「捕虜が欲しい」
執務室でのお茶の時間。
何事か考えていた晴海が、不意に口を開いて出てきた言葉がこれだった。
「……はい?……ほ、捕虜?」
大和がキョトンとして聞きかえす。
「そう、捕虜。深海棲艦の捕虜がほしい」
「はあ……あの、なんでまた捕虜が欲しいんですか?」
「とにかく、深海棲艦の情報が少なすぎるのよ」
お茶菓子のクッキーをモゴモゴと頬張りながら晴海が愚痴をこぼす。
愚痴といっしょにクッキーのかけらも口からこぼれ
島田が眉をひそめてたしなめる。
「情報が少ない、というのは同意いたしますが、お行儀が悪いですよ」
大和はうーん、と考えてから
「情報、少ないですかね?最近では深海棲艦の種別も細かくわかってきましたし
分布とか攻撃パターンも判明してる種がほとんどですから
前回みたいな不意打ちを受けなければ、対策は立てられると思いますけど」
「それは言うなれば対処療法でしょ。
もうちょっと基本的な情報が欲しいかなぁって思うわけ」
「でも、深海棲艦は自分たちから退却することがまずないですし
捕虜をとるのは難しいかも……」
「かなりの戦力差でこちらが優位にたっていれば
なんとかならない……かなぁ?」
晴海と大和でうーんと考え込んでいると島田が助け舟を出す。
「沈めてしまうのではなく、こう……気絶させるような武器はないのですか?」
「あいつら気絶とかするのかな……」
「……あっ!あります、気絶させられるかもしれない武器!」
パッと顔をほころばせて大和が立ち上がる。
「演習用の模擬弾だったら気絶させられるかも!」
艦娘の使う砲弾の中には、艦娘同士が演習を行うときに使用される模擬弾がある。
模擬弾なので当たっても相手を沈めてしまうことはないが
当たり所によってはかなり痛いし気絶してしまうこともある。
「ソレダ!」
「最初の攻撃で敵艦隊を1隻まで減らせたら
二周目の攻撃は模擬弾を使うということにすれば比較的安全ですね」
ふむ、としばし考えた島田が補足。
晴海もそれを聞いて考える。
「とすると、こちらは戦艦が艦隊に必須か……」
立ち上がった大和がそのまま目を輝かせる。
「言い出したのは私ですし、私が出撃します!」
そんなこんなで出撃したのは旗艦大和以下
重巡羽黒、軽巡神通、空母飛龍、駆逐艦叢雲、初春の6隻。
大和を除けば荒崎鎮守府でも最高練度のベテランぞろいである。
「それにしても、捕虜をとろうとか妙なこと考えるよねー」
航行しながら飛龍が隣の羽黒に話しかける。
「ま、まあ司令官さんも色々考えてるんですよ」
苦笑いを浮かべて羽黒が答える。
「仮に捕虜を捕らえたとして、うまく尋問とかできるんでしょうか」
後ろにいた神通が疑問を口にすると
「あー、だからなるべく人型に近いヤツを捕まえてこいってさ。
イ級とか連れて帰っても尋問とかできないでしょ。
人型なら、口がきけないにしても身振り手振りでなんとかできるだろうって」
と叢雲が補足する。
「じゃが、人型に近いとなると重巡クラスか空母ヲ級か……戦艦クラスじゃのう。
それを生け捕りとは、骨が折れそうじゃわえ」
初春の言葉に、皆がはあ、とため息をついた。
大和はそんな会話を聞いているのかいないのか
艦隊の先頭で前方を見つめていたが
やがてピシりと言い放つ。
「そろそろ作戦海域よ!羽黒さん、索敵機お願いします!」
「了解しました!」
羽黒がカタパルトから索敵機を飛ばすと
大和は艦隊を停止させて改めて作戦概要を皆に告げる。
「……というわけで、本作戦は捕虜の確保を目的にはしていますが
一巡目の攻撃は全力で行い、その結果が目的にかなうときのみ実行動に移ります。
決して無理はしないように、との提督のご命令です」
『了解!』
「ま、そうはいってもこの海域にこのメンバーじゃ
少しぐらい無理や無茶をしてもどうってことなさそうだけど」
飛龍が不敵にニヤリと笑う。
「むしろ、一巡目で敵をせん滅しないように気を使ってしまいそうですね」
神通は真面目な顔で恐ろし気なことをいう。
大和も口にはしないが同じ思いだ。
(先に愛宕さんの艦隊が大損害を受けてからみんな少し好戦的になっている……
神通さんじゃないけど、この作戦、一巡で敵をせん滅しないことがカギになりそう)
と、耳を澄ましていた羽黒が叫ぶ。
「て、敵艦発見っぽいです!」
「ぽい?」「ぽいー?」
周囲が茶化すが羽黒はまじめだ。
「その、まだ敵艦かどうかはっきりしないというか……」
大和は少し顔を強張らせ羽黒に確認する。
「距離と方角、艦種と艦数は?」
「南南東160度、距離6万、小さな岩礁があって……そこに上陸しています。
艦種は……空母ヲ級、1隻のみです!」
飛龍がパチンと指を鳴らし
「やった、絶好のチャンスじゃない!とりあえず艦載機先にだしておくね!
ヲ級1隻なら艦戦だけでいいよね?」
「お願いします。他に艦がいないか羽黒さんは引き続き索敵を。艦隊、第三船速!」
艦隊が岩場に近づき、速度を落とす。
「……空母ヲ級、動きありません……岩場の上にあがったままです。
頭部の艤装も外していますね」
叢雲が首をかしげて索敵中の羽黒に尋ねる。
「ひょっとして死んでるんじゃないの?」
「そこまではわかりません。もうちょっと近づかないと」
不安を覚え大和が爪を噛む。
(話がうますぎる……罠?でもヲ級を餌にするとも考えにくい……)
と、神通が進み出てきた。
「大和さん、私が接近して直接様子を確認してきましょうか?」
大和は申し出に一瞬驚いたが、神通は鎮守府きっての格闘戦の名手だ。
接近して格闘に持ち込まれたら、自分でも抑え込まれてしまう。
「……わかりました、お願いします。何か動きがあったら引き返してください」
スーッと神通の横に初春が進み出る。
「いかに神通殿といえど一人では危うい。わらわも参りましょうぞ」
「お願いします。それでは神通、初春、偵察に向かいます」
神通はニコッと笑ってから、大和に軽く敬礼をして艦隊を離れていった。
数分ののち
『こちら神通。ヲ級を目視で確認しました』
神通から無線が入る。
「こちら大和。どうですか、様子は?」
『それが……どうも、岩場に上がって……寝ているようです』
「寝てる!?」
大和が驚きのあまりつい叫んでしまう。
『はい。ときどき寝返りをうったりしてますので、死んではいないかと』
「ここ戦闘海域ですよ!?単艦で、艤装も外して……昼寝!?」
『羨ましいのかの?』
呆れたような初春の声も入ってくる。
「いやそういうことじゃなくて!」
『どうしましょう、今なら私たちだけでも
岩場に上がれば確保できそうなんですが』
神通はおちついたまま指示を求めてくる。
大和は少し考えて
「……いちおう、私たちが向かうまで待機していてください。
羽黒さん、索敵機はもう帰還させてけっこうです。
飛龍さんは念のため艦戦を引き続き飛ばしておいてください。
全員、砲弾は模擬弾を装填で……行きましょう!」
艦隊のうち、飛龍と叢雲は海上で周辺を警戒し
残りの大和と神通、初春と羽黒が岩場に上がったのだが……
その4人の前で、確かに空母ヲ級はスヤスヤ寝ているようだった。
「……やっぱり寝てますね」「そうじゃの」
眠っている彼女――そう、艦娘と同様、女性らしい体つきと顔立ちをしている――の傍には
海生生物のようにも見える物体が置かれている。
戦闘時にはこれを頭に乗せ、その口のような部分から艦載機を吐き出すので
この半分生き物のような器官が彼女の艤装と判断されている。
今は艦娘たちが近づいても何も反応はない。
「神通さん、艤装を抑えておいてください。
羽黒さん……彼女を起こしてみてもらえますか?」
大和の指示に二人はうなずき
神通は艤装に、そして羽黒がヲ級に近づいていく……
「……ヲ級さん、起きてくださーい」
あまり緊迫感のない羽黒の声に周囲が少し脱力する。
ヲ級はといえば、まるで目を覚ましそうにない。
呼びかけて起こすことをあきらめ
恐る恐る近づいた羽黒が、ヲ級の頬をそっと突き、ビクンとする。
「ッ!」
少し体を遠ざけた羽黒をかばうように大和が背後に近づき
「どうしました!?」
と声を上げると、羽黒が振り返り嬉しそうに笑う。
「……プニプニですー!」
「あ……そうです、か」
神通は相変わらず真面目腐った顔で、ポケットからメモ帳を取り出す。
「記録します。えっと……深海棲艦・空母ヲ級の頬は柔らかい」
「あの……その記録は必要になるの?」
「わー、柔らかーい!えい、えい!」
「おお、ほんに柔らかじゃ」
「意外ですね。もっとヌメヌメした感触かと思っていました」
調子に乗った羽黒がヲ級のほっぺをツンツンし続ける。
神通と初春も釣られたかのように突き始める。
さすがに、それだけ刺激を加えられると
熟睡していたって目が覚めるわけで
「…………?」
ヲ級が目をあけ、自分を取り囲む艦娘の姿を見る。
「……!?」
「「「あ」」」
その場の全員が一瞬固まり、次の瞬間
「〇▽◆▽×〇●□ー!?」
何事か叫んで逃げ出そうとするヲ級。
しかし神通が抱えていた艤装を初春に渡すと
あっという間に取り押さえてしまう。
「はい、動かないでください。大和さん、どうぞ」
「あ、はい……えー、私は荒崎鎮守府所属、戦艦大和です。
貴女を捕虜として、鎮守府まで連行します。
抵抗したり、逃げようとしなければ
危害は加えませんし衣食住の確保を保証します。
私たちに同行してもらえますか?」
「……言葉は通じるのかのう」
「通じていなくても、こういうお約束を言っておかないと
後で問題になる可能性があるので言っておけって提督が……」
苦笑いする大和に向かって神通が
「通じたようですよ。大人しくなりました。
ちょっと拘束を解きます」
と言ってゆっくりとヲ級から体を離す。
ヲ級もまたゆっくりと立ち上がり
両手を頭の後ろで組んだ。抵抗の意思はないようだ。
「言葉は通じなくても、言いたいことはわかるんですね!よかったです!」
羽黒が嬉しそうにそう言って
捕虜確保作戦は用意した模擬弾を撃つことすらなく平和に終わったのだった。
続きます
あまり長くはしたくないのですが