ロンダルキアの悪魔王 作:刺身798円
□■
【ウガアアァァァッッ!!】
力の悪魔アトラスはこん棒を振り回し、ムーンブルク女王はそれを必死に避けつづける。
頬を風圧が霞め、華奢な(やはり彼らの中ではという冠詞がつくが)彼女は一撃でも直撃を喰らえばほぼ即死であろう。
【やれ!】
【イオナズン!!】
シモンの指示を受けた悪魔神官が両手に持つ鉄球を頭上に掲げ魔力を収束させる。階下に向かう落とし穴に向かい走っていたムーンブルク女王は、イオナズンを避けるも爆風により穴から遠くに吹き飛ばされる。
【ガアアッッ!!】
吹き飛ばされた女王にアトラスのこん棒が振り下ろされ、女王は必死に床を転がって避ける。破片が飛び散り、女王はかすり傷を負う。
【いいぞ!絶対に下に逃がすな!ロンダルキアの存亡はお前達の働きにかかっている!】
シモンが悪魔神官達を鼓舞する。
ーーーどうするどうするどうする!集中して魔力を込める時間が取れない!逃げることもできない!まずい!!
以前サマルトリア王城で対峙した強力なデビルロードと比べても、アトラスの膂力は破格であり、杖で受けたら杖ごとペシャンコになるだろう。
至近で振るわれる強大な暴力を受けて、現状を打開するために女王の頭脳は目まぐるしく思考を重ねていく。
□■
サマルトリア王は雪原を駆けて、バズズにはやぶさのけんを振り下ろす。対峙するバズズは、爪ではやぶさのけんを受け止める。そしてバズズが爪を振り下ろす。今度はサマルトリア王が剣で受け止める。バズズは巧みに樹木や枝を利用し幾度もサマルトリア王に飛び掛かり、サマルトリア王も雪原を走りながら幾度も相手に襲撃をかける。
そして、無数のそれの繰り返し。
ーーーギキキキキキキンッッ!!
擦れ違いざまの一瞬に、およそ十合にも及ぶ剣と爪の応酬。
「ベギラマ!!」
【ベギラマ!!】
サマルトリア王とバズズの中間地点で、二つの火炎がぶつかり合う。
サマルトリア王とバズズは共に
「くっ!」
ベギラマを相殺されたサマルトリア王は至近距離ではやぶさのけんで斬りかかる。V字の斬り落としからの斬り上げ。しかしバズズはそっとはやぶさのけんの軌道に爪を添えて、それだけで敵の攻撃を自身に当たらない軌道へと書き換える。
ーーーこいつっ!!もしかして!
サマルトリア王は嫌な予感を感じとる。
□■
雷神の意志にいなづまのけんが呼応して、吠え猛る。ローレシア王は全身の筋肉を使い、目前のベリアルに対して力任せの横薙ぎを放つ。
【やはりというか、馬鹿げている。】
ベリアルはローレシア王の攻撃を槍で受けて、自分から後ろに飛ぶ。
ベリアルは敵の攻撃を受け流したにも関わらず、吹き飛ばされ階段に埋まり、彼の手は痺れている。
相変わらずの馬鹿げた威力に、ベリアルはため息をつく。
ローレシア王の必殺の横薙ぎは、ただの横薙ぎである。
ただの横薙ぎのはずだ。たぶん。
この時代に確立した技能で後世に遺されたものは、全て英雄の三人の生み出した技能である。剣技や呪文は時代とともに進歩して、年を経るごとに強力なものが生み出されていく。
例えば、ムーンブルク女王は呪文の
例えば、サマルトリア王の素早くて自在な剣技は、はやぶさぎりや剣の舞い、火炎ぎりなどの多彩な技の源流である。
そして、ローレシア王の雷撃を纏った力任せの横薙ぎは、後世のギガスラッシュという必殺の技能の元である。雷撃の理由は、たまたま彼の愛用の武器がいなづまのけんという雷を纏う特性を持っていたものだったに過ぎない。人々は彼のただの横薙ぎをロトの秘剣と思い込み、全く違う原理の一つの技能の頂点とも言える必殺技を編み出すこととなる。
そして、技能は後世になるほどに強力に洗練されていく。
ビッグバンはムーンブルク女王のイオナズンより強力だし、剣の舞はサマルトリア王のはやぶさのけんの剣技より手数が多い。
しかし、ローレシア王のただの横薙ぎだけは………後世に編み出されたギガスラッシュよりも強力だった。その根拠は破壊の爪痕である。ギガスラッシュはローレシア王のただの横薙ぎが残した破壊痕を超えられなかった。そしてむきになった武芸者達により、ギガブレイクというさらなる技が編み出されることになる。これ以上書いても無意味なため、ギガブレイクとただの横薙ぎのどちらが強力だったかの言及はやめておこう。
階段に吹き飛ばされたベリアルは追撃の縦斬りを槍の柄で受けて、自身にベホマをかける。
最上位悪魔であるベリアルは、槍による攻撃と呪文発動の同時行動が可能だった。
「どけ!!」
【退かん!!】
ベリアルはつばぜり合いをするローレシア王の腹を蹴り、距離をとる。
「貴様らは一体誰の命令で動いている?」
【俺は知らん。バズズに聞け。】
ローレシア王は何度も何度も斬り付け、ベリアルはそれを槍を器用に回しながら捌いていく。
「バズズだと!奴が首謀者なのか?」
【知らんといっただろう。】
ベリアルはローレシア王の突きを槍の先端に器用に絡ませて受け止め、自身に
ローレシア王は敵の戦術を理解して、焦りを覚えた。
□■
ムーンブルク女王はベリアルの攻撃を避けつづけていた。
時に上手くアトラスから距離を置いても、階下に向かう穴や階段に向かっても、悪魔神官から
しかし、追い詰められたバズズが進化したように、追い詰められた彼女もまた、進化しようとしていた。
【ガアアッッ!!】
アトラスの振り下ろしを女王は勇気を出して前に進んで避ける。
アトラスの弱点の一つはその小回りの利かなさである。とは行っても、その絶大な膂力という長所と表裏一体なのだが。
女王はアトラスの股下を通り階下に向かう穴に向かい、悪魔神官は彼女に
ーーー何のつもりだ?
シモンは謎の行動を起こした女王をいぶかしむ。
女王のつえにぶつかった悪魔神官の光球は爆発を起こさず進路を変更させる。突如謎の軌道を辿ったイオナズンに悪魔神官の一匹は虚をつかれ、イオナズンの直撃に沈む。
ーーーできた!
女王が使った技術は、いわゆる後世で
マホカンタは魔力指向制御平面と呼ばれる反射板であらゆる呪文に波長を合わせて方向を変える呪文。マホステは己の周囲に魔力遮断領域と呼ばれる領域を発生させて呪文を遮断する呪文。どちらの呪文も共通していることは、相手の呪文に応じて展開される呪文の波長が変化する術式が組み込まれていることである。
例えばベギラマは、魔法と炎の両方の特性を持つと推測される。ベギラマを喰らった敵は焼け焦げる。これは炎と同じである。そして、ただの炎がマホカンタに弾かれることはないが、ベギラマはマホカンタに弾かれる。
イオナズンは魔法と爆弾の両方の性質を持つと考えられる。イオナズンは物質あるいは異波長の魔力に着弾してはじけ飛ぶ。しかしマホカンタはイオナズンを弾く。マホカンタにぶつかってもイオナズンはその場で爆発しない。つまりイオナズンという爆弾は、破裂させない方法が存在するということである。
そして呪文に関する知識の深い彼女は、あらゆる呪文の原理と深奥も理解している。敵のイオナズンと同じ波長の魔力をつえに纏わせて敵のイオナズンの方向を変えた、呪文を受け流した、ただそれだけである。
それだけであるが実際、彼女の行動は悪魔じみている。例えば二つのイオナズンがぶつかれば、それは炸裂する。それはたとえ同じイオナズンであったとしても個々人で込められた魔力の波長が違うことを意味している。呪文の専門家の彼女は、悪魔神官の放った光球の魔力の波長を即座に見抜いて杖に纏わせたのである。そして理屈を理解しているだけのぶっつけ本番の技術を使って、悪魔神官のイオナズンの軌道を変えた。
そしてそれは戦局を変化させるのには十分であった。
【落ち着け!イオナズンは使うな!!ちっ!!】
つぎつぎに打ち出した光球があらぬ方向へ弾かれて、うろたえる悪魔神官達にシモンは指示を飛ばす。階下へ向かう穴に近づく女王にシモンは飛び掛かる。
悪魔神官は至近戦が苦手なために、指揮に専念していたシモンも前線に出ざるを得なくなった。
□■
「マホトーン!!」
【無意味だな。一手無駄にしたな。】
バズズはサマルトリア王の放つ
「ハァ、ハァ、ハァ、………」
【どうした?もう息切れか?】
サマルトリア王が肩で息をする。
似たもの同士の戦いは、圧倒的にバズズに軍配が上がっていた。その理由は簡単である。二人は似たタイプで、近い実力を持っているが、あらゆる面に置いてバズズはサマルトリア王を上回っているのである。ゆえにサマルトリア王に勝ち目はなかった。
ーーーやはりこいつ!!以前より実力が上がっていやがる!!
サマルトリア王は敵の実力が予想よりも高かったために、甚だ苦しい戦いを強いられていた。彼が以前バズズと戦った時は、彼と互角ぐらいの実力だと認識していた。まあもっともその時は三対一ではあったのだが。
対するバズズは、サマルトリア王に当初の予想より粘られていると判断していた。そして、その理由を彼はすでに看破していた。
ーーーあの盾だな。あれが奴の戦闘を支えている。
サマルトリア王の装備。はやぶさのけん、まほうのよろい、ちからのたて、ふしぎなぼうし。どれも一級品質ではあるが、特に念じれば傷を回復させる特性を持つちからのたてが自身が敵を打倒しきれていない状況に持って行っていることを、バズズは理解していた。
ーーーフン、ならば。
バズズは右拳を握って敵を殴りつける。サマルトリア王は盾で受け止め、バズズは殴り込んだ手を開いて盾を握り自身の元へ敵を引き寄せる。引き寄せられたサマルトリア王は右手の剣でバズズを斬り付けようとするも、バズズは平気で傷を負いながら左の手の平で受け止める。両者共に両手が塞がっている状況で、近距離から首筋に噛み付こうとするバズズにサマルトリア王は力ずくで逃げだそうとする。しかし敵が離さない。死に物狂いで逃げようとするも、敵は離さない。何とかはやぶさのけんを引き抜き、どうしても引きはがせないちからのたてをサマルトリア王は思わず手放してしまう。
【これで終わりだな。】
バズズは手の上でちからのたてを弄ぶ。確実に敵を始末するためにバズズはあえて、はやぶさのけんは相手に返していた。
剣も盾も失うとなったら、あの瞬間サマルトリア王は悲観してメガンテでバズズを巻き添えにしようとしていたかもしれない。ゆえに剣を返す代わりに盾をもぎ取り、剣があるからまだ戦えるという希望を相手に残しておいた。安易に追い詰めすぎないように。そして盾も離さないと敵がごねたら、バズズはそのままサマルトリア王の首筋に噛み付いて体内に火炎の息を流し込んでいただろう。
【メローネ、捨ててこい!】
【はっ!!】
さらに雪原には切り札として部下も潜ませている。サマルトリア王はただでさえ良くなかった状況がさらに悪くなったことを理解した。
□■
「貴様、何のつもりだ!」
【さて、な。】
ローレシア王が思わず叫ぶ。
ローレシア王はベリアルが防衛に専念して、時間稼ぎに徹していることを理解していた。そして、時間を稼がれるほど上階にいるムーンブルク女王は敗北の危険性が高くなるとローレシア王はそう判断していた。サマルトリア王の方は予想が付かないが、楽観視はできない。
「はあああっっ!!」
【ヌウゥッ!】
ローレシア王は速度を上げてベリアルに突きの連激を放つ。ベリアルは槍で弾こうとするも、幾つか打ち漏らして皮膚にいくつもの傷を受ける。ベリアルは受けに周りながら自身に
【ウグッ!!】
スクルトを重ねがけて全力で防御したにも関わらず、槍は酷く折れ曲がり自身の腕に深い傷痕ができる。挙げ句にいなづまのけんの特性により、ベリアルは帯電している。追撃するローレシア王にベリアルは羽を使い階段方向に退避する。
ーーー持たん。仕方あるまい。少しずつ上層に移動しながら戦うしかないか。
ベリアルは自身にベホマをかけて、相手の攻撃を流しつつ無理をしないように少しずつ上の階層に逃げながら時間を稼ぐことを決める。
ローレシア王の縦の斬り落としをベリアルは曲がった槍の先の三叉で受け、同時にローレシア王に向かい
ベリアルは、己の強さに絶対の自身を持つ誇り高い悪魔である。時間稼ぎするなど、彼にとっては屈辱以外の何物でもない。
ならば、なぜ彼は時間稼ぎをしているのだ?
アトラスとバズズとベリアルは腐れ縁である。腐れ縁であり、幾度となく争った仲である。ベリアルは誇りに重きを置き、強さに絶対の価値を見出だす。そんな彼がハーゴン神殿で門番をしていたのは、単純に破壊神シドーが絶対的な強さをほこっていたからである。
そして、バズズにより蘇生されたベリアルは、バズズの醸し出す威圧に驚いていた。かつては僅かではあっても自身が勝っているという自負があった。しかし、蘇生された彼の目の前の同胞は、かつて彼が側で仕えた破壊神に比肩する強大な威圧を醸していた。
力が絶対の彼である。しかし長年競い合ったライバルに降るのは彼のプライドが許さなかった。ゆえにバズズは蘇生の恩を返せという理屈を作りだし、ベリアルは蘇生の恩を返すという理由に飛び付いた。バズズはあえて騙して、ベリアルはあえて騙された。実は二人のやり取りは予定調和だったのである。それほどに彼らは腐れ縁であり、互いのことを理解していた。
そして騙されて最も強い敵にぶつけられた彼であったが、それがバズズが導き出した最も勝率の高い策なのであろうということを理解していた。ベリアル自身ローレシア王には逆立ちしても勝てないだろうことも。しかし勝てない相手に自分がぶつけられたからには、バズズは自身に対して望んでいることがあるのだろうと、そう理解していた。
たとえバズズのことは嫌いであっても、ロンダルキアのことはベリアルは愛していた。バズズもロンダルキアを愛し、必死であるだろうことも。そしてそれを理由に、ベリアルはバズズの望むであろう戦い方を続ける。
ロンダルキアのためだから仕方がない。ベリアルはそう言い訳をしてひたすらに時間を稼ぐ。
絶望的な相手を前に、ベリアルは笑いながら戦っていた。