入渠ドック。
それは戦闘で傷つき、疲弊した艦娘たちを癒す再生の場――
なのだが、知らない人が見ればただの大きな風呂場である。
実際、艦娘たちの多くはここを「風呂」と呼んでいる。
小さな、1人が入ればいっぱいになるような4つの浴槽(?)が並び
それぞれ上には修復完了までの時間を示すタイマーが設置されている。
この小さな浴槽が入渠ドックの本体で
使用時には暖められた謎の液体が満たされる。
これに入ることで、どういうわけか艦娘は修復されるのだ。
詳しい仕組みは妖精さんしか知らない鎮守府謎装置の一つである。
さらには高速修復財なる、どんな損傷もあっというまに回復させる不思議アイテムも存在しており
理屈はわからないが便利だから、と提督たちに重宝されている。
この4つの修復用の浴槽以外にも大きな湯船がある。
これは特に修復機能のない、単純にお湯の入ってるただの風呂である。
この大きな湯船のせいで、入渠ドックは見た感じ
今にも「カポーン」という効果音が聞こえてきそうな
銭湯か旅館の風呂場みたいになっているのだ。
その大きな湯船に浸かる、五人の艦娘。
「はぁー……何だか、無駄に疲れたのね」
湯船のふちに仰向けにもたれかかって愚痴をこぼしたのは
潜水艦の艦娘、伊19。通称イクだ。
「戦闘がなくても、疲れはしますからね」
すまし顔で答えたのは駆逐艦の浜風。首をコキコキと軽く回しているのは肩でも凝っているのだろうか。
「イクが疲れているのは、むしろ戦闘ができずにストレスがたまっているせいでしょう」
同じ潜水艦の艦娘である伊8――通称はっちゃんが苦笑いを浮かべる。
「そうなのね!獲物がいるのに、攻撃できないってストレス感じるのねー!」
イクがザバーッと立ち上がって拳を握り締める。
「まあ、確かにそりゃあるけど、言うても仕方ないじゃろう?
提督さんが、こちらから仕掛けてはいけんちゅうんじゃもの」
諦め顔をして広島弁でなだめるのは駆逐艦・浦風。
「いったい、提督はどういうおつもりなのでしょうね……」
不安そうに、水上機母艦の瑞穂がつぶやく。
「……確かに、命令である以上作戦指示には従いますが
作戦の目的を知らされていないと不安ですね」
そう言って考え込む浜風。
ここ数日、今ドックにいる5人に加え、軽巡の五十鈴を旗艦とした艦隊で
西方海域の哨戒任務に出ているのだが
提督である晴海の指示は
「敵補給艦を含む艦隊を発見し、敵に気づかれぬよう密かに追跡せよ。
こちらから攻撃を仕掛けることは禁ずる。
追跡中の敵艦隊が転針した場合、転針した方向を見定めた後帰還せよ」
というものだった。具体的には
まず瑞穂が索敵機を飛ばし敵艦隊を捜索
発見した敵艦隊に補給艦がいた場合、イクとはっちゃんが気づかれないよう潜行して追跡
敵の索敵にかからないよう、後続はイクとはっちゃんとは距離をおいて
対潜、対空警戒しつつ追跡をフォロー。
この指示に従って哨戒を繰り返していて
出撃はしても戦闘をしないという状態が続いていたのだ。
「やっぱり、提督に訊いたほうがいいのかな?」
はっちゃんが大きく伸びをして、天井を見上げながらつぶやくが
聞きつけた浦風が
「たぶん、必要なら五十鈴さんが訊いてくれる思うよ?
ウチらがあまり出すぎた真似をするなぁようないよ」
「うーー!何でもいいから、イクは魚雷撃ちたいのねー!」
と、湯殿のガラス戸がカラカラと開き
軽巡五十鈴と、続いて晴海が入ってきた。
提督私室にも小さな風呂はあるのだが
同じ女性ということで、晴海ももっぱらこの風呂……もとい、入渠ドックを利用している。
つまりは今回も五十鈴とともに風呂に入りにきたわけで
そうであるからには当然ハダカであった。
「みんな、哨戒お疲れ様ー!」
タオルで多少なりとも身体を隠す五十鈴に対し
持っているタオルは手でぶら下げているだけで
ペタペタと歩いてくる晴海。
(相変わらず……)(全然……)(隠す気がないのぅ……)
思わず少し視線を逸らしてしまう艦娘たち。
もっとも、イクだけは目を逸らすどころかガン見である。
かけ湯をすませた二人が、湯船に浸かり
提督と艦娘6人の湯船ミーティングが始まった。
「ふぃぃー……ぅあー……」
唸るような声をあげる晴海。
「……オッサン臭いわね」
ずけずけとものを言う五十鈴。
「え、湯船に入るとこういう声出るよね?」
と晴海は賛同を求めるが
誰もがふるふると首を横に振るばかりである。
少し気落ちしたようだが、すぐに気を取り直す晴海。
「……えーと、まずは今日も哨戒任務ご苦労さまでした。
五十鈴から報告は聞いたんだけど
みんなが任務の目的がわからなくて不安を感じてるっていうことなんで
ちょうどみんな集まってるドックで話をしようかと思ってね」
おおー、と小さな歓声があがる。
「で、任務の目的を明かさなかった理由なんだけど……
正直、うまくいくか自信がなかったのよ。
やってみたけどダメでした、じゃガッカリさせちゃうかと思って
黙ってたんだけどね。かえって不安にさせちゃってごめんなさい」
そう言うと、深く頭を下げる晴海。かえって慌てる艦娘たち。
「提督、私たちが任務に従うのは当然ですから……」
と瑞穂がなだめる。しかし晴海はそのままの姿勢で
「べぼばっばびびぁぶぼべぶべびびばびぼばべべぼ」
……ブクブクと泡を立てながら何か言ったらしい。
湯船で深々と頭を下げれば当然こうなる。
「……頭上げなさいよ。お湯に顔突っ込んで喋られてもわけわかんないわ」
「……ぶはっ!……でも、おかげである程度目処が立ったわ。
これなら、目的を達成できると思う」
「どんな目的なのでしょうか?」
浜風が興味津々といった顔で尋ねてくる。
「そうね……敵補給艦・輸送艦の役割は物資の輸送よね。
そういった艦種が頻繁に行き来するルートを探ることで
ある場所を特定するのがこの哨戒任務の狙いよ」
五十鈴がハッとして声をあげる。
「……あっ!ひょっとして……敵の泊地を探すために?」
「それは本来の目的のオマケみたいなものね。
もちろん、それも重要なことではあるけど」
「敵の泊地の場所を探り当てるのがオマケですって?」
「そう。確かに、頻繁に物資を運びこむ先としては
敵前線基地である泊地が有力な候補。
じゃあ、その大量の物資は何処から来るのかしら?」
問いかけに考え込む五十鈴。
「それは……敵の補給基地?みたいなのがあるんじゃない?」
「では、その補給基地はどうやって物資を集めていると思う?」
「人間を襲って奪ったものでしょ?」
「戦争初期ならそうだったかもしれないわね。
でも、今は艦娘の護衛や輸送ルートの見直しによって
軍も民間も物資を奪われることはほとんどなくなっている。
にも関わらず、敵は我々に対抗できている」
「どういうこと?」
「まず、敵には物資を生産する設備が存在すると思う。どんなのかはわからないけどね。
だから、それを叩けば敵を干上がらせる……とまではいかなくても
弱体化させることができるはずよ。だから……あれ?」
いつの間にか、晴海と五十鈴しか会話していなかったのだが
ふと晴海が気づくと、他の5人は湯船で少しグッタリしている。
「あっ……この子達、私たちが入る前から湯船に浸かってたから……」
「のぼせちゃった!?ちょ、大丈夫!?」
慌てて二人がかりでのぼせた5人を湯船から引っ張りあげることに。
「水かけたほうがいいのかしら?……って何鼻の下伸ばしてんのよ!」
「いやー、みんないいカラダしてるなぁーと。あ、五十鈴もなかなかよ?」
「そんなこと言ってる場合!?ちょっと、しっかりしなさい!
このままじゃ提督にセクハラされ放題よ!」
まだ湯船の中で目を回したままのイクが手を挙げて
「の……望むところなのねー……」
「うん、イクは最後でいいわ」
「そんな……イク……イクのぉ……」
何とか5人全員を湯船から出したところで晴海が思案する。
「うーん……これって入渠させたほうがいいのかしら?」
「ここが入渠ドックでしょうが!
とりあえず、脱衣場まで運びましょ。提督、足のほう持って」
「ほいほい」
五十鈴が後ろから両脇を抱え、晴海が両足を抱え持って……
「おおう、絶景絶景」
「……ちょっと代わりなさい」
いったん下ろして役割を交代する。
「ああっ、オパーイ掴み放題!うへへへへへ……」
(……みんな、ゴメン。もうどうしようもないわ)
全員を脱衣場まで運んだところで五十鈴が訊いてくる。
「で?とりあえず私たちは、敵の物資生産拠点を見つけるため
引き続き哨戒任務を続ければいいのね?」
「そうなるかな。地味な任務でストレスもたまると思うけど、お願いね?」
「ええ、五十鈴に任せておきなさい!いいわね、皆?」
脱衣場の板張りの床に寝転がったままの全裸の5人が
親指を立てた拳を突き上げて
なんとも締まらない感じのままミーティングは終わった。
「とりあえず、ここで体を冷やせば回復するでしょ。
じゃ、入りなおしましょうか、お風呂」
「え……いやもうちょっとみんなの様子を見てたほうが」
「見てるだけ?」
「いやまあ……介抱のために、こう、撫でたりさすったりは……ね?」
「いいから来る!」
「そぉんなあああぁぁぁ」
五十鈴に腕を掴まれて
ズルズルと湯殿に引きずられていく晴海だった。
これでもマジメなほう。