地球人最強の男、オラリオにて農夫となる   作:水戸のオッサン

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其ノ五 偉業

 

 

ティオネは平野に立つ【猛者(おうじゃ)】と農夫の姿に驚愕の色を隠せなかった。

猛者(オッタル)】の実力も想定外であるが、より衝撃を受けたのは農夫の方だ。

先ほどまでの姿からは想像しえない、完全に異次元の存在だった。

 

「団長は気付いていたんですか、あの農夫のこと」

 

ティオネはフィンに問う。

 

「いや、確信は持てなかった。ただ周囲の視線や反応から、あの農夫が匂うとは思っていた」

 

フィンは農夫を見ながら返す。

 

「まんまと騙されたよ。どういう技術かはさっぱりわからないけれど、彼は気配だとか存在感といったものを隠すことができるらしい」

 

ティオネは頭痛を堪えるように額に手を当てる。

その技術とやらで世を忍び続けたとでもいうのか。いくらなんでも、あれほどの実力をしてさすがにそれは無理がある。

思考するほど混乱が深まるばかりで、ティオネはいったん考えるのをやめた。

 

「………それにしてもアイツ、他人(ひと)()()るつもりですかね」

 

ティオネは話題をオッタルに移す。

 

「さて、それは女神(フレイヤ)の気分次第だけど」

 

フィンは横目でデメテルを窺う。

デメテルは農夫を見つめているが、彼らに対して口を挟もうとする様子は無い。

農夫への信頼は厚いのだろう。

 

「それを受けるかは、彼の度量によるかな」

 

フィンもまた農夫に視線を戻し、成り行きを見届けることにした。

 

 

 

 

「で、どうするんだ?このまま戦えばいいのか?」

 

クリリンはオッタルに問う。

 

一度収めた状況を煽り、自分たちの領域で戦意を表し同胞や来客を萎縮させた。

この世界の法や理をまだ把握できていないクリリンとしても、オッタルの振る舞いは目に余る。牽制すべきと判断した。

 

 

「このあたりから天に上る一撃が放たれた」

「ん?」

 

オッタルが口を開く。

 

「昨日の早朝のことだ。――――おまえの仕業だな」

 

あーアレのことか、とクリリンは合点がいく。

 

「確かにオレがやったことだけどなんか大げさだな」

 

クリリンは笑って言う。

 

「畑を荒らす猪を仕留めただけさ」

 

クリリンとしては単に事実を述べただけで含むものは何もなかったが、この状況で猪人(ボアズ)であるオッタルに対して言うには皮肉とも取れる言い草だった。

 

オッタルもまた口角を上げ、その背に負う大剣に手をかける。

 

「ならばその猪の無念を俺が晴らそう」

 

 

オッタルの戦意が滾る。

クリリンとオッタル、両者の間の空気に亀裂が入る。

 

完全なこじつけで戦端が開かれつつあった。

 

相手の挑発に乗ってもいいものか迷うクリリンはデメテルを横目で見る。デメテルは健気に見守るばかりで止める様子はない。

ついでにデメテルの横にいる金髪の少年紛いの男――――オッタルと同じくこの世界の有力者と思われるこの男を見ても、楽しげにこちらを見ているばかりで止める気配はない。

 

オッタルの大剣が宙を動き、その剣端がクリリンに向けられる。

 

周囲が竦み上がるほどの戦意がクリリンを襲う。

クリリンはそれを適当にもてなしつつ考える。

 

(んーやっぱりオレの力を見るのがこいつの目的だったか。デメテル様たちに迷惑かからなければ戦うのはかまわねえけど)

 

クリリンはぽりぽりと頬をかく。

 

(相手の出方に合わせて反撃して、周りの反応見ながら調節していくか)

 

方針を固めるクリリンにオッタルが声をかける。

 

「一応きいておこう。武具は不要か」

 

オーバーオールに麦わら帽子。クリリンの姿は農夫そのものだったが、当のクリリンは戦うにあたり支障はないと答える。

 

「先手は譲る。好きにかかってこい」

 

都市最強の力を誇るオッタルに対してなんとも大胆な発言だった。

 

直後、クリリンの頭上にオッタルの大剣が振り下ろされた。

 

恐るべき速さの踏み込み。

クリリンが口上を述べるや否や、オッタルの巨体はクリリンの目の前にあった。

 

不可視にして不可避の一撃がクリリンの脳天に炸裂する。

爆音と共に麦わら帽子は一瞬で消し飛びクリリンの立っていた地面は大きく陥没した。

 

周囲の冒険者たちから悲鳴が上がる。

誰もが死んだと思った。あの農夫も化物に違いないが、オッタルの一撃をまともに食らったのだ。どうあっても無事で済むとは考えられなかった。

 

そんな中で

 

「まいったな、帽子のこと忘れてた」

 

場の空気を乱す間の抜けた声がクリリンから上がった。

 

「受けずに躱せばよかったな~」

 

オッタルの大剣はクリリンの脳天で止められていた。

両断されるか潰されるか、そんな一撃を受けても何事もなかったかのようにクリリンは振る舞う。

 

「おおおおおお…………!!!」

 

オッタルの筋肉が膨れ上がりその怪力が剣に込められるも、クリリンは剣を頭で押し返す。

 

冒険者たちは眼球がこぼれ落ちんばかりに目を見開いて驚愕していた。

 

「これはなんとも出鱈目な話だね」

 

半眼のフィンがすべての冒険者の思いを代弁した。

そんな彼も呆れてもはや言葉もないといった様子である。

 

「よ」

 

クリリンは頭を振って大剣を払う。

剣が押し退けられオッタルは体勢を崩す。

 

 

そこをクリリンの拳が捉える。

 

まさに究極の一撃だった。

 

 

武人が気の遠くなる鍛練の果てに追い求める至高の軌跡。

クリリンの一撃はそれを体現していた。

 

人体から出るはずのない音を立ててオッタルの顎がはね上がる。

 

それを見たティオネは息を呑み思わず顎に手を当てる。

自分が受けたなら間違いなく頭が粉々にふっ飛ぶ一撃に青ざめる。

 

(なによあれ。オッタルの防御もあっさりすり抜けるし)

 

 

たとえ第一級冒険者であっても今の一発で勝負は決まっていた。

しかしオッタルもまた尋常ではない。

大きく仰け反った体をゆっくりと戻す。

クリリンの方を見て獰猛に笑う。

 

「お互い挨拶は終わったな」

 

クリリンのその言葉に、冒険者たちはいっそう戦慄した。

 

 

◆◆

 

「い、いったい何が起きているの……」

 

女の目の前で、都市最強の男と謎の農夫の戦いが繰り広げられている。

 

女はいったん眼鏡を外し布で拭いてから掛け直す。が、やはり目の前の光景は変わらない。

 

オッタルと農夫がぶつかり合うごとに、平野に爆音が響き、地面に亀裂が入り、観衆は突風に煽られる。

 

素人目にもこの戦いがとんでもないレベルにあるのはわかる。

ただ、女は農夫に全く見覚えがなかった。

 

女はオラリオの元締めといえるギルドで働くハーフエルフである。

今回の騒動でギルド側の対応を主導した彼女は、先ほど現場に到着した。

化物騒動は解決されたようだが、見るに新たな騒動が起きている。

 

今また農夫の一発がオッタルを吹き飛ばし、女はあまりの珍事に崩壊を始める表情を乙女の矜持で必死に取り繕う。

職務で冒険者と関わる彼女が、オッタルと渡り合えるほどの冒険者を知らぬはずはない。

だが、どんなに記憶を掘り起こしても農夫の姿は出てこなかった。

 

女は横に立つ者たちの様子を窺う。

 

デメテルはいつもより眉尻が下がり、衝撃と突風に煽られた二つの巨峰が荒ぶっている。

平常は自信にあふれ堂々と振る舞うティオネは、顔を青くして全身をこわばらせている。

そして女の視線に気が付いたフィンは言う。

 

「エイナ、よく見るといい。深層(地獄)に行ってもこんな面白いショーは見られないよ」

 

「というよりここが地獄そのものではないでしょうかディムナ氏!!?」

 

フィンは遠い目をし、エイナと呼ばれた女の表情が歪む。

エイナは気を取り直して考える。この反応からしてフィンやティオネもあの農夫については知らなかったと思われる。

そうなれば事情を問うのはまずこの御方である。

 

「神デメテル、あの農夫は貴女の眷属ですね」

 

デメテルはエイナの方を向く。

 

「彼は一体何者なのですか」

 

フィンとティオネも横目でデメテルを窺い、女神の答えを待つ。

 

「あの子の名はクリリン。皆が知らないのも無理はないわ。あの子は冒険者登録をしてないもの」

 

「いえ、それはおかしくありませんか神デメテル。あの強さです、レベルは7以上でしょう。ならば冒険者登録の有無に関係なく名は知られるはずです」

 

「………」

 

「迷宮のないオラリオ外では高レベルの眷属の絶対数は少ないです。しかし、少ないだけでいないわけではありません」

 

「………そうね」

 

「市外の実力者が改宗して農夫として第二の人生を歩み始めた。ありえる話だと思いますが、無名なのはありえない」

 

クリリンとオッタルの戦いは続いている。

互角、ではない。信じられないことにクリリンが優勢に見える。

それほどの実力者が―――たとえ裏社会の者だとしても、今まで無名だったとはまず考えられない。

 

エイナはデメテルをじっと見つめる。ギルドの職員としては通常、派閥(ファミリア)の事情に介入すべきではないが、事情が事情だ。

騒ぎを聞き付けたのか観衆は増え続けている。神もいる。

この戦いが終わっても騒動は収まるまい。ならばギルド側として少しでも情報を得たかった。

 

エイナに見つめられ、ふぅとためいきをついたデメテルは衝撃の事実を明かす。

 

「クリリンは改宗してないわ。レベルは1よ」

 

それを聞いたエイナの乙女の矜持は決壊した。

フィンとティオネも表情が消えた。

 

「レベル1のオールIよ」

 

「畳み掛けてこなくていいですからあ!!」

 

デメテルの追撃にエイナはひどい形相で地団駄を踏む。

 

「すると、クリリンは恩恵を受ける前から相当に強かったということですか神デメテル」

 

フィンが会話に入る。

一度は放棄した思考を即座に立て直すあたりさすがの精神力である。

 

「ええ、子どもたちはそう言っていたわ。でも私がクリリンの戦いを見るのは今日が初めて」

 

デメテルはクリリンを見て目を細める。

 

「あれほどの強さとは思わなかったわ」

 

ティオネが恐る恐る口を開く。

 

「でもありえるんですか、そんなこと。戦闘に長けた種族のアマゾネスやドワーフだって恩恵無しじゃレベル1程度がやっとだと思いますが」

 

ティオネの言葉に誰もが答えに窮した。

会話は途絶え、戦いの音だけが響き続ける。

 

 

◆◆◆

 

 

クリリンとオッタルの攻防

 

それは雲の上の戦いであった。

 

交わされる一発一発が、深層に棲む強大な竜種をも沈める威力を秘めている。

 

 

 

都市最強

 

 

その称号に違わぬ力を、技を、そして気概を、オッタルは十全に発揮している。

 

 

それでもクリリンはことごとくオッタルの上をいった。

 

観衆はオッタルの動きをほとんど視認出来ていなかったが、一方でクリリンの動きはときにその軌跡がはっきり「見える」ことがある。それは残像なのか幻影なのか誰にもわからなかったが、誰しもひとつだけはっきりとわかることがあった。

 

 

その軌跡は地上に描かれた「奇跡」なのだ、と。

 

 

 

クリリンの一撃は(あやま)たずオッタルを捉える。

完全無欠としか思えないオッタルの攻防、その欠点を指摘するように、可能性を引き出すように、オッタルをより高みへと導くように、クリリンは攻防ひとつひとつに意味を込めていた。

 

(様子見ながら戦ってたら、なんか修行つけてるみたいになっちゃったな)

 

こちらが繰り出す一手一手の意図をこの男は理解し、よく食らい付いている。動きもずいぶんと良くなった。

目の前の挑戦者はなかなか優秀だとクリリンは評した。

 

オッタルの大剣が舞い、切り裂かれた空気が悲鳴を上げる。

同時にクリリンの手刀が一閃し、オッタルの激甚な一撃を弾き返す。

そしてまたオッタルに経験が刻み込まれる。

 

 

クリリンが奇跡を起こす度に、オッタルの輝きが増す。

 

 

◆◆◆◆

 

 

農道で戦いを見ていた冒険者の少女たちは膝を震わせながらも手に汗をにぎっていた。

 

 

―――これが「最強」

 

 

少女たちはごくりと喉を鳴らす。

 

「最強」を軽く見ていたつもりはない。

 

しかし今までの自分たちにはとうてい実感が湧くものではなかった。

 

少し前のことだ。

昇格(ランクアップ)の祝いの席で、

 

―――いつか「最強」の女冒険者になる

 

などと勢いで口に出したこともあったと少女の一人は思い出す。

 

(みんなは、がんばれって言ってくれてたな)

 

しかし少女たちは知っている。

同じ派閥の冒険者にも、日々血反吐をはきながら鍛練を重ねる者が何人もいることを。

迷宮で仲間を喪ってもそれでも前に進もうとする者がいることも。

―――この迷宮都市(オラリオ)にはそうやって懸命に生きている彼らすら寄せ付けぬ怪物たちがいることも。

 

頂上への道は多くの冒険者でひしめき合い、碌に前も見えない。

前を往く者が脱落することもあれば、後ろにいたはずの者に抜かれることもある。

そんな気の遠くなる道のりの果てにあの二人はいる。

 

 

「………きれい」

 

少女たちはしかし、その険しい道の果てに焦がれる。

強さを極め続けるクリリンとオッタルの戦いは、見る者の心を惹きつける美しさがあった。

 

 

「最強」の重みを忘れたわけではない。

 

それでも、二人の戦いには手を伸ばしたくなる輝きがあった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「なんかオッタルのやつ、強くなってませんか」

 

ティオネがフィンに確認する。

 

「ああ、そうだね。オッタルは強くなってる」

 

フィンは肯定する。

 

「ですがディムナ氏、ステイタスを更新しないまま強くなることなんてありえるのですか」

 

「エイナ、強さとは身体能力だけで決まるものではないよ」

 

フィンはエイナに語る。

 

「仕掛ける角度やタイミング、手足の置き方、視線の動かし方、それらの組み立て方」

 

フィンは言葉を続ける。

 

「そして覚悟。戦い方ひとつで強さは大きく変わるものだよ」

 

なるほど、とエイナは呟く。

 

「実力が近い者同士で切磋琢磨している、と」

 

「それはどうかな」

 

エイナの言葉にフィンは疑義を呈する。

エイナは戸惑い、デメテルとティオネは沈黙を保つ。

 

「あれはもう僕には戦いに見えない」

 

エイナが困惑の色を深くし、フィンの言葉を待つ。

 

「あれはクリリンによる手ほどきだよ」

 

フィンの言葉にエイナが口元を手で覆う。一方、デメテルやティオネはおよそ予想出来ていたのか、大きな反応は見せなかった。

 

「ディムナ氏、それは……クリリン氏とオッタル氏の間に相当の実力差があるように聞こえるのですが」

 

エイナは声を絞り出す。

 

「うん、かなり上だと思う」

 

彼の真の実力はさっぱり見当がつかないけどね、とフィンは苦笑いし、エイナは呆然とする。

 

「見てごらん、ついにオッタルの息が切れ始めた。そろそろ終局かな」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

オッタルは肩で息をしていた。

 

クリリンの激しい攻撃は、無尽蔵にも思えるオッタルの体力(スタミナ)を急速に削っていった。

 

全身に玉のような汗が吹き出し、クリリンの打撃を受けた箇所は腫れている。

しかし武具は健在。クリリンがその気になれば剣は折れ防具はひしゃげていてもおかしくないというのに。骨折なども無い。

 

相当に譲られた戦いだった。

 

(今の俺では奴の本気を引き出すには値せぬということか)

 

オッタルはクリリンを見る。そこには戦闘開始時から全く変わらぬ様子の強者がいた。

 

(地上にこんな男がいたとは、こんな世界があったとは)

 

頂点に立ってから過ぎた年月はどれほどか。

伍する相手も無く次第に閉じゆくオッタルの世界は、ある日突然現れた農夫にこじ開けられた。

 

気力はもうほとんど残っていない。オッタルが最後の一撃を放つべく構える。

 

「いくぞ、クリリン………!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(そろそろ潮時かな)

 

畑には多くの者が集まっていた。

どうやら神々もいるようだ。

ずいぶんと衆目を集めてしまった。

 

向こうの派閥との関係が険悪になることはオッタルの様子からして無いとは思うが、しばらくは騒がしい日々を過ごすことになりそうだ。

 

(結局、デメテル様たちには迷惑かけそうだな。いったい何がわるかったのか)

 

クリリンは反省するも、状況をみれば間が悪かったとしか言えない。

馬が畑に近づいた時点でどうやってもなんらかの騒動になるのは決まっていた。ならば死者ゼロ、物的損害も軽微の現状はこの上ない結果だった。

 

オッタルを見る。

ことを大きくした男に言ってやりたい文句もあるが、オッタルが仕掛けてこなければ、あの金髪の男と横にいるエロい格好をした褐色肌の少女が何か探りを入れてきただろう。

オッタルを回避したところで面倒なことになりそうなのは変わりなかった。

 

オッタルは残り少ない気力を振り絞り一撃を放とうとしている。

これが最後の攻防となろう。

 

いろいろと言いたいことはあるが、オッタルは確かに「猛き者」であった。

クリリンは相手の気概に相応しい一発を用意する。

 

オッタルの剣は今日一番の速さと鋭さを以てクリリンに襲いかかった。

 

周囲から歓声が上がる。畑が熱気に包まれ、熱に浮かされた観衆の興奮はさらに膨れ上がる。

 

オッタルの最高の一撃を、しかしクリリンはたやすく掻い潜りオッタルの懐に入る。

 

オッタルと目が合う。オッタルの目は何かを悟った光を宿していた。

それを見てクリリンは一瞬笑った。

 

 

今一度(いまひとたび)、地上から天に至る一撃が放たれる。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

オッタルの体が凄まじい速さで地上から遠ざかる。

 

おそらくクリリンの攻撃を受けたのだろうが、疲労で感覚も麻痺しているのか痛みは感じない。

 

―――ああ、これだ。

―――昨日感じた力はこれだったのだ。

―――天にも届くあの力の持ち主はクリリンで間違いなかったのだ。

 

意識が薄れゆく中でオッタルが見たのは、眼前いっぱいに果てしなく広がる青空だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

クリリンの一撃が頂点を、天空を打った。

 

オッタルの巨体は上空を舞った後、地に倒れ伏す。

 

歓声がひときわ大きくなる。

歴史が動いた瞬間だった。長らく都市最強の座にいたオッタルを倒し、新たな王者が誕生した。

これは史上稀にみる「偉業」だった。

 

決着はついたと、誰もが思っていた。

それはクリリンすら例外では無かった。

 

(まあ数分は意識が戻らないだろ)

 

クリリンがそう思っていたその時だった。

 

 

うつ伏せに倒れていたオッタルの体がピクリと動く。

 

「おいおいマジか」

 

クリリンが呟き、観衆はオッタルの姿を見る。歓声は次第に止む。

 

畑が静まりかえる中、オッタルは片膝をつきながら起き上がった。

 

「……………」

 

さすがのクリリンもこれには驚いた。

 

確かに仕留めたはずだった。しかしオッタルはクリリンの想像を超えてみせた。

 

 

不撓不屈

 

 

クリリンは、人々は、その姿に【猛者(おうじゃ)】の【猛者(おうじゃ)】たる所以(ゆえん)を見る。

 

 

オッタルはクリリンを見て、してやったりと笑う。

 

クリリンは一瞬呆気にとられたが、すぐに満面の笑みを返す。

 

オッタルはそれに満足したのか、今度こそ地に伏した。

 

 

 

―――神デメテル

 

フィンがデメテルに目配せする。

 

いたずらっぽくウィンクするフィンにデメテルは目を丸くするが、すぐにその意図に気付く。

 

女神がその美しい声を高らかに響かせて戦いの決着を告げ、クリリンとオッタル、両者の健闘を讃える。

 

歓声が轟き、畑は再度熱狂の渦に飲み込まれていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

それからはもうお祭り騒ぎであった。

 

戦いを終えたクリリンのもとに大勢の人々が押し寄せた。

こうなることをあらかじめ予想していたのか、即座にデメテルや同胞たちがクリリンを取り巻き守ろうとするも、彼女たちごと揉みくちゃにされる。

 

しばらくはされるがままであったクリリンだったが、ため息をつくとデメテルや同胞たちを抱えて飛び上がり難を逃れる。

 

火に油を注ぐ形での舞空術お披露目である。

案の定、眼下では

飛んだ!飛んだぞー!!

と騒ぎが大きくなっているが放置した。

 

目を白黒させている同胞たちを横目に平野を見下ろせば、オッタルの傍にも同胞たちが付いている。疲労や多少のダメージはあるだろうが、間もなく立って歩けるぐらいには回復するだろうとクリリンは見ている。

 

多くの者が集まっていた。数は千か二千か。騒ぎに騒いでいる。中には神輿を担いでいる集団もいる。そんなものなぜ畑に持ち込んだのか、クリリンたちにはまるで理解が及ばなかった。

 

デメテルたちを抱えたまま空中散歩をしていると、やがてスーツ姿の者たちが畑に駆け付けて騒ぎを収め始めた。クリリンの脇にしがみついている同胞の話だと、彼らがギルドの職員らしい。

 

ギルドの職員から注意を受けたのか、とりあえず畑での騒ぎは落ち着き始める。

それを見てクリリンたちもようやく空中から地上に戻る。

 

 

「やあ」

 

デメテルと同胞たちを下ろすと、クリリンに声をかける男がいた。

 

見ればあの小柄な金髪の男だ。後方には褐色肌の少女もいる。

 

「僕はフィン。フィン・ディムナだ。【ロキ・ファミリア】の団長をしている」

 

そう言ってフィンは手を差し出す。

 

「フィンは騒動を聞いて助けに来てくれたのよ」

 

デメテルが言葉を付け足す。

 

「そりゃわざわざありがとな。オレはクリリンっていうんだ」

 

デメテルさまから聞いてるかもしれないけどな、と言ってクリリンも手を差し出し握手に応じる。

 

【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナを前にすれば多くの者は緊張するものだが、そこはクリリンである。ごく自然体で応えた。

 

そんなクリリンの分け隔てない言動を【勇者】もお気に召したようだった。

 

「見事な戦いぶりだった。あんなに心を揺さぶられたのは初めてだったよ。僕からも讃えさせてくれ」

 

【勇者】から最大級の賛辞がクリリンに送られる。

 

 

「後ろにいるのはティオネ。うちの団員さ」

 

フィンがティオネを紹介するも、彼女の表情は固まったままだった。

あれだけの戦いをして、挙げ句オッタルを下して新たに都市最強となった男を前にしているのだ。気後れするのも無理はなかった。

 

一方のクリリンであるが、こちらはアマゾネス慣れしておらず、目のやり場に困り視点がぶれまくっている。

 

ティオネはクリリンの反応に気付き、その純朴さに張り詰めていた気が少し抜けて、くすりと笑う。

 

あんなに強いのになんか人間くさい男ね、とティオネは思う。

 

「ティオネよ。よろしく、オラリオ最強のクリリンさん?」

 

うろたえるクリリンにデメテルは耳打ちしてアマゾネスについて簡単に説明する。それでとりあえずクリリンは平静を装った。

 

「お、おう。よろしくティオネ」

 

クリリンとティオネもまた握手を交わす。

 

「さて、クリリンとはゆっくり話を楽しみたいところなんだけど、そちらもこれから忙しくなるだろう」

 

フィンの言葉にクリリンはげんなりし、デメテルは苦笑いする。

 

「日を改めることにするよ。よければこちらのホームにも招待したい」

 

 

そう言ってフィンとティオネは畑から去っていった。

 

(で、次はアイツらへの対応か)

 

馬からやや離れた位置に集結しているギルド職員たちの熱視線を受けて、クリリンは嫌々ながらも彼らのところへ足を運んだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

女神は世界の中心に座す摩天楼の最も高き場所にて、彼の帰還を待っていた。

 

 

地上に降臨した美の権化は強力な眷属たちを従え、神々すら手玉にとり、思うがままに世界で権勢を振るっていた。

 

今も彼女のいる一室には、彼女の手駒の中でも精鋭たちが揃っている。

 

猫人(キャットピープル)

エルフ

ダークエルフ

小人族(パルゥム)

 

単独でも小国を落とせるほどの戦力が女神の下に集結していた。

 

 

【フレイヤ・ファミリア】

 

 

【ロキ・ファミリア】とオラリオを二分し、世界で最も大きい影響力を持つ派閥の一つに数えられる。

 

純粋な戦力ならオッタル抜きでも【ロキ・ファミリア】と同等以上という恐るべき集団である。

 

 

フレイヤは瞑目し静かにオッタルの帰還を待つ。

 

その横で女神の眷属たちは落ち着かない様子だった。

 

「!」

 

扉がノックされて開かれる。

 

「フレイヤ様、ただいま戻りました」

 

オッタルの姿を見て、眷属たちは度肝を抜かれる。

 

顔は腫れ、体のところどころに傷がある。

ここまで傷を負ったオッタルを見たのは初めてだった。

 

眷属たちは街である噂を耳にした。

 

【デメテル・ファミリア】の無名の農夫が都市最強のオッタルを倒し、前代未聞の偉業を成した。

 

どこまで尾ひれの付いた話かわからないが、オッタルが何か強大な存在を相手にしたことは見てとれた。

 

反面、眷属たちには違和感があった。

歩みが確かなのはオッタルの強靭な精神によるとしても、武器や防具がきれいすぎる。

戦いの顛末も含め事情を聞きたいところであるが、主神を差し置いて口を開くわけにもいかず、眷属たちは沈黙していた。

 

「見苦しい姿で申し訳ありません。帰還の報告を優先致しました」

 

オッタルはフレイヤの前に出て礼をする。

目を開けたフレイヤはフフと笑う。

 

「まさか実際に手合わせまでしてくるとは思わなかったけれど、ずいぶんと上手に痛め付けるのね彼は」

 

見た目ほどひどいダメージでは無い。相手はオッタルに対し無理な怪我をさせず、また武具の損傷を避けたようだ。

オッタルの扱う武具は、本人の力量相応の超一流の品であり、損傷したからといってすぐに代わりを用意できるものではない。

オッタルを気遣うほどの余裕、そしてそれを実行できる技量。

忌々しい怪物を制した時点で只者ではないと感じてはいたものの、なるほどこれは大物の所業だった。

 

 

フレイヤは傍に控える猫人(キャットピープル)に声をかける。

 

「アレン、オッタルに回復薬(ポーション)を」

 

「はい、すぐに」

 

アレンはポーチから回復薬を取りだしオッタルに手渡す。

 

「団長、どうぞ」

 

「ああ、すまんなアレン」

 

オッタルは回復薬を数滴顔にかけ、残りは飲み干した。

オッタルの傷はみるみるふさがっていき、顔の腫れもひいた。

 

オッタルが謁見の前に自身の回復薬で傷を癒さなかったのは、自身の有様も情報のひとつと判断したからだ。ゆえにフレイヤの許可を待って回復することにしたのであった。

また、先ほどフレイヤがアレンを通じて回復薬の使用を命じたのは一種の様式美である。

 

 

「強かったのかしら、彼は」

 

「はい、とても。完敗でした」

 

オッタルの言葉に眷属たちはなんとか声を抑えた。

 

―――団長が完敗だと!?

 

眷属たちの脳内に、巨大なドラゴンや巨人などの怪物がぐるぐると現れるが、何を以てしてもオッタルが倒されるイメージが湧かない。

 

眷属たちの混乱をよそにフレイヤはソファーから身を起こす。

 

「まずはステイタスの更新をしてみましょうか。それが何より雄弁に事実をもの語ると思うわ」

 

 

それから間もなく、ステイタスの更新を終えた女神が狂ったように哄笑し、アレンたちや侍女たちが慌てふためく事態となった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆◆

 

 

【猛者】は最高峰に立っていた。

たった一人で天を見据えていた。

頂の、遥か上に広がる天を見据えていた。

 

天空は果てしなく遠く、届かぬままに長い年月が過ぎた。

 

いつまでそうしているつもりなのか。

 

しかし、ついに飛躍の時は訪れる。

 

 

地上を照らす【太陽】の大いなる光に導かれ

ついに【猛者】は頂から天空へ飛び立った。

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】団長

オッタル

 

昇格(ランクアップ)

 

 

人跡未踏の領域へ

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆◆◆

 

 

クリリンの異世界生活は5日目の朝を迎える。

 

昨日も一昨日もクリリンの周囲は大騒ぎだった。

 

今日もギルドに顔を出さねばならない。こうして畑仕事を教わるのは早朝に限られてしまっている。

 

騒動に拍車をかけたのは、2日前に公表されたオッタルの昇格(ランクアップ)だった。

 

クリリンとの戦いで7だったか8だったかに上がったらしい。

クリリンの方が昇格すると世間は思っていたらしく騒動は加速した。

 

なんでも昇格には「偉業」を成し遂げる必要があるらしいが、どうもクリリンの最後の一発に耐えたというのが「偉業」とみなされたというのが識者の解釈らしい。

 

それが広まってしまったのかクリリンの前に、俺を殴ってくれと言い出す冒険者(バカ)が現れ始めた。

 

しょうがないので、一人一人その力量に合わせてちょっと強めに殴り飛ばしたが、耐えた者は今のところゼロである。

 

 

 

地平線から太陽が顔を出し始めた。

 

クリリンが作物の手入れに取りかかろうとして手を止めた。

 

 

―――奴が来た

 

 

クリリンは察知し、

少しして同胞たちがどよめく。

 

 

農道を厳かに進むのは、クリリンと共に騒動の中心にいるオッタルである。

 

クリリンにとってオッタル来訪はどう考えても厄ネタにしかならなかった。

 

 

「手合わせ願いたい」

 

「いや仕事中だから」

 

昇格(ランクアップ)直後は心と体の整合に問題があってな、調整が必要になる」

 

「おい話聞けって」

 

「フレイヤ様の許可は取った。問題ない」

 

「オレの都合も聞け!?」

 

 

クリリンはため息をつくと、畑の脇に置いてあった荷から焼いたとうもろこしを2つ取り出してオッタルに渡す。

 

「さっき焼いたとうもろこしだ。それ食べて待ってろ。キリのいいとこまで仕事終わらせるから」

 

「む」

 

オッタルは暫しとうもろこしを見つめていたが、やがてむしゃむしゃと食べ始めた。

 

それを見てクリリンは作物の手入れに取りかかる。

 

日が上り始める。

 

朝日に照らされる中クリリンに手入れされる作物に、オッタルは自身の姿を重ね合わせた。

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