鈴は、テーブルに頬杖を突いた態勢で面倒くさそうに聞き返した。
状況だけ言えば、学院から少し離れたちょっと高めのファミレスで、セシリアマスク、鈴、ラウラ、箒の四人が窓際の奥まった席で座っているだけだが、何故こうなったのかが当事者なハズの鈴にもイマイチ分かっていなかった。
「どういう状況って……昨日言った通り『打倒織斑一夏淑女同盟』の結成祝い、とついでにラウラさんの歓迎会ですわ」
何故か偉そうにふんぞり返ったセシリアマスクに、ラウラが小声で「ウチはついでかいな」と不満を漏らしたが、セシリアマスクは華麗にスルーした。
昨日の放課後、セシリアマスクと鈴のスパーリング中にやって来たラウラは、意外と真面目に練習に参加してきた。その後、休憩中に三人とも一夏を当面の敵として見据えていた事が分かったことから、セシリアマスクの発案で『打倒織斑一夏淑女同盟』は結成された。
鈴は内心ラウラにも敵対心を抱いているものの、先のクラス対向試合で一夏と戦えなかったこと、そして天性の苦労人気質も合わさり、流されるままにここにいる。
なお、箒については誰も呼んでないのにいつの間にか鈴の隣に現れていた。
「ラウラは甘いものが苦手なのか?」
「コッテコテのもんは性に合わん。スイーツより肉のが好きやわ」
「奇遇だな。ならば食堂のステーキランチセットはお勧めだ。肉も分厚くて美味い」
「ほー。さっすが金持ちやな、IS学園」
「すっかり打ち解けてんな、こいつら」
鈴は箒とラウラのやり取りを見守りながら、この状況に居心地の良さと楽しさを覚えるのであった。
そうして他のヒロインがワイワイやっている最中、さりげなくタッグマッチトーナメントのペアを組んでいた一夏とシャルルは、アリーナで普通に訓練していた。
がむしゃらに突進してくる一夏を、シャルルはヅダの滅茶苦茶な加速性能に物を言わせて振り払う。
後ろ向きに飛行しながら弾幕を張り続けるヅダ。一夏は弾丸を素手で叩き落としながら喰らい付こうとするが、お互いの間合いは離されるばかりだ。
「必殺技はどうしたの、一夏!」
挑発してくるシャルルだが、この状態でかめはめ波を撃っても当たらないのは目に見えている。だが、打開策が無くもない。セシリアマスク戦のようにかめはめ波を推進力にすれば追い付くことは可能だろう。
しかし、避けられてしまえば致命的な隙を曝すことにも繋がる。
(やっぱり
新たな戦法を必死に考えるが妙案はまるで浮かばず、一夏はすでに三十分以上も弾幕を防ぎ続けていた。
アリーナの使用時間一杯までこれが続くかと思われたが、
『織斑! ちょっ、止まれ一夏!!』
スピーカーからテンパったような怒声が響き、一夏とシャルロットは動きを止めて管制室を見上げた。
そこには、顔を白黒させた千冬が、マイクスタンドを握り潰さんばかりにわなわなと肩を震わせていた。
「急に大声出すなよ、千冬先生……」
『お、お前ら、一体何をしている?』
「見ての通り、シャルロットと訓練だよ」
『だったらISはどうしたァ!!』
「ライト博士と束が調整中だよ」
あっけらかんと答えた一夏は、今や飛行ユニットすら身に付けておらず、生身一つで空中浮遊を実現していた。ISの訓練やセシリアマスク達との試合で空を飛ぶ感覚を掴んだ一夏は、急速に舞空術を進歩させたのだった。
「だけどまだまだだ。ISどころか飛行機にも追い付けそうにない」
「でも、今日一日でずいぶんと飛べるようになったよね。私も教えてもらおうかな」
「ああ。ちょっとした気の操作だけだから、すぐに覚えられるはずだ」
『そんなすぐ人が空飛べるようになって堪るか!!』
などと吠えていた千冬だが、アリーナの閉会時間に差し掛かる頃には、
「ハハハハハハッ! どうだ見たか!! これがブリュンヒルデと呼ばれた女の実力だ!」
と思いっきりハイになってアリーナ中を飛び回っていたのだった。
「思いの外愉快なお姉さんだね」
「実は調子に乗りやすいんだよな~。性格とか結構ポンコツだし」
「ハハハハッ! ハーハッハッハッハ!!」
心底楽しそうな千冬の高笑いは、いつまでもいつまでもアリーナに響き渡り、施錠担当の教員は千冬が正気に戻る午後十一時過ぎまで帰宅できなかった。
「で、本当に千冬先生を置いてきちゃってよかったの?」
「平気平気。むしろ付き合ってたら身が持たないぞ、熱中すると周りが見えなくなるタイプだから。ああなったら飽きるまでほったらかしておけばいいさ」
「……意外とドライだよね、一夏って」
アリーナを後にし、更衣室へ向かう道中に一夏とシャルルは何の気なしに雑談する。その口振りは親しげだが、名前で呼び合うようになったのはタッグを組んでからのことだ。
シャルルは昔に千冬がやらかした面白エピソードを紐解く一夏に話を合わせながら、どうにかエイジャの赤石について探りを入れるタイミングを計っていた。
転校してからシャルルは基本的に一夏と行動するようにしている。時々、セシリアマスクと一緒に出掛けたりするが、束が近くにいる時は張りつきだった。
束からは「一夏に気がある泥棒猫」程度に警戒されている。
今のところ、シャルルが掴んだ赤石の情報はゼロだ。そもそも現物が束の手元に無いのだが、当然ながら彼に知る由はない。
(何度か束に話し掛けてはみたけど、あの社交性ゼロ女とはまともに会話が成立しない。となれば、
転入してきて半月以上経ち、最近は少女らしい振る舞いが自然に出来るようになってきた。が、そんなことばかり上手になっても嬉しくないし、男に戻ってからが心配だ。
幸い、セシリアマスクの発案で一夏のタッグパートナーになる作戦は成功した。しかし捜査にまるで進展がないことに、シャルルも焦りを覚え始めてきたところだった。
(何かもう、直接質問した方が早い気がしてきた。
「……シャルロット?」
「なに?」
「こっちは男子更衣室だ」
指摘された通り、シャルルはうっかり男子更衣室(元用具入れ)に踏み入っていた。
「え……あ、そっか。ぼ、ボーッとしてた」
一夏に言われ、慌てて女子更衣室へ入り直したものの、やはりこれだけはどうしても慣れない。むしろ慣れてはいけない領域だとシャルルは考えている。
時間的に誰もいないタイミングだが、それでも無駄なく一瞬で着替え、一秒でも早く部屋を出ようとした。
(……あれ?)
ドアが開かない。電子ロックの解除ボタンを押しても、鍵が掛かったままなのだ。学園のドアは極一部を除いて電子制御タイプなのだが、たまに接触不良が原因で閉じ込められる生徒がいるらしい。
(安普請だな、何でもかんでもハイテクにするから)
内心で毒吐きつつ、シャルルは深く深呼吸した。
特別な呼吸によって肉体に波紋を起こし、生じたエネルギーを操る波紋仙道。今回は生体磁気を強化し、電子ロックを強引に外そうと試みる。
だが、シャルルは溜めたエネルギーを拳に乗せ、背後から迫った殺気に向けて叩きつけた。
「チッ」
謎の襲撃者は舌打ちしつつ、シャルルの拳を踏み台に跳躍。天井を足場に再度殴り掛かってくる。対してシャルルは、相手の勢いを逆利用するように頭突きで反撃。
「ぐわっ!?」
襲撃者は鼻血を吹き出しながら、床面へ投げ出された。
「お前は……篠ノ之束?」
「ううっ、こいつ……データよりも数段強いじゃん!」
血が滴る鼻を擦りながら、束は大きく飛び退きながら構え直した。頭に付けたウサミミ状の物体がピンと上を向き、背中のバックパックから二本の腕型マニピュレーターが挑発するようにシャドーボクシングをする。
「いきなり襲ってくるなんて、どういう用件ですか、博士?」
「ふん。分かってるだろ、この天才がお前の目的に気付いていないとでも思ってたのか?」
「……質問に質問で返すんじゃあない。それじゃあテストで点が貰えませんよ」
「生憎とこちとら学校の試験なんて馬鹿らしすぎて受けたことないんだよ。無記名白紙の解答でいつも0点だ」
「ああ、そうですか」
軽口を叩き合う最中にも、シャルルは束との間合いを詰めていく。マジックハンドの拳が届く、ギリギリ一歩手前で一旦止まった。
「ところで話は変わりますが、今日はライト博士のところじゃあなかったんですかね」
「あ? この天才・束さんをナメんなよ。いっくんのISならこれ以上ないぐらいに完璧だっつうの。お前が気にする要素なんて1ピコグラムだってねーんだよ」
「そりゃあなにより。一夏も一安心だね」
一夏、の名前を出した途端、束のこめかみが目に見えて引きつった。
「気安く人の男を呼んでるんじゃあないぞ、このジオニックがァー!」
プッツン、とはこういう事を指すのだろう。束はドスの利いた雄叫びと共に、シャルルの間合いまで自分から飛び込んできた。普段の冷静さや飄々とした余裕などまるで消え失せ、ひたすら殺意と敵意を剥き出しにして殴り掛かった。
「ノラァ!!」
怒号を乗せた最初の一撃を、シャルルはスウェーバックで難なくかわす。とばっちりを受けたロッカーが一つ、ハンマーで叩き潰されたようにひしゃげた。
束はさらに、自分の拳とマジックハンド、合わせて四本の腕を駆使して追撃を仕掛けた。
「ノラ、ノラ! ノラァ!!」
一発ごとにドスの利いた掛け声が、ロッカーやベンチを破壊する音に重なる。
シャルルは束の攻撃をギリギリの間合いで避けつつ、狭い更衣室を動き回る。
「ノLaLaLaLaLaァー!!」
ラッシュはさらに速度と鋭さを増し、同時にシャルルの逃げ道を塞ぐよう的確な位置に飛んでくる。威力にしても、常人ならば当たらなくとも風圧だけで重傷を負うであろう。
(おっと)
気付けばシャルルは、部屋の隅っこまで追い詰められていた。
「取った! ノラァァッ!!」
袋のネズミに必殺の一撃、束はマジックハンドの稼働領域をフルに使い、渾身の力を込めて振り下ろした。
受け止めれば肉体が四散する。かといって左右は壁、正面には束、上からはマジックハンド。逃げ道は
「よっと」
しかし、シャルルはその場で自分から仰向けに倒れると、床面をカサカサと滑るようにして
「なにっ!?」
さすがの天才も人類がこんなゴキブリ染みた動きをするとは想像できず、シャルルは翻った束のワンピースの中──ド派手な黒のランジェリーを拝みつつ背後に回り込めたのだった。
間髪入れず、右膝に込めた波紋を蹴りと共に束のバックパックにぶち込んだ。
「
分厚い鉄の扉に鉄球でも叩き付けたような音が響く。
衝撃波は束もろとも吹き飛ばして壁に叩き付け、バックパックが電流火花を散らしながら小爆発を起こす。同時にマジックハンドも機能を停止した。
「が、はっ……い、今の……は……」
束がよろよろと立ち上がり、バックパックを脱ぎ捨てた。多少ふらついてはいたが、肉体のダメージは軽微なようだ。
完全に逆上し、血走った三白眼でシャルルを見据えていた。
「完全に波紋が入らなかったか。バックパックに救われたな」
シャルルは隙なく構え、束の殺気を受け止める。
「お、お前、今ぁ……」
「波紋だよ。覚えがあるだろ、お前は過去に一度か二度、受けたことがあるハズだ」
「お前ッ!! 今ぁッ!」
「……あれ?」
何故だか会話が噛み合わない。むしろ頭に血が上りすぎてこっちの声が聞こえていないようだ。
「私のパンツ見やがったな!! これはいっくんの為に卸したばっかりなんだよ!! 他人が見て良いものじゃあないッ!!」
「えぇ~、そっちぃ~」
そして、シャルルはこの発言でようやく、束の目的を察した。どうやら彼女は「自分の周囲を嗅ぎ回る目障りな邪魔者」の始末ではなく、もっと単純な「恋人にたかるお邪魔虫」を追い払いに来たのだ、と。
ついでに言えば、束が世間に知られる『天災』という以上に、ただの一人の『女』であることに、シャルルは奇妙な可笑しさすら覚えていた。
「ニヤついてんじゃねえよ、このダボが! 男だって証拠バラ撒いて世間的に抹殺するだけにしようと思ってたけど、もう遠慮しない! 心身ともに再起不能にしてやる!」
「あ、男だってことは気づいてたのか」
「死ねぇぇぇぇーっ!!」
完全なる狂戦士と化した束はそのまま飛び掛かって来るかと思いきや、どこからか銀色のベルトのような装飾品を引っ張り出す。ISによって量子化させていたものだ。
赤い風車状の機関を中央に、向かって右側に緑と紫、左に赤と青のボタンのような物が付いている。
ベルトを腰に巻いた束は、右手を腰だめに、左手を前方に突き出した態勢で精神統一する。
「……変身!」
掛け声と共に左手をベルトの右側へ下ろし、そこにあったスイッチを押した。
風車のような機関が高速で回転し始めると、篠ノ之束の姿がみるみる変わっていく。
黒のアンダースーツに、分厚い筋肉のような白いプロテクター、額に短い二本角を持つ赤いバイザー付きのヘルメット。
ある種の強化戦闘服のようだが、ISとは規格からして異なる代物のようだ。
「このスーツはISの本来の用途から戦闘能力だけを抽出した、謂わば完全戦闘用IS!! 名付けて『空牙』だ! まだ試作品だけどな」
試作品と言いつつ、高らかに告げる束には空牙に対する絶対的な自信が見てとれる。
「それが切り札ってことか。面白いじゃん、あんた」
シャルルもまた、束に対して不敵に笑い掛けながら、サイドポーチに忍ばせていた秘密道具――特製のシャボン玉溶液を取り出す。
「じゃあ、こっちも切り札の一つぐらい見せないとね」
「余裕こいてんじゃねえよ、ジャリが! いっくんには指一本触らせねえぞ、オカマ野郎!」
「……とりあえず、その誤解を解くためにも大人しくなってもらうよ」
「出来るものかよ!!」
互いに戦う理由が噛み合わないまま、第2ラウンドの火蓋が切って落とされたのであった。
束さん、まさかの本気モード。ガラの悪さは微妙にジョジョの悪役に侵食されているかも。
こちらで先に解説しますが、空牙の元ネタは日曜朝に帰ってきた平成最初のテレビシリーズ、仮面ライダークウガです。試作品なのでグローウィングフォームの白。
束の変身ポーズの腕の動きが左右逆なのは、束のキャラクター的にショッカーライダーのような偽物・悪役感を出させる為。また仮面ではなくヘルメットなのは生身の人間が武装を装着しているだけなライダーマンをイメージしました。
あとラウラの言動はいつもの兄さんっぽいけども、付き合いの良さは0の兄さんだったりします。微妙に西谷っぽくもあり?
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今回のネタ
淑女同盟
特定の元ネタがあるわけではなく、セシリアマスクが適当に付けた名前。しいて上げるなら「ハロー・レディ」だろうか。