ロンダルキアの悪魔王   作:刺身798円

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 これはロンダルキアの邪教の勢力が敗れ去った後の話。

 ロンダルキアを愛し配下を想う一匹の王が、その地を去るまでのつまらない話である。

 

 

 

 

 

 ■■

 

 万年雪に覆われた死の大地、ロンダルキアーーー

 

 世界地図の中央付近に位置する、破壊神シドーを御神体とした邪教の総本山であるハーゴン神殿の存在する呪われた土地。かの地は険しい山々と天然の要塞に囲まれて、人間にとって踏破することは極めて困難な場所に位置していた。

 

 しかし死の大地といえども、どのような環境であっても、そこに適応する生命は存在する。絶え間無く降り積もる氷雪は流れた血を、破壊の爪痕を、看取るもののいない死体を………或は優しく、或は無慈悲に隠して消し去っていく。

 

 そして雪原に佇む一個の生命。

 

 ーーー神官長(ハーゴン)様は敗れたか。

 

 ロンダルキアにただ一つ存在する人為的な建築物、ハーゴン神殿を彼は目を細めて見上げる。吹雪が止むことの稀なロンダルキアではそうしないと雪が目に入るからである。

 彼の見上げる荘厳な建築物………ハーゴン神殿の最上階は、大袈裟な言葉や比喩的な表現でなく大破している。まるで巨大な力を持つ何者かが暴れ狂ったかのような、ひどい有様。そしてそこは事実、邪教の神である破壊神シドーと人類の最終兵器とも呼べる三人の死神達が雌雄を決した場所でもあった。もちろんこの死神という表現は、あくまでも彼が帰属する勢力にとっての話である。

 

 破壊神と三人の死神達の戦いはまさしく神話であり、最前線で破壊神を打ち破った男は彼の所持するいなづまの剣という武器の特性も相まって後に雷神と呼ばれるようになる。しかしこれはあくまでも余談である。

 

 すこしそれてしまった話を元に戻そう。

 

 雪の上に四足歩行で立ちハーゴン神殿を眺めつづける彼、四足歩行で尚優に三メートルを超える体高を誇る巨躯。悪魔を彷彿とさせる凶々しい翼。腹部には横一文字の大きな傷痕が残っている。そして彼は朱がくすんでどす黒くなった強靭な毛並みに覆われている。

 彼は一匹の猿怪、名をバズズという。シルバーデビルと呼ばれる悪魔族とその上位種であるデビルロードを統率する悪魔族の長である。

 

 百戦を経たシルバーデビルは、敵の返り血を浴びてその純白無垢な毛並みを紅く朱く染め上げていく。そして元々針金のように強靭なその毛並みは敵の返り血によって尚補強され、やがて彼らは悪魔卿(デビルロード)と呼ばれるようになる。そしてさらにデビルロードの頂点に立つ個体が、バズズと呼ばれる千の戦いを超えた猿怪王、彼である。

 

 彼は先述した三人の死神と相対し、命を落としたーーーはずだった。少なくとも死神達にはそう認識されているはずだ。さもなくば彼らは人類にとって極めて危険度の高いバズズを血眼になって討伐しようと探しているはずだ。ならばなぜ死んだと認識されているはずの彼は生きてここにいるのか?

 

 彼は用心深かった。彼は疑問を感じていた。

 

 彼には二匹の同胞がいた。名をアトラスとベリアルという。同胞と言っても仲が良かったということではない。むしろ逆に犬猿の仲だったと言っていいだろう。ならば何故彼らが同胞なのか?

 答はシンプルであり、彼らが三人ともロンダルキアに住まう覇権を争う悪魔族の長だったからである。一角一ツ目巨人(アトラス)猿怪(バズズ)、そして牛鬼(ベリアル)。彼らは長年ロンダルキアの覇権を競い、しかし今現在直面しているロンダルキアの衰退という危機に悪魔神官の神官長であるハーゴンを神輿として一時的に不可侵協定を結んだ。

 

 ロンダルキアは死の大地と呼ばれている。悪霊の住まう土地。死を苗床としてしか存在できない土地である。なぜロンダルキアが死の大地と呼ばれるのか?

 

 それは、ロンダルキアを維持する死霊(ブリザード)にある。ロンダルキアに住まう死霊(ブリザード)は人間の凄絶な死を以ってしてしか増殖できない。その理由は至ってシンプルである。

 魔物にとっての死とは生存競争による淘汰でしかなく、人間のみが唯一己の死を恨むのである。恨み、憎しみ、やるせなさ、こういった負の感情を抱いて死んだ人間がブリザードとなり、死の体現であるブリザードの存在抜きにはロンダルキアの存続は不可能なのである。

 ゆえに彼ら三人の悪魔の長達は己の故郷を守るために一時的に不可侵を結び、結託し、そして敗れ去った。

 

 破壊神シドーが敗れ、これから先はますます人が勢いづく。そうなれば人死にが少なくなり、ロンダルキアが衰亡するのは火を見るより明らかである。

 そしてロンダルキアの衰亡は同時に彼ら猿怪族も遠くないうちに滅びることを示唆している。シルバーデビルの白銀の毛並みは雪の保護色であり、彼らの幼体はロンダルキアでなければ容易く命を落とすことだろう。繁殖力も弱い。餌の問題もある。専らロンダルキアの洞窟に棲息するドラゴンを主食にする彼らが他の土地に移ったら、良質な餌を得られず著しく力を落とし、人間には目の敵とされ追い回されるであろうことは想像に難くない。事実ここ数十年、ロンダルキアの勢力は縮小しつづけており、若いシルバーデビルの個体も非常に減少していた。

 

 そして彼の疑問と彼が生きている理由である。

 三匹の悪魔族の長は、強大な力を持つ侵略者を前にしても手をとって戦うことができなかった。

 知能の低い一角巨人は協力という概念をそもそも理解せず、牛鬼は個の戦闘力に固執して一匹で戦うことにこだわった。彼らの元々の出自も関係しているのだろう。アトラスは巨人族の突然変異、ベリアルは破壊神シドーの側近のエリート悪魔。唯一バズズのみが群れの中から数多の戦いを超えて特別な存在に成り上がったため、バズズだけが群れて戦う優位性、数の利を理解していた。しかし彼一匹が理解しても詮無いことである。

 

 結果として三匹はバラバラに戦い、彼らは敗北した。彼らの纏め役であったはずの神官長も、破壊神の降臨にこだわり内部の不和を放置した。破壊神さえ降臨すればどうとでもなる、と。そして笑えることに破壊神は神官長と共に三人の死神に敗北した。

 

 次々と踏破され破竹の勢いで周りの魔物を殲滅していく強大な敵。

 破壊神を盲信するだけの神官長。目前に敵が迫ってなお理解できない主張を繰り返す同胞。彼の疑問とは、彼らを果たして信用するべきだろうかということ。

 バズズはことここに至って大局を俯瞰できない味方を信頼できず、保険を打っていた。

 

 バズズは死神達に敗北してハーゴン神殿の上層より地に墜落する。後に雷神と呼ばれるローレシアの王子の必殺の横薙ぎをその身に受けて。上半身と下半身の泣き別れた彼は、自身が敗北したときのために神官長配下の悪魔神官達に自身の回収と蘇生を指示していた。あらかじめ指定した予定地に墜落した彼は、悪魔神官の蘇生魔法(ザオリク)により蘇る。

 

 バズズはロンダルキアを飽きることなく眺める。

 一面を白銀に覆われた大地は彼にとってはいつまで見ていても飽きないほどに愛おしく、幻想的であった。しかし現状を放置すればやがて人間共がこぞって押し寄せ、ロンダルキアは彼らに奪われ蹂躙されてしまうこととなるだろう。

 

 ーーー戦う以外には道はない。

 

 彼はハーゴン神殿の内部へと向かって行った。

 

 ■■

 

 

 

 【俺が指示していたことはどうなった?】

 

 ハーゴン神殿は塔のような縦長の高層の建物である。今彼らがいるのは最下層。ここより上は戦いの余波で荒れ果てている。

 彼は自軍の戦力の確認と先行きの思案を行っていた。

 バズズは自身の腹心であるデビルロード、ヴァランと呼ぶ個体に問い掛ける。体高はバズズの三分の二程度しかない。バズズに比べたら圧倒的に若い個体であることは明白である。それでもバズズが目を掛けていた個体であり、戦力は一族でバズズに次いで高かった。

 

 死神がロンダルキアで暴れ回ったせいでシルバーデビルの個体は著しく数を減らしてしまっていた。若いシルバーデビルが多数死に、さらに元々個体数の少ないデビルロードに至っては、今や両手の指で数えられる程度しかいない。バズズが指揮出来るのはシルバーデビルとデビルロード、さほど数はいない悪魔神官、死霊(ブリザード)である。

 

 【はい。ハーゴン様とシドー様は遺体の損壊が激しく蘇生は不可能です。しかしアトラス様とベリアル様に関して言えば、遺体が綺麗な状態で遺っていたため蘇生可能です。御指示通りに遺体を回収して、腐らないように氷漬けしてあります。】

 

 強力な魔物の遺体は時間が経つと腐った死体やリビングデッドのような魔物とガストのような魔物に変質し、蘇生が不可能となる。ゆえに彼らは手早く回収し、氷漬けにした。

 

 バズズは僅かに幸運だった。破壊神シドーと戦闘を行った死神達は彼らも大きく負傷し、戦闘が終わってそのまま帰還の魔法道具であるキメラの翼で逃げるように己の安息の地へと帰って行った。ゆえに彼らはバズズの死体が消え失せたことに気付かなかった。アトラスとベリアルの遺体が蘇生可能なことも。当然バズズがすでに蘇生していることにも。

 

 バズズは瞑目して思考する。存在する札をいかようにするか?

 氷漬けの二匹の同胞、彼らは強大な力を持つ悪魔である。彼らを蘇らせればロンダルキアの勢力の地力は上がるかもしれない。

 しかし………かの死神共に対抗するためにただ彼らを蘇らせたとしても、前と同じ轍を踏むだけではなかろうか。今彼らを蘇らせたとしても、結局それぞれ好き勝手にして内部の不和を助長するだけなのでは?そして、今度こそ彼らは決定的に敗北して蘇生することも不可能なほどに遺体を破壊されてしまうだろう。

 ゆえに安易な蘇生は行えない。彼らがいればギガンテス、サイクロプス、アークデーモンと言った強力な悪魔も従うだろう。しかし彼らはそれぞれの長に従うだけであって、決してバズズに従うわけではない。

 

 ロンダルキアの戦力は著しく低下し、敵方はあまりにも強力な三人の死神達が健在である。

 状況の悪さにバズズは溜息を吐きそうになり、部下の前だと思い出して堪える。

 

 【………ひとまずはしばし休息をとる。】

 

 本来の主が既に存在しないハーゴン神殿の最高権力者は今やバズズである。

 バズズはそれだけ告げてハーゴン神殿の玉座に腰掛けて睡眠をとることにした。

 

 ■■

 

 バズズ配下のヴァランは同胞を見て回っていた。

 敗残兵である彼らは、ひどい有様だといえるだろう。

 彼らは一様に落ち込み、絶望し、生きる気力を失っている。断頭台をただ待つだけの罪人のように。

 絶対の力を持っていたはずの彼らの長(バズズ)も、彼らの信仰する破壊神(シドー)も敗れたのである。

 彼らにとって生きることは戦いであり、互角の敵との戦いにおける死を彼らは決して畏れたりはしない。それは勝てば生き残れるからだ。しかし今回の敵はあまりにも強く、ただ滅んでいくのみだという現実は彼らにとってもとても許容できるものではなかった。

 

 ヴァランは部下達の感情を理解している。彼自身も同じ感情に侵されていたからだ。

 蔓延する絶望感、見失った生きる理由、なまじ知能が高いだけに受け入れられない末路(みらい)

 

 部下を見て回ったヴァランは決意していた。

 

 ■■

 

 【バズズ様………。】

 

 静謐を湛えたハーゴン神殿。神殿壊滅からさほど経ていないある夜。バズズはどのような行動を取るべきか選択しあぐねていた。

 玉座に座り込むバズズは不意に声を掛けられる。窓から差し込む色は黒。辺りの松明には明かりが燈されている。日は既に沈んでいた。

 彼の目前にはヴァランがいた。ヴァランは意を決したような表情をし、口を開く。

 

 【何用だ?】

 【打って出させて下さい!俺が敵を打ち倒してみせます!】

 【奴らに勝てるとでも思うのか?】

 【必ずや………結果を出してみせます!】

 

 ヴァランは息巻く。しかしその提案は余りにも無謀である。ロンダルキアでたった三人の人間に彼らは壊滅的な被害を被ったのだ。今より遥かに多い兵力で。それを考えれば打って出るという選択はバズズにはあまりにも自棄に思えた。地の利がなく、数に於いても著しく劣った状態での戦いとなることは明白である。

 

 【不可能だ!奴らはお前ごときが勝てるほど甘くない!破壊神すら敗れたのだ!】

 【それでも座して死を待つよりはマシなはずです!】

 

 ヴァランは食い下がる。本来ヴァランは短慮なわけではない。そしてバズズは威厳と実力を備えた統率者でもある。しかしそれでもヴァランは反論した。状況があまりにも芳しくない。座して死を待つか玉砕するかの瀬戸際だとそう考えているのであろう。ロンダルキアの決戦において戦場から外されていたという不満もヴァランにはあった。バズズにとっては死の危険が高いその戦いから次の一族の長となるはずの彼を外すことはあまりにも当然であったが。

 

 ヴァランにとって強大な力を持つバズズは長い間尊敬の的であった。しかしバズズは敗北した。致命的に敗北してなお、同族の助けとなるべく黄泉から還ってきた。ならば自分も彼の助けとなりたかった。

 

 バズズは黙して先行きを思考する。

 

 ヴァランは自身の死後のデビルロードの統率者となる予定である。彼を失うことは許容しがたい。

 しかし、本当にそうだろうか?

 

 ただ手を拱いていても近々人間はロンダルキアを我が物にせんと攻め入ってくるのは明白であり、勝者がロンダルキアを手にするのは当然の理である。そして彼らの背後にすでに火の手は廻っている。ならばここで自分が彼の行動を止めることに果たして意味があるのだろうか?ロンダルキアが無くなればデビルロードも遠からず絶滅するだろうに?彼をロンダルキアに留めることで勝利の算段がついているわけでもないのに?ならば彼の言う通り万が一の奇跡にかけるべきなのか?

 バズズにはどちらがより理があるのかわからなかった。

 

 シルバーデビル、デビルロードは学習能力が高い。しかしあくまでも魔物の中ではという話である。

 彼らは経験により集団で戦闘することの有利さを理解していた。彼らは経験により弱った自分達に人間達が止めを刺しに来るとそう確信していた。彼らは経験により戦いに勝てなければ滅びるのみだと理解していた。

 

 しかし彼らは経験がなかったため、人間はしばしば彼らに理解できない行動を起こすということを理解していなかった。

 

 ヴァランはバズズに比べて若い。ここでバズズが彼の行動を諌めても彼は決して納得しないだろう。最悪の場合、外部に強力な敵を控えた状態で同族同士の争いが勃発する懸念も捨てきれない。致命的な敗北を負ったロンダルキアの手勢の士気に関しても、彼らの王であるバズズに打つ手が無いと知れれば時間と共にさらに低下していく。

 そして彼らの周りには死が取り囲んでいる。猶予がどれほどあるかわからない。人間がどう動いてくるか理解していない。次にあの死神達がロンダルキアを訪れたならば、その時は彼らが滅亡する時であろう。そして彼ら魔物の流儀は、弱った獲物は容赦なく狩るということ。ゆえに彼らは間もなく人間共が死神を旗頭にロンダルキアに大挙して攻め入ってくると、そう確信していた。そこには致命的な齟齬が存在していることに彼には気づきようがなかった。

 

 ならば答は決まっていた。

 

 【………好きにしろ。】

 

 バズズはヴァランに相応の数のシルバーデビルとデビルロード、そして悪魔神官を貸し与えた。

 貸し与えた者達も彼自身もおそらくはもう二度と帰ってくることは無いと知りながら。




視点が入り乱れるので、区別をしています。
□□→人間側の視点
■■→ロンダルキア側の視点
□■→入り混じった視点
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