束がキレた。
先に仕掛けたのは束だった。
戦闘特化型ISというのは伊達ではないようで、空牙を身に纏った束のスピードは生物としての限界点を容易に上回っている。
対するシャルルは、シャボン玉溶液の袋を両手で押し潰していた。両手から溢れた溶液が袖から襟から上着全体をベトベトにし、その状態で待ち構える。
同時に特殊な呼吸によって、全身に漲る波紋の力を急速に高めていった。
「シャボンガード!」
波紋によって開いた両手からビーチボール台の巨大なシャボン玉が発生、束のパンチを真っ正面から受け止めた。
波紋の流れたシャボン膜は強度と弾力を併せ持つ緩衝材となり、攻撃を無効化した。
「味な真似をっ!」
束は怯まず、さらなるパンチとキックをくりだした。ラッシュの速度はどんどん増すが、じわじわと巨大化するシャボン玉が攻撃をことごとく跳ね返す。
「だったLaaaaaaaaaa!」
束は一度壁際まで飛び退くと、両手を開いて腰を落とす。右足首のアンクレットに嵌まったクリスタルが、白から赤へ変じる。
(この気迫、危ないな!)
警戒を強めるシャルルに向かい、束は力強く走り出した。
「ノラァァァァァッ!!」
雄叫びを上げて跳躍した束は、空中で前方へ一回転した勢いを加えて必殺のキックを放つ。
シャボン玉がキックを正面から受け止めた。
シャボン玉の直径は、今やシャルルの身長よりも大きい。だが、推定15トンは下らない束のキックを受け止めるには至らず、常人なら気絶必至の破裂音を炸裂させ砕け散った。
「がァっ!?」
多少は威力を減退させたというのに、キックの衝撃はシャルルを壁に叩きつけるに留まらず、突き破って部屋の外まで吹き飛ばした。
瓦礫と共に廊下に投げ出されたシャルルに、束は一足飛びに近付いて拳を振り下ろす。狙いは顔面だ。
「ふっ!」
が、当たる直前に頭を左へずらしてギリギリ回避し、シャルルは束の手首と肘を抑えた。さらに両足を振り上げて相手の首に引っ掛け、腕と首を同時に極める。
そのまま相手を倒せれば、腕ひしぎ逆十字固めが完全に決まる。
はずだった。
「しゃらくせえ!」
束は逆にシャルルの顔面を鷲掴みにすると、力任せに床へ叩き付けた。
アリーナ全体が打ち震える衝撃に地下の土台まで粉砕され、周りの壁にまで亀裂が走る。
シャルルの体は床を何度もバウンドさせられながら廊下の端まで到達、突き当たりの壁も破壊して屋外に飛び出してようやく止まった。
「っっっっったいじゃないかッ! あのアマ!!」
背中を強か打ち付けたシャルルだが、すぐさま起き上がって突進してくる白の戦士を待ち構える。肋骨やら内蔵が軋むように痛むが、気にしている余裕などない。
(地上を走ってる……ISだけど空は飛ばないのか。けど近距離での動作性能やパワーは超人レベルだ。これもう、様子見とかしている場合じゃないな! こうなりゃもう、ぶちのめして赤石について直接聞き出してやる!!)
第二世代型IS程度ならいくらでも処理できるが、束の空牙はもはやISと呼べる範疇にない兵器のようだ。稀代の天才の本気度が伺い知れる。
シャルルの目の前まで迫った束が、大振りながら鋭いナックルアローを放つ。
対してシャルルも拳を振るうが、踏み込みも拳を突き出す速度も束が圧倒的に上だ。
(でも、迂闊なんだよっ!!)
だが、先に相手の顔面を捉えたのはシャルルだった。
「なにっ!!」
錯覚でなければ、シャルルの腕が伸びて一瞬早く束に届いた。関節を外し、その分だけ腕のリーチを強引に伸ばしたのだ。
そして、シャルルは
まるで高圧電流を流し込まれたようなショックを受け、束──いや、空牙の動きが僅かの間停止した。
「な、なに──!?」
システムが完全にダウンし、あらゆる入力を受け付けない。一秒もあれば復旧可能な障害、しかしシャルル相手に一秒というのは充分すぎるほどの隙となる。
シャルルは相手の懐まで潜り込み、渾身のジョルトブローに波紋を乗せてぶち込んだ。
ヅダを操る時と同様、波紋がISコアを狂わせ、空牙が強制解除されていく。無防備の生身を晒した束が呆然と立ち尽くす。
そんな束の顎をシャルルは容赦なく掌底で殴り、地面に組伏せてから両腕の間接を極めて自由を奪った。
「ぐっ……ド畜生がっ……」
「天才って言っても、頭に血が上ってるとこんなもんか。シャボン玉を割られるのも予想の内だったんだ。装甲に付着した液に気付かなかったのもそうだけど、ISにとって波紋が天敵だってことも忘れてただろ」
「いや、そんな設定は初耳なんだけど……って、波紋!?」
「だから、さっきそう言ったじゃあないか。聞いてなかった?」
「えっと……あ~……つまり、そういうことか……だからスピードワゴンが……納得」
「いや、一人で納得するなよ」
ようやく自分の迂闊さと、現在の状況にまで考えの及んだ束は、抵抗するのも馬鹿らしくなって全身の力を抜いた。
束は押さえ付けられたまま普段の、どうでもいい相手に向ける非人間的な視線でシャルルを見上げた。
「エイジャの赤石なら私の手元に無いよ。ワイリーってジジイに盗まれた。で、女装して
「…………」
頭が冷えると話が早い。しかも図星まで一緒に突いてくる。
しかし物言いがムカついたので、意味もなく波紋を流してやった。
「あだだだだだっ!? い、言っとくけど、その件についてはついこの間いっくんとちーちゃんからもこっぴどく怒られてんだ! 今さら嘘なんて吐くかよ!!」
そこまで言う以上は事実なのだろう、とは思うのだが、
「……そのワイリーってのはどこに?」
「だから今探してんだよ! いっくん達と、あとワイリーと知り合いだっていうライト博士にも協力してもらって──だからもう波紋は止めろ!」
「……はあ。なら、僕も一枚噛ませろ。嫌とは言わないよな」
大きな溜め息を吐いて、シャルルは渋々と束を解放した。
立ち上がった束は外されていた肩関節を自力で治すと、舌打ち混じりに首を竦めた。
「噛むのは良いけど、このあともお前、その格好で学園に通うつもりか?」
「えっと、それは……」
「忠告するけど、学園にいる間はシャルロットで通した方が身の為だ。お前、現状何回女子更衣室で着替えしたか覚えてるか?」
「不可抗力だよ!」
「どうだか。さる情報筋によれば、うちの妹をじーっと見てたって……ちょっと待て、落ち着け、拳を構えるな!」
「おーい、お前ら! これはどういう状況だ?」
騒ぎに気付いた一夏がちょうどそこへ駆け付けたものの、開口一番に「またうちの束がやらかしたのか」とシャルルに尋ねた為、束は恋人からの信用度の低さに精神的にも大打撃を喰らったのだった。
ここは成層圏よりさらに上、制止衛星軌道上に建設された、どこの国にも属していない宇宙ステーションである。
表面はエネルギーフィールドを鏡のように張り巡らすことで視覚的にもレーダー上でも極めてステルス性の高い構造をしており、各国の情報網は愚か束を初めとする天才連中からも存在を隠し続けている。
この宇宙ステーションを拠点とする老人は、手の中に赤く輝く大粒のルビーのような宝石をもてあそび、巨大モニターに映されたウサミミ着けた女を観ていた。
老人の名はアルバート・W・ワイリー。
「君があのくそったれライトと手を組むとはな。これも運命か」
「運命、か。ずいぶんとセンチな発言をするな、ダディ」
ワイリーの傍らの人影が、鼻で笑うように言う。人の形こそしているが、それは人間ではない。ワイリーによって作られたロボットの一体だ。
「ククク。あの子もワシにとっては孫娘のようなものだからかな。それよりもジュニアよ、例の連中から次の依頼があったぞ。アメリカに仕掛けるらしい」
「私も出撃するか?」
「それはまたの機会だ。今回も我らは高みの見物といこうじゃないか」
「ふん」
ジュニアと呼ばれた長身の白人男性型アンドロイドは、詰まらなそうに鼻を鳴らす。ふと、サングラスの奥の赤い瞳が、モニターに現れた少年の姿を捉える。
「……ただ待っているのも退屈だね。少し出てくる」
「あの少年が気になるか?」
「少なくとも、今の私とであればいい試合が出来そうだ」
アンドロイドは後ろ手に手を振り、部屋から出ていった。
「さて。ワシのジュニアは凶悪だぞ、束君。君のボーイフレンドは果たして生き延びられるかな?」
エイジャの赤石を握りしめるワイリーは、一見好好爺を思わせる無邪気な笑顔で、モニターの向こうで恋人の首に抱き付く束を見守っていた。
ストーリーを進める為だけの17話。
シャルルが「シーザー+ジョセフ」みたいになってきたかな、口の悪さとか。原作も策略家っぽいキャラだし、腹黒いイメージはあるけど、なんだこれ?
ちなみに、この物語中におけるISが持つ最大の利点とは「高速で飛行できる」ことと「非常に高性能な宇宙服である」という部分だと思われます。ただ「戦闘機より強いISよりもっと強い生身の超人」がいるだけで、兵器としても非常に有用であるのは原作と同じです。
余談ですが、原作のワイリーに息子はいませんが、この「ジュニア」はオリジナルキャラではありません。ISのキャラではありませんが。