男は闇の中にいた。深い幻想的な気分に包まれながら、晴れ渡る空の下にいた。男は宙に舞い、人々の喧騒を眺める。男の眼には、好奇心からくる輝き、そして熱い炎があった。
──なんだ…あれは…?
紅く…熱くたぎる龍。白く…冷たく前を見据える機械の軍団。彼らを観察する骸骨の集団。天を優雅に舞う鳥たち。大地を揺るがして行進する巨人。空を覆い尽くす天使。
今、これらの勢力が、男の下でぶつかり合おうとしていた。
「一体これは…。」
「そう。あれこそが…この世界の運命を左右する力。」
突然の背後からの声。男は驚きを抱き、勢いよく振り向く。そこには、美しい少女がいた。
──誰だ…こいつ。
じっくり観察してみる。きれいに整えられた長い黒髪に、汚れひとつ無い白のワンピース。幼さを少し残した、可愛らしい顔。
──清純──
この言葉がとても似合う女性だった。しかし、その表情は笑みを表すことはなく、憂鬱そうな様子で言葉を発する。
「あなたに…頼みがあるのです。とても重要な…。」
「…なんだ?」
「これを…受け取ってくれますか?」
少女は懐からカードを取り出し、男に差し出す。
──これはなんなのか…?
普通ならば、こんな問いが口から出るのだろう。しかし男はそれを黙って受け取った。何かに突き動かされたかのように。
「…これであなたは…戦いの運命に身を投じることになりました。
…では、健闘を祈ります…。」
男の視界は霞み、意識が現実へ引き戻されていく。そして遠退いてゆく意識の彼方、ひとつの単語が頭に浮かんだ。
──バトルスピリッツ──
「ちょっと!邪魔だよお兄さん!」
重いまぶたをこすり、彼はイスから飛び起きる。『彼』は14歳ほどの少年。少し大きい、花柄の着物に身を包み、長い茶髪をかく。
──うるっせぇな…。
顔を声の主に向ける。そこには、白い髪の少女がいた。小学生高学年くらいだろう。雪を思わせる純白の白。汚れなき白だ。動きやすそうなライトな服装と、活気あふれる顔は、見ている方まで元気になるような力があった。
「…っと…!悪い悪い。」
どうやら店のイスで寝込んでいたようだ。急いで席を開ける。彼が寝ていた席に少女が座り、向かいの席にもうひとりの少女が座る。そして気付けば、周りにはたくさんの子どもたちがいた。
──なにやんだろ…?
子どもたちは皆、その大きな眼を輝かせている。一体どんな面白いことが始まるのか。ギャラリーの視線を受け、二人の少女は腰のホルダーから紙の束を取り出す。
──なんだありゃ。
二人は雄々しい表情で紙束をテーブルに置く。視線の交差。今から殺し合いでもするんじゃないかと思わせる程の迫力だ。
「さぁさぁ始まるぜぇぇっ!!今日の大会のぉ…注目の一戦!!この店のトップクラス戦魂者の二人の対戦だぁぁぁぁ!!実況はこの俺!!馬神トッパが…正面突破で務めるぜ!!」
馬神トッパと名乗る、赤髪の18歳ほどの若い男が凄まじいテンションでシャウトする。彼の叫びに呼応されるかのように、辺り一帯が熱気に包まれる。
──なんなんだろうか…。
少年が呆気にとられていると、赤髪の男が近付いてきた。
「なんだよなんだよぉ!?せっかくの戦魂なんだからさ、もっとテンション上げてこーぜ!!」
「…戦魂?」
「…お前…もしかしてバトスピ知らねぇのか!?」
少年はうなずく。 男は何やら叫びながらのけぞる。相当ショックだったのだろう。
「お前…。じゃあなんでここで寝てたんだよ?」
「居心地いいなぁ…って思って。昨日来たときは静かだったのに…。」
「あのなぁ…。ここは昼寝場所じゃねぇんだぞ?」
男はそれから少し説明を始めた。男の説明によると、今日この店では、カードゲーム『バトルスピリッツ』の大会が行われているらしい。そのゲームは子どもたちの間で大流行していて、この店には大勢の熱いバトスピ好きが集まってくるらしい。そのバトスピの戦いのことを戦魂、バトスピで勝負する者たちのことを戦魂者と呼ぶらしい。
「ふぅん…。バトスピねぇ…。」
「おう!!すっげぇ面白いんだぜ~!!」
カードゲームの類いを、少年はやったことが無かった。少し興味を抱き、テーブルを見てみる。そして次の瞬間、少年は戦慄する。
──なっ…すげぇ…ッ!!
並べられた、数枚のカードたち。そこに描かれた美麗なイラスト。カードたちの上でぶつかり合う二人の闘志。壮絶な、最高に熱い戦いがそこにあった。
「…へへっ。すごいだろバトスピ?」
「あぁ…ッ!!すげぇ…すっげぇ!!」
場に出ているカードたちが天と地を駆け回る。その姿が、リアルに目に浮かんでくる。白髪の少女が自分のターン(順番)を終え、相手の少女のターンになる。
「ふっふっふ…。白咲 由希(しろさき ゆき)!!今日こそは…この嫣極切 紫牙(えんごくせつ しが)様がお前を倒ーす!!」
「…今日も元気だね紫牙ちゃん。良いカードが来たのかな?」
紫牙(しが)と呼ばれた少女はにんまりと笑う。由希と呼ばれた少女と同じくらいの年頃のその少女は、紫の髪をなびかせ、革ジャンを着用している。頭には巨大なサングラス。いわゆるトンデモファッションの持ち主だ。だが少年にとっては、そんなことはどうでもいい。彼はすっかり戦魂に夢中になっていた。
「紫牙は前のターンの由希の攻撃で、ライフは残り1つになりスピリットも大量に破壊された…。ここからどう逆転するんだ!?」
「…すみません。専門用語多すぎて意味わからないです。えっと…馬神さん。」
「バシンでいいって!…おっ!鴉くんじゃん!」
白髪の小さな少年が、とてとてと歩いてくる。テーブルに座っている、白髪の少女にそっくりな、可愛らしい雰囲気だ。
「こんにちは店長~。この人は?」
「なんかバトスピ知らねぇんだって。だから説明してたんだ。あぁ、紹介するよ。こちらは白咲 鴉(しろさき からす)くん。由希の弟だ。」
「よろしくね~。…あなたはなんていうの?」
「…聖天 斬(せいてん ざん)だ。よろしく。」
鴉はにっこり微笑む。そして三人の視線は、再びテーブルへ向けられる。
「頑張れお姉ちゃん!ファイト~!」
「…鴉…。うん!お姉ちゃん頑張る。」
「頑張る?だがしかぁし!!まったく無駄ぁぁ!!ネクサス─結界─骸の斜塔を配置。そして…マジック『ネクロマンシー』を発動ぉ!!」
亡霊たちの叫び声と共に、大気は鳴動する。枯れた大地に紫の結晶が散りばめられ、やがてそれは拡がっていく。地獄の門は開き、今絶望の扉が開こうとしていた。
「ネクロマンシー!!あれはトラッシュ(捨て札)の、系統゛無魔゛を持つスピリット全てを手札に加えるカードだぁ!!…ということは…。」
「…来る!」
「咲き誇れ…紫─スイレン─の華よ!!」
骸たちの咆哮。体を底から震えさせる地響き。得体の知れない威圧感を引き連れ、咎人たちの大行進が始まる。紫牙の場に並べられた10体以上のスピリット。対する由希の場にはスピリットはたったの2体。ルールを理解していない斬でも、どちらが有利かは容易に分かる。
「ピジョンヘディレスが3体、ダーク・ソードールが3体、ボーン・トプスが3体、骨鹿が3体、か。この総攻撃を喰らったら…。」
「…お姉ちゃんは…負けない!!」
紫の亡霊たちが由希を囲む。 今にも襲いかかろうと、鋭い牙を剥いている。
「私様の最大のライバル…白咲由希!!私様の華に埋もれ消えなさい!!」
骨鹿が由希のスピリットを引き付け、残りのスピリットたちが駆ける。
──もらったぁぁ!!
亡霊たちの最後の咆哮。勝利へ向け、決死の突進が由希を襲う。
絶対絶命の状況の中、由希は…笑った。
「…!?何を笑って…まさか!?」
「フラッシュタイミング。マジック『サイレントウォール』を使用。残念だけど、紫牙ちゃんの攻撃はこれで終わってもらう!!」
亡霊たちの突進は見えざる壁に弾かれ、攻撃は沈黙に終わる。紫牙は歯ぎしりし、悔しそうにターン終了を告げる。
「…でも、この数のスピリットを突破するなんて…できるわけない!!」
「どうかな?私のターン!」
由希のターン、由希の前に炎をまとった槍が舞い降りる。由希はそれを掴み、紫牙の後ろにそびえる塔へと投げつける。
「はぁぁぁぁぁ…ッ!!っ…だぁぁ!!」
天へ向けそびえ立つ斜塔が、赤き槍の一撃で砕け散る。
「あれは…ネクサスを破壊する、マジック『バスタースピア』!?そしてその効果は…相手のネクサスを破壊した時ドローができる…はっ!!」
紫牙は眼を見開く。亡霊たちを吹き飛ばし、新たに巻き起こる白の嵐。その中で雪の結晶が美しく舞う。
──これは…!?
大地の彼方、紫の大地を白く染め、巨大な城が降臨する。
「そびえよ…美しき鋼の城。『鉄騎皇イグドラシル』召喚。」
黄金の装甲をまとう白い勇者。はためくマントに、煌めく透明な雪。その力強く差し出された右腕に、亡霊の反撃は打ち消される。そして亡霊たちは消え去る。
「…くっ!!私様のスピリットが…!?」
「イグドラシルの効果。BP(バトルポイント)3000以下のスピリット全てを手札に戻す。」
「これで紫牙を守るスピリットはいなくなったぁぁ!!」
「いっけーお姉ちゃん!」
由希と紫牙の視線が交差する。そして二人は、静かに笑った。
「行けイグドラシル!!ラストアタック!!」
「…この戦魂に一片の悔いなし!!ライフで受ける!!」
最後のライフが砕け散り、勝負が決する。その瞬間、店中が大歓声にのまれる。
「決まったぁぁ!!勝者は白咲由希!!当ショップのトップクラス戦魂者がその強さを見せたぁ!!おめでとう!!」
大きな拍手が起こる。由希は照れくさそうに笑い、紫牙に微笑みかける。しかし紫牙は不機嫌そうな顔をしていた。
「…また負けた…。特訓したのに~。」
「でも紫牙ちゃんはすごく強くなってた。…ねぇ、良かったら…」
「ぐやじぃぃぃ!!覚えてろ!!次会ったときがお前の最期だ!!ワハハハハー!!」
紫牙は風のような速さで走り去っていった。由希は少し残念そうな表情を浮かべ、弟の方へ眼を向ける。
「さすがお姉ちゃん!!良いバトルだったよ!!」
「ふふ。ありがと。…あ、さっきの人。」
由希が斬に目を留める。鴉とバシン が斬のことを紹介しようとした時、三人は斬の異変に気付いた。斬は放心状態になっていたのだ。
「お…おーい斬~。」
バシンが呼び掛けると、斬はハッと覚醒する。斬はしばらく目を瞬いていたが、やがて笑みを浮かべ、由希を見据える。
「…決めたぜ!!」
「?」
「俺は…バトスピをやる!!そしてお前に勝ぁぁッつ!!」
斬の叫びが響き、人が集まってくる。呆気にとられている由希をよそに、バシンと斬は意気投合している。
「そうかそうかぁ!!よし…お前は俺が鍛えてやる!!」
「はい!!お願いしますバシンさん!!」
「なんか話進んでるね…。」
「ふふっ…。面白そう。」
周りの人たちがざわつく。トップクラス戦魂者に初心者が挑むなど、無謀でしかない。しかし斬は楽しそうな笑みを崩さない。その眼には熱い獄炎が燃え上がっていた。
「お前の戦魂が…俺の魂に火をつけた!!だからこそ…俺はお前と戦魂したい!!」
「…わかった。受けてたつよ。でもどうしょうか…。デッキは無いでしょ?」
「デッキ…?よく分からんが、すぐに用意する!!すべからく待て!!待ってください!!」
バシンによると、デッキとはカードの束(山札)のことらしい。それがなければ戦魂はできず、デッキを作るには40枚以上のカードが必要である。
「そのカードはどこに!?」
「ここで売ってるぜ~。ほら!」
バシンの指差す方向には、積まれたパックがあった。値札に書かれた値段は…210円。
「そんな金は…ねぇぇぇぇ!!」
「えぇ…。」
「頼むバシンさん!!俺を…ここで使ってくれ!!そして金をくれ!!」
「バイトってわけか…。わかった!!正面突破でこき使ってやるぜ!!」
─翌日─
斬はバシンから賃金を受け取った。斬から歓喜の叫びがあがる。
「うぉぉぉ!!バシンさん!!早速カードを買うぜ!!」
「おう!!どれにする?」
「じゃあ…これとこれを箱で!!」
斬が指差したのは、バトルスピリッツ覇王編のパック。斬は『覇王』という単語になんとなく格好よさを感じ、それを選んだ。そして剣刃編と星座編のパックも数パック買った。
「ふぅん…。新しいやつを選ぶんだな。」
「…あぁ。なんか良いの…来い!!」
箱を開ける前に、剣刃編のパックを開けてみる。
──なんだろうな…。
引き寄せられるような、不思議な感覚。そこに昔からの大切な友が待っているかのような感覚。斬はパックを開き、出てきたカードに見入る。
「…」
「それは…。おぉっ!!Xレアじゃん!!バトスピで最高のレア度なんだぜ~。」
「…良い。これ凄くいい!これが…俺の切り札だぁ!!」
お気に入りになったカードを天にかざし、斬の笑顔が輝く。
斬が箱を開けていると、由希と鴉が店に入ってきた。
「おぉ由希に鴉。開店したばっかなのに…。早いねぇ。」
「はい。楽しみでしたから。あの人は…」
「…なんか派手に買ってるね。」
斬はパックのゴミをバケツに叩き込み、勢いよく立ち上がる。
その手には、40枚のデッキが握られていた。
「…準備オッケーってわけか…。じゃあ早速…。」
「はい待ったー。どうせなら…あれでやろうぜ。」
「「あれ?」」
バシンが微笑みながら手を振る。
その場にいた全員が店の奥へ顔を向ける。そこには小さなステージのようなものがあった。由希と鴉は驚きの表情を浮かべる。
「まさか…あれは!?」
「そう…。最新技術を導入して、正面突破で開発されたスーパーマシーン!!」
「おぉ!一体これで何が!?」
「それは使えばわかるさ…。行ってこーい!!」
由希と斬はうなずき、ステージに登る。
──俺の初戦魂…。
斬は胸に手をかざす。
──全力で…楽しんでやる!!
視界からバシンと鴉が消える。店の景色も消える。体が何処かに吸い込まれていくような感覚。その果てに、斬は渇いた大地へと羽ばたく。
「ゲートオープン…界放!!」