鎮守府の発着ゲート。艦隊が捕虜を連行して帰投していた。
「空母ヲ級を1名、捕虜として連行しました!」
帰投の報告で、ビシッ!と自慢げな顔で敬礼する大和。
「あ……ああ、はい……お疲れ様でした」
出迎えに出て、どこか冴えない表情で答礼する晴海。
(まさか最初の出撃でいきなり捕虜を捕まえるとは思わなかった!)
指示を出しておいてそれはないだろうという晴海の内心。
出撃中に連絡は受けていたとはいえ
その目で見るまでは半信半疑だったのだが
帰投した大和たちが実際に空母ヲ級を連れてきて
顔には出さないようにしつつも対応に苦慮している。
(どうしよう……まずは捕虜に挨拶とかするのかしら)
見るとまだヲ級は頭の後ろで手を組んだままだ。
「えー……ヲ級さん、手を下ろしてもらってもけっこうです……
あれ、言葉通じるのかな?どうなの?」
大和もちょっと困った様子で答える。
「これまでの反応だけだとちょっとわかりませんが
通じないと思っておいたほうが」
「そっか……えーと……」
身振りで「手を下ろせ」と伝えようとする晴海。
だがそれを見たヲ級がビクリとして
震えながら大和の後ろに隠れてしまう。
大和が少し呆れて
「提督……今のジェスチャーは……
『お前を今から処刑する』みたいなジェスチャーでした」
「え!?そんなこと言ってないよ!?」
晴海はやはりジェスチャーは下手だった(第9話参照)。
大淀が横から指示を出す。
「とりあえず、ここに立たせておくわけにもいきません。
神通さん、ヲ級さんを第二棟の独房に入れてください」
「了解です。この艤装はどうしますか?」
明石がはい、と手を挙げて
「あ、工廠の私のデスクに……それ、単独じゃ動かないですよね?」
特に晴海があれこれ指示を出さずとも皆テキパキと動き
やがて騒ぎも収まってきて
気が付けばゲートには晴海と島田、そして大和だけが残っていた。
「ねえ、私『処刑する』とか言ってないからね!?」
「……そういうことに」「しておきましょうか」
「ところで大淀さん、なんで第二棟の独房に?
本棟地下のほうが見張るには便利だと思うんですけど」
執務室に戻った晴海と大和。島田と大淀、そして明石も来ている。
大和が大淀に尋ねると
「第二棟の独房は離れているので、監視カメラで見張るようになっています。
むしろそのほうが捕虜の観察には向いているかと思いまして。
余計な差配でしたでしょうか?」
「いえいえ、なるほどさすがです!」
「恐れ入ります。明石、提督と島田さんのPCでログインできるように設定を」
「はいはい。提督、ちょっと失礼しますねー」
ここでもテキパキと作業が進んでいく。
晴海が嘆息して
「いやー……そういえば独房なんてあったんだねー」
大淀が苦笑いを浮かべる。
「まあ……軍規違反などを犯したものの懲罰用なんですが
実際にはほとんど使われてませんでした」
と、明石がPCから顔を上げ
「はい、設定できましたよー。
提督、デスクトップにショートカット置いてありますから開いてみてください」
「どれどれ……これね……お、映ってる映ってる……って……
寝てるわよこのヲ級」
映し出された映像の中
独房の壁際に置かれたベッドの上に横たわり
空母ヲ級はどうやらまたも寝ているようだった。
大淀が呆れたように
「捕虜にされていきなり寝てるとかすごい神経ですね」
大和も少し呆れている。
「捕まえたときも寝てたんですよね……おかげで楽でしたけど」
明石は別の視点なのか
「ひょっとすると、深海棲艦って睡眠時間が長いのかな?」
とつぶやく。聞きつけた大淀も
「なるほど……そういう可能性もありますね。
観察を続ければ、そういうこともわかってくる、と」
とうなずきながら漏らした。晴海がドヤ顔になって
「そうそう、こういう情報が欲しかったのよ私は!」
と、コンコンとドアがノックされる。
『提督、間宮ですが、よろしいでしょうか?』
「間宮さん?どうぞー」
しずしずと間宮が執務室に入ってきて
「お夕食なんですが、どうしましょうか?」
「え?食べますよ?」
「あ、いえ、提督のお夕食はもちろん作りますが……
その、ヲ級さんのお食事は……何をお出しすればいいんでしょう?」
「あー……そうねー……」
実のところ、深海棲艦が普段何を食べているのかなどはわかっていない。
いちおう「衣食住は保証する」といった手前
何か食べさせてやらないといけない。
「海にいるんだから魚食べてるんじゃないかな」
と明石。
「……生で、ですかね」
大淀が少し気持ち悪そうに。
「補給物資の重油とかを奪っていくところを考えると
重油とか鉄とか……あと空母だからボーキサイトも食べるかも?」
大和の考えに島田が
「それは艤装が必要なだけでは?皆さんだってそういうもの食べないですよね?」
意見は色々出るが何分にもわからないことだらけなわけで、晴海の
「……とりあえず色んなものを出してみて
どれを食べるのか見てみようか?」
という案に落ち着いた。
そして夕食時。
羽黒と神通が用意された夕食を独房に運んでいく。
そのメニューは
・とんかつ定食
・サンマ塩焼き定食
・生のサンマ3匹
・鉄、重油、ボーキサイト盛り合わせ
・バナナ1本
……前2品と後の落差が激しいメニューである。
監視カメラの映像を見ていた晴海がつぶやく。
「なんでバナナ……」
横から覗き込んでいる大和がうーんと考えて
「デザートじゃないですかね?」
そういうこと言ってるわけではないのだが
まあいいか、と晴海は再び画面を注視する。
ヲ級はといえば
出された食事(?)を見つめて
まず生のサンマに手を伸ばし……
「お、やっぱ生魚?」
脇にどけた。
「ハズレかー……あ、資材セットを……」
やはり邪魔そうに脇にどけた。
「なんだよ!普通の食事じゃん!」
「何を期待してたんですか……」
ヲ級はサンマ塩焼き定食を手元に寄せると
両手を合わせ軽くお辞儀をした。
「……今、『いただきます』しなかった?」
「礼儀正しいですね」
またしてもそういうことを言ってるわけではないのだが
諦めてまた画面に目を注ぎ
「なんか普通にお箸使って食べてるよ!?」
「スプーンとフォークも用意したんですが、要らぬ心配でしたね」
「大根おろしに醤油かけてるし!」
「あー……味付けは濃いめのほうがいいみたいですね」
「そんな情報が欲しかったわけじゃなーい!」
そんなやりとりが執務室で行われているとは知らないヲ級は
サンマ塩焼き定食をキレイにたいらげて
今度はとんかつ定食をチラチラと見ていた。
羽黒が身振りで「どうぞ」と告げると
ヲ級は嬉しそうに――そう、笑顔になって
とんかつ定食を食べ始めた。
「……笑うんですね、深海棲艦も」
大和がどこかしんみりとした口調になり
晴海も短くそれに答える。
「……そうね」
艦娘たちは何度も深海棲艦と戦ってきた。
中には、感情らしきものを見せる敵もいた。
だがそれは
怒りであり、憎悪であり、悲しみであり、羨望であり、狂気であった。
今日のヲ級のように、驚き、おびえ、そして喜ぶ姿は
そう、こんな「笑顔」は見たことがなかったのだ。
それは、食事を運んだ羽黒や神通も見ていただろう。
とんかつ定食も食べ終わり
再び手を合わせお辞儀をするヲ級に
ゆっくりと羽黒が近づいて、その合わせた手を、包み込むようにそっと両手で握った。
モニターの向こうで、羽黒がささやく。
『いつか戦いが終わって、静かな海になるといいですね』
伝わっただろうか。
伝わってくれたのだろうか。
ヲ級の表情からはわからない。
ヲ級はそっと握られた手をほどいて――バナナに手を伸ばした。
「ここでバナナかよ!?」
思わずツッコミを入れる晴海。
だがヲ級はバナナの皮をキレイに剥くと、3つに分けた。
1つを羽黒に、1つを神通に。そして残った1つを自分でというように。
最初は戸惑った二人も、顔を見合わせてからクスリと笑い
バナナを受け取るとヲ級と一緒に頬張るのだった。
「……いろいろ、収穫はありましたね」
ふうっと息をついて、大和が画面から目を離し晴海に微笑みかける。
「そうね。静かな海、か……」
改めて、自分の目指すものを思い起こす晴海だった。
捕虜編はここでひとまず終了です