岸辺露伴のD.B.D.   作:二不二

1 / 2
<登場人物>
岸辺露伴…漫画家。
山中大地…露伴の担当編集。
メグっぺ…バカップルの片割れ(♀)
キンちゃん…バカップルの片割れ(♂)




 岸辺露伴は不機嫌だった。

 

 といっても、それはいつものことである。

 唯一の例外は、原稿を描きあげたときで、それからしばらくは心地良い達成感で満たされる。

 けれども、それは本当にわずかな間にすぎない。ややもすると、不安が兆してくるのだ。

 読者は本当に自分のマンガを読んでくれるだろうか。じつは自分が思っているほど面白くはなくて、すぐに飽きられてしまわないだろうか。そうしてファンが離れていってしまって、自分もまた、マンガを書く活力を失ってしまうのではないだろうか――

 そんな思いを払拭する方法は、ひとつしかない。面白いネタを見つけて、より良い作品づくりに取り組むことである。

 そして、面白いネタをいまだ掴めないでいる露伴は、ご機嫌ななめだった。

 

「ちっ。身体の芯まで冷える。アイスティーを選んだのは失敗だったかなァ」

 

 苛立ちまぎれにストローでつつくと、氷はガラガラ耳障りな音をたてた。

 

 春である。

 日差しは強く、すっかり忘れていた夏を思い出させる。そのくせ風は北寄りでめっぽう寒いから、これは一種の詐欺である。

 露伴は、詐欺を怒るような無様はしない。ただ、詐欺にひっかかった己のマヌケが許せない。

 自分勝手な露伴は、そんな怒りをあたりにぶち撒けるのだった。

 そんな露伴の不作法を咎める声。

 

「ネェ、露伴先生。ちゃんと聞いてますか。氷をジャラジャラしてないで、ちゃんと聞いてくださいよォ」

 

 神経質そうな青年である。磨きこまれた革靴をゆすって、彼は、じろりと露伴をねめつけた。

 山中大地。露伴の担当編集である。

 そんな大地に、露伴は顎をしゃくって宣うた。

 

「あのさぁ、キミぃ。自分の仕事分かってる?」

「えっ、私ですかァ」

「いいか、キミは編集者だろ。親みたいにお小言を言うのはキミの領分じゃない。そうだろ? キミはさっさと面白いネタを提供すればいいんだ」

「……ですから、さっきからお話してるじゃあないですか」

「聞いてたよ。首なしライダーの話に、人面犬の話だろ。首都圏に出るとかいうさ。聞いた上で言ってるんだぜ。そんなリアリティのない陳腐な話を、どうぼくの作品に活かせって言うんだ」

 

 岸辺露伴は漫画家である。

 彼は、自分の作品にけっして妥協しない。作品に魂を吹き込むのは”リアリティ”だとかたく信じており、その為なら、破産を覚悟で山を買ったり、蜘蛛の味を確かめたり、密漁をしたりと、我が身を顧みぬ徹底ぶりである。

 そんな彼にとって、どこにでもあるような、しかも”実体験”しようのない都市伝説など、満足できようはずがない。

 

「言っとくけど、ぼくが不機嫌なのは、キミのせいだからな。キミの前の編集は、ぼくの満足のいくネタを提供してくれたもんだ。それに引き替えキミときたら、ラジオで聞いたような与太話を右から左へ持ってくるばかりじゃあないか。――ハッキリ言うぜ、お前は編集失格だ。ぼくの担当を続けたけりゃ、さっさとマシなネタを持ってくるんだな」

 

 と脅されて、動揺してしまったと見える。

 

「エッ。それは困りますよ、先生。私の経歴に傷がついてしまう――じゃなくって、その、えっと」

 

 ぽろりとこぼしてしまった本音を誤魔化すべく、大地は、矢継ぎ早に言葉を継いだ。

 

「ありますよっ。ひとつ、とっておきの話がっ」

「なにぃ~、どうしてそれを最初から出さないんだ」

「でっ、でもっ! これだけは絶対、絶対ヤバイんですよっ。私の友人の友人も、真相を確かめに行ってそのまま帰ってこなかったって話ですし」

 

 その物言いに、露伴は唇をひん曲げて、嘲りの声をあげた。

 

「『友人の友人』だって? そりゃあつまり、顔も知らない赤の他人ってことだろ。僕も小学生のときなんかによく聞いた表現だよ。騙そうってんなら、もっともらしい嘘をつきなよ」

 

 小馬鹿にする露伴に、大地は必死に言い募る。

 

「とんでもない! ”宅八郎”。それが件の友人の友人の名前です、ハイ。これは本当に本当の話なんですよ」

 

 大地は語って見せた。

 彼の持つ目障りな癖のこと。彼の好むアーティストの話。女々しいヤツで、しょっちゅう友人に電話をかけては愚痴を聞かせてくるという為人。

 そこには、たしかに、”宅八郎”というひとりの人物が実在しているかのようなリアリティが宿っていたのである。

 

「どうやら、まるっきり嘘ってわけでもなさそうだな」

「だから、これだけはヤバイって言ってるんです」

 

 大地は、すっかりおびえた様子である。声を潜めてキョロキョロあたりを伺っている。それにどのような意味があるのか定かではないが、彼がこの話を真実であると信じているらしいことは確かであった。

 

「へぇ、そりゃあ面白そうだな。リアリティがあるのがイイ。ぼくの作品に活かせるかもしれない。さっそく取材に行くことにするか」

「お役に立てたなら何よりです。このままヒットを飛ばしてくれるなら、私の苦労も報われるってもんです」

 

 機嫌を直した露伴に、大地はほっと安堵の息をこぼす。

 それは早計だった。

 

「おい、いったい何を言ってるんだ。キミも当然行くんだよ、その廃墟に」

「えっ、私もですかァ!」

「話を持ってきたのはキミだぜ。道案内くらいしろよ。タクシーも寄りつかないような山奥へ、ぼくを一人で行かせようってのか?」

「うぅ……。分かりました、分かりましたよォ! 私も行かせていただきますよ!」

 

 

 ***

 

 

 山奥には獣道が続いていた。

 露伴は下生えをうっとうしそうに払いながら進む。

 春雨でもあったのか、それとも夜露の為か、足下は泥でぐちゃぐちゃになっていた。その上を、露伴は無遠慮に踏みならして進んでいく。

 

「うひゃあ、靴がドロドロだぁ。せっかくボーナスで買った高級靴なのに」

「靴のひとつで、いちいち大袈裟なやつだ。僕のステファノベーメルの方がよっぽど値が張るんだぜ」

「そりゃあ、可処分所得が違いますからネ。二十歳で家を買った、売れっ子マンガ家先生とは土台が違いますよ。それでも、一般の人と比べたら、ずっと高給取りなんですよ」

 

 鼻を鳴らす大地である。

 慇懃に振る舞ってはいるが、プライドの高さがときどき顔を出す。

 

「つまらないヤツだ。『読む』価値もない。キミみたいなヤツを参考にしたって、読者に好かれるキャラができる筈ないからな。そんなことより、目の前の自然を眺めてたほうがよっぽどタメになるぜ」

 

 というのが露伴の評である。

 露伴という男は、くだらない冗談は口にしない性質である。この台詞も、大地を貶めるイヤミではあったが、うそ偽りのない本音でもあった。

 実際、目の前の自然は美しい。

 人里離れた山のなかである。

 だからだろうか。自然の気配とでもいうべきものが、強烈に感じられた。

 流れる川は、水底まで透きとおっていて。緑はしたたるようで強烈である。そんな筈がないのに、人の手の入っていない、原始の森であるかのような心地さえ兆してきた。

 

 とたんに、大地は不安になった。

 

「ネェ、先生。引き返した方がいいことないですか。ここって人の気配がまったくありませんよ。熊とか出てもおかしくないですって。ネェ!」

「いいぜ。帰りたきゃ勝手に帰りなよ。どうやらこの先が目的地らしいからな、キミはもう必要ないんだ」

「私ひとりで、ですか?」

「そういえば、暖かくなってきたし、そろそろ季節だなぁ。冬眠から目覚めるころじゃあないのか。ほら、あの毛むくじゃらのデカいヤツさ」

「それって、もしかして……」

 

 山深い東北の山野には神の使い、あるいは神そのものとして扱われる、ある獣が存在する。

 強靭な膂力。たくましい体躯。するどく大きく恐ろしい爪と牙。

 本来、人間では太刀打ちできよう筈もない、恐るべき威容を備えた、その獣。

 

 その獣を思い浮かべた、まさにその時である。

 ガサリと、茂みの揺れる音がした。

 

「ひぇっ、お助けっ!」

 

 と必死の形相でさけぶ大地を、露伴は鼻で笑った。

 

「落ち着いてよく見ろよ。ニンゲンだぜ」

 

 と顎をしゃくって示す先。

 すっと木の陰から現れたのは、男女のカップルである。そうと一目で分かったのは、彼らの服装の為である。

 

「確かに人間ですけど、その、なんというか、個性的ですよネ。あれって『ペアルック』ってやつですかァ」

 

 思わず大地は露伴にささやいた。

 まるで昭和かというような、前時代的なファッションセンス。あの東方丈助のリーゼントとどっこいどっこいである。

 すっかり絶滅したと思しき珍獣を目にした彼は、驚きに目を剥いた。

 一方の露伴はといえば、こちらは根っからの漫画家である。珍しいものや面白いもの、格好良いものに目がない。彼は、珍妙な二人組に興味津々であった。

 

「へぇ、こうして見るのは初めてだ。どれ、ちょっとスケッチしておこうかな。僕のマンガに活かせるかもしれない」

「ちょっと、露伴先生!」

 

 大地の制止の声がむなしく響く。

 露伴は、いつも持ち歩いている鞄からスケッチブックを取り出すと、目にも留まらぬ早業でペンを走らせた。

 

「おいおいおい、兄ちゃんよぉ~。あんまり俺らの仲の良さが羨ましいからって、勝手に描いちゃ困るぜェ~。それとも描きたいのはこの筋肉かなァ。ほらほらほらァ~」

「えー、お兄さん漫画家なの? それじゃあわたし、マンガになっちゃうの? そしたら日本中にファンができちゃったりして。キャッ!」

 

 二人はまんざらでもない様子で、むしろ描いてくれとばかりに胸を張ってポーズを取った。

 

「いいねェ。そういうバカっぽいところが、今時珍しいペアルックにリアリティを持たせてる。実にいい。筆が乗るよ」

「あ?」

「ばっ、バカでも二人がアツアツなのがよく分かるって意味です、ハイッ!」

「おう、そうかよ。それならいいんだ。それならよォ~」

 

 やはり、露伴の睨んだとおり二人はバカであった。あわててフォローする大地に、二人はあっさり騙される。

 

「なぁ、あんたらも『廃墟村』に行こうってんだろ。俺たちもなんだよ。なぁ、メグっぺ」

「二人でいっしょにホラー映画を観てたんだけど、それで、肝試しをしようってことになったの。いっしょに怖い思いをすれば、きっと二人の仲は深まるハズだもの。ねぇ、キンちゃん」

「ねぇ~」

 

 と二人は唱和した。

 それは、見るのもバカバカしい、うんざりする光景であった。

 流石の露伴も、

 

「こいつらはサブキャラがせいぜいだな。『読む』までもない。これ以上の取材は不要だ」

 

 と見切りをつけて、早々に話題を転がした。

 

「たしかに、ぼく達は『廃墟村』とやらに行くところだ。マンガの取材でね。でも、キミたちには関係ない話だろ。ぼくらはぼくらで村に行く。キミらはキミらで勝手に行けばいい」

 

 あまりに身勝手な物言いに、大地は驚いた。つい先程まで嬉しそうに人様のことを絵に書き留めておいて、この言いぐさである。

 しかし、二人は、そんな露伴に腹を立てる気配を見せない。人並み外れておおらかなのか、それとも鈍感なのか。ひょっとしたら、心細かったのかもしれない。

 彼らは、露伴に言い募る。

 

「だけどよぉ、いざ二人で行くとなったら心細くなってなァ~。あんたも知らないワケじゃないんだろ、あの村の噂。なぁメグっぺ」

「恐ろしい殺人鬼の悪霊が、今も人を狩ってるって噂よ。たしかにキンちゃんは、すっごく逞しくって頼りになるけど、人は多い方が頼もしいじゃない。それに、脇役がいたほうが、キンちゃんのカッコ良さも引き立つわ。ねぇキンちゃん」

「ねぇ~」

 

 などと唱和する二人に、露伴は話にならぬとなげやりに言い放つ。

 

「ふん。好きにしろ。ついてきたきゃ、勝手についてくればいい。だが、ぼくの邪魔をするんじゃあないぞ」

「さっすが漫画家センセイ、話が分かるわ!」

「だなァ。特別に、俺等のことマンガにしてもいいぜ!」

 

 調子の良いバカップルに、ワガママな漫画家。個性的で我の強い面々に、大地はめまいがする思いである。

 

「はぁ、なんだか不安な面子だなぁ。私ひとりが苦労しそう……」

 

 その予感は、しかし、外れることとなる。

 公平で博愛な神は――あるいは邪神は、苦悶と恐怖とを平等に四人にふり分け給うのだった。

 

 




<名前の由来>
山中大地:
山の中の廃村に幽霊のような殺人鬼が現れるということで、「山中他界観」をイメージした名前に。

宅八郎:
wikiによれば、荒木先生のご友人だとか。

メグっぺ:
Dead By Daylightのプレイヤブルキャラ「メグ・トーマス」より。

キンちゃん:
Dead By Daylightのプレイヤブルキャラ「デイビット・キング」より。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。