ロンダルキアの悪魔王 作:刺身798円
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ハーゴン神殿第三層で灼熱の熱波が幾度となく荒れ狂う。
「ぐっ!!」
ベリアルと共に至近距離で熱波を喰らったローレシア王は、業炎球の生み出す爆風でハーゴン神殿の壁まで吹き飛ばされて倒れていた。
「うっ、がっ、ああ゛っっ!!」
まるでこれが地獄の苦しみだと言わんばかりの終わりの来ない熱波に、ローレシア王はハーゴン神殿の隅で亀のように丸まって必死に耐えるしかなかった。そして炎は、神殿内の酸素を奪っていく。業炎球を至近で炸裂させたベリアルは、耐熱の皮膚を持っているにも関わらずすでに炭化している。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
ローレシア王は、苦しみのあまりに腕に爪を食い込ませて気絶した。
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ロンダルキア山岳地帯大森林。
サマルトリア王を確実に仕留めたバズズは、最後の決着を着けるためにハーゴン神殿に向かっていた。
【バズズ様、我々はいかが致しましょうか?】
メローネがバズズに問う。
【控えておけ。再度お前らの力を借りることになる確率は高い。】
【はっ。畏まりました。】
メローネと悪魔神官、ブリザード達は雪原に消える。
バズズの足はハーゴン神殿へと向かっていた。
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ーーー気を失ってしまっていたのか。
神殿三階でローレシア王は気絶から目を覚まし、己の被害状況を確認した。
ーーー傷や火傷は思ったよりも酷くない。露出していた顔面や首などの肌部は焼けただれているが。ロトの鎧の加護か。
聖霊の強い加護を受けたロトの鎧は、地獄の業炎すらその大部分を遮断していた。
怪我を確認した直後、あることに気付いたローレシア王の顔は真っ青になる。
ーーー静か過ぎる!!馬鹿な!?上の階で物音がしていない!!
ここはハーゴン神殿の三階。すぐに真上でアトラスとムーンブルク女王が戦っていたはずだ。その証拠に、彼が気絶する前までは上の階から破砕音や爆発音が引っ切りなしに聞こえていた。今の神殿内は不気味に静まり返っている。
ーーー逃げきったはずだ!!そうに違いない!!
願望を心で叫びながら、痛む体を気にも留めずにローレシア王は必死に上階へと走っていく。
ーーー有り得ない!!助かっているはずだ!
瓦礫に躓き、足を取られながらも転がるように先へとローレシア王は向かっていく。
不安を感じ、願望を叫びながら。
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ハーゴン神殿第四階層は、アトラスが見境なく暴れ回ったために他の階層にも増して荒れ果てていた。
体の大部分を欠損して絶命したアトラス、何かの爆発が起きたかのような破壊痕、体がちぎれたり潰れたりして床に転がる悪魔神官達の遺体、そして………頭部を潰されて床に倒れ伏すムーンブルク女王。
今ここに、生きて存在するのは二人。一人と一匹と言うべきか?
ムーンブルク女王の遺体を見つけ、顔を臥せるローレシア王。そして彼の後にここに到着したバズズ。
ローレシア王は胸の苦しみに耐えかねて叫ぶ。
「なぜだ!!なぜ殺す!!サマルトリア王はどうした!!」
【ああ、あいつか。あいつは俺が殺したよ。】
バズズは事もなげに答え、ローレシア王の殺気が膨れ上がる。
「なぜだ!!貴様の仲間も死んだ!!なぜ貴様は平然としていられる!!」
【なぜなぜってうるさい奴だな。つまらないことを聞きやがって。】
「つまらないだと!!何を言っている!何がつまらないんだ!!」
【つまらないに決まっているだろうが!!俺達は貴様らが邪魔で、貴様らは俺達が邪魔でっ!!どちらか片方を殺さないともう片方が生きられないからだろうが!!だから俺達は殺し合いをしてるんだろうが!!違うか!!】
バズズが叫ぶ。
真っ当に答が返って来ると思わなかったローレシア王は、虚を突かれたように硬直する。
「………ああそうだな。そうだった。」
ローレシア王の膨張した殺気が収まり、業物のように鋭くなっていく。
「俺達は互いに自分たちが生きるために殺し合いをしてるんだったな。忘れてたよ。だから俺達の戦いは終わらないんだったな。」
【相手を殺す理由も忘れるとは馬鹿な奴だ。】
向き合うローレシア王とバズズ。
両者は共に走り、神殿の中央部で激突した。
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ーーー誘われている。
ローレシア王はそう、直感した。
バズズとローレシア王の先ほどの激突は、傍から見ればローレシア王の一方的な勝利で終わった。
相手の力に押し負けたバズズは、神殿の壁を突き破り階下へと落ちていった。しかしローレシア王の感想は違う。
ーーー攻撃を加えた際の手応えが薄かった。奴は自分から飛んだ。罠に誘い込むつもりだ。
ローレシア王は、敵の手応えの薄さに敵が有利な土俵に持ち込もうとしていることを理解していた。ここで敵を追いかける危険性を理解していた。
しかし、彼の視界の端に入るムーンブルク女王の遺体が、奴を追いかけて殺せとローレシア王の憎しみの感情を刺激していた。無惨に殺された仲間の復讐をしろ、と。
憎しみと理性はせめぎ合い、結局ローレシア王はここで奴を逃がしたら危険だという理屈をこね上げて、憎しみに身を委ねた。
ローレシア王はバズズを追いかけるために、ハーゴン神殿から飛び降りる。
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戦いは、バズズにとって有利に働くロンダルキア山岳地帯大森林にて行われていた。
木々を飛び交い、猿怪は羽を使って襲いかかる。
飛翔して背後から爪を突き立てようとするバズズ、ローレシア王は盾で敵の爪を受け、盾を引いて敵に縦斬りを行う。横にバズズは避け、追撃のローレシア王の袈裟斬りを背後に飛んで樹上に退避する。ローレシア王の斬激は走り、あさっての方向の木々を薙ぎ倒す。
ローレシア王は、飛び上がり樹上のバズズに攻撃を仕掛ける。バズズは素早く木の枝を飛び回り、ローレシア王の背後に回り敵の背中を拳で殴りつける。
「ぐっ。」
雪に落下してローレシア王は転げ回る。
追撃の火炎の息を吹き掛けるバズズ、ローレシア王の火傷痕に触れ、ローレシア王は苦痛を受けるも表情には出さない。バズズが乗っている木を切り倒すローレシア王、バズズは別の木に飛び移り、ローレシア王に
バズズは考える。
ーーーベリアルが結構な深手を負わせているのが確認できるが………しぶとい奴だ。やはり遠距離が苦手な奴には、距離をとっての攻撃が効果的で確実なはずだ。
バズズがそう思考した瞬間。
「はああっっっ!!」
ローレシア王は必殺の横薙ぎで周囲の木々をことごとく薙ぎ倒す。バズズは遠方の木々に飛び移り退避する。
ーーー周りの木々を全部薙ぎ倒すとは、またえらく大雑把な戦い方をする。しかし効果があるのも確かだ。
敵は木々を薙ぎ倒しながら、無人の荒野を行くが如く進んで来る。
バズズはため息を吐く。
ーーーさて、どう戦うかな。奴は己の土俵である開けた場所に俺を引きずり込もうとするだろうし、俺は俺で森林地帯で戦いたい。
バズズが思考している間に、ローレシア王は森林を突き進んで攻撃を加えようとする。
【おっと。】
木々を飛び交い、バズズはローレシア王を幻惑する。ローレシア王が敵の移動先を先読みして木を切り倒すも、空中で羽を使い別の木へとバズズは移動先を変更する。戦局は膠着状態に近かった。
バズズは考える。
ーーーこのままこうしていてもらちが明かない。どうする、切り札を仕掛けるか?奴を仕留める算段は着いているし、ベリアルがしっかり仕事をしてくれたおかげで今の奴は傷付いて弱っているはずだ。逃げ帰られて怪我を治されたら逆に俺の方が不利になる。しかし、切り札はもう少し敵を弱らせないと効果が薄いであろうことも事実だ。どれだけ俺が傷付いたとしても、敵の足さえ止められれば援軍がある分俺の勝ちだ!!
バズズは前に出る決意をする。
木々を飛び回りローレシア王の背後からバズズは襲撃する。ローレシア王は敵の軌道を見切り、背後に振り返り剣を斬り落とす。横に避けるバズズ、追撃に回るローレシア王は振り下ろした剣をそのまま横に薙ぐ。バズズは前に出て、剣の根元を右手で掴み、左手で敵の側頭部を殴打しようとする。
「ぐっ!!」
ローレシア王は盾で防ぎ、たたらを踏む。追撃とばかりに至近距離からバズズが火炎の息を吐く。ローレシア王は炎を再び盾で防ぎ、バズズを蹴り飛ばす。
再度走って激突する二人、ローレシア王の斬り落としをバズズは肩に受け、受けると同時にしなる腕を鞭のように敵の頭部にたたき付ける。雪原を転がりながら立ち上がるローレシア王。
ーーー………浅い。それにあの毛、固い。挙げ句に生半可な攻撃では避けられてしまう。
素早く動くバズズにローレシア王は目測を誤り、バズズの肩への一撃は痛打になっていない。周囲を走るバズズにローレシア王は集中し、殺気を研ぎ澄ます。
「おおおおおおっっっ!!!」
ーーー早い!!避けられない!!
バズズは戦慄する。
ローレシア王の必殺の横薙ぎ。バズズは敵の必殺の意思を感じ取り、腕を伸ばす。
【アアアアアッッ!!】
ローレシア王のいなづまのけんをバズズは右手の平で受ける。血飛沫を上げて剣はバズズの右手の下腕部を裂き上腕部を裂き、肩でとまる。
ーーー止められた!?
絶対の自信を持つ必殺を止められたことに、ローレシア王は驚愕する。しかしローレシア王はすでに何回も必殺を使い、ベリアルとの戦いで消耗もしている。必殺の威力が落ちるのは自明の理である。バズズの体毛が鋼鉄以上の強度をほこるという理由もあった。
ローレシア王は全力の必殺を放った直後で僅かに筋肉が硬直している。バズズは至近のローレシア王の露出した顔面に、残った左手で爪を突き立て貫手を放つ。
「ぐううぅっっ。」
間一髪上体を反らして躱すローレシア王の腹部にバズズの蹴りが炸裂する。蹴られたローレシア王は、雪上を転がり体を地にぶつけながら吹き飛ばされる。
「ぐうっ!」
【アアアッッ!!】
バズズは傘にかかって転がるローレシア王の首に左手の爪を突き立てようとする。ローレシア王は咄嗟にいなづまのけんで敵の左手の薬指と小指を斬り飛ばし、残りの爪を首を捻らせて避ける。避けたローレシア王の顔面にバズズの火炎の息がもろに吹き付けられる。
「ぐああぁぁぁっっ!!」
爛れた顔面の火傷痕にもろに火炎を吹き付けられたローレシア王は痛みに悶絶する。バズズは逃げないようにローレシア王の腹部を踏み付け、追撃の
バズズは裂けて役に自身の立たない右手をちぎり落とし、傷口を
ーーーまずい!目が………!
幾度となく超高温の熱波を顔面に受けつづけたローレシア王の視力が低下する。高速で迫り来るバズズの左手の突きを受け損ねて、腹部に攻撃を受けて雪の上を転がる。離れた位置から放たれる追撃のバズズのイオナズン、ローレシア王は必死に剣を振り、衝撃波で光球を遠くで爆発させる。
【アアアアアッッ!!】
バズズはローレシア王の近くで幾度となく左手の貫手を放つ。視力にダメージを負ったローレシア王は目が霞み、避けるだけで精一杯で反撃もままならない。
バズズは戦闘でひどい傷を負いながらも、冷静にローレシア王を見ていた。
ーーーここだ!!敵は弱っている!!仕掛け所はここしかない!!
【ウオオオォォォォォン!!】
バズズは咆哮する。ローレシア王は戦いのさなかに突如吠えたバズズに困惑するも、直後意味を理解する。
周囲に展開される悪魔神官とシルバーデビル、ブリザードの群れ。いよいよ敵がこちらを打ち倒すために全力を尽くしてきたことを意味していた。
【バズズ様、ご指示を。】
【周囲にブリザードと悪魔神官を展開して遠距離から魔法で総攻撃しろ。シルバーデビルは体を張って術者を守れ。一撃離脱を意識しろ。ここにロンダルキアの存亡の全てがかかっている!!死を恐れるな!!】
絶大なカリスマを持つバズズの鼓舞が森林に木霊する。
ローレシア王の周囲にブリザードと悪魔神官達が展開し、総攻撃を仕掛ける。
ーーーザラキ…ザラキ…ザラキ…ザラキ
ーーーイオナズン…イオナズン…イオナズン…イオナズン
「ぐううっ!!」
がたのきている体、未だ焼けるような痛む顔面、それでもローレシア王は立ち上がり、
ーーーイオナズンはともかく
生命力の強いローレシア王は死呪にも多少は抵抗できる。それに聖霊の加護を持つロトの鎧も纏ってはいるが、死呪は当たり所が悪ければ一撃で致命になりうる。
ローレシア王は呪文を避けながらブリザードへ向かおうとするも、単体のシルバーデビルが襲い来る。あっさり斬り落とすが、シルバーデビルに対応した隙にローレシア王を囲む円はメローネの指示を受けて自在に動き、ブリザードに近づけない。
ーーーくそっ!!まずい!!どうする!?被弾を覚悟して指示を出しているデビルロードを先に落とすか?俺の体力が持つのか?まだバズズが控えているのに!!
そこまで考えてローレシア王は自身の最大の失態を悟る。
バズズが視界にいない。考え事をしてる間にバズズが消えている!!さっきまで確実に視界に捉えていたのに?なぜ?
考える余裕も与えずに、再びローレシア王に死呪と光球が殺到する。
ローレシア王は死呪を避け、光球を斬激で斬り落としながら………腹部に悪魔の突き出す残った二本の爪が深々と突き刺さっていることに気付いた。
ーーーこいつっ!!イオナズンを目くらましにして味方の呪文を被弾しながら突っ切って来やがった!!
バズズの痛恨の一撃!!爪はロトの鎧を突き破り、ローレシア王の腹部を貫通する。
バズズは爪でそのままローレシア王を地面に縫い付ける。
「くそおっっ!!」
ローレシア王が剣で反撃しようとするも、再度顔面に炎を吐くバズズに反射で盾で防御をしてしまう。
【今だ!!やれ!!俺ごと確実にこいつを殺せ!!一切の加減をするな!!】
「くそっ!!くそっ!!くそおおぉぉぉぉ!!」
ローレシア王が剣を振り回すもバズズは再び火を吐き、顔面の火傷痕に吹きかかる炎のあまりの痛みにローレシア王は集中できない。
再開される無慈悲な爆撃と死呪の嵐の前に、ついにローレシア王は沈黙した。
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ローレシア王の無惨な死を確認し、確実に雪が遺体を覆ったことを確認した後、バズズはハーゴン神殿に戻って玉座に座っていた。
【メローネ、いるか?】
【はっ。】
【指示を聞け。俺が死んだらもうデビルロードはお前しか残っていない。しかし、敵のもっとも悪辣な相手だけは討伐が成功した。ロンダルキアにこもり、当面は専守防衛し、まずは子孫を増やして地力を蓄えることに専念しろ。焦るな。むやみに人間を刺激するな。ゆっくりとロンダルキアを強くしていけ。】
【………はい。】
バズズの言葉は、実質的に遺言である。ローレシア王との戦いで数多の死呪を受けたバズズは生命力が著しく枯渇していた。バズズは死の大地の魔物で死呪に強い抵抗を持つが、被弾した呪文の数があまりにも多過ぎた。
バズズはもう長くないだろう。メローネも他の魔物もそれを理解している。
【俺は疲れた。少し寝るから休ませてくれ。】