暁美ほむらの受難   作:tihiro

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鋼鉄の巨人と舞台装置の魔女

最悪の気分。

 

瓦礫の上に横たわっているのは正直に言って酷く心地が悪い。

それに加えて相も変わらずアイツは耳障りな声で笑っている。

何がそんなに可笑しいというのか。

 

逆さまの姿勢で無秩序に浮遊しているアイツを睨み付ける。

わたしを認識しているのかさえも曖昧で、暴風と豪雨、そして厄災を撒き散らす存在。

 

ワルプルギスの夜は思い出したようにビルを自身の周りに漂わせた。

それから、その一つをわたしに向けて勢いよく射出した。

 

今のわたしにはそれを避ける術は無い。体力も気力も魔力も…全て尽きていた。

わたしの心に黒い穢れが静かに満ちていく。

 

ワルプルギスの夜には何度やっても勝てない。

戦っていくうちに分かったが、アレは物理的な攻撃に対して異常な耐性を持っている。

アレを倒すには、まどかレベルの魔力が必要になる。あるいは…核兵器なら倒せるかもしれない。

それらどちらも行使する方法が無い以上、わたしにはアレを倒せないということだ。

 

 

わたしにはワルプルギスの夜を倒せない。

 

 

絶対に。

 

 

まどかとその家族は隣町の風見野に避難させた。

後は佐倉杏子が上手くやってくれると信じたい。

 

 

 

結局のところ、わたしがしていたことはインキュベーターの手伝いをしただけだった。

そう思うと自嘲気味な笑いが込み上げてくる。

 

宝石と呼ぶには申し訳なく思うほど黒く淀んだソウルジェムを手の甲から抜き取り、胸の前に掲げた。

 

確実に潰して頂戴、と願いながら。

 

 

ビルが眼前に迫る。

 

ぎゅっと目をつぶる。

 

痛くないと…いいなぁ、と思うのは都合の良い考えか。

 

 

 

 

わたしは…わたしが……潰れる音………を…………。

 

 

 

 

わけがわからない。

一体何が起こったっていうの?

 

突然の爆発音、そして熱を伴った衝撃を感じた。

恐る恐る目を開けてみると…目の前に蒼い色をした巨人が居た。わたしを守るようにワルプルギスの夜に相対している。

 

ぼやけた視界で状況を把握しようと上体を起こしたとき、目の前に手のひらサイズの小さな木の箱が落ちてきた。

空を見上げると見慣れない形の飛行機が不安定にふらふらと飛んでいる。

小さな木の箱はぬかるんだ地面に突き刺さり、落下の衝撃で蓋が外れた。

中身がころころと足元へ転がってくる。

 

これは…グリーフシード…一体…あの航空機には誰が?

 

こんな嵐の中で航空機が飛んでいる…?

 

グリーフシード…?

 

…まさか。

 

 

 

「…まど…か…っ…!?」

 

 

 

きしむような身体の痛みをこらえながらグリーフシードを拾い、それを自分の穢れきったソウルジェムに近づける。

ソウルジェムの穢れが勢いよくグリーフシードに吸い込まれた。

これで魔力は回復した。気力も…多少は。

 

あれ…?

 

このグリーフシード…どこかで見た覚えが…。

 

どこだろう…?

 

 

深く記憶を辿ろうとしたが、空気を切り裂く音によって中断させられる。

わたしの後方からロケット弾がワルプルギスの夜に向かって飛んでいく。

 

後ろを振り返ると、2人の巨人が銃器を構えていた。

 

ワルプルギスの夜がそこかしこの瓦礫を舞い上げ、周囲に張り巡らせる。

ロケット弾は瓦礫に拒まれ、ワルプルギスの夜に到達することなく爆発した。

続けて2発、3発と打ち込まれるがワルプルギスの夜に着弾することはなかった。

 

ワルプルギスの夜の反撃。

浮遊させている瓦礫を散弾さながら無差別に撒き散らす。

巨人たちは手持ちの火器を使って、自分に当たる軌道の瓦礫のみを器用に撃ち落としていく。

そして、3人の巨人の内、白色と青色を基調とした巨人がワルプルギスの夜に向って走り出した。

 

巨人と言っても大きさはワルプルギスの夜と比べれば5分の1ほどの大きさだ。

それらは人ではなく…鋼鉄でできた巨人、機械人形…とでも呼べばいいのか。

 

向ってくる機械人形に対して、ワルプルギスの夜は人型の使い魔達を差し向ける。

対して機械人形は右手に持った銃器を進路上の使い魔に向け、走る速度そのままに引き金を引く。

ピンク色をした光線が使い魔に直撃し、その存在を貫いた。

 

ワルプルギスの夜は意に介すことなく、再びビルを自身の周囲に漂わせて射出しようとする。

しかし、それらは発射される前に全て撃ち落とされた。

全身を薄い赤色で塗装した機械人形の両手に持たれた大型のライフルの威力は、ビルを容易く破壊するほどだった。

 

残りの1機、わたしを守ってくれた機械人形は前衛と後衛のフォローを行っているようだ。

細目に位置取りを変え、他の機械人形が撃ち漏らした使い魔を処理している。

 

上手く連携出来ている。

 

機械人形共から少し距離を取り、わたしは見通しの良い場所に移動する。

座りやすそうに崩れた瓦礫の上に座り、雨に濡れて肌に張り付いた髪の毛をかきあげながら戦場を眺める。

 

完全に蚊帳の外ね。

 

 

 

…それにしても、なんでこの機械人形共は…こんなに目立つ色をしているのかしら。

 

 

状況に理解が追い付かない頭で戦場をぼんやりと眺めていると、不意にテレパシーによる通信が入った。

 

『聞こえますか~?』

この状況には似つかわしくない、のんびりとした女の人の声。

まどかじゃない…知らない声。

 

『聞こえてませんか? 魔力状況、通信状態は共に正常…変ですね?』

…魔力…やはり魔法少女?

 

 

『聞こえているわ』

『あっ、良かった~』

テレパシーで返答すると安心したような溜息が聞こえた。

 

『貴方達は何者なの?』

『こちらはSRT-ユニット1です。これより貴女を援護します』

…言葉通り答えられても困るのだけれども。

 

『ちょっとっ、ホア! そんなんで理解出来るわけないじゃない!!』

こちらは別の女性の声。

先程の…ホアと呼ばれた女性の声とは対照的にかしましい印象を受ける。

あの美樹さやかのような。

 

『え~、そうですか?』

『と…ともかく、ここは僕達に任せて』

これは若い男の人の声…少し頼りなさそう?

 

『…貴方達の目的は?』

『後はお兄さんに任せて、お嬢ちゃんは安全なところへ避難してな』

また別の男の声。

誰でもいいから質問に答えてくれないかしら。

 

 

『リルっ、前に出過ぎだっ!!』

『うるさいっ!!』

 

 

気が付けば機械人形の一つがワルプルギスの夜にわずか数メートルのところまで接近していた。

リル、という女性が操縦しているのだろうか。

人の話を聞かないところも身勝手に突っ込みすぎるところも似ている…どこにでも居るのね、ああいうタイプって。

 

 

『ポイズンアップルは伊達じゃないのよっ!!』

 

 

ワルプルギスの夜が放つ歯車を踏み台にして、リルの機械人形がワルプルギスの夜に取りついた。

なかなか上手なものね。

 

 

『あの馬鹿娘っ!! デニス、援護を!!』

『アラン隊長は心配性だねぇ』

『ミデアは戦闘領域から退避します~』

 

 

残りの2機がバーナーを点火させて、魔法少女にも劣らないスピードでワルプルギスの夜へ向かっていく。

 

機械人形共は随分と高性能だけれども、もしかしたら…。

 

 

…まぁいいわ。

 

こいつらが誰であろうと…目的が何であろうと…ワルプルギスの夜は明けない。

 

 

「まどか…」

 

そう、まどかさえ無事であれば…なんでもいい。

 

 

…どうでも、いい。

 

 

 

 

『これでっ!!』

 

視線をワルプルギスの夜に戻すと、取り付いたリル機が両腕をワルプルギスの夜へと突き出していた。

腕部の外側の装甲が開き、その内部に隠されていたガトリングガンが露出したかと思うと、けたたましい音を奏で始めた。

発光、そして銃身の発熱が雨によって水蒸気へと変わり、景色を白く歪ませる。

 

振動を伴うかのような射撃音と癪に障る笑い声の不協和音。

不愉快極まりない。

 

 

音が止み、水蒸気の煙が晴れたとき、リル機はピンク色の剣をワルプルギスに突き刺していた。

深々と突き刺さる剣が激しく発光している。

 

笑い声が一段と高くなった。

 

 

その声に反応するように使い魔共がワルプルギスの夜の周囲に集まってくる。

危険を察知したリル機はピンク色の剣を抜き取り、素早くワルプルギスの夜から飛び降りた。

 

落下するリル機に向かってワルプルギスの夜は魔力を帯びた火炎を放射する。

しかし、そこへは既にアラン機がミサイルを差し込んでいた。

 

ミサイルが爆発し、火炎を相殺する。

 

邪魔をするなとばかりにワルプルギスの夜がアラン機にも火炎を浴びせる。

それを予想していたようにアラン機は跳躍して危なげなく回避した。

 

着地したリルとアランの機体に使い魔が群がろうとするが、アラン機のマシンガンによって一掃される。

 

 

攻撃が2機に集中しているのを見計らい、デニス機は少し離れたところで狙撃体制を取っていた。

 

片膝を立てて脚部を固定。

抱えるようにしてライフルを構え、備え付けられたスコープを覗き込む。

淀みない動作で目標を確実に捉え、引き金を…。

 

『頂くっ!!』

 

着弾の衝撃でワルプルギスの夜が大きくよろめいた。

 

 

 

気が付けば雨は止んでいた。

ワルプルギスの夜にダメージが通っているということだろうか?

相変らずアレは甲高い声で笑っているけれど。

 

『ねぇ』

リルからの通信が入る。

 

『…どうした』

少しだけ陰気を含んだアランの声。

 

『こいつ、もしかして実弾兵器…あまり効かないんじゃない?』

『かと言って、この湿度じゃビームも威力が…なぁ』

デニスの愚痴るような口調。

 

『ビームサーベルならいけるかも』

『接近戦か、どうする? 隊長』

全員がアランの返答を待つ。

 

 

『目標に高エネルギー反応です!!』

が、返答よりも先にホアからの通信が飛びこんだ。

 

『各機、回避行動っ!!』

アランの叫び声と同時に、ワルプルギスの夜を中心にして黒いエネルギーが勢いよく放射状に広がった。

 

 

徐々に、そして確実に迫り来る黒い壁。

耳を塞いでも聞こえてくる呪いの声。

息さえ出来ないほどの熱気。

目を背けたくなるほどの濁った絶望の色が辺り一体を覆う。

 

 

逃げる場所なんて、あるわけない。

 

 

身体がねじ切れるような衝撃の中で、かすかに震えるホアの声が聞こえた。

 

 

『デニス機、リル機の機体反応が消えました』

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