ロンダルキアの悪魔王 作:刺身798円
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「フンッ!ハァッッ!!」
味方に
端的に言って、前衛も熟せる上に味方のフォローの上手いサマルトリア王の率いる軍勢は敵を圧倒していた。
サマルトリア王のはやぶさの剣が翻り、シルバーデビルの羽を切り落とす。彼の手より放たれたベギラマが悪魔神官を襲い、シルバーデビルは悪魔神官を抱えて散り散りに撤退する。彼は逃げたシルバーデビルの一匹に狙いを搾り、後を追い一匹ずつ確実に絶命させる。
一匹を犠牲に逃げきった他の魔物達は別の部隊と合流し、再度兵士の薄い場所を攻め立てる。
しかし実際はサマルトリア城下町の臣民の多くは既に王城内に緊急避難が済んでおり、これ以上城下で暴れても建物の被害しか出ない。
サマルトリア王が戦場で敵と相対したときに感じたことは、やはりおかしい、というものであった。
数え切れない程の魔物と戦い、数多の戦場を経た彼を以ってして、彼が戦っているシルバーデビルの集団の違和感はすでに無視できないほどに膨れ上がっている。
彼がかつてロンダルキアに攻め入ったときの魔物の行動は、思うが儘に暴れ回り、生物を蹂躙するというものであり、今彼の目の前に存在する敵襲団は明らかに何らかの目的を持って行動をとっている。
敵は引き気味に戦っておりこちら側の味方の損耗はさほどではないが、逃げる敵は打ち倒しにくいことこの上ない。
シルバーデビル達は明確な指示を受けて行動している。
野生の動物でも魔物でも、彼らは我が子や卵を育てているときは巣に迫る外敵に対して異常なまでに警戒を行う。ロンダルキア軍に於いてもハーゴン神殿には総大将の神官長ハーゴンが控えて破壊神シドーの祭壇が奉られている。
大切なものは後ろに追いやって何が何でも守ろうとする。バズズは今までの経験から生物のこの本能を理解し、大切なものは城の中に隠していると推測して部下であるヴァランに攻める箇所の具体的な指示を出していた。彼が思考した最も効率がよいであろう戦いかたと合わせて。
バズズが思考の末編み出した戦い方は、いわゆる囮戦術であった。
サマルトリア王は敵の首魁の悪辣さをまだ知らない。
■■
【彼らは………その………よかったのでしょうか?】
ハーゴン神殿の玉座の間、たった一匹この地に残ったデビルロードであるシモンは遠慮がちにバズズへと問い掛ける。
彼の問いの内容は明白であった。
ヴァランにバズズが貸し与えた兵力は、残されたロンダルキアのシルバーデビルのおよそ半数、七匹しか残っていなかったデビルロードのうち観察役のメローネを含めて六匹、悪魔神官に関してはさほどの数ではないものの、ロンダルキアに残されていた彼の動かせる兵数を考えれば破格過ぎると言える数の魔物を投入していた。
【………致し方ない。】
対するバズズの返答は非常に簡素なものであった。
バズズは、部下の多くの気持ちを、怯えを明確に感じ取っていた。
彼の部下達は、多くが怯え、自身の未来に恐怖し、敵の異常な迄の強さに畏れを抱いていた。
自分達の未来は無為な死なのではなかろうか?と。
今回の彼らの進軍は本来であれば死への恐怖に怯えた暴発といっていいだろう。そして彼の部下のヴァランはそれを敏感に感じ取り、部下の恐怖を殺意と士気に転化させ、部下の死に意味を持たせることを誓って進軍を行った。
彼らを放置すれば内部に恐怖は伝播し、意見が分裂し、恐慌を来して戦うことすらままならずに敗北していた可能性が高かった。
そして進軍したとしても、彼らが何の結果も残せずただ無意味に死んだとなればいやが応でも士気が駄々下がり、結果として敵が攻めて来たときにどうにもならなくなる。
酔わないと生きていけないのだ。勝利という幻想に。勝てるという幻に。敗残兵が恐怖に抗がうためには、時には酒の力も必要なように。
それがために、バズズは腹心を使い捨て、何らかの結果を残すためにそれなりの兵力を預けざるをえなかった。
そしてそれは元を辿れば、彼らロンダルキア軍が人類に致命的な敗北を喫したことに端を発する。
バズズは一縷の望みをかけてヴァランに軍勢を預けた。
彼にできることはメローネの帰還と報告を待つことのみであった。
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サマルトリアの城内を走る水色のドレスを纏った麗しい令嬢、彼女の実態は三人の英雄と謡われるうちの一人、ムーンブルク女王である。
すでにサマルトリア兵士と上位悪魔の戦いは始まっている。階上では爆音が鳴り響き、加速度的にサマルトリア兵士の生命力が消えていくのをムーンブルク女王は感じ取っていた。
彼女はひたすら走り階上へと向かう階段を上る。戦場へと邁進する。
それがその実は死に至る悪手だということに気付かずに。
しかし、仮にそのことに気付いていたとしても彼女は消え行く生命を救うために屋上へと向かったであろう。彼女が人類の英雄であるがために。英雄には英雄の弱点が存在するのである。
そして彼女は、屋上へと至る堅牢な扉のかんぬきに手をかける。
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屋上で暴れ回り配備されていた兵士を尽く片付けたヴァラン、彼の足元にはつい先ほど迄動いていた兵士達が事切れている。屋上に配備されていた兵士は寡兵だった。他の大勢の兵士達は王侯貴族の身を守らんとして退避した王族に付き従っている。
ヴァランは屋上の堅牢な鉄製の扉を見て、後に城の屋上より僅かな間街中の戦闘の様子を確認する。
ーーーやはり、バズズ様の御指摘通りこいつらはこの巨大な城の扉の中に大切なものを隠している。こいつらは俺が扉を開かないように扉の前に陣取っていた。………外のシルバーデビル達はもうさほど時間稼ぎはできないだろう。しかしすでに俺達に退路は存在しない。失った仲間達の命の分何らかの見返りを手にしなければならない。
屋外のシルバーデビル達はあるいは兵の槍に致命傷を受け、あるいは死神と相対し、あるいは体力が尽きて徐々に墜ちはじめていた。
ヴァランは鉄の扉を再び視界に入れる。
ーーーやはりこの扉をなんとかして破壊するほかあるまいか。
ヴァランはため息をつく。
時間がかかり分の悪い行為になるがそれでもどうにか扉を破壊するほかないと扉に向かう。
彼は………幸運だった。
彼が扉に呪文を撃ち込もうとした刹那………扉が内側から何者かによって開け放たれる。
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扉を開け放ったムーンブルク女王は、目前のヴァランの巨体と朱に染まった屋上の床を見てほんの僅かに硬直する。彼女は本来ならば後衛であり、敵を目前にする機会がほとんど無かったことが災いしたと言えよう。しかし彼女は即座に精神を立て直し、眼前のデビルロードに意識を向ける。
そして、ここで互いの意識の差異がムーンブルク女王の虚を突くことになる。
ヴァランはバズズより明確な指示を受け、王城に匿う何か、つまり王侯貴族と臣民の大量虐殺を勝利条件に置いている。対してムーンブルク女王はこれまでの魔物の行動の経験により敵が自身に向かい攻めて来ると判断している。
ムーンブルク女王は戦闘を意識し構え、対してヴァランは戦闘力の高いムーンブルク女王を無視して速度を出して城内へと特攻する。
ヴァランはほくそ笑む。彼は建物の内部から強力な力を秘めた英雄が出てきたために、さらに内部に弱点が存在しているという確信を深めていた。強力な駒を配置してでも護るべきものが内部に存在する、と。
そしてさらなる遅延。
ムーンブルク女王は城に匿う臣民達を守るために急いで悪魔の後を追いかける必要があった。しかし、屋上で血の海に沈む兵士達の幾人かは手当をすぐに行えば助かるのではないかと、そう迷いを持ってしまっていた。
ほんの僅かに思考した末、彼女は結局屋上に倒れ臥す兵士達を見捨て、急いでデビルロードの背中を追いかけることとなる。
「はあっっ!!」
杖の先で収束する魔力、彼女は前を走るデビルロードの背中に向けて
そうして走りつづける彼はやがて終点へと辿り着く。そこは一階の大広間からこれまた堅牢な扉一枚を隔てた廊下である。大広間は有事の際の避難場所として指定されており、内側より鍵をかけることが可能となっていた。扉の向こうが彼の目的地点であるが、さすがに多くの臣民の命を護る最後の扉だけあって容易く壊すことは不可能であろう。
ーーー戦うしかあるまいか。
ヴァランは自身の背後を追って来る英雄と対峙する覚悟を決める。
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サマルトリア王の勘は最大限の警報を鳴らしていた。とにかく良くないことが起こっている、と。
街中を襲撃した悪魔の群れは、その数を半分に減らしても一向に撤退する様相をみせない。彼らは仲間が地に墜ちても毛ほどの動揺もみせない。
彼は部下に指示を出す。
「俺は一旦城に戻る。後の戦いは任せる。」
すでに悪魔達はその数を半分以下に減らし、疲労困憊している。遠巻きにしているデビルロードに関しても、囲めば多少の犠牲が出るだろうが殲滅は可能であろう。
彼は後の戦闘を部下に任せ、城へと向かって行く。
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サマルトリア城内の一階の大広間前の廊下、ここでは今二つの強力な個体による苛烈な戦闘が行われていた。
片方はデビルロードの特に戦力が高い個体、もう片方は三人の英雄達のなかでも呪文による火力に特化した後衛の女王。
幅およそ四メートル、高さがおよそ五メートルの廊下で彼らは戦闘を繰り広げていた。
壁を蹴り、羽を使い滑空をしながら襲い来るデビルロード。しかし女王は自身が耐久に劣ることを理解していたため、敵の攻撃を避ける技術を磨いていた。相手の直線的な攻撃を見切り、彼女は身を躱す。いくら後衛といえどもある程度以上の体術技能がなければ彼女がかの過酷な冒険に着いていくことは不可能だったであろう。
【ベギラマ!!】
ヴァランは火球を撃ちだし、女王は火球をみずのはごろもで受けてその場で回転、火球を打ち消した。
炎が効果の薄いことを理解したヴァランは甘い息を女王へと吹きかける。しかし女王はイオナズンを付近の壁に放ち、甘い息を爆風で周囲へと拡散させる。
「はあああっ!!」
女王が手にするいかずちのつえの先端に魔力が集中し、光球が撃ち出される。女王はイオナズンを唱え、間一髪で避けたヴァランの背後の壁に巨大なクレーターが出来上がる。
ヴァランは避けたイオナズンの爆風に乗って女王に接近し爪を突き立てようとするも、女王は手に持ついかずちのつえを掲げ、壁に背を預け、ヴァランの攻撃は防がれる。
女王のいかずちのつえよりほとばしる雷撃がヴァランの羽を焦がす。
戦況は端的に言って、時間と共にヴァランにとって著しく悪いものとなっていく。
体の大きな彼にとって狭い廊下での戦いは非常に難しく、彼の得手とする速度に乗った三次元の戦闘が難しいために少しずつ、しかし確実に戦いの天秤は女王へと傾いて行く。しかし実はそれはさほどの問題ではない。耐久の低いムーンブルク女王はヴァランの近接の一撃さえ受けてしまえば戦況は容易にひっくり返る。
今は専ら後衛である彼女に対して至近距離で戦闘を仕掛けているために戦えているが、真に問題なのは時間が経てば近接戦闘も可能な二人目の死神が敵の援軍に到着することである。そうなればヴァランの敗北は必至である。ゆえにヴァランは焦っていた。
しかし、彼は知らない。そして女王は目前の戦闘に集中している。
彼は幸運で、必死さは時に道を切り拓く。危機と好機は紙一重。
サマルトリア城の構造上、サマルトリア王がムーンブルク女王の援軍に来るためには眼前の堅牢な扉を開かなければならない。
ヴァランは魔法の撃ち合いよりも格闘戦の方が分があることを理解し、女王の側で爪を振り回す。鞭の様にしなやかな彼の腕は、音を切って女王へと襲撃する。
「マヌーサ!!」
敵が格闘戦に移行しようとしたことを理解して、女王は
ーーー厄介な奴だ。
格闘戦を行うことが苦しくなった彼は、天井へと貼り付き下方一面に向かって火炎の息を放射する。
ーーーちっ!やはりあまり効果が大きくなさそうだ。
みずのはごろもを纏う女王に火炎攻撃はほとんど効果を為さない。当たるか運任せで格闘を行うか天井に貼り付きながら思案するヴァランへと女王のイオナズンが飛んで来る。天井を蹴ってヴァランは退避する。
サマルトリア城は激しい戦闘の余波で揺れつづけている。
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サマルトリア王は急いで城へと向かっていた。
彼が城に向かう決断をした直後、王族付きの護衛兵士により王城に強力な悪魔が現れたという報告を彼は受けていた。
ーーーやはり街中に現れた魔物達は囮だったということか。
ハーゴンが率いていた時には有り得なかった行動に、彼は敵の背後の新たな首領を思索する。
ーーーまさかハーゴンを超える敵が現れたのか?一体どこから?ロンダルキアの悪魔達には痛手を与えたはずなのだが?
疑問を抱えながらも彼は女王の援軍に向かうために大急ぎで王城へと向かう。
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女王と悪魔の戦闘は、新たなる局面を迎えていた。
火炎攻撃の効果が薄く、呪文合戦で敵方に軍配の上がる状況。なおかつ視界は幻に包まれている。挙げ句に時間が経つほどに敵方に援軍が現れる可能性が高くなる甚だ不利な状況。そんな状況でヴァランが新たにとった戦術は、自身の被弾を度外視して聴覚頼みで破れかぶれの格闘戦を行うというものであった。
そして、その選択は女王にとって最も効果的で嫌な戦術だった。
「うっ。」
当てずっぽうで振り回されたヴァランの腕をいかずちのつえで女王は防ぐ。しかし膂力に劣る彼女は壁際まで吹き飛ばされる。
呪文の被弾を覚悟して最高速で最短距離を突っ切るヴァランに対し、女王は呪文を練り上げるために集中する僅かな時間すら持てない。そして武技の理を外れ力任せで当てずっぽうに振り回される腕は、予測がつき辛く彼女にとって非常に捌きにくいものであった。
己の役割を果たすべく必死であり、至近で腕を振り回しながら行動を阻害する甘い息を吐いてくるヴァランは女王にとって、非常に戦い辛い敵であった。
何より脅威なのは、自身のダメージを度外視している点である。
例え一時的に距離をとってイオナズンを放つことが可能であっても、敵は痛手を無視して突っ込んで来ることは明白であり、女王には無理に相手を打ち倒さずともサマルトリア王の援軍を待つという選択肢が存在したことも災いした。
そして、決定的に彼我の明暗を分けるその時が来てしまう。
「■■■!大丈夫か!助けに来たぞ!」
サマルトリア王の仲間を心配する声が廊下に響く。彼はすでに兵士より扉の向こうでムーンブルク女王とデビルロードが戦闘を行っているという情報を得ていた。
内側からサマルトリア王が手をかけ、大広間への扉は徐々に開かれていく。開くはずのなかった扉の鉄が軋む音にヴァランが嗤う。
ムーンブルク女王はヴァランの邪悪な笑みにとてつもない悪寒を感じ取る。
「だめ!!こっちに来ては…扉を開けてはだめ!!」
ムーンブルク女王は必死で声を上げる。
ヴァランは壁を蹴り、天井を走り、開け放たれた扉へと向かう。彼はサマルトリア王の意表を突き、最高速で彼の頭上を走り、人々の群れの中へと飛び込んだ。
ーーーメガンテ!!
ヴァランの魔力と生命力が暴走し、当たり一面に何人分か分からない血肉が飛び散る。
轟音を立て、悲鳴が上がり、戦闘の余波で幾度も揺さぶられ破滅の自爆に晒されたサマルトリア城の天井が崩落する。
「あっ、あっ………ああああああ
唯一少しだけ離れた地点にいたムーンブルク女王はそれを客観的に見ていた。
彼女は絶望を感じている。
これが仮に人間同士の争いであれば、落としどころや倫理的にやるべきではない行為が存在したはずだった。不幸なことは、これが人間とどうしようもなく追い詰められた魔物の手段を選ばない生存競争であったことだろう。
しかし、その行為がハーゴン神殿に乗り込んで数多の魔物を虐殺した英雄達の行為と、果たして如何程の違いがあっただろうか?
世界を揺るがす大事件、後にこの日のことを人々は《サマルトリアの落日》と呼ぶようになる。