また、か…。
何故、この機械人形はわたしを守るのだろう。
蒼い機械人形が再びわたしの盾になった。
膝を折り、わたしを包み込むように体を丸めている。
顔を上げて表情を見る。
ゴーグル状の目が優しく緑色に光っている。
『ミデアの損傷は軽微。これよりデニス機、リル機の回収に向かいます』
ホアからの入電。
どうやらあの航空機は無事だったらしい。
『任せた。こっちはやるだけやってみる』
…この男はまだ頑張るつもりなのか。
そんなにもボロボロで、あちらこちらから煙が出ているような身体で。
仲間も居ないのに、たった独りなのに。
(EXAMシステム、スタンバイ)
テレパシーではない無機質な電子音声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声。
「えぐざむ…?」
同時にゴーグルの色が赤色に変わる。
本能に訴える警告色へと。
『隊長っ!? その機体は…もう、持ちません…っ…!!』
ホアの悲痛な叫び声を無視してアラン機は立ち上がり、ワルプルギスの夜に向かって悠然と歩き出す。
歩行は徐々に速度を上げて、そのうちに疾走に変わる。
そして跳躍、バーナーを吹かせると一気に高度を上げて更に加速した。
先程と比べ物にならない運動性。
EXAMと呼ばれるシステムのせいだろうか。
『負けられない』
誰かに聞かせるふうでもない、呟くような声。
その声の中には頼りなさなどなく、力強さと…。
文字通りひとっ飛びにアラン機がワルプルギスの夜へ飛び掛かる。
背中のラックからビームサーベルを取り出し、すれ違いざまに一閃。
着地と同時に不自然な速度で旋回、頭部バルカンにて周囲の使い魔共を蹴散らしながら、再びワルプルギスの夜に向かって跳躍する。
袈裟切り、その勢いのまま回転して横薙ぎ、と同時に蹴りを入れて反動でバック宙。
空中でライフルに持ち替えてビーム、頭部と胸部からはバルカン砲、腹部に仕込まれたミサイルを一斉に発射した。
ワルプルギスの夜は地面に叩きつけられるが、叩きつけられながらも反撃を繰り出す。
おびただしい数の黒い触手のようなものがアラン機に向かっていく。
それを予想していたかのようにアラン機は平然と待ち構え、両手に持ったサーベルで全て切り落とした。
…EXAMというシステムは運動性の向上に加えて…未来予知の能力でもあるのかしら?
まさか、だわ。
そんなこと魔法少女でもない限り…いや、こいつらは確実に魔法少女と関わりがある。
ということは……ありえない話でもない?
いや、でも、まさか。
頭の中が二転三転する。
結論を見つけようと思考が沈む。
ぐるぐると、ぐるぐると、深く沈んでいく。
『目標より高エネルギー反応が!!』
ホアの通信により意識が現実に引き上げられる。
先ほどと同じような黒いエネルギーがワルプルギスの夜を包み込んでいた。
身の毛のよだつような感覚に身体が硬直する。
しかし、先ほどと違って、その絶望色の魔力は放出される前に爆散した。
アラン機の放ったビームが直撃し、溜め込まれたエネルギーの外殻に穴を開ける。
圧縮して溜め込まれた魔力が行き場を見つけて暴走する。
不均一な力が加わった結果、風船が割れるかのように魔力の塊が熱量を伴って爆ぜた。
ワルプルギスの夜の上半身が消し飛んだ。
ワルプルギスの夜の笑い声が聞こえなくなった。
雨に続き、風も止んだ。
ワルプルギスの夜の残った部分がボロボロと崩れ、やがて消滅した。
少し離れたところでは、蒼い機械人形が片膝をつくような体勢で機能を停止している。
まだ…空は晴れない。
見ているだけで陰鬱な気分になる雲が未だに頭上を覆い尽くしている。
通常の魔女であれば結界が崩壊することが指標になるのだけれども。
倒したと思い込みたい楽観。
倒していないと構える悲観。
その二つがごちゃごちゃと胸の中をかき回す。
『リル機とデニス機の回収が終わりました~』
間延びした声が脳に響く。
あの二人は生きていたということか。
『リルとデニスったら避難所を守ろうとして無茶を、って隊長聞いてます?』
アランからの返答がない。
『………………隊長?』
ホアの声が曇る。
『見てくる』
『…えっ?』
『まだ、危険があるのかもしれない』
『…っ…おっ、お願いします!!』
ころころと感情が変わる人ね。羨ましい。
手の甲からソウルジェムを取り外して確認する。
不思議なことに紫色に輝く宝石は穢れていなかった。
保有者が絶望することでソウルジェムは黒く穢れていくはずなのに…なぜ?
わたしの心はこんなにも絶望で真っ暗だというのに。
「仮説で良いなら答えてあげるよ」
盾の中から拳銃を取り出し、一瞥もせずに声がした方へ弾丸を数発くれてやる。
視界の端で白いものが転がっていくのを確認して拳銃をしまう。
そして、わたしの足元にもそれと同じものが。
「まどかは?」
「残念なことに契約はまだだよ、安心したかい?」
「そう。さっき転がっていったものを処理したら消えなさい」
インキュベーターが現れた。
それは奴らにとって不都合な出来事が起きたということ。
つまりワルプルギスの夜を撃破したということは、奴らにとって不都合だったわけだ。
「僕は君と話がしたいんだ」
機械人形のもとへ向かうわたしの前をインキュベーターが先導するようにトコトコと歩き出した。
勝手に話させてもらうよ、と前置きをしてから振り返りもせずに弁を振るいだした。
ほむら。
君は何故死のうとするんだい? 折角ワルプルギスの夜を止めたっていうのに。
この街は甚大な被害を受けたけど、多くの人の命は救われた。
そして守るべき人も無事だった、君と彼らのおかげでね。
結論から言うよ、僕は君に死んで欲しくないんだ。
君にだって幸せになる権利がある。
これから先、まどか達と買い物に行ったり、勉強したり、一緒に旅行へ行くことだって出来る。
そういう日常生活を送る権利が君にはあるんだ。
そういう暖かさを享受する権利が君にはあるんだよ。
分かるかい、ほむら。
何故、それを放棄するんだい?
君は何のために頑張ってきたんだ?
君は立派にまどかを守ったじゃないか。誇らしいことだと思う。誇っていいんだよ。
けれども君はそれを無駄しようとしている。
君の頑張りを君自身が否定しているんだ。
それこそ、その行動こそ僕には理解できないよ。
わざとらしくインキュベーターが頭を振って、それが演説の終わりとなった。
「どうしたの? やけに饒舌ね」
わたしの言葉にインキュベーターが立ち止まり、振り返って窺うように見上げた。
反射的に足が出る。
数メートルほどインキュベーターが転がった後、瓦礫にぶつかることでようやく止まった。
『せめて君に消費させられた分を返してもらうと思ったけど、それも叶わないようだ』
やれやれとでも言いたげにインキュベーターが起き上がり、距離が離れたためかテレパシーを使って話かけてくる。
口を開くことすら不愉快だ。
無視をしてわたしは再び歩き出す。
『ねぇ、ほむら』
気安く名前を呼ぶな。
『ワルプルギスの夜は僕が知っている限り最強の魔女だ』
知っている限り、ねぇ。
『知っていたのかい? そんな最強の魔女を倒すには、それを上回る魔力をぶつけるしかないってことを』
…そう。
『驚いたよ、ワルプルギスの夜自身の魔力を使う方法があったなんてね』
結構、古典的な手だけれども…狙ってやったのかしら。
『…』
不意にインキュベーターが黙りこくる。
そうね、お喋りはおしまい。そろそろ急ぎましょうか。
先程とは別の拳銃を盾から取り出す。
シングルアクションアーミーと呼ばれる回転式の拳銃、年代もので一番のお気に入り。
足を肩幅に開き、瓦礫の側に転がっている目標に向かって真正面に構える。
右手で拳銃を優しく持ち、それを腰に添えて脇を締める。
距離は20メートルといったところかしら。
左手の人差し指で撃鉄を起こし、引き金を引く。
戻ってきた撃鉄を今度は中指で起こして、引き金を引く。
同じ要領で薬指を使って、もう一度。
小気味良い乾いた音が不規則に3回鳴って、インキュベーターの額に穴が一つ開く。
「難しいものね」
熟練者は銃声を完全に一つに出来ると言うけれど。
残りの弾丸を餞別代りにとインキュベーターへ撃ち込んで、拳銃を放り捨てた。
夜は未だ明けていない。
闇が押し寄せてくるような感覚から逃げ出したくて、わたしは走り出した。