『だから、前の、そのもう一つ前の、パイロットさんが~っ!!』
ホアからひっきりなしにテレパシーが飛んでくる。
『EXAMシステムの負荷に耐え切れず、亡くなってるんですよ~っ』
とのことらしい。
…百キロだか二百キロだか走った馬の乗り手が極度の疲労で死んだという話は聞いたことがあるけれど。
『安全が確認され次第、こちらから連絡するわ』
返答を待たずテレパシーを強制的に遮断した。
騒がしいのは…嫌い。
瓦礫とぬかるみに気を付けながら、ようやく機械人形の元へ辿り着く。
機械人形の胸部に当たる部分が缶詰の蓋のように持ち上がっている。
その中から何か白いものが這い出して、機械人形の腕を伝って膝に飛び降り、つま先へと飛び移った。
わたしは盾の中から銃を取り出して、ゆっくりとそれに照準を合わせた。
「ごきげんよう? そんなに慌ててどこへ行こうというの」
「やぁほむら、ちょっと急いでるんだ。挨拶が済んだから失礼させてもらうよ」
待ちなさいという代わりにインキュベーターの足元へ銃弾を撃ち込む。
泥が跳ねあがって、インキュベーターが身をすくませる。
インキュベーターの口にはグリーフシードがくわえられていた。
「あの中で何をしていたの? 彼は生きているの? 貴方どこへ行こうとしているの? …その口にくわえているものは…何?」
「質問は一つずつにして欲しいなぁ」
「じゃあ…どうして口にものをくわえたまま喋れるか、を答えてもらおうかしら」
「そんなことでいいのかい? それはね」
律儀に答えようとしているが、構うことなく、そのくわえているものを狙い撃つ。
グリーフシードに弾丸は命中したが、インキュベーターの口から弾き飛ばすだけで破壊するには至らなかった。
「何故それを処理しないの? それが役目でしょう」
「勘違いしないでほしいけど、グリーフシードを処理するのはあくまでエネルギーの補填のためだ」
ころころと転がっていったグリーフシードを追いかけ、再び口にくわえた。
そして無機質な目でこちらをじっと見つめてくる。
それに対して自分でも少し意外なくらい、感情のこもっていない声が出た。
「答えになっていない」
「察しが悪いね、ほむら。このグリーフシードは特別なんだ」
特別、という言葉を元にインキュベーターの言葉の意味を考える。
グリーフシード。
ソウルジェムの穢れを取るもの。
それは魔女の卵であり…成れの果て。
穢れを取ったグリーフシードを放っておけば…やがて魔女となる。
処理をする方法はインキュベーターに食べさせてやること。
インキュベーターはグリーフシードを少量のエネルギーに変えることが出来る、らしい。
…エネルギー……少量の…。
魔女の卵…。
ああ、なるほど。
あのグリーフシードはワルプルギスの夜のものか。
ワルプルギスの夜を復活させようとしている。
ワルプルギスの夜をダシにして、まどかを…だから、そうまでして…まどかを契約させたいというのか。
「その顔は分かったようだね。じゃあ僕は失礼させてもらおうかと思うけど、いいかい?」
駄目に決まっているでしょう。
「それと、今の方法はあまりお勧めしないよ。最もそんなものでは傷すら付かないと思うけど」
「そう、なら…これならどうかしら?」
手に持った銃を盾に放りこみ、別の銃を取り出す。
先程とは違う、ずっしりとした重みが右手に伝わる。
左半身をインキュベーターに少し傾け、両手で銃を眼前に掲げる。
右手をまっすぐに伸ばし、左手は優しく曲げる。
ゆっくりと撃鉄を起こし、肩の力を抜いて精神を統一させる。
目標を撃ち抜くイメージを込め、ゆっくりと引き金を引いた。
空気が破裂したような銃声を伴って、銃口が文字通りに火を噴く。
ワルプルギスの夜を倒すのに必要なもの。
それを纏いながら、それによって薄い紫色の軌跡を描きながら、50口径の弾丸がグリーフシードに食い込んだ。
それにしてもグリーフシードの素材ってどうなっているのかしら。
さっきは弾かれたのに今回はめり込んでいる。
グリーフシードに突き刺さった弾丸を見て、インキュベーターがパチパチと目を瞬かせた。
「ほむら、君はこの地方一体に呪いを振り撒きたいのかい?」
「っう…どういうこと?」
…噛んだ。
恥かしさを紛らわせるように銃口を再びインキュベーターに向ける。
「そのままの意味だよ。早く処理をしないと孵化するよりも先に、呪いが振り撒かれることになる」
君は本当に察しが悪いね、と付け加えてインキュベーターが見せつけるようにグリーフシードを地面へ置いた。
「何故、先にそれを言わないの」
「聞かれなかったのもあるけど、何より言うよりも前に君が仕掛けてきたんじゃないか」
珍しいインキュベーターの恨み節に近い言葉。もう少し煽れば感情が芽生えるんじゃないかしら、この子。
最も…そんなことしている暇はなさそうだけれども。
早急にグリーフシードを処理しなければならない。
それも物理的な破壊以外の方法で。
けれども、わたしが知っている処理の方法は一つ。
それはインキュベーターによる処理。
しかし、それはインキュベーター自身が拒否している。
どうにかしてインキュベーターを説得出来れば…奴らの狙いはまどかの契約。
それを逆手に…。
…あーもーめんどくさい、わ。
持っていた銃を上空へ放り投げる。
インキュベーターの視線が上空へ向いたのを確認して、勢いよく走り出す。
それから膝を曲げて姿勢を低く、インキュベーターの足元を目がけて飛んだ。
左手を目いっぱい伸ばして地面に置かれているグリーフシードを出来るだけ優しく掴む。
ナイスキャッチ出来たのはいいが、このままでは顔から泥水へダイブすることになる。
それはご免被るので、空いている右手で地面に楔を打ち、それを軸に身体を地面と平行に半回転させる。
つま先を地面にこすり当てて止まると、うまい具合にインキュベーターの背後へ回り込めた。
ほくそ笑んだところで、先ほど放り投げた銃がわたしの背後に落ち、盛大に泥しぶきを撒き散らした。
泥にまみれた右手でインキュベーターの後頭部を鷲掴みにして持ち上げる。
赤いペイントで、まぁるい円形を描いたような模様が視界に入る。
こいつらのここが口のように開いてグリーフシードを摂取する。
ばたばたとインキュベーターがもがいているが、躊躇うことなく、その白い背中に、左手を突き入れる。
グリーフシードごと、ずぶずぶと。
「あら?」
身体を突き破ってしまったわ。
ごめんなさい、本当に。
左手を引き抜き、グリーフシードを眺めながらインキュベーターは放り捨てる。
無理やりは良くなかったかしら。
「でもね」
貴方のお蔭で良いことを思いついたわ。
ありがとう、本当に。
要は完全に隔離された場所で壊してしまえばいい。
そうすればワルプルギスの夜を復活させることも、呪いがばら撒かれることもなくなる。
でも、そんな場所はどこに?
完全に隔離された場所。
隔離された。
隔離。
ほら、あった。
わたしだけの場所。
ここに、ね。