ロンダルキアの悪魔王   作:刺身798円

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 ローレシア先遣隊がベラヌールでの目撃情報を最後に消息を絶った。

 

 彼らは何らかの成果を得ても、そうでなくとも、一定の期間を以ってローレシア城にキメラの翼で帰還して報告する決まり事を定めていた。しかし、その期間を過ぎてもなんら音沙汰がなかった。

 

 現実の行軍において、ある程度の部隊の損耗を以ってして全滅と定義される。たとえ仮に部隊が全滅したとしても、情報を伝えるために戦わずに帰還する人間や逃亡する人間等の生存者が存在するのは現実でもこの世界においても変わらない。

 今回の先遣隊は強行軍を目的としたもので、通例の行軍より圧倒的に部隊の損耗率が高いであろうことは暗黙の了解であった。

 

 しかし、消息を絶ち一切の情報が上がって来ないのは異常事態である。ましてや彼らには十分な数の帰還手段(キメラの翼)を与えていたはずである。異常事態調査のためにロンダルキアの洞窟に人員を送るのは、二次被害を誘発する悪手である。

 

 敵がサマルトリア王国を壊滅させたという事実からローレシア王国は十分な警戒を行い、敵戦力を探るための先遣隊を送ったつもりだった。しかし、ローレシアは選択を間違えたのかも知れない。

 過ちは悔やんでも悔やみきれず、どうやっても時間は戻らない。陳腐で使い古された言葉だとしてもどうしようもなく真理である。

 大切な部下が何の手がかりも得られず一人も帰らなかったことに、ローレシア王は酷く心を痛めていた。

 

 ローレシア王国はことここに至って事態の深刻さを甘く見ていたと痛感させられることとなった。

 そして事態を受けて、再度緊急会議が開かれることになる。

 

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 「彼らはキメラの翼が使用できない閉所で全滅した可能性が高いのではないか?ロンダルキアの洞窟が危険なのは周知の事実であろう?」

 

 真っ先にその意見が議場に上げられる。

 ロンダルキアの洞窟の危険性とキメラの翼を使用不可な地理を考えれば、至極当然の結論である。

 

 「………決め付けるのは危険だ。それに送り出した部隊には僅かだが脱出呪文(リレミト)が使える術者もいたはずだ。ロンダルキアの洞窟で全滅したとは限らない。それに敵の王は間違いなく強大な影響力を持っている相手だ。どれだけ警戒したとしてもしたりることはない。」

 「ええ。サマルトリア襲撃の際の敵の統率のとれた動きと目的遂行のための非情で効率的な行動を考えれば、敵が何らかの策を練り上げ彼らを消息不明に追いやった可能性は決して否定できません。」

 

 サマルトリア王国でのシルバーデビルの統率のとれた行動を間近で見ていたサマルトリア王は、ムーンブルク女王同様未だ見えざる敵を恐ろしく警戒していた。

 重体を負って寝込んでいた彼だが、要人であり人類の最高戦力の一人でもあったため彼は最優先で日夜問わず回復魔法をかけられつづけていた。本人の生命力の強さも相まって結果としてすでに、日常生活を問題なく行える程度まで回復していた。彼の頬には自爆に巻き込まれた際の傷痕が赤く深く残っている。

 

 「なるほど。英雄のお二方が口を揃えてそうおっしゃるのであれば、敵は極めて恐ろしい相手だという可能性が高いのでしょう。ローレシア王はいかがお考えになられますか?」

 「私も二人と同じ意見だ。」

 

 ローレシア王は簡潔に自身の見解を述べる。

 ローレシア王は少し息を吸い、続けて発言を行う。

 

 「こうなってしまってはやはり我々三人が再びロンダルキアへ赴く他はないだろう。」

 

 サマルトリア王とムーンブルク女王も頷く。

 彼らは前もって三人で話し合い、既に意見を統一していた。

 場に重苦しい沈黙が漂い、一人の老いた男性が発言する。

 

 「やはりそうするしかなかろうな。恥を偲んでお願いしよう。今一度ロンダルキアに見えざる敵の討伐に向かって欲しい。王が不在の間は、不肖だがわしが一時復権して代理を勤めるしかあるまい。」

 

 ローレシア前王の発言である。

 彼も武王の血筋で勇猛な戦士だったが、現ローレシア王ほどの隔絶した強さは持ち合わせておらず、しかも最盛期はとうの昔に過ぎていた。そもそも平均寿命が四十前後のこの世界に於いては、行方の知れないアルメイダ兵士長も老兵の部類に入るであろう。

 ローレシア前王はすでに世の平均寿命を過ぎていた。

 

 「国を離れるのは心苦しくあるが、臣民には今一度の忍耐をしてもらう他にない。」

 

 魔物の脅威に晒された世で、ようやく敵方の首領を打ち倒し安寧を得たはずの矢先である。安寧の根拠であるローレシア王が国を空けることは、臣民をいたく怯えさせることになるだろう。ましてやサマルトリア王国壊滅の直後である。ローレシア王はそのことに忸怩たる思いを抱いていた。

 

 「致し方あるまい。老骨なれど国のためにいざとなったら必死で戦うから安心するがよい。」

 

 彼らには前王のその言葉を信じる外に取りうる手だてはなかった。

 

 ■■

 

 ハーゴン神殿の奥まって日の当たらない部屋で、バズズは床に安置された二つの氷像を眺めていた。

 

 一つは、十メートルを超える巨体を持ち、横には巨大なこん棒、赤い皮膚をした一角一ツ目巨人、アトラスの氷像。

 もう一つは、七メートル前後の巨体、謎の金属で作られた三叉の槍を携えた毒々しい黄色い皮膚をした牛鬼、ベリアルの氷像。

 

 バズズは、三人の死神達との決戦が近いことを予感していた。今までの戦いでどれだけ配下を失おうと、死神達との戦いに比べればどうやっても前哨戦の域を出ない。そして床で凍らされた彼らは来る決戦での重要な駒である。

 たとえ床に横たわる彼らがどれだけ嫌いだろうと、仲間割れの危険を侵そうと、彼らの助力無しには僅かな勝利の可能性も存在し得ないことをバズズは理解していた。

 

 バズズは彼らの氷像を見ながら思考を巡らせて行く。

 

 ーーー決戦の地はロンダルキア。敵戦力を鑑みれば地の利があり戦い慣れたこの地以外での決戦にはほんのわずかにも勝機が見えない。この地で戦い、こいつらの力を使い、十全に策を練って初めて活路が開かれる。一度敗北した弱者である俺は、思考可能なあらゆる手段を取らない限りは、勝利は決して存在しない!

 

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 ローレシア王国の緊急会議は結論を出す。

 有事に対し最前線に立つのはやはり、三人の英雄達。戦闘力の極めて高い三人の英雄達を出立させての暗殺戦術である。

 英雄達の出立の日時は、怪我を負って本調子ではないサマルトリア王が全快し次第という結論が出されていた。

 

 「………いい国だな。」

 

 サマルトリア王が薄く笑いポツリと呟く。ローレシア城下町は唐突の凶事ゆえに活気こそなかったが、田畑や街道は整備され、整然とした町並みは、きっとのどかでとてもよいものだったのであろう。

 彼らは出立前の僅かな猶予期間である今、ローレシア城下町を見回っていた。

 国を失った彼の独白に、ローレシア王は彼の心中を慮り、ムーンブルク女王はかつて自身の身に降りかかった凶事を思い起こしていた。

 

 「なあ、何で戦いが終わらないんだろうな?」

 

 サマルトリア王は呟く。

 今回の凶事に際して彼ら三人は一部の国民より、戦いは終わったはずではなかったのかという非難を浴びていた。彼らはその事実に心を痛めていたが、もともと国内での彼らへの支持は高く、魔物に頻繁に襲撃される時勢でもあったという事情もあり実際はさほどの大声ではなかった。それでも。

 

 自分達の詰めの甘さが招いた事態なのではないだろうかーーー

 

 三人の心にはとげが刺さっていた。

 

 ■■

 

 【決まっているだろう!生きることが戦いだからだ!戦って勝たなければ生き残れない!三人の死神達を葬ることでしか我等の未来は拓かれない!】

 

 奇しくもサマルトリア王の疑問に、遠いロンダルキアのハーゴン神殿内で彼らの怨敵が答えていた。

 決戦が近いことを予感していたバズズは、かつてと比べれば著しく数を減らした配下達を集めて決起集会を行っていた。

 

 【お前達の命は俺のもので、お前達は俺が死ねといったら喜んで死ね!代わりに俺はお前達を勝たせてやる!仲間のために!ロンダルキアの未来のために!死力を振り絞れぇぇ!!!】

 

 強大な力を持つバズズの咆哮に、ハーゴン神殿内は異様な熱気に包まれる。

 とうの昔に退路のないことを理解していたバズズの狂気は、彼の部下達に次々に伝染していく。

 

 彼我の士気の差は一目瞭然であった。

 

 □□

 

 「それでは、国のことをお願いします。」

 

 ローレシア王は彼の父親である前王に頭を下げる。

 ついに彼らが出立する日時が訪れていた。

 

 「これ、現王がたとえわしが相手でも頭を下げるもんではないぞ。」

 

 前王が明るく笑う。

 人懐っこく笑う彼の笑顔に、ローレシア王は気を使われてしまったことに気づいて、内心で感謝をする。

 

 「サマルトリア王もムーンブルク女王も頼みましたぞ。わしらは待つことしかできんが、おぬし達が帰ってきたら王国を共に盛り上げて行こうではないか。」

 「ええ、もちろんです。」

 「叔父上様、その時を楽しみにしていますわ。」

 

 ムーンブルク女王はローレシア前王とは相当に血筋を遡らなければ血縁が存在しないが、ローレシア前王をそう呼んでいた。

 ローレシア前王はサマルトリア王の気持ちを推し量り、あえて亡国であるサマルトリア王国のことには今まで一切触れなかった。シビアな言い方をすれば、最前線に立つ彼に壊滅した自国を思いだし落ち込まれてしまうわけにはいかない。

 

 「それでは行ってまいります。」

 

 ローレシア王はいなづまのけんを携え、ロトのよろいを纏い、ロトのかぶとを被り、ロトのたてを装着する。

 サマルトリア王ははやぶさのけんを携え、まほうのよろいを纏い、ふしぎなぼうしを被り、ちからのたてを装着する。

 ムーンブルク女王はいかずちのつえを携え、みずのはごろもを纏い、ふしぎなぼうしを被る。

 

 準備を済ませた三人は、たくさんの国民に囲まれて再び旅だった。

 既に一度ハーゴンを打倒するために世界を回っていた彼らの行軍は、非常に迅速であった。

 

 ■■

 

 ーーーこの時がついに来た!!

 

 シモンは身を震わせる。

 ロンダルキアの洞窟の入口を監視していたバズズ配下のデビルロードーーーシモンは、三人の英雄達がロンダルキアの洞窟へと侵入しようとするところを目視していた。

 

 ーーー気付かれている!!

 

 距離を置いて山岳部から監視しているにも関わらず、彼らのうちの一人、ローレシア王とシモンは目があったと直感した。シモンは見ただけで身の毛がよだち悪寒の止まらないローレシア王に、死神の呼び名の由来を理解する。

 

 ーーーバズズ様バズズ様バズズ様っっ!!!

 

 ロンダルキアに赴く際に、身体能力が高く翼を持つデビルロードはロンダルキアの洞窟を経由する必要がない。

 彼は大急ぎで山々を踏破し、空を滑空し、バズズの元、ハーゴン神殿内部へと駆け付ける。

 

 【バズズ様、奴らが!!奴らが洞窟に侵入してきました!!!】

 【シモン、落ち着け。】

 【………っ!!】

 

 強大な力を持つバズズの落ち着いた声に、シモンは取り乱した己を恥じ入る。

 

 【メローネ、以前指示していた箇所に待機し、陣形を張れ。シモン、悪魔神官の半数を呼び出せ。奴らの蘇生を行う。】

 【はっ!!】

 

 メローネはひざまずき、速やかに作戦行動に移る。彼はシルバーデビルとブリザード、神殿内部の半数の悪魔神官を率いて神殿の外へと出て行った。

 バズズはシモンと残りの半数の悪魔神官達を引き連れ、ハーゴン神殿内の霊安室と呼ぶべき場所へと向かう。

 

 【やれ。】

 【はっ!!】

 

 二体の氷像をシモンと複数の悪魔神官達が取り囲む。

 二体の氷像にシモンはベギラマを唱え、氷を溶かしていく。

 氷の溶けた二つの遺体に、悪魔神官達は魔力を生命力に変換して注いでいく。

 

 【【【蘇生呪文(ザオリク)!!】】】

 

 蒼白だった二体の体に徐々に血色が戻っていき、やがて二体は静かに目を開く。

 

 【悪魔神官はシモンの指示に付き従え。】

 

 蘇生完了を確認したバズズは、部屋の中にいる配下へと指示を出す。

 シモンは悪魔神官達を率いて、部屋の外へと出て行った。

 

 【………貴様、何の真似だ?】

 

 目を開けてゆっくりと上体を起こしたベリアルは殺気を隠そうともせずに、バズズを睨みつける。目を覚ますなり即座に状況を理解した彼は、不倶戴天の敵であるバズズが自身を蘇らせたという事実が、いたく不愉快だった。

 

 【時間がないから簡潔に言う。死神達が今一度ロンダルキアに進攻して来ている。俺に力を貸せ。】

 【何故俺が貴様なんぞの言うことをおとなしく聞かねばならん?】

 

 霊安室に緊張感が漂い、ただでさえ寒い室内はさらに冷えきっていく。

 知能の高いベリアルはバズズに反発し、本能で強大な敵が向かってきていることを理解しているアトラスはことの成り行きを見守っている。

 

 【貴様が弱者だからだ。】

 【何だと!?】

 

 己の力に絶対の自身を持つベリアルは、バズズの言葉に激高する。

 

 【貴様だけではない。俺も弱者だ。弱者に勝ち方は選べない。黙って俺に従え。】

 【貴様っっ!!何を言っている!】

 【わかっているだろう?俺達は既に一度奴らに情けなく負けている。このまま再び戦ってもどうせまた殺されるのがオチだ。】

 【だから貴様に従えだと!?ふざけるな!貴様が俺に従うべきだろう!!】

 

 やはりこうなるか、とバズズは内心でため息をつく。

 バズズはベリアルの性格を考慮して、会話の流れをシミュレートしていた。

 

 【どうしても従えないならば仕方ない。互いの妥協点だ。俺の言うことを聞かなくていい。お前は奴らの内の一人と戦え。俺も一人と戦う。アトラスもだ。従う必要はないからそれぞれで邪魔しないように敵と勝手に戦うことにする。】

 

 バズズは思考に思考を重ねた末、ベリアルとアトラスを従わせるには三匹でバラバラに戦うしかないと結論を出していた。彼ら三匹はどうせ協力などできるわけがない。それぞれを最高に生かすためにはバラバラに戦うのが一番よい方法だと考えていた。

 そして、当初からの予定をあたかも互いの妥協点のように会話を誘導していく。

 いわゆる詐欺師の好む手法であった。バズズは、狡猾だった。

 

 【一番強いベリアル(お前)一番強い敵(ローレシア王)を相手にしろ。アトラスは好きに奴らに襲い掛かれ。ベリアルは相手を階下に落として戦え。俺は相手を攫う。】

 【なぜ貴様なんぞの言うことをっっ!!】

 【言ったろう?俺達が弱いからだよ!俺達が強かったら既に奴らは死んでいたはずだ。俺達は既に全員、相手を舐めて三人をまとめて相手にして負けてるだろうが。だから一対一にするんだよ。お前は俺に蘇生の借りがあるんだから、たった一度だけ言うことを聞け!】

 【ぐっっ!!!】

 

 ベリアルは黙り込み、アトラスは以前より強大になったバズズの威圧を敏感に感じ取り、目を見開く。

 

 ーーーまあもっとも、一度俺の言うことを聞いてしまったその後は生きてはいないだろうがな。

 

 バズズは内心で鼻で笑う。

 彼は三人の英雄達の中でも、ローレシア王はさらに一人だけ突出した実力を持っていると看破していた。いくらベリアルが強かろうとも奴に勝つことは不可能だろう、と。しかしそれでも、ベリアルはそれなりに敵に痛手を負わせることだろう。

 

 【さあ、ついて来い。決戦の地は既に決めている。】

 

 バズズはハーゴン神殿の階段へ向かう。

 彼らは神殿を、上階へと登って行った。

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