ロンダルキアの悪魔王 作:刺身798円
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一匹の上位悪魔が王城内部に侵入して避難指定場所にて自爆、城の一階の天井部が崩落しその余波は城全体に伝播する。あたかもドミノ倒しのように王城は崩壊していき、瓦礫は王城内部に向かって降り注ぎ、結果として王城内部に避難していたサマルトリア王国民のおよそ七割弱が死傷。未曾有の大惨劇となった。死傷者に身分や立場の関連性は無く、かつては権勢を誇っていたサマルトリア前王も瓦礫に巻き込まれて死亡した。また、城内には人類の最高戦力である三人の英雄のうちのサマルトリア王、ムーンブルク女王らが存在し、サマルトリア王は自爆に巻き込まれて酷い怪我を負っていた。なお事件の主犯である魔物の軍勢は戦闘の末全員死亡した。これを記した私に関してもーーー(これ以上は字がにじんでぼやけていて解読不能)
《サマルトリアの落日を記したある男の手記より、一部抜粋》
サマルトリア王国壊滅。生き残った国民達は近隣でありサマルトリア王国と深い親交を持つローレシア王国へと避難した。
ローレシア王と王国民、ムーンブルク女王は精力的に国民の移民を行い、爆発に巻き込まれて意識不明のサマルトリア王はローレシア王国に運ばれた。
ローレシア城では緊急警戒令が発令され、彼らは亡くなったサマルトリア王国民の喪に服すことも後回しにせざるを得なかった。
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【バズズ様。】
ハーゴン神殿内部、メローネは玉座に腰掛けるバズズに頭を垂れる。
ヴァランの最期を見届けたメローネはハーゴン神殿に帰還し、バズズに報告を行っていた。
【報告を聞こう。】
【はっ。ヴァランは手勢を率いて、御指示通りにサマルトリア城へと侵攻いたしました。】
【………それでどうなった?】
【はい。作戦成功です。サマルトリア城を壊滅せしめました。敵の士気は下がっています。】
メローネの報告に玉座の周囲の配下より歓声が上がる。
英雄達がローレシアの地を旅立ってから敗戦続きであったロンダルキア軍に入る、久々の戦勝の報告であった。
【そうか。】
しかしバズズの顔は浮かない。
たとえここでただ一つ劇的な勝ち星を拾ったところで、容易に状況は好転しない。さらに言ってしまえば彼に残された手勢の内の半数の戦力を費やしたのだから、戦果を挙げて貰わなければ困る。しかし戦果を挙げられる可能性は決して高くなかったのだから、彼の腹心は非常にいい働きをしたと言えるであろう。
それでも、やがて死神が立ち上がりロンダルキアを滅ぼしにやってくるだろう。自身が信頼している最大の腹心を失い、残された手勢でどうにかしなければ滅亡が待つのみである。
バズズはせっかく上がった士気に水を差すのは愚策だと理解し、よくやった、と一言残してハーゴン神殿の上階へと向かう。
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ハーゴン神殿二階、そこはかつての戦いにより荒れ果て、瓦礫が散乱し壁が崩れていた。
崩れた壁から外を眺めるデビルロードが一匹。バズズの配下にたった二匹残されたデビルロードの片割れ、シモンである。シモンはバズズの命により、ロンダルキアの監視を任されていた。
【いかがなさいましたか?】
頭を垂れて問い掛けるシモンにバズズは僅かに思考した後に返答する。
【ロンダルキア洞窟の入口の監視を任せたい。】
【ロンダルキア洞窟の入口ですか?それはまた一体どういう理由でしょうか?】
デビルロードは知能が高く、経験したことを貪欲に学習していく。
バズズはサマルトリア城侵攻について思考していた。
敵方の人類戦力には三人の英雄達が存在する。ヴァランに与えた兵力程度では、真正面から戦えばとても勝利は覚束ないであろうことを理解していた。しかし、ヴァランは成し遂げた。
バズズは今回の勝利の経験により奇襲と早期の情報の優位性を理解していた。もしも敵が今回の奇襲を早い時点で知っていたとしたら、とても奇襲は成功しなかっただろう、と。逆に考えれば、こちらが使った手段を敵が使わないとも限らない。そもそもたった三人の英雄によるハーゴン神殿襲来は、厳選された戦力による奇襲ともいえるものであった。
早期に情報を得れば戦局を優位に進めることが可能であり、そうでなければ不利な戦いとなる。人類の世界ではあまりにも当たり前の話ではあるが、人間は誰も獣が突然情報の重要さを理解するなどと夢にも考えていない。
バズズは、情報を制するものは戦局を制するとそう解釈していた。
【………俺の指示が聞けんのか?】
【たっ、大変失礼を致しました!】
シモンは慌てて頭を下げる。バズズは背を向けて階下へと下りて行く。
シモンは、バズズが変化したことを敏感に理解していた。以前の彼より思慮深く、我慢強く、彼と接する際の威圧感を強大に感じていた。
もともと大きなその背中がシモンにとってとてつもなくに巨大に思えていた。
一度死を味わい、追い詰められた獣は進化する。
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サマルトリア壊滅を受けて今現在、ローレシア王城では緊急会議が行われていた。
会議の出席者は、ローレシア王、ローレシア前王、ローレシア王国の首脳部、ローレシア兵士長、ムーンブルク女王、サマルトリア王国で僅かに残った首脳部である。
本来であればサマルトリア王も参加して然るべき会議であったが、彼は意識は取り戻したものの体は未だに重体であったために省かれていた。
もちろん、議題の内容はサマルトリア王国壊滅で起こったことである。
「なるほど、つまり今回の襲撃は破れかぶれなロンダルキアの残党の暴発などではなく、高い知能を持つ何者かの悪意による侵攻だったと言うことか。」
囮を使い計画的に王城を崩壊せしめた敵、ムーンブルク女王より話を聞かされたローレシア王はそう判断する。
しかし、今回の侵攻の本質はロンダルキアの残党の暴発である。破れかぶれのバズズの、必死に振り絞った知恵がたまたま功を奏したに過ぎない。そして、バズズは知恵を振り絞ることの価値に気がついてしまった。
会議は続く。
「ある程度の期間は、ローレシア王国がサマルトリア王国民の生活を保証しましょう。しかし、会議の重要な議点はそこではありません。」
「敵の正体と対処法ですね。」
「今回のサマルトリア壊滅事件を受けて、ローレシア王国民にも不安が広がっています。速やかに何らかの手を打たねばなりますまい。」
「実際に襲撃現場にいらっしゃったムーンブルク女王は何か気付いた点がございませんか?」
会議は進み、ムーンブルク女王は発言を迫られる。ムーンブルク女王は先の惨劇を鮮明に脳裏に浮かべるが、気丈にも表情を変えず冷静に発言する。
「そうですね。皆様にも先にお伝えした通り、今回のサマルトリアへの襲撃者はロンダルキアに棲息する上位悪魔種です。私から言えることは、ロンダルキアに何らかの手がかりがあるということ。そして、敵の背後には強力な影響力を持つ魔物が存在する確率が極めて高いということでしょうか。」
「ふむ、そうですな。」
「と、なるとロンダルキアに兵を動かす必要がありますな。」
「待ってください、ロンダルキアに兵を向かわせるのはあまりにも危険ではありませんか?」
ムーンブルク女王が控え目に己の意見を議場にあげる。
実際に戦いの現場に居合わせた当事者の彼女の脳裏には、かの作戦を立案した未だ見ぬ敵が、強大な相手として投影されていた。
「しかし、他に手立てはないでしょう。敵の情報もないまま放っておけば、次はいつローレシア城が攻められるかわかりませんぞ?国民の不安の解消をせねばならないでしょう。」
結局理詰めにされたムーンブルク女王は、自身の漠然とした不安を押しやり納得せざるを得なかった。
そのまま会議はある地点までは速やかに進んでいた。そしておおよその方針は決まっていく。
しかしとある問題点で躓くことになる。
「ふむ、となりますと誰をロンダルキアに向かわせるかということですな。」
これが最大の問題である。
ロンダルキアの天然の要塞と跋扈する強力な魔物達の前には、生半可な兵を送ったとしてもすぐに命を落とすことは明らかである。
ならば三人の英雄を送り出せばいいのか?これは本末転倒である。
サマルトリア王国への襲撃は、サマルトリア王国民の虐殺を目的としたものであった。ゆえに三人の英雄を送り出せば、国民は彼らがいない間に国が襲われるのではとより不安が増す。そして実際にそうなってしまえば目も当てられないことになるだろうことは想像に容易い。サマルトリア王国が襲撃されたばかりの時期で、ローレシア王国民は酷く怯えていた。
兵士の練度の高いデルコンダルに応援を打診をしたとしても、自国の英雄達に頼めと突っぱねられるだけであろう。誰も好き好んで命を落とす危険の恐ろしく高いロンダルキアに派兵などしたくはない。
英雄達を分断させて別々の役割を持たせるのは最悪である。相手の戦力も分からないのに戦力を分散して、仮に英雄が帰ってきませんでしたとかなったらもう何がやりたいのか分からない行動といえるだろう。
ローレシア王はその辺りの状況を理解して、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「それでは私がロンダルキアへと向かいましょう。」
一人の壮年の男性が手を挙げる。
彼の名はアルメイダ。ローレシア城に詰める兵士長である。
金髪で体格がよく、それなりの実力を持っている。ローレシアにおいて、ローレシア王の次に戦える実力者である。
しかし、なぜ彼を誰も推さなかったのか?
ローレシア王に次ぐ実力者といっても、彼とローレシア王の間には、マリアナ海溝のように深い実力の差が存在する。具体的に言えば、ローレシア王が単体で易々と討伐できる相手ーーー例えばシルバーデビルでも彼は仲間と連携を取り、それなりの人数、少なくとも十人以上で囲まないと討伐ができないであろう。
生半可な者をロンダルキアに送っても死ぬ。結局ローレシア王国のローレシア王以外の人間は、全員生半可の範疇に入ってしまうのである。
しかし、彼の他に適任がいないのも事実である。もともと指名はしないが会議に参加する大方の人間は彼しかいないことを理解していた。しかし、任務のあまりの危険度の高さに、善良な彼にお前が死にに行けとは誰も言いたくなかったのである。
そうなると必然と会議は彼に任せる他はないという雰囲気になっていく。
「それではアルメイダ兵士長に任務を任せよう。今度の任務はロンダルキアに赴き、敵の背後の存在を探り出すことである。情報を得たら、決して交戦を行ってはいけない。即座にキメラの翼で逃げ帰って来ること。命を落とす可能性の高い、極めて危険な任務となる。」
「はっ!!」
ロンダルキアの洞窟の存在を考えれば、どれだけ上手くことが進んでも兵のうち半数以上は命を落とすことが必然である。ローレシア王は部下に死にに行けと指示を出すことに苦い想いをする。
王は兵士長に練度のなるべく高いそれなりの数の兵士と食糧と必要な荷を与える。
兵士長は王に敬礼を捧げると、兵を集めてローレシア城を出立する。
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兵士長の道中はある程度割愛しよう。
彼の道中は決して楽だということはなかったが、概ね順調に進んでいく。
サマルトリア壊滅事件の調査を行う彼らに行く先々の街は概ね協力的で、特に死人や大きな怪我人を出すこともなくロンダルキアの洞窟に到着する。
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【バズズ様、人間共の一団がロンダルキアの洞窟に侵攻してきました。】
【死神共はいたか?】
【いえ、確認できませんでした。いないものと思われます。】
【そうか。】
【………奴らに襲撃をなさらないので?】
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ロンダルキアの洞窟は、はっきり言ってしまえば地獄だった。
落とし穴だらけの階層、どれだけ意識しても間違える方角、キラーマシンやオークキング、サイクロプスといった強力な魔物。雪山に近いため気温は低く、魔物と出くわしてしまえば勝っても逃げても多数の人間が命を落としてしまう。
さまざまな悪辣な罠や次々と命を落とす仲間達に心をえぐられながらも、アルメイダ兵士長は必死に仲間を鼓舞しながら洞窟を進んでいく。
アルメイダ兵士長は今年で三十五歳になる。
十五の頃からローレシア城に使える彼は、ローレシア王がまだ赤子だった頃から彼と王国に仕えてきた。兵士長が初めて王城に登城したときは、王子が誕生して間もない時期だったことを彼は今でもよく覚えている。幼い王子を幾度となく王城で見かけたし、話をする機会もあった。勉強が嫌いで外で遊ぶ王子を微笑ましく感じたし、兵士の詰め所にやってきては剣術を乞う王子に苦笑いしながらも稽古に付き合った思い出もある。そういえばムーンブルク王国の滅亡に対して旅に出されたまだ若い王子に、彼は酷く心を痛めたものだ。彼は当時の王に、王子の旅の付き人として自分も付いていきたいと必死で上申し、あえなく却下されたことも覚えている。そして年月を経て、王子は事を成し遂げ立派に成長して帰ってきた。王子の戴冠式の時は思わず泣いてしまい、歳をとったことを嫌でも自覚させられた。
彼はローレシア王国を愛し、ローレシア王を敬愛していた。ローレシアは彼の全てだったと言えるだろう。
「兵士長!ドラゴンの群れです!」
「退避だ!散れ!4班が囮となれ!指示した地点に三十分後迄に集合しろ!少しでも遅れたら死んだものとして置いていく!」
「兵士長!2班の人員が落とし穴に墜落しました!」
「2班の代わりに3班が落とし穴の察知を行え!2班の残された人員は他の班に回るようにお前が割り振りを行え!」
「兵士長!キラーマシンです!」
「戦闘を行う!1班と3班の人員で囲んで槍の距離で戦え!魔法を使えるものは距離をおいて仲間の援護と回復に専念しろ!もし他の魔物も同時に現れるようだったら即座に退避を行う!かかれぇ!!」
ロンダルキアの洞窟はどうしようもなく難関で、それでも彼らは士気を保ち必死に進みつづけた。
そしてやがて長い長い洞窟にも終わりが来る。彼らが洞窟の出口に到達したときに、その人数は当初の300人強から40を切るまでに数を減らしていた。
「やった!ようやく到着したぞ!」
決して任務が終わったわけではなく、むしろ今からが本番であった。しかし、ロンダルキアの洞窟のあまりの踏破難易度に喜びの声を上げる部下を彼は諌めることが出来なかった。
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洞窟を抜けた先は一面の銀世界であった。彼らにとってロンダルキアの雪景色は目に痛く、美しいというよりは寒々しい、あるいは物寂しい。この日は珍しく、ロンダルキアが吹雪かずに晴れている日であった。
彼らは運んできた荷物より防寒具を取りだし、装着する。
「それでは先へ進むぞ!」
兵士長は声を上げ、組み直した隊列に従い先へ進もうとした時ーーー彼の全身をとてつもない悪寒が襲った。
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【………奴らに襲撃をなさらないので?】
【洞窟で大々的な襲撃を行えば逃亡者を出してしまう。放置すればどうせ奴らは洞窟内で勝手に次々に命を落とす。奴らが洞窟を抜けて安心したところを、根絶やしにする。そうすればわずかであれロンダルキアに
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兵士長は悪寒に従い即座にキメラの翼を使うことだけが、彼が生きながらえる術であった。
しかし、何も成果を上げていない状況でそのような判断をとることなどできるわけがない。部下もたくさん命を落とした。このまま帰ってしまえば彼は何のために部下の命を犠牲にここまで進んできたのか分からない。
雪の下から次々と青白い炎のような生命体が湧き出て来る。兵士長は知らないが、それはブリザードと呼ばれる極めて危険な魔物である。もっともロンダルキアには危険でない魔物は存在しないのだが。彼らはどんどん数を増し、兵士達のあるものは困惑し、あるものは恐れ、あるものは身構える。
いつの間にか生命体は彼らを囲んでいた。誰一人逃さぬように洞窟の入口に立つデビルロードのシモンが右腕を掲げ、それが合図であった。
ーーーザラキ、ザラキ、ザラキ………ザラキ!
雪原の大地に無数の