大和が落としてしまったマンガ本を
黙ったまま島田が拾い上げ本棚に無造作に突っ込んでいく。
大和はといえば、まだ固まったまま動かない
(秘書艦の……仕事をやめてもらう?……って?え……なに……なんなの……?)
頭で理解はできているはずなのだが
心がそれを認めない。認めようとしない。
それでも、突きつけられた言葉の意味に揺さぶられて
ポロポロと、涙が零れ落ちた。
慌てて晴海が言葉を続け
「あっ、別に大和さんが秘書艦としてダメとか……」
だが、大和の耳には届いていない。
「そう、ですよね。新しい提督への着任のご挨拶に
あんな変なこと口走っちゃうような秘書艦はダメですよね……」
「いやアレはアレで面白かったからアリだよ?」
「別に秘書艦は面白い必要はないです……」
んー、とちょっと困惑した晴海が
ベッドから降りて大和のそばに歩み寄る。
「私、調べたからわかってるよ。大和さんが、秘書艦として頑張ってきたこと。
提督不在になってからは、提督の代行としても立派に職務を遂行してきた。
大和さんは、秘書艦としても、すごく有能だと思う。
でも……秘書艦のお仕事って、大変でしょ?」
「え……それは、まあ……」
基本的に秘書艦業務はデスクワークなので
肉体的に疲れるということはそれほどないが、頭を使うし気も使う。
出撃しなくても、一日の終わりには疲れが眠気を誘うほどになる。
「艦娘の本来の仕事は……あまりこういう言い方したくないけど、戦うことよね。
艦娘にしかできない、大事な仕事。
なのに、戦う前からデスクワークで疲れちゃってたらダメだと思うの。
だから、デスクワークみたいな人間ができる仕事は
なるべく人間がするべきだ、ってのが私の考え」
「それは……確かにそうかもしれないですけど
秘書艦は第一艦隊の旗艦が務めるのが鎮守府の慣例で……!」
「慣例であって、規則じゃないでしょ?」
黙ってしまう大和の手を取って、ベッドに腰掛けさせると
晴海のその横に座る。
「……この戦争が始まって、もう五年が過ぎた。
戦況は膠着してるのに、それでも出撃して、迎撃して、資材を集めて、演習に出て……
同じ日々を、ただ繰り返してる。何のために戦争してるのか、忘れかけてる。
変えていかなきゃいけない。新しくしていかなきゃダメだと思うの」
それは、自分に言い聞かせるような口ぶりでもあった。
「私は、慣例にとらわれず、色んなことを見直していこうと思う。
その手始めに秘書艦業務を……いきなりでゴメンね、大和さん。
最初にこういう説明、するべきだったよね」
「あ、いえ……その、提督のお考えは、理解できます。
確かに、いろいろなことが……ルーチン化してしまってました。
これじゃ、現状は打破できないですよね」
「別に秘書艦の肩書きはそのままでいいの。
ただ、実際の業務は島田さんに丸投げしちゃって?」
「はあ……(考えようによっては……私が楽できるってことだし、いいのかな?)」
と、いつの間にか晴海の横に立っていた島田が
「いきなり丸投げされても困りますが」
とボヤいたあと、この鎮守府に来てから初めて見せる笑顔で大和に語りかける。
「今まで頑張ってきたお仕事を、今日が初対面の相手に任せるようにと言われても
そうそうご納得はいかれないと思います。
無理を申しましたが、どうかご容赦ください」
ペコリと頭を下げると、晴海と反対側の大和の横に座る。
「実際には、引継ぎや細かなご指示をいただかなければなりませんから
いま少しお手を煩わせてしまうと思います。
よろしくご指導をお願いいたします」
「あっ、はい、こちらこそ……よろしくお願いします」
晴海がパンッと両手を合わせ
「じゃあ、秘書艦業務のことはコレでOKね?
他にも、色々と変えていこうと思ってることはあるけど、大和さん、協力お願いね!」
「……ハイ、提督!」
「よっし!じゃあ荷物の整理、再開しよっか!ちょっとは私も働かないと……」
晴海が立ち上がりかけるが、島田の言葉がそれを制した。
「意気込みは結構ですが、もう終わっています」
「え、ウソ!?」「早っ!ダンボール、4箱ぐらいありましたよね!?」
慌てた晴海が本棚に駆け寄る。
「島田さん……かなり本が減ってるんですけど?」
「いかがわしい内容のものは処分させていただきました」
見れば、部屋の片隅に荷紐でまとめられた本の山が。
ちなみに、一番上の本の表紙には
半裸の美形男子が二人絡みあう姿が描かれていたりする。
「ダメー!あとで大和さんと一緒に読むんだからー!!」
「え、私も!?いかがわしいのに!?」
「そこがいいんだよー。島田さんはわかってないからなー」
「わかりたくもありません」
何とか本の山に近づいて奪還しようとフェイントを交えて動く晴海。
させじと直立姿勢のまま高速で横移動してブロックする島田。
(少なくとも、当分は新しいことばかりになりそうね……)
思わず笑ってしまう大和だった。
そうこうするうちに、部屋のドアがノックされる。
『大淀です。鎮守府施設のご案内をさせていただきに参りました』
「はーい、今行きまーす!じゃ、行こっか!」
晴海が勢いよく立ちあがってドアを開ける。
「それでは、まず工廠からご案内します」
大淀を先頭に、晴海、島田、大和と続いて鎮守府内を進む。
歩いているうちに、大和はある違和感を感じた。
晴海は、全然よそ見をしない。
自分のすぐ前を歩く島田は、ときおり周囲のあれやこれやに目を留める。
初めての場所、知らない場所ならそれは当然の挙動だ。
だが晴海はそれをしない。ただスタスタと歩いていく。
まるで、見知った場所のように。
だが、晴海が着任前にこの鎮守府を訪れたという記憶は大和にはない。
つい気になって尋ねてみる。
「あの……提督はこの鎮守府に以前にも来たことが?」
「え?ああ、うん……4年前、かな?ちょっとね」
あまり歯切れの良くない答が返ってきた。
4年前では大和はまだ着任していないので、なるほどと思いつつ質問を重ねる。
「学校の社会科見学とかでですか?」
「まあ……そんなところ、かな」
そんな会話をしているうちに、一行は大きな建物の前にいた。
「ここが当鎮守府の工廠になります。建造ドックは4基。
建造妖精さんの他、装備開発の妖精さんなど
鎮守府で一番多くの妖精さんがいる場所です。
……まあ、この辺は研修先の鎮守府でも同じでしたでしょうからご存知かと思いますが」
そう言いながら、大淀が重そうな工廠の鉄扉を開く。
とたんに中から流れ出る、金属と、油と、煤の匂い。機械の作動音。怒鳴り声。
「あー、この雰囲気。工廠だねー、いいねー」
扉が開いたことで、作業をしていた妖精たちが手を止めて晴美たちを見る。
「こんにちはー!今日からここの提督になった、藤村晴美でーす!
妖精の皆さん、よろしくお願いしまーす!」
と、一人の妖精が晴海たちのほうへ歩いてきて
目の前で立ち止まると可愛らしくも敬礼をした。晴海も軽く答礼する。
大淀が晴海の視線と挙動を確認して
「こちら、この工廠の責任者の妖精さんです。みんなは『工廠長』って呼んでます」
「工廠長です。よろしく」
「藤村晴美よ、よろしくね!」
晴海が小さな妖精の背丈に合わせてしゃがみこみ
握手のために右手を差し出して、手では大きすぎると思いなおしたのか
手から人差し指を突き出した。
工廠長がおずおずと自分の右手を伸ばし
晴海の突き出された人差し指を……握った。
「!これは驚いた。ここまで適性のある人は珍しい」
「らしいねー」
工廠長が驚く以上に、大淀も大和も驚いていた。
艦娘は妖精と関わりが深いのか、全員が妖精と触れ合うところまで可能だが
普通の人には触れるどころか、妖精の声を聞くことも、姿を見ることもできない。
妖精たちの助けがなければ鎮守府が成り立たない以上
その指揮官である提督が、見えない聞こえないの普通の人では何かと支障がある。
なので、提督になる適性の一つとして
最低でも妖精が見えるか、声が聞こえることが条件になっているのだが
晴海は姿を見、声を聞くだけではなく、その体に接触をした。
大和が自分が褒められたように嬉しそうな顔ではしゃぐ。
「すごいですね!艦娘並みの適性じゃないですか!」
照れる晴海。
「いやーそれほどでもー」
大淀もどこか強張った表情で賛辞を述べる。
「いえ、実際すごいです。確か10万人に1人ぐらいしかいないそうですよ」
「まー私が抜擢されたのも、この適性があるから?みたいな?」
デヘヘ、と笑う晴海を見ながら
(いろいろ謎の多い人ですね)
疑念を抑えきれない大淀だった。
導入編、もうちょっと続きます。少し間があくかも?