荒崎鎮守府。
提督が不在となったこの鎮守府に
1年ぶりに大本営から派遣されてきた新任の提督は――
16歳の、女の子だった。
藤村晴美。
背は女性としては少し高い。170cmはあるだろうか。
白の礼装に包まれた身体は、引き締まってはいるが出るところは出ている。
制帽の下からのぞくショートにした栗色の髪。
やや太く濃い眉の下にはクリッとした目が輝いていた。
鎮守府正門で、着任した提督を出迎えた艦娘たちは
しばしの間、言葉もなく立ち尽くしていたのだが
やがて秘書艦の戦艦・大和が気を取り直して
「い……いらっしゃいませー!?」
……それほど気を取り直していなかったのかトンチンカンな挨拶を返す。
慌てて軽巡の大淀が後を継ぐ。
「着任、お疲れ様です提督。秘書艦補佐を勤めます、大淀と申します。
まずはお部屋のほうにご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「こっちの店員さんは?」
からかうように尋ねる晴海。
まだアウアウしている大和に代わって、こめかみを押さえながら大淀が答える。
「……秘書艦の大和です。少しおかしくなっていますがお気になさらず」
と、そこで晴海に続いて公用車から降り立った一人の女性の姿が大淀の目に入った。
紺色のスーツを着たその人は、無言で車のトランクから荷物を運び出している。
「提督、こちらの方は?」
「あ、私の個人秘書の島田さん。島田さん、こっちに来てご挨拶を」
(個人秘書!?)
大和、またも驚愕。
島田と呼ばれた女性が振り返り
荷物を置くと晴海の後ろに立って深々と頭を下げた。
年のころは20代半ばといったところか。
晴海よりもわずかに背が高く、痩せ型のスタイルに
ありふれたスーツ姿がよく似合っていた。
アップでまとめた黒髪、細い眉、切れ長の目。
いかにも秘書、という外見と言える。
「晴海お嬢様の秘書を務めさせていただいております、島田と申します。
よろしくお願いいたします」
(晴海”お嬢様”!?お嬢様が提督!?)
大和、さらに驚愕。
「島田さんはいちおう軍属ということになるんでそのつもりでね。
じゃ、案内よろしくお願いしまーす!」
「了解いたしました。矢矧さん、お荷物を運んでさしあげて。
後の皆さんは、解散してください」
「ハイッ!」
一人の艦娘が進み出て、大きなトランク2つをを両手に持つ。
彼女が矢矧。大淀と同じ軽巡の艦娘である。
「こちら、2つとも提督のお部屋にお持ちすればよろしいでしょうか?」
矢矧の問いかけに。晴海ではなく島田が答える。
「はい、お願いします」
「それでは参りましょうか」
大淀が大和の脇腹をひじでつつく。
予想外のことが立て続けに起きて混乱していたが
そこは流石に古の大戦艦の魂を受け継ぐ者
「ごっ……ご注文は以上でよろしいでしょうかッ!?」
……何か違う魂を受け継いでいる者かもしれなかった。
大淀ももう呆れたのかフォローしない。
晴海がクスリと小さく笑いを漏らしたあと、大和に声をかける。
「んー……じゃあ、大和さんも一緒についてきてネ?」
「かしこまりましたァッ!」
(やっちゃたあああぁぁぁ……あああぁぁぁ……)
鎮守府本棟の長い廊下を
案内役の大淀を先頭に歩いていく。
晴海、島田、矢矧と続いて
最後尾をトボトボと歩いているのが大和。
前を歩く矢矧が、チラと大和へ振り返り、小声で話しかける。
「しっかりして大和。貴女、秘書艦なんだから、一番前か提督の隣を歩いてなきゃ」
「もう、このまま部屋に戻りたい……」
「ダメよ。まだ名誉挽回のチャンスなんていくらでもあるでしょう」
「うー……そうかなぁ……」
「というか、名誉挽回してくれないと、この鎮守府がナメられるわよ?」
「そうね……頑張らないと、ね」
そうこうするうちに、一つのドアの前で大淀が立ち止まる。
「こちらが提督のお部屋になります。
送っていただいたお荷物は部屋の中に運んであります。
荷解きに人手がお入用でしたら、このまま矢矧にお申し付け……」
大淀の言葉を不意に横から出てきた大和が遮る。
「あっ、ハイハイ!荷解き、私がお手伝いします!」
意外そうに晴海が大和を見る。
「え……大和さんが?」
「力仕事も得意ですから!」
両手を胸の前でかまえ、ムフーと意気込んでみせる大和。
「じゃあ大和さんにお願いしちゃってもいい、大淀さん?」
初対面の際の失策を取り替えそうということなのだろう、と
大淀も諦めたように
「はあ……ええ、まあ。それと、島田さんのお部屋は用意していなかったのですが
やはり提督の部屋に近いほうがよろしいでしょうか?」
「できる限りは、それで」
「了解いたしました。
それでは、この廊下の少し先に来客用の部屋がありますので
そちらをお使いいただきましょうか」
「ご配慮、感謝いたします」
「では、こちらがお部屋の鍵になります。
この後の予定ですが、ヒトヒトマルマルにまたこちらにお迎えにあがりまして
鎮守府の各施設のご案内をさせていただきます。
その後、ヒトフタマルマルに幹部たちと会食。その後は自由にお過ごしいただき
ヒトハチマルマルからは鎮守府全員参加の歓迎会となっております」
「わかった、ありがと!さ、それじゃちょっと部屋でくつろがせてもらいましょー!」
晴海と島田、そして大和が部屋に入り
廊下に大淀と矢矧が残される。
矢矧がボソッと
「貴女も大変ね」
と横目で大淀を見ながら口にする。
「まあ、慣れてるから」
苦笑いするしかない大淀だった。
部屋に入るなり、晴海はベッドにダイブしていた。
「あー、結構疲れたなぁー」
「制服がシワになりますよ」
小言を言いながらも、島田が部屋の隅に置かれた段ボール箱を開け
テキパキと衣類をタンスに収納していく。
「えっと、何かお手伝いしますよ?」
おずおずと大和が問いかけると、島田が少し考えてから
「では、この箱の中の本を……あちらの本棚の、空いたところに適当にブチ込んじゃってください」
いきなりちょっと乱暴な物言いになる島田。
「え……適当でいいんですか?」
「かまいません。整理はあとでお嬢様がご自分でなさいます。そうですね?」
「……はぁーい」
渋々といった感じで晴海が答え、それを聞いて大和も箱を開封する。
……ほとんどがマンガ本だった。あとちょっとラノベ。
(あれっ?……なんか、すごく頭のいい人って聞いてたけど……あれれっ?)
年相応といえばそうなのだが、事前の情報からの想像とはかなり食い違っていた。
手が止まった大和を見て、島田がため息をつく。
「ほら、大和さんだって呆れているじゃないですか。わざわざこんな本を持ち込んで……」
「いいじゃーん、ここはプライベート空間なんだしー。息抜きは必要だよー」
「はいはい」
秘書とその雇い主、というよりは姉妹のような二人のやり取りがおかしくて、つい大和も笑ってしまう。
「島田さんは、提督の秘書になられて長いんですか?」
「いえ、秘書になったのは今日からです」
「……はい?」
と、晴海が後を引き継いで
「島田さんはー、元は私の家のメイドさんだったのー」
「メイドさん、ですか?」
(ってことは、家はけっこうお金持ちなのかな?)
「お嬢様がこちらに着任されることが決まりました際
奥様が私に、お嬢様に同行するようにとお申し付けになられまして」
「大本営でー、メイドさん連れてってもいいー?って訊いたらスッゴイ怒られちゃってー
じゃー秘書ならいいー?って言ったらそれならいいよーって許可してくれたの」
「はあ……(大本営でも扱いに困ったのかしら)」
「島田さん何でもできるよー。いざとなれば深海棲艦とも戦っちゃうよー」
「ええ!?」
「……いちおう、銃火器の扱いも訓練しておりますので」
「た、頼もしいですね(メイドさんってそういうものだっけ……?)」
と、それまでベッドに寝転がっていた晴海がムクリと起き上がる。
「それでね?この際だから今言っちゃうけど……
大和さんには、秘書艦のお仕事、やめてもらおうと思うの」
「……え?」
手にしていたマンガ本をドサドサと落として
大和はその場に固まっていた。