ロンダルキアの悪魔王 作:刺身798円
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ローレシアの王、サマルトリアの王、ムーンブルクの女王、この三人は、英雄として民間に広く認識されている。ロンダルキアに存在する邪悪なる意思、世界を絶望へと向かわせるよこしまなる存在を討ち滅ぼした英雄達。彼ら三人は、旅に出る前と帰郷した後に於いて一点、決定的な違いがあった。
精神性?戦闘力?功績?
確かにそれらも旅に出る前と帰郷した後で全くの別物だったのは確かである。
しかし、彼らが最も違ったことは、彼ら自身の立ち位置である。彼らは王子として、または亡国の王女として旅立ち、功績を認められて帰郷して王、そして女王となった。
そして、彼らは武王であり、為政者ではない。彼らはこと戦闘に関しては一家言を持つが、政に関しては全くの門外漢であった。ゆえに彼らは今現在困惑している。
破壊神シドーを討ち滅ぼした彼らはこれから争いの少ない素晴らしい未来が待ち受けていて、ローレシアとサマルトリアで協力して人類をもり上げていくものだとそう思い込んでいた。しかし、それは政を知らない子供の青写真に過ぎなかった。
実際はローレシアとサマルトリアで外交の主導権争いを行っているのが現実である。彼らは政治に疎いために関わらないようにしていたが、やれローレシアはロトの第一王子の血脈だから、やれサマルトリアとムーンブルクは恋仲であり英雄を二人擁しているからと子供の口喧嘩のような理由を口実にして主導権争いを行っているのである。大の大人達が少なくとも三人の王達にとってはどうでもいいような理由で政治の主導権を争う様は彼らをいたく困惑させた。
旧ムーンブルク領の支配権、サマルトリア・ローレシア間のインフラ整備の受注の奪い合い、各地に点在する市街地への税金、デルコンダル王家との今後の関係性、三人の王の世界への貢献に対するそれぞれの王国に対する報奨金の分配等など。
しかしそれは、武力を行使しないだけマシな争いであることを三人の王は知らない。
彼らは己の権益に執着したが、後世はいざ知れず今現在においては身内で争うほど相手のことを思いやれないわけでも、仲が悪いわけでもなかったのである。少なくともムーンブルク王国の滅亡に対して、一丸となって立ち上がるくらいには。
三人の王は、そのような権力争いよりもロンダルキアに残る邪教の残党の速やかな始末を優先するべきだと主張していた。彼らはかの大地に根付く生命の力強さと人間に対する脅威を体感し、放置すれば必ず人類にとって弊害になるとそう主張していた。しかし彼らが主張した王達が直接ロンダルキアに赴いて残党を討伐するという最も効率的な提案は決して受け入れられることはなかった。
彼らは仮にも一国の王なのである。戴冠前であればいざ知らず、今となっては王である彼らを最前線に立たせるわけにはいかない。万が一にも彼らが落命すれば、王国の斜陽と新たな騒乱が待ち受けているのは明らかであるから。残党狩りなどという雑務を王に任せるなど王国の恥でしかないから。
そしてロンダルキアという土地そのものが天然の要塞であり、練度の低い兵士を派兵してもすぐに命を落とすだけだという事情もある。
様々な要素はそれぞれ独立していてあまり関係していなかったが(唯一の関係性は、ロンダルキア軍討伐に端を発するということである)、結果としてそのほとんどの要素が彼らをロンダルキアに攻め込むのを躊躇わせていた。
これらの要因がバズズが予想していた彼らの行動と実働の齟齬であり、バズズが全く理解できない人間の行動原理であった。
人間が延々とロンダルキアに攻め入ることを延ばしつづけるということは有り得ない。しかし本来であれば当面は人間側は行動を起こすことはなかった。バズズはそんなことが有り得るとは露ほども思っていなかった。それを理解していればあるいはバズズにも他の手立てを取るという選択肢が存在していたのかもしれない。
しかしそれでもロンダルキアの滅亡は時間の問題ではあったのだが。
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ロンダルキア、ハーゴン神殿。
ヴァランが率いる旧ハーゴン軍はすでにロンダルキアを出立していた。
ここには玉座に座るバズズと、彼の前で畏まる先日とはまた違ったデビルロードの個体が存在した。デビルロードの名はメローネ、ヴァラン同様バズズの配下であり、バズズの実子でもある。
【………メローネ。】
【はい。】
【お前に指示を出す。お前はヴァランを見届けて来い。】
【かしこまりました。】
バズズはメローネに指示を出す。
敵地にはかの三人の死神がいて、ヴァランが敗北することは必定である。
バズズは一匹の腹心を失い、相当数の手駒を失うことになる。ならば失うならばそれなりの見返りが必須である。そのために彼に敵勢力の攻略の糸口を託すことにした。
バズズは窓から外を眺める。ロンダルキアの積雪は過去より今までずっと変わらない。彼がまだ幼体であったころから。
人間共がロンダルキアに土足で侵入して来るようになれば、この美しい景色は変わり果ててしまうことになるのであろう。
バズズは過去を思い起こしていた。
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バズズがまだ幼い頃、人間はこんなにも広範囲に根強く棲息していたわけではなかった。
彼が幼い頃は、まだ人間は今現在アレフガルドと呼ばれる北西のそれなりの大きさの大陸に相当数棲息していたに過ぎなかった。その外側の人間は、存在するにはしていたがその数は現在より遥かに少数であったと言えるだろう。それがなぜ今現在ロンダルキアを脅かすような事態に陥っているのか?
その切っ掛けは、アレフガルドに覇を唱えた竜王の敗北である。
バズズは幼い頃を思い起こす。
彼がまだ小さい頃、遠く離れたロンダルキアまでアレフガルドの力を持つ竜の王の勇名は轟いていた。魔物にとって力を誇示することは、人間が権力を誇示することと同等の意味があり、価値があった。ゆえに多くの魔物はアレフガルドという遠い地で力を振りかざす竜王に憧れていたといってもいいだろう。
しかし、あるとき竜王はたった一人の人間に敗北する。あまりにもあっさりと、彼が誇示しつづけた力という土俵で、竜王は言い訳できないほどに敗北を喫した。
竜王に勝利をおさめた人間の勢いは衰えることを知らず、かなりの数の人間達がアレフガルドの外の大地へと飛び出した。彼らはアレフガルドより外の世界にも意欲的に侵略を行ってきた。そして、そこから終わりの無い人間と魔物の争いが始まり、ロンダルキアの斜陽が始まることとなる。
人間は貪欲で、狡猾だった。
彼らは貪欲に勝利を続け、ついには強力な魔物が跋扈するロンダルキアまで攻め入ってきた。幾度となくロンダルキアの勢力と人間は戦いを繰り広げ、押しやられたロンダルキアは徐々に勢力を縮小していく。
唯一の勝利と言ってもいいムーンブルク王国の滅亡も大勢を見れば焼石に水に過ぎず、人間の魔物に対する反感をより大きくしただけであった。挙げ句に詰めの甘い神官長は確実に王家の血筋を断絶させることをせず、辱めるために王女に掛けた犬に変化させる呪いも解かれてしまうことになる。
そして今現在より少し前、敗走を繰り返したロンダルキアの勢力は天然の要塞であるロンダルキアの洞窟を盾にロンダルキア山岳地帯に籠城を行い、破壊神の降臨により逆転を狙わざるを得なくなるまでに追い詰められてしまっていた。
そして何よりも腹立たしいことに、最初に侵略を行い人間共の魔物に対する強烈な反感を煽った竜王一族は、人間との不戦を協定し我関せずとばかりに人間共との不干渉を貫いている。彼の指示のもとに地獄に付き従った配下の魔物の無念の想いを裏切って。
バズズは思考より戻り視線を神殿内にさ迷わせる。
ーーー再びの死神共との決戦は避けられんのだろうな。
獣は追い詰められていた。
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ロンダルキアの外を行軍するシルバーデビルとそれを率いるデビルロード、僅かな数の悪魔神官。それは数は多くないが、ロンダルキアの外でそのような光景を見ることは極めて稀である。
シルバーデビル、デビルロードは群れて生活する習性を持ち知能も高いため、指揮を執る能力と命令を遂行する能力が他の魔物よりも長けていた。
ヴァランが部下に出した指示はわかりやすいものであり、比較的数の多いシルバーデビルが
彼らは自身に帰り道が存在しないことを理解している死兵であり、バズズに残された手勢の中でもこの期に及んで比較的に士気の高い者達であった。
三人の英雄達は気づいていない。
彼らはロンダルキアの悪魔達を追い詰めすぎていたことを。
彼らは最も警戒すべき対象を討ち漏らしていたことを。
ペルポイ、ムーンペタ、ベラヌール、人が身を寄せ合い生活している拠点はローレシア王国とサマルトリア王国を除いても世界中にそれなりの数点在する。しかし、彼らは積極的に魔物に攻められることはさほどに多くはない。
その理由は簡単である。ロンダルキアにとって、侵略者は専らローレシア王国とサマルトリア王国、そして今は存在しないムーンブルク王国だけであり、他の土地の人々は例えばテパの村のように自然を利用し水門によって魔物の侵略を防いだり、例えばペルポイのように地下に町を作り魔物の侵略を防いだり、つまりは精力的に魔物の住む土地への進攻を行うわけではない。
つまり、魔物にとって脅威なのはローレシア王国とサマルトリア王国、後は精々海を隔てたデルコンダル王国くらいのものなのである。王国さえ潰せれば、そのほかは後々いかようにもできるのである。
ゆえにヴァラン率いる軍勢は他の地点には目もくれずに王国を目指してロンダルキアを北上する。
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「敵襲!!敵襲だああぁぁっ!!」
サマルトリア城下町、一人の兵士が悲鳴をあげる。
人々は即座に声を上げた方を確認し、城下町に滞在していた兵士は王城へと報告に向かう。
彼の眼前に立つは人類の力の象徴、三人の英雄が一人、サマルトリア王である。その威様に兵士は方膝を着き頭を垂れる。
「敵の数と詳細は?」
「は、はいっ!!敵はシルバーデビルと悪魔神官です!遠巻きに複数のデビルロードも確認しております!!数はおよそ十程度です。」
彼は即座に部下に指示を出す。
「囲んで戦え。人間側の数の利を生かして包囲殲滅を行え!」
サマルトリア王は思考する。
敵はロンダルキアの上位悪魔。おそらくは敗北した邪教の残党共がやけを起こしてロンダルキアから攻めてきたのだろうと。シルバーデビルは魔法力と速度に特長を持つ強力な敵であるが、生命力に関してはさほどではない。悪魔神官も魔法力が高いが生命力はあまり高くない。ならば敵を包囲して回復を行う悪魔神官を優先的に撃破すれば被害は抑えられるだろう。
彼がそう思考したその時ーーー
「王!別の地点からも複数のシルバーデビルが現れました!」
「なんだと!?」
先ほどとは別の兵士がサマルトリア王へと報告を上げる。
「戦局はどうなっている?」
「はい!今現在襲撃が行われている地点は別々の四地点です!敵はその………引き気味に戦い兵士との戦闘を避け民間を害して回っています。包囲しようにも地点を頻繁に移動するため難しい状況です。ローレシアに対する援軍要請はいかが致しましょうか?」
「いらん。時間がかかりすぎる。俺が出る。お前は俺が城を空けると客人として滞在しているムーンブルク女王へ言伝を行え!」
「はっ!!」
サマルトリア王。三人の英雄の中でも
しかし、彼の内心は疑問に満ちていた。
ーーー奴らは俺達を憎んでいるはずだが、引き気味に戦っている?まさか敵がなんらかの作戦を練っている?いずれにせよ厄介だ。敵が突っ込んで来るだけであれば数で押し潰せばよいのだが、敵に逃げに徹されてしまえば城に勤める兵士では素の身体能力差で撃破が困難になる。やはり俺が戦うしかないか?
気になることはあるものの、今までのハーゴン軍は力押しの戦いしか仕掛けて来なかった。結局は彼はロンダルキアの上位悪魔に対して兵や民間の損耗を抑えるために自身が前線に立つという結論を出す。
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サマルトリア城下町に攻め入る部下達をヴァランは遠くより眺めていた。
シルバーデビルはベギラマで町を焼き払い、悪魔神官はイオナズンで爆撃を行う。デビルロードは襲撃地点の指示を出し、敵方の兵が集まって来たら速やかに退避を行う。あらかじめ彼が部下に出した指示通りに彼らは動いていた。
【そろそろか。】
【もう行くんですか?】
【………ああ。もし首尾良く生き残ることができる奴がいるようなら後は任せる。】
メローネもサマルトリア城下町を眺める。
今でこそシルバーデビル達は上手く役をこなしているが、彼らはじきに兵士に囲まれて一匹、また一匹と落ちて行くことになるだろう。サマルトリア城より死神が出陣したとの部下のデビルロードの報告も受けていた。体力が尽きて足が止まったときが彼らの最期である。
【………誰も生き残れませんよ。】
メローネは小声で呟く。
ヴァランは羽を上手く使い見る見るうちにメローネの元を遠く離れて行く。彼は城の外壁に取り付き、サマルトリア城の外壁を鍛えられた体幹で容易に上っていく。
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「階下に逃げてください!敵が城内に忍び込んで来ています!」
ここはサマルトリア王城二階のとある一室。ムーンブルク女王はサマルトリア城内に邪悪な魔力が侵入したことを敏感に感じ取り、サマルトリア前王の元へと向かい進言した。
今感じ取れる強大な魔力はサマルトリア城の屋上に存在する。屋上を合わせて三階建てで横に広いサマルトリア城ゆえに彼女は王侯貴族へと階下に逃げるようにと進言する。
本来であれば王族と平民を同一の逃げ場に逃がすべきではないが、王城内に強大な敵が突如現れた有事である。
「どういうことだ?」
サマルトリア前王は困惑する。
仮にもここは王城であり、城下に相当数の兵とサマルトリア王を向かわせても、それなりに質の高い兵士がそこそこ数を揃えているはずだった。王城内が危機に陥ることなど考えづらい。
しかし彼に進言をした相手はただの人間ではない。三人の英雄の一人である。ただの世迷い言と片付けるにはあまりにも発言者の威光が大きい。
「いえ………これは………。おそらく、敵はロンダルキアの上位悪魔です。」
ロンダルキアの上位悪魔、サマルトリア王城へと侵入した敵がただのそれであれば城の兵士であってもどうにか対処は可能だっただろう。しかし、今向かって来ている敵は以前戦った
「し、しかしただの上位悪魔であれば城の兵士でも対応が可能なはず………。」
「いえ、おそらく敵はただの上位悪魔ではありません。その中でも極めて魔力の大きい敵が向かって来ています。私が出ましょう。」
「し、しかし客人に戦わせるわけには………。」
「………いえ、サマルトリア王が城下に出払っている今現在、この敵に対抗できる人間は私しかいません。」
「く………ならば絶対に怪我をせずに戻ってきて下さい。貴女が怪我をなさったら、私は私の息子に対しても、サマルトリアの客人である貴女に対しても、面目が立ちません。」
「おまかせください。無事に戻ってきます。」
ムーンブルク女王は手にいかずちのつえを携え、みずのはごろも、ふしぎなぼうしを身に纏い強大な力を発する敵の元へと向かう。