チリンチリン
背後から聞こえる鈴のような音に
鎮守府内をブラブラしていた駆逐艦・島風が振り返る。
「やほー、島風ー」
自転車に乗った提督、晴海だった。
いつもの制服ではなく、Tシャツにホットパンツ、靴はスニーカー。
背中にはデイパックを背負い、サイクリングにでも行ってきたかのようである。
けっこうな速度で島風のすぐそばまで走ってきて、キュッと止まった。
「おぅっ!どしたの提督、その自転車?」
「いやねー、ちょっと外に出て駅前で買い物とかするのに
歩きだとけっこう距離あるじゃない?」
「?走れば駅まですぐだよ?」
艦船のときの駆逐艦島風は、最高速度40ノット――キロにすれば時速75キロにも達した
当時の日本海軍最速の艦だった。
その魂を受け継いだ艦娘の島風も、海上での快速が自慢であるのみならず
陸に上がっても始終猛スピードで走り回っている。
「いやそれ島風だけだと思う。
いちいち島田さんに車出してもらうのも悪いから
さっき自転車屋さんに行って買ってきちゃった」
「ふーん。自転車って速いの?」
「自転車屋さんから乗って帰ってきたけど
これスポーツタイプだからけっこう速いわよ。
まあスカートだと乗れないし
カゴがついてないから荷物とか運ぶのには向いてないけどね」
晴海が自転車のハンドルをポンポンと叩く。
晴海が言ったように、いわゆるスポーツタイプの、タイヤの細いスマートな自転車だ。
島風が目を輝かせる。
「じゃあ、私と競争しよ?」
「お、そうきたか。いいわよ、それじゃ……
食堂まで競争で、負けたら勝ったほうに何でもオゴリでどう?」
「よーし、負けないんだからね!」
「それじゃ、よーい…ドン!」
走り出す二人。
まずは島風が躍り出る。その後を追う晴海。
(あれ?いきなりだいぶ差がついちゃった)
自転車は確かに速いが、その最高速に達するのには少し時間がかかる。
いっぽう島風は、あっという間にトップスピードに達して、その差をどんどん広げていく。
もしもゴールがもっと遠ければ、スピードの乗った自転車は
疲れてくる島風に追いつくこともできただろうが……いかんせん食堂は近すぎた。
「おっそーい!」
食堂前で余裕の表情を見せる島風。
結局、はじめについた差を詰めることもできずに
島風に食堂まで走りきられてしまった。
「にひひー。何でも好きな物おごってくれるんだよね?」
「ぐぬぬ……こんなはずでは」
浮かれる島風と悔しげな晴海の前に
ちょうど食堂から出てきた間宮が現れる。
「あら、いらっしゃい提督、島風ちゃん」
「こんちゃー」「今からね、提督におごってもらうの!」
「あら、それはよかったわね。私はちょっと外に出てくるけど
たいがいのものは注文しても大丈夫だから遠慮しないでね?」
「いやちょっとは遠慮してほしい……
って、間宮さん外に出るって何かあったの?」
「ええ、ちょっと食材で切らしちゃったのがあって買出しに」
「ふーん。買出しって、国道沿いの業務用スーパー?」
「ええ、普段もあそこから仕入れてるものが多いんですよ」
「だったら、私行ってこようか? 歩きだとけっこうあるけど、自転車ならすぐだよ。
あんまり大きなものだと運べないけど、このデイパックに入るぐらいのものなら」
と背負ったデイパックをポンポンと叩く。
「え……そんな、提督にお使いさせるのは流石に……」
「いいっていいって!間宮さんお昼前で忙しいでしょ?
どうせ私はヒマだし、これぐらいお手伝いするよ」
「島風もヒマだから一緒に行くよ!提督の自転車より速いしね!」
「そう……?じゃあ、お願いしちゃおうかしら……?」
間宮に必要な食材が書かれたメモを渡されスーパーに向かう二人。
「ところでさー」
「何?」
「メモに『コーンスターチ1箱』って書いてあるんだけど……コーンスターチって何?」
「島風知ってる!コーンってとうもろこしだよね!?」
「うん、それはわかる。問題はスターチのほう」
「提督知らないの?」
「いや意味はわかるのよ。スターチって英語で『糊』のことなんだけどさ」
「のり?」
「そう。ペタペタ貼り付ける糊」
「とうもろこし……糊?……なんだろう、そんなものあるのかな」
「聞いたことないよね……あとさ、『わけぎ3束』ってのもあるんだけど……わけぎって何?」
「知らなーい。っていうか、提督って頭よくって物知りなんじゃないの?」
「私の知識は鎮守府関連に偏ってるの!料理とか全然しないし……」
「うーん……まあスーパーにつけば何とかなるよ!」
「そだねー」
スーパーにつくと、とりあえず食料品コーナーに向かう。
「コーン……なんだっけ?」
「スターチ。食べるものなのかなぁ」
何処を探せばいいのかもわからない二人に
買い物に来ていた近所の主婦っぽいおばさんが声をかけてくる。
「あら提督ちゃん、今日はお買い物?」
「こんにちはー。ちょっと間宮さんのお使いで」
「そう、感心ねー。そっちの子は艦娘さん?」
「おぅっ!島風だよ!」
「あらあら、元気があっていいわね!」
などととりとめもない話をしておばさんは去っていく。
島風が不思議そうな顔で晴海を見る。
「提督って『提督ちゃん』って呼ばれてるの?」
「……この辺の人にはね。
初めて挨拶に回ったときなんか、一日警察署長みたいなアレだと思われたわ」
「じゃあ、私も提督ちゃんって呼ぼう!にひひー」
「やめてよ、ただでさえ威厳がないとか言われてるんだから……あっ!」
「どしたの?」
「いや、今の人にコーンスターチのこと聞けばよかった……」
「あー……まあその辺探せばきっと見つかるよ!」
同じところを見て回っても効率が悪いので
別々に店内を探し回ること数分。
「提督ちゃん、あったよー!」
島風が箱をひとつ持って走ってくる。
「こら、お店の中で走らない!あとちゃん付けやめれ……ってそれコーンフレークじゃん」
「箱に入ってるし、名前似てるからきっとこれだよ!」
(コーンスターチ……コーンフレーク……似てるか?)
改めて間宮に渡されたメモを見る。
急いで書いたせいか、少し字が乱れている。
(見ようによっては、コーンフレークと書いてあるようにも……
あ、そういえばデザートのパフェやアイスにコーンフレークが入ってるっけ)
「よし、じゃあそれを買って、あとは『わけぎ』ね!」
「わけぎかぁ……わけ…ぎ…何か木でできてるものかな?」
「木でできていて……わけ……分けるもの?分かれてるもの?」
「……あっ!きっとアレだ!」
言うが早いか、島風はまた走り出して別のコーナーに行ってしまい
そしてあっという間に戻ってきた。
「あったよ!」
「……いやそれ割り箸じゃん」
「でも木でできてて、使うときにパチンって分けるよ!」
「名前ぜんぜん似てないんだけど」
「きっと別の呼び方なんだよ!ほら、お手元とかいうじゃん!」
(確かに食堂じゃ割り箸使ってるし……私が知らないだけでわけぎって呼び方もある……のか?)
「じゃあそれ買っていこうか……なんかちょっと不安だけど」
晴海の不安は的中した。
デイパックから取り出された品物を見た間宮の顔が強張る。
「……違った?」「コレジャナイ?」
ちなみに、コーンスターチとは
とうもろこしから作られるでん粉で、プリンを固めるのに使ったり
中華料理でとろみをつけるのに使われる。
また、わけぎはネギとタマネギの雑種で、ネギよりも細くしなやかな緑の葉の部分を
薬味にしたりヌタに和えたりする。
要するに二人が買ってきたのは全然違うものだった。
お使いに失敗したと思い落胆する二人に、間宮が無理やり笑顔を作って見せる。
「あ、いえ大丈夫ですよ……ところで提督、自転車は表に止めてあります?」
「え?……うん、入り口の脇にとめてあるけど」
「ちょっとお借りしてもいいかしら?」
「いいけど……その格好で乗るんですか?」
間宮はいつもの丈の長いスカートである。
ママチャリならともかく、スポーツタイプだと色々めくれてしまうのだが
「大丈夫です!」
と言うと、足早に入り口へ向かう間宮。
慌てて追いかける二人の前で、スカートの裾をたくし上げ
サドルにまたがるとたくし上げた裾を股の間に挟み
「それじゃ、ちょっとお借りしますね!」
向かう先は国道沿いの業務用スーパー。
昼食に出す予定の天津飯に使うコーンスターチとわけぎを求めて
「うわ、間宮、はっやーい!?」
艶かしい太ももを露わにした間宮は、呆気にとられる二人の前から
物凄いスピードで自転車を走らせ去っていった。
おかしい、提督は優秀だったはずなのに。