以上、課金勢の切実な叫びより。
―――光が醒めた頃。俺は今を認識する。
視界に飛び込んできたのは壁画。何処かの遺跡か、壁面には過去を生きた人間或いは、当時の人間が見た神の虚像か、後光を背負う人型が記されている。
巨大な大広間らしいこの場所は、円状に広がる白い石作りの巨大なドーム。エジプトを訪れたときに見た遺跡のそれにそっくりだ。遺跡内部に漂う荘厳なる雰囲気はエジプトのファラオに類する貴人か、或いは目先の壁画の神かが在る場所であることを示唆している。
そんな荘厳なる聖堂に場違いに居るのが日本でつい先ほどまで学生をしていた俺を含む学友らと巻き込まれたクラス担当の教師一名。よくよく観察してみると、遺跡内部でも何らかの儀式に用いられるだろう台座の上に俺たちは立ち竦んでいる。
状況を端的に言うならば、手段や目的はどうあれ自分たちは何者かの意思によりこの荘厳なる遺跡に明確な意思の下、召喚された存在である、正にそんな状況だ。
「実際、どうもそれっぽい連中を居るし……」
立ち尽くす台座より目線を下げると祈るように俺たちただの学生に跪き、両手を組んだ格好をしている三十余名の人々。皆、法衣を身に纏い祈る様は正しく神に拝礼する信仰者の如く。
「おいおい、転生の次は異世界召喚かよ……。勘弁しろよ全く」
中身の無い空虚な空笑いが思わず漏れる。全く、何処の誰かは知らないがこうも人をポンポンと迷子に陥らせるとは、よっぽど人が悪いと見える。呆れてモノも言えなくなっていると法衣服の集団から一人、錫杖をシャラシャラと鳴らしながら歩む出る。周囲の法衣服連中と違い、その装いは何処か格式がある。恐らく、いや、間違いなくこの集団のリーダー格。
「勇者様とそのご同朋の皆様。私は聖教教会が教皇の身、イシュタル・ランゴバルド。ようこそ、このトータスへ。歓迎し、そして以後、宜しくお見知りおきを願いますぞ」
「………」
好々爺とした笑みでイシュタルと名乗る老人―――手段も過程も、そして目的も不明。未知の技術、或いは手段、手法による見知らぬ地への強制移動。気付くと俺含むクラスメイト達は、問答無用で異世界に召喚されていた。
………
…………
………………
異世界・トータスという地は人と同じ智慧を解す、三つの種族が存在する土地である。人間族、魔人族、亜人族。それぞれが北と、南と、そして東に根城を置く存在であり、特に人間族と魔人族は何百年と戦争を続けているらしい。
地力こそ足らぬが圧倒的数で、数こそ及ばぬが地力で、人間族と魔人族は長い戦を続けている。此処数十年に限っていえば全勢力が激突するほどの大規模な戦争行為は起きていないらしいが、最近は魔人族が魔物を使役しだしたことにより人間族不利に傾きだしているという。
魔物は通常の動物らが魔力を取り込み変異した異形のことで、それぞれ種族固有の強力な魔法行使を可能としている。魔人族はそれらを多数使役し、人間族が拮抗の要因となっている数のアドバンテージを潰したのだ。そして、そのバランスが崩れた現在、今正しく長年の戦争は人間族の滅びによる決着に落ち着こうとしている。
絶望。正にそんな窮地にあった人間族に救いの手が差し伸べられる。人間族が崇め、聖教教会が奉じる唯一神”エヒト様”の神託である。曰く、トータスの上位世界に当たる世界より”救い”を送る。上位世界であるがゆえに例外なく強力な力を持つ者ら……つまるところ浬ら教師一人含むクラスメイトらはその”エヒト様”とやらが齎す”救い”の存在としてこの世界に送り込まれたということらしい。魔人族とやらから人間族を守り、救うために。
場所を移し、テーブルが幾つも並んだ大広間に移動したオレたち一行にイシュタルは恍惚とした表情でそう告げる。イシュタルは教皇という高い地位の人物である。そんな人物に唯一至高と崇める神からの箴言が送られたのだ。受けたイシュタルは文字通り神託を得た信仰者、その態度、神の言葉に酔う信徒そのものである。
その姿に様々な世界を巡って来た浬は、神を奉じる狂信者の影を見た。
(信心深い……で、すまない話だろうな。どうにも現物が本当に在るっぽいし、なまじ実物として縋りつける存在がある分、信仰の力は地球より強そうだ)
ただ無心に神に祈りを捧げる。祈るために祈る。そんな本来の信仰のあり方はこの世界では期待できそうに無い。例え在ったとしてもかなり貴種か、異端として扱われているだろう。
何故なら仮にも異世界から勇者を、全く見知らぬ隣人を手前勝手に呼び出すのだ。民意があれど、それ相応の地位と力の持ち主でなければそんな儀式を例え神託でも実行できまい。それこそ教皇であってもだ。それが示すところはつまり、それを可能とした目前の教皇、そして教皇が崇める宗教が世界で、或いはこの国で最も発言力を持っているということに他ならない。実際、彼は聖教教会の教えは九割がたの人間族が信仰していると言った。実利の下の宗教。それは純粋たる信仰が忘れられた示唆である。いや、ある意味では純粋と呼べるのかもしれない。祈れば救われる。目に見える実利という形で。だから祈る。それはある意味純粋と言える。純粋に、欲深い。
「―――ねえ、浬」
「うん?」
呼び出された異世界と周囲環境について浬が思考を張り巡らしていると、不意に後ろから声をかけられる。視線だけ返すとそこにはハジメが居た。
「どうした? って聞くまでもないか。異世界だぜ? 異世界スッゲーなおい。マジであったぜ」
「うん。こんな状況でもいつも通りで安心したよ」
ほっ、と息をつくハジメ。冷静さを欠く周囲に反して妙に物怖じしない友人に頼もしさでも覚えたのか。
「どう思う? この状況?」
「そのままの主観を口にするなら「異世界キタコレ! チートだ、ヒャッフウウウ!!」みたいな?」
「いや、俺TUEEE小説じゃなくて現実なんだけど……」
「でもこれが今の現実だぜ」
クイッ、顎先で周囲の景色に視線を誘導する浬。豪奢な大広間、西洋の貴族をイメージさせるような調度品と芸術品の数々。教科書の中でしかお目にかかれないような時代錯誤か、或いは文化錯誤ほどがある光景が広がっている。
「少なくとも俺たちが知ってた学校ではないことは確かだぜ? しかも向こうさんは亜人族やら魔人族やら胸踊る単語をまるで本当に存在するように語るんだぜ? それと直前の曰く勇者召喚を鑑みれば少なくとも俺たちとは全く違った文化体系と知識の下、生きてきた人間であることは間違いないだろうさ。ついでに今が常識外の異常事態であることも間違いないさね」
「……驚いた、浬って結構考えてたんだね」
「おい、殴るぞオタク。結構は余計だ結構は」
コノヤロー、と手を上げれば、ゴメンゴメンと苦笑しながら謝るハジメ。どうやら多少は不安が払拭できたらしい。と、いつものノリを取り戻していると今度は周りのクラスメイトからジロリと白い目の視線が突き刺さる。この状況では皆、冷静ではいられない。ただでさえ神経を尖らしている時にこの態度はどうやら癪に触ったらしい。特に虐めっ子三人衆の目が凄いことになっている。
肩を竦めるジェスチャーで悪かったと表現するとさらに視線がきつくなる。
「浬、余計な挑発しないでよ」
「ああ、すまんすまん」
ハジメの注意にも浬はクツクツと笑うのみ。―――すると、
「―――ふざけないでください!」
この場の空気を一気に緊張させる叫び声。イシュタルらの言葉に怒りの声を愛子先生が上げたのだ。当然であろう、可愛い教え子たちが分けも分からぬ世界の分けの分からぬ事情で戦いの矢面に立てと言われたのだ。教師として許せることではない。
「この子達を争いに巻き込もうなんて! そんなのは許しません!! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 今すぐ私たちを元の世界に返してください!! きっとこの子達のご家族も心配しているはずです!! こんな誘拐みたいなマネをして……!」
理不尽なイシュタルらの言い分の召喚理由にウガーと叫ぶ愛子先生。ただ身長百五十センチの童顔では迫力不足だ。一部訓練された
「お気持ちの程はお察しいたします。ですが、貴方方の帰還は………現状では不可能です」
「え?」
静寂が落ちる。冷静さを保っていた生徒も、夢遊病のように現実を見ていた生徒も、或いは未だに現実を直視できず我関せずとした態度をとっていたものも、皆、一瞬何を言われたか分からないような呆けたような顔になる。声を張り上げた愛子先生ですら間抜けた声を洩らした。
「ふ、不可能って………ど、どういうことですか!? 喚べたなら帰せるでしょう!?」
「先ほど申し上げた通り、貴方方を召喚したのは我々ではなくエヒト様です。少なくとも我々に異世界へ干渉するような魔法は使えませんのでな、貴方方の帰還もエヒト様のご意思次第ということですな」
「そ……んな……」
ストン、と脱力するように椅子に腰を落す愛子先生。同時に遅れて言葉を理解し始めた生徒らもざわざわと、膨れ上がるように熱を帯びた喧騒に落ちていく。かくいう浬も、
「あんれま」
凄まじく間の抜けた声を洩らしていた。
「どうするよ、ハジメ。拉致IN THE 異世界だ。正直、手の施しようが思いつかない。なんか適当に案を寄越せ」
「僕だって分からないよ! それに帰れないって……ネット小説じゃあるまいし」
「パターンとしてはテンプレ的にうちのクラスの誰かが勇者ってか? ああ、或いは最近だとリベンジものでクラスの虐められっ子が隠れクソチートで異世界で大成した後、クラスメイトの虐めっ子をプギャーするっていうパターンもあるか」
「この状況だと割りと冗談に聞こえなくなってくるよね……あと、僕は今のところチートっぽい何かを授かった覚えはないよ?」
「ホントか? 実は女神様と召喚直前にあったとか」
「……無い」
少し残念そうなトーンで返ってきた。
「そうか……全くロマンを解さない世界だな」
「異世界テンプレをそのまま踏襲する異世界もどうかと思うけど……こと現実なら」
「それもそうか」
そういって会話を一度断ち切り、浬は帰せやらヤダやら現実逃避する連中に目を向ける。―――極限状況でこそ、その人物の本性が出るというが、平和な日本で暮らしていた学生らしく、どうやら大半がパニック逃避に陥っている。最も十代も半ばの年頃の苦学生に多くを求めるのは酷な話しか。
(同情はするけどね。今はもっとやることあるっしょ)
例えば目の前のご老人が本当に信頼に値する人物であるか見定めて見るとか。
「おい、見ろよ。ハジメ、あの目に覚えはないか? 具体的にはいつも俺たちが向けられている目だ」
「……きっと、神様に選ばれたのに何で喜べないんだって思っているんだろうね。それと、選ばれながら口々に帰せって口にする生徒に対する侮蔑かな?」
「おっ! さっすが我が友。気付いていたか」
「あはは、まさか君の言うところの虐められっ子気質がこんなところで役に立つとは思わなかったけどね」
決して自慢じゃないだろうが、虐める人間が弱い人間を炙りだすのに馴れているように、虐められっ子は人の機微と害意に聡い。こと侮蔑の視線など普段から向けられることが多い分、気付くのなど朝飯前だろう。
と、パニック収まらない中、バンッと勢いよくテーブルが叩かれ音が響く。その音にビクッと身を竦めながらも生徒たちが目を向ける……その先には天之河光輝がいた。
「俺は……戦おうと思う。突然召喚されて驚いたけど、彼に帰す手段がないって以上、どうしようもない。この世界の人たちも滅亡の危機に晒されているんだ。きっと彼らも助けて欲しくて仕方がなかったんだと思う。それに……そうと分かった以上、俺は彼を、彼らを見捨てることなんて出来ない」
人の注目を集め、クラスメイト他異世界の住民らに目を向けられて尚、自分の意見をはっきり口にする光輝。その度胸と見ず知らずの誰かを助けようと言う博愛精神は感心する。だが……。
「それじゃあ良いようにされるだけだぜ? イケメン君」
ハジメにすら聞こえぬ小声で浬は一人、皮肉るように呟いた。目線の先、微かに笑みを浮かべ、さながら罠に掛かった獲物を見詰めるようにして光輝を見るイシュタルを視界に捉えた。
「今は帰れないけど人間を救うために俺たちは呼ばれたんなら救済が終われば元の世界に返れるかもしれないしね……イシュタルさん、どうですか?」
「そうですな。救世主の望みにはエヒト様も無碍にはしないでしょうな」
その言葉におお、とざわめくクラスメイトら。僅かに見えた光明に希望でも見たか。
「? 浬何やっているの?」
「用心、用心」
「?」
カチャカチャとズボンを腰に押さえるベルトの金具部分を弄りだす浬にハジメは疑問を口にするが浬は悪戯小僧のようにニヤリと笑ってはぐらかすのみ。ハジメはさらに追求しようと口を開こうとしたが、イシュタルと光輝の会話を前にかき消される。
「さっきの話では今の俺たちには大きな力があるんですよね? ここに来てから気のせいか妙に力が張っている感じがします」
「ええ、そうでしょうとも。上位世界から召喚された貴方方は例外なく強力な力を保持しています。ざっと、この世界の者の数倍から数十倍の力はあると考えて宜しいでしょう」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。この世界の人たちを救い、皆が家に帰れるように……世界も皆も、俺が両方救って見せる」
わっ、歓声が響く。光輝のカリスマは遺憾なく発揮され、頭を垂れて絶望していたのが嘘だったようにクラスメイトらはキラキラした希望の目を光輝に向け、女子は熱っぽい視線を投げる。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。俺も手伝う。お前一人じゃ不安だしな」
光輝の宣言に同調する坂上龍太郎。……ふと、視線を感じる。見るとチラッとこちらに視線を投げる八重樫の姿があった。俺が我関せずと肩を竦ませると「でしょうね」とばかりに同じ動作で返事を返す。
「今のところ、それしかないわよね……気に食わないけど私もやるわ」
言葉の無い短いやり取りの後、みんなの前で八重樫はそう宣言していた。そんな幼馴染に影響されたのか、白崎香織もまた、
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「龍太郎……雫……香織……」
感極まったとばかりに賛同する三人の名を口にする光輝。その後はまるで当然の流れのように俺も私もと皆賛同していく、唯一、最初から生徒のために非協力的だった愛子先生だけが「ダメですよ~」と涙目で訴えていたが非現実的状況に救世主、正義の味方と口ざわりのいい言葉でその気になっているクラスメイトらには届かない。
「どうする? 浬?」
「ん、……あー」
勝手に盛り上がっているものたちを他人事のように眺めていると愛子先生に並んで冷静なハジメが意見を示さず我関せずの態度を取り続ける浬に問いかける。気付くと、ハジメのみならず何人かの生徒もチラチラと目を向けている。
―――クラスでの浬の評価は「何を考えているか分からない奴」というものだ。言動からしてふざけているし、ハジメとつるんでいる辺りオタク気質の人物であると思われるが、同時に、実は高い運動神経に物怖じない態度、何より一部のものを除いて基本的、周囲に友好的な人物だ。悪く言えば変人。格好よく称してみるならトリックスター。それがクラス内での浬の評価だ。その一挙一動はリーダー気質の光輝らや美貌と人格で人気の白崎らには及ばないものの一定の発言力を保有している。
一部の視線に気付いたのか、みんなの注目を集めていた光輝がこちらを見る。キラキラ輝くイケメンオーラが幻視できるほどの輝かしい笑顔で、
「露命くんもどうだろう? 勿論、無理強いは出来ないけど、協力してくれる人が一人でも多ければ俺も頼もしいし、それに戦うだけが協力じゃない、そうだろ?」
さり気無く戦力外存在であると暗に言われた。ジャニーズ系イケメンと言うのはどうしてこうどういつもコイツも裏がありそうに見えるのだろうか……と全く関係ないことを考える浬。
(いや、一部いたな農業やっている裏が無さそうな初志を忘れた方々が)
農業暦十年以上という最早本業がどれだか分からない偉大なる先人を思い浮かべる。思考が完全に脱線している浬。そんなことを考えているとも知らずに口を閉ざしたままの浬に龍太郎が若干イラついたように先を促しに掛かってくる。
「なんとか言ったらどうなんだよ」
「ん、ああ……すまんすまん、協力だっけ?」
コクリと肯く光輝。注目する周囲。
「協力、協力ねえ……」
「……さっきもいったけれど、戦うだけが協力じゃあないから。いきなり異世界に呼び出されて戦えなんて、」
「いや決めたぞ。てか、よくよく考えたら考えるまでも無いしな」
腰に手を当て、満遍の笑みを浮かべて光輝に笑いかける浬。その笑顔に光輝も分かっているとばかりに笑みを帰す……だが、その笑顔にハジメと、ある理由で親しい仲の八重樫は嫌な予感を覚える。浬という人物を知る二人からして満遍の笑みと言う最高の笑顔を浬が浮かべるのにはとてつもない違和感だ。
変人、トリックスターといわれるだけあって彼の笑みとは軽薄で、どこか快活な読めない笑い方をする男だ。ゆえに今、浬が浮かべている笑みは壮絶な違和感を、そして嫌な予感を思わせる。……再三度のことだが、変人、トリックスターと呼ばれる男が、果たしてこの状況においてまともなこと、協力を口にするだろうかと。
「ああ、勿論。―――――超、ヤダ☆ 見ず知らずの誰かのために何で俺が命を賭けなくちゃならないわけだ? 俺は嫌だ、降りる、パス。ってことで勝手に頑張ってくださいな。イケメン君」
―――もうこれ以上ないほどの爽やかな笑みを浮かべながら浬はNOと断った。
WEB版と書籍版の違いが分からない駄作者。
ふっ……なろう系ラノベを買わない弊害が此処に来て……